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『興国山・大光院』は、元は清善寺と号し、松平忠吉(清須城主、徳川家康の第四男)が崇敬していた明嶺理察和尚を開山とし、清須に創建されました。忠吉亡き後、その法名をとり大光院と改め、慶長15年(1610年)の清須越しで大須に移されたお寺です。

2015秋、大光院と全香寺(9/20):興国山・大光院:赤門、明王殿、本堂、興国山扁額、境内

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2015/09/18 - 2015/09/22

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旅人のくまさん

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『興国山・大光院』は、元は清善寺と号し、松平忠吉(清須城主、徳川家康の第四男)が崇敬していた明嶺理察和尚を開山とし、清須に創建されました。忠吉亡き後、その法名をとり大光院と改め、慶長15年(1610年)の清須越しで大須に移されたお寺です。

  • 『大須の赤門』の呼び名の始まりとなった、『興国山・大光院』の赤門の光景です。扁額は懸かっていませんでしたが、左手に『大光院・明王殿』の大須コースの観光・道案内がありました。

    『大須の赤門』の呼び名の始まりとなった、『興国山・大光院』の赤門の光景です。扁額は懸かっていませんでしたが、左手に『大光院・明王殿』の大須コースの観光・道案内がありました。

  • 『興国山・大光院』の赤門の正面光景です。境内に見える粗油面の建物は、『明王殿』です。『烏瑟沙摩明王(うすさまみょうおう、うすしまみょうおう)』を祀る別殿です。真言宗・天台宗・禅宗・日蓮宗などの諸宗派で信仰される五大明王の一尊です。

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    『興国山・大光院』の赤門の正面光景です。境内に見える粗油面の建物は、『明王殿』です。『烏瑟沙摩明王(うすさまみょうおう、うすしまみょうおう)』を祀る別殿です。真言宗・天台宗・禅宗・日蓮宗などの諸宗派で信仰される五大明王の一尊です。

  • 南側から眺めた、『興国山・大光院』の境内光景です。見g手に見えるのが、『明王殿』中央背後に見えるのが、テレビ愛知のアンテナ塔です。文化5年(1808年)に建立された明王堂(殿)は、今も毎月28日の縁日には多数の参拝者で賑わっているようです。

    南側から眺めた、『興国山・大光院』の境内光景です。見g手に見えるのが、『明王殿』中央背後に見えるのが、テレビ愛知のアンテナ塔です。文化5年(1808年)に建立された明王堂(殿)は、今も毎月28日の縁日には多数の参拝者で賑わっているようです。

  • 『興国山・大光院』の文字が刻まれた石標の光景です。『興国山・大光院』は、慶長8年(1603年)、尾張国春日井郡清須に清善寺(せいぜんじ)として創建されたのが始まりです。開山は武蔵国埼玉郡忍(現・埼玉県行田市)の清善寺6世の明嶺理察です。曹洞宗のお寺で、ご本尊は釈迦牟尼佛です。

    『興国山・大光院』の文字が刻まれた石標の光景です。『興国山・大光院』は、慶長8年(1603年)、尾張国春日井郡清須に清善寺(せいぜんじ)として創建されたのが始まりです。開山は武蔵国埼玉郡忍(現・埼玉県行田市)の清善寺6世の明嶺理察です。曹洞宗のお寺で、ご本尊は釈迦牟尼佛です。

  • 塀際に赤い幟が立ち並ぶ境内光景です。赤い幟に記されているのは、『烏瑟沙摩明王・明王殿』の文字です。石碑が立ち並び、その前には地蔵尊が祀られていました。

    塀際に赤い幟が立ち並ぶ境内光景です。赤い幟に記されているのは、『烏瑟沙摩明王・明王殿』の文字です。石碑が立ち並び、その前には地蔵尊が祀られていました。

  • 『橘井四時香』の題字があった石碑の光景です。陸軍軍医総監の松本順(松本良順)が選んだ題字とされます。『司馬凌海(1840~1879年)』の記念碑です。凌海は、医学者で語学者でした。独・英・蘭・仏・露・中の6か国語に通じ、松本良順、ヨハネス・ポンペ・ファン・メーデルフォールトに師事していたことから、特に医学用語の日本語訳を多く残しました。年譜には、明治10年(1877年)名古屋で開業、教え子には、後藤新平(1857~1929年)などがいます。<br />

    『橘井四時香』の題字があった石碑の光景です。陸軍軍医総監の松本順(松本良順)が選んだ題字とされます。『司馬凌海(1840~1879年)』の記念碑です。凌海は、医学者で語学者でした。独・英・蘭・仏・露・中の6か国語に通じ、松本良順、ヨハネス・ポンペ・ファン・メーデルフォールトに師事していたことから、特に医学用語の日本語訳を多く残しました。年譜には、明治10年(1877年)名古屋で開業、教え子には、後藤新平(1857~1929年)などがいます。

