2015/05/12 - 2015/07/17
242位(同エリア512件中)
おくさん
歩く歩く歩く2015 フランス人の道17
出発から50日目 最後の地ムシア MUXIA
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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歩き48日目の6月30日。アズエイラスのアルベルゲ。小雨の中をカッパをまとい7時にスタートする。でも、大した降りではないのでカッパはすぐ脱ぐ。暑苦しくて蒸れちゃうからなるべく着ていたくないのだ。その代わり、霧が凄く出ている。
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暫くするとこちらが向かっているムシアをスタートした巡礼と時々すれ違うようになる。一方通行がお決まりだった今までのカミーノではとても珍しい光景なので、すれ違う所を写真に収めておく。丁度、両方に向かう巡礼が一枚に収まった。
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朝飯は食べてなくて、食べるバルも途中には一軒もないので買っておいたミニカステラと水で持たせる。これを買ったのも昨日泊まったバルなので、品ぞろえが少ないなんてものじゃなかった。翌日歩き続けられるように、せめて、あった食べ物だけでも買っておいたと言う程度だ。やっぱりこのルートは相応の準備が必要と感じる。
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日本にはいないトカゲが現れた。毒々しい柄が気持ち悪い。日本のトカゲも気持ち悪いけど、こっちのは更に猛毒がありそう。こっちではサラマンダーと言う物凄い名前が付いているらしい。このトカゲの写真を撮っていたイーデンが、バッテリーが終わったと言っている。充電器は持ってこなかったそうなので、今後はデジカメの写真は撮れないようだ。充電器を調達しようと言う考えはないそうなので、記念写真に対する考え方が私とは違うようだ。私の充電器が使える様なら喜んで貸すけど。
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ムシアが近づいてきたらとても綺麗な海岸線が現れてきた。日本人の女の子に聞いていたとおり、やっぱりムシアって綺麗なところなんだな~。遠くに見える海岸にはリゾートホテルらしき建物を建設中だった。これから益々観光地化されていくのが想像できる。
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11時に予定していたアルベルゲ・ベラ・ムシアに到着。私営アルベルゲでも私たちは予約したことがない。12ユーロと少し高いがとても洗練されていて綺麗な建物だ。二段ベッドには専用のライトも付いてるし充電用の専用コンセントも1ベッドに1つずつある。広いキッチンも自由に使え調味料も充実している。これは今までで最高レベルのアルベルゲだろう。
今回の巡礼では、ここムシアが最終到達地点でこれ以上は巡礼としては歩かない。明日はバスでコンポステラに戻りそれで巡礼完結だ。1週間前に初めてコンポステラに着いたときは、翌日から歩き続けることが決まっていたので終了したという感慨はまったくなかったが、今回はやっと歩き終えたんだなという感慨を少しだけ感じることができる。イーデンはパンプローナから歩き始めており私とは少し距離が違うので「みちゃんは900キロ、私は800キロ、良く歩けたね」としんみり言っている。まったくだ。 -
ここでドイツからの女性巡礼者と知り合いになった。ヒルデガルド、いかにもドイツらしい名前だし風貌もまさにドイツの逞しいお婆さんだ。歳は私より10歳位上に見えるが聞くことは出来ないので想像だけしておく。勿論、ソロで歩いていて、そういう人は歳に関係なく間違いなくパワフルだしメンタルも強靭。写真で見る通り、本当に自分の母親くらいに見えるが、それはいつまでも自分が若いと思っているからか?
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イーデンとヒルデガルドはレストランに昼飯を食べに行くと言うが、私は安く済ませるために近くの雑貨屋で食料を買い込んで食堂で食べることにする。店は6畳間ほどの大きさで日本の駄菓子屋のようだが、生ハムを切る機械がちゃんと設置されていてスライスしてくれる。ビールもちゃんと売っているので、日本みたいに酒販売の免許なんて必要ないと言うか、そもそもスペインではそんな物は存在してないのかも知れない。お陰でいつも通りの安くて充実した昼飯を食べられる。
ところで、得意になって着ているこの赤シャツだが、オ・セブレイロ峠のアルベルゲで不用品ダンボールの中から引っ張り出したものだ。カメラを入れとくためのポケット付きシャツが欲しかったので渡りに船だったが、よーく見るとパジャマだった。ずっと着ていたけど今頃やっと気が付いた。でも、こうして堂々と着ていれば誰もパジャマだとは気付かなかっただろう(ホントか?)。随分とお世話になったが巡礼が終わった時点でお役御免にさせてもらった。 -
一人で岬の先端にある教会へ行ってみる。サンチャゴ(ヤコブ)がスペイン宣教で苦悩していたときにマリア様が石の船でやって来て励ましたという伝説がある教会だ。数年前に落雷による火事に見舞われたそうだが、中は綺麗に修復されていた。入り口の鉄格子にはカギが掛かっているので、カメラを隙間に突っ込んで写真だけ撮っておく。聖堂内には帆船の模型みたいのが幾つも下がっているので、この教会は航海の守り神ででもあるのかな?
