2015/05/12 - 2015/07/17
9位(同エリア89件中)
おくさん
歩く歩く歩く2015 フランス人の道5
出発から16日目 イーデン登場 ブルゴス
5月27日。7時過ぎオルテガ出発。今日はブルゴスとの間にある村で一泊入れようと思っていたが、予定変更してブルゴスまで行ってしまうことに決定。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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最近は足の具合も調子いいので朝から飛ばすことにする。ちょうど前を歩く女性二人組が早く歩くタイプなので、自分もハイペースで付いて行く。今日も快調だ。
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原人の骨が見つかったと言うアタプエルカを通過。数キロ離れた所に原人の骨が見つかったと言う世界遺産の洞窟があるそうだが、そんなの見るのに数キロでも回り道するのは御免だ。
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次の町でカフェコンレチェと大きなクロワッサンみたいなのがセットになったデサジュノ(朝飯のこと)3.8ユーロの看板に引かれて入って行く。まだこの辺りでは節約魂も大したことないので、朝飯もバルで食べたりしているが、徐々に前の日に店から買ってきた食料で済ますようになります。
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岩がゴロンゴロンと山盛り転がっている坂が登場してきて、手を使って登るようだった。頂上には大きな木の十字架が立っていて、ここを過ぎると緩い下りになってきた。遥か遠くに大きな街が見えるような見えないような、霞んでいて良く分からないが何かはありそうだ。
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10時リオピコ村を通過したところ、小さな公園にベンチがあったので、少し長めの休憩を取り昨日、日本人ツアーの人から貰ったアミノバイタルを飲んでみる。ゼリー状で実力ありそうだが効いたかどうかさっぱり分からない。大体こういうのは気分の問題なのかな。アミノバイタルを飲んだぞーっと言う意識が大切なのだろう。休みには最適な空間なので、他の巡礼達もみんなここで一息入れていくようだ。
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その後も黙々と歩き続け、12時ころに大きな街に入ってきたのでブルゴスが近いようだ。街の入り口にブリジストンのでかい工場があった。これ日本の会社だよね、こんな大きいのがスペインにあったんだと不思議な気持ちになる。
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大きな街は道標が少なくて間違い易いので、スペイン人らしい巡礼の一団に離されないように付いて行くことにする。言葉が分からないのでコバンザメ作戦。スペイン人かと思った人たちはイタリア人だった。交差点で地元の人に公営アルベルゲの位置を聞きに行って、私に紙と書くものを出せと言っているので日記帳とボールペンを渡すとアルベルゲへの地図を書いて丁寧に説明してくれるが言葉が分からないので何となく聞いておく。この人たちも一緒にアルベルゲに行くだろうに、不思議なことをするんだなぁと思った。だが、この人たちは今晩はアルベルゲには泊まらずにホテルを予約してあることが分かった。私のために地元の人にアルベルゲへの道を聞いてくれて地図まで書いてくれたのだった。ありがとうイタリアチーム。手の込んだ親切に、パンプローナで同じような親切をしてくれたスペインチームを思い出した。
イーデンと最初の出会い
イタリアチームと別れ、一人でアルベルゲを探すべく歩いていると、交差点の別方向からバックパックを背負って両手にスティックと、見るからに巡礼と分かるおばさんとばったり出会う。ここは二人でアルベルゲを探そうと言うことにして歩き出したが、疲れているのか、このおばさんは歩くのがとても遅い。少し離れたり交差点に差し掛かると追いつくまで待ってやったり、アルベルゲ方面の表示板があると杖で指して元気付けてやったりしながら40分ほど掛かって一緒にアルベルゲまで到達する。どこから来たの?が得意な英語なので(とほほ)聞いたところ、ドイツから一人でやって来たそうだ。このときはアルベルゲまで一緒に歩いたに過ぎなくて、その後はずっと忘れてしまっていたのだが、このおばさん(イーデン)とは後で他の誰よりも親しく家族のようになるのだった。その話はまた後の方で出てきます。 -
