2015/05/12 - 2015/07/17
115位(同エリア505件中)
おくさん
歩く歩く歩く2015 フランス人の道9
出発から28日目 奇特な男性 アストルガ
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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歩き26日目の6月8日。7時過ぎにオスピタル・デ・オルビゴを出発。昨日はあれだけ通りに掛かっていた祭り用の旗や横断幕が今朝はきれいに片付いている。昨日の祭りは数日間のあいだの一日じゃなくて、昨日だけの祭りだったのかも知れない。だとしたら、あんな素晴らしいイベントが偶然見られて凄いラッキーだった。
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町の出口から巡礼路は二つに分かれていた。今回も四つ角で待っていて、誰かが歩き出した方の道を選択する。町を一歩出ただけで赤土の道が続いていて凄い極端。こっちは山コースで真っ直ぐ行くのは平たんな道コースらしい。でもこの辺りで山と言っても大したこと無いのは想像つくのでどちらを歩いても大した違いはないんじゃないかな。
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次の村 Villares de Orbigoを過ぎると山の中に石作りの立派なテーブルが二つ置いてあった。ひとつには既に青年二人組が食事してるので空ている方で自分も朝飯にしようとしたら何やら声が掛かった。ジョイナスと言う単語が聞き取れたので、一緒に食べようと言ってくれてるのが分かる。早速荷物ごと移動して一緒に食べさせてもらうことにする。聞くとイスラエルの若者で、中間地点のレオンからスタートしたそうだ。英語ネイティブでない人の英語は聞き取りやすい。でも、もともとが片言英語しか喋れないので分からないときは何度も聞きなおすことになるのは仕方ないが。そんなときの「私の喋る英語はとても少ない」は私の定番だ。
しばらく前にカルメン・マキ似のイスラエルの女の子がいたけど、イスラエルからの巡礼って珍しくないのかな?私は滅多にいないと思い込んでいたけど、イスラエルにもキリスト教信者は居るってこと? -
低い丘を二つ三つ越えて行くとまた小さな村があった。村の名前を書いても興味はないと思いますが、折角なのでたまには記しておきます。Santibanez de Valdeiglesias村、自分で書いてても覚えていませんね。村の入り口には名前を書いた大きな看板があって、上には必ずCamino de Santiagoと書かれているので巡礼向けの看板のようです。こういうのが巡礼路沿いの町村入口には必ず立っています。
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のどかな丘陵地帯がずっと続いていて、ホント平和な道だなー。十字路が現れたが、町中の十字路とは違って周りには何もありません。こんな人里離れた山の中に十字路とは珍しい。ここに大きな十字架が立っていて、隣には趣味の悪いマネキンがありました。
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丘越え途中で無料サービスをしている奇特な男性がいた。スタンプも置いてあり、せっせと大きなスイカを切ってはやってくる巡礼者に大判振舞いしている。屋台にはその他にバナナやチェリーなどの果物やジュースも沢山並んでいる。一応、寄付用の入れ物も置いてあるが、それがちっとも主張してないのだ。エライ人がいるもんだと感心し、少しばかりコインを入れる。
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この人は裸足で生活していて、住まいはここの掘立小屋らしい。その人が裏手に回って素手でノコギリを使って木を切り出したので良い事を思い出した。2、3回使っただけの皮手袋をドナティーボ(寄付)と言って渡したら嬉しそうにしてくれたので良かった。手袋も必要と思い日本から新品を持参してきたが、余り必要ないのが分かった。使わないのに持ち歩くのも嫌だったし、捨てるのも勿体ないので山の中で仙人みたいなアルベルゲを運営しているトマスのアルベルゲに行ったら上げようと思っていたのだが、その前に調度いい人がいて良かった。
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石の十字架がたつ高台からは遠くにアストルガと思われる大きな街が見えた。ここからは急な下りになるようだが、アストルガまでもう一息だとテンションが上がる。
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水がなくなってヒーヒー言っているような巡礼者像があったのでパチリ。すぐアストルガと思ってやって来たが、まだその手前にSan Justo de la Vegaと言う町があった。ここを過ぎれば本当にアストルガだ。
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アホみたいな陸橋を越えてアストルガの町へ入って行く。さて、アルベルゲは見つかるだろうか。大きな街はアルベルゲを見つけるのに苦労するときがあるので、今回も多少の不安を抱えて歩いて行く。