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巨大な岩だらけの海岸をウロチョロしていたら、日本人のおっさんが声を掛けてきた。サンジャンを5/14に出発してコンポステラまで歩き、ここへはバスでやって来たそうだ。私がサンジャンを5/13に出たのでもしかしたら会ったかも知れないが、日本人なら声を掛けるのですれ違ったか、或いは私が先行逃げ切りで一度も会わなかったか。私より年上に見えて、体形もでっぷりタイプだから一度も追いつかれなかったと言う線が本当だろう。途中7日間を休養に当てたそうだが、私はこれまでずっと歩き詰めだったし、フィステラ・ムシアへも歩いて来たのでそれでこの地で日にちが重なったようだ。娘と一緒だと言うので、離れた所を歩いていた娘さんにも話し掛けたら「娘と言ったんですか!?あははーっ」と大受けしていたのでそれ以上は聞かない方が良かろうと思った。
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海岸から帰るのに歩いたことのないルートで帰ったら、ちょうどそこは泊まっているアルベルゲの前に出た。これで海岸への道が三通りあることが分かった。こういう探検みたいなことが割と好きだ、ヒマだし。
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海岸から港に戻り、アイスクリームを食べながら町探検をする。銀行とスーパーは確認できたが、明日乗るバス停がさっぱり見つからない。日本ならバス停特有のスタンドが立っているのだが、スペインはまた違うのがあるのかなぁ?
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アルベルゲに戻るとデンマークのクリスチーナが娘とバスを待っていたとイーデンが言っている。クリスチーナ、意外やこんな近くにいたんだ!娘は一緒に歩いているのを見たことがなかったので、ここらで合流したのか迎えに来てくれたのか。いずれにしても会いたかったな。とても残念。
ここムシアの地でも巡礼証明書を発行してくれるらしいので、どこで発行してくれるのか受付で尋ねたら、クレデンシャルも見ることなく、OKという感じで簡単に発行してくれた。ムシアでは私営アルベルゲでも発行するんだ!今まではコンポステラでもフィステラでも、証明書は特定の一か所でしか発行してくれず、クレデンシャルに押してあるスタンプを確認して、ちゃんと歩いてきたかが証明されないと発行してくれなかったのに随分と安易だなぁ。そうなると余り価値も感じられなくなってしまった。でも無料だからいいや。 -
今度はイーデンと大きなスーパーに行って食料を大量に買い込みながら港にぶらぶらと行ってみる。バルでピーマンの素揚げをシェアして白ワインを飲んだらイーデンが奢ってくれた。最近、奢ったり奢られたりしているが良いような悪いようなだ。節約を旨としている私は結果的に余計にお金が出て行くことになるだろうが割り切る。これ前にも書いた気がする。まぁ時々思っていることですね。
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海岸沿いには沢山のバルやレストランがあって、この辺りはスペインでは珍しく料理の写真付きで値段が示してあった。この中で一番安いのが私の好物になったピニエント・デ・パドロンだったので嬉しい。他にも色んな料理が載っているが一番高くても12ユーロなので観光地と言ってもムシアは田舎だからサンチャゴなどの都会よりかは安いのかな。こういうの食べないから良く分からないけど。
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今回はスーパーで冷凍のパエージャを買ってみたので夕飯用にアルベルゲのキッチンで作ってみることにする。袋を開けたところ、パエージャに付き物の米が入っていなかった。あらま、これじゃパエージャにならないよ、袋にはちゃんと米入りで料理されたパエージャの写真があったのになぁ。ライスがどうのこうのと騒いでいたら、近くでそれを聞いてた婦人が流しの下の扉を開けろと言っている。そこには生米が沢山入っていて使ってもいいらしい。二人分だからと欲をかいて余計に入れすぎたらしく、思ったよりも大量になってしまった。
