2018/05/26 - 2018/05/26
1位(同エリア349件中)
norio2boさん
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4TのQ&Aに「アプトンハウスの情報をお持ちの方いませんか?」という質問をさせて頂いたのが、2017年9月7日のことでした。
こんな質問をさせて頂きました。
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アプトンハウスの情報をお持ちの方いませんか?
エリア: ストラトフォードアポンエイボン
質問日時:2017/09/07 07:35:50 締切:2018/05/01 緊急度:いつでも
回答数:2件
Upton Houseに行きたくて情報を集めています。ロンドン市内から北西に85マイル、車だと90分くらいのところです。
住所は
near Banbury, Warwickshire, OX15 6HT
です
HPは
https://www.nationaltrust.org.uk/upton-house-and-gardens
です。
このUpton Houseはシェル石油の創業者の大邸宅がナショナルトラストになっています。
そこに創業者夫妻が蒐集した3000近い美術品を収蔵するミュージアムがあります。ここにブリューゲル(父)の作品が1枚ありそれを見たいのです。
直接メールで問い合わせ(2回)していますが、人手が足りないようで、ご返事がありません。
イギリスはロンドンしか知りません。(ツアーではオクスフォード、ストラスフォードアポンエーボン辺りを回りました)
5月にロンドンに行くので出来れば日帰りで行ってみたいと思っています
どうも、広範囲なエリアのようです。4Tで検索してもUpton Houseの旅行記、クチコミはヒットしないようです。
側面情報でも結構です。
何かアドバイス頂けたらうれしいです。
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この質問に対して、青山蒼渓さん、夏目さんのおふたりからご回答を頂きました。そのほかにMさんから直接のメッセージも頂きました。
とても参考になりました。
ありがとうございました。
この旅行「ブリューゲルをたずねる旅~2018年5月アプトンハウス」はこのような4Tの皆さんのアドバイスがあって計画を完成させる事が出来ました。
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この旅行の本来のメインテーマは「RHSチェルシーフラワーショウ」の見学です。
時期は「RHSチェルシーフラワーショウ」が開催される5月です。
その旅行記は別に書いています。
下記をご覧下さい。
https://4travel.jp/travelogue/11364009
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- タクシー
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
羽田空港発のANA便でヒースロー空港に向かいました。
羽田空港国内線の建物の中にあるエクセルホテル東急に前泊しました。羽田エクセルホテル東急 宿・ホテル
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イギリスの新ポンドの写真です。
プラスチック素材で透明部とホログラムでセキュリティを向上させています。
イギリスポンドは頻繁に変更されますね。
半年以上過ぎると、基本的に買い物で旧紙幣は受け取ってくれません。
イギリス政府が頻繁に変更する目的というか必要性は何なんでしょうか?
残ったポンドは空港で必ず使い切る事にしています。
前回はコインは大丈夫かなと思い1ポンドを10枚残して持っていました。
今回見事に使えませんでした。
同じ時に残ったオイスターカードは、何の処理もしなかったですがスムーズに使えました。反応しない改札は違う改札でタッチすると入れました。
100ポンドを羽田空港のみずほで15990円で両替しました。ポンドは11~12円の手数料が上乗せされますがこれも理解出来ません。
ドルやユーロは2円くらいです。
今回の旅行では60ポンドほど使い残しました。
ヒースローのお土産屋さんでコインも含めて全部使いきりました。
チップ以外はカード(最近のロンドンの主流はタッチ式カード!)で決済出来ます。
その分だけポンドがあれば良いと思います。
今回、ホテルのコンシェルジュにポンドを用立てて貰い、返却はルームチャージにすることを初めてやってみました。
(ホテルによるかも知れませんが)頼んで見ると簡単に出来たりするものです。
あと、カード決済のレートですが150円~149円でした。両替より9~10円安かったです。
ポンドは手数料が高いし、頻繁に新デザインに変更されて半年後には使えなくなるのでカード決済が良い選択肢だと思います。羽田空港国際線 ANA スイートラウンジ (110番ゲート付近) 空港ラウンジ
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エクセル東急ホテルは食事なしで19800円/2人でした。
国内線から国際線への無料バスは6時半から運行しています。
Webチェックインは済んでいるので荷物だけ預かって貰って出国手続きし、ラウンジで朝食を頂きました。羽田空港国際線 ANA スイートラウンジ (110番ゲート付近) 空港ラウンジ
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到着前のイギリス上空の写真です。
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今回のロンドン行きのメインテーマはチェルシーフラワーショウの見学です。
妻の古希のお祝いでチェルシーフラワーショウの見学を企画しました。
5泊のうち1日をブリューゲルのあるアプトンハウス行きにしました。
写真はイレブンカドガンガーデンという宿泊したホテルです。チェルシーフラワーショウの会場まで2kmくらいのところにあるホテルです。
フラワーショウは昼からは大混雑になります。
ショウは朝8時からオープンします。
落ち着いて見学するには近いホテルを選んで良かったと思いました。
RHSチェルシーフラワーショウの旅行記は
https://4travel.jp/travelogue/11364009?lid=notice_vote_travelog11 カドガン ガーデンズ アンド ジ アパートメンツ バイ アイコニック ラグジュアリー ホテルズ ホテル
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チェルシー地区はロンドンの高級住宅街です。
スローンという貴族のお嬢さまがガドガン家へ土地を持参金として嫁いで来たのが1700年代です。
カドガン家が所有する土地の広さは10万坪です。
東京ドームの広さは15000坪ですから東京ドームの7個分となります。
あの高級デパートのハロッズの敷地もカドガン家が所有しています。
スローン家の名前も残っています。
11カドガンガーデンホテルに近い地下鉄の駅はスローンスクエアステーションです。スローンスクエアステーションからハロッズに続くブチック街の通りはスローンストリートです。スローン スクエア駅 駅
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11カドガンガーデンホテルの正面入り口です。
チェルシーフラワーショウ開催期間中はショウを協賛して入り口を植栽と花で飾っています。
アプトンハウスへの行き方は
