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創建は寛政9年(1797年)とされる、金刀毘羅神社の紹介です。ご祭神は、大国主尊(おおくにぬしのみこと)、観音堂の御本尊は、聖観音菩薩と紹介されていました。

2015秋、菊井の金刀毘羅神社:鳥居、鎮守の杜、参道、手水舎、舞殿、本殿、狛犬、稲荷社

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2015/09/26 - 2015/09/26

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旅人のくまさん

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創建は寛政9年(1797年)とされる、金刀毘羅神社の紹介です。ご祭神は、大国主尊(おおくにぬしのみこと)、観音堂の御本尊は、聖観音菩薩と紹介されていました。

  • 西区の菊井町に位置する、金刀比羅神社の境内入口の光景です。鎮守の守らしい光景が見えていました。

    西区の菊井町に位置する、金刀比羅神社の境内入口の光景です。鎮守の守らしい光景が見えていました。

  • 金刀比羅神社の石の鳥居の光景です。金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)、琴平神社(ことひらじんじゃ)、事比羅神社(ことひらじんじゃ)、金比羅神社(こんぴらじんじゃ)は、香川県仲多度郡琴平町の金刀比羅宮を総本宮とする神社で、ご祭神は、大国主尊(おおくにぬしのみこと)です。

    金刀比羅神社の石の鳥居の光景です。金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)、琴平神社(ことひらじんじゃ)、事比羅神社(ことひらじんじゃ)、金比羅神社(こんぴらじんじゃ)は、香川県仲多度郡琴平町の金刀比羅宮を総本宮とする神社で、ご祭神は、大国主尊(おおくにぬしのみこと)です。

  • 逆光で読み難くなってしまいましたが、『金刀比羅神社』の文字が刻まれた石製の扁額のズームアップ光景です。

    逆光で読み難くなってしまいましたが、『金刀比羅神社』の文字が刻まれた石製の扁額のズームアップ光景です。

  • 菊井の『金刀比羅神社』の『由緒』が記された看板です。少し拾い読みしますと、創建は寛政9年(1797年)、ご祭神は、大国主尊(おおくにぬしのみこと)です。明治の初め、一時期廃社のような時代がありましたが、明治6年(1873年)に再興されました。境内に祀られた観音堂のご本尊は、聖観音菩薩、戦災に遭いましたが、昭和26年(1951年)に再建されました。

    菊井の『金刀比羅神社』の『由緒』が記された看板です。少し拾い読みしますと、創建は寛政9年(1797年)、ご祭神は、大国主尊(おおくにぬしのみこと)です。明治の初め、一時期廃社のような時代がありましたが、明治6年(1873年)に再興されました。境内に祀られた観音堂のご本尊は、聖観音菩薩、戦災に遭いましたが、昭和26年(1951年)に再建されました。

