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河後森城紹介の締め括りです。江戸時代(1603~1868年)初めの頃の慶長19年(1614年)、伊達秀宗が宇和島藩を創立した際、付家老の桑折氏が河後森城に入りましたが、すぐ後の、元和元年(1615年)の一国一城令により廃城になりました。

2020暮、四国続日本百名城巡り(18/22):12月6日(4):河後森城(4):新城からの眺望

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2020/12/04 - 2020/12/06

19位(同エリア81件中)

旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

河後森城紹介の締め括りです。江戸時代(1603~1868年)初めの頃の慶長19年(1614年)、伊達秀宗が宇和島藩を創立した際、付家老の桑折氏が河後森城に入りましたが、すぐ後の、元和元年(1615年)の一国一城令により廃城になりました。

  • 『新城(しんじょう)』から眺めた、『西第十曲輪』方面の光景です。中央やや左側に、再建された『掘立柱建物』が見えていました。右端付近の最上部には、『本郭』の曲輪も見えていました。

    イチオシ

    『新城(しんじょう)』から眺めた、『西第十曲輪』方面の光景です。中央やや左側に、再建された『掘立柱建物』が見えていました。右端付近の最上部には、『本郭』の曲輪も見えていました。

  • 『新城(しんじょう)』から眺めた、『西第十曲輪』に再建された『掘立柱建物』のズームアップ光景です。その左側の背後には、『西第七曲輪』まで繋がる木橋も見えていました。

    『新城(しんじょう)』から眺めた、『西第十曲輪』に再建された『掘立柱建物』のズームアップ光景です。その左側の背後には、『西第七曲輪』まで繋がる木橋も見えていました。

  • この辺りの傾斜地も、『新城』と呼ばれる曲輪の一部になるようです。ドングリが生る木などの枯葉が積もっていましたが、下草を刈りこんで、整備がされている一帯のように見えました。

    この辺りの傾斜地も、『新城』と呼ばれる曲輪の一部になるようです。ドングリが生る木などの枯葉が積もっていましたが、下草を刈りこんで、整備がされている一帯のように見えました。

  • 左向きの矢印で『本郭・古城』が、右向きの矢印で『新城』が記された道案内標識です。写真の時間記録では、往きには9時27分、現在が9時40でした。この場所から、見学を含めて13分の所要時間でした。自生のツツジの『オンツツジ』の写真もしっかりと記憶に残っていました。

    左向きの矢印で『本郭・古城』が、右向きの矢印で『新城』が記された道案内標識です。写真の時間記録では、往きには9時27分、現在が9時40でした。この場所から、見学を含めて13分の所要時間でした。自生のツツジの『オンツツジ』の写真もしっかりと記憶に残っていました。

  • 『東第四曲輪』と『古城第二曲輪』が隣接した場所からは、少し険しい場所もありましたが、基本的には緩やかな下りの山道でした。河後森城の縄張図を参照しますと、先程の『オンツツジ』の写真看板があった箇所からは、一気に『風呂ケ谷』に下る山道になっていました。その途中の道案内立札の光景です。登りの『新城』と、下りの『風呂ケ谷』が記されていました。

    『東第四曲輪』と『古城第二曲輪』が隣接した場所からは、少し険しい場所もありましたが、基本的には緩やかな下りの山道でした。河後森城の縄張図を参照しますと、先程の『オンツツジ』の写真看板があった箇所からは、一気に『風呂ケ谷』に下る山道になっていました。その途中の道案内立札の光景です。登りの『新城』と、下りの『風呂ケ谷』が記されていました。

  • 杉木立らしい木々の間から見上げた山手方面の光景です。『櫨(ハゼ)』ではなく、『楓(カエデ)』と判断した紅葉の木々が見えていました。山手方面の尾根に、『西第十曲輪』から『本郭』へ、更に『古城』と連なる曲輪がありました。

    イチオシ

    杉木立らしい木々の間から見上げた山手方面の光景です。『櫨(ハゼ)』ではなく、『楓(カエデ)』と判断した紅葉の木々が見えていました。山手方面の尾根に、『西第十曲輪』から『本郭』へ、更に『古城』と連なる曲輪がありました。

  • 『新城(しんじょう)』の表示があった道案内標識です。右向きの表示は、これから山登りをする人達への道案内です。現在地は記してありませんが、『風呂ケ谷』のエリアになるようです。

    『新城(しんじょう)』の表示があった道案内標識です。右向きの表示は、これから山登りをする人達への道案内です。現在地は記してありませんが、『風呂ケ谷』のエリアになるようです。

  • 『風呂ケ谷』のエリアと思われる場所から眺めた、山手方面の光景です。左手に見えている道を少し登れば、『井戸』があった場所になるようです。三カ月かかって発掘作業が行われたと紹介されていた、石垣で囲われた井戸です。

