2019/05/15 - 2019/05/22
170位(同エリア442件中)
ポポポさん
シエナの最後の観光はカンポ広場。
カンポ広場にはマンジャの塔や市庁舎(プッブリコ宮)があるが、我々がカンポ広場に着いた時には中世の衣装に身を包み、旗を持ったシエナの人々が広場に集まっていた。
その後鼓笛の音が響き中世の衣装を着た人々の行進が始まった。シエナにはパリオと言う有名なお祭りがある。
コントラーダと呼ばれる17の自治区が競う競馬がカンポ広場で催されるのだ。その時には各自治体の行進もおこなわれるという。
我々が偶然目にした行進はパリオに関する物なのだろうか?
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
我々がカンポ広場を目にした時、広場は大勢の人出で賑わっていた。
遠目からは何が行われているのか分からなかったが、近付いてみるとある推測が頭に浮かんだ・
これ、シエナで行われるパリオに関係があるのじゃないかと・・・。
ちょうどその時現地のガイドが説明してくれた。
「皆さんこれはシエナのお祭りパリオの時に行われるパレードですよ。皆さんラッキーでしたね。このパレードが見られるのはパリオのお祭りの時だけですからね。今日見られるといのは本当にラッキーなことです。」と。
パリオと言うのはシエナで年2回、7月2日と8月16日にカンポ広場で行われる競馬レースとお祭りの事で当日はシエナにある17のコントラーダ(日本風に言えば
町内会あるいは自治会と言ったところ)が中世の衣装でパレードしたり旗振り競争が行われる。
しかし今日はパリオが行われる日では無い。何故かなと思いながら広場のサークルに近寄ってみるとあることに気付いた。
サークルに近づくにつれて行進曲を奏でる小太鼓や笛の音のどがドンジャカと聞こえてきた。カンポ広場 広場・公園
-
半円の中では17のコントラーダの団員が中世の衣装に身を包まれ、各コントラーダの旗を肩にかけて整列していた。
各コントラーダの旗は動物や想像上の生き物などのシンボルと色が決まっている。
それらの旗がうち揃うととても美しい。
各コントラーダの行進は市庁舎の左側から始まった。ここであることに気が付いた。
行進するコントラーダのメンバーすべてが中世の衣装を着こんでいる訳ではない。
大体前から4、5列までが中世の衣装、その後を普段着姿のメンバーが続くといった状況だった。
ガイドからはなぜ今日コントラーダのパレードが行われたか説明は無かったが、今日は7月の本番前の予行演習だったに違いない。パリオ 祭り・イベント
-
こちらは行進を待っているコントラーダ。
カンポ広場でコントラーダの行進を何組か見た後ガイドから40分の自由時間を告げられた。再集合場所は市庁舎の入り口前。
「皆さん、これから自由時間です。再集合は市庁舎入口の前です。今からパレードを見てもOK,市庁舎の中の市立美術館や塔(マンジャの塔)に上ってもいいですよ。でも18時10分には戻ってください。」とのこと。
コントラーダの行進はかなりの組を一眼レフカメラで写しましたが、写真データの消滅でコンパクトカメラの写真のみとなってしまいました。
不十分ですがご容赦下さい。 -
この旗はLeocorno(ユニコーン)。中央にはユニコーンのシンボルと旗の色は白と青と黄色。
パリオ 祭り・イベント
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小太鼓をリズミカルに叩き軽快に行進してきたLupa(狼・旗の色は白と黒)。
パリオ 祭り・イベント
-
小太鼓の後ろの二人が旗を振る。本番では旗振り旗の受け渡しもするそうで、この二人が観客の注目を集めるのだろう。
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旗振り役はこの2名。
この後に続くのは中世の騎士。旗に隠れて騎士の姿は足しか見えないが、向かって木右には盾と槍を持つ騎の姿が見える。 -
その後ろには衣装に身を包んだ5人の若者、さらに後ろに1名の男性が続き、その後は衣装替えをしていないコントラーダLupa(狼)のメンバーが続く。
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コントラーダLupaの行進が過ぎ去ると、また次のコントラーダの行進がやって来る。
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市庁舎にはコントラーダ17団体の旗が掲げられていた。
