2019/05/15 - 2019/05/22
9位(同エリア75件中)
ポポポさん
この旅行記のスケジュール
2019/05/18
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バスでの移動
ツアーバスでモデナに到着
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サン・ドメニコ広場
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ローマ広場とドゥカーレ宮殿
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サン・ジョルジオ教会
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モデナのポルティコ
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ミッレミリアのイベント会場
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大聖堂内のクリプタ
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聖ジャミアーノの石棺
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堂内のレリーフ彫刻
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主祭壇
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イベント会場のフェラーリ
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この旅行記スケジュールを元に
パルマの次はモデナの観光です。
モデナと言えばフェラーリとバルサミコ酢。モデナを訪問した日はあいにくの雨でしたが、「ミッレミレア」と呼ばれるクラシックカーのレースの会場になっていて、フェラーリが乗車したスポーツカー等を見ることができました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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5月18日、旅行3日目モデナの旅行記です。
モデナと言えばフェラーリに代表される自動車産業とバルサミコ酢で有名。
人口は18.5万人モデナ県の県都です。
町の歴史は古く、起源は紀元前183年のことで、ローマの植民都市として造られました。
中世はロンバルディア族の侵入で町は消滅の危機に瀕しましたが11世紀に再興しました。
それ以降自由と都市都市として繁栄していきます。1288年エステ家の支配下に入り、その後約200年はエステ家ゆかりの町としてモデナ公国の中心都市でした。
中世後期から近世にかけては様々な国がモデナをめぐって覇権争いをしたため権力に翻弄されることになりました。
第二次世界大戦以降はイタリア共和国の一都市になっています。
パルマを出発した時は小雨が降る程度でしたか、モデナに着く頃には本格的な雨になりました。 -
ツアーバスを降りるとモデナでガイドさんと合流しました。
観光する前にガイドさんから注意事項が・・・。
「本日はモデナの町中の道路が自動車レースのコースになっているため、自由に道路を横切ることができません。コースを勝手に横断することもコース内の道路を歩くことはできないのでしっかり私の後を付いて来て下さい。」とのことでした。
まだレースのコースを見ていないのでその意味を十分理解していませんでしたが、市内を歩いて行くにつれて何と厄介な事に巻き込まれたなと感じました。
ここはマリオ・ダレオ広場。ドゥカーレ宮殿のちょうど裏側になります。ドゥカーレ宮殿 城・宮殿
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サン・ドメニコ広場。サン・ドメニコ教会の前にある広場ですが、広場の中央にあるのは「自由記念碑」の像。
この広場は駐車場になっているようですね。 -
ドゥカーレ宮殿です。この宮殿は1634年に建てられたエステ家の宮殿でバロック様式の重厚な佇まいが特徴です。
現在はモデナ陸軍士官学校になっていて中には入れませんが、宮殿内部はガイド付きツアーに申し込めば見学できるそうです。
しかし今日は特別な日、自動車レースが開催されるためガイドツアーでなくて中に入れるそうですよ。
皆さんはとてもラッキーだとガイドさんが話していました。ドゥカーレ宮殿 城・宮殿
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ローマ広場とドゥカーレ宮殿。雨が激しく降っていますが、宮殿の内部に入る人が絶えません。
宮殿の観光はドゥオーモの後だそうで、とても楽しみです。ドゥカーレ宮殿 城・宮殿
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ドゥカーレ宮殿前からローマ広場を横切りラルゴ・サンジョルジョ通りを進んで行きました。
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通りの右に見えるのがサン・ジョルジオ教会。
外壁が鮮やかな色の教会です。 -
サン・ジョルジオ教会を過ぎると雨の日には嬉しいポルティコを歩きました。
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ポルティコを歩き、カーレースのコースを避けながらガイドさんの後を付いて行くととある広場にやって来ました。
ここは今回のカーレース「ミッレミリア」の会場でクラシックカーが展示されているそうです。
「ミッレミリア」とはイタリア語で1000マイルの事で現在イタリアで開催されているクラシックカーレースの事。
元々は1927年から1957年まで行われていた公道のカーレースで1957年に観客を巻き込む大事故が発生して中止になりましたが1977年にクラシックカーレースとして復活しました。
モデナ市内にカーレースのコースが設けられていて、多くのクラシックカーがモデナ市内を走るんだそうです。 -
ミッレミリアの説明文のようですがイタリア語なので分かりません。
1932とありますが、この車は1932年の大会に参戦したのでしょうか?
