2015/05/12 - 2015/07/17
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おくさん
歩く歩く歩く2015 フランス人の道11
出発から33日目 許しの門 トラバデロ
歩き31日の6月13日。7時20にカカベロスをスタートする。同室のブルガリア人は6時前にスタートしていった、昨日アルベルゲに入ってきたのも遅めだったし、毎日30km以上も歩いているんだろなと想像する。私の日程は腐るほどあるけれど、カツカツの日程で歩いている人は毎日が修行のようなのかも知れない。修行じゃなくて巡礼だけど。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
最初にあった小さな村のバルでベーコンエッグとカフェコンレチェで朝飯にする。4.2ユーロ。朝日の当たるテラス席で食べて気持ちがいい。店で食べると高めだが昨日から風邪ぽいので栄養補給になるかなと思って。ここから泊まる予定のペレヘまでは11kmなのでゆっくりペースで歩いていられる。風邪に効くと噂のビタミンCを補給したいので、どっかでオレンジかトマトを仕入れたいなぁ。
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ビジャフランカ・ビエルソと言う村にやってきた。巡礼路の下には公営のアルベルゲが見える。ちょっと薄暗くてイマイチだなぁ。どっちにしろ今日はここには泊まらないので素通りです。
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少し行くとネットで見たことのある教会の門が目に入った。あれ、これはもしや有名な許しの門かと思うが確信が持てないので通りがかった地元のご婦人に聞いてみると、他の言葉は分からなかったがペルドン(ご免なさい)だけは聞き取れたので、やっぱり許しの門だった。
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中世のころの巡礼は地図も道標も矢印もなく、アルベルゲさえない中で強行したので過酷さは現代の数百倍だったろう。なので途中で行き倒れる巡礼者が多く、この町を過ぎると難関のセブレイロ峠越えが待ち構えているので、時の司教が(それか教皇)「この門まで来られたらコンポステラまで行ったのと同じってことで」と宣言した門だ。大きな町にあるとばかり想像していたが、意外やこんな山の中の町にあったのか。
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町外れから巡礼路は二手に分かれていた。調度そこに居たグループのおばちゃんがスティックで両方の道を指しながら「イージーウェイ。モンターニャ」と教えてくれたので、片方は舗装道路沿いの簡単な道で、もう片方は山越えルートらしいのが分かった。そのグループは山越えを行くようだ。時間もあることだし自分も山越えルートに着いて行く。
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最初はものすごい傾斜の道がずっと続いたのでこっちの道を選んだことを後悔する。しかし、ある程度まで上がってしまうとそれほどでなくなったので一安心。
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このグループはオランダチームで、のこのこ付いて来た私にも何やら声を掛けてくれる。この山越えルートを3時間ほど歩いている途中、一人も巡礼者に会わなかったので殆どの人たちは下のイージーウェイを歩くようなのが分かった。自分だってこの人達がいなかったら絶対に下の道を歩いただろう。
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上り始めこそしんどかったが、登り切ってしまえばここからの眺めは最高なのでこっちを選んで良かったと思った。楽な道があるのに、わざわざ険しい巡礼路を設けると言うことは、それなりの理由があるってことか。
オランダチームに混ざって延々と山道を歩いて、天辺らしき所を越えたら道は下り始めた。風邪ぽいので、もう上り程パワーを必要としないだろうと考え、汗だくのシャツのまま下るとヒンヤリして風邪が悪化すると困る。バックパックから乾いたTシャツを引っ張りだして着替えていたらオランダチームを見失ってしまう。まぁ、一本道だから大丈夫だと思ったのも束の間、分岐点に出てしまった。間違った方に行ってしまうと山の中なのでエライことになってしまうと、ザックからタブレットを出してGPS電波をキャッチしようとしていたら、調度そこへソロのアメリカおばさんがやって来たので二人で道を検討しながら降りることになった。こういう時、言葉は大して通じなくても思いは同じなので同士みたいな気持ちになった。