旗は左からAqila(鷲、金色と黒と青の色)、Broco(芋虫、黄色と緑)、Chiocciola(カタツムリ、赤と黄色)、Civetta(ふくろう、赤と黒)、Dorago(ドラゴン、金、赤と緑)、Giraffa(キリン、赤と白)、Isutorice(ヤマアラシ、赤と白と青と黒)、Leocoruno(ユニコーン、青と白と黄色)、Lupa(狼、白と黒と黄色)、Nicchio(貝、青と金色と赤)、Oca(ガチョウ、青と白と赤)、Onda(波、イルカと白と水色)、Pantera(豹、赤と白と青)Selba(森、オレンジと緑と白、描かれているぢう物はサイ)、Tartuka(亀、黄色とトルコブルー)、Torre(塔、えんじ色と白と青)、Valdemontone(雄羊、赤と黄と白)
合計17本のコントローダ17地区の旗だ。市庁舎 (プッブリコ宮) 城・宮殿
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中世の衣装を着ていないコントラーダのメンバーの中には、旗のデザインと色が染められたスカーフを首に巻いている団体もいた。
ここからは自由行動。
コントラーダの行進を見たいとも思ったが、シエナに来る前からマンジャの塔に上りたいと思っていたので何処に行こうかと迷うことはなかった。
市庁舎の方に歩き始めると後ろから女性の方に声を掛けられた。
「今からどちらに行かれますか?行く所どこか決めていらっしゃいますか?よろしかったら私達もご一諸に・・・。」
振り返ってみると親子でツアーに参加されているお母さんだった。
この親子さん、旅行で親しくなったのがいつも一緒に行動している訳では無かった。
「私も一緒に上りたい」とお母さん。息子も(お母さんと一緒に旅行されていたのは20代の社会人の息子さん)「私も上りたい。ご一緒させてください。」との申し出で一緒に市庁舎の中へ。 -
市庁舎の1階には中庭(ポデスタの中庭)があり、入口正面の奥に市立美術館、正面入口から入ってすぐ左奥がマンジャの塔の入り口だった。
博物館と塔の入場券売り場は中庭の中央から市庁舎の入り口を正面に見て左奥にある。写真では正面がマンジャの塔入口。
塔の料金は10ユーロ、シニアの割引料金は無し。市立美術館は9ユーロでこちらはシニア割引あり。我々は時間が無く美術館は入らなかったが、ちなみにシニア料金は8ユーロ。
マンジャの塔は入場制限があり、混雑時は待たされると聞いていたが、そのようなことは無くすんなり登れた。
多分カンポ広場で行われていたセレモニーを皆見ていて塔に上る人はいなかったのかもしれない。ポデスタの中庭 散歩・街歩き
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マンジャの塔内部の階段。
マンジャの塔は全長88m、避雷針までの高さでは102mである。外から見ると避雷針がある最上部まで登れるよう見えるが、上れるのは88mmの展望部分まで。
さらにその上の避雷針が建てられている最上部まで階段が続いていて登ることはできるのだが、展望所からの階段の上り口には施錠された鉄柵があり、上れなくなっていた。
1300年頃に建てられた古い塔なので石造りの階段かと思ったが内部は写真のようなコンクリートの階段だった。
町全体が世界遺産の町シエナでランドマーク的存在であるマンジャの塔の階段が近代的なコンクリート製だったなんて洒落にもならない。
そういえばサンジャミーノのポポロ宮にあるグロッサ塔も、内部の階段はコンクリート製だった。
塔の内部の階段が壊れたかなんかで補修した際にコンクリートで造り替えたのだろう。マンジャの塔 建造物
-
コンクリート製の階段を上るとある部分から石造りの階段に変わっていた。
ここからが創建当時の石造りの階段である。写真は階段を下から眺めたものである。
石造りの階段部分になると階段の幅が狭い。一人が上る幅しかないので混雑時は入場制限にになるのは納得できる。
さて400段の階段と一口には言うが結構きついし体力がいる。普段軽登山やウォーキングで鍛えていないと息切れして苦しいと思う。
後から上って来られているお母さんが心配で声を掛けながら登って行ったが、声をかける都度元気な応答があったので安心した。マンジャの塔 建造物