ガイドさんからは説明が無かったので想像するしかありませんが・・・。 -
ミッレミリアの説明文と供に展示されていたクラシックカー。
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こちらはアルファロメオのスポーツカー(クラシックカー)。
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スポーツカーの後ろの衝立に写っているのはフェラーリの創始者で若きエンツォ・フェラーリ。
ガイドさんの説明では、このスポーツカーはフェラーリがアルファロメオのレースドライバーの時に乗っていた車だそうです。
そしてこの車の隣にはフェラーリが独立して会社を興し、始めて制作した自動車が展示されていたのですが写真がありません。
写し忘れたのではなく、確かに一眼レフカメラで車と説明板を映したのですが、写真のデータが消滅してしまったのです。
FC(コンパクトフラッシュ)の撮影データーをカードリーダーでPCに送る時に何らかの不具合でデーターが消えてしまったのです。
以前起きた時のようにデーターが全て消えた訳ではなく、写した写真の1/3程度が消滅したのですが、消滅した写真は2019年3月に旅行したエジプト旅行の大部分と今回のイタリア旅行全て、さらに7月のスイス旅行のほぼ半分が消えてしまいました。
他は無事かと思っていたら、2018年のオーストリア「サウンドミュージック」の舞台となったザルツブルグの写真18枚が消えていました。
今まで何度もデータのやり取りをしていて一度も不具合が無かったので。安心しきっていてバックアップは取っていませんでした。
遅ればせながら残りの写真のバックアップをしましたが、記録メディアには何が起こるか分からないとつくづく思ったしだいです。
なお隣のブースに展示されていたのはフェラーリが初めて製作した車です。Wikipediaで調べたところ「815」でした。
一眼レフカメラの写真の消失で、モデナ以降の旅行記が不完全なものになると思いますがご容赦願います。
特に旅行5日目のシエナのドゥオーモ内にあるピッコロミニ図書館やカンポ広場のマンジャの塔からの風景写真、カンポ広場で行われた中世騎士団の衣装に身を包んだ町内対抗のイベントなどの写真が消えてしまったのはとても痛いです。 -
イベントブースには竪琴を奏でる人もいました。
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一旦イベントのブースを離れて次は世界遺産ドォーモの観光。
写真はモデナの町中に設けられた自動車レースのコース。道の両側に鉄製の衝立が建てられ、さらにミッレミリアの横断幕が掛けられてレースのコース内の立ち入りを規制しているのですが、それでもコースを歩く人たちがいました。
町の人たちなのか観光客なのか分りませんが、どこの国にも規則を守らない人がいるもんですね。
たまたまこの辺りには警備員がいないのでコース内に立ち入って近道を歩いているのだと思います。
実際道路を横断する場所は限られていて、普段なら目に前の建物にすぐに行けるのに、この日に限っては大回りしないと行けません。その不便さと時間のロスは同じ旅行者として痛いほど分かります。
だからと言って規則に従わなくてもいいと言う理由にはなりませんからね。 -
コース側のポルティコを歩いていたら新婚さんに出会いました。
なので写真をパチリ。お幸せに。 -
道路を大回りして世界遺産モデナ大聖堂(ドゥオーモ)に来ました。
ドゥオーモの前の広場がグランデ広場、そしてドゥオーモの後ろに見える塔がトッレ・チヴィカ(市民の塔)です。
いずれも世界遺産の構成資産で正式名称は「モデナ大聖堂、トッレ・チヴィカ及びピアッツァグランデ」です。
ここには5世ごろから2つの教会が建っていましたが、4世紀に活躍した司教聖ジミニャーノの墓が発見されるとその功績を讃えて1099年に大聖堂が建て始められたました。墓は地下の納骨堂に安置されています。
設計を担当したのは建築家ランフランコ、周囲から発掘されたローマ時代の大理石や彫刻が転用され1106年に完成しました。
この大聖堂はミラノのサンタンブロージュ聖堂と並びイタリア・ロマネスク様式の代表的な建築物だそうです。
モデナ大聖堂の建物全体はロマネスク様式ですが、後の時代に大きなゴシック様式のバラ窓が取り付けられました。モデナ大聖堂 寺院・教会
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正面入り口の左右には2頭のライオン、ファザードにはいくつものレリーフが施されています。
これらのレリーフは大聖堂の見どころだとか、後でじっくり見ていきましょう。モデナ大聖堂 寺院・教会
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入口のライオン像。
パルマ大聖堂のライオンと比べたらこちらの方が断然リアル。 -
こちらは向かって左側のライオン。ライオンは双方首をかしげて内側を見ているのですがが、このポーズに何か意図があるのでしょうか?