  • 『聞水翁之碑』の文字が刻まれた石碑の光景です。随分と赤茶けた色をしていました。『聞水翁』は、大光院に所縁の人の雅号のようですが、特定できませんでした。

    『聞水翁之碑』の文字が刻まれた石碑の光景です。随分と赤茶けた色をしていました。『聞水翁』は、大光院に所縁の人の雅号のようですが、特定できませんでした。

  • やや青みを帯びた細長い石碑のズームアップ光景です。歌碑らしい平仮名混じり文字でしたが、石の表面の剥落が進み、読み取れませんでした。

    やや青みを帯びた細長い石碑のズームアップ光景です。歌碑らしい平仮名混じり文字でしたが、石の表面の剥落が進み、読み取れませんでした。

  • 宝篋印塔(ほうきょういんとう)のような姿をした石塔の光景です。『萬部講称・大乗妙典・供養宝塔』らしい文字が刻まれていました。講の記念碑のようです。

    宝篋印塔(ほうきょういんとう)のような姿をした石塔の光景です。『萬部講称・大乗妙典・供養宝塔』らしい文字が刻まれていました。講の記念碑のようです。

  • 名古屋市教育委員会名で建てられた、『大光院』のタイトルの説明立札です。清州に創建された『清善寺』が、清州越しで慶長15年(1610年)にこの地に移されたことなどが紹介されていました。

    名古屋市教育委員会名で建てられた、『大光院』のタイトルの説明立札です。清州に創建された『清善寺』が、清州越しで慶長15年(1610年)にこの地に移されたことなどが紹介されていました。

  • 『興国山・大光院』の中心施設の一つ、『明王殿』の拝殿光景です。の赤門の前より、裏門前町通りを越し、南大津通りに抜ける道は、『赤門通り』として現在に至りました。

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    『興国山・大光院』の中心施設の一つ、『明王殿』の拝殿光景です。の赤門の前より、裏門前町通りを越し、南大津通りに抜ける道は、『赤門通り』として現在に至りました。

  • 『興国山』の山号が金文字で記された扁額の光景です。『勅賜・大光円心禅師』の落款がありました。永平寺七十三世の熊沢泰禅禅師(1873~1968年)の禅師号でした。

    『興国山』の山号が金文字で記された扁額の光景です。『勅賜・大光円心禅師』の落款がありました。永平寺七十三世の熊沢泰禅禅師(1873~1968年)の禅師号でした。

  • 『明王殿』の拝殿の前からあんがメタ、南側方面の境内光景です。境内は、地元のお祭りの会場としても使われているらしく、すべて石畳と舗装にされていました。

    『明王殿』の拝殿の前からあんがメタ、南側方面の境内光景です。境内は、地元のお祭りの会場としても使われているらしく、すべて石畳と舗装にされていました。

  • 南側の山門が右端に見える、大光院の境内の東南角付近の光景です。左手に見えているのは、東面に二箇所ある出入口の南側の出入口です。中央の古木は、染井吉野のようです。

    南側の山門が右端に見える、大光院の境内の東南角付近の光景です。左手に見えているのは、東面に二箇所ある出入口の南側の出入口です。中央の古木は、染井吉野のようです。

  • 大光院の境内の中から眺めた、東方面の光景です。先に紹介した。石碑と地蔵尊が並んだ一角です。二箇所の出入口が見えていました。

    大光院の境内の中から眺めた、東方面の光景です。先に紹介した。石碑と地蔵尊が並んだ一角です。二箇所の出入口が見えていました。

  • 大光院の境内の中から眺めた、北方面の光景です。『明王殿』に比べますと、お寺のようには見えない建物が本殿です。この建物の1階中央に『興国山』の扁額がありました。

    大光院の境内の中から眺めた、北方面の光景です。『明王殿』に比べますと、お寺のようには見えない建物が本殿です。この建物の1階中央に『興国山』の扁額がありました。

  • 境内の片隅に渡された紐に結びつけられていた白いお御籤の光景です。背後に、境内の一角に施設してあった金属フェンスが見えていました。

    境内の片隅に渡された紐に結びつけられていた白いお御籤の光景です。背後に、境内の一角に施設してあった金属フェンスが見えていました。

  • 本堂に向けて真っすぐ伸びた参道の上から眺めた北側方面の光景です。清洲越しで愛知郡日置村(現・大須2丁目)に移転した時、山号は『日置山』とされましたが、元禄年間(1688~1704年)には興國山へと戻されました。

