2018/12/13 - 2018/12/13
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kojikojiさん
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「王妃の谷」から「王家の谷」とルクソール西岸の王墓の見学を終えて、さらに東側の「ハトシェプスト女王葬祭殿」の見学に移ります。王墓は基本的に地下にあるのですが、ここは葬祭殿が地上に残されているのでプラスアルファの楽しみがあります。広大な景色の中テーベ山の屏風のような岸壁の前に建つ葬祭殿は美しかったです。広大な敷地ではありますが小学生の社会科見学の団体がいくつも来ていて賑やかでした。ここでもガイドさんの説明をイヤフォンガイドで聞きながら先に進みます。そのまま葬祭殿の中に入るのかと思っていると、左側のハトホル女神の祈禱所に向かいます。祈禱所の説明が終わると自由行動になり30分ほど内部の見学に移りました。妻とはすぐに離れ離れになってしまったので、至聖所から内部のレリーフの見学を進めていきました。至聖所は1年ほど前までは見学できなかった場所のようなので、じっくり見学したかったのですが、小学生の見学にぶつかってしまったので流されるように見るだけになってしまいました。その団体から離れてアヌビス神の祈祷所とハトホル女神の祈祷所ももう一度じっくり見学しました。終わったところで妻はどうしただろうと1軒だけあるカフェに行ってみると隠れてアイスを食べていました。続いては「メムノンの巨像」にバスで移動して10分ほど自由に写真撮影してルクソール西岸の見学は終わりました。まだ午前中ですが、この日も午前6時過ぎに観光をスタートしているので1日が終わったような気分です。来るまでは分からなかったエジプト8日間のツアーのハードさがじわじわ体に沁みてきました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス 船 タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- エジプト航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
「王家の谷」の興奮が覚めぬままにバスに乗って「ハトシェプスト女王葬祭殿」に移動しました。
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位置的には「王家の谷」の東側のようです。日本では「ハトシェプスト女王葬祭殿」という名前がポピュラーですが、現地のガイドブックやチケットには「デイル・エル=バハリ」と書かれています。ガイドさんの話では以前のお客さんの中には予定表と違う遺跡に連れていかれたと本気で旅行会社にクレームを入れた人もいたそうです。この名前はコプト時代に由来するそうです。
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ここにも他の遺跡と同じようにアーケードがありました。あまり商売っ気が無いのか声が掛からなくて面白くありません。
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正面のテーベ山の垂直に切り立った崖が西側に当たり、北側が「ドラ・アブ・エル=ナガの丘」、南側は「シェイフ・アブド・エル=ナガの丘」と3方向を囲われた谷の奥になります。古代エジプト人にこの谷はテーベの墓地で死者信仰と結びつけられていたハトホル女神の聖地であると考えられていたそうです。
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ここでもタフタフというカートに乗っての移動になります。神殿は見えているのですが、巨大な遺跡なので近いようでもかなりの距離がありました。
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こうやって見ると近いように思えるのですがとんでもなく遠いです。
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お昼前の時間になってかなり気温も上がってきたので歩かないで済むのは助かります。12月中旬でも26℃という予報でしたが、実際は30℃くらいの体感温度でした。
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エジプトの人は歩いている方が多かったです。
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小学生の社会科見学の場所としても人気があるようでたくさんの子供と出会いました。たくさんの観光客がいますが「ハロー!」とみんなが手を振ってくれるのでこちらも「ハロー!」と手を振り返します。
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北側の「ドラ・アブ・エル=ナガの丘」は貴族の墓がたくさん並び、発掘調査なのか修復をしているようです。
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まずはいつものようにガイドのヒマさんの説明を聞きます。紀元前1500年ころにエジプトで最初の女王となったハトシェプストのための葬祭殿です。当時のエジプトでは女性は王になれませんでしたが、他方で王の嫡出の長女に王位継承権があり、その夫が王になるという現在では分かりにくい制度になっていました。
ハトシェプストはトトメス1世の長女として王位継承権を持っていて、彼女と結婚したトトメス1世の側室の息子トトメス2世が王となります。 -
しかしトトメス2世の死後にハトシェプストは夫の側室の息子であるトトメス3世が幼少であることを理由に摂政となり、更には自らが王になってしまいます。
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王位継承権があったとはいえ、かなり離れ業に近い形で王になったハトシェプストには野心だけでなく才能もあったと思われます。彼女を支えた有能な官吏も多かったのでしょう。この葬祭殿を設計したのはセンムトという有能な官吏で政治家でした。彼女の愛人でもあったとも言われていますが、後に左遷されています。
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混乱したエジプトを再統一した中王国時代最初の王メンチュヘテプ2世は、この地に初めてテラス式の葬祭殿を建設しました。初期のピラミッドに付随する葬祭殿と、地下に掘られた複雑な岩窟墓を合体させたものでした。
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墓と神殿を結び付ける様式、つまり古王国時代のピラミッドと葬祭殿が建造されていたものを復活させています。そして死んだ王は葬祭殿で神格化されアメン・ラー神として崇拝されます。