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ここからはファザードのレリーフ。これらのレリーフはヴィリジェルモの作。
旧約聖書創世記第2章人類創世の場面、アダムとイブです。神は土で人を創り、鼻に命の息を吹きかけて生を受けた人間をアダムと名付けました。
次にアダムの肋骨から生まれたのが女性でイブと名付けられ、二人はエデンの園という楽園で幸せに暮らしていました。レリーフはイブが幽体離脱しているみたいでした。
楽園には神から食べることを禁じられた禁断の果実がありましたが、イブは蛇にそそのかされて食べてしまいます。そしてアダムにもその果実を食べさせました。
禁断の果実を食べた瞬間アダムとイブは裸だという事に気付きイチジクの葉で腰を覆いました。レリーフのアダムとイブも覆っていますね。
善悪を知る知恵の木の実を食べたことで羞恥心が生まれたのです。 -
創世記第3章、楽園追放。
左は神様にこっぴどく叱られるアダムとイブ。神様はアダムとイブと蛇に言います。
蛇には「一生腹這いで歩き、あらゆる生き物の中で一番呪われる存在になるのだ」と。イブには「夫によって支配され子供を産む苦しみを知るだろう」、アダムには「一生大地を耕し働き続けるのだ」と。
次の場面は楽園追放。
神様は命の木の実までアダムとイブが食べるのではないかと考え、2人に皮で作った衣を着せて楽園から追放しました。
追放後はアダムは労働の苦しみを、イブは産みの苦しみを背負うことになりました。レリーフでは2人が労働する姿が描かれています。 -
次のレリーフは創世記第4章カインとアベルです。
この話も有名な話ですね。アダムとイブの最初の子がカインで弟がアベルです。
人類最初の殺人の加害者と被害者と言われています。
カインは農業を、アベルは羊の放牧を行いました。
ある日2人は各々の収穫物を神様に捧げることになりました。カインは収穫物を、アベルは肥えた羊の初子を捧げましたが、神はアベルの供物には目を留めたものの、カインの供物には目を留めませんでした。
これを恨んだカインはアベルを野原に誘って殺害しました。
レリーフの右端、神様がカインに詰問します「アベルはどこに行ったのか」と。
カインは「知りません、私はアベルの番人なにでしょうか?」とふてぶてしい返答をします。神様に追放されると知ったカインは「追い出されたら誰かに殺される」と神に泣きつきます。
神様はそんなカインを哀れみ、彼を守るための印を付けてカインをる追放しました。 -
創世記第5章ノアの箱舟のレリーフ。
アベルが殺され、カインは追放されて悲しみに暮れるアダムとイブにセツという息子が生まれます。
その9代目の子孫がノアです。ノアの時代はこの世に悪がはびこり堕落と暴虐に満ちていたそうです。
さすがの神様もこのありさまを見て「私が創造した人を地表から消し去ろう、私はこれらを造ったことを悔やむ」と言っています。
そんな世界であっても一条の光がありました。それがノアでした。
レリーフで左は殺しあう人々、真ん中はノアの箱舟、アララテ山に到着して喜ぶノアの息子や家族たち。
箱船は舟型では無く箱型です。これは教会が救済のシンボルだったからです。 -
大聖堂内部。
主祭壇は2階にあり、天井から吊り下げらえているのは14世紀からある木製のキリスト像。
1階には半地下のクリプタ(地下納骨堂)への入り口があります。1階と2階の間にあるのはアンセルモ・ダ・カンピオーネによる最後の晩餐。
最期の晩餐の左は説教壇です。モデナ大聖堂 寺院・教会
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2階奥には主祭壇、1階からは半地下のクリプタ入口が見えます。
クリプタの入口はここからです。モデナ大聖堂 寺院・教会
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説教壇と最後の晩餐のレリーフ。
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ガイドさんの案内は半地下のクリプタから。
クリプタには聖ジャミアーノの石棺がありました。 -
聖ジャミアーノの石棺。