アメリカおばさんはソロかと思ったら二人連れで、もう一人は下のイージーウェイを行っており、先のトラバデロ村で合流することにしているそうだ。自分が泊まろうと予定していたペレヘ村は下の道沿いにあり、山越えルートでは既に通り越していたのも分かる。必然的に今日の宿はドラバデロに決まった。 -
迷っている同士でも二人居ると一緒に迷えるので心強い。アメリカ人に出会うのは本当に少なくて、日本人より少ないんじゃないかと思うほどだ。それとも話さないから分からないだけなのかも知れないが。暫く歩いて行くと眼下に目指すトラバデロ村らしいのが見えてきたので、あそこへ降りる道を探すことになった。
そんなこんなでやっとトラバデロ村の入り口に着いた。村へ入るのはイージーウェイとは逆に山の上から侵入するようだ。アメリカおばさんの相方は道が合流するところにちゃっかり座って待っていた。やっぱりイージーウェイと言うだけあって早く着いたらしい。
このすぐ近くにパロッキエル・アルベルゲがあって、これも公営のことらしいので建物の前まで行ってみたが、どうも雰囲気がパッとしないのでもう一つの公営を表すムニチパル・アルベルゲも見ておこうと戻ったところで下の道をやってきたイーデンとバッタリ再会する。申し合わせた訳でもないのに、こう頻繁に会うと運命的な感じがする。イーデンもムニチパルに泊まるそうなので、一緒に行くことになった。 -
歩いている途中に雑貨屋があったが、これはシエスタで閉まってしまうだろうなぁ。着いたムニチパル・アルベルゲはバルも併設していて、公営ってバルもやっている所があるんだなぁと意外だった。でも料金はいつもどおりの5ユーロ。イーデンの相棒のクリスチーナが居ないので聞いたら、彼女はポンフェラーダで2泊したのでその後は分からないそうだ。イーデンも昨日はカカベロスに泊まったが、自分とは違う私営だったので会うことはなかったのも分かった。
イーデンの発案で、同じ部屋の男女4人で洗濯・乾燥をシェアすることになった。これだと一人2ユーロで済んでしまうので格安だ。男女は30歳くらいに見えるが欧米人って若い女性でもこういうのは気にしないみたいだ。考えが合理的なんだろう。洗濯のシェアは私には逆立ちしても提案できないことなのでイーデンに感謝だ。日本からの海外ツアーで一緒になった女性に洗濯をシェアしませんかと言ったら、絶対に変態扱いされるだろう。
食事も4人でシェアすることになって、村で一軒だけある雑貨屋に行ってみたが案の定シエスタで閉まっていた。5時過ぎにまた買いに来よう。どうしてもビールが飲みたいので、アルベルゲ併設のバルで一杯飲ませてもらう。1杯じゃ足りないが、お店で買えば3倍飲めるので今回は我慢しておく。 -
シエスタが終わった時間に買出しに行く。ビール2、翌日のパンとバナナで4.4ユーロ。それと今晩の夕食のシェア分のお金が2.1ユーロだ。食事のシェアと言うと、ほぼ必ずスパゲティになるようで今回もスパゲティがメインだ。狭いキッチンは他にも料理をする人がいて込み合っている。一人で夕飯を作っていたブラジル人女性が包丁で手を切ってしまったので、すぐ部屋から消毒スプレーとカットバンを持ってきてやる。ブルゴスで求めた消毒スプレーが役に立ったので買った甲斐があり嬉しい。感謝してくれるしね。
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夕飯は大きなテーブルに9人が集まった。今日のアルベルゲは小さいので、これが本日の宿泊者全員のようだ。私が日本、イーデンがドイツ、それにハンガリー男性のコスティ、カナダ女性のカリーン、他に手を切ったソロのブラジル女性リージァと夫婦のスペイン人、それとコリアのカップルで賑やかな夕食タイムになりとても楽しい時間を共有できた。私も単語を並べる程度のカタカナ英語と、英語より遥かに劣る適当スペイン語を使って一生懸命喋ったが、こんな調子で適当に喋るのにすっかり慣れた感じがする。文法なんか考えてると喋れないから、時には単語を日本語の順番のまま並べたり過去形にするのを忘れたり過去形自体を分からなかったり、本当にメチャクチャだと思うが、聞くほうは何を言おうとしているのか想像力を働かせて聞いてくれてるようだった。
