2017/11/18 - 2017/11/18
1281位(同エリア4545件中)
mimicatさん
- mimicatさんTOP
- 旅行記411冊
- クチコミ271件
- Q&A回答44件
- 807,538アクセス
- フォロワー27人
年に一度の「建物を訪ねる」会。
例年は春~初夏の頃に「あつ~」と言いつつ参加するのだけれど、今年は抽選に漏れてしまい、残念ながらあきらめました。
そしたら、秋にも開催されるとの案内が!
今回はめでたく当選!イェ~イ。
今年は上野公園。
目玉は当然ながら、国立西洋美術館です。建物探訪ですからね。
でも、実のところ、シャンシャンが気になっちゃって~。
上野はあちこちパンダ印がいっぱいでした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル
-
電車乗るの久しぶり~。
上京するの久しぶり~。
いろいろと新鮮な気分で上野駅到着。
生憎と天気は良くないです。
朝から雨で午後から本降りの予報でしたが、今のところ持ちこたえているようで、傘は出番なし。このまま使わずに済めばよいけど。
季節外れの寒さ到来という予報だったので厚着してきましたが、風が吹くとやっぱり寒いので正解でした。 -
国立西洋美術館は世界遺産に登録されてから長蛇の列だと聞いていたので、近寄れなかったんだ~。
さすがに、もう沈静化したかな。
ほとぼりの冷めた今頃にプロの解説付きで見学できるのは非常に楽しみです。
まぁ、そういう人が多くて春は抽選に漏れたんだろうな。
でも、この時期の上野公園は紅葉真っ盛りで、よいタイミングでした。
春よりも秋に当選した方がオイシかったと思う。
(負け惜しみじゃないゾ) -
怖い絵展、やってました。
これ、すごい人気でした。
チケットを持っている人は160分待ち。
チケットを持っていない人は、買うのに並んで、そのあとまた160分+α並ぶのですよ。
見て一発で怖くなるグロい絵ではなく(そういうのもあるのかもしれないけど)、絵が描かれた時代背景やその場面の状況を知ったらゾゾゾ、と怖くなる絵が並んでいるようです。
手前の絵は「ジェーン・グレーの処刑」ですよね。
ジェーン・グレーは英国最初の女王で、在位9日でメアリ女王に廃位され、7か月後に処刑されています。
彼女は今処刑台に引き出されたところです。
もうまもなく処刑されるんですよ。
彼女の心の中は死への恐怖感でいっぱい。
そんな瞬間の絵です。
あ~、怖いですねぇ。
なんでこんな絵を見るのに2時間半以上も並ぶんだろうか。
怖いもの見たさ?
人間の心は、あ~、怖いですねぇ。 -
集合の後、最初の訪問地は「西郷隆盛像」
西郷さんが見えてきたと思う前に目に入るのは家電量販店のパンダ。
パンダマークは引越屋じゃなかったっけ?? -
「上野の西郷さん」としてとても有名なこの像。
今では上野のシンボルの1つでもありますが、この像がここに建立されるまでの道のりは、そんなに平坦な話ではなかったようです。
そもそもこの服装からして不思議なんです。
生前の西郷さんは人前に出るときには基本背広姿で、きちんとされていたそうです。
浴衣のようなものをダラリと着てた事など一度もないと西郷夫人は不満に思っていらっしゃるそうです。
西郷隆盛像は日本に3体あって、あとの2体は鹿児島にあります。
陸軍大将の軍服姿と、羽織袴の正装。
夫人としては「普段着」にするしてもこれはないだろう!と言いたいところなのだと思います。
なぜに上野はこうなんだ?