1)ロンドン市(Marylebone Station)から電車(毎時2本運行)で55分で最寄りの駅であるBanbury まで行き、後はタクシーで20分で到着する方法です。費用は1人60ポンドです。
2)Uber の安いタイプで150ポンド
3)ホテル手配のタクシーで270ポンド
の三択です。
もう少し若くて運転が上手ければ、レンタカーで田舎道をドライブも魅力的なんですが、、、、、 -
コンチネンタルの朝食は自分で取りに行きます。
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こちらはイングリッシュブレックファストです。
玉子二つを(目玉焼き、オムレツ、スクランブル、ゆで卵のお好みで)
カリカリベーコン
焼きトマト
焼きポテト
焼きソーセージ
焼きシイタケ
薄切りトースト
煮豆
などがお皿に載って出て来ます。 -
結局は、安全と利便性を考えて、Uberで直接Upton Houseまで行くことにしまた。
Uberに来てもらい9時出発しました。
遠方へのUberはドライバーが付かないようです。
帰り空車で帰るのはお金にならないからでしょう。
ドライバーはアフリカのケニア(イギリス連邦加盟国)から叔父さんを頼ってイギリスへ出稼ぎに来ている青年でした。将来は国に帰ってやりたい仕事をするためファイナンスの学校へ通っていると話していました。
ホテルから140km2時間弱でアプトンハウスへ到着しました。
料金は200ポンドでした。
(Uberに登録したカードで決済されますので現金は必要ないです)
僕は、行きも帰りもイビキをかいて熟睡していたと妻が言っていました。
高速道路を進み田舎道を進んだようです。
田舎道のデコボコで目が覚めました。
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アプトンハウスはナショナルトラストにより運営されています。
少人数で運営されているせいかウェブにメールで問い合わせしても返事は期待出来ません。
これまでの「ブリューゲルをたずねる旅」で何回か作品が不在で見れないことがありました。
今回のアプトンハウスはピンポイントの訪問先です。
せっかく遠路はるばる来てみて見れないのは最悪です。
今までで、作品がない理由は修復している、他の美術館に貸し出している、美術館の建物が改修中とかがありました。
先ほどの、4Tへの質問の返事に「メールで問い合わせするよりもInstagramやFacebookに書き込んだ方が返事が確実で早い」というアドバイスを貰いました。
早速、その通り、アプトンハウスのInstagramにブリューゲルの作品が(5月26日に訪問するが)展示されているか?問い合わせしました。
(アップの画面に公開でメッセージ入れた方が良いようです。)
返事は翌日直ぐに貰えました。
そして10月からウィーンの美術史美術館でブリューゲルの没後450年展が開催されるという情報も貰えました。
10月の没後450年展にはこの作品はウィーンで見ることが出来ます。
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その時の送信メッセージと受信メッセージを貼っておきます。SNSでの文章は簡潔な方が良いと思います。
I will visit Upton House on 26 May 2018.
I want see the painting Pieter Bruegel the elder's 'The Dormition of the Virgin'.
This picture belong to your Accredited Museum.
Is it possible to see this 'The Dormition of the Virgin' when I visit you?
返事です
Hello, yes the painting will be here in May. Later in the year it's Vienna for a Pieter Bruegel the Elder exhibition commemorating the 450th anniversary of the artist's death, Kunsthistorisches Museum Vienna, October 2018 to January 2019.
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写真は駐車場からチケット売り場のある建屋への入り口です。11時オープンだと書いてあります。
帰りも来た時のUberで帰ることにしました。
片道で帰りは空で帰るのはかわいそうだし、ドライバーは4時にはここに戻って来ると言ってくれました。アプトンハウスは入場は4時15分で終了、5時で閉館です。
そんな訳で、4時にここで集合としました。
ちなみに、電波は弱くてプリペイドSIMのEEではここは不感エリアでした。
事務棟ではWifi電波は拾えました。 -
木のパネルにアプトンハウスの案内図がありました。
全体図の右下にはいくつかの注釈が書かれています。
右脇にあるナショナルトラストの小屋(Visitor Reseption)に今あなたはいます。
ベアステッド卿夫妻の工夫して作ったアップトンハウスをお楽しみください。
介護犬以外の犬の入場はお断りします。
詳細はウェブサイトからダウンロードしてください。
入場料は寄付付きで12.6ポンド一般11.45ポンド子ども寄付付き6.3ポンド一般5.7ポンドです。 -
ナショナルトラストの小屋です。
ここで、チケットを買います。
シニア2人で22.9ポンド(カード払い)でした。
インフォメーションも兼ねています。
「ナショナルトラスト」とは
自然、歴史を保護するため住民がその土地を買い取る制度,運動のことです。
良く知られているナショナルトラストの実施事例は、絵本の「ピーターラビット」の作者であるビアトリクスポターの活動だと思います。彼女は絵本の印税を活動につぎ込みます。
そして死後には、買い集めた湖水地方の4000エーカー(東京ドーム350個分!)の土地と15の農場、建物をナショナル・トラストに寄贈しています。
本家のイギリスでは、1907年に資産保全、寄付の譲渡不能原則、公開原則,非課税措置などを含む「ナショナルトラスト法」が制定されています。
ナショナルトラストの活動を国として支援しています。
会員数は 113万人,資産面積は 18万 haをこえています。 -
ナショナルトラストの小屋を進むと本館に向かうメインロードに突き当たります。
イギリスの朝は朝露に濡れています。
この日も昼間になって陽が上がると夏日でした。 -
本館前の車寄せの手前を左に入るとショップとトイレがあります。
植物の苗の売店の右奥の小屋(写真右奥)で館内を見学するツアーの時間の予約をします。
絵画コレクションを見に来たと言うと13時からのグループになりました。
2時間ほど時間があったので庭園を先に散策することにしました。 -
アプトンハウスのショップでは植物の苗や園芸用品が主に売られています。
「アプトンハウスの解説」と「アップトンハウスの絵画と磁器」の本がありました。2冊で14.5ポンドでした。
イギリスは本は無税ですので安く感じます。
解説本によると
アプトン家の名前が出てくるのは1200年代です。
その後、地主は転々としますが1695年にラッシュアウト卿が本館の9本の柱の部分を作っています。
南側の部分は18世紀に増築されています。
1927年にはシェル石油の創業者一族サミュエル家(バーステッド子爵家)に売却されました。
1948年にはサミュエル家からナショナルトラストに寄贈されています。 -
本館から見たアプトンガーデンの眺望です。
-
石垣で囲まれたバラ園です。
小さな蕾がついていました。本格的に咲くのはあと1ケ月後でしょうか?