英語圏でない人間が間違った英語を喋っても誰も笑う人はいないだろうと自分に都合の良い解釈をしておく。だって日本にやって来た外国人が間違った日本語を喋っても誰も笑わないどころか、良く頑張ってるなと思うでしょ。それと同じだと思います。「カミーノのことを後で思い出すと、苦労だったことは忘れて良い思いでだけが残る」と言おうとするのだが、これはさすがに伝わらないでいると、前にイーデンに同じことを言ったことがあって、イーデンはそのとき理解してくれてたので今回はイーデンが通訳してくれた。
今日の食事メンバーでは韓国とスペインのペア以外の5人が全てソロだった。しかも女性が3人ともソロで、カミーノにはソロの女性巡礼が驚くほどいる。
出発から34日目 オ・セブレイロ峠 -
6月14日。トラバデロ村のアルベルゲを7時半に出発する。今日は山のてっぺんにあるオ・セブレイロ峠まで行くのだが、やっぱり山の中なので天候が不安定だ。今にも雨が降り出してきそう。
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途中のエレイアス迄は舗装道路を歩き続けられたので、これは楽勝かと思われたが途中からやっぱりいつもの山道に変わる。自転車は舗装路を直進して、歩きは山道に入って行く。道端に描かれた絵がなんともお茶目。
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この急で大きな石がゴロゴロしている山道は新鮮なフンがひどく、放牧されている牛かと思ったがどうも馬のようだ。上の方まで登ったところで馬に乗った男が携帯で喋りながら下って行った後から、鞍を付けた空馬がドカドカと追いかけて行ったので、疲れた巡礼者を馬に乗せる地元の商売のようだ。大量の馬のフン、滅茶苦茶迷惑。あんたの金儲けのお陰で全ての巡礼が迷惑こうむっているのが分からんのかね。
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登り切ってしまうと平らな道になった。歩くには楽になったが、だらだらと長い道はメンタルがやられる。遥か先まで見通せるのは良いような悪いようなだ。
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12時50、やっとのことで標高1300mのセブレイロ峠に到着。ここはケルト文化の丸い藁ぶき屋根が多数残っており、峠を登りきったら突然観光地が現れた。村はずれに大きな駐車場があり、普通の観光客がいっぱいいる。
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村の一番奥にあるアルベルゲに到着したら、既に20人ほどがザックを並べて開くのを待っていた。先頭は日本人のYさんで、私を見かけたらやって来てくれる。Yさんは毎日早く出立して、だいたいアルベルゲでは一番乗りをしているそうだ。早く着くとついその先まで行きたくなってしまうが、そこをグッと我慢して開くのを待つそうだ。昨日は割りと近くの村に泊まったのだが、ここに来る途中道に迷って大分遠回りをして辿り着いたらしい。こんな分岐もないような山の中で迷う時は迷うんだな。
1時に受け付けが始まっても一人一人に時間が掛かるのでさっぱり自分の番にならない。受付簿に名前、パスポート番号に加えて前日に泊まったアルベルゲ名まで記入してから自筆でサインまでさせる。ここは7ユーロだった。公営にしては少し高めの割に、シャワールームは囲いはあるが扉が無いタイプで、日本人は温泉などで慣れているが恥ずかしいと思う人は夜中に浴びていた。 -
キッチンも立派なのがあるのに調理器具も食器もゼロなのでとても困る。この峠を過ぎてガリシア州になったら、こういうタイプのアルベルゲが多くなってきた。と言うより殆どのアルベルゲがこうだった。必然的に買出しの食料も、買ってそのまま食べられるものに限定される。イジメか!ビール2、トマト、パン、チェリーで6.5ユーロ。ここは観光地なので何割かは高い気がする。
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洗面所の水道がどうやっても水が出せませんでした。ハンドルも何もないので蛇口に手をかざせば出てくるタイプかとやってみるけど出ません。こういうのは初めてだったので戸惑ってしまいました。色々考えて足元を見たらペダルがあったので踏んづけてみたらやっと水が出ました。拡大したペダル部分は暗くて見えないから思い切り明るくしてみました。
靴のカカトが磨り減ってきて、エアー部分まで到達しそうになっているのに気づく。エアーが壊れたらエアーマックスはどうなっちゃうんだろう?カカトがペシャンコになったら歩くのに支障が出るだろなと想像し、これは困ったことになった。このまま日本まで持つ可能性はゼロに近いだろう。どっか大きな街に着いたら買い直すか、もしかしたら街まで持たなくて片方の踵がペシャンコの靴でぴょこたんと歩く自分の姿が目に浮かぶ。ブルブル。 -