    『風呂ケ谷』のエリアと思われる場所から眺めた、山手方面の光景です。左手に見えている道を少し登れば、『井戸』があった場所になるようです。三カ月かかって発掘作業が行われたと紹介されていた、石垣で囲われた井戸です。

  • 『風呂ケ谷』の駐車場まで下りて来ました。これで四国5箇所目の続日本百名城の『河後森城』の見学はお終いです。最後に残ったのが、村上水軍の拠点だった『能島(のしま)城』です。つい最近までは、上陸しての見学が出来なかったようですが、今回は上陸して見学できることが旅行計画書に明記してありました。

    『風呂ケ谷』の駐車場まで下りて来ました。これで四国5箇所目の続日本百名城の『河後森城』の見学はお終いです。最後に残ったのが、村上水軍の拠点だった『能島(のしま)城』です。つい最近までは、上陸しての見学が出来なかったようですが、今回は上陸して見学できることが旅行計画書に明記してありました。

  • 名前:『ドウダンツツジ(灯台躑躅、満天星)』<br />分類:ツツジ科ドウダンツツジ属の落葉広葉樹。<br />分布:日本の本州、四国、九州の温暖な岩山に生えるが、自生地は少ない。<br />その他:花は、白色でり鐘型、この時期は紅葉が見事です。

    名前:『ドウダンツツジ(灯台躑躅、満天星)』
    分類:ツツジ科ドウダンツツジ属の落葉広葉樹。
    分布:日本の本州、四国、九州の温暖な岩山に生えるが、自生地は少ない。
    その他:花は、白色でり鐘型、この時期は紅葉が見事です。

  • 『河後森城』の見学の後に立寄った『道の駅』です。その手前に『道の駅・四万十とおわ』と、『四万十だんだん街道』の表示がありましたが、この場所から24キロ先の道の駅のようでした。この道の駅の名前は『虹の森公園・まつの』でした。『河後森城』の『本郭』からも見えていたアーチ屋根です。

    『河後森城』の見学の後に立寄った『道の駅』です。その手前に『道の駅・四万十とおわ』と、『四万十だんだん街道』の表示がありましたが、この場所から24キロ先の道の駅のようでした。この道の駅の名前は『虹の森公園・まつの』でした。『河後森城』の『本郭』からも見えていたアーチ屋根です。

  • 名前:『シクラメン』<br />分類:サクラソウ科シクラメン属の多年草。<br />分布:地中海地方が原産、ギリシャからチュニジアにかけて自生。<br />その他:古来は『アルプスのスミレ』と呼ばれ増した。

    名前:『シクラメン』
    分類:サクラソウ科シクラメン属の多年草。
    分布:地中海地方が原産、ギリシャからチュニジアにかけて自生。
    その他:古来は『アルプスのスミレ』と呼ばれ増した。

  • 名前:『ガーベラ』<br />分類:キク科ガーベラ属の総称、宿根草。<br />分布:温帯な地域および、熱帯アジアやアフリカなどに約40種が分布。<br />その他:発見者のドイツの博物学者ゲルベルに因む名前です。

    名前:『ガーベラ』
    分類:キク科ガーベラ属の総称、宿根草。
    分布:温帯な地域および、熱帯アジアやアフリカなどに約40種が分布。
    その他:発見者のドイツの博物学者ゲルベルに因む名前です。

  • 名前:『ガーベラ』<br />分類:キク科ガーベラ属の総称、宿根草。<br />分布:温帯な地域および、熱帯アジアやアフリカなどに約40種が分布。<br />その他:発見者のドイツの博物学者ゲルベルに因む名前です

    名前:『ガーベラ』
    分類:キク科ガーベラ属の総称、宿根草。
    分布:温帯な地域および、熱帯アジアやアフリカなどに約40種が分布。
    その他:発見者のドイツの博物学者ゲルベルに因む名前です

  • 『河後森城』の『本郭』から見えていたアーチ屋根は二つ並んでいました。その片方には『ガラス工房・風音』の看板がありました。『おさかな館』や、『かごもり市場』も『河後森城・山城登城マップ』『に記されていました。

    『河後森城』の『本郭』から見えていたアーチ屋根は二つ並んでいました。その片方には『ガラス工房・風音』の看板がありました。『おさかな館』や、『かごもり市場』も『河後森城・山城登城マップ』『に記されていました。

  • 『森の国・松尾町・観光マッパ」のタイトルがあった大きな看板の光景です。JR予土線の『松丸駅』の近くに『虹の森公園(道の駅)』が記され、『芝不器男記念館』や『国指定史跡・河後森城跡』等が紹介されていました。『芝不器男(ふきお:1903~1930年)』は、愛媛県出身の俳人です。若くして注目されましたが、句歴四年、26歳で夭折しました。

