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カイロ空港からバスで市内へ移動しますが、この日は金曜日だったので礼拝の時間と重なってしまい、予定を変更して「エジプト考古学博物館」の見学が先になりました。いよいよ念願の博物館です。旅行前から新しい博物館のことは知っていて、収蔵品の移動も始まったようなのでドキドキしながら出発を待っていました。何とか見なくてはならない有名なものは見ることが出来てよかったです。ここでもガイドさんの説明に沿って1時間以上見学をすることとなりました。有名な収蔵品のうちのいくつかだけで、同じ部屋の見たいものも飛ばしていくのでハラハラしながらの見学になってしまいました。途中からイヤフォンガイドで説明は聞きながら、先に同じ部屋の見たいものの写真を撮って、ツアーのメンバーが写真を撮った後に戻って写真を撮るという時間差で見学していました。こうしないと10数点の見学しかできなかったと思います。ツタンカーメンの別部屋はガイドできないので、ここで15分くらい自由見学があり、フリータイムは40分くらいしかありませんでした。元々2時間の見学時間では無理があったと思います。40分でミイラ室でラムセス2世に会って、ガイドブックに掲載された収蔵品は何とか見ることが出来たと思います。かなりフラストレーションが残る見学だったので、次回は新し博物館が出来てから収蔵品が移動してからもう一度来ようと思いました。そう考えると古い博物館の建物に来ることが出来てよかったとも思えました。集合時間の10分前にセキュリティーを出るとお土産品を売っているエリアに出ました。かなりスカスカな感じがしましたが、ガイドブックと絵葉書だけでも買えたので良かったです。ツアーの案内に博物館の見学時間が架かれていたら最低3時間確保したツアーがおすすめです。<br />

Wonder one dollar! HISエジプト8日間の旅(16)カイロ考古学博物館で53年振りにツタンカーメンの黄金マスクと再会する。

23いいね!

2018/12/14 - 2018/12/14

307位(同エリア1691件中)

旅行記グループ 2018 エジプトの旅

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kojikoji

kojikojiさん

カイロ空港からバスで市内へ移動しますが、この日は金曜日だったので礼拝の時間と重なってしまい、予定を変更して「エジプト考古学博物館」の見学が先になりました。いよいよ念願の博物館です。旅行前から新しい博物館のことは知っていて、収蔵品の移動も始まったようなのでドキドキしながら出発を待っていました。何とか見なくてはならない有名なものは見ることが出来てよかったです。ここでもガイドさんの説明に沿って1時間以上見学をすることとなりました。有名な収蔵品のうちのいくつかだけで、同じ部屋の見たいものも飛ばしていくのでハラハラしながらの見学になってしまいました。途中からイヤフォンガイドで説明は聞きながら、先に同じ部屋の見たいものの写真を撮って、ツアーのメンバーが写真を撮った後に戻って写真を撮るという時間差で見学していました。こうしないと10数点の見学しかできなかったと思います。ツタンカーメンの別部屋はガイドできないので、ここで15分くらい自由見学があり、フリータイムは40分くらいしかありませんでした。元々2時間の見学時間では無理があったと思います。40分でミイラ室でラムセス2世に会って、ガイドブックに掲載された収蔵品は何とか見ることが出来たと思います。かなりフラストレーションが残る見学だったので、次回は新し博物館が出来てから収蔵品が移動してからもう一度来ようと思いました。そう考えると古い博物館の建物に来ることが出来てよかったとも思えました。集合時間の10分前にセキュリティーを出るとお土産品を売っているエリアに出ました。かなりスカスカな感じがしましたが、ガイドブックと絵葉書だけでも買えたので良かったです。ツアーの案内に博物館の見学時間が架かれていたら最低3時間確保したツアーがおすすめです。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
グルメ
5.0
ショッピング
5.0
交通
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
20万円 - 25万円
交通手段
観光バス タクシー 徒歩 飛行機
航空会社
エジプト航空
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
  • 空港を午前10時30分に出発です。当初の予定はモスクでしたが、金曜日の礼拝の時間に当たるために「エジプト考古学博物館」の見学を先にするようです。

    空港を午前10時30分に出発です。当初の予定はモスクでしたが、金曜日の礼拝の時間に当たるために「エジプト考古学博物館」の見学を先にするようです。

  • 空港から市内に向かう高速道路からは巨大なミナレット(尖塔)とドームを持つモスクがいくつも見えました。

    空港から市内に向かう高速道路からは巨大なミナレット(尖塔)とドームを持つモスクがいくつも見えました。

  • 現代的な街並みにそぐわない雰囲気も感じさせます。しかしバランス的にもミナレットの高さが尋常ではありません。

    現代的な街並みにそぐわない雰囲気も感じさせます。しかしバランス的にもミナレットの高さが尋常ではありません。

  • バスの中で博物館の撮影料金とミイラ室の料金を支払いして、ようやく手に入った50エジプトポンド札は「アブー・ハリアブー・ハリバ・モスク」と「エドフ神殿」です。エドフに行ったのはもう遠い昔のようです。オーダーポロシャツにも金色に刺繍してもらった有翼の太陽円盤も描かれています。

    バスの中で博物館の撮影料金とミイラ室の料金を支払いして、ようやく手に入った50エジプトポンド札は「アブー・ハリアブー・ハリバ・モスク」と「エドフ神殿」です。エドフに行ったのはもう遠い昔のようです。オーダーポロシャツにも金色に刺繍してもらった有翼の太陽円盤も描かれています。

  • 午前10時50分にエジプト考古学博物館に到着しました。入場料金はツアー代金に含まれていますが、館内の写真撮影代金50エジプトポンドとミイラの見学チケット1人150エジプトポンドが別途に必要です。

    午前10時50分にエジプト考古学博物館に到着しました。入場料金はツアー代金に含まれていますが、館内の写真撮影代金50エジプトポンドとミイラの見学チケット1人150エジプトポンドが別途に必要です。

  • ゲートの右側にセキュリティがあって荷物のチェックがあります。ちゃんと画面をチェックしていました。

    ゲートの右側にセキュリティがあって荷物のチェックがあります。ちゃんと画面をチェックしていました。

  • 2018年で116周年記念のアニバーサリーです。1902年にこの建物になってからの歴史です。

    2018年で116周年記念のアニバーサリーです。1902年にこの建物になってからの歴史です。

  • まずはスフィンクスがお出迎えです。

    まずはスフィンクスがお出迎えです。

  • ファサードの左右を飾るのはクレオパトラ7世の姿です。

    ファサードの左右を飾るのはクレオパトラ7世の姿です。

  • プトレマイオス朝時代の女王なのでエジプト人ではなく、ギリシャ人を思わせますが、20世紀初頭のフランス彫刻の雰囲気も感じます。

    プトレマイオス朝時代の女王なのでエジプト人ではなく、ギリシャ人を思わせますが、20世紀初頭のフランス彫刻の雰囲気も感じます。

  • ゲートの頭頂部にはハトホル女神の像が置かれています。

    ゲートの頭頂部にはハトホル女神の像が置かれています。

  • さあ内部の見学に移ります。

    さあ内部の見学に移ります。

  • ここでもイヤフォンガイドをつけてガイドさんの説明を聞きながら進みます。入口周りは各国の団体さんでとても混雑しています。主だった収蔵品の説明を受けた後は40分ほど自由時間がもらえます。約2時間の見学時間でしたが、まったく時間が足りません。写真を撮りながら見学したら最低でも半日は必要だと思います。

    ここでもイヤフォンガイドをつけてガイドさんの説明を聞きながら進みます。入口周りは各国の団体さんでとても混雑しています。主だった収蔵品の説明を受けた後は40分ほど自由時間がもらえます。約2時間の見学時間でしたが、まったく時間が足りません。写真を撮りながら見学したら最低でも半日は必要だと思います。

  • 正面から入ってすぐの部屋にある「ジュセル王の座像」です。古い木製枠のガラスケースに入っています。多分開館当初からのものでは無いでしょうか。10年ほど前に行った中国の「旅順博物館」も同じ頃の木製の見事なケースで展示していたのを思い出しました。<br />

    正面から入ってすぐの部屋にある「ジュセル王の座像」です。古い木製枠のガラスケースに入っています。多分開館当初からのものでは無いでしょうか。10年ほど前に行った中国の「旅順博物館」も同じ頃の木製の見事なケースで展示していたのを思い出しました。

  • ジュセル王はセド祭の衣服で身を包んでいます。等身大の像としてはエジプト最古の像で、台座の正面にネチェルケト王の名前と称号が刻まれてます。

    ジュセル王はセド祭の衣服で身を包んでいます。等身大の像としてはエジプト最古の像で、台座の正面にネチェルケト王の名前と称号が刻まれてます。

  • そして3つの部分からなるかつらが首の両脇に2本の帯状に垂れ下がってます。その上からネメス頭巾で頭部を覆っています。<br />

    そして3つの部分からなるかつらが首の両脇に2本の帯状に垂れ下がってます。その上からネメス頭巾で頭部を覆っています。

  • 「メンカウラー王の三柱神像」も有名な収蔵品です。この三柱神像のメンカウラー像は白冠(上エジプトの王冠)を被って、ジェンディトと襞つきの腰布をつけています。王の左足が前に出ているので生きている王を意味します。<br />

    「メンカウラー王の三柱神像」も有名な収蔵品です。この三柱神像のメンカウラー像は白冠(上エジプトの王冠)を被って、ジェンディトと襞つきの腰布をつけています。王の左足が前に出ているので生きている王を意味します。

  • 左側には牝牛の角と太陽円盤を頭に載せたハトホル女神が立ち、彼女の左手はメンカウラー王の左腕に添えられています。右側には女神とほぼ同じ身長の女性が立っています。女神の頭上には上エジプト第17ノモスの州都ディオスポリス・パルヴァアのシンボルが載っています。同じく彼女の右手はファラオの右腕に添えられていますがバランスが悪いです。

    左側には牝牛の角と太陽円盤を頭に載せたハトホル女神が立ち、彼女の左手はメンカウラー王の左腕に添えられています。右側には女神とほぼ同じ身長の女性が立っています。女神の頭上には上エジプト第17ノモスの州都ディオスポリス・パルヴァアのシンボルが載っています。同じく彼女の右手はファラオの右腕に添えられていますがバランスが悪いです。