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まずは葬祭殿の左側の見学から始まります。ここはまだガイドさんと一緒の行動です。このエリアは「ハトホル女神礼拝所」と呼ばれています。ハトホル女神はエジプト到着の初日にアスワンの「イシス神殿」で最初に教わった女神です。その後の各地で何度も出会っているので詳しくなりました。
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ハトホル女神は愛と喜びの女神で、人々を幸福に導くとされています。ホルスの妻でもあります。大きな太陽を載せた牝牛の角を持った姿で描かれることが多く、時には牝牛そのもので表されます。
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またハトホルはエジプトの神としては珍しく正面を向いた顔で表現されることが多く、その時は耳が牛の耳として描かれます。ハトホル女神礼拝所には、牛の耳を持つハトホル女神の顔を刻んだハトホル柱や、ハトホル女神の象徴である牝牛のレリーフなどが色も鮮やかに残っています。
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ここでは非常に状態のよい姿で残されていました。
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壁面のレリーフは完全に雌牛の姿で表わされたハトホル女神の姿があります。
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そしてその乳を吸うハトシェプスト女神の姿があります。これによって自身が正当な王位継承者という事を表しているそうです。
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また別のレリーフでは太陽円盤とダチョウの羽根の冠を被った姿で描かれています。この雌牛の姿のハトホル女神が涙を流している姿が印象に残りました。
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続いて「プント交易」のレリーフの続く壁に移ります。ここもガイドさんの説明で見学します。この葬祭殿には戦う場面が無いので、この時代は平和だったと説明されるテレビ番組を見掛けましたが、本来の王のトトメス3世は治世の前半はハトシェプストの補佐という形でしか政治を行えていません。大半の時間を軍隊で過ごしたと伝えられ、この時期の経験から高い軍事的能力を身につけ、ハトシェプストの退位後となる治世の後半はハトシェプスト時代の外交を改めて周辺諸国に遠征し、国威を回復してエジプト史上最大の帝国を築いています。メギドの戦いでの大勝で名高い。その積極的な外征と軍事的偉業から、「エジプトのナポレオン」と呼ばれることも多いそうです。全く平和であったかという事には疑問を感じました。
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現在のエチオピア辺りにあったと言われるプントの国との交易についてのレリーフを見る限りは平和な世界を感じます。大きな船で紅海を航海してプントの産物を山積みした姿はエジプトの栄華を感じました。
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海の中の魚なども詳しく書かれていて、表現の仕方がアンコール・トムのトンレサップ湖のレリーフを思い出させましたが、こちらの方が数千年古いと考えると改めてすごいなと思います。
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ミルラの生木や黒檀や無垢の象牙、ティシェベスとハスィトと呼ばれる香木や香料などが描かれています。この一連のレリーフに緑色が残る木々がありますが、これが葬祭殿の入り口に2本だけが残った木の根なのだと気がつきます。
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社会科見学の子供たちの数は本当に多かったです。やんちゃな子が多くて先生に怒られています。ここで自由時間が30分ほどもらえて解散します。
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ここからスロープを登って第3テラスに向かいます。第3テラスにはこれといったレリーフなどの建築物はありません。
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古い写真を見るとこの第3テラスは原形をとどめていなかったので、ほとんどが修復されたものだと思います。周囲にいくらでもある石灰岩なので新しく切り出したようです。ただそのおかげで美しい建築の全体像を見ることが出来ます。
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腕を胸の前でクロスさせたオシリス神のポーズを取るハトシェプスト像です。オシリス神は冥界の神かつ再生復活を司る神です。
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往時はいったいどれだけの数があったのでしょうか。顔の部分の色がかなり残されています。
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ここで思ったのがカイロのエジプト考古学博物館に収蔵された「ハトシェプスト女王のオシリス神頭部」はここにあったものだということです。非常に美しく彩色が残されているので、これが像全体だったと考えると出来た頃の美しさはどんなだったのでしょう。
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「兵どもが夢の跡」といった感じです。
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ここに残された中で一番美しく残っていたハトシェプスト女王の顔です。つけ髭はあるけどやっぱり女性の顔だと感じます。
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一番混雑していたのは至聖所に至るこの辺りです。子供たちが溢れかえっています。
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ハトシェプスト葬祭殿の至聖所が公開されたのは2017年12月で、1961年から56年間は地中海研究センターの作業の一環として、ポーランドのワルシャワ大学が修復を行ってきたそうです。葬祭殿の最上階の中庭西壁の真ん中にあるのがアメン・ラー神の聖域とプトレマイオス朝時代の柱廊式玄関です。