米が煮えたようだけど味付けがどうやったら良いのか分からないので岬に遊びに行ったイーデンを待つことにする。待ちきれなくてアルベルゲの玄関に出た所にタイミング良く戻ってきたので早速味付けを頼む。さて、出来上がったのを食べてみたが、元々魚介類は好きじゃないので大して美味くない。イーデンも少し食べれば良いそうなので好物ではないようだ。大量過ぎたので残りは冷蔵庫に入れといて明日の朝食にしよう。
出発から51日目 ムシア観光 -
7月1日。日本を5/12に出発して、とうとう7月になってしまった。まぁ随分と長い旅をしているもんだ。これまでずっと働いてきたご褒美だね。フィステラへ向かう人たちは暗いうちから準備をして出立していったが、コンポステラへ戻る人たちはバス移動なので全員がのんびりだ。私のベッド上段の女性も早い時間に出て行ったが、気がついたら一枚のカードがこちらのベッドに落ちて来ていた。重要そうでもないのでいらないだろうと勝手に想像し、空になった上のベッドに載せておく。キッチンへ行って、昨日食べ切れずに冷蔵庫に入れておいたパエージャをチンして食べる。味が染みたのか、昨日よりマシな感じでまあまぁかな。
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ヒルデガルド加えて3人連れだって朝の散歩に港に行ったら、屋台みたいな店で手作り刺繍の小物を販売しており、中では実演と言うか商品を製作中なのが見られた。白い布にマチ針を大量に刺して、そこへ凄い速さで白い糸を絡ませて刺繍模様を作っている。とても見事なので可愛い財布をひとつ買って長女のお土産とする。10ユーロ。
ヒルデガルドも最後にドイツ語で喋れる道ずれが出来て良かっただろうと想像する。この人もこの歳になって一人で巡礼に来るなんて、どういう理由があるのかなぁと思ってはみるが、ヒルデガルドは英語は話さないし、話せてもこちらにはそれだけのことを聞ける英語力がないのでチーンだ。 -
港から遥か上に岩山が見えるので上ってみよう。えっちらおっちら天辺まで来てみると、フィステラから歩いて来た海岸沿いの道や、ムシアの港町全体にマリア様ゆかりの聖堂までグルッと一望出来たので、これを見ないでムシアを離れなくて本当に良かったと思った。ヒルデガルドが私のカメラを寄こせと言って、沢山の写真を撮ってくれた。
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イーデンとは明日でお別れなので、その前にまたキャッシングを頼むことにする。今度は自分でも出来るように、英語モードにして自分が操作するところを見てて貰う。なんてことなく300ユーロをゲットできてしまい、イージーと言われた。でも、何かアクシデントがあると対応できない気がするけど、これでもう日本に戻るまでキャッシングはしなくてもお金は足りそうなのでトライする機会はないか知れないな。
現地通貨のユーロを手に入れる方法を色々研究してきました。空港等での両替は手数料が高額だしトラベラーズチェックも今は時代遅れで現金化できる所が極端に少なく不便。日本で入金しておいた円を現地通貨で下ろせるサービスは便利そうだが、これも手数料を考えると意外と不利なのが分かった。と言うことで、私はクレジットカードでシャッキンするキャッシングに行き着きました。借金なので当然、利息は高額だが返済方法を1回払いに設定すれば大したことはなく、おまけに決済日近くでキャッシングすれば日割りの利息計算なので凄く安く済むようだ。ただ、銀行利用の手数料が数百円とこれが割と掛かるらしい。
私は道中計5回キャッシングしました。全部人頼みだったのが情けないですが。何故こうも慎重にしたかと言うと、これも参考までに知っておいてください。操作の手違いでカードがATMから出てこない場合、銀行に交渉しても手元に戻るのは翌朝になるそうです。ATMは一日に一回しか開けられない決まりがあるそうなので。 -
アルベルゲに戻って帰り支度を始める。この私営のアルベルゲ玄関には車いす用の昇降機が設置してあった。こんな丁寧なアルベルゲは初めて見た。車いすの巡礼は見たことなかったが、ネットでは稀に車いすで巡礼している写真を見たことがあるので、ゼロではないんだろう。殆ど使われる可能性がないけど、こういう準備をしてくれる姿勢は大したものだ。
