2015/09/18 - 2015/09/22
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旅人のくまさんさん
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江戸時代末期から明治時代初期にかけて刊行された尾張国の地誌、『尾張名所図会』に栄国寺と共に境内が紹介されていた、崇覚寺の紹介です。風情のある庭が印象に残るお寺でした。
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真宗大谷派東別院の西隣、先に紹介した清涼山・栄国寺の100メートルほど南に位置する崇覚寺の山門光景です。山号はないようですが、浄土宗のお寺です。その山門脇に彼岸花が咲く時期の参詣でした。
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イチオシ
崇覚寺の山門脇で咲いていた彼岸花の紹介です。9月21日の秋の彼岸まで、あと3日ですから、ぴったりとその季節に合わせた開花でした。『暑さ寒さも彼岸まで』の暑さが凌ぎやすくなる時期です。彼岸花の周りの葉は、『シダ(羊歯)』でした。
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『崇覚寺(そうがくじ)』の小さな表札の光景です。その縁起の紹介です。崇覚寺は、東西本願寺が慶長7年(1602年)に分立した後、東本願寺末として長島中川村(現三重県桑名市長島町)に、水谷左衛門大夫可高(後の安養坊敬円)の子、右衛門重直によって創立されたと伝えられます。寛永2年(1625年)に長島から名古屋市西区堀詰町に移転し、四世永伝・五世宗故の代には、名古屋別院建立の中心的役割を担ったとされます。
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掃き清められた崇覚寺の参道光景です。縁起の紹介を続けます。元禄3年(1690年)、一如上人(東本願寺十六代)によって別院が創立され、これに伴い、正徳3年(1713年)に東別院に隣接する現在の地に崇覚寺も移されました。
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可愛らしい兎の置物です。『崇覚寺』の名前の意味は、『崇』という漢字は山を仰ぎ見るという形が示す通り、高くそびえるもの尊ぶという意味で、『覚』とはお釈迦様のお悟を示す漢字です。つまり、『お釈迦様の悟りを崇めるお寺』という意味とされます。
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風情のある『鎖樋(くさりどい)』の光景です。鎖樋の排水能力は小さいので、まとまった雨では鎖ひとつひとつの部分で飛び散り、樋なのか撒き散らしているのかわからない状態になるようです。
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六本の柱が使われた手水舎の光景です。水盤らしいものが二つ置かれていましたが、その左側には屋根型の木の覆いがされていました。
(追記)右が水盤、左が覆いをされた井戸址のようです。 -
参道より一段高くなった飛び石があった通路の光景です。低い建の柵が置かれて、立入りが制限されていました。その先には、宝篋印塔らしい石塔が見えていました。
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崇覚寺の境内と参道光景です。参道の先に門が見えましたが、信州大谷は東別院に隣接する東方面の山門のようでした。参道脇には、かなりの径を持った樹木の姿がありました。
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『崇覚寺(そうがくじ)』に関するネット情報を調べてみましたが、『山号』に関する記載はありませんでした。平成26年(2014年)の日付の緑化事業に関する紹介パネルにも山号が記してありませんでした。
(追記)現在使われているかどうかは分かりませんが、山号は『長嶋山(ちょうとうざん)』でした。 -
通路が直角に右に曲がった、敷地のコーナー部分の光景です。東南角当たりのようでした。あるいは、左手に見える板塀は、敷地の中の仕切りだったかも知れません。この辺りの背丈の低い植物は、『バラン(馬蘭)』、『シダ(羊歯)』に『ササ(笹)』が大部分でした。
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二重の蓮座の上の仏座像の光景です。半跏思惟像風のポーズの石像でした。二重になった蓮座は、デザインや風化の具合も似通っていましたから、ずつ像と同時期に制作されたもののようでした。
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慶応2年(1866)に建築された、『崇覚寺』の本堂光景です。現在の本堂は、十世秀曜・十一世可定の代に再建されたものです。登録有形文化財に指定されています。尾張の名工として知られる伊藤平左衛門(八世守富)が棟梁を務めた建物です。伊藤平左衛門の初代は、寛永15年(1638年)に亡くなった人で、名古屋の平和公園に墓が残っています。
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本堂の軒下に置かれていた、雨水受けの石枡の光景です。本堂の特徴は、『外陣・矢来内・内陣・東西余間・御簾の間・飛檐の間・後堂より構成される比較的規模の大きな真宗本堂』とされます。また、『外陣内には柱を立てず、外陣を三分する柱筋は設けていない。矢来内側面の納まりは構造的にも特異で、棟梁伊藤平左衛門の手腕が窺われる』とも評価されています。
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『崇覚寺』の本堂光景です。本堂の特徴は、『外陣・矢来内・内陣・東西余間・御簾の間・飛檐の間・後堂より構成される比較的規模の大きな真宗本堂』とされます。また、『外陣内には柱を立てず、外陣を三分する柱筋は設けていない。矢来内側面の納まりは構造的にも特異で、棟梁伊藤平左衛門の手腕が窺われる』とも評価されています。
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同じく、『崇覚寺』の本堂光景です。先程の説明の中の用語の補足説明です。
①外陣:仏寺本堂の、内陣の外側で参拝の場所。
②矢来内:参拝の場である外陣と内陣を分ける段差や柵。
③内陣:仏寺本堂の、本尊を安置した場所。
④東西余間:本尊の両脇にある間。
⑤飛檐の間:内陣の余間の一つで、左側に位置する。
⑥後堂:本尊(仏壇)がある内陣の後方の間。 -
雨水銅板に透かし模様の飾りが入った、蛍光灯らしい燈器具の光景です。透かし模様は花鳥図のようでした。緑青の色が風情を醸していました。
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崇覚寺の本堂周りの庭園光景です。このお寺は、第八代伊藤平左衛門(~1877年)の手によるものです。八代目の作品としては、『身田・専修寺内通天橋(国重要文化財)』、『博多・東長寺・六角堂(福岡市文化財)』などがあります。