  • 台座はじめ全てが1枚の硬砂岩から掘り出されています。足元には女神とノモスからの供物、そしてファラオの名前を意味するヒエログリフが刻まれています。ファラオの名前は2つ刻まれていて上下エジプトの統治者としてのメンカウラーと、もう1つは彼のホルス名である「カクイ」が記されています。

    台座はじめ全てが1枚の硬砂岩から掘り出されています。足元には女神とノモスからの供物、そしてファラオの名前を意味するヒエログリフが刻まれています。ファラオの名前は2つ刻まれていて上下エジプトの統治者としてのメンカウラーと、もう1つは彼のホルス名である「カクイ」が記されています。

  • 「ウセルカフの頭像」<br />ウセルカフはエジプト第5王朝の創設者で、アブシールに太陽の神殿を建設する最初のファラオです。ウセルカフの名前は「カーは力強い」という意味で、紀元前2494年から紀元前2487年にかけてエジプトを治め、サッカラに「ウセルカフのピラミッド」を建設しています。

    「ウセルカフの頭像」
    ウセルカフはエジプト第5王朝の創設者で、アブシールに太陽の神殿を建設する最初のファラオです。ウセルカフの名前は「カーは力強い」という意味で、紀元前2494年から紀元前2487年にかけてエジプトを治め、サッカラに「ウセルカフのピラミッド」を建設しています。

  • 最初のうちはガイドさんについて説明を聞いていましたが、そうすると写真が撮れないので、耳では説明を聞きながら先にほかの収蔵品の写真を撮り、移動する前に説明されたものの写真を撮りました。どうしても同じツアーの人が写真を撮るのを待たなければならないですから。それにガイドさんの好みのものしか説明されないので、同じ部屋の有名な作品も素通りする場合があります。ある程度の有名な作品を覚えておかないと漠然とした見学になってしまいます。

    最初のうちはガイドさんについて説明を聞いていましたが、そうすると写真が撮れないので、耳では説明を聞きながら先にほかの収蔵品の写真を撮り、移動する前に説明されたものの写真を撮りました。どうしても同じツアーの人が写真を撮るのを待たなければならないですから。それにガイドさんの好みのものしか説明されないので、同じ部屋の有名な作品も素通りする場合があります。ある程度の有名な作品を覚えておかないと漠然とした見学になってしまいます。

  • 「カフラー王座像」<br />カフラー王はクフ王の息子でギザの第2ピラミッドの建造者として知られていますがクフ王の後継者ではなく、クフ王の後継者で兄のジェドエフラー王の死後に王位を継承しています。部分的に修復されたこの像はもともとギザのカフラー王の河岸神殿に置かれていたもので、王は正面を見据える姿で表現されています。

    「カフラー王座像」
    カフラー王はクフ王の息子でギザの第2ピラミッドの建造者として知られていますがクフ王の後継者ではなく、クフ王の後継者で兄のジェドエフラー王の死後に王位を継承しています。部分的に修復されたこの像はもともとギザのカフラー王の河岸神殿に置かれていたもので、王は正面を見据える姿で表現されています。

  • 額の中央から頭にかけてウラエウス・コブラを戴いたネメス頭巾を被り、顎髭をつけ、襞の着いた王の腰布であるシェンディトを身につけています。右手で布を握り、左手はまっすぐにして左膝に置いています。

    額の中央から頭にかけてウラエウス・コブラを戴いたネメス頭巾を被り、顎髭をつけ、襞の着いた王の腰布であるシェンディトを身につけています。右手で布を握り、左手はまっすぐにして左膝に置いています。

  • 玉座の前面には足の両側にカフラー王のホルス名「ウセル・イブ」とカルトゥーシュに記されたカフラーの名が刻まれ、玉座の側面には下エジプト、すなわちエジプト北部を象徴するロータスと上エジプトと呼ばれるエジプト南部を象徴するパピルスが結び合わされた形で両地域の統一を表す「セマ・タウイ」が描かれています。

    玉座の前面には足の両側にカフラー王のホルス名「ウセル・イブ」とカルトゥーシュに記されたカフラーの名が刻まれ、玉座の側面には下エジプト、すなわちエジプト北部を象徴するロータスと上エジプトと呼ばれるエジプト南部を象徴するパピルスが結び合わされた形で両地域の統一を表す「セマ・タウイ」が描かれています。

  • そしてこの横顔はエジプトの10ポンド紙幣の裏側のイラストのモデルでもあります。この像の説明はありませんでした。

    そしてこの横顔はエジプトの10ポンド紙幣の裏側のイラストのモデルでもあります。この像の説明はありませんでした。

  • 10エジプトポンド札を見比べると間違いありません。

    10エジプトポンド札を見比べると間違いありません。

  • 200エジプトポンドの書記座像も同じ部屋にあるはずなのですが、混雑していて見逃したのか…。新しい博物館に移動していたのか分かりません。

    200エジプトポンドの書記座像も同じ部屋にあるはずなのですが、混雑していて見逃したのか…。新しい博物館に移動していたのか分かりません。

  • 「カーアペルの像」<br />この像についてガイドのヒマさんは熱弁をふるっていました。この彫像は「村長」を意味する「シェイク・アル=バラード」として知られています。朗唱神官を表した像で、名前はカーアペルというそうです。この神官はエジプトの彫像ではあまり見られない姿で表現されています。

    「カーアペルの像」
    この像についてガイドのヒマさんは熱弁をふるっていました。この彫像は「村長」を意味する「シェイク・アル=バラード」として知られています。朗唱神官を表した像で、名前はカーアペルというそうです。この神官はエジプトの彫像ではあまり見られない姿で表現されています。

  • 両腕以外はイチジクの一木造りだそうです。「この博物館に収蔵されているものは全て本物です。ただ1つ偽物があります。それはこの像の杖です。」そう、この人の持つ杖だけがオリジナルでは無いそうです。

    両腕以外はイチジクの一木造りだそうです。「この博物館に収蔵されているものは全て本物です。ただ1つ偽物があります。それはこの像の杖です。」そう、この人の持つ杖だけがオリジナルでは無いそうです。

  • 日本人には馴染みを感じる木造だと思います。造り方は鎌倉時代の木像と同じように玉眼と呼ばれる水晶の目がはめ込まれています。第5王朝のウセルカフ王の時代(BC2465-BC2458年)ですから、鎌倉時代から数えても3650年前にエジプトには運慶や快慶と並ぶような名工がいた訳です。<br />

    日本人には馴染みを感じる木造だと思います。造り方は鎌倉時代の木像と同じように玉眼と呼ばれる水晶の目がはめ込まれています。第5王朝のウセルカフ王の時代(BC2465-BC2458年)ですから、鎌倉時代から数えても3650年前にエジプトには運慶や快慶と並ぶような名工がいた訳です。

  • 「クフ王の像」<br />クフ王は古代エジプトのファラオでエジプト第4王朝を統治したファラオです。前王のスネフェルから王位を継承し、世界七不思議の1つであるギザの大ピラミッドを建造させた人物であるとされていますが、彼の治世の記録はあまり多く残されてはいないそうです。

    「クフ王の像」
    クフ王は古代エジプトのファラオでエジプト第4王朝を統治したファラオです。前王のスネフェルから王位を継承し、世界七不思議の1つであるギザの大ピラミッドを建造させた人物であるとされていますが、彼の治世の記録はあまり多く残されてはいないそうです。

  • クフ王の姿を確認することができる完全な状態で残った像は1903年にアビュドスにある後世の神殿遺跡から発見された10センチほどの大きさの象牙製のこの像が唯一の物だそうです。他のレリーフと彫像は断片しか見つかっておらず、彼が建てた多くの建造物はすでに失われています。

    クフ王の姿を確認することができる完全な状態で残った像は1903年にアビュドスにある後世の神殿遺跡から発見された10センチほどの大きさの象牙製のこの像が唯一の物だそうです。他のレリーフと彫像は断片しか見つかっておらず、彼が建てた多くの建造物はすでに失われています。

  • 「ペピ1世の銅像」<br />ペピ1世はテティの子として生まれ、紀元前2332年に叛乱を起こして弟で第2代ファラオのウセルカラーを退位させて自らが王となります。古代ギリシャのブロンズ像を思わせる体躯です。<br />

    「ペピ1世の銅像」
    ペピ1世はテティの子として生まれ、紀元前2332年に叛乱を起こして弟で第2代ファラオのウセルカラーを退位させて自らが王となります。古代ギリシャのブロンズ像を思わせる体躯です。

  • この像はエドフ南部のヒエラコンポリス(Knm el-Ahmar)にあるホルスの丘で発見されました。石をはめ込んだギリシャのブロンズ像を初めて見たのはデルフィの博物館でしたが、その時の驚きを思い出しました。

    この像はエドフ南部のヒエラコンポリス(Knm el-Ahmar)にあるホルスの丘で発見されました。石をはめ込んだギリシャのブロンズ像を初めて見たのはデルフィの博物館でしたが、その時の驚きを思い出しました。

  • 「ラーへテプとネフェルトの座像」<br />第4王朝のスネフェル王の時代(BC2575-BC2551年)に造られたものです。男女の描写はエジプトでは一般的に男性は常に褐色で、女性は薄い黄色で描かれています。背もたれには「王を知る者、ネフェルト」というヒエログリフの碑銘が記されています。ラーヘテプは、クフ王の兄弟、もしくは異母兄弟だそうです。

    「ラーへテプとネフェルトの座像」
    第4王朝のスネフェル王の時代(BC2575-BC2551年)に造られたものです。男女の描写はエジプトでは一般的に男性は常に褐色で、女性は薄い黄色で描かれています。背もたれには「王を知る者、ネフェルト」というヒエログリフの碑銘が記されています。ラーヘテプは、クフ王の兄弟、もしくは異母兄弟だそうです。

  • 古代ギリシャやエトルリアや古代ローマの墓碑や棺に表された夫婦愛や家族愛の感じられる彫刻やレリーフに心打たれることが多かったのですが、今回古代エジプトの夫婦愛や家族愛を感じさせられる彫刻はここで初めて見ました。クオリティの高さにも驚かされましたが、数千年前の物とは思えない色彩の鮮やかさにも感動します。

    古代ギリシャやエトルリアや古代ローマの墓碑や棺に表された夫婦愛や家族愛の感じられる彫刻やレリーフに心打たれることが多かったのですが、今回古代エジプトの夫婦愛や家族愛を感じさせられる彫刻はここで初めて見ました。クオリティの高さにも驚かされましたが、数千年前の物とは思えない色彩の鮮やかさにも感動します。