コンポステラへのバス停は、それを示す物が何も置いてなく、路面にペンキで何か書いてあるだけだった。分からない筈だよ。バスの時間待ちのあいだバルでコーヒーを飲んでいたら、フェステラで会った横浜のKさんがやって来た。あれ?いつの間にムシアに来ていたんだろう。日本人の女の子二人連れにはフィステラで会わなかったようだ。それよりも、これからまたバスでフィステラへ戻るそうなので、何か忘れ物でもしたのか。私たちのバスより一足先に出発していくKさんを手を振って見送る。Kさんの行動は謎だった。 -
出発時間が近づいてきたら、コンポステラへ戻る人達が続々と集まり始めた。バス代8ユーロ。10時半発で2時間15分掛かってコンポステラ・バスターミナルに到着。時間もそうだが歩き数日の距離をたったの8ユーロで移動することが出来る。
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サンチャゴのバスターミナルは町外れにあったので、ここが何処なのかさっぱり分からなくて3人で顔を見合せてエーッ!!と言い合う。早速バックパックからタブレットを出して位置確認。GPS電波をキャッチ出来さえすれば迷うことはまったくない。こっちだよと、3人でメノール会のアルベルゲを目指して歩き始める。途中の交差点でヒルデガルドは現地の人に道を尋ねているのでGPSの威力を分かっていないようだ。でも知ったかぶりはせずに好きにさせておく。メノールから歩いて10分程の所に食料品店が二つもあるのを確認しながら難なくアルベルゲに到着。二人は1泊だけだが、日程が余る私は3連泊で36ユーロだ。
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シャワーを済ませたら三人でカテドラルへ行くことにする。旧市街に入ると狭い道の両脇には土産物屋やバルがひしめき合っていて楽しい。うぶちゃんとお揃いのTシャツを2枚買ってみる。日本で買う時はいつもLサイズなので、それを買おうとしていたらヒルデガルドが勝手に袋から出して肩に当ててサイズを確認してくれる。こっちのLサイズは日本よりずっと大きくMで調度良かった。ありがとうヒルデガルド、ヒルデガルドはヨーロッパのサイズ表記に慣れていたので私がLサイズでないのを分かったんだろう。2枚買ったので巡礼マークの入ったピンバッジをひとつ貰えた。ヒルデガルドも何か買っているし、イーデンは6人の孫用土産を選ぶのに大わらわだ。
カテドラルの中に入っていったら、ミサの最中だった。夕ミサなので人が少なく、当然、ボタフメイロのグルグルも無しだった。終わって外に出ようとしたら雨がバシャバシャ降っていて傘を持っていない人たちは出て行くことができずに出口でダンゴ状に固まっている。困ったなぁ、バックパックの中には雨具があるがアルベルゲに置いてきたので誰も持ってないし。少し待っても止みそうも無いので近くのバルで夕飯にしようと決まった。 -
ヒルデガルドはズボンの裾をめくり上げ、おまけに裸足になって臨戦態勢を取っている。そんなのやってるのヒルデガルドだけだよ、こういう所はさすがに年齢を感じる。私はさっき買ったお土産を濡らさないようにTシャツの下に入れて雨の中を歩き出し、近くにあったバルに入らせて貰う。私はリゾットと白ワインで9ユーロ、やっぱり観光地は高いね。
食べ終わっても雨は止む気配がないのでイーデンは店の人にタクシーの手配を頼みだした。ヒルデガルドはタクシーの割り勘が嫌なのか、私に何か言い残して裸足で雨の中をさっさと行ってしまった。国民性の違いなのか、ちょっと面白い選択したなと思った。
結局、タクシーはここまで来ないのが分かったので、こちらも雨の中を歩き出す。GPS無しでも私の勘が冴えて一度も道を間違わずにアルベルゲへ到着。ヒルデガルドが迷っていたら迎えに行ってやろうと思っていたが、少ししたら遠くから裸足で歩いてくるのが見えたので一安心、大して迷わなかったようだ。私達の方が早かったのでタクシーを使ったのかと聞いているので歩いて来たと伝える。飲み足りないので食堂の黒ビール小ビンを飲んでおく。
出発から52日目 さよならイーデン コンポステラ
7月2日。三人ともぐっと遅めの7時過ぎに起きる。三人で食堂に下りて朝飯を食べていたら、イーデンが私の後方に誰かを見つけたようでぶったまげた顔をしている。何と、N夫妻がやって来たのだ。私はN夫妻と最後に会ったのは5/28だったので、1ヶ月以上振りの再会だが、イーデンはその前に仲良くなっていたそうだ。 -
