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シエナの後編です。<br />ドゥオーモで最も有名なのはピッコロミニ家の図書室である。<br />側廊にあるのがこの図書室。ピッコロミニ枢機卿(後の教皇ピウス3世)が叔父の教皇ピウス2世が所蔵した書籍の膨大なコレクションを保管する為に1492年に造らせたもので、内部は美しいフレスコ画「ピウス2世の生涯」で飾られている。<br />

雨とトラブルにまみれた思い出に残るイタリア旅行 23 学問と芸術の町シエナ 2 ドゥオーモ

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2019/05/15 - 2019/05/22

107位(同エリア442件中)

ポポポ

ポポポさん

シエナの後編です。
ドゥオーモで最も有名なのはピッコロミニ家の図書室である。
側廊にあるのがこの図書室。ピッコロミニ枢機卿(後の教皇ピウス3世)が叔父の教皇ピウス2世が所蔵した書籍の膨大なコレクションを保管する為に1492年に造らせたもので、内部は美しいフレスコ画「ピウス2世の生涯」で飾られている。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
一人旅
交通手段
徒歩
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
阪急交通社
  • ここが側廊にあるピッコロミニ家の図書室の入り口。<br />ピッコロミニ家の祭壇と隣り合わせになっているので場所は分かりやすい。<br />入口の上部に描かれているのはピントゥリッキオによる「ピウス3世の戴冠式」。

    ここが側廊にあるピッコロミニ家の図書室の入り口。
    ピッコロミニ家の祭壇と隣り合わせになっているので場所は分かりやすい。
    入口の上部に描かれているのはピントゥリッキオによる「ピウス3世の戴冠式」。

    ピッコローミニ家の図書室 史跡・遺跡

  • 「ピウス3世の戴冠式」<br />もっと後ろに下がって写せばよかったが、悲しいことにツアーで入場するためそこまでの時間の余裕がなかったというか、早く中に入って中のフレスコ画を見たいと気がはやっていたのも事実である。

    「ピウス3世の戴冠式」
    もっと後ろに下がって写せばよかったが、悲しいことにツアーで入場するためそこまでの時間の余裕がなかったというか、早く中に入って中のフレスコ画を見たいと気がはやっていたのも事実である。

  • 図書室の天井に描かれた装飾画。<br />天井画の中央にはピッコロミニ家の紋章が描かれている。<br />図書室内部の絵画装飾はウンブリア出身の画家ピントゥリッキオに委ねられた。<br />彼とその助手たちは1502年から1507年にかけてフレスコ画で壁面を覆いつくしたという。

    図書室の天井に描かれた装飾画。
    天井画の中央にはピッコロミニ家の紋章が描かれている。
    図書室内部の絵画装飾はウンブリア出身の画家ピントゥリッキオに委ねられた。
    彼とその助手たちは1502年から1507年にかけてフレスコ画で壁面を覆いつくしたという。

  • 図書館の中央にある彫刻は「三人の女神」、フランチェスコ・ピッコロミニ枢機卿(後の教皇ピウス3世)が所有していたヘレニズム時代のオリジナル(紀元前4~2世紀)をローマ時代に複製したものである。<br />

    図書館の中央にある彫刻は「三人の女神」、フランチェスコ・ピッコロミニ枢機卿(後の教皇ピウス3世)が所有していたヘレニズム時代のオリジナル(紀元前4~2世紀)をローマ時代に複製したものである。

  • ピウス2世の生涯。<br />ピウス2世は本名アエネアス・シルヴィウス・ピッコロミニ。<br />シエナの人文学者で詩人、歴史家で神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世に側近として仕えた。<br />外交家としての手腕も発揮し、皇帝の信頼が厚かった。<br />バーゼル公会議の後聖職者となりシエナ司教、枢機卿を経て教皇ピウス2世となった。<br />オスマン帝国に支配されたコンスタンティノープルの奪還とオスマントルコの勢力を欧州から駆逐する事が彼の生涯の望みであったが、皇帝や欧州の諸侯は消極的で夢を実現することは叶わず亡くなった。

    ピウス2世の生涯。
    ピウス2世は本名アエネアス・シルヴィウス・ピッコロミニ。
    シエナの人文学者で詩人、歴史家で神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世に側近として仕えた。
    外交家としての手腕も発揮し、皇帝の信頼が厚かった。
    バーゼル公会議の後聖職者となりシエナ司教、枢機卿を経て教皇ピウス2世となった。
    オスマン帝国に支配されたコンスタンティノープルの奪還とオスマントルコの勢力を欧州から駆逐する事が彼の生涯の望みであったが、皇帝や欧州の諸侯は消極的で夢を実現することは叶わず亡くなった。