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12時少し前にアストルガのアルベルゲに到着。凄く立派でホテルみたいな入口だがここも5ユーロ。片方が口うるさいコリアのおっさん二人組とイーデンに再会する。
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このアルベルゲはベッド数台が入った小部屋が沢山あるスタイルだった。どっかのお金持ちの住宅を改装してアルベルゲにした感じ。私があてがわれた部屋は2段ベッドが2台しか入ってないので、ちょっとだけ個室感がある。運よく下段が確保できたので一安心。
いつものルーチンをこなしてから買い物に出かけて行くが、スーパーはさっぱり見つからずにかなり歩いてしまった。やっとのことで大きなスーパーマーケットを発見する。今まで入った中で最大のスーパーだ。パン売り場には専門の人がいて注文すると袋に入れて値段のバーコードを貼り付けてくれる。野菜売り場も同様に、トマトなら数個を野菜専門の人に渡すと秤で計って値段が印字されたバーコードを貼り付けてくれる。あとで知ったが、スペインもフランスもみんな同じスタイルだった。日本みたいに1個幾らだと大きさが気になるが目方だから小さいのも大きいのも同じ値段なので、こっちの方式の方が正しい気がする。 -
ここでチーズを買ってみたが味がしなかった。こういうチーズがあるようだ。これからは買わないようにしよう。インスタントスープも買ったので、その中に入れて食べたらまずまずになったので良かったが、あの味なし豆腐みたいなチーズをモソモソ食べるのは頂けない。運良くスープの素も買っておいたので運が良かった。
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食後、ガウディが設計したと言う司教館を見物に出かける。ご覧のようにディズニーランドにありそうな建物で、当時としては突拍子もないそのデザインに司教が嫌になって住まわなかった噂があります。現在は巡礼博物館になっていました。でもここは時間がずれていて入ることが出来なかった。日本にいる時からここには是非入ってみたいと思っていたので、明日にかけることにする。
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すぐ隣りはカテドラルがあります。カテドラルはもういっぱい見て来たので入らない。ここの屋根にはポエムなオブジェが載っていて、中々に夢の感じられる像なのでズームでも撮ってみました。それがこのページの最初に掲載してある写真です。この像の謂れは知らないけれど、きっとこの地方では有名な物語の主人公かも知れない。
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アルベルゲのすぐ近くには大きなガラスの覆いの中にローマ時代の住居跡遺跡がありました。当時の再現画を見ると、お大臣の屋敷跡らしかった。やっぱりヨーロッパってローマ時代の遺跡がいっぱいあるんだなぁ。
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アストルガの市庁舎と思われる古い建物が広場にあった。ここに時報を知らせるカラクリ時計があって、時間になると男女の二人が交互に鐘を叩くらしい。残念ながらそれまで待つのは嫌なので写真だけ撮っておく。
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晩ごはんはビールにカップ麺。相変わらず味が薄くて不味いけど、たまにこれが食べたくなる。スペインで売られている唯一の日本ぽい食べ物なので。オレンジとヨーグルトも食べれば幾らか健康的。ここに何故箸があるのか記憶にないのだが、その不完全な形状を見ると棒切れを自分でナイフで削ったものと思われます。たはは
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キッチンでスイスの姉弟にも再会する。相変わらず姉ちゃんが甲斐甲斐しく弟の面倒をみてやっている。本当にエライ姉ちゃんだ。弟の顔が見えないが、幾らか姉なしでも大丈夫になったのだろうか。後で気が付いたら、姉には同年代の女友達が出来たようで一緒に行動していたので親でもないのに安心した。
次ぐ日のバルで会った時に向こうからブエン・カミーノと挨拶してくれた以降はパッタリ会うことはなくなってしまったが、時々思い出しては、あの姉弟は無事にゴール出来たかなぁと気にかけていた。
出発から29日目 ラバナル・デル・カミーノ -
6月9日。アストルガの公営アルベルゲを7時ちょっとに出発する。スペインの夜明けは遅く、この時間でもまだ薄暗い。
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昨日入れなかったガウディの司教館を見たかったが、入り口の案内には冬は11時オープンと書いてあるので諦める。いま冬扱いかな?夏は10時かららしいが、どっちにしろそれ迄ここで待つわけには行かない。スペイン人、もっと仕事しろよ。