  • 女性に比べ男性像はシンプルな気がします。これまでの旅で出会ったワンダラーおじさんたちを思い出します。

    女性に比べ男性像はシンプルな気がします。これまでの旅で出会ったワンダラーおじさんたちを思い出します。

  • キャプションには「アイラブユーマイファミリー」と書かれてありました。3500年前の家族でご主人の名前は「Weha」で奥さんの名前は「Izuw」です。足元には2人の子供の姿があります。<br /><br />

    キャプションには「アイラブユーマイファミリー」と書かれてありました。3500年前の家族でご主人の名前は「Weha」で奥さんの名前は「Izuw」です。足元には2人の子供の姿があります。

  • 市井の人々でもファラオと王妃や神々の像と同じように女性が男性に手を回している姿がほほえましいです。

    市井の人々でもファラオと王妃や神々の像と同じように女性が男性に手を回している姿がほほえましいです。

  • 「セネブと家族の像」<br />セネブは王の衣装係で第5王朝のクフ王とジェドエフラー王の神官としても仕えていました。彼の体躯には小人症の影響がみられるようです。妻のセネトイテスの肌は非常に明るい色で彩色されています。2人の子供は裸で指をくわえています。<br />左の男の子は子供特有の編み込んだ頭をしています。ガイドさんによると古代エジプトで裸体で表された場合は全て子供だということです。

    「セネブと家族の像」
    セネブは王の衣装係で第5王朝のクフ王とジェドエフラー王の神官としても仕えていました。彼の体躯には小人症の影響がみられるようです。妻のセネトイテスの肌は非常に明るい色で彩色されています。2人の子供は裸で指をくわえています。
    左の男の子は子供特有の編み込んだ頭をしています。ガイドさんによると古代エジプトで裸体で表された場合は全て子供だということです。

  • 「マイドゥームの雁」<br />第4王朝時代に描かれたマスタバ墳墓の通路に描かれていたフレスコ画です。ガイドのヒマさん曰く「世界で一番古い絵画」だということです。「絵画」の定義があいまいだとは思いますが、洞窟などに描かれた壁画などは除かれると思います。<br />

    「マイドゥームの雁」
    第4王朝時代に描かれたマスタバ墳墓の通路に描かれていたフレスコ画です。ガイドのヒマさん曰く「世界で一番古い絵画」だということです。「絵画」の定義があいまいだとは思いますが、洞窟などに描かれた壁画などは除かれると思います。

  • 第4王朝というと紀元前2500年から2600年前ですので、3500年前の絵画だと思うとその写実性に驚かされます。どんな種類のグースとか分かるのでしょうね。

    第4王朝というと紀元前2500年から2600年前ですので、3500年前の絵画だと思うとその写実性に驚かされます。どんな種類のグースとか分かるのでしょうね。

  • ナイル川クルーズで見てきた数々の鳥たちを思い出させます。

    ナイル川クルーズで見てきた数々の鳥たちを思い出させます。

  • 大きな神像やファラオの彫刻も素晴らしいですが、このような収蔵品を見るとホッとします。

    大きな神像やファラオの彫刻も素晴らしいですが、このような収蔵品を見るとホッとします。

  • この辺りは展示室とも通路とも区別のつかない部屋に石像が数多く置かれています。1つ1つが何なのか確認する時間もありません。

    この辺りは展示室とも通路とも区別のつかない部屋に石像が数多く置かれています。1つ1つが何なのか確認する時間もありません。

  • 「ハトシェプスト女王像頭部」<br />ルクソールの西岸 ディル・エル・バハリのハトシェプスト女王が葬祭殿より出土した第3テラスの柱廊を飾るオシリス柱のひとつだったものです。<br />

    「ハトシェプスト女王像頭部」
    ルクソールの西岸 ディル・エル・バハリのハトシェプスト女王が葬祭殿より出土した第3テラスの柱廊を飾るオシリス柱のひとつだったものです。

  • 葬祭殿に残っていた石像は薄く顔の色が分かる程度でしたが、この収蔵品を思い出して往時の色彩を想像しました。その現物にようやく逢えました。当時の風習で考えると男性を表す顔色ですし、顎鬚をつるした黒い紐もきれいに残っています。ただその顔つきは明らかに女性のもののようでした。

    葬祭殿に残っていた石像は薄く顔の色が分かる程度でしたが、この収蔵品を思い出して往時の色彩を想像しました。その現物にようやく逢えました。当時の風習で考えると男性を表す顔色ですし、顎鬚をつるした黒い紐もきれいに残っています。ただその顔つきは明らかに女性のもののようでした。

  • セクメトはプタハ神の妻としてメンフィスの三柱神の一を成す女神です。雌ライオンの頭部を持つ女性の姿で表されるのが一般的で、名前は「強力な女性」を意味します。太陽神ラーの右目より生み出されたエジプト神話最強の破壊神です。人類を抹殺しようとして神々さえも震え上がらせたほどで、エジプトの砂漠が赤いのはそのときセクメトに殺された多数の人間に血に染まったからという説もあるそうです。

    セクメトはプタハ神の妻としてメンフィスの三柱神の一を成す女神です。雌ライオンの頭部を持つ女性の姿で表されるのが一般的で、名前は「強力な女性」を意味します。太陽神ラーの右目より生み出されたエジプト神話最強の破壊神です。人類を抹殺しようとして神々さえも震え上がらせたほどで、エジプトの砂漠が赤いのはそのときセクメトに殺された多数の人間に血に染まったからという説もあるそうです。

  • 石像の置かれた1階の左奥が出口になります。ガイドさんと一緒に出口を確認して、集合場所の案内があり大階段を2階に上がります。ガイドツアーとしては1階はこれで終わりです。

    石像の置かれた1階の左奥が出口になります。ガイドさんと一緒に出口を確認して、集合場所の案内があり大階段を2階に上がります。ガイドツアーとしては1階はこれで終わりです。

  • 2階に上がった第7室からがツタンカーメン王墓にあった遺物が展示されています。いきなりここから「第1の厨子」と呼ばれる4重の厨子の一番外側が巨大なガラスケースに収まっています。

    2階に上がった第7室からがツタンカーメン王墓にあった遺物が展示されています。いきなりここから「第1の厨子」と呼ばれる4重の厨子の一番外側が巨大なガラスケースに収まっています。

  • 一番外側の厨子なので小さな部屋くらいある大きさです。表側にはイシス女神の結び目(チェト)とジェド柱をデザインした模様で覆われています。ツタンカーメンの王墓を見てきた後だと、あの小さな階段から続く部屋の中へどうやって持ち込んだのだろうと考えます。

    一番外側の厨子なので小さな部屋くらいある大きさです。表側にはイシス女神の結び目(チェト)とジェド柱をデザインした模様で覆われています。ツタンカーメンの王墓を見てきた後だと、あの小さな階段から続く部屋の中へどうやって持ち込んだのだろうと考えます。

  • 3段のスリットの入った2本の棒が「ジェド柱」と呼ばれるもので、元来は穀物の穂を結びつけた柱で、イシス女神が夫オシリスの死体を隠した木の幹を表したものともオシリス神の背骨ともみなされています。再生のための力や復活を意味するそうです。前日ルクソール西岸の王妃の谷のネフェルタリ王妃の墓の埋葬室の4本柱に美しく描かれていたのを思い出します。「チェト」はアンクの異形の護符です。

    3段のスリットの入った2本の棒が「ジェド柱」と呼ばれるもので、元来は穀物の穂を結びつけた柱で、イシス女神が夫オシリスの死体を隠した木の幹を表したものともオシリス神の背骨ともみなされています。再生のための力や復活を意味するそうです。前日ルクソール西岸の王妃の谷のネフェルタリ王妃の墓の埋葬室の4本柱に美しく描かれていたのを思い出します。「チェト」はアンクの異形の護符です。

  • 木製のパネルで構成された箱は組み立て式だったのでしょう。外側は精緻な彫刻で覆われ、純度の高い金で装飾されています。青色はラピスラズリの粉末で作られた顔料で塗られているようです。

    木製のパネルで構成された箱は組み立て式だったのでしょう。外側は精緻な彫刻で覆われ、純度の高い金で装飾されています。青色はラピスラズリの粉末で作られた顔料で塗られているようです。

  • この厨子に描かれた頭のない動物は何なのでしょう。

    この厨子に描かれた頭のない動物は何なのでしょう。

  • 「第2の厨子」は金箔貼りになっています。全体は金色の箱なのと、ガラスケースに収まっているので写真に収めにくいです。パネルには翼を広げたイシス女神とネフティス女神の姿が筋彫りされています。側面にはホルス神の身体に入る太陽エネルギーを物語るクリプトグラフィーと呼ばれる呪文が描かれています。

    「第2の厨子」は金箔貼りになっています。全体は金色の箱なのと、ガラスケースに収まっているので写真に収めにくいです。パネルには翼を広げたイシス女神とネフティス女神の姿が筋彫りされています。側面にはホルス神の身体に入る太陽エネルギーを物語るクリプトグラフィーと呼ばれる呪文が描かれています。

  • 第2の厨子のイシス女神くらいまでは今まで見てきた神殿のレリーフくらいなので驚きませんが、それ以外のレリーフは奇妙奇天烈という言葉がぴったりはまるような不思議な世界観です。<br />

    第2の厨子のイシス女神くらいまでは今まで見てきた神殿のレリーフくらいなので驚きませんが、それ以外のレリーフは奇妙奇天烈という言葉がぴったりはまるような不思議な世界観です。

  • 右側のオシリス神は死後の再生と生命を象徴で冥界の王です。頭には白冠を被り王笏と殻竿を持った姿で描かれています。対峙するファラオは当然ツタンカーメンで、ネメス頭巾の上にプスケント冠を被っています。

    右側のオシリス神は死後の再生と生命を象徴で冥界の王です。頭には白冠を被り王笏と殻竿を持った姿で描かれています。対峙するファラオは当然ツタンカーメンで、ネメス頭巾の上にプスケント冠を被っています。