    ピッコローミニ家の図書室 史跡・遺跡

  • ピウス2世の生涯は10章に渡って描かれている。<br />ガイドの説明順に従い10章の場面を1章ごとに一眼カメラで写したが、記録メディアのトラブルでその画像は消滅してしまった。<br />ここに載せている写真は別にコンパクトカメラで写したものである。コンパクトカメラは図書室内の様子や雰囲気を伝えようと写したもので、1枚毎の写真ではないためピウス2世生涯の絵としては不十分な出来になっている事をご容赦願いたい。<br />ピウス2セの生涯は左の絵は「アエネアス・シルヴィウス・ピッコロミニ(後の教皇ピウス2世)がバーゼル公会議に向けて出発」<br />アエネアス・シルヴィアスは神聖ローマ皇帝の特使として会議に出席した。<br />この絵からピウス2世の生涯は始まっている。<br />

    ピウス2世の生涯は10章に渡って描かれている。
    ガイドの説明順に従い10章の場面を1章ごとに一眼カメラで写したが、記録メディアのトラブルでその画像は消滅してしまった。
    ここに載せている写真は別にコンパクトカメラで写したものである。コンパクトカメラは図書室内の様子や雰囲気を伝えようと写したもので、1枚毎の写真ではないためピウス2世生涯の絵としては不十分な出来になっている事をご容赦願いたい。
    ピウス2セの生涯は左の絵は「アエネアス・シルヴィウス・ピッコロミニ(後の教皇ピウス2世)がバーゼル公会議に向けて出発」
    アエネアス・シルヴィアスは神聖ローマ皇帝の特使として会議に出席した。
    この絵からピウス2世の生涯は始まっている。

  • 中央の絵は「スコットランドに派遣されたアエネアス・シルヴィウス・ピッコロミニ大使」<br />描かれているのは同盟を結ぶ徳名を受けスコットランド宮廷に出向いたピッコロミニが王座に座る王に謁見する場面。<br />玉座の左に赤い服を着た人物がピッコロミニ。<br />

    中央の絵は「スコットランドに派遣されたアエネアス・シルヴィウス・ピッコロミニ大使」
    描かれているのは同盟を結ぶ徳名を受けスコットランド宮廷に出向いたピッコロミニが王座に座る王に謁見する場面。
    玉座の左に赤い服を着た人物がピッコロミニ。

  • 「神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世から詩人の称号を授かるアエネアス・シルヴィウス」<br />画像が分かりにくいので下の絵はを見て下さい。

    「神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世から詩人の称号を授かるアエネアス・シルヴィウス」
    画像が分かりにくいので下の絵はを見て下さい。

  • ピッコロミニは皇帝フリードリヒ3世の信望が厚く、主席初期の職だけでなく詩人として名誉ある月桂樹の載冠式を受けるなどの特権を与えられた。<br />絵の場面はその載冠式。皇帝から称号を拝受するアエネアス・シルヴィウスが中央に描かれている。<br />右の絵は「アエネアス・シルヴィウスは教皇ユージーン4世に服従の意を示す」<br />皇帝フリードリヒ3世の代理人としてアエネアスは教皇ユージーン4世に服従を表明した。

    ピッコロミニは皇帝フリードリヒ3世の信望が厚く、主席初期の職だけでなく詩人として名誉ある月桂樹の載冠式を受けるなどの特権を与えられた。
    絵の場面はその載冠式。皇帝から称号を拝受するアエネアス・シルヴィウスが中央に描かれている。
    右の絵は「アエネアス・シルヴィウスは教皇ユージーン4世に服従の意を示す」
    皇帝フリードリヒ3世の代理人としてアエネアスは教皇ユージーン4世に服従を表明した。

  • 左の絵は「シエナの司教だったアエネアス・シルヴィウス・ピッコロミニ(後の教皇ピウス2世)はポルトガルの王女エレノアをフリードリッヒ3世に引き合わせ、結婚を取り持つ」<br />右の絵は「教皇から枢機卿の帽子を拝受するアエネアス・シルヴィウス・ピッコロミニ」<br />修復工事用のパイプとネットが邪魔で見にくいため、同じ場面の下記のフレスコ画をご覧ください。

    左の絵は「シエナの司教だったアエネアス・シルヴィウス・ピッコロミニ(後の教皇ピウス2世)はポルトガルの王女エレノアをフリードリッヒ3世に引き合わせ、結婚を取り持つ」
    右の絵は「教皇から枢機卿の帽子を拝受するアエネアス・シルヴィウス・ピッコロミニ」
    修復工事用のパイプとネットが邪魔で見にくいため、同じ場面の下記のフレスコ画をご覧ください。