N婦人は泣きながら再会を喜んでいるので、よっぽど親しかったようだ。夫妻は私よりずっと英語が話せるので(と言うより私は話せると言えるレベルじゃないし)、あれこれあれこれ長いことお喋りをしていた。イーデンから前に見せて貰った折鶴はN婦人が折ってくれた物と言うのが分かった。折鶴は私が上げたマリア様のカードと共に、パスポートが入った貴重品袋に入れてくれていた。ちゃんと持ち歩いているんだよと出して見せているので、私が上げたカードを貸してもらい、ネットで翻訳した感謝の文を裏面に書かせてもらった。出発前に伝えたいと思い、前もって日記帳に英文を記しておいたのでグッドタイミングだった。
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話は尽きないがイーデンの出発時間が近くなってきたのでバス停へ向けて出発だ。また奥さんと涙の別れをしている。イーデンがドイツに帰る最後の最後の日に良くもまぁN夫妻に再会できたものだと不思議に思う。ご主人も「この道は本当に不思議なんですよ、会いたいと思っている人には必ず会える」と驚いていた。カミーノマジックと言うのを耳にするが、これもそのひとつだろう。
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イーデンのバックパックを背負ってサンチャゴ空港行きのバス停まで送って行くことにする。バス停は地元の人に一回聞いただけで見つけることができた。バスの時間が近づいてきたらバックパックを背負った沢山の巡礼が集まりだし狭い歩道は巡礼でいっぱいになるようだった。ほどなくサンチャゴ空港行きと大きく車体に書いたバスがやって来た。さよならイーデン、お陰で助かったし楽しかったよ。イーデンとは家族のように親しくなったがこれで一生の別れだ。
アルベルゲへ戻ったら 階段の踊り場でまたN婦人に会ったのでイーデンの話になる。イーデンは最初に会ったころ、病気のストレスでカミーノにやって来たと言ってたそうだ。そう言えば私にも4月に病気になったと話してくれたことがあった。じゃぁ重い病気だったのか。その落ち込んだ中でN婦人の親切が心に染みたらしい。いつも一人で悩んでいる風なので他人を寄せ付けない空気も感じ、友達も出来づらいだろうなと心配してたそうだ。私との出会いでは、そんな状態の中で親切にされたことがイーデンに取ってはとても嬉しかったんだろうと分析していた。でも、私の知るイーデンはクリスチナやイタリアグループとも親しくなってたし、私の捉え方はもっとポジティブだ。なんにしてもN夫妻との再会は双方に取って得がたいものだったのは確かだ。 -
やることもないのでまたカテドラルへ行ってお昼のミサに与る。これで3回目のミサだが、やっと初めてボタフメイロが振られるのを見られた。ミサの最後におかしな服を来た人達がゾロゾロ登場すると聖堂の中はにわかに色めきたち一斉にカメラを用意しだしたので、みんなボタフメイロの儀式を期待していたのが良く分かった。
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テレビで見たのと同じように、凄い高さまで大きなボタフメイロが宙を飛び交っている。この勢いで綱が切れたらどうなっちゃうんだろう?死者2重軽傷者10くらい出そうだ。何にしてもボタフメイロの儀式が見られたので、もうコンポステラで思い残すことはない。
ミサ後、近くの通りをふらついていたら日本人のおじさんに会う。もう日本人と韓国人の見分けは殆ど出来るのですぐ話し掛けてみる。東京のAさん72歳、なんと巡礼はこれで7回目だそうだ!でも見た目は私と同じくらいなので、やっぱりこういうことするような人は心も体も若いんだなぁと感心した。私もこうありたいもんだ。そして出来れば毎年サンチャゴ巡礼をやりたい。
二人でカテドラルの前まで移動して石段に座って長話に興じる。7年前に奥さんと巡礼に来る予定だったが、その年に奥さんは亡くなってしまったので、それから毎年一人で巡礼に来るようになったそうだ。話しているうちに、どうしてこの道を歩きたいと思ったのかと言うお約束の質問が出たので、こちらもお約束の(へっぽこ)カトリックですと答えたところ、Aさんもカトリックと言うのが分かり、今回初めてカトリックの日本人と会えた。 -