  • ヒエログリフの文中にいくつもツタンカーメンのカルトゥーシュが書かれているのが分かります。

    ヒエログリフの文中にいくつもツタンカーメンのカルトゥーシュが書かれているのが分かります。

  • この第2の厨子と第3の厨子のデザインは非常に面白かったので、もっと写真を撮って来れば良かったと思います。

    この第2の厨子と第3の厨子のデザインは非常に面白かったので、もっと写真を撮って来れば良かったと思います。

  • 扉にはイシス女神が美しく描かれていました。今回の旅で一番惹かれたのがこのイシス女神だったと思います。

    扉にはイシス女神が美しく描かれていました。今回の旅で一番惹かれたのがこのイシス女神だったと思います。

  • 「カノポス厨子」まで到着しました。これも見たかった収蔵品の1つです。文字通りカノポスという臓器を収める壺を入れるための箱です。天蓋の周囲を取り巻く凹面の軒蛇腹を縁取り、太陽円盤をいただくウエラウスの帯状の装飾が施されています。エドフの神殿で見た装飾を思い出します。

    「カノポス厨子」まで到着しました。これも見たかった収蔵品の1つです。文字通りカノポスという臓器を収める壺を入れるための箱です。天蓋の周囲を取り巻く凹面の軒蛇腹を縁取り、太陽円盤をいただくウエラウスの帯状の装飾が施されています。エドフの神殿で見た装飾を思い出します。

  • 厨子の箱本体には筋彫りの不思議なレリーフが描かれていますが、肉眼で見たかったのは周囲の女神たちです。

    厨子の箱本体には筋彫りの不思議なレリーフが描かれていますが、肉眼で見たかったのは周囲の女神たちです。

  • 頭の上に足のないサソリを載せたのはセルケト女神です。イシスが幼いホルスを守るためサソリを護衛につけたという神話から、セルケトはイシスの眷属ともされています。また壁画などに描かれるときはサソリが動き出して害をなさないように足と尻尾をもぎ取った形で表されます。

    頭の上に足のないサソリを載せたのはセルケト女神です。イシスが幼いホルスを守るためサソリを護衛につけたという神話から、セルケトはイシスの眷属ともされています。また壁画などに描かれるときはサソリが動き出して害をなさないように足と尻尾をもぎ取った形で表されます。

  • 天蓋を支える柱と柱の間には女神像が内側を向き、両手を広げた守護の姿勢で立ってます。これらの像は死者の守護神で、イシス女神は肝臓を、ネフティス女神は肺を、ネイト女神は胃を、セルケト女神は腸を守りました。<br />

    天蓋を支える柱と柱の間には女神像が内側を向き、両手を広げた守護の姿勢で立ってます。これらの像は死者の守護神で、イシス女神は肝臓を、ネフティス女神は肺を、ネイト女神は胃を、セルケト女神は腸を守りました。

  • 女神はそれぞれ頭上にのせたヒエログリフのシンボルによって識別できます。この像は4体とも頭巾を被り、長い髪が背中に垂れ下がってます。眉と目の縁飾り、瞳は黒で眼球は白に彩色されてます。<br />

    女神はそれぞれ頭上にのせたヒエログリフのシンボルによって識別できます。この像は4体とも頭巾を被り、長い髪が背中に垂れ下がってます。眉と目の縁飾り、瞳は黒で眼球は白に彩色されてます。

  • 頭に椅子を載せたのはイシス女神です。名前は「椅子」という意味で玉座(現世の王権)を神格化した女神ともされ、その場合は頭頂に玉座を載せた姿で表されます。夫オシリスや息子ホルスを守る者でもあります。不謹慎ですが何とも色っぽい後ろ姿です。

    頭に椅子を載せたのはイシス女神です。名前は「椅子」という意味で玉座(現世の王権)を神格化した女神ともされ、その場合は頭頂に玉座を載せた姿で表されます。夫オシリスや息子ホルスを守る者でもあります。不謹慎ですが何とも色っぽい後ろ姿です。

  • 「ツタンカーメンのカノプス壺」<br />第18王朝の王ファラオであるツタンカーメンの死後、ミイラとともにその臓器を保管していた壺です。これが厨子の中に収められていたわけです。

    「ツタンカーメンのカノプス壺」
    第18王朝の王ファラオであるツタンカーメンの死後、ミイラとともにその臓器を保管していた壺です。これが厨子の中に収められていたわけです。

  • アラバスターで造られた箱の内部は4つに仕切られ、同じ方解石(アラバスター)で造られた4つの頭部が各しきりの蓋になっています。更に仕切りの中にはマトリョーシカのように黄金のミイラ型の小型棺が入ってました。それぞれの小型棺は防腐処理を施した王の内臓を入れるための容器です。

    アラバスターで造られた箱の内部は4つに仕切られ、同じ方解石(アラバスター)で造られた4つの頭部が各しきりの蓋になっています。更に仕切りの中にはマトリョーシカのように黄金のミイラ型の小型棺が入ってました。それぞれの小型棺は防腐処理を施した王の内臓を入れるための容器です。

  • 妻にとっても念願のエジプト旅行なので、いつになく真剣に見学しています。

    妻にとっても念願のエジプト旅行なので、いつになく真剣に見学しています。

  • 有翼の太陽円盤の下にはツタンカーメン王のカルトゥーシュが読み取れます。

    有翼の太陽円盤の下にはツタンカーメン王のカルトゥーシュが読み取れます。

  • ガイドさんの説明ではツタンカーメンのものであろう血液が固まったものだそうです。

    ガイドさんの説明ではツタンカーメンのものであろう血液が固まったものだそうです。

  • 窓側の大きな一部屋がツタンカーメンの黄金のマスクなどの宝物が納められた部屋です。手に持っているのは1965年の「ツタカーメン展」へ行った際に父が購入したパンフレットです。東京と京都と福岡で開催され295万人が見に行ったそうです。我が家もその中の4人です。

    窓側の大きな一部屋がツタンカーメンの黄金のマスクなどの宝物が納められた部屋です。手に持っているのは1965年の「ツタカーメン展」へ行った際に父が購入したパンフレットです。東京と京都と福岡で開催され295万人が見に行ったそうです。我が家もその中の4人です。

  • 表紙には金押しでツタンカーメンのカルトゥーシュが描かれています。右がネスウビト・ネブ・ケペルゥ・ラー(太陽神ラーの出現の主)で、名前の2文字目はスカラベです。読み方が逆ですが、これもラー神への尊敬の一表現だそうです。左側はサー・ラー・トゥト・アンク・アメン ヘカァ・イウヌウ・シェマァ(アメン神の生ける姿/ヘリオポリスの支配者)という意味だそうです。

    表紙には金押しでツタンカーメンのカルトゥーシュが描かれています。右がネスウビト・ネブ・ケペルゥ・ラー(太陽神ラーの出現の主)で、名前の2文字目はスカラベです。読み方が逆ですが、これもラー神への尊敬の一表現だそうです。左側はサー・ラー・トゥト・アンク・アメン ヘカァ・イウヌウ・シェマァ(アメン神の生ける姿/ヘリオポリスの支配者)という意味だそうです。

  • さあ本を持って博物館の至宝の見学に入ります。この中は写真撮影は禁止です。エジプト人のおばさんとかがスマホで撮影して怒られていました。

    さあ本を持って博物館の至宝の見学に入ります。この中は写真撮影は禁止です。エジプト人のおばさんとかがスマホで撮影して怒られていました。

  • 日本に来た53年前に撮影されたツタンカーメンの黄金のマスクです。再会したマスクは53年間覚えていた大きさと輝きでした。ただ、東京の会場はものすごい人だったのと暗い部屋だったことも覚えています。

    日本に来た53年前に撮影されたツタンカーメンの黄金のマスクです。再会したマスクは53年間覚えていた大きさと輝きでした。ただ、東京の会場はものすごい人だったのと暗い部屋だったことも覚えています。

  • 重さは11キロで23カラットという純度の高い金で作られていますが、表面の部分的には銀を混ぜた18カラットから21カラットがごく薄く塗られているそうです。ネメス冠の青いストライブをどうやって象嵌したのかと不思議でしたが、鉛ガラスをはめ込んだそうです。耳の穴の疑問は発掘当時の写真を見て解けています。

    重さは11キロで23カラットという純度の高い金で作られていますが、表面の部分的には銀を混ぜた18カラットから21カラットがごく薄く塗られているそうです。ネメス冠の青いストライブをどうやって象嵌したのかと不思議でしたが、鉛ガラスをはめ込んだそうです。耳の穴の疑問は発掘当時の写真を見て解けています。

  • 黄金のマスク以外にも22カラットの黄金の板を打ち出した110キロの第3人型棺や貴石で象嵌された第2人型棺など、黄金のマスクに引けを取らない収蔵品が数多くありました。

    黄金のマスク以外にも22カラットの黄金の板を打ち出した110キロの第3人型棺や貴石で象嵌された第2人型棺など、黄金のマスクに引けを取らない収蔵品が数多くありました。

  • それ以外にも数々の装飾品の完成度の高さには驚かされました。

    それ以外にも数々の装飾品の完成度の高さには驚かされました。

  • 装飾品のデザインは3500年も前に完成されていて、その後の進化はあまりないように思えました。

    装飾品のデザインは3500年も前に完成されていて、その後の進化はあまりないように思えました。

  • 適当な写真が無いので王妃の谷で購入した本からお借りした写真を載せます。

    適当な写真が無いので王妃の谷で購入した本からお借りした写真を載せます。

  • ここでは10分の自由時間しかないので一通り見るだけで終わってしまいましたが、興奮しましたし、驚きの連続とため息しかでませんでした。

    ここでは10分の自由時間しかないので一通り見るだけで終わってしまいましたが、興奮しましたし、驚きの連続とため息しかでませんでした。

  • 再集合してさらにガイドさんの説明が続きます。もうそろそろ自由にさせてくれと思いますが、ツタンカーメンの至宝はこれから始まるといっても過言ではありません。

    再集合してさらにガイドさんの説明が続きます。もうそろそろ自由にさせてくれと思いますが、ツタンカーメンの至宝はこれから始まるといっても過言ではありません。

  • 説明を聞きながら近くのケースの宝物を見ていきます。

    説明を聞きながら近くのケースの宝物を見ていきます。

  • 小さなガラスケースに入った黄金のセクメト神。ケース越しに中央ギャラリーの吹き抜け部分が見えます。

    小さなガラスケースに入った黄金のセクメト神。ケース越しに中央ギャラリーの吹き抜け部分が見えます。

  • ホルス神の姿がたくさんあり、あまりに可愛らしいので写真を撮りまくりです。

    ホルス神の姿がたくさんあり、あまりに可愛らしいので写真を撮りまくりです。

  • こういったもののレプリカとかをちゃんと作って売ればよいのにと思います。しかしハヤブサの姿なのに、頭にダチョウの羽根を載せるという発想が素晴らしい。

    こういったもののレプリカとかをちゃんと作って売ればよいのにと思います。しかしハヤブサの姿なのに、頭にダチョウの羽根を載せるという発想が素晴らしい。

  • 葬祭用の寝台もいくつか置かれていました。有名な「メヘトウェレト女神形の葬祭用寝台」などは既に新しい博物館へ移送された後のようです。<br />

    葬祭用の寝台もいくつか置かれていました。有名な「メヘトウェレト女神形の葬祭用寝台」などは既に新しい博物館へ移送された後のようです。

  • これらはツタンカーメンが実際に使ったのではなく、ミイラを製作する過程でこの上に寝かされたようです。昨日ネフェルタリ王妃の墓で寝台の上に置かれたミイラの姿を見ました。