1時15にブルゴス公営アルベルゲに到着。最安5ユーロ。エレベーターまである巨大アルベルゲで5階まである大きな建物だった。隣のベッドには昨日も一緒だったエミールがいて再会を喜び合う。昨日も隣のベッドだったし、今日は100人以上が収容できる巨大アルベルゲなのにまた隣になるとは凄い偶然と更に喜ぶ。エミールに会えたし頑張ってブルゴスまで来て本当に良かった。
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エレベーターがあるアルベルゲは初めてだし、靴置場もご覧のように大きなカセット状になっていて、ぐぐーっと引き出すと靴がいっぱい収納できる作りだった。シャワールームは廊下から一歩入ると個室になっている一風変わった作りで、これは余り使い勝手はよくなかった。
大きなアルベルゲなので高校生の団体が入っていた。彼らは廊下で寝っ転がってスマホをいじってたり、大音量で音楽を掛けたりしていて感心しない連中だった。この位の年齢は一人では大人しいのに団体となるといきなり騒がしくなる。 -
いつものルーチンをこなしてから昼飯を食べに街に繰り出す。値段が重要なので安い店を探し歩くとケバブのプレート料理が5ユーロと最低だったので入る。それと生ビール大で7.7ユーロ。日本では祭りの屋台などに顔を出すようになったケバブ屋だが、スペインではこうしてちゃんとした店で商売しているのをたまに見ることがある。始めは屋台で頑張って金貯めて、それから店になるのかなと想像した。日本のラーメン屋台でもありそうな話。
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食後、スペイン三大カテドラルのひとつ、ブルゴス大聖堂を見物に行く(見物!?)。巡礼は半額割引で3.5ユーロだった。中は凄い迫力で写真を70枚ほど撮っておく。しかし、この中にレコンキスタの英雄エル・シドの墓があることを知らなかったので勿体ないことをした。チャールトン・ヘストンがエル・シド役をした映画を見てたのになー。
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スペインの教会には良くある物騒な像ですが、これはサンチャゴ・マタモロスと言って、モーロ人殺しのサンチャゴと言う凄い名前が付いています。闘牛で牛を殺す役のマタドールのマタですね。レコンキスタの時代には多くの戦闘がスペイン内で行われましたが、その中にクラビッホの戦いと言うのがあって、キリスト教軍が劣勢になった時に白馬に乗ったサンチャゴが出現しイスラム帝国軍を蹴散らしたそうです。それでサンチャゴはスペインの守護聖人となったようです。サンチャゴの祝日である7月25日はスペインではお休みだそうですよ。
これどこかで見たような話と思いませんか?私はピンときましたね。そう、ロードオブザリングの、確か「二つの塔」であった戦闘の場面ですよ。正義の軍と悪党サルマン軍が戦った時に、正義群が劣勢になったときに白馬に乗った白のガンダルフが登場して劣勢を挽回した場面です。作者のトールキンは、きっとサンチャゴマタモロスの伝説が頭にあったんだと思います。きっとそう。 -
聖堂の外側をぐるっと回っていたら日本人の身長差カップルにまた再会する。ごらんのように写真で見ると30cmどころか40cmくらいの差がありそうです。これで良く一緒に歩いていられるな。そう聞いてみると、男の子の方が女の子に合わせているそうだ。まぁそりゃそうだよね。逆なら女の子が潰れちゃうよ。背が小さくとても可愛い子なので、男の子がメロメロなんだと思った。
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エミールがトマトやパンの入ったレジ袋を下げていたので店の場所を聞いて再度出かけてみるが、結局食料品店は見つからなかった。子供連れの親子に尋ねた時、女の子が店は閉まっていると言うジェスチャーをするのに、シャッターを降ろす仕草をしたので、あー、スペインではこうやるのかと勉強になった。日本で閉まっている仕草は開いた両手をパチンと閉じるが、やっぱり所変わればジェスチャーも変わるんだな。食料は買えなかったが欲しかった小さなナイフ(ハサミ付き)が買えたので良かった。スペインの伝統なのか、こういった刃物専門の店が意外なほどあった。
靴下を脱いだら親指のマメが化膿しているのに気づく。エミールに患部を見せて消毒薬を持っていないか聞いてみるが持ってないそうだ。じゃぁファルマシア(薬局)を探しに行ってくると出かけようとしたらエミールが走って追いかけてきて「みっしゃん、みっしゃん、ファルマシアに行ったら足を見せるんだよ」と英語と身振りで伝えてくれる。本当に私のことを心配してくれてるのが良く分かり有り難かった。 -
