2014/08/18 - 2014/08/19
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ぱんスキュさん
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2014年8月8日~24日
バルト諸国+ポーランド、WW2関連のダークツーリズム・旧ソ連とナチスの痕跡を巡る旅(16)
ヘルシンキin→タリン→リガ→シャウレイ→ヴィリニュス→カウナス→クライペダ→ニダ→カリーニングラード→グダンスク→【ワルシャワ】→クラクフout
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2014年8月18日早朝
グダンスクを早朝に経ちワルシャワ到着。しかし今日は月曜…主要な美術館や博物館などはクローズ!ワルシャワ滞在は一泊だけなのに…。
そこで宿のスタッフから、月曜でも開いているWarszawa Uprising Museam(ワルシャワ蜂起博物館)を勧められました。えーっあんまり興味ないしなぁ…と半信半疑で行くと、ここが本当に素晴らしい展示でした!
この旅のテーマである【WW2のダークツーリズム】に非常に合致した内容で、またもや旅の神様が微笑んでくれたなぁ、と。個人的にはクラコフの『シンドラーの工場跡博物館』と対を成す場所だと感じました。
そして明くる日はポーランドが誇る芸術家・ショパン博物館へ。ここも楽しい仕掛けの多い素敵な博物館!ショパンの愛したポーランドは、またポーランドの愛するショパンだということがひしひしと伝わる内容でした。
総じてポーランドの博物館・キュレーターの質の高さと、国土を何度も他国に蹂躙されたこの国ならではの本当の郷土愛というのをまざまざと見せつけられたのでした。そして、こういうのが本当の愛国心なんだなと思わされるのでした。
★
ワルシャワの街は、再現された旧市街と共産主義的な都市計画とがミックスした街並みが特徴的でした。特に旧市街地はWW2後に廃墟となった状態から、『壁のひびに至るまで再現した』と言われるほどの復帰を果たした。ここでもまたポーランド人の郷土心・愛国心・誇りを感じられたのでした。
ステキなお店もたくさんあったので紹介を交えつつ、ポーランドの首都:ワルシャワについてお送りします。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
-
グダンスク駅ホーム、早朝6:45。ここから5時間かけてワルシャワへ移動。車内が退屈するなーと思ったけれど、偶然にもお隣が日本人の若い男性!お互いの旅について楽しく語り合ってるうちに、あっという間のワルシャワへ。
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途中には広大な荒野が広がり、風力発電用の風車が回っていました。
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10:30過ぎ
ワルシャワ中央駅到着。うわー、さすがに首都の中心駅だけあって広い!大きい! -
ワルシャワ駅から宿に行くためにはバスに乗る必要があったけど、バス停留所がたくさんあって初めてだと若干迷う…
広い地下構内を駆け回り、なんとか今晩の宿の近くへ行く117番に乗ることができた。 -
バスの車内。ワルシャワのバスにはこのように路線図があり、現在地と目的地が一目で分かるのがいいです。
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街の東にあるヴィスワ川にかかるポニャトフスキエゴ橋を渡り、中心地から少し離れたプラガ・ポウドニエのサスカ・ケパ地区(Saska Kępa)に今日の宿があります。スタジアム南側一帯の地域です。
ワルシャワ市内東部を流れる、ポーランドで最も重要な川 by ぱんスキュさんヴィスワ川 滝・河川・湖
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ワルシャワの宿・Adventura hostel
中心から離れていますが、バスやトラム駅からまあまあ近く不便さは感じられません。むしろ落ち着いた住宅街は中心地より治安も良く(一階が警察署w)、お洒落で素敵なレストランがたくさんあってよかったです。
4階の最上階にあり、エレ無しなのが難かな。でもホステルにしてはバスタブあり、ドミじゃないベッドあり、キッチンと小さめテラスありと何気に嬉しい設備あり。入口はナンバーキーを37鍵4989と押して入る。
全体的に玄人向けな宿だと思いましたが居心地良し。静かな住宅街にある、旅慣れた人向けのホステル by ぱんスキュさんAdventura Hostel ホテル
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宿のスタッフより街の地図をもらい一通り説明あり。その後、今日は月曜日なのに気づく…美術館や博物館などはクローズ!ワルシャワ滞在は1泊2日なのに、なんとタイミング悪い。。。
すがる思いで宿のスタッフに相談すると、『Warszawa Uprising Museamが開いてるわよ、あそこはとてもimpressiveだわ。』と全然ノーマークの博物館を勧められました。
うーん、聞いたことないしあんまり興味ないしなー、とあまり気乗りしないで行くと、これが素晴らしい内容で!スタッフさんには感謝です。 -
まずはお洒落なサスカ・ケパ地区のお散歩。この辺りはWW2のワルシャワ戦で破壊さをれなかったため、戦前の町並みが残る住宅街です。(何故破壊を免れたかは後で理解することになった)