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息子さんが20代後半なので多分50代前半だと思うが、逆に私の方に「大丈夫ですか?無理せずにゆっくり上って下さいね。」と声を掛けられて恐縮した。
普通中年の女性が400段の階段を上ると聞いたら尻込みすると思うのだが、「ご一緒させてください、上りたいです。」とはっきり言えるほどお元気なご婦人だった。 -
階段を登り切って88mの所にある展望所に到着。
さらにここから上は登りたくても上る事ができないように階段入り口が施錠されていた。
展望所から下をのぞくと・・・・。「おおー、カンポ広場。」
人間がゴマ粒のように小さい。はーはー息切れはしていたが、この景色を見ると疲れが吹き飛ぶ。
400段を一気に上ってきた者にしかこの感激は分からないだろう。
展望所に居るのは我々3人だけ、カンポ広場の景色は我々の為だけにあるような感覚に陥った。カンポ広場 広場・公園
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カンポ広場ではコントラーダの行進と行進曲の演奏が続いていたがまずは塔からの景色を楽しもう。
カンポ広場は扇方と言うのが上から見るとよく分かる。カンポ広場 広場・公園
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マンジャの塔展望所からの風景(北側)。
中央に見えるのがサン・フランチェスカ教会。13世のロマネスク様式で創建された教会で、その後14~15世紀に拡張工事でゴシック様式に改修された。
左中ほどに見えるのはサンタ・マリア・ディ・プロヴェンツァーノ教会。
シエナでは唯一のバロック様式の教会である。サン フランチェスコ教会 (シエナ) 寺院・教会
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北西の方に目を移すと中世のシエナの町が見える。
シエナは町全体が「シエナ歴史地区」として世界遺産に登録されている。サンタ マリア ディ プロヴェンツァーノ教会 寺院・教会
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塔からの眺め(西側)
見えているのはサン・ドメニコ教会。サン ドメニコ教会 寺院・教会
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そのさらに西に見えるのがドゥーモ。
ドゥーモの後部分に見えているのが洗礼堂。シエナ歴史地区 史跡・遺跡
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ドォーモの向かい側の建物がサンタ・マリア・スカラ救済院。
ドォーモのドーム横から左側に伸びている建物は1339年にフィレンツェのドォーモを越える欧州最大のドォーモを建設すべく着手した拡張部分の建物。
一番左端の部分は新たにドォーモのファザードとなる部分で、ファッチャータと呼ばれるが、ペストの流行で工事が中断し、その後の資金難で中止されてしまった未完の建物である。ドゥオーモ (カテドラーレ) 寺院・教会
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塔からの眺め(南方向)
シエナ歴史地区 史跡・遺跡
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塔からの眺め(南側)
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塔からの眺め
再びドォーモとカンポ広場 -
カンポ広場はまだセレモニーが行われているようだ。
先ほどは行進だったが、今は半円の中でなにかセレモニーが行われているらしい。カンポ広場 広場・公園
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ただいまカンポ広場ではセレモニーが行われている。
但し塔の上からだと詳しい状況は分からない。 -
カンポ広場の中央に見える四角い施設はガイアの噴水。
1419年に造られたらしい。
カンポ広場のサークル内でどんなイベントが行われているのか気になったので数階下の、のぞき窓がある場所まで下りることにした。 -
ここがそののぞき窓がある階。左の明かりが漏れている場所が覗き窓がある場所。
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ここから上の階を除くとこんな感じだった。