    これらはツタンカーメンが実際に使ったのではなく、ミイラを製作する過程でこの上に寝かされたようです。昨日ネフェルタリ王妃の墓で寝台の上に置かれたミイラの姿を見ました。

  • 「彩色小箱」は象牙や黒檀などで象嵌され、箱の側面4カ所に浮彫が施されています。モチーフはツタンカーメンとアンケセナーメンで、庭園の中で弓を射る姿が描かれています。

    「彩色小箱」は象牙や黒檀などで象嵌され、箱の側面4カ所に浮彫が施されています。モチーフはツタンカーメンとアンケセナーメンで、庭園の中で弓を射る姿が描かれています。

  • 「彩色画の櫃」は木製の箱に漆喰が塗られ、彩色画が描かれています。1面には津タンカーメン王がチャリオット(戦車)に乗ってアジア人を駆逐する姿、もう1面はヌビア人を蹴散らしています。蓋には王が砂漠で狩りをする姿が描かれています。

    「彩色画の櫃」は木製の箱に漆喰が塗られ、彩色画が描かれています。1面には津タンカーメン王がチャリオット(戦車)に乗ってアジア人を駆逐する姿、もう1面はヌビア人を蹴散らしています。蓋には王が砂漠で狩りをする姿が描かれています。

  • この姿はアブ・シンベル神殿でラムセス2世が洗車に乗り、弓を射る姿とほとんど同じです。馬のスピード感を表すための脚の本数などから読み取れます。王の上空には王権の後見人を表すメクベト女神のハゲタカの姿も読み取れます。

    この姿はアブ・シンベル神殿でラムセス2世が洗車に乗り、弓を射る姿とほとんど同じです。馬のスピード感を表すための脚の本数などから読み取れます。王の上空には王権の後見人を表すメクベト女神のハゲタカの姿も読み取れます。

  • 蓋の側面には有翼太陽円盤とウラエウスが鎌首をもたげています。その下には冠を被ったツタンカーメンのカルトゥーシュを護るように一対のスフィンクスが描かれています。そしてシェヌを持ったメクベト女神のハゲタカの姿もあります。シェヌは王命を入れるカルトゥーシュの枠のような文字です。

    蓋の側面には有翼太陽円盤とウラエウスが鎌首をもたげています。その下には冠を被ったツタンカーメンのカルトゥーシュを護るように一対のスフィンクスが描かれています。そしてシェヌを持ったメクベト女神のハゲタカの姿もあります。シェヌは王命を入れるカルトゥーシュの枠のような文字です。

  • ツタンカーメンのエリアに置かれていた美しい棺です。状態が良かったのと顔がローマ人かギリシャ人のようなので、かなり時代が下がったもののように見えました。

    ツタンカーメンのエリアに置かれていた美しい棺です。状態が良かったのと顔がローマ人かギリシャ人のようなので、かなり時代が下がったもののように見えました。

  • この後1階の棺の並ぶエリアにも降りたのですが、時間が無くて泣く泣く通過するしかありませんでした。

    この後1階の棺の並ぶエリアにも降りたのですが、時間が無くて泣く泣く通過するしかありませんでした。

  • アラバスターの細工が素晴らしかったです。今回のツアーではアラバスターの店には案内されませんでした。ハトシェプスト女王葬祭殿の近くにはお店がたくさんありましたが。

    アラバスターの細工が素晴らしかったです。今回のツアーではアラバスターの店には案内されませんでした。ハトシェプスト女王葬祭殿の近くにはお店がたくさんありましたが。

  • 王冠を戴きツタンカーメン王のカトルーシュを胸に付けたユーモラスなベス神です。<br />

    王冠を戴きツタンカーメン王のカトルーシュを胸に付けたユーモラスなベス神です。

  • 「アヌビス神像の厨子」<br />発掘当時の写真を見るとハワード・カーターが発見した時はアクエンアテン王の治世7年目の日付が記された亜麻布を纏っていました。前足の間には王妃ネフェルティティの娘、メリトアテン王女の名前が書かれた象牙のパレットが置かれていました。

    「アヌビス神像の厨子」
    発掘当時の写真を見るとハワード・カーターが発見した時はアクエンアテン王の治世7年目の日付が記された亜麻布を纏っていました。前足の間には王妃ネフェルティティの娘、メリトアテン王女の名前が書かれた象牙のパレットが置かれていました。

  • 腰部にはツタンカーメンのカルトゥーシュと第1厨子の表に描かれたイシス女神の結び目(チェト)とジェド柱をデザインした模様が見て取れます。

    腰部にはツタンカーメンのカルトゥーシュと第1厨子の表に描かれたイシス女神の結び目(チェト)とジェド柱をデザインした模様が見て取れます。

  • アヌビス神は墓地の守護神でもあり、ミイラ作りの神でもありました。このアヌビス神は木製で黒漆塗りで目は黒曜石とアラバスターの象眼です。厨子の上部は開くようになっていて、ファイアンス製の護符と8つの胸飾りと2つのアラバスターの壺が納められていたそうです。

    アヌビス神は墓地の守護神でもあり、ミイラ作りの神でもありました。このアヌビス神は木製で黒漆塗りで目は黒曜石とアラバスターの象眼です。厨子の上部は開くようになっていて、ファイアンス製の護符と8つの胸飾りと2つのアラバスターの壺が納められていたそうです。

  • 「ツタンカーメン王の黄金の玉座」にたどり着きました。これも見たかったものの1つです。<br />

    「ツタンカーメン王の黄金の玉座」にたどり着きました。これも見たかったものの1つです。

  • 足を置く台には弓を持った兵士の姿が描かれていますが、エジプト人の姿ではなさそうです。

    足を置く台には弓を持った兵士の姿が描かれていますが、エジプト人の姿ではなさそうです。

  • ひじ掛けの前のライオンの頭部が非常にリアルで王の権威を感じさせます。背もたれにはツタンカーメン王と王妃のアンケセナーメンの姿が描写されてます。<br />

    ひじ掛けの前のライオンの頭部が非常にリアルで王の権威を感じさせます。背もたれにはツタンカーメン王と王妃のアンケセナーメンの姿が描写されてます。

  • ツタンカーメン王に王妃のアンケセナーメンが香油を優しく塗っている微笑ましい場面ですが、2人ともサンダルを片方しか履いていません。頭上の太陽はアテン神を表したもので、動物や人間の形態である他のエジプトの神々と異なり、先端が手になった光線を何本も放ち、その1つに生命の象徴アンクを握った太陽円盤の形で表現されています。1足のサンダルを2人で片方ずつ履いています。これは仲が良い事を表す描写と言われています。<br />

    ツタンカーメン王に王妃のアンケセナーメンが香油を優しく塗っている微笑ましい場面ですが、2人ともサンダルを片方しか履いていません。頭上の太陽はアテン神を表したもので、動物や人間の形態である他のエジプトの神々と異なり、先端が手になった光線を何本も放ち、その1つに生命の象徴アンクを握った太陽円盤の形で表現されています。1足のサンダルを2人で片方ずつ履いています。これは仲が良い事を表す描写と言われています。

  • 裏側には太陽円盤をいただくウエラウスが配置されています。これはツタンカーメン王を背後から守る意味があるのでしょうか。

    裏側には太陽円盤をいただくウエラウスが配置されています。これはツタンカーメン王を背後から守る意味があるのでしょうか。

  • その間にはツタンカーメン王のカルトゥーシュも浮き彫りにされています。

    その間にはツタンカーメン王のカルトゥーシュも浮き彫りにされています。

  • 側面にもヘジェト冠を被ったウエラウスの姿があります。

    側面にもヘジェト冠を被ったウエラウスの姿があります。

  • そしてひじ掛けも翼を広げるウエラウスだと気が付きました。

    そしてひじ掛けも翼を広げるウエラウスだと気が付きました。

  • 有翼のウエラウスがカルトゥーシュを護る姿はネフェルタリ王妃の埋葬室へ降りる階段の脇に描かれていたものを思い出します。護られているカルトゥーシュも父アクエンアテン(アメンホテプ4世)の生存中に、唯一神アテン信仰が説かれていたために、トゥトアンクアテン(アテンの生ける似姿)と名乗っていた頃のものです。

    有翼のウエラウスがカルトゥーシュを護る姿はネフェルタリ王妃の埋葬室へ降りる階段の脇に描かれていたものを思い出します。護られているカルトゥーシュも父アクエンアテン(アメンホテプ4世)の生存中に、唯一神アテン信仰が説かれていたために、トゥトアンクアテン(アテンの生ける似姿)と名乗っていた頃のものです。

  • 世界最古ともいわれるマネキンです。ツタンカーメンの体躯に合わせたもので、これを使って採寸して衣服が作られたそうです。

    世界最古ともいわれるマネキンです。ツタンカーメンの体躯に合わせたもので、これを使って採寸して衣服が作られたそうです。

  • それよりも生き写しのような若々しい姿に惹かれます。

    それよりも生き写しのような若々しい姿に惹かれます。

  • 「ツタンカーメン王のカーの像」<br />ツタンカーメン王の2体のカー像です。発掘時の写真を思い出すと王のミイラを安置する玄室の入口の左右に立っていました。2つの像は似た姿をしていますが、頭の被り物が違っています。こちらはネメス頭巾ではなくハクト頭巾でした。もう1体は既に搬出されているのでしょうか。

    「ツタンカーメン王のカーの像」
    ツタンカーメン王の2体のカー像です。発掘時の写真を思い出すと王のミイラを安置する玄室の入口の左右に立っていました。2つの像は似た姿をしていますが、頭の被り物が違っています。こちらはネメス頭巾ではなくハクト頭巾でした。もう1体は既に搬出されているのでしょうか。