  • ネット情報では、『舞殿』と紹介されていた建物の光景です。今は扉が閉じられ、注連縄が張ってありました。長期間使われていないような雰囲気でした。

    ネット情報では、『舞殿』と紹介されていた建物の光景です。今は扉が閉じられ、注連縄が張ってありました。長期間使われていないような雰囲気でした。

  • 清めの水の光景です。水盤の側面には、『清水』の文字がありました。

    清めの水の光景です。水盤の側面には、『清水』の文字がありました。

  • 入口から眺めて、鎮守の杜の光景を演出していた大木の光景です。二本並んだ公孫樹の木でした。

    入口から眺めて、鎮守の杜の光景を演出していた大木の光景です。二本並んだ公孫樹の木でした。

  • 表参道から分岐した脇道の参道と、赤い鳥居列の光景です。赤い鳥居の入口には、『菊井稲荷』の文字の扁額がありました。地名を使った稲荷神社の表示のようでした。

    表参道から分岐した脇道の参道と、赤い鳥居列の光景です。赤い鳥居の入口には、『菊井稲荷』の文字の扁額がありました。地名を使った稲荷神社の表示のようでした。

  • 石灯篭と、その奥に見えていた赤い鳥居と屋根の光景です。石灯篭は、春日灯篭の1種のように見えました。

    石灯篭と、その奥に見えていた赤い鳥居と屋根の光景です。石灯篭は、春日灯篭の1種のように見えました。

  • 参拝者、祈願者の奮起を促すような、力強い行書の文字が記された、百度石の光景です。

    参拝者、祈願者の奮起を促すような、力強い行書の文字が記された、百度石の光景です。

  • 拝殿に向かって右手の阿形の狛犬の光景です。口を開けた雄獅子ですから、左足の下に玉がありました。

    拝殿に向かって右手の阿形の狛犬の光景です。口を開けた雄獅子ですから、左足の下に玉がありました。

  • 拝殿に向かって左手の吽形の狛犬の光景です。口を閉じた雌獅子ですから、右足の下に子獅子がいました。

    拝殿に向かって左手の吽形の狛犬の光景です。口を閉じた雌獅子ですから、右足の下に子獅子がいました。

  • 金刀比羅神社の境内光景です。表参道の南方面の光景です。

    金刀比羅神社の境内光景です。表参道の南方面の光景です。

  • 賽銭泥棒の現場を目にした金刀比羅神社の拝殿光景です。昼間から酒の匂いをさせていた高年者に近い人でした。万が一のことを考えながら、注意しながら声を掛けましたが、後味の悪さが残りました。多分、常習者です。

    イチオシ

    賽銭泥棒の現場を目にした金刀比羅神社の拝殿光景です。昼間から酒の匂いをさせていた高年者に近い人でした。万が一のことを考えながら、注意しながら声を掛けましたが、後味の悪さが残りました。多分、常習者です。

  • 先ほど被害に遭っていた、賽銭箱のズームアップ光景です。ひっくり返されて小銭が盗まれていましたが、何事もなかったかのように、丸金の文字が輝いていました。

    先ほど被害に遭っていた、賽銭箱のズームアップ光景です。ひっくり返されて小銭が盗まれていましたが、何事もなかったかのように、丸金の文字が輝いていました。

  • 少し離れた場所まで下がって撮影した、本殿の光景です。普段は無人のようですから、賽銭泥棒に遭ったのかも知れません。

    少し離れた場所まで下がって撮影した、本殿の光景です。普段は無人のようですから、賽銭泥棒に遭ったのかも知れません。

  • 同じ場所から眺めた、左手方面の光景です。金刀比羅神社の由緒には、文政11年8月に春日社を、慶応3年4月に八幡社を境内社として合祀したことが記されていました。

    同じ場所から眺めた、左手方面の光景です。金刀比羅神社の由緒には、文政11年8月に春日社を、慶応3年4月に八幡社を境内社として合祀したことが記されていました。

  • 境内末社らしい社のズームアップ光景です。八幡社か、春日社、あるいはまとめて祀られた社かも知れません。

    イチオシ

    境内末社らしい社のズームアップ光景です。八幡社か、春日社、あるいはまとめて祀られた社かも知れません。

  • 観音堂のようです。縁起には、先の戦争で焼失したものの、昭和26年(1951年)に再建されたと紹介されていました。木札の『十一面観世音菩薩』らしい文字が何とか判読できました。

    観音堂のようです。縁起には、先の戦争で焼失したものの、昭和26年(1951年)に再建されたと紹介されていました。木札の『十一面観世音菩薩』らしい文字が何とか判読できました。

  •  	正面に金刀比羅神社の本殿、右手に菊井稲荷社が見える境内光景です。『の用心の大きな表示が目を光らせていました。

    正面に金刀比羅神社の本殿、右手に菊井稲荷社が見える境内光景です。『の用心の大きな表示が目を光らせていました。

  • 出入口付近から、振り返って眺めた金刀比羅神社の境内光景です。

    出入口付近から、振り返って眺めた金刀比羅神社の境内光景です。

  • 見学を終えて戻ってきた、南側の出入口付近の光景です。西側にも出入口がありましたが、こちらが本堂正面に通じていましたから、表参道になるようでした。

    見学を終えて戻ってきた、南側の出入口付近の光景です。西側にも出入口がありましたが、こちらが本堂正面に通じていましたから、表参道になるようでした。

  • これで、菊井町にある金刀比羅神社の紹介はおしまいです。最後に紹介する、『金刀比羅神社』の石標です。

    イチオシ

    これで、菊井町にある金刀比羅神社の紹介はおしまいです。最後に紹介する、『金刀比羅神社』の石標です。

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