フランス人の道で最古と噂の教会へ行ってみる。昔むかし、ミサの時に葡萄酒が本物の血液に変わったと言う伝説が残る教会で、そのとき使われたカリス(グラスね)が脇祭壇に保管してあるのが見える。私は天邪鬼カトリックなので、こういう話はついホントかね!?と思ってしまう罰当たり。
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Yさんが夕飯はここの名物のジャガイモ料理を一緒に食べに行こうと誘ってくれるので、小雨の中を連れ立って歩いて行く。ジャガイモ料理は単品でなく、定食の一皿として供されるそうだ。10ユーロ。高いけど日本の家庭の味ぽくて旨い。例えるなら味噌が使われてない味噌汁。2皿目はポークステーキで、お約束のフライドポテトがたっぷり付いて来た。デザートはスーパーから買ってきたまんまのカップヨーグルトが出てきて、スペインではお約束。
私のベッドの上には巨体の女性がやって来た。余りに身長があるので真っ直ぐ寝られずにベッドでは斜めになって寝ているので気の毒になった。相棒の女性も巨大で、二人の隣にいると巨人の国に来た感覚になる。話はしなかったので分からないが、オランダの人はみんな身長が高いそうなので、もしかしたらオランダの女性だったかな。
出発から35日目 濃霧の中 トリアカステラ
6月15日。外は濃霧で小雨もあるようだ。ここのアルベルゲに前の人が置いていったのか忘れていったのか分からない衣類がダンボールに沢山あって必要な人は貰っていいらしいので薄手の長袖シャツを貰っておく。カメラを入れて置くのにポケット付きのシャツが欲しかったのだ。 -
すぐ雨に変わりそうな濃霧なので、途中に食べられるような場所は無いだろうとキッチンで昨日買った菓子パンとレストランの食べ残しのパン一切れ、それとサクランボ15粒で粗末な朝飯とする。日本では高級の部類に入るサクランボだけが場違いに豪華に感じる。今日の目標は21km先のトリアカステラだ。朝飯を食べてたので今日も出発は最後の方の7時半になった。
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大分歩いた所に巡礼者の像があった。霧の中に浮かぶ像は中々幻想的でしかもお洒落だった。途中の村にあったバルに入ってカフェコンレチェを飲ませてもらう。こんな状態の中を歩き続けていると何か違うことをやらないと気持ちが滅入ってしまいそうだ。
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狭いバルの中には雨具を脱いだ巡礼がいっぱい休んでいて、こういう人たちを見るとこんな状況の中を歩いているのは自分だけじゃないんだと再確認できてちょっと嬉しい。トイレに入ったら便器が珍しい形をしていたので写真に撮ってみた。トイパーの位置が高過ぎないか?
下って行く途中、いっとき晴れたので乾かなかった靴下を安全ピンでザックにぶら下げてみたが、またすぐ霧の中に戻ってしまったので、靴下は吊るしたままその上にザックカバーを掛けておく。
2時間経ってもずーっと濃霧の山の中を歩いている。前を歩いているのは身長2mはあろうかと思われる女性二人組で、昨晩は私の上のベッドになった人だ。2mは大げさとしても、190cmはあるんじゃなかろうか、二人とも縦横とも大きくて、まるで巨人族に出会った気になる。二人で歩いていれば怖い物知らずだろうな。 -
山の反対側に出ると、ようやく霧が晴れてきて見晴らしも良くなる。この辺りには黄色い花が真っ盛りで気分も高揚してきた。つづら折りの坂を下りきった先に目的の村がありそうだ。
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1時半、雨も上がってトリアカステラ到着。公営アルベルゲが見つからないので、看板に「WiFi カリエンテ(熱い)シャワー 8ユーロ」の文字に引かれて私営にチェックインする。8ユーロは私営にしては安い方だ。て言うか、前日の公営7ユーロと比べたらこっちの方が古くても小さく纏まっているので温かみを感じてずっといい。
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公営でも私営でもチェックインするときはパスポートを提出するのだが、そしたらここの女性オーナーはパスポートに書かれている生年月日を見てはしゃぎだした。自分と同じ年の同じ2月生まれだという事だ。特に意味は無いが二人して盛り上ったので持参の和風マリア様のカードを上げる。室内を見渡して見ると何故か司教が着るような祭服が幾つも飾ってある。しかも重要な典礼で着用するような古くて重々しいものだ。言葉が分からないので詳しくは分からなかったが、こんなの普通は手に入らない代物なので何か教会と関係のあるアルベルゲらしいことだけは分かった。