  • フレスコ画には教皇から枢機卿の帽子を拝受するシエナ司教アエネアス・シルヴィウス・ピッコロミニが左端に。<br />背後の祭壇画の左右にはピッコロミニ家の守護聖人である聖ヤコブと聖アンドレが描かれている。

    フレスコ画には教皇から枢機卿の帽子を拝受するシエナ司教アエネアス・シルヴィウス・ピッコロミニが左端に。
    背後の祭壇画の左右にはピッコロミニ家の守護聖人である聖ヤコブと聖アンドレが描かれている。

  • 左の絵は画面が小さく見にくいのだが「ピウス2世がローマ法王として戴冠し、バチカンに入る」の場面<br />画面左に座席式の腰に乗った教皇ピウス2世が人々を祝福しながら進むという場面構成で描かれている。<br />右の絵は「ピウス2世マントヴァ会議を開催」<br />ピウス2世はオスマン帝国の進撃を食い止め、1453年に征服されたコンスタンティノープルを奪還することを最優先課題としていた。<br />そのため1459年、マントヴァのルドヴィコ・ゴンザーガの宮廷に諸侯を招集した場面。<br />右端の玉座に座っているのがピウス2世。

    左の絵は画面が小さく見にくいのだが「ピウス2世がローマ法王として戴冠し、バチカンに入る」の場面
    画面左に座席式の腰に乗った教皇ピウス2世が人々を祝福しながら進むという場面構成で描かれている。
    右の絵は「ピウス2世マントヴァ会議を開催」
    ピウス2世はオスマン帝国の進撃を食い止め、1453年に征服されたコンスタンティノープルを奪還することを最優先課題としていた。
    そのため1459年、マントヴァのルドヴィコ・ゴンザーガの宮廷に諸侯を招集した場面。
    右端の玉座に座っているのがピウス2世。

  • 「ピウス2世、シエナの聖カタリナを列福する」<br />この絵は上下2段に分かれていて、上の絵はピウス2世が下に横たわる聖カタリナを列福する場面<br />下の絵は蠟燭を手にした聖職者や信徒が描かれているがその中にある人物が描かれているのだ。<br />左端で青いマントを羽織り、赤いタイツを履いているのがラファエロ、その右隣赤い帽子の男はピントリッキオである。<br />右の絵は「ピウス2世、十字軍開始の為アンコーナに到着」<br />教皇ピウス2世は最後の仕事としてコンスタンティノープルを陥落させ、オスマン帝国全体を手中に収めようとしていた。そのために十字軍を提唱し消極的なヨーロッパ諸侯に参加を勧告した。<br />1464年6月18日ピウス2世は高齢で病床にあったにも関わらず、十字軍を指揮するためアンコーナに到着。ここでヴェネツィア艦隊の到着を見届けた後8月14日に死去した。<br />教皇の死後十字軍の遠征は直ちに中止された。<br />以上で図書室内の降フレスコ画「ピウス2世の生涯」10枚の絵を見て回った。<br />1枚づつではないため見にくい絵もあったかと思うが、図書室内部の装飾が煌びやかで素晴らしいものだということはご理解いただけたと思う。<br />シエナに行かれる場合はドゥオーモの観光をお忘れなく。特に「ピッコロミニ家の図書室」は必見の場所である。

    「ピウス2世、シエナの聖カタリナを列福する」
    この絵は上下2段に分かれていて、上の絵はピウス2世が下に横たわる聖カタリナを列福する場面
    下の絵は蠟燭を手にした聖職者や信徒が描かれているがその中にある人物が描かれているのだ。
    左端で青いマントを羽織り、赤いタイツを履いているのがラファエロ、その右隣赤い帽子の男はピントリッキオである。
    右の絵は「ピウス2世、十字軍開始の為アンコーナに到着」
    教皇ピウス2世は最後の仕事としてコンスタンティノープルを陥落させ、オスマン帝国全体を手中に収めようとしていた。そのために十字軍を提唱し消極的なヨーロッパ諸侯に参加を勧告した。
    1464年6月18日ピウス2世は高齢で病床にあったにも関わらず、十字軍を指揮するためアンコーナに到着。ここでヴェネツィア艦隊の到着を見届けた後8月14日に死去した。
    教皇の死後十字軍の遠征は直ちに中止された。
    以上で図書室内の降フレスコ画「ピウス2世の生涯」10枚の絵を見て回った。
    1枚づつではないため見にくい絵もあったかと思うが、図書室内部の装飾が煌びやかで素晴らしいものだということはご理解いただけたと思う。
    シエナに行かれる場合はドゥオーモの観光をお忘れなく。特に「ピッコロミニ家の図書室」は必見の場所である。