薬局はすぐ近くにあった。化膿なんてスペイン語は知らないので、患部を見せながら身振りで消毒が欲しいことを伝えたら、手ごろなスプレータイプを出してくれる。良いのが買えたとアルベルゲに戻ったら、エミールが中国青年と何やら真剣に話し合っていて、私が戻ったのを見たらすぐ中国青年はザックからジェル状の消毒を出し、まず両手をよく消毒してから患部を消毒するようにと身振りで伝えてきた。それが済んだら乾かしてのち普通のカットバンより高性能なのを貼ってくれた。スペアとして2枚同じのをくれようとするので、似たようなのを持っているから大丈夫と遠慮しておく。言葉はロクに喋れないが、二人に大いに感謝の意を表す。サンキューしか言えないので後は身振りで合掌だ。これは万国共通だろう。中国青年はブエンカミーノ(良き巡礼をの意)と言ってくれる。昼間のイタリアチームと言い、巡礼仲間は助け合い精神にあふれているのが実感できる出来事だった。エミールはいつも私のことをミッシャンと言うのだが、訂正しないでおく。
出発から17日目 趙雲君 オルミジョス・デル・カミーノ -
5月28日。7時過ぎに1階の大きな食堂に下りたら沢山の巡礼が出発の準備をしていた。その中にN夫妻を発見する。大きなアルベルゲなので昨日は気が付かなかった。二人とも今日も元気だ。
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ブルゴスのアルベルゲを出発する。このアルベルゲはカテドラルのすぐ裏なので、カテドラルを横に見ての出発となる。中世の時代からある巡礼路なので、アルベルゲの立地もカテドラルのすぐ隣と、これ以上ない一等地にあることが少なくない。ブルゴスは大きな街なので、街から出るだけで一苦労だ。ここに映画「サンジャックへの道」でバックパックを盗んだ少年に罰を与えながら見送った町外れがあった筈だが気が付かないまま通り過ぎてしまう。
人家が途切れるところまで来るとホッとする。多くの巡礼と列をなしてゾロゾロ歩いていたら、ブエンカミーノと言いながら颯爽と追い越して行くグループがあった。あっ、昨日アルベルゲへの地図を描いて教えてくれたイタリアグループとすぐ気付いたのでお礼の言葉を後ろから投げかける。 -
1回小休止を入れて10時にタルダホスと言う町にあった小さな雑貨屋でトマトとバナナを仕入れる。そこへ昨日、足の手当てを手伝ってくれた中国青年がやって来た。昨日、お礼の積りで上げたマリア様のカードの裏に私の名前を書いてくれと言っている。自分に取ってとても大切なカードだと言ってくれた。謝謝~。三国志の英雄「趙雲子龍」と同じ名前で趙雲(ジョユウ)君と読むそうだ。この青年とは何と27日後のフィステラへ行く途中で再会する。
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台湾や香港からの巡礼はいることはあっても、中国本土からの巡礼は滅多にいない。中国は共産党支配だがカトリック教会も少しは存在している。だが、共産党からの締め付けもある中なので大変だろなと思う。対外国のために辛くも認めている程度だろう。かつての日本のキリシタン禁教だって外国から責められなくちゃ解除しなかっただろう。中国共産党は早く倒れてしまえ。
ここで少し前から顔見知りになったコリアの青年グループ5人が入れ代わり立ち代わり私の前にやってきてはアンニョンハセヨと言いながらニコニコしている。滅多にいない日本人なので交歓する機会を楽しんでいるようだ。 -
この辺りは舗装路を歩き続ける。正面に山が見えているので、あの山の低くなっている所を行くのかなぁと思ったが、カミーノはぐーっと左に旋回して山を登ることはなかった。
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相変わらず低い丘を上ったり下ったりしながらカミーノは続いていて、もう何日もこんな感じの道を歩き続けている。まぁだからと言って険しい峠を望んでいる訳ではないが、たまには湖とかの変わった景色を歩いてみたい気がする。
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それにしてもこのフランス人の道と言うのは凄いな、ずーっと巡礼が歩いていて前にも後ろにも誰もいないという日を覚えがないくらい沢山歩いている。たぶん、歩いているのは私の周りだけじゃないだろうから、SJPPからサンチャゴまでの800キロの間、ずーっとこうやって絶え間なく巡礼が歩いているのかも知れない。その数や何十万人か!