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プトレマイオス朝時代の花崗岩製の柱廊玄関を通って中に入っていくと、アメンの聖域に入ります。バーカホールと3つの礼拝堂があります。第1の部屋は儀式でアメン神の神像を納める場所で1年前ではこの中に入ることが出来なかったそうです。
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第1の部屋は儀式でアメン神の神像を納める場所でもっとも壮大な場所です。この儀式は「パ・ヘブ・ネフェル・エン・パイ・ネト」(谷の美しき祭)と呼ばれていました。
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ここで印象に残ったのはナイル川周辺で見られるであろう風景や、そこで生きる動植物の姿です。まるで鳥類図鑑のようでした。
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ナマズのような魚や蓮やパピルスなども。
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イラストとしても完成されたデザインの高さを感じます。
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魚が泳ぎ、その横を鳥が歩いています。
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ここまでナイル川をクルーズしてきて周りの景色を見ていなければそう感じなかったかもしれません。
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神々に捧げものをするネメス頭巾を被ったファラオの姿はハトシェプストでしょうか。
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かなり剥離していますが上下のエジプトを結ぶハピの姿が読み取れます。
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雄羊の頭の姿は太陽神ラーの夜の姿でしょうか。夜空の満天の星の下に描かれているのでそう感じました。
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地齋のレリーフでは全体像が分かりませんが、ラーの乗る聖船の船首の部分が雄羊の頭になっているようでした。
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神々への供物も色鮮やかに残されていました。
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至聖所に向かって右側には太陽神祭壇があります。ここも2015年2月に一般公開された場所です。
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祭壇の周りは人がたくさんで写真を撮るような状態ではありませんでした。少し待てば空くのでしょうがそんな時間はありません。
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ハトシェプスト女王のカルトゥーシュがありました。ハトシェプストの意味は「最も高貴なる女性」で即位名はマアトカラーで意味は「真実とラー神の魂」です。
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ハトシェプスト女王の葬祭殿は詳細まで知らずに見学に来てしまいましたが、数々のレリーフなど見どころがたくさんあって得した気分です。
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続いて右側のアヌビス神の礼拝所に向かいます。ハトホル女神の礼拝所に対を成す場所なので何かあるだろうくらいで見に行きました。
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捧げものの前に坐するアモン神のダチョウの羽根のアテン冠の色がきれいに残っています。
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捧げ物も良く見て行くと早朝に見たネフェルタリ王妃の墓に描かれていたものと表現が同じだと気がつきます。
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ホルス神の前のレリーフは丁寧に削られていました。ここにはハトシェプスト女王が描かれていたのではないでしょうか。トトメス3世は実権を掌握してからは義母のハトシェプストの存在を抹殺しており、ハトシェプストの名前や肖像を軒並み削り取ります。これには「恨みによるもの」とした説と「女王の前例を残さないよう、即位した事実を抹消する為」とした説があるそうです。
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絵画としても完成しているような鴨のレリーフです。
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アヌビス神の坐像のレリーフです。とても美しい色使いです。
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回廊の天井はラピスラズリの群青に満天の星が美しいです。
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軒桁の浮彫はトトメス3世がメンフィス起源の葬祭の神ソカリスにぶどう酒の供物を捧げています。ソカリス信仰はブタハとオシリスに対する信仰と結び付けられていたそうです。
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足元には有翼太陽円盤と王名のカルトゥーシュ。上のカルトゥーシュはネスウビト・メン・ケペル・ラー(太陽神ラーの出現は永続する)で、下はサー・ラー・ジェフウティ・メス(トト神の誕生)でトトメス3世の名前です。
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最後に少し時間があったのでハトホル女神の礼拝所に戻ってみます。
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アメン神の指をなめる雌牛の姿のハトホル女神の姿はリアルです。
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この雌牛の涙を流すような姿が心に残りました。
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先ほどは奥まで進まなかったので先に進んでみると、色鮮やかな人物像が描かれていました。
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戦いの姿かと思って近づいてみると農工具や木の枝を持つ人々のようです。