この適度な湿気がバラの育ちには良いとのことです。
笛を吹く少年(牧羊神、下半身は山羊の脚を持つ)の像が真ん中に飾られていました。 -
本館方向を見ています。
解説本によればミラープール(反射池)と呼ばれています。 -
本館を背にしてミラープールを見ています。
手入れの行き届いた庭園です。
ゴルフコースだったら、谷越えの長めのショートホール190ヤードパー4といった感じもする広さです。
シェル石油の創業者一族サミュエル家(バーステッド子爵家)はここで大勢の客を招待して乗馬による鹿狩りなどを行なっています。
特にバーステッド子爵夫人は狩がお好きだったようです。 -
これから先は羊が放牧されているエリアです。なんともノンビリした世界です。進入禁止エリアになっていました。
乳母車に赤ちゃん載せた若夫婦がいました。
近所なのでよく来るんだと言っていました。
僕らのグループの見学の13時の集合時間が近づいたので本館に戻ります。
帰りは当たり前ですが、登り坂です。 -
僕らの13時集合のグループの集合場所は本館の正面入り口前でした。
シェル石油の創業者一族サミュエル家(バーステッド子爵家)がナショナルトラストにここを寄贈したのは1948年です。
もう70年も前です。
当時はもう少し立派だったのかも知れませんね? -
僕らのグループのメンバーです。
日本人はともかく居ません、旅行用品を持った人(観光客)もいませんでした。
4Tで検索しても出てこない観光スポットですからね。
観光客が来ると言うより地元の人が楽しむところのようです。
家族づれが多かったです。
あとは、杖を持った高齢者の方が多かったです。
7月になって庭園の花が咲き始めるとアプトンハウス主催ジャズコンサート+カクテルパーティとかのイベントが開催されているようです。
見学ツアーが始まって、ナショナルトラストの職員1人でがアプトンハウスの歴史と概略の説明をしてくれました。 -
アプトンハウスの歴史
Mr.A.R.Motion(アンドリューモーション氏)がアプトンハウスを所有していた時代の写真パネルが掲示されていました。
高校か大学の文化祭の展示のようで手作り感が強いパネルですね。
写真に写っている男性たち女性たちは帽子を着用しています。
男性はハンチングにスリーピースのスーツ。
足元はニッカーボッカー。
ストライプの長い靴下です。
口にはドロップ型のパイプを咥えています。
アンドリューモーション氏がアプトンハウスを購入したのは1894年です。
イギリス王家のしきたりの一つに、慶弔の時に詩をよむ「桂冠詩人」という称号の役職があります。
アンドリューモーションはこの「桂冠詩人」祖父にあたるようです。
この頃には、現在の形式の建屋がほぼ完成していたようです。
現在では本館には客間が6、寝室が15、浴室が3あります。 -
このアプトンハウスの自慢の一つに英国磁器のコレクションがあります。
この分野はよく知りません。
18世紀中頃の磁器のコレクションで貴重なもののようです。
ロンドンのヴィクトリアアルバート美術館やニューヨークのメトロポリタン美術館に貸し出されたこともあったようです。 -
こちらは磁器の食器の数々です。
磁器としての歴史上の重要性のある物のようです。 -
暖炉のある居間です。
inglenook=「暖炉のそば」と解説されていました。
暖炉の前の丸テーブルに置かれているのは「ドールハウス」です。
サミュエル家のお嬢さまたちのおもちゃです。 -
暖炉のある居間とビリヤードルームの間の部屋です。
-
ビリヤードルームと呼ばれる部屋です。
ビリヤード台、玉を突くキューを立てる高級なキュースタンド、スコアボードが置かれていました。
ビリヤード台はポケットがコーナーとサイドの真ん中にある台です。
これはエイトボールとかポケットと呼ばれる競技に使われる台です。
帯なしと帯付きの玉をポケットをして落としてゆきます。
最後に8番の黒玉を落とした方が勝ちになります。
解説によるとこのサミュエルの長男(サミュエル3世)はビリヤード台の上に板を渡してミニチュアの汽車を走らせるジオラマを置いて遊んでいたそうです。
この3つの部屋が繋がった大広間はサミュエル家族の夕食後の団らんの場所だったのです。 -
ビリヤードルームを抜けて階段を数段上がると名画が飾られている廊下になります。
突然、名画が並んでいます。
雰囲気が大きく変わるので驚きます。
まずは、
El Greco エルグレコ(1541~1614)
「聖衣剥奪」The Disrobing of Christ
1577-78年 板に油彩 56x35cm
この絵はエルグレコの代表作です。この主題でグレコは7枚描いていた(残っている)はずです。
エモーショナルな宗教画を描くエルグレコはローマカソリック教会の期待する「ガイドラインに従順な」発想をする画家では無かったようです。