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クリプタの天井画。
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聖ジャミアーノの石棺。
我々は石棺の周りを歩きながら観光しました。 -
クリプタは多くのアーチ式支柱で支えられています。
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クリプタ内の祭壇。
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クリプタの祭壇ですが暗くて吊されたキリスト像が見えにくかったです。
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祭壇の中央にあった十字架をモチーフにした聖具。
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礼拝堂のキリスト像は左右の天使から祝福を受けているように見えますが、これは「キリストの降誕像」でしょうか?
Wikipediaでは納骨堂(クリプタ)に1480年彫刻家グイド・マッツォーニ作の「キリストの降誕像」があると書かれています。
この像は1480年の昔に作られたようには見えません。逆に新しい像のように見えます。しかしクリプタ内部でキリスト像と言うと写真のキリスト像以外気が付きませんでした。
本当はどうなんでしょうね。私が気が付かなかっただけで、他にあったのかもしれません。
ガイドさんからは何も説明がありませんでしたからね。 -
像の後ろにあった貴石。
神々しく輝く貴石でしたね。 -
柱で支えられた内陣障壁の説教壇。
アッリゴ・ダ・カンピオーネの作。 -
ここに彫られた聖人は誰だろうか?
ガイドさんから説明を受けた記憶がありません。説明があったのが4年も前の事なので忘れてしまったのかもしれませんが。
光背があるので聖人の像に違いはないと思うので、とある聖人としておきましょう。 -
アンセルモ・ダ・カンピオーネの最後の晩餐です。
中央にイエス・キリスト、イエスに寄りかかって寝ているのはヨハネ、イエスはユダにパンを食べさせていますが、これはユダの裏切りを暗示しているそうです。 -
最期の晩餐の左の場面は弟子の足を洗うキリスト。
腕まくりをして弟子の足を洗うキリストには親近感が湧きますね。 -
最期の晩餐の右はユダの接吻、キリストの捕縛、十字架を背負うキレネのシモンです。
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ユダの接吻は、イエスを裏切った弟子のユダがイエスを捕まえようとするユダヤ祭司長の兵士達と共にやってきて、イエスを捕まえる合図として接吻するシーンです。
最期の晩餐の翌日、ゲッセマネの園での祈りを終え、イエスがまだ話をされている時にユダが先頭にたち、祭司長の一団と共にやってきます。
ユダはイエスに近づき「先生、いかがですか」言いながらイエスに接吻しました。
これは誰がイエスか分かるように接吻しろと祭司長から言われていたためです。
誰がイエスか分かると祭司長の一団がイエスをとらえようとイエスの周囲に集まってきます。
それを阻止しようと弟子のペテロが剣を抜いて男の耳を切り落とそうとしている場面です。 -
次はイエスの捕縛
イエスは「ペテロやめなさい。剣は滅びの道を歩む。これは予言された通りなのだ。私は行こう。」と言って敵のなすがままにされ、捕縛されました。
最期はキレネのシモン。
エルサレムに来ていたシモン。イエスが力尽きたため、たまたま側にいたシモンが兵士に無理やり十字架を担がされました。光背がないのでイエスではありません。 -
2階の主祭壇、祭壇画は「聖母戴冠」。
14世紀セルフィーの作だとか。モデナ大聖堂 寺院・教会
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祭壇画をアップで。
2階は採光が少なく暗かったので祭壇画は見えにくかったですね。この日は雨天のために光量が少なかったことも影響していると思います。 -
さらに祭壇画をアップ。絵の輪郭は分るようになりましたが、イエスとマリアの姿ははっきりしません。