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シエスタに入ってしまったので、仕方なく通りのバルでビールを飲むことにする。ツマミ用の豆をこれでもかと言うくらい山盛りに出してくれたので、全部食べたら一食分くらいになりそうだな。ここは車も通れないほどの細い道だけど、村の巡礼路になっているので全ての巡礼がここを通過していく。何人も知り合いが前を通って行くので互いに挨拶できるのも楽しい。2日前に洗濯と夕飯をシェアしたリージアとも再会できた。
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またYさんと再会する。ガイドブックを持っているYさんはちゃんと公営にチェックインできたそうだ。公営は巡礼路から少し入ったところにあり、看板等は掲げてないので、知らないと通り過ぎてしまうそうだ。それでか!どこの町や村でも私営を圧迫しないように公営はひっそりと運営されてるそうだ。でも公営は安いからちゃんとしたガイドブックを持ってさえいれば見つけられるのだが、私はそういうのが無いので見つからなかった。まぁ私がチェックインした私営も同い年のおばちゃんが居たことだし良しとしよう。
まだ4時半だが離れた所からスーパーが再開したのが確認できたので買出しに行ってみる。Yさんから冷凍の米が割りと美味いと聞いたので、いつもの食料の他に米に色んな物が入った冷凍物を買ってみる。店の人に調理の仕方を身振りと一緒に「フライパン?」と言ったら、それでOKだそうだ。ワインも1本買ったのでちょっと高めの7.56ユーロ。米は少し値が張るようだ。 -
宿に戻って早速キッチンで米の料理に取り掛かる。と言っても冷凍食品なので基本的にはフライパンで解凍すれば出来上がりだが、その方法を知らないと冷凍食品には手が出せなかった。冷凍食品、日本では一度も扱ったことないしスパゲティもスペインに来て初めて作ってみたので私にしては大した進歩だ。2人前らしいが全部いっぺんにやってしまい、大きなお皿に山盛りになった。確かにそこそこの味なので、これからは機会があったらこれをまた食べようと思った。良いことを教わった。
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隣にはコリアの女性が座ってトマトを食べ出したので、トマトだけも何なのでワインを勧めて上げる。コップに軽く2杯飲んだだけで酔ってしまったそうだ。この人は日本語を少し話せたので楽しい。
ご飯で腹いっぱいになったし、食料もたんまり持っているので何故か気が大きくなっているのが分かる。とても単純。ユーロは残り140くらいになったので、そろそろキャッシングの機会を伺いださないとならないが、まだ5日は持つだろう。大きな街に出たら銀行を探してみよう。
自分が来た時は一人だけだったこの部屋にも、既に13人が入ってきて大賑わい。自分の上段ベッドにはイタリア女性が陣取って、すんごい情熱的な風貌をしていて映画の人みたいで圧倒される。イタリア人って素人でもソフィア・ローレンみたいな人がいるんだな。
ここもWiFiが使えるので気になっていた学情研パソコンソフト・コンクールの入賞発表を検索してみたら、既に発表されていて、今年も上位に入賞して東京の授賞式に行けるのが分かった。今年できれいさっぱり仕事とは縁が切れたので、もう作品は作らないのでこれが最後になると応募したものが評価されてとても嬉しい。アドレナリンが大量に放出されたのか、この夜は興奮して殆ど寝ることができなかった。これまた単純。
出発から36日目 モンターニャ再び サリア -
6月16日。トリアカステラを7時15に出発する。ここからは道は二手に分かれ、左の道は右より4.5km余計に歩くが平坦。右は山越えなので、今回は左の軽い道を行くようにメモまでしといたのに、いざその分岐点にやってきたらみんな右の山越えルートを行くので自分もそっちに歩き出してしまう。やっぱり仲間が多い道の方が何かと心強いから。
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ホタテ貝のオブジェがあった。何とまぁでっかいのを作ったもんだね。その周りには石つくりの長いベンチがあるので、ここで何かやる為の施設なのかな。村祭りとか。それにしても色遣いが唐突で余りセンスを感じないオブジェだな。