親しみやすい感じの演出かと思ったらさに非ず。
簡単に言ってしまうと、戊辰戦争の英雄ながら、西南の役の逆賊として死した西郷さんは、それでも当時から大変な人気者だったので、立派な銅像を建てたくない勢力が当時の政府内にあったということ。
明治22年(1889年)2月11日大日本国憲法発布の恩赦で正3位に復権後、銅像を建立する運びとなりました。
りりしい立派な像を建てると、彼を慕う人たちが集って、また上野戦争のようなことになってはイカンと思ったのか、近所のおっちゃんのようなリラックス感のあるこのデザインになったそうです。 -
大政奉還→王政復古→戊辰戦争と続き、鳥羽伏見の戦いで徳川慶喜は江戸へ退避。彼が戻ったのは上野の寛永寺でした。謹慎処分です。
腐っても(失礼)元将軍なので、警護の侍が2千人ほどこのあたりを守っていました。これが彰義隊。
その間、勝海舟と西郷隆盛が江戸城無血開城を決定します。
徳川慶喜は衝突を避けて上野から水戸へ蟄居します。
派手な行列は朝廷から禁止されているので、供回りは200人程度。
何の抵抗もせずに江戸を明け渡すことに抵抗のある江戸の人+残された1800人ほどの彰義隊がこのあたりで官軍と対峙、上野戦争が勃発します。
官軍の将は西郷さん。
だからここに銅像が立ってるんですね。
大砲(アームストロング砲)やら人員に勝る官軍が勝利し、彰義隊は散り散りに。このあたりには多くの死体が放置されました。 -
西郷さんの銅像の後ろ側に彰義隊の墓があります。
上野戦争の後、200名を超える彰義隊の遺骸がこのあたり一面に放置されたそうです。
芝の増上寺や縁者が引き取りを申し出ても、官側は聞き入れなかったそうで、見かねた南千住円通寺の和尚さんと寛永寺の出入り商人が遺体を荼毘に付し、許可を得てこの場所に埋葬しました。
しかし表だって彰義隊の供養はできない状態が長く続いたそうです。
現在のお墓の正面、石碑の土台、半円形の石の前に細い小さな石柱がありますが、これがオリジナルの墓碑だそうです。 -
この行列は「怖い絵展」への入場待ちの列です。
今日は雨の予報だったから、もしかすると普段の土曜日より人出は少ないのかも。
上野公園は桜が多いので赤い葉が多いかと思えば、銀杏の黄色がいい感じに色づいています。
天気はイマヒトツでもきれいです。 -
上野戦争で寛永寺は壊滅的な打撃を受けました。
寛永2年(1625年)に幕府の安寧と民の平和を祈念して、あの天海大僧正によって建立され、後に徳川家菩提寺となった由緒ある寺でしたが、上野戦争の後敷地を召し上げられ、ほとんどが上野公園となりました。
お寺は現在は上野公園のはずれ、国立博物館の後ろあたりに移動させられました。
さてさて、上野の山は大砲の玉が飛んできましたが、火炎砲ではなかったので、うまく当たらずに生き延びたお堂がいくつかあります。
こちら清水観音堂もその一つで、上野戦争でも一部は壊れましたが壊滅的な打撃は受けず、また関東大震災、太平洋戦争の空襲にも負けずに生き延びました。 -
厄除祈願を撮りたかったのではなくて、舞台を撮りたかったのですよ。
「清水」という名が示すように、ここは清水寺を模しているので、こちらの観音堂も舞台造りになっています。
サイズはかな~りプチサイズ。
そもそも、寛永寺の建物は京都のお寺さんを模したものだったそうです。
で、不忍の池は琵琶湖ですね。
鎌倉開幕以来関東が日本の中心になって行っても、やっぱり「都」は京都だったのだなぁ。(元関西人の心のつぶやき) -
国の重要文化財になっています。
約400年前に建てられたオリジナルが残っているのですから、大切にしなきゃね。 -
手水は龍からいただきます。
-
大きな絵馬が飾られていました。
私は怖い絵よりこっちがイイな。 -
舞台へやってきました。
人が集まっているあたりにあるのが「月の松」と思われます。
丸い形に枝振りを矯めた松です。
歌川広重が『名所江戸百景』で描いた浮世絵の松のモデルとなっています。
2012年に150年ぶりに復活したそうです。
この後も人だかりで近寄れず。 -
舞台から眺める景色。木々に隠れてますが不忍の池方面です。
-
寄ってみたけど、わからんなぁ。
-
なんかいい感じのデザインですよね。
以前、「天海僧正は明智光秀だった」っていうテーマの小説を読んだので、天海僧正には少々興味があるんですよ。
確かものすごく長生きしたんですよね~。
姿を変えて桁違いに長寿。
妖怪変化か。(罰当たり) -
ここもオリジナルかなぁ?