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ガイドさんが特に注視するように勧めていたのがこの祭壇。
大聖堂にあるものの中で最も古い10世紀に制作された祭壇。色大理石の支柱の頭には異なる6つの彫刻が彫られています。
ついでに言えばこの大聖堂には中央扉の入口の他に3つの入口扉があり、聖ジェミアーノの生涯とか、アーサー王円卓の騎士たちとか、1月から12月までの農耕とかのレリーフがあります。
これらのレリーフはガイドさんの案内が無かったこともありますが、事前の学習が足りずそれらの存在を全く知りませんでした。
今後モデナ大聖堂を観光される旅行者の方は、この点も注意して見逃さないようにしていただきたいと思います。
円安が進む現在、これらのレリーフ見たさにモデナを再訪したくてもなかなか行く決心がつかないのが現状です。
モデナに行く機会に恵まれた方はこのチャンスを逃がさないように隅々まで見て来て下さい。 -
大聖堂入口上部のバラ窓。この教会でここだけはゴシック様式。
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近づいて写すと逆に入り込む光が強すぎてバラ窓が光で潰れてしまいました。
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身廊の壁の木製の細工画。暗くて見にくいですがシックで素晴らしい作品でした。
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身廊の柱に飾られた宗教画。
大聖堂の観光はここまで。ガイドさんが我々を一旦外に誘導して、別の場所に案内するそうです。 -
大聖堂の隣にある市庁舎。市庁舎の前はグランデ広場。普段なら市庁舎にはすぐ入れるはずですが、今日は広場からは入れません。
なぜなら市庁舎の前は自動車レースのコースになっていたからです。
写真の下部には鉄の衝立と白いシートが見えますが、シートの向こう側がレースのコースになっていました。 -
大聖堂に隣接して建っている塔(鐘楼)がトッレ・チヴィカ(市民の塔)。世界遺産の構成資産です。
大聖堂と同じくランフランコの設計で1179年ロマネスク様式で5階部分まで建てられた。
1319年にアッリゴ・ダ・カンピオーネの設計でゴシック様式の八角形の尖塔が追加されました。この先頭部分に花冠状の装飾(ギルランダ)があることから「ギルランディーナの塔」と呼ばれるようになりました。塔の高さは89・32m、尖塔は37mです。この塔、市民の塔の時代は5階建てだったそうですが外かろ見ると6階建てに見えます。後で付けられたゴシック様式の尖塔は八角形なのでどう見ても6階建てです。
そこでハタと気づきました。日本では6階建てでも欧州では5階建てなんです。日本の1階は欧州では0階でした。
塔の前にある銅像は作家で詩人のアレッサンドロ・タッソーニ。ギルランディーナの塔 建造物
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ギルナンディーナの塔の側もカーレースのコースでした。
レースコースを横断するように綱が張られている箇所のみ道路を横切ることができます。 -
ここはドゥオーモ広場。
市庁舎から大聖堂の後ろ側を見ています。我々は市庁舎にあるポルティコを通ってセッテンブレ広場へ。
そこで自由行動になりました。時間は20分、自由行動の時間にしては少なすぎましたが仕方ありません。
ガイドさんがすぐ近くにあるマーケッとを案内したいとのことで皆はそれに付いて行きましたが、私は観光重視なので一人で行動することにしました。
まずはすぐ近くの市庁舎へ。
市庁舎は元宮殿で無料で入場できるそうです。部屋の中も見ることができるそうなので行ってみましたが、今日は土曜日で入れませんでした。
では次にどこへ行くか?ギルナンディーナの塔に登ってみようかとも思いましたが、生憎の雨なので塔はやめて大聖堂をじっくり見ることにしました。 -
先ほどの広場から大聖堂まで直線距離でほんの2分もかからない距離ですが、周囲はカーレースのコースになっているため思うように歩けません。時間ロスを防ぐために来た道を戻って大聖堂に行くことにしました。