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アストルガは大きな街で、公営アルベルゲの収容人数だけでも80名と相当な数だ。公営以外にもアルベルゲはあるので、今朝出発する人も相当な数になる。ほぼ一斉に出発する朝の順礼道はゾロゾロと行列になっているのでちょっと楽しい。時間とともに徐々にその列は長くなるので密集することもなくなり、それぞれのタイミングに合った町や村のアルベルゲに宿泊するのを繰り返しながら、全員が何百キロ先のコンポステラを目指し歩いていく。それを考えるとワクワクするものがある。
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最初の村で、昨日買っておいたハム入りのパンと一昨日のジュースで朝飯にする。ハム入りのパンが意外なほど旨いので、見つけたらまた買いたい。今日はどこまで進むか考えてなかったので、ここでSJPPでも貰ったレジュメを広げて作戦タイム。明日は峠越えがあるので、どうしてもその手前の村に泊まるのが良策だろう。
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と言うことで、今日の宿ラバナル・デル・カミーノの公営アルベルゲに12時半到着。すぐ前に5ユーロと大きく書かれた私営があるのだが、やっぱり公営があるなら公営に泊まりたい。宿泊費が安いことも勿論だが、公営には歴史があってその地を代表しているように思うから。だが、この旅で一番オンボロのアルベルゲだった。古さで言えばもっと古いアルベルゲは他にもあったが、ここんちは一言で言うとみすぼらしい。まぁそんな事を言ったら罰が当たりますよね、安い値段で泊めて貰えるんだから贅沢は言いません。
このアルベルゲには運悪く、片方が口煩い韓国のおっさんがいた。また今日もつべこべ言っているが、日本語がそこそこ喋れるので始末が悪い。うっせーと言ってやりたい。
帰ってきてからBSで放送された平岳大のスペイン巡礼の録画を見返して見たら、隣の私営に泊まっていて快適のようだった。それが分かっていたら同じ値段なんだからテレビに映った私営に泊まったんだが、残念~。 -
小さな村だけど雑貨屋レベルの店が2軒もあった。間隔を開けて両方の店で買い物をしてアルベルゲの外のベンチで酒盛りする。建物からかなり離れているのでWiFiは届かないだろうと思ったらちゃんと届く。建物はオンボロだけどWiFiは強力のようだ。
空模様が変だ、雨にならなくちゃいいが。洗濯物干してるから降ってくる前に取り込んでおかないと。それ以上に明日の山越えが心配になる。 -
夜、食堂のテーブルで一人黙々と紙巻タバコを作っているブラジル人がいたので、その様子を見せてもらい写真も撮らせてもらう。こちらが興味津々で見ていると満更でもないような顔をしている。スキンヘッドの渋いおっさんなので紙巻き姿がとても絵になる。映画やテレビでは見た事あるが、本物は初めて見た。
出発から30日目 雨の峠越え エルアセボ -
6月10日。朝からバシャバシャと音を立てて雨が降り続いていてカミナリも鳴っている。嫌だなぁ~、今日は山越えなのに最悪。でもみんな果敢に雨の中を出発していく。小雨になってくれないかなと一番遅い出発にする。みんなが出て行ったあとでバナナと小さなパンを食べてたら、ブラジル人グループが食べ残していったパンと牛乳がテーブルに残っていたので、それも食べさせて貰う。これで歩くためのスタミナが大分補充されただろうし、雨降りの山の中では腰を下ろして食べられるような場所は皆無だろうから、これはとても幸運な気がする。歩き旅では食事は歩き続けるためのエネルギーを補充するのだという意識が強く、持ち歩く食糧も全て歩き続けるために必要な追加エネルギーだ。食べ物がない時にエネルギーが尽きると大変なことになるのは経験から分かっているので、いつも持ち歩く食料には気を使うようにしている。
少ししたら、きのう受付をしてくれたセニョーラがやって来て、余りに雨脚が強いので「もう一日泊まる?」と聞いてくれるが、日数はいっぱいあってもそんな軟弱なことを始めたら心の栄養に良くないので出発することを伝える。
荷物をビニール袋に詰め直し、カッパの上下を着込んで自分も7時前に出発する。小さな村なので、すぐ山の中に入っていく。周りには誰いないし、ピカッと光るとビクッとする。金属のスティック2本持ってるし、建物もないし、山の中の雷は本当に恐ろしい。ピカッガラガラドッシャーン。ヒェ~。
暫く歩いたら舗装道路と巡礼路が並行している所に出たので、こんな時は舗装路を歩いてしまえ。舗装路はアップダウンも少ないし、何より道が水浸しになっていないところが良い。山の中の泥道巡礼路では靴がすぐ水浸しになってしまい、中でガバガバと音がするようになってしまうのだ。靴がびしょ濡れになると後が大変。と言っても、舗装路をずっと歩ける訳もなし、遅かれ早かれ水浸しになってしまうのだが。
巡礼路もこの舗装路のすぐ近くを通っているらしく、数メートル上を女性の巡礼が歩いていた。男なのに舗装路を選んだのでちょっとカッコ悪いかな。この辺りは雷混じりの雨の中なのでカメラも出せないから写真がありませぬ。
フォンセバドンと言う、以前は廃村だった村に到着した。まったく無人の村だったが、巡礼が沢山通るのでアルベルゲが1軒2軒と出来てきて、それによって徐々に復活していくような村だ。村のメインストリートは泥沼の濁流状態だったので、水の流れが少しでも少ない所を選びながら上へ上へと歩いていく。 -