  • ピッコロミニ図書室内部の様子。<br /><br />

    ピッコロミニ図書室内部の様子。

  • 現在図書室の中に展示されているのは15世の聖歌隊の装飾楽譜本である。<br />写真のようにフレスコ画の下に横並びに展示されていた。<br /><br />ピウス2世の書籍がシエナに運び込まれることはなかったそうだ。<br />写真は「三人の女神」像の後ろ姿と図書室内の様子。

    現在図書室の中に展示されているのは15世の聖歌隊の装飾楽譜本である。
    写真のようにフレスコ画の下に横並びに展示されていた。

    ピウス2世の書籍がシエナに運び込まれることはなかったそうだ。
    写真は「三人の女神」像の後ろ姿と図書室内の様子。

  • ピウス2世の生涯のフレスコ画が図書室の壁一面に描かれていた。<br />

    ピウス2世の生涯のフレスコ画が図書室の壁一面に描かれていた。

  • 図書室の一番奥。<br />室外から逆光気味に光が差し込んでいたが、室内はやや薄暗かった。

    図書室の一番奥。
    室外から逆光気味に光が差し込んでいたが、室内はやや薄暗かった。

  • 三人の女神像と図書室の内部の様子。<br />フレスコ画の下のガラスケースには見開き状態で展示されている聖歌隊の装飾楽譜があった。<br />図書室の横幅は写真から分かるように狭いことが分かる。

    三人の女神像と図書室の内部の様子。
    フレスコ画の下のガラスケースには見開き状態で展示されている聖歌隊の装飾楽譜があった。
    図書室の横幅は写真から分かるように狭いことが分かる。