傘を屋根にしたカフェ、アイディアと実行力がすごい。 -
"Dzień Dobry(コンニチワ)! ワタシ謎像、ナマエはまだナい"
…また別のカフェには謎像さんがいらっしゃいました。
ポーランドよ、君も謎像好きなんか…。 -
宿スタッフが教えてくれた近隣のオススメ食事処を回りました。
prosta historia という名前のレストラン。ここはピカイチに美味しくてお洒落だったなー!ランチが25ズオティ=850円とお得。サスカ地区イチオシの美味しいお店 by ぱんスキュさんプロスタ ヒストリア カフェ
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同じ並びにあったイタリアン。こちらもオシャレな内容だけど、やや大味だった印象。プロスタヒストリアの方が美味だったな。ここもランチは25ズオティ、この辺りの相場らしい。
サスカ地区にあるモダンなイタリアン by ぱんスキュさんリパブリッカ イタリアーナ イタリアン
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入りませんでしたがすぐ近くにウクライナ料理屋も。このときクリミア問題でホットな地区だったから行っとけばよかったかも。
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サスカ地区の裏通り。なんか素敵な雰囲気がしませんか?
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この界隈にあった知育カフェ、Figaへ。幼児・児童の教育という硬派なテーマながらも、お洒落で可愛く親しみやすいお店でした★
サスカ地区にある、子供と大人のためのカフェ by ぱんスキュさんFiga z makiem カフェ
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最寄りのトラム駅に到着、トラムに乗ってワルシャワ蜂起博物館へ。ワルシャワのトラムは数路線ありますが、頻発していて非常に便利です。
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トラムに乗って15分ほど。
町の西部にある"Muzeum Powstania Warszawskiego"=ワルシャワ蜂起博物館駅というまんまな駅を降りると表示があり、200mほど歩いて博物館へ。
左手奥、赤レンガの建物が見えてきました。WW2前後のポーランドが辿った歴史が分かる素晴らしい博物館。日本語オーディオはマスト! by ぱんスキュさんワルシャワ蜂起博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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まずは別の建物にあるkasaでチケットを買おう。友人窓口販売のため少し並びます。
入場料16ズオティ=約550円、クレジット払い可。
ちなみにここでクレジット額を間違えて切られてしまいましたが、すぐに対応してくれました。ポーランドでのカード使用は安心できると思った一幕。 -
敷地内の入口には、社会見学と思しき子供たちの集団が。
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さて本館へ。館内がインダストリアルな雰囲気だなーと思ったら、発電所跡を改装したものだということ。
まずはクロークがお出迎え。大き目荷物などは預けられるようです。 -
内部の概略図と順路。1F〜中2F〜2Fの3層構造。
1F=蜂起前、中2F=蜂起中、2F=蜂起後と時系列に沿ってテーマ別の展示なので、非常にまとまった作りでついつい引き込まれます。
ワルシャワ蜂起について全く知らなくても、展示を見ていくとその意義や意味が自然と理解できるよう、展示に工夫が凝らされているのです。
★ワルシャワ蜂起とは★
WW2はナチスドイツのポーランドへの侵攻から始まりました。ナチスと秘密条約を結んだソ連もまた同時にポーランドへの侵攻をはじめ、敗れたポーランドは2国の領土に分割された。そしてポーランド政府は国外に亡命政府を作ることになり、国外から自国の支援をはじめたのであった。
その後ドイツとソ連が戦争をはじめ、ソ連軍が優勢となりワルシャワの東部・ヴィスワ川東部まで前線がやってくると、それに呼応する形でポーランド国内軍・レジスタンス・住民たちがナチスへの抵抗のため一斉蜂起をした。それがワルシャワ蜂起なのです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AF%E8%9C%82%E8%B5%B7 -
入口の門の上に掲げられていた碑文。
『…我々は自由が欲しかった、誰(ドイツ&ソ連邦)にも依らない自由が。』
ワルシャワ蜂起決定者であり、当時のポーランド国民政府代表、ヤン・ヤンコフスキ(Jan Stanisław Jankowski)の言葉だそうです。この言葉はワルシャワ蜂起の本質を言い当てている。
http://en.wikipedia.org/wiki/Jan_Stanis%C5%82aw_Jankowski -
入ってすぐにある売店。ここでは10ズロチ=約350円で日本語のオーディオガイドが借りられます。これは素晴らしいので絶対借りてください。オススメ、ではなくマストです。この博物館やワルシャワ蜂起に対する理解度が100倍違ってきます!