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歩いていくと、4日前に二手に分かれて山越えをした道と比べたら大したことなさそうなのが分かった。だったら距離も短いし眺めもいいのでこっちの道で正解だったのが分かる。長めに歩く道は左に見えている小高い丘の向こうに続いているのだろうと想像する。もしまたこのルートを歩くことがあったら、次はあっちの道を歩いてみようか。
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途中、小雨交じりの濃霧になったので上下のカッパを着込むが、すぐまた晴天になったのでカッパを脱いだついでに半袖になっておく。面倒でも状況に応じてこま目に着替えるのは大切だ。風邪ぎみだし普段よりそれは大事。
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今度は下りになった。このまま下って行くと目的のサリアに着くと思われる。下りは危険なので気を抜かずにスティックを上手に使ってひょいひょいと下りて行く。
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遠くにサリアの町が見えだした。ここから5キロくらいかな。1時間くらいで着くだろう。山越えと言っても楽勝だった。
大きなサリアの街に入った道端にインフォメーションがあったので公営アルベルゲの位置を教えてもらう。地図までもらったのに、とても分かりづらいアルベルゲで、市内に入ってから1時間もウロチョロする羽目になった。 -
サリア市内には巡礼関連のオブジェや壁画がいっぱいあった。サリアからサンチャゴへは100キロちょっとあって、徒歩で100km以上歩いた巡礼には巡礼証明書が発行されるので、サリアから出発する人は沢山いる。データではここから巡礼の数は倍に膨らむそうだ。その関係で、サリアの町は巡礼関連のものがいっぱいあったので楽しい。橋の欄干にさえサンチャゴ巡礼のトレードマークであるホタテ貝がデザインされていた。
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公営アルベルゲは看板も小さいのが申し訳程度にしか掲げてないし、途中にも公営アルベルゲはこっちとは記してないし、とても見つけづらい。本当に近くまでやって来ていても目の前まで来ないと見つけることが出来なかった。いや、その小さい看板にもアルベルゲとは書かれていないので知らないとアルベルゲとは気づかないかも知れない。
オープンは1時なので、入り口で1時間待ちだ。何人か開くのを待っているが、ここでもYさんが一番乗りをしていて、待っている間にスーパーで買い物をしてきたようで大きなレジ袋を下げてやって来た。Yさんが言うには、トリアカステラから二手に分かれた道は、平坦な方は途中で通行禁止になっているので結局途中から私の歩いてきた山のコースに接続されていると教えてもらった。知らないで山のコースに入ったがそれで正解だったのが分かった。
今日の宿は6ユーロだった。一通りのルーチンを済ませて買い物に出かけたら、スーパーの手前に銀行があったので店内で行員さんにキャッシングをお願いしたら機嫌よくやってくれる。キャッシングすると銀行にも手数料が入るので客には違いないのだろう。これで路銀はばっちりだ。 -
スーパーで大量に食料を買っておく。いつもの食料のほかにインスタントスープ2袋に大きな桃の缶詰も買ってみた。合計10.97ユーロは買い物の最高金額更新か!?ここのアルベルゲにはキッチンはあるが食器類が一切無いのでスープは明日以降に持ち越しになった。パンを手で二つに割り、生ハムとチーズを挟んで何ちゃってボカディージョを作って食べる。元々パン自体が美味いのでとても美味しい。トマトは包丁がないので二つを丸かじり。ビールも2本飲んだし腹がパンパンになった。寝るためのベッドが確保できて、お腹が満たされれば取りあえずそれで満足する生活がずっと続いている。とても単純なサイクルなので、人間ってこんな感じで生きて行けたら楽しいなーと思う。
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食後、Yさんに誘われて町見物に出かけてみたが、特に見るようなのは無い感じの町だったが、多くの巡礼がスタートする町なので、私営アルベルゲの数だけは沢山あるのが分かった。Yさんは公務員を退職したそうだが、見識が高いのでそこそこの役職だったのだろうと想像する。自分では言わないので聞かないでおく。
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