とりあえずグランデ広場から市庁舎へ。
グランデ広場はミッレミリアのイベント会場になっていて、スポーツカーの展示やイベントブースがありました。
正面大聖堂の中央に見える入口は王の扉、その左側にある小さな入口は諸侯の扉です。モデナの大聖堂、トッレ チヴィカ及びグランデ広場 寺院・教会
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市庁舎のポルティコを通り抜け、グランデ広場の周りを大きく回ってやっとグランデ広場に設置されているコースを横切れる場所までやってきました。
ここは世界遺産グランデ広場。
正面に市庁舎、左に大聖堂がみえます。パルマは小雨でしたがモデナは雨脚が強い。
強い雨の中を傘をさして歩くのは辛いですね。グランデ広場 広場・公園
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大聖堂の前にはスポーツカーが展示されていました。
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その隣に展示されていたのはこの2台。
どこの車でしょうか?エンブレムはフェラーリではありません。 -
展示車両の裏を通り過ごして大聖堂の入口へ、
グランデ広場 広場・公園
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大聖堂前のグランデ広場は雨脚が強くなり客足も遠のいた様子。
内部の写真を撮るには観光客が少ない方がいいので、いいかもしれません。
しかしここまで来るのに速足でも5分もかかってしまいました。帰りが5分として正味観光時間はわずか5分、一度中に入っているので10分あれば大丈夫でしょう。 -
再び大聖堂の中へ。
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右側廊の様子。2階の主祭壇には左右の側廊にある階段から上がれます。2階に上がる階段の途中、奥に礼拝堂が見えますね。
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こちらは左の側廊。上がる階段の途中にあったのは祭壇画。
この写真は写していません。
左見えるには聖母子像や聖人たちの彫像の礼拝堂。 -
それがこの写真。中央下に聖母子像、上部に磔刑のキリスト像、それを囲むように聖人や天使らが緻密に彫られた礼拝堂。
綺麗でしたが、ピンぼけ気味の写真ですみません。 -
木造のキリスト像と2階には主祭壇、1階はクリプタへの入口。
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アッリゴ・ダ・カンピオーネ作の説教壇。
説教壇を飾る彫像はテラコッタ製だそうです。 -
正面入り口側のバラ窓。
こちらの写真の方がバラ窓に見えますね。 -
側廊の様子。教会内部はシンプルですがかなり薄暗かったです。
写真の右にはフレスコ画の礼拝堂があるのですが暗くてその絵が見えません。 -
そのフレスコ画がこれです。
フレスコ画の下の部分は剥落していましたが、残った部分の色は綺麗に残っています。 -
フレスコ画の礼拝堂。
手前の陶器は何でしょう。香炉かな?香炉って西洋にあったかな? -
左側の身廊と奥は側廊。
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身廊の壁にあった木製の細工画。
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右側廊の礼拝堂。
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もう一度2階に上がって主祭壇を見てみました。
雨天の為相変わらず内部は薄暗く聖母の戴冠はハッキリ見えませんでした。 -
大聖堂のパイプオルガン。
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大聖堂の観光を終えて外に出ましたがまだ後10数分残っています。
このままマーケットの入り口に戻ろうか、それとも?