逆に言えば自分の絵の才能を何よりも最優先させた天才画家だったと思います。
当時の絵画への需要(注文)は教会からの宗教画がほとんどでした。
もう一つの需要は、王族貴族から肖像画と言えば自分の威厳を示すもの、記念画、お見合い画等々くらいのものでした。
自由な発想で自分の部屋を飾るための絵画への需要が出てくるのは海洋貿易で商業が盛んになり大金持ちが出てからのことです。
宗教画は注文主である教会(この場合ローマカソリック)からガイドラインの範囲で描くことが要求されていました。
宗教画が教会にとって重要なのは、当時の一般市民の識字率の低さにありました。
歴史学者によると、中世(10~15世紀)の識字率は2割も無かったと言われています。
信仰を深める事が文字が読めないので無理ならば、「見る聖書=宗教画」がキリスト教の信仰を深めるための有効な道具だったのです。
司教が信者の信仰を深めるため聖書を読み、該当箇所の絵(宗教画)を解説することは教会の重要な活動でした。
その為には、教会で飾られる宗教画は聖書の記述に忠実でなければなりません。
ローマカソリック教会の指針にそぐわない画家とその作品は支払いを拒否され、教会内に持ち込むことを拒否されたのでした。
エルグレコとこの彼の作品「聖衣剥奪」もその被害を受けています。
「聖衣剥奪」のうち最初に描かれた作品はトレド大聖堂にあります。
寸法は285x173cmとアプトンハウスの作品の縦横それぞれ5倍の大きさです。
完成後、
1)左下の3人の女性(聖母マリア、マグダラのマリア、小ヤコブのマリア)の描写が異教徒的であるとされ、
2)画面上部でイエスキリストよりも群衆の方が上部に描かれていることは教会からすると許されないとされました。
当初は作品の受取を拒否され、最終的に大幅に支払いを1/3に減額されています。
エルグレコは支払いに不満で訴訟を起こしています。
この「聖衣剥奪」はアプトンハウスの他に
アルテピナコテーク
リヨン美術館
ブタペスト国立美術館
他に3ケ所にもあります。
これらはエルグレコの手による作品=真筆です。
リヨンとブタペストの作品では異教徒的であると指摘された「3人の女性」の部分が削除された作品になっています。
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いい絵、いい画家の条件の一つに「知らずに見ても作者が分かる」があると思っています。この絵はグレコだすぐ分かります。
道を歩いていて、あちらから来る人がAさんだと分かるのは、Aさんを認識しているからです。
同じように、あの人はAさんに似ているけど本人ではないと言う場合はどうでしょうか?
この人はAさんではないけども、特徴的な部分だとか身のこなしが似ていると認識して識別しているのです。
このような人間個人誰でもが持つの画像認識能力、分別技術(本能)は絵画鑑賞の楽しみの基本だと思います。 -
「最後の晩餐」14世紀のイタリアのファブリアーノ地方の祭壇画画家(Puccio di Simone)の作品
ポプラの板に油彩 22x106cm
このレイアウトの最後の晩餐は初めて見ました。
左側にイエスキリストがいて12人の弟子たちが長いテーブルに座っています。
ユダはどこでしょうか?
多分、この絵は(小さいながらも)教会か教会に準ずる施設に飾られていたものだと思います。
識字率の低かった当時のことです。
宗教画の位置付けは「見る聖書」でした。
聖書の記述を正しく画像に再現すること、
信者に余計な疑念を抱かせないこと、信者の信仰心をさらに深めるのが「宗教画」の使命だったのです。
ユダはどこなの?と信者は聞くでしょう。
この絵を描いた画家は簡単にユダを表現しています。
そうです頭部に金環がない人物です。
あと、使われる表現手法としてはイエスを売った報酬のコインの入った袋を握りしめている人物を描いた画家とかご覧になったと思います。
アプトンハウスの解説文によると
やはり、この「最後の晩餐」は Santa Maria di Ricorboli というフィレンツェ近郊の教会にあったもののようです。
極端に細長くて小さな寸法の理由は教会の祭壇の背後の飾り絵の基底部の一部分を形成する帯状の絵画だったためだそうです。 -
左側に座ったイエスキリストです。
イエスの膝には使徒ヨハネが頭を預けています。
使徒ヨハネはレオナルドダヴィンチ(1452~1517)の「最後の晩餐」(1495~98)ではイエスキリストの左側にイエスとVの字を描く形で描かれています
ダヴィンチの「最後の晩餐」でユダは銀貨の袋を持つ男として描かれています。
この作品では使徒ヨハネにもちゃんと金環が描かれています。イエスキリストが愛した使徒ヨハネは「裏切り者は誰ですか?」と聞いているようです。 -
一番右に座るイエスに話しかけている弟子は誰でしょう?