古そうな廊下です。
一休さんとか出てきそう。
この渡り廊下の下はくぐっていけます。
いい感じ。
こういう廊下を渡ると別世界へ行けそうです。 -
続いてやってきたのは「時忘れじの塔」
東京大空襲の犠牲者を悼む慰霊碑です。
発起人には故林家三平師匠の夫人海老名香葉子さんも含まれ、毎年供養祭がおこなわれています。
「空襲や災害や悲惨な記憶を忘れずに平和な時代へ時をつなぐ、そのことを忘れないで」って趣旨だそうです。
被災した母と子供たちがモデルですが、この塔にも「西郷隆盛像」と同じような圧力があったそうです。
まず。ここも服装がヘンですよね。
空襲の時にスカートにサンダル履きってないわなぁ。
もんぺじゃなかったっけ?
ソーラーパワーの時計がとってつけたように付いてますが、慰霊碑を建てるのは認められず、時計塔なら許可が下りるって事でついた時計だそうです。
空襲で避難っていうより、親子でお出かけ風。
でも、ヒラヒラの洋服を着た女の子が指すのは、彼女の未来。
平和な未来が続くことだけは確実にしたいですね。 -
週末のお昼時は込み合うので、今日のお昼は11時すぎ。
早めのお昼に向かいます。
途中、正岡子規記念球場の横を通りました。
歌人・俳人の正岡子規です。
明治の初めにアメリカからベースボールが紹介されて間もない頃から、正岡子規は大の野球ファンだったそうで、明治19年頃から同23年頃にかけて上野公園内 で野球を楽しんでいたそうです。
上野公園の130周年記念事業の一つとして、 平成18年7月「上野恩賜公園野球場」という名称から、 「正岡子規記念球場」という愛称で呼ばれることになりました。
「打者」「走者」「直球」 など彼が訳した用語は現在も使われていて、これらの功績から平成14年に野球殿堂入りをしたそうです。 -
歌碑がたっていました。
春風や
まりを投げたき
草の原 -
お昼は精養軒でハヤシライスをいただきます。
団体なので(約80名)本店組と東京文化会館組に分かれます。
大多数は東京文化会館。我々もそう。 -
こちらが有名な精養軒のハヤシライス。
子供の頃に食べたハヤシライスがどえりゃ不味かったせいで、私はハヤシライスがあまり好きではなかったのです。
本当はハヤシライスよりカレーライスの方が良かったなぁ、と正直思っていたのでした。
が。
旨かった~。
甘くて、コクがあって、お代わりしたいほど美味しかった。(お腹もすいてた)
なるほど、これが本当のハヤシライスだったのだな。
子供の頃に食べた、あの中途半端なアレは何だったのだ?
子供だましのハヤシライスでは、子供は騙されないのダ。 -
本店はこちら。
「日本にフランス料理を広めた草分けとして、一世紀半の歴史を誇る精養軒
新橋-横浜間で鉄道が開通し、文明開化が本格的に盛り上がりはじめた明治5年(1872年)
日本におけるフランス料理店の草分けとして、東京・築地に精養軒は創業いたしました。
当時は牛肉を食したことがある日本人がほとんどいなかった、西洋料理が極めて珍しい時代でしたが精養軒の誕生以降、
フランス料理は明治の人々に広く愛されるようになります。
明治9年(1876年)には、上野公園開設に伴い、不忍池畔の現在の地に「上野精養軒」が誕生。
以降、鹿鳴館時代の華やかな社交場として内外の王侯貴族や各界の名士が集い、ときに歴史的な会談の舞台にもなりました。
そんな明治の古きよき面影を感じる気品にあふれた佇まいと、一世紀半近い伝統に培われた格式高いお料理、
そして各時代の一流の人々に愛された心づくしのおもてなしで、華やぎのひとときをお過ごしください。 」(by 精養軒HP) -