  • 個人的にはこちらの椅子のほうが好みです。脚部を見ると折りたためるのではないかと思いました。

    個人的にはこちらの椅子のほうが好みです。脚部を見ると折りたためるのではないかと思いました。

  • 座面と背もたれの象嵌が素晴らしいです。現在は石材がむき出しになっている古代エジプトの神殿も、出来た頃はこんな鮮やかだったのではと思いました。

    座面と背もたれの象嵌が素晴らしいです。現在は石材がむき出しになっている古代エジプトの神殿も、出来た頃はこんな鮮やかだったのではと思いました。

  • アンケセナーメン王妃がツタンカーメンのミイラの胸の上に置いたといわれるヤグルマギクの花束の話は知っていたので、これかと思ったのですがキャプションなどが無くて本物かどうかは分かりません。

    アンケセナーメン王妃がツタンカーメンのミイラの胸の上に置いたといわれるヤグルマギクの花束の話は知っていたので、これかと思ったのですがキャプションなどが無くて本物かどうかは分かりません。

  • チャリオット(戦車用馬車)も1台置かれてありました。王墓からは6台発見されていますがそのうち2台は金箔張りで、王の御幸などの儀式に使用されたようです。

    チャリオット(戦車用馬車)も1台置かれてありました。王墓からは6台発見されていますがそのうち2台は金箔張りで、王の御幸などの儀式に使用されたようです。

  • さすがにサスペンションなどは発明されていないようです。数千円後の現代のエジプトの街中で見かけたロバが引く馬車と構造的には変わりないのが面白いです。

    さすがにサスペンションなどは発明されていないようです。数千円後の現代のエジプトの街中で見かけたロバが引く馬車と構造的には変わりないのが面白いです。

  • 古いガイドブックではまだまだツタンカーメンの至宝が並ぶエリアでしたが、だいぶ入れ替えも行われているようです。

    古いガイドブックではまだまだツタンカーメンの至宝が並ぶエリアでしたが、だいぶ入れ替えも行われているようです。

  • アラバスターのカノポス容器に入った木製の女神像。

    アラバスターのカノポス容器に入った木製の女神像。

  • 美しい装飾が施された棺の下には。

    美しい装飾が施された棺の下には。

  • ミイラも一緒に展示されていました。棺の顔とイメージが合致しませんが、この方は金髪だったのでしょうか。この後にミイラ室の見学にも行きますが、ラムセス2世も金色の髪をしていました。

    ミイラも一緒に展示されていました。棺の顔とイメージが合致しませんが、この方は金髪だったのでしょうか。この後にミイラ室の見学にも行きますが、ラムセス2世も金色の髪をしていました。

  • ミイラを見るのは旅順博物館以来かもしれないなどと思い出しながら、漢字で書くと「木乃伊」で中国語だったなと記憶をたどります。

    ミイラを見るのは旅順博物館以来かもしれないなどと思い出しながら、漢字で書くと「木乃伊」で中国語だったなと記憶をたどります。

  • この方がどの程度裕福だったか分かりませんが、ある程度の地位だったのだと思います。

    この方がどの程度裕福だったか分かりませんが、ある程度の地位だったのだと思います。

  • この後に入ったミイラ室では女性のものが多かったのですが、髪の毛などは当時のままのような状態で残されており、時間が少ないのでどうしようかと思いましたが、見ておいてよかったと思いました。

    この後に入ったミイラ室では女性のものが多かったのですが、髪の毛などは当時のままのような状態で残されており、時間が少ないのでどうしようかと思いましたが、見ておいてよかったと思いました。

  • やっぱり生前の姿とは似ても似つかない気がします。

    やっぱり生前の姿とは似ても似つかない気がします。

  • ガイドさんの説明の最後は2階のパピルスの部屋でした。ここはどの国のガイドさんも立ち寄ってるので重要な収蔵品だと思います。

    ガイドさんの説明の最後は2階のパピルスの部屋でした。ここはどの国のガイドさんも立ち寄ってるので重要な収蔵品だと思います。

  • 古王朝の時代には死後の世界における安楽な生活を送ることができたのは王や王族に限られていたそうです。そのためにピラミッドの玄室壁面に経文(ヒエログリフ)を書き残し、これがピラミッド・テキストと言われるものです。これは翌日ウナス王のピラミッドの地下で見ることになります。

    古王朝の時代には死後の世界における安楽な生活を送ることができたのは王や王族に限られていたそうです。そのためにピラミッドの玄室壁面に経文(ヒエログリフ)を書き残し、これがピラミッド・テキストと言われるものです。これは翌日ウナス王のピラミッドの地下で見ることになります。

  • 次の中王朝の時代には死後の世界が王族以外の者にも開かれ、柩の底や外側などに経文を書くようになります。これが「柩文」と呼ばれるものです。これはこれまでに大英博物館やルーブル美術館などでも見てきました。

    次の中王朝の時代には死後の世界が王族以外の者にも開かれ、柩の底や外側などに経文を書くようになります。これが「柩文」と呼ばれるものです。これはこれまでに大英博物館やルーブル美術館などでも見てきました。

  • 新王朝の時代に入って巻物(パピルス)に経文が描かれるようになります。これがいわゆる「死者の書」といわれるもので、死後に迎えるであろうさまざまな障害や審判を乗り越えて、無事に楽園に到達するためのガイドブックでした。

    新王朝の時代に入って巻物(パピルス)に経文が描かれるようになります。これがいわゆる「死者の書」といわれるもので、死後に迎えるであろうさまざまな障害や審判を乗り越えて、無事に楽園に到達するためのガイドブックでした。

  • この残された「死者の書」のうち190章全部を包含しているものは無いそうですが、そのなかでも書記官アニのパピルスが最も有名で、製作されたのは第18王朝の中頃とされており、大英博物館に収められているのを数年前に見ることができました。

    この残された「死者の書」のうち190章全部を包含しているものは無いそうですが、そのなかでも書記官アニのパピルスが最も有名で、製作されたのは第18王朝の中頃とされており、大英博物館に収められているのを数年前に見ることができました。

  • このパピルスは亡くなった女性が鳥の姿のバーと分離して、神々に供物を供えたりの儀式を経てヘムヘム冠を被った神に会います。

    このパピルスは亡くなった女性が鳥の姿のバーと分離して、神々に供物を供えたりの儀式を経てヘムヘム冠を被った神に会います。

  • 最後にオシリス神に会えるまでの物語です。

    最後にオシリス神に会えるまでの物語です。

  • 「死者の書」<br />天秤の真ん中にいるアヌビス神は秤の目盛りを見る役割です。天秤には向かって左側に自身の心臓(イブ)、右側にはマアトの羽が乗せられています。マアトの羽とはマアトと呼ばれる古代エジプトの女神が、 頭に挿しているダチョウの羽です。この羽と心臓の重さを比べ楽園に相応しいかどうかを審判されます。

    「死者の書」
    天秤の真ん中にいるアヌビス神は秤の目盛りを見る役割です。天秤には向かって左側に自身の心臓(イブ)、右側にはマアトの羽が乗せられています。マアトの羽とはマアトと呼ばれる古代エジプトの女神が、 頭に挿しているダチョウの羽です。この羽と心臓の重さを比べ楽園に相応しいかどうかを審判されます。

  • 心臓が罪で羽よりも重かった場合は鼻の長い「アメミット」という幻獣に食べられてしまい、楽園への道が閉ざされるどころか永遠に異世界でも復活ができなくなります。<br />

    心臓が罪で羽よりも重かった場合は鼻の長い「アメミット」という幻獣に食べられてしまい、楽園への道が閉ざされるどころか永遠に異世界でも復活ができなくなります。

  • 真実を語り心臓が羽よりも軽かった場合は死者が真実を語れば、ホルスによって永遠の命を授けられることが告げられ、オシリスの治める楽園アルルへ導かれます。

    真実を語り心臓が羽よりも軽かった場合は死者が真実を語れば、ホルスによって永遠の命を授けられることが告げられ、オシリスの治める楽園アルルへ導かれます。

  • ここらで2階のミイラ室の見学をします。この部屋も撮影が禁止ですが、ラムセス2世と対面できました。前日に王家の谷のツタンカーメン王にミイラに比べると立派な体躯で、生前はさぞ大きかったのだろうと分かります。ミイラ室は3部屋に分かれ、貴族や女王のミイラは頭髪がリアルでちょっと怖いくらいでした。

    ここらで2階のミイラ室の見学をします。この部屋も撮影が禁止ですが、ラムセス2世と対面できました。前日に王家の谷のツタンカーメン王にミイラに比べると立派な体躯で、生前はさぞ大きかったのだろうと分かります。ミイラ室は3部屋に分かれ、貴族や女王のミイラは頭髪がリアルでちょっと怖いくらいでした。

  • 近いうちにここに収蔵されたものはギザに建設中の「大エジプト考古学博物館」に移されてしまうので、建物の写真も残しておきます。

    近いうちにここに収蔵されたものはギザに建設中の「大エジプト考古学博物館」に移されてしまうので、建物の写真も残しておきます。

  • 収蔵品にはもう一度会えるかもしれませんが、このロケーションはこの先どうなるか分かりません。

    収蔵品にはもう一度会えるかもしれませんが、このロケーションはこの先どうなるか分かりません。

  • 時間を考えるとここにたどり着けることはできないでしょう。

    時間を考えるとここにたどり着けることはできないでしょう。

  • 人型棺も美しいので見たいのですが、時間が無いので泣く泣く諦めます。

    人型棺も美しいので見たいのですが、時間が無いので泣く泣く諦めます。

  • 開口部の防犯用のアイアンワークも美しいです。

    開口部の防犯用のアイアンワークも美しいです。

  • 先ほど胸像を見たウセルカフ王の神殿にあった「湿地の鳥たちのレリーフ」です。まるで鳥類図鑑のような生き生きとした鳥の姿に驚きました。パピルスが茂り、ナイル川の河畔の4500年前の姿を切り取ったようです。

    先ほど胸像を見たウセルカフ王の神殿にあった「湿地の鳥たちのレリーフ」です。まるで鳥類図鑑のような生き生きとした鳥の姿に驚きました。パピルスが茂り、ナイル川の河畔の4500年前の姿を切り取ったようです。