朝に鶏がなくまでに3回イエスキリストを知らないと予言されたペテロではないでしょうか? -
「東方三博士の礼拝」The Adoration of the Magi
Triptych(3枚続きの祭壇画)です。裏面は(キリストを処刑したローマの提督)ピラトの前のイエスキリストです。
伝ヒエロニムスボッシュ(1450~1517)作かヒエロニムスボッシュの工房作とされています。
1500年頃の制作 板に油彩 中央パネル90x72cm
両翼パネル88x29cm
ボッシュの作品の中で、代表する主題の絵画です。
ブリューゲル(父)はこの主題で描いた作品が3枚残されています。
ブリュッセルのベルギー王立美術館
https://4travel.jp/travelogue/11119046
ロンドンのナショナルギャラリー
https://4travel.jp/travelogue/11119616
スイスのヴィンタートゥールのオスカーラインハルト美術館
https://4travel.jp/travelogue/11227167
ブリューゲルのベルギー王立美術館の作品にはボッシュのこの作品の影響が大きいと思いました。 -
中央パネル部分の拡大写真です。
マタイ伝2:11
「そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた。」
マドリードのプラド美術館にこの「東方三博士の礼拝」の最初に描かれた作品があります。
プラド美術館の作品は138x138cmのサイズです。
ニューヨークのメトロポリタン美術館には1475年制作(マドリードのプラドやアプトンハウスの制作年より25年ほど前のボッシュ25歳頃の)の初期の作品(全く違う構想で描かれています)があります。 -
幼な子イエスキリストと聖母マリアの部分の拡大写真です。
東方三博士は黄金、乳香、没薬を持ち礼拝を行なっています。
この主題で描かれた作品は多いです比較して鑑賞するのも楽しみの一つです。 -
ジェラルドディヴィッドGerard David (1460オランダのアウデワーテル生まれ~1523)
「音楽を奏でる2人の天使たちのいる聖母子像」
The Madonna and Child with Two Musicmaking Angels
オーク板に油彩 16x12cm
Diptych (2枚折りの祭壇画)の左部分と推定されています。右側部分はニューヨークのメトロポリタン美術館にあるキリスト像とされています。 -
聖母マリアと幼な子イエスの部分の拡大撮影です。
この2つ折りの祭壇画が16x12cmという小さなサイズなのは旅行先での礼拝用のものであったと考えられています。
外装(額縁部分)も豪華でジュエリーボックスを思わせる仕上がりです。 -
Master of the St. Lucy Legend(15世紀後半に活躍)の作品です。
St. John the Baptist and St. Catherine of Alexandria
「洗礼者聖ヨハネと聖カタリナ」
オーク板に油彩 83x26cm
聖ヨハネとキリストを洗礼した聖ヨハネを間違えないよう洗礼者ヨハネと呼ばれています。 -
洗礼者聖ヨハネの部分の拡大写真です。
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右側は「聖カタリナ」です。
聖カタリナは異教徒の横暴な君主マクセンティウスを踏みつけています。マクセンティウスの命令で彼女は斬首刑に処されます。 -
聖カタリナの足元の部分です。
-
ようやくブリューゲル(父)の作品が飾られている場所に来ました。
Instagram経由で問い合わせして作品が5月にはあることを確認していました。
今年2018年の10月からウィーンの美術史美術館でブリューゲルの没後450年展が開催されます。この作品も期間中にはウィーンで鑑賞することができます。
写真はブリューゲルの作品に見入る2人の女性です。
聖母の死の奥にはブリューゲル長男作の「幼児虐殺」手前には「洗礼者ヨハネと聖カタリナ」の2枚パネルの絵が飾られています。 -
ようやくブリューゲルの作品にたどり着きました。
それほど、このアプトンハウスに展示されている作品たちのレベルは高いものです。
アプトンハウスが最初に建設されたのが1600年代です。
持ち主は変わりますが、
1927年にはシェル石油の創業者一族サミュエル家(バーステッド子爵家)に売却されました。
ウォルターサミュエルはアプトンハウスのオーナーになる前から名画蒐集を始めています。
ロスアンジェルスのゲッティ石油のオーナーのポールゲッティと比べると数段、鑑定眼もあり美術史についての知識も持っていたようです。
ゲッティ美術館への旅行記は
https://4travel.jp/travelogue/11330678 -
「聖母の死」1564年 板に油彩 36x54cm
「The Dormition of Virgin」
イエスキリストの母マリアが亡くなる場面を描いています。
この絵は当時のアントワープで大評判となり、この絵を下絵として版画が制作されました。
ブリューゲルはこの絵をグリサイユという画法で描いています。この画法によるブリューゲルの絵は3枚残っています。
あとの2つは
ロンドンのコートールドギャラリーにある「キリストと姦通女」
1565年 板に油彩 24x34cm
ニューヨークのフリックコレクションにある「3人の兵士」
1568年 板に油彩 21x18cm
この画法は13世紀から使われている古典的な画法で、グリサイユと呼ばれています。
グリサイユとはフランス語で灰色の意味です。
ベースを白から黒の灰色の階調で描き、その上にカラーを重ねる描き方です。
線で描いて行く方法ではなく面で構成して行くので立体表現に優れています。
一般には、版画の下絵として、彫刻レリーフのだまし絵の表現に使われています。 -
臨終の時を迎えた聖母マリアは上半身をベッドの背もたれに預けています。
聖ペテロは火のついた細長い蝋燭をマリアに手渡ししています。
その左側にはマグダラのマリアが聖母マリアの枕を押さえています。
黒の階調の画面の中には5つの火が描かれています。
聖母マリアの持つ細長い蝋燭の火
画面中央部の下側に置かれたテーブルに置かれた蝋燭台の蝋燭の火
画面左のマントルピースの焚き木の火
画面中央上部にある2つの蝋燭の火
です。 -
この主題ではルーブル美術館に収蔵されているカラヴァッジォの作品も知られています。
カラヴァッジォの絵はローマの教会からの注文で制作されますが、余りにリアル過ぎて注文主であるカソリック教会から異端的であるとして受け取りを断られたという歴史ある作品です。
この主題は聖書ではなくて、「黄金伝説」という13世紀の年代記作家ヤコブスデウォラギネが記述したキリスト教の聖者と殉教者たちの列伝を主題にしています。
「黄金伝説」は日本人には馴染みがありませんが、ヨーロッパ人なら良く知っている物語なんだそうです。 -
画面中央部に描かれたテーブルです。
テーブルの中央の蝋燭がテーブルの上に置かれた食器類やそばに置かれた椅子、椅子の上に置かれた何か、テーブルの足まで描きこまれています。
「聖母マリアの死」が描かれたのは1564年です。
この年ブリューゲルは39歳です。
前年に結婚したマリアクックには長男が生まれています。
政治的にはプロテスタントへの厳しい弾圧が続いています。
自然環境的にも、1564年冬からはブラハント地方(ベルギーとオランダの国境近辺のエリア)では大寒波により大飢饉になっています。
この年の作品で残されているものは
「バベルの塔(小)」ロッテルダム美術館
「三博士の礼拝」ロンドンナショナルギャラリー
「ゴルゴダへの道行き」ウィーン美術史美術館
「農民の女の肖像」ミュンヘンアルテピナコテーク
があります。
ブリューゲル(父)は画家として充実感に溢れ、あぶらがのって来た頃だったと思います。 -
画面中央部上端の蝋燭2ケです。
壁面のレリーフまで描きこんでいます。
その下には聖母マリアの臨終に集まった人たちの頭部が描かれ参列が続いているのが分かります。
聖書には聖母マリアの死についての記述はありません。
「聖書のその後の物語」として13世紀にヤコブスデウォラギネによって描かれた「黄金伝説」に記述されています。
「黄金伝説」によると、イエスキリストの昇天の後、数十年が過ぎ年老いた聖母マリアは、息子に会いたいと願います。
すると(受胎告知と同じように)天使が来て、3日後に死ぬと預言します。
聖母マリアは臨終の前に、懐かしい使徒たちに会いたいと願います。
すると、天使が使徒たちを雲にのせて運んで来ます。
と言う物語です。
聖母は蝋燭を手に持っています。
これは当時の北方キリスト教の習慣で北方の習慣で、臨終の時に蝋燭を持たせていました。
蝋燭の光はキリスト教の信仰の象徴と考えられていたのです。 -
画面左下部のアップの写真です。
暖炉の火の描き方がさすがブリューゲルです。
手前に描かれた火かき棒と金属の暖炉の枠の黒が白い炎を目立たせて憎い演出(コントラスト)です。
暖炉のそばにはだらしなく口を開けて寝ている女性が描かれています。
と見えますよね?