できればこっちで食べたかったけど。
本店と東京文化会館内のレストランとでは同じメニューでもお値段が違うんですって。
我々のは1450円くらい。
本店では1620円くらい。
おまけに団体だと割増料金を取られるそうです。
場所代だって。きゃー、コワイ。
本日の会費は1500円だから、ぎりぎり足が出そうな感じ。
きゃー、コワイ。 -
こちらにも何げにパンダが。
-
昼食後一発目は上野の大仏様へ参ります。
-
ここは前にも来た。
まるでお面のように、顔面だけが残った大仏様。
ほかの部分は第2次大戦時に鉄砲の弾等に使われたそうな。
それ以前にも何度か首が落ちる災難にあっていたそうで、とても気の毒な大仏様です。 -
突然、「ご~ん」と鐘の音が響きわたりました。
鐘つき堂があったんだー。
以前に来たときには気づかなかった。
鐘をついているのはお坊さんではなくて、ボランティアの方だそうです。
基本的に12時と18時の2回鐘をつくそうですが、その方が外出とかで鐘をつけない日も多いそうです。
ちなみに、春は「訪ねる会」は5回開催されたそうですが、ここの鐘の音を聴けたのは2回だったそうです。 -
さて、午後の主役の1つ、東照宮へやってきました。
-
上野東照宮は1626年(寛永4)、藤堂高虎によって建築されました。
三代将軍家光が慶安4年(1651年)金色殿として、改築、現在に至ります。
徳川家康、吉宗、慶喜を祀っています。国指定重要文化財です。
正保3年(1646年)朝廷は家康に「東照宮」の宮号を与え、それ以後、家康を祀る御宮を「東照宮」とよびます。 -
参道の脇に石燈籠がズラッと並んでいます。
諸大名から奉納されたそうです。
スフィンクスが並んだ参道とか、同じ思想ですね。 -
五重塔
紅葉の中、風情があります。
ここは京都か? -
灯篭が並ぶ参道を進んで、唐門手前の右側に「原爆の火」があります。
説明板がありました。
「「広島・長崎の火」の由来
1945年8月6日・9日、広島・長崎に人類最初の原子爆弾が米軍によって投下、一瞬にして十数万人の尊い生命が奪われました。そして今も多くの被爆者が苦しんでいます。
広島の惨禍を生きぬいた福岡県星野村の山本龍雄さんは、叔父の家の廃墟に燃える原爆の火を故郷に持ち帰り、はじめは形見の火、恨みの火として密かに灯し続けました。しかし、長い月日の中で、核兵器をなくし、平和を願う火として灯すようになり、1968年8月6日、星野村は、この「広島の火」を「平和の火」として、村人の手によって今日も灯し続けています。 」
「 核兵器の使用は、人類の生存とすべての文明を破します。
核兵器を廃絶することは、全人類の死活にかかわる緊急のものとなっています。
第二のヒロシマを
第二のナガサキを
地球上のいずれの地にも出現させてはなりません。 」
これは「ヒロシマ・ナガサきからのアピール」(1985年2月)の一節です。
1988年、3千万人のこのアピール署名と共に「広島の火」は長崎の原爆瓦から取った火と合わされて、ニューヨークの第三回国連軍縮特別総会に届けられました。
その火が多くの人の努力により、1990年からここで燃え続けています。
モニュメントの真ん中にある鳩の中に今も燃え続ける火が見えます。 -
唐門(重要文化財)
灯篭が並ぶ参道の正面にあります。
正式名称は、唐破風造り四脚門。
屋根は唐破風
慶安4年(1651年)建築。 -
大体このあたりで引き返す人が多いのです。
たぶん私も一人で来てたらここで帰ったと思いますが、今回は建物探訪なので、中に入場します。