あと、売店のおねいさんはつっけんどんなので注意。まあ害はない。 -
ワルシャワ蜂起は1944年、今は2014年。ということで売店の壁にはワルシャワ蜂起70周年のTシャツが。欲しかったけれどサイズが売切れてて残念。
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では展示へGO。案内図の番号順に紹介します。
【2.ワルシャワ蜂起から60年後】
ブースに電話が備え付けられており、正面には人々の写真が備え付けられています。この電話に耳をあてると、写真の方が当時のことを振り返って話しているのが聞こえてきます。そう、この電話は過去とつながっており、当時の話ができるような疑似体験コーナーなのです。
冷戦下、ソ連の息のかかった共産主義政権時代には、ワルシャワ蜂起は無謀でヤケな行動であったと貶められており、蜂起について語ったり再評価したりすることは処罰されたそうです。真実を自由に語れる時代がようやく来たのだ… -
【3.小さな反乱部屋】
子供たちのための小部屋。ここでは子供たちがお絵かきしたりワークをしたりするスペースがあるとともに、ワルシャワ蜂起で子供たちが果たした役割について説明されていました。
13歳以下の小さな子供たちは、ワルシャワ蜂起では国内軍を助けるべくメッセンジャーとして手助けをしました。また戦う親たちに宛てた無事を祈る手紙などが展示されています。 -
壁に当時の様子がかわいいイラストで描かれています。メッセンジャーは主にワルシャワの地下にある下水道を通っていましたが、背の低い子供や女性は最適だったのです。
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【4.モニュメント】
当時の戦線の様子や展示物など。兵士が双眼鏡で敵軍を確認するように、壁の中の展示を双眼鏡で覗けるようになっています。 -
西からはナチス・ドイツが、東からはスターリン・ソ連が攻めてきた。ポーランド絶体絶命な様子が手に取るように伝わってくる。
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刺激が強い内容の写真は、子供の背が届かないように井戸を覗いた先に展示してあります。こういう仕掛けは素晴らしいと思う。
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8月1日のワルシャワ蜂起に向けて、刻一刻と時が流れるかのように石板にカウントダウンの日付が記されている。
Pに錨のサインはPolish Home army=ポーランド国内軍の象徴。以後、度々お目にかかれます。 -
【5.コードネーム"嵐"作戦】
ソ連の赤軍がヴィスワ川東岸まで迫った1944年7月。ソ連はポーランドの共産主義レジスタンスに対し、ラジオで蜂起を呼び掛けていた。それは戦後にソ連の息のかかった共産主義者による新政府を作ろうとしていたからだ。
そのことを知った亡命政府は、ソ連の手でポーランドおよびワルシャワが解放され主導権を握られるのではなく、ポーランド自身でポーランドを解放した上でソ連を迎え入れることで、ポーランドの主権を守ろうとした。
そしてそのためのポーランド国内軍による作戦名が、コードネーム"嵐"。ワルシャワ蜂起はこの"嵐"作戦の一部であった。 -
この博物館には、自由に取って集めることのできる日めくりカレンダーが置いてある。日付はワルシャワ蜂起にとって重要なものとなっており、博物館のお土産にすることもできる。面白い仕掛け!本当に展示レベルが高いです。
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【6.Wの時】
1944年8月1日17時ちょうど、ポーランド亡命政府の決定により、ワルシャワ蜂起が展開される。この時刻を『Wの時』と呼び、今でもこの日この時刻になるとワルシャワ市民は立ち止まり黙とうを捧げるそうです。 -
ポーランド蜂起がはじまると、蜂起中の2カ月間は久しぶりにワルシャワに自由の空気が流れたそうだ。ドイツ占領下にありながらポーランド国旗を掲げたり、今までは地下活動が主だった国内軍が街中を歩いたり。