    『森の国・松尾町・観光マッパ」のタイトルがあった大きな看板の光景です。JR予土線の『松丸駅』の近くに『虹の森公園(道の駅)』が記され、『芝不器男記念館』や『国指定史跡・河後森城跡』等が紹介されていました。『芝不器男(ふきお:1903~1930年)』は、愛媛県出身の俳人です。若くして注目されましたが、句歴四年、26歳で夭折しました。

  • 名前:『ドウダンツツジ(灯台躑躅、満天星)』<br />分類:ツツジ科ドウダンツツジ属の落葉広葉樹。<br />分布:日本の本州、四国、九州の温暖な岩山に生えるが、自生地は少ない。<br />その他:花は、白色でり鐘型、この時期は紅葉が見事です。

    名前:『ドウダンツツジ(灯台躑躅、満天星)』
    分類:ツツジ科ドウダンツツジ属の落葉広葉樹。
    分布:日本の本州、四国、九州の温暖な岩山に生えるが、自生地は少ない。
    その他:花は、白色でり鐘型、この時期は紅葉が見事です。

  • 現地で戴いた『河後森城・山城登城マップ』のタイトルがあったパンフレットの紹介です。四つ折りの片面全部を使って、『河後森城』の縄張り図が紹介されていました。そのパンフレットの表紙部分です。『河後森城のあらまし」の中見出しで戦国時代から、江戸時代のはじめ頃の、廃城までの歴史が紹介されていました。

    現地で戴いた『河後森城・山城登城マップ』のタイトルがあったパンフレットの紹介です。四つ折りの片面全部を使って、『河後森城』の縄張り図が紹介されていました。そのパンフレットの表紙部分です。『河後森城のあらまし」の中見出しで戦国時代から、江戸時代のはじめ頃の、廃城までの歴史が紹介されていました。

  • 『河後森城・山城登城マップ』のタイトルがあったパンフレットの裏表紙の紹介です。『本郭』の紹介と、松野町・河後森城アクセスが広域と付近図で紹介されていました。

    『河後森城・山城登城マップ』のタイトルがあったパンフレットの裏表紙の紹介です。『本郭』の紹介と、松野町・河後森城アクセスが広域と付近図で紹介されていました。

  • 『松丸駅付近』のタイトルがあった案内図の光景です。『河後森城』への登山ルートが赤色で記されていました。その麓付近の『永昌寺(愛媛県北宇和郡松野町大字松丸)』には、『日本城郭体系』に永昌寺の山門は河後森城の城門を移築いたものとの記載があるようです。今回は見学する機会がありませんでしたから、ネット写真を参照しました。

    『松丸駅付近』のタイトルがあった案内図の光景です。『河後森城』への登山ルートが赤色で記されていました。その麓付近の『永昌寺(愛媛県北宇和郡松野町大字松丸)』には、『日本城郭体系』に永昌寺の山門は河後森城の城門を移築いたものとの記載があるようです。今回は見学する機会がありませんでしたから、ネット写真を参照しました。

  • 図面のレイアウトの関係で、横向きで紹介しました。『河後森城』の縄張り図です。地図の中央付近にある『風呂ケ谷』をU字形に取り囲むように曲輪が連なっています。この写真では、中央右端付近がジィ横隔の中心になる『本郭』です。藤堂高虎の時代、石垣の上に建っていた櫓を宇和島城の月見櫓として移築したとの言い伝えが残ります。

    図面のレイアウトの関係で、横向きで紹介しました。『河後森城』の縄張り図です。地図の中央付近にある『風呂ケ谷』をU字形に取り囲むように曲輪が連なっています。この写真では、中央右端付近がジィ横隔の中心になる『本郭』です。藤堂高虎の時代、石垣の上に建っていた櫓を宇和島城の月見櫓として移築したとの言い伝えが残ります。

  • 『河後森城』を見学した愛媛県の宇和島から、次の見学地の同じ愛媛県の今治市にある『能島(のしま)場城』へのバス移動です。道の駅の『虹の森公園・まつの』を出発して、1時間少し走って休憩したドライブインの光景です。『伊予灘』の看板がありました。ネット検索しましたら、松山自動車道の伊予灘サービスエリア(上り)でした。

    『河後森城』を見学した愛媛県の宇和島から、次の見学地の同じ愛媛県の今治市にある『能島(のしま)場城』へのバス移動です。道の駅の『虹の森公園・まつの』を出発して、1時間少し走って休憩したドライブインの光景です。『伊予灘』の看板がありました。ネット検索しましたら、松山自動車道の伊予灘サービスエリア(上り)でした。

  • 『IYONADA(伊予灘)』のローマ字表示のモニュメントがあったドライブインの光景です。『伊予灘』は、瀬戸内海西部に位置します。愛媛県松山市、山口県の屋代島(周防大島)、大分県の国東半島に至る海域を指します。太平洋の外洋水が入り込みやすく、イワシやサバ、アジなどの好漁場となっています。海底に中央構造線が通っているため活断層が多く、地震が多数発生する地帯です。