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アンクが連続したレリーフも綺麗でした。1つ1つの意味が読み解けたら楽しいでしょうね。
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首から下げた人間の顔をしたハトホル女神の顔が可愛らしいです。
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ヘヌ冠と呼ばれる冠は第18王朝のファラオが被ったものだそうです。レリーフが残っているとすればトトメス3世の姿でしょうか。
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ハトホル女神の礼拝所の係りのおじさん。みんな暇そうに座っているのが特徴です。
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さて、妻はどこへ行ったかとカフェに行ってみると隠れてアイスを食べていました。絵葉書などもバカ高いので買いませんでした。ここ1軒しかないので強気の商売です。
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「この木はハトシェプスト女王葬祭殿の壁面に描かれたプント王国との交易によりもたらされた木です。」みたいなことが書かれています。一対で2本残っていました。
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ここでも子供たちをからかって遊びます。
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エジプト滞在中で一番熱い時間帯に日陰の無いところを歩いたのでお疲れのようです。エジプトは蓮の花が神聖視されるので、ミャンマーのインレー湖で買った蓮の繊維で織られたショールを被っています。
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帰り道のお土産物屋も声が掛からなくて気が抜けます。チラ見しても欲しそうなものは無いのですがちょっと寂しいです。
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いつしかおじさんたちとのバトルが面白くなってきているのですが、コムオンボのガラベイヤのバトルが最後だった気がします。
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葬祭殿を出てメムノンの巨像へ向かうと、道中にはアラベスクの店やパピルスの店などが並んでいますがどこにも立ち寄らないようです。
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これだけ並んでいると1軒くらい覗いてみたい気がします。
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石像が並ぶ姿が見えてくるとメムノンの巨像はすぐに到着です。バスを降りて15分くらいの見学時間がもらえます。説明はバスの中ですぐに済みました。
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「メムノンの巨像」はアメンヘテプ3世が作った巨像で、ギリシア神話の伝説のエチオピア王のアガメメムノン王とは関係ありません。アブ・シンベル大神殿のラムセス2世の像が21メートルに対しこの像は18メートルの高さだそうです。
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元々はこの像の後ろにアメンへテプ3世の葬祭殿があり、延々と列柱が続く葬祭殿の入口の部分でした。 なぜメムノンと呼ばれるかというと、向かって右側の像が紀元前27年の地震でヒビが入り、夜明けになると温度差や朝露の蒸発のせいで、うめき声や口笛のような音を発することからだそうです。
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メムノンの巨像は声を聴こうと詰めかける人々で古代から観光地化して、その中にはハドリアヌス帝と妻のサビナもいたそうです。サビナは紀元130年にメムノンの巨像を訪れ「日の出後の最初の1時間のうちに、メムノンの声を2度聴いた」という証言を残しています。地中海世界を旅しているとハドリアヌスの凱旋門だったり、彼の旅した足跡に出会うことが多々あります。ここでもまた出会ってしまったわけです。
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実際は葬祭殿の主であるアメンヘテプ33の座像です。
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足元には正妃だったティティの姿が残っています。エジプト人ではなくミタンニ王国の平民出身といわれ、本来ならファラオの正妃にはなれない血統のはずです。アメンホテプ3世に大切にされたらしく、他の妃とは一線を画した扱いを受けていたそうです。ツタンカーメンの後にファラオとなるアイの実妹にあたります。
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石像は破壊されて隙間がたくさんあるので現在は鳩の巣になっているようです。その話は聞いてはいましたが、こんなにたくさんいるとは思いませんでした。
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有名な石像の奥にも一定間隔で石像が残っています。その先に葬祭殿があったのだろうと想像できます。
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鳩は一定の時間で右の像から左に移り、また右に移るのでそのタイミングで写真を撮りたいと思いました。
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残念ながら鳩は飛びませんでした。
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周囲には観光客相手にお店がありますが、写真を撮るとすぐに立ち去ってしまうので商売になるのでしょうか。
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駐車場の屋台も暇そうです。日差しが強くなってきたので店番も日陰に入っているのか姿は見えません。そろそろお昼の時間になりました。この日はルクソール西岸のレストランで食事のようです。今回のツアーでクルーズ船以外での食事は予定表上は初めてです。
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