入場料は会費に含まれているので(お昼代を考えると足が出てるなぁ)ハッキリとは知らないのですが、団体割引で2~300円くらいで入れたらしいです。
お値段以上の見る価値ありました。 -
透塀(すきべい)
ずっとこの素敵な塀で囲まれています。
格子がいい。
根津神社の塀もこんな感じで素敵だったのを思い出しました。
あそこも江戸時代、綱吉さんの頃に建ったんでしたね。 -
大楠
みんなどんどん先へ行ってしまうから、さらっと流してしまいましたが、樹齢600年の大楠の木がありました。
しめ縄ついてます。
ご神木ですね。
何となく人の形に見えるなぁ。
神様っぽいです。 -
ココにも石灯篭がたくさん並んであります。
徳川家の御威光を見せたれ~ってところでしょうか。 -
「東照宮の造り
前方の拝殿と後方の本殿を幣殿(石の間)でつなぐ《権現造り》という構造で、中尊寺金堂を真似たような総金箔の建物だった。そのため、この社殿は金色殿と呼ばれている。
現在、金色殿をはじめ、唐門(からもん)・透塀(すきべい)・灯籠(とうろう)などが国の重要文化財に指定されている。本格的な江戸建築を間近で見ることのできる神社である。」
ネットで見つけた解説。 -
透塀には色鮮やかで細かい装飾が、これでもかーってくらい施されています。
一枚一枚違う図柄。
塀とは思えないほどに豪華です。 -
本殿は確かに金ぴか。
-
このころの幕府はお金持ってたんですねぇ。
実は、日光の東照宮には入ったことがないんです。
陽明門の前で引き返した。
上野がこのゴージャスさなら、日光はもっとすごいんだろうか? -
唐門の左右には江戸初期の名工・左甚五郎作の昇り龍・下り龍があります。
左甚五郎というと、知恩院の忘れ傘かなぁ。
でも、もっと有名なのは日光東照宮の眠り猫ですよね。
顔が下を向いている方が昇り龍だそうなので、こっちが昇り龍かな。 -
で、こっちは下り龍か。
門の外側にも一対の龍が彫られていて、あっちももっとよく見ておくんだったなぁと、ちょっとだけ後悔。 -
唐門は4脚門という正式名称にあるように、4つの足に囲まれた空間が門の前後にあります。
その空間部分に施された彫り物が、とっても豪華で、ちょっとびっくりしました。 -
中から見るのと外から見るのと柄が違うのよ。
彫もすごいけど彩色もすごいよ。 -
本殿の軒下にはお獅子。
色合いはアジアっぽい。
これかわいい。
欲しい。 -
屋根裏、軒下、ファサード(?)。
イイですなぁ。
案外時間がなくて、小雨交じりでもあるし、駆け足で見て回りました。 -
いやー。
ゴージャス~。
なんかねぇ、2014年に金ぴかの社殿と唐門の改修を行ったそうです。
きれいな状態を見られてラッキー。 -
もしも晴れの日だったら、もっと赤や青や金色がくっきりして、もっともっときれいだったろうにの思うと少し残念だけれど、雨の日でもこれだけきれいですから、すごいですね。
-
葵の御紋も忘れずに。
-
透塀の下部分。
上下に彫細工が施されていますが、下は主に海の生き物になってます。 -
この塀を巡らせておいて、中身がスカなんて事はやっぱりないですよ。
-
青銅製の灯篭。
素敵です。
やっぱり重要文化財になってました。
日光にはさすがに負けるだろうけど、上野の東照宮も見どころ多いですよ。 -
五重塔と灯篭。
雨は降ったかと思ったら止んだ様子。
このまま持ちこたえてくれー。 -
上野動物園方向へ向かいます。
パンダ、見たい。 -
このパンダはなんかさみしい感じ
-
これは、ウケねらい?