  • 動物のミイラの部屋もありました。これは死後の世界で食べるためのミイラのようです。シカモアいう木材で造られた動物の姿の棺に納められています。子供の頃に高崎線で食べた「だるま弁当」を思い出しました。

    動物のミイラの部屋もありました。これは死後の世界で食べるためのミイラのようです。シカモアいう木材で造られた動物の姿の棺に納められています。子供の頃に高崎線で食べた「だるま弁当」を思い出しました。

  • プタハ神の聖域のメンフィス大神殿では特に牛が重要視され、特別に牛を飼育してその牛が死ぬと、人間と同じ方法でミイラにして丁寧に埋葬したそうです。その信仰はギリシア・ローマの時代まで続いたといいます。

    プタハ神の聖域のメンフィス大神殿では特に牛が重要視され、特別に牛を飼育してその牛が死ぬと、人間と同じ方法でミイラにして丁寧に埋葬したそうです。その信仰はギリシア・ローマの時代まで続いたといいます。

  • ナイルワニは水の神とされ、主に農耕地帯で神聖視されたそうです。ワニはエジプトの中でも地域によって「悪神」とされるか「善神」とされるかが激しく分かれる動物だったそうです。このミイラは4メートルほどあったと思います。コムオンボのクロコダイルミュージアムのほうが状態は良かったです。ワニの場合は皮が残るものなのであまり違和感は感じませんでした。

    ナイルワニは水の神とされ、主に農耕地帯で神聖視されたそうです。ワニはエジプトの中でも地域によって「悪神」とされるか「善神」とされるかが激しく分かれる動物だったそうです。このミイラは4メートルほどあったと思います。コムオンボのクロコダイルミュージアムのほうが状態は良かったです。ワニの場合は皮が残るものなのであまり違和感は感じませんでした。

  • 神殿のレリーフにも描かれている動物の腿もミイラにしたようです。これはもう死後の食べ物だと思います。

    神殿のレリーフにも描かれている動物の腿もミイラにしたようです。これはもう死後の食べ物だと思います。

  • これは愛玩していたサルをミイラにしたものだと思います。サルが死んでしまったのでミイラにしたのか、飼い主が寂しくならないようにミイラにして来世のお供にしたのかは分かりません。

    これは愛玩していたサルをミイラにしたものだと思います。サルが死んでしまったのでミイラにしたのか、飼い主が寂しくならないようにミイラにして来世のお供にしたのかは分かりません。

  • 巨大な2メートルほどの大きさのナイルパーチです。ほとんど骨と皮だけのように見えますが、魚はミイラにするのが難しそうです。

    巨大な2メートルほどの大きさのナイルパーチです。ほとんど骨と皮だけのように見えますが、魚はミイラにするのが難しそうです。

  • これは猫のミイラです。猫は棒状に仕上げるようです。これは1歳未満の子猫を殺してミイラにして、猫の神であるバステト信仰の対象として販売されたそうです。大英博物館でもそうでしたが、布の巻き方がいろいろあって面白いです。

    これは猫のミイラです。猫は棒状に仕上げるようです。これは1歳未満の子猫を殺してミイラにして、猫の神であるバステト信仰の対象として販売されたそうです。大英博物館でもそうでしたが、布の巻き方がいろいろあって面白いです。

  • 想像の通り中には猫のミイラが入っているのだと思います。ロンドンの大英博物館で見た「ゲイヤー・アンダーソンの猫」を思い出させる姿です。

    想像の通り中には猫のミイラが入っているのだと思います。ロンドンの大英博物館で見た「ゲイヤー・アンダーソンの猫」を思い出させる姿です。

  • こちらは子犬か小型犬のようですね。

    こちらは子犬か小型犬のようですね。

  • ヘムヘム冠を被った雄羊の姿の神は古代エジプトから伝えられている創造神の1人であるクヌム神のようです。ナイル川を司る神ともされナイルの水源には結界が張られており水位が抑えられているがクヌム神がその結界を破ることによって水が溢れ出し、増水が発生すると信じられていたそうです。大ピラミッド建造で知られるクフ王の名前はクヌム・クフウイ(クフム神は我を守りたまうという意味)です。この像もミイラの棺です。

    ヘムヘム冠を被った雄羊の姿の神は古代エジプトから伝えられている創造神の1人であるクヌム神のようです。ナイル川を司る神ともされナイルの水源には結界が張られており水位が抑えられているがクヌム神がその結界を破ることによって水が溢れ出し、増水が発生すると信じられていたそうです。大ピラミッド建造で知られるクフ王の名前はクヌム・クフウイ(クフム神は我を守りたまうという意味)です。この像もミイラの棺です。

  • カバと同じ釉薬の陶器製のミイラの形の女性像の完成度の高さには驚かされました。これもカバの陶器と同じようにお墓に埋葬された副葬品のようです。

    カバと同じ釉薬の陶器製のミイラの形の女性像の完成度の高さには驚かされました。これもカバの陶器と同じようにお墓に埋葬された副葬品のようです。

  • 青いカバは身分の高い人が亡くなると墓の守り神として一緒に埋葬されたそうです。

    青いカバは身分の高い人が亡くなると墓の守り神として一緒に埋葬されたそうです。

  • 青い色は旅してきたナイル川上流の水の色を思い出させますし、描かれた水辺の植物や動物もクルーズを思い出させます。ルーブル美術館にも同じような像はたくさんありました。

    青い色は旅してきたナイル川上流の水の色を思い出させますし、描かれた水辺の植物や動物もクルーズを思い出させます。ルーブル美術館にも同じような像はたくさんありました。

  • 2つ目のミイラ室の見学が終わり、2階の左側のまだ見ていないエリアを歩きます。

    2つ目のミイラ室の見学が終わり、2階の左側のまだ見ていないエリアを歩きます。

  • 少し前のガイドブックを見ると閉鎖中と書かれていた部屋でした。ここもどうしても見たかった部屋の1つです。ルーブル美術館や大英博物館でも感動した模型の部屋です。

    少し前のガイドブックを見ると閉鎖中と書かれていた部屋でした。ここもどうしても見たかった部屋の1つです。ルーブル美術館や大英博物館でも感動した模型の部屋です。

  • 古代エジプトでは死後も現世と同じ様に過ごす事ができると信じられており、墓の内部には日常生活に必要な家具や衣類や食べ物なども一緒に埋葬されました。

    古代エジプトでは死後も現世と同じ様に過ごす事ができると信じられており、墓の内部には日常生活に必要な家具や衣類や食べ物なども一緒に埋葬されました。

  • そしてあの世でも現世と同じ様に働く必要があったために、自分の代わりに労働するウシャブティと呼ばれる像365体を墓内部に埋葬しました。

    そしてあの世でも現世と同じ様に働く必要があったために、自分の代わりに労働するウシャブティと呼ばれる像365体を墓内部に埋葬しました。

  • 中王国時代になると、日常生活や仕事の作業を表す模型も墓の副葬品として納められ、その模型により当時の生活や仕事の作業の様子をビジュアルで見ることができます。

    中王国時代になると、日常生活や仕事の作業を表す模型も墓の副葬品として納められ、その模型により当時の生活や仕事の作業の様子をビジュアルで見ることができます。

  • 帆を張っている船はナイル川を遡っている時の様子を表し、帆を張っていない船はナイル川を下っている様子のようです。

    帆を張っている船はナイル川を遡っている時の様子を表し、帆を張っていない船はナイル川を下っている様子のようです。

  • アスワンからルクソールまでのナイル川クルーズで船上から見掛けた風景とあまり変わらないような気がします。

    アスワンからルクソールまでのナイル川クルーズで船上から見掛けた風景とあまり変わらないような気がします。

  • こちらはかなり大型船を櫂で漕ぐ姿のようなので、地中海を交易した船の模型でしょうか。

    こちらはかなり大型船を櫂で漕ぐ姿のようなので、地中海を交易した船の模型でしょうか。

  • 今まで見てきたレリーフなどよりも雄弁に古代エジプトの生活を物語っています。説明が無くても理解できるし、古代に思いを馳せることも安易です。

    今まで見てきたレリーフなどよりも雄弁に古代エジプトの生活を物語っています。説明が無くても理解できるし、古代に思いを馳せることも安易です。

  • 壁で囲われた邸宅の模型には屋根の先に雨樋までありました。庭先の池の周りに植えられた木は生い茂り、生っている実まで表現されています。これがオリーブなのかイチジクなのかは分かりません。

    壁で囲われた邸宅の模型には屋根の先に雨樋までありました。庭先の池の周りに植えられた木は生い茂り、生っている実まで表現されています。これがオリーブなのかイチジクなのかは分かりません。

  • こちらは牛追いの姿です。王妃の谷のネフェルタリ王妃の墓の第1東側室の聖牛のレリーフを思い出させます。死者の書148章に出てくる7頭の天の雌牛と雄牛の計8頭の牛が描かれていますが、すべての牛の模様が違っていました。

    こちらは牛追いの姿です。王妃の谷のネフェルタリ王妃の墓の第1東側室の聖牛のレリーフを思い出させます。死者の書148章に出てくる7頭の天の雌牛と雄牛の計8頭の牛が描かれていますが、すべての牛の模様が違っていました。

  • この模型はメケトレという男と彼の息子と4人の書記について表されたものです。彼らは屋根のついた建物の中に座り、検査のために牛の状態を見て数を数えています。

    この模型はメケトレという男と彼の息子と4人の書記について表されたものです。彼らは屋根のついた建物の中に座り、検査のために牛の状態を見て数を数えています。

  • 牛は彼らの前を農民の追い立てられています。農民はかつらをかぶり、短かくて白い腰布を巻き棒を持って牛を追い立てています。

    牛は彼らの前を農民の追い立てられています。農民はかつらをかぶり、短かくて白い腰布を巻き棒を持って牛を追い立てています。

  • リアルすぎて言葉も出ません。じっくり腰を据えて見学したいところですが、ササッと写真を撮って先へ進まないとならないのが残念です。

    リアルすぎて言葉も出ません。じっくり腰を据えて見学したいところですが、ササッと写真を撮って先へ進まないとならないのが残念です。

  • そのまま2階のフロアを時計回りに進むとツタンカーメンの宝物のエリアに戻ります。最後にもう一度冥途の土産に拝ませてもらいます。角の階段から1階へ降りて見ていないエリアに進みます。