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12時半、オルミジョス・デル・カミーノに到着。昨日のオルテガからブルゴスへの疲れがたっぷり残っていてしんどいし、化膿した親指も少し痛むのでここ迄の20kmが調度いい感じだ。この村は写真でみるとおり、スペインには良くありそうな村に見えるが、地味だけど独特の雰囲気を感じた。どこが?と言われると返答に困るが、村唯一と思われるメインストリートがまっすぐ伸びていて、その両側の家々には生活の匂いがしない。だから勿論人も見当たらないので一見廃村のように見えてしまう。ただ、この通りには私営のアルベルゲが2つ3つあって、そこだけは人の気配を感じる。それと公営アルベルゲの側にバルが一軒だけあって、そこには巡礼がいるので少しばかり活気を感じられた。私が投宿したのは勿論、公営のアルベルゲだ。この村の写真を他のブログで見たとしても、オルミジョス村と言うのが一発で分かるほど特徴がある通りだった。
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シャワーを浴びてから洗濯をしようとしたが、洗濯場が見当たらないのでおかみさんに教えて貰う。いったんアルベルゲから外にでて、グルッと回った外だった。その床には巡礼路に溜まっている白いもやもやが吹きだまっていた。今の時期はこれが発生する時期なんだろうが、洗濯ものは汚されるし料理にも紛れ込みそうだ。日本の花粉も大変だけど、これも大変だなー。
いつものルーチンをこなして村の雑貨屋へ行くために通りを歩いていたらN夫妻がやってきて、私営に入りそうだったのでムニチパル(公営のこと)があるよと教えたら一緒について来た。公営は私営の半額が多いので、私みたいに節約している人は公営に泊まりたがるが、ちょっぴり良い宿が良い人は私営に泊まるらしい。上手くバランスが取れているようだ。
小さな村の雑貨屋でも欲しいものは一通り手に入る。トマト、オレンジ、サンミゲールビール500ミリ、生ハムは塊を切ってくれるようなので、トレスポルファオールと言って3枚頼む。村の小さな雑貨屋でも、ちゃんと生ハムをスライスするための大袈裟な機械が入っていた。それとT字カミソリで合計3.9ユーロ。 -
アルベルゲのキッチンで早速トマトと生ハムを肴にビールで乾杯、毎度ながら極上の時間だ。残りのユーロがまだ210あるので、あと8日は持つだろう。残りが100になったらキャッシングのチャンスを伺うことにしよう。
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隣の教会の石段に腰かけてマメの状態を見てみると、化膿した指の他に硬くなった皮がマメの影響で割け出していた。これ以上悪くならないように傷バンを貼り直しておく。写真も撮ってみたけど、みなさん見たくもないでしょうから掲載は控えておきます。
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今度は夕飯の買出しに同じ雑貨屋に向かう。トマト、ヨーグルト2個、でかいチーズサンドにまたビールの500ミリを買う。一日に何度もビールやワインを飲んでも、毎日いっぱい歩いているので罪悪感がないのが良い。全部で5.8ユーロ。村に一本しかないこの通りには私営のアルベルゲが3つもあって、看板を見るとみんな10ユーロで統一してあった。だいたいどこの町でも公営に辿り着く前に私営があるのがパターンなのが分かってきた。1時台でFullの看板を出している宿もあったので、私営も人気があるようだ。
アルベルゲの本棚を見たら、何と日本のカミノデ・サンチャゴ友の会の本が置いてあった。巡礼路の地図や各地のアルベルゲ情報が日本語で載っているので日記帳にせっせと転記する。8ページまで書いたところでオスピタレラがキッチンの片付けを始めたので消灯時間が近くなったのが分かり、ドルミール?と寝る仕草をしたら首を縦に振ったので残念ながらメモはここまでにしてベッドに移動する。
出発から18日目 カストロヘリス -