-
渋いね。
-
シャンシャンだー。
か~わ~いい~~。
しばらく立ち去れず。
みんなにおいて行かれるよー。 -
某大名屋敷の門構えだけが残っている場所。
イヤホンで解説を聞いていると、「何かあったんですか?」と聞く人あり。
80人以上が立ち止ってじっとしてるんだもの、異様ですよね。
で、ここの解説は記憶に残っておりません。 -
この後は上野公園のはずれの方に移動します。
ボランティアによりホームレスへの食糧配給を横目で見ながら、「飽食の時代」と呼ばれて久しい現代日本に、1回の食事を得るために並ぶ現実を考えました。 -
この後は黒田記念館と国際子ども図書館を自由見学します。
集合時間まで1時間半。
手前の黒田記念館に行く方が多いようなので、先に子ども図書館を見学することにしました。
この建物は、立ち位置によって見える表情が違う面白い建物でした。 -
洋館らしい洋館。
窓の飾りが美しいです。
格子の窓枠もクラシックでこの建物にぴったり。
フランス風かな。 -
中庭から見ると、ガラスを多用したアーチ型でとても近代的です。
この建物は古い洋館を新しいガラスの近代建築で包み込んでいるような、不思議なデザインになっています。
面白いよ。
「「レンガ棟」と平成27年に竣工した「アーチ棟」の2つの建物があります。
レンガ棟は、明治39年に帝国図書館として建てられ、昭和4年に増築され、国際子ども図書館の開館に際して、その建物の原形保存に努めながら、児童書の専門図書館としての機能を果たすための改修を行い、平成14年5月に全面開館しました。」 -
新しいビルの大きな窓の向こうには、古いビルの窓があります。
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煉瓦風の壁は、もともとは古いビルの外壁。
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外壁が内壁になって廊下ができた。
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このビルで特に美しいなと思ったのはこの階段。
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手すりの装飾が素敵です。
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クラシックな感じの窓から入る明かりもいい感じ。
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やっぱり、ここが見どころなんだと思うなぁ。
結構歩き疲れていたので、ここでは見学は早々に打ち切って、カフェで休憩。
昼が早かったので、小腹を満たしておきました。
カフェは増築された廊下のあたりにあって、大きなガラス窓に囲まれた場所でした。
明るい光と暖かさが入る、いい感じのリラックス空間で、これは子供用じゃないぞー。大人にこそ必要な場所だい。 -
国立国会図書館国際子ども図書館(旧帝国図書館)
「旧「帝国図書館」として1906年竣工、1929年に大閲覧室が増築され、戦後は「国立国会図書館」の分館として使われていた。その後、1998年に「子どもの本専門館」として建築家安藤忠雄氏が日建設計の技術者らと共に再生。」
保存・復元すべき部分と新たに改造した部分をいかに調和させるか、ご苦労がしのばれます。 -
続いては黒田記念館。
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「日本近代洋画の父ともいわれる黒田清輝は、大正13(1924)年に没する際、遺産の一部を美術の奨励事業に役立てるよう遺言しました。これをうけて昭和3(1928)年に竣工したのが黒田記念館です。館内には、遺族の方々から寄贈された遺作を展示して画家を顕彰するために黒田記念室が設けられました。昭和5(1930)年には、同館に美術に関する学術的調査研究と研究資料の収集を目的として、現在の東京文化財研究所の前身である美術研究所が設置され、日本・東洋美術に関する調査研究業務が行われてきました。
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平成12(2000)年の新庁舎の竣工により、東京文化財研究所の全ての業務が新庁舎に移ったのに伴い、黒田記念館が昭和初期における美術館建築(岡田信一郎設計)として貴重なものであることから、創建当初の姿に復することとなりました。そこで、2階部分を中心に改修が行われ、平成13(2001)年9月に開館、平成14(2002)年には国の登録有形文化財となっています。