    そのまま2階のフロアを時計回りに進むとツタンカーメンの宝物のエリアに戻ります。最後にもう一度冥途の土産に拝ませてもらいます。角の階段から1階へ降りて見ていないエリアに進みます。

  • 妻なりに真剣に石像を見学しているのは手の組み方で分かります。ホルスの後ろ姿に自分を重ねているのでしょう。くびれのないシルエットも似ています。見逃しませんよ。

    妻なりに真剣に石像を見学しているのは手の組み方で分かります。ホルスの後ろ姿に自分を重ねているのでしょう。くびれのないシルエットも似ています。見逃しませんよ。

  • 「子供時代のラムセス2世像」<br />この像はタニスにあるアメン大神殿の近くの泥レンガの小屋で見つかったそうです。ホルス神のくちばしの部分も近くの部屋で見つかったので、修理工房だったと考えられてます。

    「子供時代のラムセス2世像」
    この像はタニスにあるアメン大神殿の近くの泥レンガの小屋で見つかったそうです。ホルス神のくちばしの部分も近くの部屋で見つかったので、修理工房だったと考えられてます。

  • ラムセスは頭に太陽円盤「ラー」を冠しており、左手に水草のアシをかたどった物(ヒエログリフで「スゥ」)を持っています。これはヒエログリフで「スゥ」と発音します。子供は古代エジプト語で「メス」と言うので、「ラー」+「メス」+「スゥ」=「ラムセス」となるそうです。口に指をあてるのは子供の意味です。

    ラムセスは頭に太陽円盤「ラー」を冠しており、左手に水草のアシをかたどった物(ヒエログリフで「スゥ」)を持っています。これはヒエログリフで「スゥ」と発音します。子供は古代エジプト語で「メス」と言うので、「ラー」+「メス」+「スゥ」=「ラムセス」となるそうです。口に指をあてるのは子供の意味です。

  • そうすると3泊4日お世話になったナイル・スタイル号の部屋のドアレバーに掛かっていたのは「Don&#39;t Distarb」ではなくて「子供」という意味だったのか…。

    そうすると3泊4日お世話になったナイル・スタイル号の部屋のドアレバーに掛かっていたのは「Don't Distarb」ではなくて「子供」という意味だったのか…。

  • 大英博物館に収蔵されているロゼッタ・ストーンを思い出させるような碑文が隙間なく表面が埋め尽くされています。

    大英博物館に収蔵されているロゼッタ・ストーンを思い出させるような碑文が隙間なく表面が埋め尽くされています。

  • 1階の中央ギャラリーに入ります。同じ部屋をぐるぐる回るだけでは時間がもったいないので入り込みましたがこれは正解でした。ここで有名な収蔵物のいくつかに出会えました。

    1階の中央ギャラリーに入ります。同じ部屋をぐるぐる回るだけでは時間がもったいないので入り込みましたがこれは正解でした。ここで有名な収蔵物のいくつかに出会えました。

  • 石棺の並ぶエリアには小さな棺がありました。その側面には小さな男の子の姿が描かれていました。

    石棺の並ぶエリアには小さな棺がありました。その側面には小さな男の子の姿が描かれていました。

  • ナルメルのパレットは「エジプト文明の始まり」を話題にするときに常に登場する有名な遺物の1つです。ナルメルは第1王朝の初代王で、延々と続く王朝時代の最初の王であり、上下エジプトを統一した王であることを証明する遺物です。右手にメイスという棍棒を持ち、大きく描かれたのがナルメル王です。足の下の2人の死んだ敵は征服された都市の象徴です。

    ナルメルのパレットは「エジプト文明の始まり」を話題にするときに常に登場する有名な遺物の1つです。ナルメルは第1王朝の初代王で、延々と続く王朝時代の最初の王であり、上下エジプトを統一した王であることを証明する遺物です。右手にメイスという棍棒を持ち、大きく描かれたのがナルメル王です。足の下の2人の死んだ敵は征服された都市の象徴です。

  • 一番上に一対の姿で描かれているのは牝牛の姿をしたハトホル女神です。その下に描かれた左側の大きな人物がナルメル王で、赤冠と呼ばれる下エジプトを象徴する冠を被っています。頭の前にはナルメルのヒエログリフがあります。前に立つのは書記で、その前の旗竿を持つ4人はナルメルに帰属する部族長のようです。その右側には首のない姿態が10体並びます。首は股の間に描かれています。

    一番上に一対の姿で描かれているのは牝牛の姿をしたハトホル女神です。その下に描かれた左側の大きな人物がナルメル王で、赤冠と呼ばれる下エジプトを象徴する冠を被っています。頭の前にはナルメルのヒエログリフがあります。前に立つのは書記で、その前の旗竿を持つ4人はナルメルに帰属する部族長のようです。その右側には首のない姿態が10体並びます。首は股の間に描かれています。

  • 西アジアの遺物に見るような首の長いライオン。交差した首によってできた円形のくぼみがパレットの名前に由来する化粧用の顔料を磨り潰す硯のような部分です。その足元には往時の姿のナルメル王が敵を倒している姿が描かれています。パレットとしては巨大ですが、神殿で執り行われる儀式用だったと考えられているそうです。

    西アジアの遺物に見るような首の長いライオン。交差した首によってできた円形のくぼみがパレットの名前に由来する化粧用の顔料を磨り潰す硯のような部分です。その足元には往時の姿のナルメル王が敵を倒している姿が描かれています。パレットとしては巨大ですが、神殿で執り行われる儀式用だったと考えられているそうです。

  • 「ナルメルのパレット」はどうしても見たかったのでラッキーでした。時間が無い場合はマップを持って歩かないと見落としそうです。

    「ナルメルのパレット」はどうしても見たかったのでラッキーでした。時間が無い場合はマップを持って歩かないと見落としそうです。

  • 第12王朝のアメンエムハト3世が建設したピラミッドの頂上部分に設置されていたとされるキャップストーンです。ギザの三大ピラミッドにも同じようにキャップストーンがあったとされていますが、これらは見つかっていないそうです。

    第12王朝のアメンエムハト3世が建設したピラミッドの頂上部分に設置されていたとされるキャップストーンです。ギザの三大ピラミッドにも同じようにキャップストーンがあったとされていますが、これらは見つかっていないそうです。

  • 有翼の太陽円盤も三角形の形に合わせて翼の形が曲がっています。これは最高にかっこいいです。

    有翼の太陽円盤も三角形の形に合わせて翼の形が曲がっています。これは最高にかっこいいです。

  • 碑文の内容は「話される言葉 : 彼が天空を渡るとき彼が地平線の支配者を見るために、上・下エジプト王、両国の支配者、ニーマートラーの視界を開け、彼が太陽神ラーの息子、アメンエムハトを神、永遠の支配者、沈まないものとして現れさせますように。」だそうです。

    碑文の内容は「話される言葉 : 彼が天空を渡るとき彼が地平線の支配者を見るために、上・下エジプト王、両国の支配者、ニーマートラーの視界を開け、彼が太陽神ラーの息子、アメンエムハトを神、永遠の支配者、沈まないものとして現れさせますように。」だそうです。

  • 部屋の突き当りにはルクソール神殿の礎を建設した18王朝の王アメンホテプ3世とその妻ティイ像です。その高さは7メートルほどです。欠損した部分が多いですが全体像を感じることはできます。<br />

    部屋の突き当りにはルクソール神殿の礎を建設した18王朝の王アメンホテプ3世とその妻ティイ像です。その高さは7メートルほどです。欠損した部分が多いですが全体像を感じることはできます。

  • ツタンカーメンとアンケセナーメンの像だったと思って写真は撮ったのですが、キャプションを探して写真に撮っておく時間が無かったので不明です。その先の突き当りの部屋でアクエナテンに出会えました。

    ツタンカーメンとアンケセナーメンの像だったと思って写真は撮ったのですが、キャプションを探して写真に撮っておく時間が無かったので不明です。その先の突き当りの部屋でアクエナテンに出会えました。

  • メンホテプ3世の子でアメンホテプ4世で別名アクエンアテン王の石像です。それまで多神教であった従来のエジプトの宗教を廃絶し、唯一神アテンのみを崇めるようにしたことで有名です。

    メンホテプ3世の子でアメンホテプ4世で別名アクエンアテン王の石像です。それまで多神教であった従来のエジプトの宗教を廃絶し、唯一神アテンのみを崇めるようにしたことで有名です。

  • 現地で目の前で見ても像のバランスも表現も異様なものを感じます。病気の症状ともとれる奇形ではあるようですが、王家の血筋ではない王妃ネフェルティティも同じ容姿で描かれているので、アマルナ美術特有の表現だったのではないでしょうか。エジプト時代のマニエリスムを感じます。

    現地で目の前で見ても像のバランスも表現も異様なものを感じます。病気の症状ともとれる奇形ではあるようですが、王家の血筋ではない王妃ネフェルティティも同じ容姿で描かれているので、アマルナ美術特有の表現だったのではないでしょうか。エジプト時代のマニエリスムを感じます。

  • ここで時間切れです。出口のお土産物屋さんでガイドブックと絵葉書を買う5分を残して出口に向かいます。この部屋にあったであろうネフェルティティの像も見忘れてきました。この数日後一度日本に帰ってからベルリンへ向かう旅が待っていました。ベルリンといえば新美術館のネフェルティティ像が有名ですが、ここへは行けない予定になっています

    ここで時間切れです。出口のお土産物屋さんでガイドブックと絵葉書を買う5分を残して出口に向かいます。この部屋にあったであろうネフェルティティの像も見忘れてきました。この数日後一度日本に帰ってからベルリンへ向かう旅が待っていました。ベルリンといえば新美術館のネフェルティティ像が有名ですが、ここへは行けない予定になっています

  • 出口にセキュリティがあるというのも変ですが(盗難防止でしょうか?)、そこを抜けるとお土産物屋さんが並んでいました。ただ博物館の移転も控えているので商売っ気は全くありません。英語版のガイドブックと絵葉書を数枚買って集合場所へ急ぎました。53年待ったエジプト考古学博物館でしたが2時間は短すぎます。

    出口にセキュリティがあるというのも変ですが(盗難防止でしょうか?)、そこを抜けるとお土産物屋さんが並んでいました。ただ博物館の移転も控えているので商売っ気は全くありません。英語版のガイドブックと絵葉書を数枚買って集合場所へ急ぎました。53年待ったエジプト考古学博物館でしたが2時間は短すぎます。

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2018 エジプトの旅

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