5月29日。オルミジョス・デル・カミーノのアルベルゲを7時に出発する。毎日自分の好きなタイミングで行動できるので、これもまた楽しからずやだ。かと言って、普通のホテルのように9時10時までチェックアウトしなくていいと言う訳には行かなくて、せいぜい8時出発が最後くらいだろう。前に泊まったアルベルゲでは、朝の6時に部屋の電気が一斉に点いたこともあったし、アルベルゲの壁に各国語に混ざって日本語で「最終出発8時」と書かれている所もあった。
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暫く歩いたところでバナナを1本食べる。バナナは食べるとすぐエネルギーになるらしいので、行動食としては優等生だ。安いし。スペインではバナナもトマトも野菜は全て計り売りだった。日本みたいに1個幾らじゃないから大きいのを選んで買う必要はないのだった。
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1時間歩いた所に唐突に村が現れた。オンタナス村。この村は極端な盆地にあるので、近づかないとその存在が分からなかった。とてもこじんまりとした村で、おとぎの国みたいだった。
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この村にバルがあったのでカフェコンレチェとチョコのクロワッサンで1.9ユーロ。安っ。ここでN夫妻も休んでいたのでお喋りできる。
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オンタナスからはまた坂を上って盆地を抜ける。のどかな田園地帯のような、日本の農道のような道を呑気に歩き続ける。周りには田んぼみたいのもあるので、米を作っているのかな?
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やがて舗装路が出てきて、次のカストロヘリス村へはずっと舗装路を歩くことになった。こういう道を底が硬い登山靴で歩くのは大変なんじゃないかな。サンチャゴ巡礼路には舗装路が結構あると聞いていたので、私はウォーキングシューズにして良かったかも知れない。突然凄い物が現れた。使われなくなった大きな修道院の跡で、看板にはサン・アントン修道院と書かれていた。私は確認には行かなかったが、この廃屋の中は自然のアルベルゲとして運営されているらしい。
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巡礼路は大きなアーチの下をくぐり抜けていた。下から見上げると中々の迫力がある。これってきっと何百年も前の石だけで作ったアーチでしょう、いつか崩れるんじゃないのかなと心配になる。
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12時過ぎにカストロヘリスの村入口までやって来た。小山の上には崩れかけた城があり、その麓にはこれまた古い教会があって、これぞ中世のスペインと言った趣ある光景だった。この旅で5本の指に入りそうな風景が撮れた。あの城までの登り口が村の中にあるようだが、そんな元気は残っていないので当然ながらパス。
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サンファンと言う公営アルベルゲに到着。地図と大分違うような、それとも見方が悪いようなで大分探してしまった。貼り紙に受付は3時と書いてあるので相当待たなくてはならない。時間つぶしに銀行を探しに行ってみる。途中の街並みはすこぶる古い建物が続いていて、特に保存地区でもないようなのにこれだけ古い街並みが残っているのは凄いな。やっぱり石で作られた建物って人為的に壊さない限りずっと残るんだな。きっと何世代何十世代にも渡って住み続けているのかも知れない。
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見つけたのは村の銀行にしてはちゃんとした建物だった。中に入れたので早速クレジットカードを見せてキャッシングと言ったら愛想良く手伝ってくれる。今回も300ユーロをゲットできた。まだ200ユーロも残っているが、早めに追加した方が精神的に落ち着く。合計500ユーロにもなったので、一日25ユーロで賄えるなら20日も持つってことなので、プチお大臣になった気分になる(7万円で?)。