    本堂に向けて真っすぐ伸びた参道の上から眺めた北側方面の光景です。清洲越しで愛知郡日置村(現・大須2丁目)に移転した時、山号は『日置山』とされましたが、元禄年間(1688~1704年)には興國山へと戻されました。

  • 境内の外側から眺めた、東面の塀と、ずらりと並んだ紅い幟の光景です。中央から右手にかけて見えている建物は、本堂と明王殿です。

    境内の外側から眺めた、東面の塀と、ずらりと並んだ紅い幟の光景です。中央から右手にかけて見えている建物は、本堂と明王殿です。

  • 塀をバックに展示してあった鬼瓦の数々です。四つとも、昭和32年(1957年)の改修工事の際に不用となった鬼瓦でした。

    塀をバックに展示してあった鬼瓦の数々です。四つとも、昭和32年(1957年)の改修工事の際に不用となった鬼瓦でした。

  • 改修工事で不要になった鬼瓦のズームアップ光景です。旧本堂の鬼瓦です。三つ葉葵の紋がありました。『尾州三つ葉葵』と呼ばれる紋に似ていました。

    改修工事で不要になった鬼瓦のズームアップ光景です。旧本堂の鬼瓦です。三つ葉葵の紋がありました。『尾州三つ葉葵』と呼ばれる紋に似ていました。

  • 『本堂鬼瓦・昭和32年』の表示パネルの光景です。昭和32年(1957年)の改修工事で降ろされた、本堂の古い鬼瓦の表示です。<br />

    『本堂鬼瓦・昭和32年』の表示パネルの光景です。昭和32年(1957年)の改修工事で降ろされた、本堂の古い鬼瓦の表示です。

  • 改修工事で不要になった鬼瓦のズームアップ光景です。旧明王殿の鬼瓦です。こちらにも三つ葉葵の紋がありました。

    改修工事で不要になった鬼瓦のズームアップ光景です。旧明王殿の鬼瓦です。こちらにも三つ葉葵の紋がありました。

  • 『明王殿鬼瓦・昭和32年』の表示パネルの光景です。昭和32年(1957年)の改修工事で降ろされた、明王殿の古い鬼瓦の表示です。

    『明王殿鬼瓦・昭和32年』の表示パネルの光景です。昭和32年(1957年)の改修工事で降ろされた、明王殿の古い鬼瓦の表示です。

  • 二つ重なって見えた、『明王殿』の屋根の光景です。下側が唐風の造りの屋根、上側が入母屋風の屋根です。鬼瓦や、軒丸瓦にも、すべて三つ葉葵の紋がありました。形の違う屋根がうまくマッチしていました。

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    二つ重なって見えた、『明王殿』の屋根の光景です。下側が唐風の造りの屋根、上側が入母屋風の屋根です。鬼瓦や、軒丸瓦にも、すべて三つ葉葵の紋がありました。形の違う屋根がうまくマッチしていました。

  • 右側に立て掛けてあるのは、『墓誌』のようでした。部分的に読み取れる文字はありましたが、纏まった文章としては読み取れませんでした。明治期に記されたように見えました。

    右側に立て掛けてあるのは、『墓誌』のようでした。部分的に読み取れる文字はありましたが、纏まった文章としては読み取れませんでした。明治期に記されたように見えました。

  • 最後にもう一度、赤門から振り返って眺めた、境内光景です。最初は気付きませんでしたが、赤門の扉は、格子戸になっていました。

    最後にもう一度、赤門から振り返って眺めた、境内光景です。最初は気付きませんでしたが、赤門の扉は、格子戸になっていました。

  • 見学を終えて、次のお寺に向かう途中の光景です。右手はまだ、大光院の塀と赤い幟の光景です。境内の東南角付近になります。

    見学を終えて、次のお寺に向かう途中の光景です。右手はまだ、大光院の塀と赤い幟の光景です。境内の東南角付近になります。

  • 下町情緒を感じさせる、鉢植えの光景です。咲いていた花は、赤、白、桃色のコスモスが大部分です。キ下の段の黄色の花はポーチュラカです。ハナスベリヒユの呼び名もあります。

    下町情緒を感じさせる、鉢植えの光景です。咲いていた花は、赤、白、桃色のコスモスが大部分です。キ下の段の黄色の花はポーチュラカです。ハナスベリヒユの呼び名もあります。

  • 同じく、近所で撮影した下町情緒を感じさせる、鉢植えの光景です。こちらで咲いていた花は、赤いサルビアや、ピンクのゼラニュウムの花です。<br />

    同じく、近所で撮影した下町情緒を感じさせる、鉢植えの光景です。こちらで咲いていた花は、赤いサルビアや、ピンクのゼラニュウムの花です。

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