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半円の内側にコントローダ17団体の旗手が並び半円の中央に中世の衣装に扮したコントラーダのメンバーが整列していた。
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人物が小さすぎて分かりにくいのでアップにしてみよう。
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このコントラーダは何だろうか。
赤、白、青の波型の旗はIsutorice(ヤマアラシ)だ。
隊列は一番先頭が小太鼓、二番目は2人の旗手、次は甲冑の騎士。騎士の後ろには2人の槍と盾の兵士。その後ろには4人の旗手。最後列は6人のコントラーダの隊員。
彼らは何も手に持っていないのでどのような役目なのかは不明。
予行練習では1チームこの様な構成のようだが本番ではこの後に衣装を身に着けたコントラーダの隊員が多数付き従うそうだ。 -
隊列の後ろ部分。
甲冑姿の騎士がカッコ良かった。 -
半円の外には地元の人々や観光客が沢山集まっていた。
この中にはツアーの人たちが沢山混じっているだろう。
集合時間が迫ってきたので集合場所に戻ることにした。 -
市庁舎の1階にあるポデスタの中庭まで降りて来た。
3人はマンジャの塔に上り素晴らしい景色が見れたことで高揚感に満たされていた。
お互いに写真を撮りあったりしたが、私は一眼レフで写したので記念すべき写真は消滅してしまった。
写真正面がチケット売り場で、右奥が市立美術館入口。ポデスタの中庭 散歩・街歩き
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市庁舎入口に戻ってきたが、集合時間にはまだ早かったのでまだ誰も集まっていなかった。
そこでコントラーダのセレモニーを見ることにした。 -
先ほど塔の上から見下ろしていたヤマアラシのコントラーダはセレモニーが終了したらしく三々五々引き上げ始めていた。
ヤマアラシの尖塔は小太鼓担当のこの人。 -
後に続くのは旗持ちの2人。
塔の上からは分からなかったが旗を放り投げて行う旗の交換はやったのだろうか? -
甲冑姿の騎士はこのでっぷりしたおじさん。もっとスマートな男性だったらカッコ良かったのにな。
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旗手の後は6人組の男性たち。あれ、4人しかいない。2人足りないがどこかへ行ったのかな?
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半円の周りに並んだコントラーダの旗手達はまだ立ったままで帰る様子はない。
このあと別のコントラーダのセレモニーがあるのかもしれない。
我々はこの後集合場所からカンポ広場の側にあるレストランで夕食である。 -
市庁舎とマンジャの塔。
マンジャの塔 建造物
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市庁舎入口の隣にある石造りのロッジア(写真の左端にあるロッジア)は「広場の礼拝堂」と呼ばれている。
中には入れないが柱には聖人の彫刻がある。カンポ広場ではまだセレモニーが続いている様子。
私達は夕食のレストランへ移動中。広場の礼拝堂 広場・公園
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夕食会場はカンポ広場に面したレストラン「Spadaforte」。
Spadaforte ピザ
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店内の様子。店内にはレストランとピザの横断幕が掲げられていた。
Spadaforte ピザ
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本日のメイン料理はトスカーナ地方の郷土料理「ストラコット」
牛肉の赤ワイン煮込み料理である。肉は柔らかくとても美味しかった。
前菜の写真は撮り忘れてないのだがサラダだったような気がする。Spadaforte ピザ
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デザートは何だったかな?