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同じく、崇覚寺の本堂周りの庭園光景です。第九代伊藤平左衛門(1829~1913年)は、木造建築で世界最大とされる東本願寺御影堂を手掛けた人です。内国勧業博覧会、パリ万国博覧会などに出品し数々の賞を受賞、1896年から帝室技芸員を務めました。子息の伊藤延男(1925~2015年)氏は、日本の建築史者、文化財保護者で、文化功労者でした。国際記念物遺跡会議(イコモス)副会長も務められました。
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子持ち地蔵尊の光景です。彫刻とレリーフ(浮彫)をミックスしたような造作でした。地蔵尊の頭部と体の輪郭は彫刻ですが、それ以外の部分がレリーフでした。優しそうなお顔が印象に残る地蔵尊です。
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屋根と屋根との間が狭い造りの、十三重石塔の光景です。第二次大戦時の被害を受けなかった庭園に残った、無傷の石塔の姿です。
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石畳の参道が通った境内の光景です。手前に見える大きな葉の植物は、『バラン(馬蘭)』のようです。『ハラン(葉蘭)』とも呼ばれますが、ラン科の植物ではなく、スズラン亜科ハラン属の常緑多年草です。その先には湿度を好む羊歯の姿が見えました。
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この辺りは、参道の直線の敷石に対して、植樹域の周りを曲線を持たせ蛸石で敷敷いて、景観の変化を工夫してありました。右手にはシャクナゲ、左手には楓の樹が見えました。
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柱6本で支えられた、立派な本瓦葺きの屋根を持った手水舎の光景です。先に一度紹介した手水舎の全景です。
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イチオシ
苔を養生している庭の部分への立入りを制限するためのものでしょうか、石畳の参道の両脇に、竹製の低い柵が並んでいました。この高さですと、視野の邪魔になるどころか、景観アップの道具になっていました。
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『スギゴケ(杉苔)』の1種でしょうか、茎が伸びた苔類の植物でした。杉苔の仲間には、コスギゴケ、オオスギゴケや、ウマスゴケなどがあります。
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山門に向かって一直線の参道光景です。その右手に手水舎がありました。山門は、東別院がある方の東門のようです。
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イチオシ
逆光での撮影になってしまいましたが、本堂の建物正面光景です。正徳3年(1713年)、東別院建立に伴い東別院に隣接する現在の場所に寺基を移りました。当時の崇覚寺本堂は、東別院建立の際の余材で建立されたとも伝えられています。その後再び、十世秀曜及び十一世可定の代、崇覚寺本堂の建替えが行われ、慶応2年(1866年)現在の本堂が完成しました。
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右の建物が本堂、その左の建物光景です。本堂は平21年(2009年)、瓦の葺き替えが約140年振りに行われました。その際に老朽化した書院の改築も行われました。左の建物は、その書院かも知れません。
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『長嶋山・崇覚寺』の境内と参道光景です。古刹だけあって、樹種によっては見上げるような大木に育っていました。
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春日灯篭によく似た石灯篭ですが、玉、あるいは宝珠と呼ばれる部分が、宝篋印塔のように随分と長い造りでした。
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風情のある『鎖樋(くさりどい)』があった庇の傍から眺めた、本堂方面の光景です。鎖樋は、本屋根からの雨水ではなく、庇部分の雨水だけを流しているようでした。
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イチオシ
これも地蔵尊の一種でしょうか、左手で子供を抱えていましたから、地蔵尊とすれば子持ち地蔵になるようです。立派な被り物を身に着けた姿でした。
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小振りな地蔵尊の光景です。かなり風化が進み、首も一度もげてしまったようでした。膝の上に両手で如意宝珠を持った姿のようです。如意宝珠は、『意のままに願いをかなえる宝』と解釈できるようです。
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前方でT字に分岐した石畳の参道光景です。先に紹介した地蔵尊は、その参道脇の左手に置かれていました。
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杉苔と、その上に降りかかっていた落葉の光景です。庭園用の杉苔には、背丈が高いウマスギゴケとオオスギゴケが使われているようです。
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庭の片隅にあった、自然石をくり抜いた手水鉢や、半ば地中に埋まってしまったらしい姿の石灯篭の光景です。その間を大きな木の根が這っていました。
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境内の片隅の光景です。二つの穴が開いた使い古した石臼が、さりげなく庭石として置かれていました。
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『真宗大谷派・崇覚寺』の文字が記された山門の光景です。最初に潜った門ではなく、こちらが表参道になるようでした。やはり山号は記してありませんでした。
(追記)『尾張名所図会・前偏・第二巻』には、『長蔦山・崇覚寺』の表示がありました。その後に使われなくなったようです。また、別の資料には『長嶋山・崇覚寺(ちょうとうざん・そうがくじ)』と記したものもありましたが、この情報は信徒の方を含めて複数あり、こちらが正しいようでした。 -
門を潜って莎退出した後、振り返って眺めた山門光景です。今年、国の登録有形文化財に指定され、風情のある庭も手入れされたことから、この後参拝客が増えそうな古刹でした。
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旅行記グループ 2015年、尾張の寺社巡り(その3)
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