一軒のバル兼私営アルベルゲの軒先に巡礼が集まっていたので地獄に仏と入って行く。もちろん、カッパを着て入って行く訳には行かないので外で脱いで、小さな屋根の下に立て掛けたザックの上に載せておく。
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中では暖炉に赤々と薪が燃え盛っているので、びしょ濡れになった背中を乾かすために背を向けておくが、ずっと居座る訳にもいかないので焼け石に水だろう。どうせこのあとはまたびしょ濡れになるし。バルなので只で休む訳にはいかないからカフェコンレチェを1杯飲んでおく。1ユーロと安いのだが、ポットに入ったコーヒーを自分で入れて飲む方式だった。カフェコンレチェのレチェ(ミルク)は?またカッパを着なおして本降りの雨の中へ戻り、上へ上へと進んでいく。
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自分的にはこの道のハイライトと思っている鉄の十字架までやってきた。巡礼者は故郷から石を運んでここに積み上げる伝統がローマ時代から続いているらしい。自分はと言うと日本から石ころを持ってくる気にはならないいので、下に転がっていた石を中心の柱の所まで上げただけにしておく。
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酷い雨なので折角ハイライトに来たのに、余りゆっくりする気にもならず(だって雨降ってるし)、写真を撮ったらまた先へと進む。巡礼路は水浸しになっているのでなるべく靴を水没させないように歩くが、少しばかり濡れるのが嫌で無理な歩き方をして転ぶとそれこそ角をタメて牛を殺すにならないように注意しながら歩かなくてはならない。
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マンハリンのトマスのアルベルゲが見えてきた。ここも来たかったひとつだが、雨雨雨なので喜びもいまいちと言うところだ。中に入っていくと、じめじめした土間にイーデンと新しく道連れになったおばさんが居て、ほどなく二人とも出発していった。
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寄付して飲めるお茶を貰って飲んでいると、なにやら始まりだした。ここのオーナーのトマスはテンプル騎士団の末裔らしく、毎日決まった時間になるとテンプル騎士団の儀式をやっているのだった。それはネットで知っていたので、お、やったと思った。剣を振りかざして行われる十字軍の儀式を目の前で見られたのでラッキーだった。
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途中、立ったままバナナを2本食べて、12時半ころエルアセボ村の手前でイーデンと連れの女性に追いつく。転げ落ちるような急坂を下って、私営のアルベルゲ前に到着。イーデンが値段を尋ねて、7ユーロと言うので泊まることに決めたらしい。他を探すのも面倒なので自分もあとに続く。レストランの中を通って宿泊する場所まで行かなくてはならないので、余りいい感じではないが、部屋まで行ったら他の巡礼者もいたし普通のアルベルゲと同じだったので、これなら落ち着いていいやと思った。
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いつものルーチンのあと、いつものように雑貨屋で買って宿で食べるという訳には行かないようだ。スペインには付き物のバルがないし小さな村には雑貨屋もないようだ。仕方ないので併設のレストランで定食を食べる。10ユーロ。定食を食べるのはいつ以来だろう、勘定してみたらレオンが最後だったので5日振りだったのが分かる。今回は食料が手に入らなかったので仕方ないが、たまの贅沢に食べてもいいかもな気になった(10ユーロで贅沢)。一皿目はピニエント・パドロンで二皿目は厚切りのハムだった。山の中なので新鮮な肉が手に入りにくいから、どうしてもこういう食材になるのだろう。デザートはカットされたサンチャゴケーキが出た。ワインもデカンタで出たのでこれは満足。
レストラン部門からアルベルゲ部門に戻る途中の外でお金を拾った。20ユーロもあるので落とした人は困るだろう。宿の人に「拾った」とジェスチャーで伝えると、なにも言わずに受け取ったけど、あれどうするのかな? -
ここの2段ベッドには上り下りする為のハシゴがなかった。あるのは折り畳みのイスが2段ベッド2台に一つだけ。折りたたみ椅子って体重を掛ける位置によってパタンと閉じちゃうでしょ。みんな大丈夫かな。
イーデンがもう一人のおばさんと三人で洗濯乾燥をシェアしようと提案してきたので乗る。他人の女性と一緒に洗濯というのも初めてだが、女性側から提案して来たんだから問題ないだろう。7ユーロの料金の内、洗濯物がいっぱいあるというイーデンが3で、私ともう一人のおばさんが2ユーロずつになった。雨降りの日だったので洗濯物は乾かないから、この提案はありがたかった。
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