平成24(2012)年4月からは、耐震補強を中心とした改修工事のため閉館していましたが、平成27(2015)年1月2日にリニューアルオープンいたしました。」 -
さて、入場しましょう。
階段を少し上った先に入り口があります。
北海道の旧道庁とか古い異人館とかによくあるつくりですよね。
戦前の洋館に多い感じかな。 -
こちらの階段も素敵ですが、子ども図書館のを見た後だとちょっとさびしいか。
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内部は撮影禁止っぽいので写真は撮らず。
2階に黒田画伯の作品がいくつか展示してありました。
有名な「湖畔」はなかったけど、素描にいいものがたくさんありました。
有名なのは美人画だけど、私は男性をデッサンしたものがすごく良いなと思いました。
炭だけで書かれているので、白黒なんだけど、肌の色や、ごま塩に白髪交じりの頭髪など、ちゃんと色が見えるような感じがして、さすがやーと思いました。
ここに来るまでちゃんと黒田さんの絵を生で見たことがなかったので、今回こうして間近で見られてラッキーでした。 -
エンタシスですねぇ。
明治な感じがする。
間もなく再集合時間。
移動します。 -
昔の駅の建物だそうです。
-
博物館動物園駅っていうのが昔はあったようですね。
-
日本銀行とか国会の建物を思い出した。
ちょっといい感じなので、上手く活用する方法はないものかしらん。 -
再集合時間まで5分少々。
ちょっと寄りかかって楽しようと、フェンスに触ってみたら冷たくない。
フェンスのバーが木製でした。
てっきり金属だと思っていたからちょっと驚いた。
温かみがあって、うれしい驚きでした。 -
さて、上野公園を横切って、いよいよ本日の主役のところへ向かいます。
国立西洋美術館は世界遺産ですから、外国からの見学者も多いのでしょうねぇ。 -
ちょうど時期的にアート展のようなものを行っているところでした。
-
アートだわ。
-
自由の女神が浮いている。
-
日本最古の博物館。国立博物館です。
運慶展をやっていて、私は怖い絵よりこっちを見たいなぁ。 -
東京芸大の学生さんたちの作品。
木組が美しいです。 -
水面から蒸気が立ち上りました。
ハイテクだぁ。 -
スタバも趣あるように見えるよ。
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上野公園の銅像は基本的にこんな感じ。
やっぱり、西郷さんは例外なんですね。 -
さて、やってきました、西洋美術館。
わー、並んでるよー。
長蛇とは言わんが、とぐろは巻いてる。 -
庭で解説を聞いた後解散。あとは自由に見学。
雨もいよいよ降りだした。
あともうちょっと待ってくれ。 -
「戦後、日仏間の国交回復・関係改善の象徴として、20世紀を代表する建築家のひとりであるフランス人建築家ル・コルビュジエ(1887-1965)の設計により、1959(昭和34)年3月に竣工した歴史的建造物である。1998(平成10)年に地域に根ざした優れた公共施設として建設省より「公共建築百選」に選定され、2007(平成19)年には国の重要文化財(建造物)に指定された。」
「ル・コルビュジエ建築の特徴は、ピロティー(柱)、骨組みと壁の分離、自由な平面、自由な立面、屋上庭園にあります。当美術館の本館はこれらに加え、展示室の中心にスロープで昇っていく渦巻き形の動線に特徴があります。」(西洋美術館HP) -
「洋館」ではあっても、このデザインはさっき見た子供図書館や黒田記念館とは大きく違います。
とても斬新。
それまでは入り口に階段があったのに、ここはそのまま入り口に入っていけます。
ピロティ構造の利点ですね。
窓がないわ。華麗な装飾の窓がない。
やっぱり中に入って採光の様子とか見たいなぁ。 -
向かいの東京文化会館。
こちらの建物を真似している感じ。 -
立方体というか長方体ですね。
今日見た他の建物は縦長だったから、その点でも当時はかなり斬新なデザインだったのでしょうね。
80年代、バブルの頃に流行ってなかったけ?
30年ほど先行ってましたね。
そもそもこの美術館ができたのは、造船会社の社長だった松方氏が昭和初期までに欧州で収集した美術品「松方コレクション」を収蔵するためです。
戦後フランスの所有になっていた「松方コレクション」を日本国民の財産として取り戻す交渉に成功したものの、収蔵するための美術館建設が条件になります。
「どうせ日本になんて、まともな美術館なんてないだろうから、ウチの技術者を派遣してやるよ」とフランスから超上から目線で送られてきたのがル・コルビジェ氏です。 -
ピロティ。
残念だけど、今日は入場は無理だなぁ。
今や、日本は有数の美術館所有国ですよ。
人口に対する美術館数はトップクラスじゃないかなぁ。
やたらと美術展やってますもんね。 -
