2019/05/15 - 2019/05/22
100位(同エリア442件中)
ポポポさん
アグリツーリズモで昼食の後は学問と芸術の町シエナへ。
シエナはトスカーナ州シエナ県の県庁所在地で3つの丘の上に建てられた中世の町です。人口は5~6万人で町全体が世界遺産に指定されている。
帝政ローマ時代(5世紀ごろ)にはローマとフランス地方を結ぶ道路の中間都市となり商業・金融業・手工業で栄え、13世紀にはヨーロッパの金融の中心となった。
シエナは元々シエナ共和国と言う都市国家で、同じトスカーナ州にあるフィレンツェと覇を競い合っていたが1555年フィレンツェとの戦争に負けてその属領になった。
世界最古の銀行「Monte dei Paschi di Siena」が誕生したのもここで、現在その建物が残っている。
そのため、シエナとフェレンツィの間には高速道路も鉄道も無い。これらはシエナ市民がフィレンツェと繋がりたくと拒否したためである。
この町の守護聖人の像は常に敵であるフィレンツェを睨み付け、シエナの人々を守っているそうだ。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
サンジャミーノからツアーバスに乗り15時43分にシエナに到着した。
シエナは町全体が世界遺産。大型バスは町の中に入ることができないため旧市街の外にある駐車場に駐車した。
我々はここで下車して旧市街の中心部まで歩く。シエナは3つの丘の上に建てられた町なので、勾配のある坂道を上り下りしないといけない。
結構な運動量になるため、この町を観光しようと思われている高齢者の方は日頃より足腰の鍛錬をされておくことをお勧めする。
町中に入れば建物の陰で日差しは遮られるが、坂が多いため夏の観光は体力を消耗すると思う。
春や秋の観光が適していると思います。 -
駐車場付近から見たシエナの町の遠望。
左の建物はサン・ドメニコ教会。中央の塔が見える建物がドゥーモである。サン ドメニコ教会 寺院・教会
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シエナ旧市街に入りますよ。
まずは曲がりくなった坂道を上って行く。シエナ歴史地区 史跡・遺跡
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シエナは坂の多い町。
上り坂を越えたと思ったら次は下り坂。シエナ歴史地区 史跡・遺跡
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ここはずっと下り坂。我々は下りで楽ちんだけど、勾配のきつい坂を上って来る他国の観光客は大変そう。
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通り沿いにある酒販店。
店の入り口に飾られていたのは皐月と思われる鉢植えの花。欧州でこのような花を見たのは初めてだった。
石造りの建物が並ぶ殺風景な景色の中で一際美しさが目立っていた。 -
上って来た坂道を振り返ると急な勾配を上って来た事が分かる。
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ヴィン・サントとカントゥチーニの詰め合わせ。
ヴィン・サントは白ブドウ品種で作られるトスカーナ州のデザートワイン。デザートワインなので甘口のワインだが、甘口の度合いは醸造元で異なるそうだ。
カントゥチーニはトスカーナ地方の伝統的な固いお菓子。
トスカーナチ地方ではデザートにカントゥチーニをヴィン・サント(甘口ワイン)に浸しながら食べるため、この二つはセットで売られることが多い。 -
再び上り坂。シエナの町は3つの丘の上に建てられた町と聞いたが、丘の起伏が激しく急勾配の坂が多い町である。
夏にこの町を歩くとかなり体力を消耗するだろう。夏場の観光は避けたい町である。 -
坂道と建物の接点を見ると勾配が急であることが分かる。
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通りた建物の壁につけられた灯り。ガス灯では無かった。
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シエナの町にはいくつもの細い通りがある。
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ここはシエナのメインストリートの一つバンキ・ディ・ソプラ通り。
その通りに面した広場はシエナの町の歴史を語るのにとても重要な場所だった。写真左にある小さな場所にそれらを物語る建物がある。シエナ歴史地区 史跡・遺跡
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その広場が写真のサリンベーニ広場。
3つの宮殿に囲まれた広場で中央には銅像建っていた。右の建物は15世紀後期に建てられたスパンノッチ宮、左の建物は16世紀に建てられたタントッチ宮、そして正面の建物が14世紀に建てられたサリンベーニ宮。
この建物は1472年創業の世界最古の銀行「モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行」の本店である。
そして広場に建つ銅像は17世紀の会計学舎サルスティオ・バンディーニの像。
シエナはローマとフランス方面を結ぶ交易の要衝として商業。金融業、手工業が栄え、13世紀には欧州の金融の中心だった。
こうして金融の中心であったシエナに最古の銀行が誕生したのである。
現在のシエナの通りに銀行の名にちなんだ名前が多いのは当時の栄華の名残である。サリンベーニ宮 城・宮殿
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15世紀後期に建てられたスパンノッチ宮。
スパンノッチ宮の屋根の庇には男性の顔の像が並んでいた。サリンベーニ広場 広場・公園
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その部分のアップの写真。
この宮殿の主の顔であろうか、ガイドの説明が無かったので詳細は分からない。
ただ想像するのみ。 -
こちらは16世紀に建てられたタントッチ宮。
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壁に掲げてあるのはコントラーダ(17の町内自治区)の一つブルーコの芋虫地区。
コントラーダの表示板には「ノビル・コントラーダ・デル・ブルーコ」と書かれている。