    『IYONADA(伊予灘)』のローマ字表示のモニュメントがあったドライブインの光景です。『伊予灘』は、瀬戸内海西部に位置します。愛媛県松山市、山口県の屋代島(周防大島)、大分県の国東半島に至る海域を指します。太平洋の外洋水が入り込みやすく、イワシやサバ、アジなどの好漁場となっています。海底に中央構造線が通っているため活断層が多く、地震が多数発生する地帯です。

  • ここからは、バスからの車窓光景が続きます。紅白に塗られた大型クレーンが林立する港光景です。名前が特定できませんでしたが、造船所のようです。伊予灘サービスエリアからは1時間ほど走った場所になります。写真に写った中で表札を探してみましたが、見当たりませんでした。思い浮かぶ名前は、来島造船所(新来島どっく)などです。

    ここからは、バスからの車窓光景が続きます。紅白に塗られた大型クレーンが林立する港光景です。名前が特定できませんでしたが、造船所のようです。伊予灘サービスエリアからは1時間ほど走った場所になります。写真に写った中で表札を探してみましたが、見当たりませんでした。思い浮かぶ名前は、来島造船所(新来島どっく)などです。

  • 紅白に塗られた大型クレーンが林立する港光景です。名前が特定できませんでしたが、『新来島どっく』ですと、愛媛県今治市の大西工場の他、グループで愛知県、広島県、愛媛県、高知県、徳島県に造船所を保有しています。2019年現在の新造船生産量は74万総トンで、国内企業で第7位です。

    紅白に塗られた大型クレーンが林立する港光景です。名前が特定できませんでしたが、『新来島どっく』ですと、愛媛県今治市の大西工場の他、グループで愛知県、広島県、愛媛県、高知県、徳島県に造船所を保有しています。2019年現在の新造船生産量は74万総トンで、国内企業で第7位です。

  • 島が入り組んだ瀬戸内海の光景です。撮影時間から逆算しますと、『村上水軍博物館』がある大島に渡る前後の光景になるようでした。来島(くるしま)海峡を渡って、大島に上陸の予定ですから、その海峡付近の光景になるようです。

    島が入り組んだ瀬戸内海の光景です。撮影時間から逆算しますと、『村上水軍博物館』がある大島に渡る前後の光景になるようでした。来島(くるしま)海峡を渡って、大島に上陸の予定ですから、その海峡付近の光景になるようです。

  • 『来島海峡』を渡る時の光景だったようです。目的地に一番近いのは、『大島北IC』ですが、尾道方面へのハーフICですから、降りることができません。手前の『大島南IC』で瀬戸内しまなみ海道を降りました。

    『来島海峡』を渡る時の光景だったようです。目的地に一番近いのは、『大島北IC』ですが、尾道方面へのハーフICですから、降りることができません。手前の『大島南IC』で瀬戸内しまなみ海道を降りました。

  • 道路標識や、施設案内などの標識が林立した三差路の光景です。地図で確認しましたら、317号線の大島北ICから近い場所でした。道路標識は、右が『宮窪』、左が『下田水(しただみ)港』でしたから、右折です。

    道路標識や、施設案内などの標識が林立した三差路の光景です。地図で確認しましたら、317号線の大島北ICから近い場所でした。道路標識は、右が『宮窪』、左が『下田水(しただみ)港』でしたから、右折です。

  • 道案内看板の紹介です。『西瀬戸自動車道・しまなみ海道』、『大島北・尾道(本州)方面』の文字と、矢印がありました。目的地がかなり近くなってきたようです。今回、愛媛県で見学するのは2箇所の続日本百名城ですが、日本百名城は5城ありました。今治城、湯築城、松山城、大洲城と宇和島城です。

    道案内看板の紹介です。『西瀬戸自動車道・しまなみ海道』、『大島北・尾道(本州)方面』の文字と、矢印がありました。目的地がかなり近くなってきたようです。今回、愛媛県で見学するのは2箇所の続日本百名城ですが、日本百名城は5城ありました。今治城、湯築城、松山城、大洲城と宇和島城です。

  • 次の道案内標識の紹介です。直進が49号線の『早川』、左折が317号線の『しまなみ海道・下田水港』の表示がありました。その左下の地図には『大島』の表示がありました。目的地は、『大島』にある『村上水軍博物館』方面ですから、左折の317号線側です。

    次の道案内標識の紹介です。直進が49号線の『早川』、左折が317号線の『しまなみ海道・下田水港』の表示がありました。その左下の地図には『大島』の表示がありました。目的地は、『大島』にある『村上水軍博物館』方面ですから、左折の317号線側です。

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