庭にはロダンの彫刻像がいくつも展示されていました。
-
考えてますね。
よく「本物か?」という質問を受けるそうですが、ホンモノだそうです。
ロダンはもとになる像を作るだけで、その後型を取ってブロンズを流しいれて作るのは別のチームです。
そうやって出来たホンモノのブロンズ作品はロダンの生存中はたくさん出来たそうです。
ロダンが生存している間は型を起こしてオリジナルの象が傷んでも、ロダンが補修できますが、彼の死後はそうはいきません。他人がオリジナルに手を加える訳にはいかないので、彼の死後は型を起こすことは極まれになります。 -
ロダン作「カレーの市民」
「1884年、カレー市民はかねて懸案になっていた、同市を救った恩人、ウスターシュ・ド・サン・ピエールの記念碑建設を決定し、ロダンが指名された。ウスターシュは、中世百年戦争の時代、イギリス国王が1347年に英仏海峡を越えて同市を包囲した際、他の5人の地位の高いカレー市民と共に人質としてイギリス国王の陣営に赴き、カレー市と市民の生命を救ったのであった。年代記を読んで感動したロダンはウスターシュ一人の代わりに6人の市民がそれぞれの絶望と苦悩のうちに、市の鍵を手に、首に縄を巻いて裸足で市の門を出て行く群像を作り上げた。英雄の華々しい身振りを期待していた市当局はロダンの感動的な人間像を理解できずにこれを拒否し、カレー市で除幕式が行なわれたのは完成後7年経ってからだった。」 -
ブールデル作「弓を引くヘラクレス」
これだけちょっと違うと思ったら作者が違いました。
「ブールデルの名を不朽のものとした本作品は、ギリシャ神話の英雄へラクレスの「十二の功業」の一つに主題を借りている。へラクレスが怪鳥ステュムファリデスを射るために渾身の力で弓をひき、まさに矢を放とうとする瞬間を捉えている。隆々たる筋肉におおわれた緊張感あふれるヘラクレスの肉体は、ロダンのなまなましく息づいているような人体と比較するならば、驚嘆すべきエネルギーに満ちている。1910年のソシエテ・ナショナル・デ・ボザールのサロンに出品された本作品は、極めて好意的に迎えられ、批評家シャルル・モーリスは「レアリスムがイデアリスムの域にまで達している」と絶讃した。」 -
ロダン未完の大作「地獄の門」です。
松方幸次郎氏購入; 1944年フランス政府が接収; 1959年フランス政府より寄贈返還
(この「寄贈返還」って言葉は変ですよね。「寄贈」は寄付すること。「返還」は持ち主に返すこと。そもそも松方コレクションはフランスのものではないので寄贈は本来当たらないです。でも返還ではおフランスが納得しないので、松方コレクションにだけ、「寄贈返還」という奇妙な言葉が使われます。どこまでも「上から」なフランスのスタンスがよく表れています。)
もともとはパリの美術館用に製作したそうですが、構想が変化し、ロダンは死ぬまでこの作品に手を加えていたそうです。
かなりの大きさ・重さなので、ロダンの生前には技術が追い付かず、作品化されることはなかったそうです。
1920年代にようやくブロンズ鋳造ができるようになりました。
現在世界中に7つの作品が展示されているそうです。
つまり、これを作るには巨額の資金が必要なんです。
松方さんって、どえらい金持ちだったんですね。 -
この像の下には特に念入りに耐震設備が作られていました。
(他もちゃんと免震耐震補強済みとは思う)
地震で倒れたら死人が出るよ。 -
モチーフはダンテの「神曲」の地獄篇です。
1989年10月にロダン「地獄の門」展がここであったそうです。
見たかったなぁ。
扉の上の3名は「アダム」に似ていて、扉の上部正面には「考える人」がいます。
ロダンの作品カタログのようだな。 -
ちょっと前にダン・ブラウンの「インフェルノ」を読んだんで & つい最近映画も見たので、このモチーフには興味津々。
サンドロ・ボッティチェリの絵とはだいぶ違いますが、この扉も相当すごいです。
絵の方は地獄の階層が描かれていましたが、こちらは地獄に沈む群像が描かれているようです。
これを見れただけでも今日来た価値があった気がする。 -
「アダム」と
-
「エヴァ」です。
失楽園の瞬間ですね。
これらもロダン。
筋肉質のアダムとすべすべなイヴ。
やっぱりすごい才能ですねぇ。 -
いろんなお店がパンダパンを出してました。
-
こういう焼印タイプは何にでも(饅頭、パン、クッキーetc)使えるからね。
-
本日のおみや
浅野屋のパンダクリームパン。
耳はチョコクリームが、顔はカスタードクリームが詰まってました。
大きくて重い。
チョイ高い。
チョイぶさいく。
本日の歩数:10,750歩
普段4000歩程度しか歩かないから、むっちゃ疲れた。
けど、面白い1日でした。
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