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【7.印刷小屋】
ワルシャワ蜂起はソ連の不参戦によって結局失敗に終わりました。しかし蜂起の最中はポーランドは自身の新聞を刷ることもでき、これは重要な情報伝達の役割を果たしたのだ。 -
エレベーターで中2階へと上がります。ここからは蜂起中の戦いの様子についての展示です。
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上から見下ろすと軍用機の展示が。多分これは蜂起中にワルシャワにやってきた、アメリカの物資運搬機だと思う。ただしそれが続くことはなく、ワルシャワ蜂起は孤立したのだった。
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【8.八月の戦い】
ポーランド国内軍はナチス占領下でほぼ武装解除されてため、5年間の間にナチスから武器を奪い取り貯め続けていた。それらがワルシャワ蜂起時に使われたが、火器類は乏しくナチスとの武力差は明らかであった。その時の武器の展示など。 -
【9.蜂起の中の日常生活】
蜂起時の日常生活について。使っていた食器や街の様子の写真などの展示。また新人深いポーランド人には神父の存在が大きかったらしい。 -
【11.Wolaの虐殺】
ポーランド国内軍およびレジスタンスの蜂起にヒトラーは怒り、SSのヒムラーに蜂起鎮圧の指揮を取らせた。ヒムラーは『ワルシャワを焦土にし、必要あらば全ての住民を殺せ』と命じたそうだ。当時悪逆非道で知られたディルレヴァンガー連隊、カミンスキー旅団もワルシャワ蜂起鎮圧のため呼び寄せられた。
8月5日〜14日の間に、彼らによってここヴォラWola地区で略奪・非戦闘員に対する虐殺・婦女暴行といった非人道的な事件が起こった。これがWolaの虐殺である。これは犠牲者の死亡証明書のようです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Wola_massacre -
【12.反乱軍の病院】
ポーランド国内軍にも軍医や看護婦がいました。特に女性は銃後の護りとして看護で支援する人が多かったようです。ここにも井戸があり、中にはシビアな展示があります。 -
【13.パラディウムシアター】
映像資料の展示。 -
【14.地下水路】
ワルシャワ蜂起において下水道は重要な役割を果たしていました。移動やメッセージのやり取りもここで行われており、最後には抵抗拠点になりました。それを模した空洞をくぐり通って、2Fの展示へと向かいます。 -
最後の2F展示。降伏〜ドイツ軍やソ連の赤軍がやってきた様子、一緒に戦った外国兵、追悼コーナー、そして最後はワルシャワの街が廃墟になるまでが紹介されています。
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【17.ルブリンのポーランド】
ルブリン政府とはポーランド国民解放委員会のこと。ポーランド人も一枚岩ではなかったようで、共産主義者たちはソ連寄りの政権樹立を目指していました。ワルシャワ蜂起が鎮圧され、ポーランド亡命政府および国内軍がほぼ壊滅すると、戦後は彼らとソ連がポーランド統治の実権を握った。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E5%9B%BD%E6%B0%91%E8%A7%A3%E6%94%BE%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A -
ポーランド国内軍=Home Armyの説明文。たくさんの住民が国内軍と亡命政府の方を指示したと記載されている。ルブリン政府はソ連の傀儡だという現政権からの見解でしょうか。
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【18.反乱軍のカフェ】
この展示の通路の先にはオシャレカフェがあります。実はこのカフェも展示の一部だったり。 -
『当時のポーランド国内軍がこんな雰囲気の中で一息ついたであろう』というコンセプトのカフェで、クラシックなインテリアでまとめられています。それがとっても素敵な内装!