この人物は「イエスキリストの愛しておられた弟子」である使徒ヨハネであるとされているようです。
イエスキリストの昇天後には聖母マリアに1番近い存在であったと言われています。 -
暖炉の前の床には猫が描かれています。
この絵は一時期、有名な地理学者のアブラハムオルテリスが所有していました。
その後はあの天才画家ルーベンスの手に渡っています。
ルーベンスの死後の1641年に整理されたルーベンスの財産目録にはこの「聖母の死」がリストアップされておりルーベンスの所有した証拠となっています。 -
聖母のベッドの手前の枕には聖母に向かってイエスキリストの十字架が置かれています。
~~~~~~~~~~~~
この作品の描かれた1564年にはあのミケランジェロが88歳(1475年にフィレンツェで生まれ)で死去しています。
この年に生まれた人には1618年に初代の「異端審問所付き美術監督官(聖書の教えに背く宗教画を異端として弾劾するのが仕事)」に就任するフラシスコパチェーコが生まれています。
パチェーコの娘婿はあのベラスケス(1599~1660)です。ベラスケスは「異端審問所付き美術監督官」である義父から「聖像画家」という資格認定を得て社会的地位を確立しています。マドリードに出てきたベラスケスはフェリペ4世に可愛がられ宮廷画家から王の側近、外交官としても活躍するようになります。
フランシスパチェーコは画家としての意味は余りないと思います。
しかしながら、中世西洋美術史に与えた影響には多大なものがあると思います。 -
聖母の左側の部分の拡大写真です。
聖母の一番近くで枕に手をやっているのはマグダラのマリアです。
マグダラのマリアはイエスキリストの磔刑を見守り、埋葬に臨席し、復活を見届けた聖人とされています。
その左には多くの人物が描かれています。
1517年に始まったマルチンルターの宗教改革に対抗してローマカソリック教会が「異端審問官」を各地に配置しプロテスタントを取り締まるようになるのが1545年です。
異端並びに異教徒的なもの多神教的なものは火あぶりで見せしめの公開処刑していくのです。
1645年から始まったローマカソリックのトリント公会議では教義、教会の位置付けをはじめ(プロテスタントに対抗する為に)各派、各地でバラバラだった、カソリック側の意見統一が行われました。
宗教画についてもこの公会議を受けて具体的なガイドラインが決められていきます。
その総元締めが先ほどのフランシスパチェーコです。
そのガイドラインに従わずに、自分の絵画に没入した画家は例えば、エルグレコ、カラヴァッジォをあげることが出来ると思います。
このガイドライン違反した作品はカソリック教会から値引き交渉されたり、作品の受け取り拒否、教会での展示を拒否されたりしています。
描き直しをした作品もありました。
ブリューゲル(父)は病床で妻に「危ない作品」の廃棄を命じたと伝わっています。
自分の作品が社会から排斥され、家族に迷惑がかかるのを恐れた為の処置だと言われています。
ブリューゲル(父)の作品は一枚も教会で飾られたことはありません。
そんな環境のブリューゲルでさえ、家族への迫害、避難を恐れていたのでした。
どんな絵「危ない絵」を廃棄させたのか見てみたいものです。 -
暖炉の上に飾られた聖像、その手前の燭台とロウソク部分のアップ写真です。
聖像の背中には聖母のベッドの方向からの光を受けて影が描かれています。
なんというブリューゲル(父)の描画技術の高さでしょうか!