直訳すれば「高貴な芋虫自治区」となる。コントラーダには、そのコントラーダを象徴する動物や昆虫などがいるのだが、芋虫とはいかにも弱そうなシンボルに思われる。
しかし、芋虫はコントラーダのシンボルにするだけの良い意味があって、蝶になることから復活や魂の不死を表すそうだ。 -
ごみ箱。中にポリ袋をセットして取り出しやすい構造になっている。
シエナはとても美しい町で欧州の町には珍しく道路にごみが落ちていなかった。
町の至る所にこのようなごみ箱が設置されているので、町の住民がゴミを見つけたらごみ箱に投函しているのだろう。
また他の町では見かける落書きも無かった。 -
この建物どんな建物だったか覚えていないが、気になったのは左端の像。
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円柱の上にあるのはローマ建国神話に登場する双子の兄弟ロムルス(兄)とレムス(弟)と雌狼の像。
雌狼の父を飲む双子の像として有名だが、この像はシエナの町のあちこちで見かける。
ローマ建国に際して兄弟の間に争いが起こり、レムスは兄のロムルスによって殺害されてしまい、レムスの双子の子供「セニウスとアキレウス」も命を狙われる。
二人はローマのシンボルの像を盗み城と黒の馬に乗ってローマの北に逃れ、その地でセニウスが建国したのがシエナと言われている。
ローマを建国したのはロムルス、シエナの建国はセニウスで、二つの町の名は建国者の名に由来しているそうだ。 -
シエナは金融業で栄えた町。町には写真のような銀行がいくつもあり、通りの名前にも銀行の名前が付いている通りがある。
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ここはチッタ通り。
通りに面して建っている建物は「メルカンツアのロッジア」。
ロッジアの柱には4人の守護聖人の像がある。メルカンツァのロッジア 建造物
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これら4人の守護聖人は正面を見ているのではなく、首を傾けて向かって左側を睨みつけているのだ。
その方向とは一体どこであろうか?
その方向とは宿敵フィレンツェの方向なのである。メルカンツァのロッジア 建造物
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柱の守護聖人はフィレンツェを睨み続けていた。
メルカンツァのロッジア 建造物
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チッタ通りの下り坂を進むと先にアーチが見えてきた。
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アーチを潜った先に見えてきたのはマンジャの塔と市庁舎。
マンジャの塔 建造物
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そしてマンジャの塔が面している広場がカンポ広場だ。
カンポ広場 広場・公園
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カンポ広場に行くのかと思ったら、素通りしてガイドは通りを先へ先へと進む。
ここはチッタ通り。
左の建物はキージ・サラチーニ宮殿。現在はキジアーナ音楽院になっていて、その中庭に面した回廊が一見の価値ありとのことで、ガイドさんが案内してくれた。キージ サラチーニ宮 城・宮殿
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ここが中にはに面した回廊部分。
この回廊は天井のフレスコ画が美しいことで有名との事。キージ サラチーニ宮 城・宮殿
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フレスコ画のアップ。
キージ サラチーニ宮 城・宮殿
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宮殿内部にあったローマ教皇の像。
キージ サラチーニ宮 城・宮殿
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細い通りをガイドの後に従って歩く。
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通りの先、アーチ越しにドゥオーモが見えてきた。
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シエナの大聖堂ドゥオーモである。
ドゥオーモの正面入り口に進むためこの先を左に曲がった。
洗礼堂はドゥオーモの後ろにあるのだがこの位置からは見えない。ドゥオーモ (カテドラーレ) 寺院・教会
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ドゥオーモの正面入り口に到着。
写真では分りにくいが縞模様の外壁とファザードが美しいとても大きな教会だった。
イタリアンゴシックの傑作と言われる教会で12世紀中ごろに工事が始り200年の歳月をかけて完成した教会である。
その間ニコラ・ピサーノや息子のジョバンニ・ピサーノ、ミケランジェロ、ピントゥリッキオ、ドナテッロ、さらにはベルニーニなど多くの芸術家や建築家が携わっている。ドゥオーモ (カテドラーレ) 寺院・教会
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ドゥオーモの向かい側にあるのがサンタ・マリア・スカラ救済院。
9世紀から11世紀にかけて貧しい人や巡礼者・旅行者などを救済するために作られた。
現在は美術館・博物館として使用されている。サンタ マリア スカラ救済院 博物館・美術館・ギャラリー
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サンタ・マリア・スカラ救済院。
サンタ マリア スカラ救済院 博物館・美術館・ギャラリー
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再びドォーモに話を戻したい。
写真はドォーモのファザード。ファザード上部は中央に大きなバラ窓を配し、14世紀後半のゴシック最盛期の装飾で飾られている。ドゥオーモ (カテドラーレ) 寺院・教会
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入り口からファザードを見上げる。