盛り上っているとまた日本のご婦人登場。ご婦人と言うかお嬢さんと言うか、この人もやっぱりソロで歩いて来たそうだ。ソロで歩く女性は本当に多くて、男がソロで歩くより遥かに勇気がいると思うので全員に動機を聞いてみたい気がする。日本語が自由に使えることはとても楽しいので石段に腰かけたまま長い時間三人でお喋りしている。Aさんが昼飯を一緒に食べようと提案してくれるが、スーパーで買って安く済ませたいので残念ですがノーサンキュ。
日本人と韓国人を見ただけで判別できることをイーデンにも言ったことがあったが、イーデンは何と十数カ国の欧米人の顔を見ただけでどこの国の人だか分かると言っていた。ホントか!?まぁイーデンとヒルデガルドは顎がしっかりして目が窪んでいるのでさすがにドイツっぽい顔だし、イタリアチームも何となくイタリアぽいと思うが、本当に十数カ国の国名を挙げて分かると言ってたのでヨーロッパに住んでいると分かるのかも知れない。ちなみに韓国人と日本人の顔の違いは目と頬骨だが、日本人はやっぱり穏やかな顔をしているのが一番の特徴です。この旅で沢山の人を見たお陰で、8割以上の確率で当てられると思う。
交通事故に遭遇
カテドラルから宿に戻る途中、旧市街の細い歩道には前に二人連れがいて追い越すことができないから何気に車道に一歩出た瞬間、バンッと肘に衝撃があった。え!?とすぐ事態が把握できなかったが、走り去っていく車が見えたので車に当たったんだと分かった。その車は停止することもなく窓から手を出して曲がったサイドミラーをグイッと直しながら走り去ってしまった。日本ならひき逃げだけど、まぁ大らかなもんだ。車は日本とは反対の右側通行だ。日本で右の歩道を歩いている場合、前方から車が来なくちゃこちら側は安全なのが刷り込まれていたので後ろをまったく意識せずに車道に出てしまったのが事故の原因だった。 -
普通の速度で走っていた車だったので、あと5cmも余計に車道に出ていたら折れ曲がるように出来ているサイドミラーでなく、硬い車体で体ごと持ってかれただろう、そしたら怪我くらいじゃ済まなかったか知れない。危ない危ない。普段は日本と反対通行という意識があって、道路横断では左から来る車を注意していたのだが無意識だとこういう危険があるのだと改めて分かった。肝に銘じておこう。
カテドラルから宿に戻る途中に店があるといいのだが、残念ながらアルベルゲの前を通り越して離れた店まで行かないとならない。1リットルビールを始め、たんまり仕入れてからアルベルゲに戻る。暑い昼日中なので、まずシャワーを浴びてからゆっくりと食堂で酒盛りを始めようと階段を下りてきたら、またN婦人と会ったのでイーデンについてまた長話を始めてしまい、中々飲み始めることができない。でも、貴重な出会いなので当然ながら飲み食いは後回し。 -
1リットルビールは飲み出があって最高だ。500ml缶ビール2本飲むより気分的にずっといっぱい飲める感があるのがいい。でもあとコップ1杯で終わりだと言う頃になるとやっぱりたそがれてくる。
ポルトガル観光作戦
さてこれから余った日数をどう過ごすかだが、ここから電車で1時間の町にあるビーゴ空港からパリに戻る飛行機の予約がしてあって、それまでにはまだ6日もあるので、ずっとここに居るのも詰まらないからポルトガル第二の都市ポルトに観光に行くことにする。取り合えずあと2日はコンポステラでだらだら過ごして、その後ポルトで2泊してビーゴで2泊しようと計画する。
タブレットから宿を予約しようとすると、何故かクレジットカード入力で上手くいかなかったので何か問題があるようだ。食堂に据え付けてある有料パソコンは時々使い放題モードになっていて、運良く今日も使えるのでポルトのドミトリーを2泊予約できる。2泊でもたったの40ユーロ(日本円5600円)で朝飯付きだ。あとはポルトの見所に何があるかだが、これも日本のツアー会社のホームページで調べることができる。ポルト観光でツアー客が連れ回されるところは世界遺産のドン・ルイス1世橋を始め、5点ほどあるようだ。メモメモ。
さて、ポルトガルに行くのが決まったら次はどうやって行くかだが、交通機関には電車とバスの選択がある。電車だと国境をまたぐ所で乗り換えがあるのでバスで行くほうが簡単なようだからバスに決める。明日の午後にバス・ターミナルまでチケットを買いに行ってみよう。