一見すると水彩とも見えるこの無彩色に近い油彩はグリサイユと呼ばれる古典画の技法です。
グリサイユ(Grisaille)のGrisとはフランス語で灰色の意味で、一般的にはグレーの階調描かれた絵のことです。線描で対象物を描くのではなく明度で表現しますので立体や奥行きを表現出来る手法です。 -
手前の丸テーブルの上には低い燭台が置かれていて周りに置かれた食器を照らしています。
ブリューゲル(父)はグリサイユ画法で立体感を表現しています。
そしてこの絵を見ているとそれ以上に静謐な精神性の演出を意図していることが分かります。
この作品の注文主はブリューゲル(父)のアントワープ時代(結婚前)からの友人アブラハムオルテリウス(1527~1598)です。彼は当時の大航海時代にふさわしい世界地図の製作者として知られています。
この「聖母の死」は評判を呼びます。版画化されたこの絵は一般にも広く販売されたといいます。 -
アプトンハウスまで見に来て良かったと思えるブリューゲル(父)の作品でした。
最後になりますが、アプトンハウスの解説文を紹介しておきます。
拙訳です。
死を迎えて聖母マリアは司祭の服を着た人物、おそらく聖ペテロから火を灯された細いローソクを手渡されています。マグダラのマリアは聖母マリアの枕に手を添えています。聖ヨハネと思われる人物が暖炉の脇で瞑想しています。キリストの磔刑の十字架が聖母マリアのベッドの足もとの枕の上に置かれています。それは死を迎える聖母マリアに特別な救済を与え更には魂の救済を約束しています。
この主題の初期の作品では会葬者は12使徒として12人が描かれてきました。
ブリューゲルは工夫を加え普通だったら、家の中でのことならと考えて多くの人間の参列を描きこんでいます。
この作品は著名な地理学者Abraham Ortelius(1527~98)の所有物で後にはルーベンスの手に渡っています。ルーベンスの死後の1641年に整理された財産目録に記載されています。 -
「聖母の死」の左側にあったのは長男(1564
-1536)作の「幼児虐殺」です。
The Massacre of the Innocents
オーク材板に油彩 44x65cm
マタイ伝2:16:18の記述によると、ヘロデ王は自分の地位を脅かす新しい王の(イエスキリスト)の出現を恐れてベツレヘム周辺の2歳以下の男の子を虐殺させました。
この主題で多くの画家、彫刻家が作品を残しています。
ルーベンスのミュンヘンのアルテピナコテークの作品、カナダのオンタリオ美術館にある「幼児虐殺」はダイナミックでリアルな表現です。
ブリューゲル(父)の「幼児虐殺」もアプトンハウスではありませんがイギリスにあるのです。
所有者はイギリス王室です。ハンプトンコートのローヤルコレクションにあります。 -
アプトンハウスにある長男作品は
44x65cmと父の作品の半分以下のサイズです。
ハンプトンコートのローヤルコレクションは109x155cm
ウィーンの美術史美術館のものは116x160cm
ルーベンスやその他の制作者はヘロデ王の時代のベツレヘムを舞台に描いています。
ブリューゲル(父)は時代と舞台を当時のネーデルラントに置き換えて翻案しています。 -
ルーベンスの「幼児虐殺」と比べるとブリューゲルの作品は遠目で残虐な表現もされていません。
-
ローヤルコレクションのブリューゲル(父)の作品でも美術史美術館の長男の作品でも描かれていない子供の姿です。
画面右下の隅の部分です。ブルーのワンピースを着た女の子?が両手を広げています。
何でしょうかね?
ーーーーーーーーー
ローヤルコレクションのブリューゲル(父)の絵を購入したのはチャールス2世大英帝国の王(1630~85)です。購入は1622年(ブリューゲルが制作後56年)です。国王の購入した72点の作品の中で1番価値のある作品でした。以前は神聖ローマ帝国のルドルフ2世のコレクションであったといいます。
イギリス王室では当時の描写が残酷なので子どもの虐殺部分を荷物や動物に描きなおさせたと伝わっています。
1980年迄はウィーンの美術史美術館のものが父の作品とされていました。
化学分析により、逆に、ローヤルコレクションが父の作品でウィーンのは長男作と認定されました。
余談ですがルーベンスの一番弟子のヴァンダイクがイギリス王室の首席宮廷画家になった頃からイギリス画壇は急速にあかぬけしてきます。
ヴァンダイクは師のルーベンスと同じ分業システムによる絵画の製造工場を作りイギリス各地から殺到する注文に対応しています。 -
ギャラリールームの様子です。
-
アプトンハウスのコレクションの紹介本にこのコレクションの当主であるWalter Samuelウォルターサミュエル(バーステッド子爵)の紹介文が巻頭に記述されていましたので紹介します。
拙訳です。
ウォルターサミュエル
コレクターとしてのバーステッド子爵
20世紀最大の慈善事業家の一人であるウォルター・サミュエルは、無数の病院、学校、妊婦の家庭、慈善団体の恩人でした。彼はシェル石油とサミュエル銀行の社長でしたがむしろ今では情熱的で学識豊富なコレクターとして知られています。
彼は長い間(ロンドンの)ナショナルギャラリー基金のチェアマンとして第二次世界大戦の前後を通して活躍しました。1944年からはホワイトチャペルアートギャラリー(ロンドン東部にある現代美術館)のチェアマンとして活躍しています。
彼は愛する絵画の蒐集の為に財産を使う事をいとわなかったのです。彼は豊富な資金を使い20世紀で最高のプライベートコレクションを築きあげました。素早く、静かにそして思慮深く。
彼の資産は最高の作品を入手出来る事を意味していました。ディラーも画廊も所有者も掘り出し物があれば彼にコンタクトするのを忘れませんでした。
彼は大金を使っています。1922年にはハンスメムリンクの作品には7500ポンド(現在の価値で22万ポンド)、1938年にはエルグレコの作品に5000ポンド(現在の価値で15万ポンド)を使っています。
人に見せるというより自分の楽しみにコレクションを築いて行きました。 -
ギャラリールームに置かれたドッシリとしたデスクの足元の彫刻です。
-
ギャラリールームの見学を堪能しました。
階段を降りて一般の居住空間に戻ります。 -
先ずは、
メインベッドルームと浴室です。
このバスタブはサミュエル夫人(バーステッド子爵夫人)が使用していたものです。 -
化粧台です。
-
洗面台です。
-
バーステッド子爵夫人のベッドルームです。
-
ベッドの手前には長くソファーが置かれていました。
ベッドとソファーの間にある朱塗りの中国風の箱は蓄音機が入っています。 -
廊下の壁にはシェル石油のポスターが飾られていました。
-
シェル石油の社長としての執務室です。
-
テーブルセッティング
8人用です。 -
台所です。
沢山の来客に合わせてレストランのキッチン並みの処理能力があるようです。
バーステッド子爵はスイスからシェフをよんで調理させていたそうです。
当時のスイスの料理人作成のレシピも残っているようです。 -
アプトンハウスのレストランです。
本館の左側にあります。 -
1時から本館の内部を見学しました。
この写真(iPhone)の時間を見たら2時半でした。
遅い昼食代は2人で13ポンドでした。 -
昼食時間のピークを過ぎてのんびりとしています。
ローカルの田舎スープとスコーンが疲れた身体に美味しかったです。 -
本館を背にしてナショナルトラストの小屋まで戻ります。
-
ナショナルトラストの小屋に戻って来ました。
Uberのドライバーとの約束の時間は4時です。
ちょうどの時間です。 -
アプトンハウスのショップで買った本です。
アプトンハウスの解説と絵画と磁器のコレクションの解説本です。2冊あわせて14.5ポンドでした。
ショップの女性からどこから来たの?と聞かれました。
Uberで来た。200ポンドだったと話すと大騒ぎになって、なぜ電車を使わないのかと言われました。
帰りの時刻を調べてあげると言われましたが、帰りのUberも予約してあるのでその旨話してお礼を言いました。
基本的に考えるとアプトンハウスは車で来るところだと思います。
イギリスは日本と同じ左側通行で、同じ右ハンドルだし交通量も普通だし田舎道のドライブは素敵だと思います。
アプトンハウスは1日かけてたずねる価値のある場所(観光地!)でした。
是非いらして下さい!