入り口のアーチ部分には赤色大理石が使われており、色合いがカラフルだった。 -
入り口扉周辺の装飾も緻密。
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この教会、一歩中に足を踏み入れて中に入ると驚かされたのが身廊の床に描かれた床面装飾。
象嵌と掻き絵で描かれている絵は秀麗で緻密。
写真はローマ建国神話の「雌狼とロムルスとレムス」。 -
これはデザイン画のような床面装飾。
床面装飾で素晴らしいものは聖書の場面などを描いたもの。床面装飾は大部分一眼レフで写したためコンパクトカメラでは一部しか写しておらず、それらの写真はこの後登場する。 -
側廊の礼拝堂。ピッコロミニ家の祭壇である。
祭壇の一番下の左右の人物はミケランジェロ作の「聖ペテロ」と「聖パウロ」。 -
聖パウロ像のアップ
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クーポラを下から見上げた写真。
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八角形の説教壇「Pulpit」
ニコラ・ピサーノが息子ジョバンニや弟子たちと製作したものである。
説教壇の上部は7面のレリーフで囲まれ、9つの柱で支えられている。ドゥオーモ (カテドラーレ) 寺院・教会
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説教壇の上部はイエスの生涯が7面のレリーフで描かれている。
右の場面は磔刑のキリスト。左はヘロデ王の「嬰児虐殺」。 -
左は「イエスの生誕」、右は「東方の三博士礼拝」
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イエスの生誕の場面
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東方の三博士の礼拝
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同じく東方三博士の礼拝
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「神殿奉献」と「エジプトへの逃避」
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ヘロデ王の嬰児虐殺
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キリストの磔刑
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説教壇の柱は9本、うち4本はライオンの背に支えられている。
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左は磔刑のキリスト、右はキリストの死に慟哭する信者
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柱に取り付けられた天使の蠟燭立て。
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床面装飾。
ナザレのイエスはベツレヘムで生まれるとしか翻訳できなくて、以降の文言は不明
であるがこの女性は聖母マリアと思われる。ドゥオーモ (カテドラーレ) 寺院・教会
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床面装飾。
こちらは説明文が切れており翻訳不能。子供を抱えているので、この絵は聖母マリアとイエスキリスト。
キリストの生誕と思われる。
床面装飾は保護のため通常は板で覆われ年に1回2か月間程度のみ公開されているそうで、2019年はたまたま我々が観光した時期に公開されたそうでとてもラッキーだった。 -
床面装飾は聖書の物語が描かれている。主なものをガイドが説明してくれたが、それ以外は聖書のどの場面なのか皆目分からない。
なお床面装飾は一眼レフで写したためコンパクトカメラで写したほんの一部しか画像は残っていなかった。
ピントリッキオがデザインした「フォルトナの物語」。
フォルトナとは運命の女神の事。運命を司るための舵を携え(絵では舵ではなく帆が描かれている)、運命が定まらないことを象徴する不安定な球に乗り、幸運や逃げやすいことを象徴する翅の生えた靴を履いて幸運は満ちることが無いことを象徴するために底の抜けた壺をもつことで象徴されるが、玉以外は省略されていた。
また幸運の女神は前髪を掴め、後ろから掴もうとしても後ろ髪は無いので掴めないと言われる女神がフェルトナである。
ピントリッキオは、女神の髪は全部あるように描いているような印象を受けた。 -
床面装飾。
どのような場面かは不明。 -
床面装飾。
戦いの場面だがどのような戦いかは不明。 -
床面装飾。
上の戦いの場面の右部分。 -
身廊の主祭壇。
ドゥオーモ (カテドラーレ) 寺院・教会
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主祭壇に近づいて写真をもう1枚。
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さらに近づいてもう一枚。
ピントが前に合ったため背後のフレスコ画がピンボケ気味になってしまった。 -
主祭壇の上に吊り下げられていたこれは何?
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アップにして見たけど分からない。まあ、こういう事もある。
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主祭壇の前の左右にはそれぞれパイプオルガンがあった。
こちらは祭壇に向かって左のパイプオルガン。ドゥオーモ (カテドラーレ) 寺院・教会
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そしてこちらは向かって右のパイプオルガン。
全く同じパイプオルガンではなく、オルガンの装飾が異なっていた。ちなみにパイプオルガンはこの他にまだあった。次の旅行記で登場する。
写真が多いのでいったんここでドゥオーモの旅行記を終わります。次の旅行記はドゥオーモの続きです。側廊にあった「ピッコロミニ家の図書館」を中心にお送りします。
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