パソコンが使えるついでにカテドラルの階段でお喋りしたKさんのフェイスブックに友達申請したらすぐOKが来た。Kさんスマホを持っていたのか。スマホでもタブレットでも、ネットが使えると日本もスペインもまったく関係ないので鉄腕アトムの世界のようだ。
出発から53日目 チケット購入で苦労するの巻
7月3日。コンポステラ3日目だ。メノールの食堂で手持ちの食料で朝飯を食べてからオブラドイロ広場に巡礼ウォッチングに行く。昼間は暑いけど、朝は冷え込むので朝日の当たる市庁舎の柱前にお座りして体を温めながら2時間人間模様を見物している。 -
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まぁ皆さん色んな顔をして到着してきますね。殆どの人は弾ける笑顔だが、たまに顔をくしゃくしゃにして到着した喜びに浸る人もいてこっちも貰い泣きしそうだ。
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大きな手製看板に、サンジャンから800㎞を歩いてきたと言うメッセージを高々と掲げているグループがいて、見たらその中に片足義足のおじさんが混ざっていたのには驚いた。松葉杖と義足で私と同じ800㎞の道のりを歩いてきたとは物凄い精神力だ。行って称えて上げたいが、こちらはバックパックも背負ってないお気楽スタイルなので一般の観光客に見えるだろから止めとく。知らないおじさんおめでとう。
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今日のミサではまたボタフメイロの儀式があった。一度も見られない人もいる中で2度も見られてラッキーだった。今回は写真・動画は少なめにして自分の目で良ーく見ておくことにした。
予定通り、午後はチケットを買うために歩いて30分ほどの大きなバスターミナルに行ってみる。広いチケット売り場にはどういう訳か一人しか係がいなくて、ポルトに行きたいと言うとあっちを指差すだけだ。そのあっちへ行ってもこっちには誰もいないので、どうもここに立っている券売機で買えと言っていたようだ。券売機はなぁ~、片言スペイン語も通じないし文字も分からないのでお手上げなんだよ。
券売機の前で困っていたら、欧米の巡礼さんが券売機を操作しようとし出したが、この人も分からないようだがポルトと打ち込んでいるので私もポルトに行きたいと伝えたら、その人は既にポルトのチケットを持っていて、「ユーはペレグリノか?ペレグリノなら巡礼事務所で簡単に買えるよ」と言うので、あぁ~、来る前にネットで目にしたことがある巡礼割引のチケットの事かと思い出したので、また30分歩いて巡礼事務所に行くと、まぁ巡礼証明書が欲しい人たちが長蛇の列を作っている。仕方ないからその列に並ぶこと2時間。並んでも割引チケットが買えるんなら待つ価値があるだろうと思うことにして、じっと我慢する。
やっと番が来たのに、ここではチケットを売ってないだとーっ。2時間も待ったのにそりゃないよ、再度確認してもノーだそうで、ツーリストインフォメーションに行けと言うだけ。どうしようもないのでインフォメーションを探して行くと、ここでもチケットは売ってないから何処ソコに行けと言うのでまた何処ソコを探して移動する。こんな童話がどっかであったな。 -
探し当てた所は旅行代理店だった。当然、手数料払ってバスチケットをやっと手に入れられる。38ユーロの内、5ユーロは手数料らしい。最初のバスセンターに係が座っていればこんなに苦労することも余分な手数料も必要なかったのにと、すっごいウンザリする。もう思い出すのも嫌。来る前から言葉で苦労するとしたら交通機関を利用するときだと想像してたのが現実となった。モンパルナス駅以来、2度目の苦労だった。はー疲れた。せめてもの救いだったのは、代理店に一人だけいた係の男性が丁寧で、何度も確認しながらチケットを取ってくれたことだった。
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サンティアゴ・デ・コンポステーラ(スペイン) の旅行記
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