アプトンハウスでの支出は入場券とショップでの本代と、あと食事代が12.95ポンドでした。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- milkさん 2018/07/22 23:29:45
- 見られて良かったですね!
- norio2boさん、こんばんは。
気付いたらアプトンハウスの旅行記もアップされていましたね!
ちょっと先週はバタバタしておりまして、あまり4トラを見ている余裕がなかったもので...。
instagramから連絡が取れたのですね。
最近はすっかりSNSなのですね...。
でも、確実にこの時期はある事が分かって良かったですね。
それにしても素晴らしい所蔵品!
これは私も行ってみたくなりました。
「聖母の死」は「ブリューゲルをたずねる旅」の最後の作品なのですね。
モノトーンの悲しい絵なのに優しい光が溢れていて、とても惹かれました。
ルーベンスが所有していた事もあるのですね。
『いい絵、いい画家の条件の一つに「知らずに見ても作者が分かる」』
同感です!!
私はそれほど美術に恐しい訳ではありませんが、旅行に行くようになって、美術館を巡るようになり、大御所の画家なら大体分かるようになりました。
この、エル・グレコの絵もコメントを読む前に「グレコだ!!」って気付きました。
つややかな独特の色使いが好きなんです。
私は9月に友達とロンドン・パリに行くことに決まりました♪
milk
- norio2boさん からの返信 2018/07/23 07:08:14
- Re: 見られて良かったですね!
- milkさん
おはようございます!
毎日、異常な暑さに閉口しています。
お元気そうでなによりです。
旅行記へのコメント頂きありがとうございます。
とても嬉しいです。
アプトンハウスはブリューゲルの作品をたずねて知った素晴らしい所の1つでした。
ブリューゲルの作品が無ければ行かなかった場所です。ブリューゲル拝見のついでに素晴らしい庭、丁寧にアレンジされた内装、静かにアプトンハウスを楽しむ高齢の(同年齢の?)ご夫婦たち、、、
4Tにナショナルトラストを中心にイギリス訪問されている方がいて、出発前に貴重なアドバイスを頂きました。
パスポートは結局はこの更新してきました。
8月にメキシコシティ(フリーダカーロ)
9月にニューヨーク(イサムノグチ)
11月にウィーン(ブリューゲル没後450年展)
を計画しています。
今後ともよろしくお願い致します。
新しい旅行記のアップを楽しみに待っています。
-
- ことりsweetさん 2018/07/16 10:31:44
- ブリューゲル発見! at Upton House
- norioさん、おはようございます。
酷暑が続きますね。体調を整えて過ごしたい夏ですね。
今回のアプトンハウスのブリューゲルへの旅行記見せていただきました。
中々情報が集まらないレア地でのそれの探し方、なるほどと感心しました。
常々個人手配の旅をしているとホテルなど
即答のところもあれば、二回目からは返事かこないなど
悩みがありましたが、受付の手が足りない、などの理由があるのですね。
また問い合わせの切り口をSNSに切り替えて情報がすぐ
得られたのこと、参考になります。
現地でのアシの確保の仕方もドライバーへの配慮も同様です。
イタリアの美術館で沢山の絵画を見たとき、ほぼ宗教画、
ほぼ聖書の同テーマの繰り返しという展示に改めてびっくりしました。
でもそこに画家と教会から依頼という形があるのですね。
庶民を含めての布教のため絵は重要な教えと基礎となっていったんですね。
その他、グレコ、カラバッジョの画家としての立場など
なんとなく見えていなかった彼らの立場が見えてきました。
さてブリューゲルの「聖母の死」
描かれた人物、置かれたもの、配置、様々な意味があり
その時代の習慣などもよ~~く理解できました。
黄金伝説であるとしても納得いくものでした。
最近ダウントアビーの最終話を見直して
あの時代の貴族たちの自分の館を存続しつつ開放して
生きていく様を見直して感慨深かったのですが
こちらのお屋敷もこのやり方で地域とともに共存していける
ようになったのですね。
いつかまたイギリス再訪したくなってます。
ありがとうございました。
ことりsweet
- norio2boさん からの返信 2018/07/17 16:43:08
- Re: ブリューゲル発見! at Upton House
- ことりsweetさん
暑い中
暑苦しい旅行記に
コメントお寄せ頂きありがとうございます。
EUからの離脱とか先行きが心配なイギリスです。
今回のロンドン行きではイギリスは大丈夫、活力を感じました。
多様性を尊重して変化を恐れないイギリス社会の空気がうらやましく感じました。
最近の海外旅行先で思うことの1つが日本人の極端な少なさです。
みんな、異文化への興味を無くしてしまったのでしょうか?
このアプトンハウスで最後の作品「聖母の死」を見れば「ブリューゲルをたずねる旅」は終了の予定でした。
丁度、パスポートも切れるので、、
この前、10年更新してきました。
最近、ボケに気づくことがかなりあるのですが、
個人旅行のプランニングと実際の旅行と旅行記作成がボケ防止に効果があると信じて活動を続けていこうかなと思っています。
追記
旅行先の誰か知らない観光客が入ってしまった写真はそのままで良いと思っています。
コメントを投稿する前に
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