雨天で見晴らしが悪いがギルナンディーナの塔に上ってみようかな?再度モデナに来ることはないだろうからな。ならばせっかくの機会だから上ってみよう。
と心に決めたら行動は早い。
雨降りの中傘をたたんで塔に向かって走る。幸いレースコースに邪魔されることもなく塔の入口に到着した。残り時間は10分、上りに5分、下りに3分、マーケットまで2分。これなら行ける。 -
大聖堂の出口から聖堂の周りを回って塔の入口へ。
塔の入り口はガイドさんから聞いていたのですぐに分かった。聞いていなかったら探すのに時間がかかったはずだ。 -
塔の1階にチケット売り場がある。入場料は3ユーロ、シニアは2ユーロだった。
料金を支払うと階段を駆け上がって行く。
日本なら階段を1段飛ばしに駆け上がれるが、欧州では階段の高さが日本よりも高いため1段飛ばしは無理だった。
スピードを上げて駆け上がるほかはない。 -
3階まで上がると流石にペースダウンしないときつくて体が持ちそうもない。
駆け上がるのは止めて速足で登ることにした。
ところが後2階と言うところまできて急に息苦しくなった。呼吸ができなくなったのだ。ハーハーゼーゼーの繰り返し。
いくら息を吸っても呼吸が楽にならない。過呼吸かもしれない。
無理してこれ以上登ったら呼吸困難になってお陀仏かもしれないと判断、登ることは止めてゆっくり下りることにした。
幸い登るのは無理だが降りることはできた。有難い事に下に降りたら正常に呼吸できるようになった。 -
マーケット前で皆と集合する頃には平常通りに回復し呼吸は全く問題なかった。
あと少しではあったが最初から塔に上っていたら何も問題なかったはずだった。
欲を張って体を無理した結果なので、今後は無理せず観光することにした。
残念だがもうモデナに来る事は無いだろうな。ギルランディーナの塔 建造物
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次に訪れたのはドゥカーレ宮殿。現在は陸軍士官学校になっていて普段はガイドツアー以外は入ることができない。
本日はこの宮殿がイベント会場になっていたので無料で入ることができた。
それにしても雨は一向に収まる気配がしない。ドゥカーレ宮殿 城・宮殿
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宮殿の内部。
ここはどこだろうかと疑問に思う間もなくガイドさんの後に続いて行く。 -
宮殿の中庭に出た。
宮殿の中庭ではいくつものテントがイベント会場になっていて、アルファロメオやフェラーリ、モデナ近郊の自動車会社の車両が展示されていた。
いわゆるスーパーカーもあって、どこのブースも写真を写す人で人だかりがしていた。
宮殿の各部屋は開放されて自動車の展示場として使用されていた。 -
会場は元エステ家の居城となった宮殿。
普通は入れない場所なのでテンションマックス。この時は先ほど呼吸困難で苦しんでいたことが嘘みたいに元気だった。 -
フェラーリのスポーツカー。
私は高級車には詳しくないが、マニア垂涎の車なのだろう。 -
フェラーリはスタイリッシュでカッコいい。
展示されている車を一眼レフで撮りまくった。しかしデータが消滅したのでこれらの車の写真はもう見れない。
とても残念だ。 -
エンブレムが分からないのでどこの車か不明。
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フェラーリのスポーツカー。
車に雨のしずくがかかるとすぐにお姉さんが拭きに来る。 -
アルファロメオのスポーツカー。
これもかっこいいな。 -
ここのブースもレース用のスポーツカーが展示されていた。
ドゥカーレ宮殿内で展示されていた車の写真は、コンパクトデジカメで写したこれらの写真しか残っていない。カラフルな車やクラシックカーもあったので無くなったのはとても残念。 -
ドゥカーレ宮殿内は入場可能な場所はどこでも車が展示されていて、イベントを盛り上げていた。
これでモデナ市内観光の旅行記は終わりです。
次はモデナと言えばバルサミコ酢。バルサミコ酢の工場見学に行きましたので、その旅行記をお送りします。
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