わざわざ写真に写しているのでこの飲み物がデザートかな?この飲み物は何だったか全く覚えていない。
飲み物の側のお菓子はピーナッツを何かで固めたお菓子の様だがこれも分からない。
その側の飲み物はコーヒー。これは私が注文した飲み物だ。
旅行から5年も経つと思い出せないことが多い。Spadaforte ピザ
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店内の様子。
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夕食が終わって外に出てみるとあれほど騒がしかった市庁舎の前から人波が引いていた。
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現在時刻は現地時間で19時30分、カンポ広場には僅かな人しかいなかった。
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カンポ広場はコントラーダの予行練習が行われたいた時には多くの観光客で溢れていたが、今は喧騒も無く静かな時を迎えていた。
カンポ広場 広場・公園
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カンポ広場にある「ガイアの噴水」。1343年地下水道が完成しカンポ広場に初めて生活用水が届いた時人々から歓喜の声が上がった。
ガイアとは歓喜と言う意味、このことからガイアの泉と呼ばれるようになった。
泉の壁には美しい彫刻が施されているが現在の物はレプリカ。オリジナルはサンタ・マリア・スカラ救済院の地下にある博物館に展示されているそうだ。ガイアの噴水 建造物
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マンジャの塔の先端部分。
避雷針がある頭頂部までの高さは102m、その下の展望所が88mである。
旅行時は88mの所にある展望所までしか上れなかったがいまはどうなんだろうか?マンジャの塔 建造物
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カンポ広場と市庁舎(プッブリコ宮)、マンジャの塔、広場の礼拝堂が一望できる。
すでに19時30分を回っているのだが、この時間欧州ではまだ明るい。
カンポ広場から来た道のバンキ・ディ・ソプラ通りを戻る。 -
サン・クリストフォロ教会とトロメイ広場。
カンポ広場に向かう途中で見つけたローマ建国神話に登場する「ロムルスとレムスと雌狼」の像はこの広場にあった。サン クリストフォロ教会 寺院・教会
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「サリンベーニ広場」
流石にこの時間になると観光客はいない。シエナの住民と思われる男性が一人、会計学者の像の下に腰掛ているだけだった。サリンベーニ広場 広場・公園
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再びバンキ・ディ・ソプラ通り。
両側の建物に遮られると通りが薄暗くなる。バンキ ディ ソプラ通り 散歩・街歩き
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バンキ・ディ・ソプラ通りをさらに進み・・・。
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サン・ドメニコ教会の側を通って城壁の外へ
サン・ドメニコ教会はシエナの守護聖人「聖女カテリーナ」を祀る教会だが、観光予定先ではないのでそのまま素通りした。
このまま駐車場まで歩くようだが来た道と違うので別の駐車場まで歩くようだ。サン ドメニコ教会 寺院・教会
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シエナの城壁の周りをひたすら歩く。
シエナの到着した時には見ていないし、バスが停車した駐車はサン・ドメニコ教騎亜の近くだった。 -
ここは城壁の端。
この端の側をぐるっと回って再び城壁の側を歩いた。城壁にコントラーダのヤマアラシの旗が掲げてあるので、ここはヤマラシ自治区とうことが分かる。 -
再び城壁の側をひたすら歩く。
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城壁は真っ直ぐに伸びている訳ではない。
真っ直ぐに伸びた城壁にこのように窪みをつけた場所がある。防御上の構造もしくは何らかの工夫のようだが、どのような役目を果たすのかは不明。
こうして駐車場に到着。ツアーバスで今夜の宿泊先のホテルへ。 -
シエナ郊外のホテルに到着。今夜の宿泊先は「ホテル エクゼクティブ」、4つ星ホテルだった。
ホテルの写真は翌朝写したもの。Hotel Executive ホテル
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ホテルのフロント。
Hotel Executive ホテル
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ホテルのロビー風景。
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室内の様子。
一人参加でもベッドはツイン。追加料金がかかります。Hotel Executive ホテル
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室内の様子。
ポットにコーヒー付き。TVは小さかった。 -
洗面所。鏡はサイズの大きな一枚鏡。
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お風呂は嬉しいバスタブでした。
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欧州のホテルではアメニティが無いのが普通ですが、このホテルには付いてました。
シャワーキャップと石鹼とシャンプージェルです。
以上でシエナの旅行記は終わり、次はトスカーナの世界遺産オルチャ渓谷です。とても楽しみにしていた場所です。
御覧頂きありがとうございました。
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