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受付が遅いアルベルゲに戻って室内にあった町の地図を見ていたら、ここには公営がもうひとつ有るのが分かった。どうせまだ2時間も待つんだったらそっちを見に行ってみようと自前の頼りない地図を頼りに行ってみる。確かにこの辺りのはずだが、ここにはインフォメーションらしき建物しか見当たらないのでウロチョロしていると、上から声を掛けられた。インフォメーションの上にアルベルゲはあり少し離れた所に登るための階段があった。こんな事になっているとはまったく気が付かなかった。
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こっちは既に沢山の巡礼が寛いでいたので自分もチェックインできる。5ユーロ。こっちの方がロケーションはいいし、WiFiはあるしで大正解だった。おかげで三日ぶりにフェイスブックにもアップできた。大きな部屋には二段ベッドが沢山あるが、どこも間隔を大きく空けてゆったりと置かれているので広々と感じる。しかも今回も下段が取れたので言うことなし。受付のテーブルにはクッキーが沢山置いてあって食べてもいいらしいので3つ頂く。
後からやって来た男性巡礼が、私にイビキをかくかとブヒブヒと擬音を混ぜて尋ねるので、ノーと答えると安心して上のベッドになった。イビキを掻く人は自分のイビキに気が付かないだろうが、搔かない人には大きな問題なんだよね。 -
すぐシャワーと洗濯をする。大きなシャワールームで男女ごちゃまぜだった。どっかの小母さんは私がいるのにシャワーからパンツ一丁で出てきて外に出てから上を着ているよ。自宅にいるのとまったく同じ感覚でいるらしい。実は欧米の人ってそういう人が多くいると後で知る。
洗濯はいつも着ている長袖シャツとジャージのズボンにパンツを洗濯し、午後の日差しで夕方までに乾かすパターンだ。それでまた明日も同じ格好で出発できる。2枚持ってきたフリースは気候が暖かくなってきたのでその内一枚処分してもいいだろう。ザックのスペースを行動食用に少しでも空けたいし。 -
近くの店に買い物に行く。アルベルゲ近くの食料品店やバルにもポンチョやスティックなどの巡礼グッズを置いてある店が幾つもあって、これらはきっとアルベルゲに泊まる巡礼によって発展した商店街なのが容易に想像できた。ビール2本、トマト、生ハムにチンして食べられる米で4.9ユーロ。アルベルゲの外にあるテーブルで優雅なお昼にする。
アルベルゲでやること
アルベルゲでは毎回、いつものルーチンのほかにやることと言えば、次ぐ日の巡礼路の高低差を考慮してどこまで歩くのが適当か、更にその町に手ごろなアルベルゲがあるかを元にした作戦を練ること。あるいは大きくて有名な街や名所がある町には距離を無視して泊まるように計画を立てる。WiFiがあればフェイスブックを更新したりして遊んでいられるが、ないアルベルゲではやることが大して無いので散歩するか寝てしまうくらいだ。それに一番大事なこと、食べ物の調達だ。2時から5時まではシエスタで店が軒並み閉まってしまうので、その前後に買出しをしなくてはならない。で、今日も5時を過ぎたので夕飯と明日の朝飯の買出しに同じ店に行って来る。 -
ビール、さくらんぼ、バナナ、トマトと小さなパンで2.9ユーロ。これらをアルベルゲに数台ある外のベンチに座って夕飯にする。やることもないのでその後また商店街へ行ってみたところ、二度買った店の反対側にも似たような店があり、ヨーグルトを売ってそうなので入って行く。ヨーグルトは胃腸のためにいいので、買えるときは必ず買って食べるようにしているのだ。2個買ったところ、欲しかったプラスチックのスプーンをくれたので、使った後、洗って大事にしまっておく。これがあれば何時でもどこでもヨーグルトが不自由なく食べられる。やった。
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