  • 図書室の天井と壁面の装飾はとても豪華だった。

    図書室の天井と壁面の装飾はとても豪華だった。

  • ピウス2世の生涯。

    ピウス2世の生涯。

  • 天井の装飾。<br />丸にクロスはピッコロミニ家の紋章。

    天井の装飾。
    丸にクロスはピッコロミニ家の紋章。

  • 天井の装飾。

    天井の装飾。

  • 壁面に描かれたピウス2世の生涯。

    壁面に描かれたピウス2世の生涯。

  • 図書室の天井装飾と壁に描かれたフレスコ画はピウス2世の生涯。

    図書室の天井装飾と壁に描かれたフレスコ画はピウス2世の生涯。

  • 絵の下のガラスケースの中に保管展示されていた聖歌隊の楽譜装飾本。

    絵の下のガラスケースの中に保管展示されていた聖歌隊の楽譜装飾本。

  • 聖歌隊の装飾楽譜

    聖歌隊の装飾楽譜

  • 聖歌隊の装飾楽譜

    聖歌隊の装飾楽譜

  • 聖歌隊の装飾楽譜

    聖歌隊の装飾楽譜

  • 聖歌隊の装飾楽譜

    聖歌隊の装飾楽譜

  • 聖歌隊の装飾楽譜

    聖歌隊の装飾楽譜

  • 聖歌隊の装飾楽譜

    聖歌隊の装飾楽譜

  • 図書室内の様子。<br />左右の壁にピウス2世の生涯のフレスコ画が5枚づつ連ねて描かれていた。

    図書室内の様子。
    左右の壁にピウス2世の生涯のフレスコ画が5枚づつ連ねて描かれていた。

  • 図書館の内部<br />入り口側から写す。逆光の為部屋の中央にある「三人の女神」は真っ黒にしか写らなかった。

    図書館の内部
    入り口側から写す。逆光の為部屋の中央にある「三人の女神」は真っ黒にしか写らなかった。

  • ピッコロミニ家の図書室の観光を終えて一旦部屋の外へ。<br />写真右はピッコロミニ家の図書室、左はピッコロミニ家の祭壇である。

    ピッコロミニ家の図書室の観光を終えて一旦部屋の外へ。
    写真右はピッコロミニ家の図書室、左はピッコロミニ家の祭壇である。

  • この教会は側廊にもパイプオルガンがあった。<br />私の記憶では側廊にパイプオルガンがあった教会はこの教会だけだった。

    この教会は側廊にもパイプオルガンがあった。
    私の記憶では側廊にパイプオルガンがあった教会はこの教会だけだった。

  • 側廊の礼拝堂

    側廊の礼拝堂

  • 同じく側廊の礼拝堂

    同じく側廊の礼拝堂

  • 祭壇画のアップ。たぶんキリストの生誕が題材だろう。

    祭壇画のアップ。たぶんキリストの生誕が題材だろう。

  • ドゥオーモの内部の様子(身廊と側廊)。

    ドゥオーモの内部の様子(身廊と側廊)。

  • ドゥーモのドームを下から見上げる。

    ドゥーモのドームを下から見上げる。

    ドゥオーモ (カテドラーレ) 寺院・教会

  • 内部のステンドグラス。

    内部のステンドグラス。

  • ドゥオーモの入り口。<br />入り口上部にはバラ窓があった。

    ドゥオーモの入り口。
    入り口上部にはバラ窓があった。

    ドゥオーモ (カテドラーレ) 寺院・教会

  • バラ窓のステンドグラスは「最後の晩餐」(16世紀中期の作)

    バラ窓のステンドグラスは「最後の晩餐」(16世紀中期の作)

  • ドゥオーモの後陣にあった主祭壇。<br />主祭壇の上部にもバラ窓があった。ここもステンドグラスで飾られていたそうだが逆光が眩しくて気が付かなかった。<br />ちなみにここのステンドグラスは「聖母伝」だが、ドゥオーモのステンドグラスはレプリカで本物はドゥオーモ付属美術館にあるそうだ。

    ドゥオーモの後陣にあった主祭壇。
    主祭壇の上部にもバラ窓があった。ここもステンドグラスで飾られていたそうだが逆光が眩しくて気が付かなかった。
    ちなみにここのステンドグラスは「聖母伝」だが、ドゥオーモのステンドグラスはレプリカで本物はドゥオーモ付属美術館にあるそうだ。

  • 教会の観光を終えて一旦外へ。<br />もう夕方なので日が陰ってきたものの欧州ではまだまだ明るい。<br />さて、次の観光はカンポ広場。洗礼堂の周りにも行くのかと思っていたがまっすぐ来た道を折り返してガイドはカンポ広場の方へ。

    教会の観光を終えて一旦外へ。
    もう夕方なので日が陰ってきたものの欧州ではまだまだ明るい。
    さて、次の観光はカンポ広場。洗礼堂の周りにも行くのかと思っていたがまっすぐ来た道を折り返してガイドはカンポ広場の方へ。

    ドゥオーモ (カテドラーレ) 寺院・教会

  • 先ほど通り過ぎた通りに入り、まっすぐ進むとそこがカンポ広場。<br />見えている建物は市庁舎(ブッコリ宮)。その手前にカンポ広場がある。

    先ほど通り過ぎた通りに入り、まっすぐ進むとそこがカンポ広場。
    見えている建物は市庁舎(ブッコリ宮)。その手前にカンポ広場がある。

    市庁舎 (プッブリコ宮) 城・宮殿

  • カンポ広場に来てみたら、観光客が一杯。<br />市庁舎の前には旗を持った人が何人かいるので近寄ってみよう。

    カンポ広場に来てみたら、観光客が一杯。
    市庁舎の前には旗を持った人が何人かいるので近寄ってみよう。

    カンポ広場 広場・公園

  • 市庁舎の中から中世の衣装に身を包んだ男性が旗をもって5人・6人と出て来たではあないか。<br />今からなにかお祀りでも始まるのかな?

    市庁舎の中から中世の衣装に身を包んだ男性が旗をもって5人・6人と出て来たではあないか。
    今からなにかお祀りでも始まるのかな?

  • 旗を持った男性はカンポ広場に半円を描くように作られたサークルの内側に等間隔に並んだ。<br />これは何かが始まる予感。我々は期待を胸を膨らませていると「市庁舎の方に行きましょう」と言うガイドの声が聞こえて来た。

    旗を持った男性はカンポ広場に半円を描くように作られたサークルの内側に等間隔に並んだ。
    これは何かが始まる予感。我々は期待を胸を膨らませていると「市庁舎の方に行きましょう」と言うガイドの声が聞こえて来た。

    カンポ広場 広場・公園

  • 我々はサークルの側から市庁舎の方に移動していくと、期待通りにある行事が始まった。<br />今回のツアーは雨が多いものの、このような予想もしないような出来事の連続で通常のツアーよりも倍以上楽しめるツアーだった。<br />この続きは次の旅行記カンポ広場編で。<br />御覧頂きありがとうございました。

    我々はサークルの側から市庁舎の方に移動していくと、期待通りにある行事が始まった。
    今回のツアーは雨が多いものの、このような予想もしないような出来事の連続で通常のツアーよりも倍以上楽しめるツアーだった。
    この続きは次の旅行記カンポ広場編で。
    御覧頂きありがとうございました。

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