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アイスカフェモカで一息。やや重めの博物館なので、ここでリフレッシュするのも良いと思います。15ズオティ=約450円 見た目もですが味も良かったです★
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赤軍がやってきたのは蜂起が失敗に終わった10月から3か月後、1945年1月でした。これによりワルシャワはソ連によって"解放"されたが、すでに街は廃墟と化していたのだ…。
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思い出の品々。あの状況下で良く残っていたなあと思う。
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お墓の展示。当時は埋葬されれば良い方だったんじゃないか…。
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当時の手記。ポーランド語が読めないので内容は分かりませんが、生々しい字です。
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途中には図書館や学習部屋がありました。学校の遠足などで使われるのかな。
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【25.ワルシャワの死】
ドイツ軍によって破壊されつくしたワルシャワの街は、84%の建物が壊された。WW2前にはおよそ130万人の人口だったワルシャワ、この蜂起後には殺されたり追放されたりして、たった1000人ほどしか残っていなかったという…。街は廃墟となったのだ。 -
廃墟の模型。こうしてワルシャワの街は一度死んだのであった。
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1階に戻り映像ホールに行くと、そのワルシャワが廃墟になった直後の映像を3Dで見ることができる。5分もない短い映像で、別料金(4ズオティ)だけど安いし見たほうが良いです。
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MIASTO RUIN(市街地の廃墟)
空撮から360度のパノラマで廃墟となったワルシャワが見られます。本当に町ごと壊されてる。ただヴィスワ川より東はソ連軍の支配下にあったため、破壊は免れたようです。だからプラガ地区には古い建物が残っているのだ。 -
いつの間にか閉館時間ギリギリに。とても見ごたえのある展示の数々でした。
外に出て今のワルシャワの街を歩いてみる…。高層ビルが立ち並ぶ、社会主義的計画都市である。ここもまた、形を変えたケーニヒスベルクなのかもしれないと思う。 -
ただ違いがあるとすれば、戦後はとりあえずポーランドという国の復活が認められたということ。廃墟となった旧市街地を、戦後ポーランド人達は『釘一本に至るまで』と言われるように見事に再建したらしい。サスキ公園を通って、旧市街地へと向かいます。
サスキ公園 広場・公園
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旧市街地到着。真新しくはあるが確かに昔の街並みが再現されている。うーん、ポーランド人の愛国心と粘り強さは凄い!
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ワルシャワ大学。歴史ある大学も戦後再建されました。
歴史あるワル大 by ぱんスキュさんワルシャワ大学 建造物
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聖十字架教会。ここの内部にはショパンの心臓が安置されていますが、WW2時にドイツ兵が隠し持ち、戦後ワルシャワに返されたため失われずに済んだという逸話があります。
戦後に再建されたショパンゆかりの教会 by ぱんスキュさん聖十字架教会 (ワルシャワ) 寺院・教会
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向かって左側にショパンの心臓があります。右の反対側には、カティンの森事件でただ1人の女性の犠牲者となった飛行士ヤニーナ・レヴァンドフスカの名前が刻まれているそうです。
http://blogs.yahoo.co.jp/dziendobrywieczor/45801171.html -
コペルニクスの像。地球の上に建ってみるとまた面白い眺めなのでトライしてみてください。
君もコペルニクス気分に! by ぱんスキュさんコペルニクスの像 (ワルシャワ) モニュメント・記念碑
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この近辺は学生街でもあるようで、TARABUKというカフェ&本屋がありました。入ってみたらとても素敵な内装と雰囲気!
旧市街地にあるオシャレなブックカフェ by ぱんスキュさんTarabuk 専門店
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最後は王宮の方まで歩き、夜景を見つつトラムに乗って宿へ戻りました。この日の観光は終了。いやー歩いた食べた学んだなあ!
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2014年8月19日(火)
おはようございます。今日は火曜日、美術館や博物館は開いておりますが、午後にはクラコフへと移動しなくてはいけません。
どこにいくか悩んだ末、改装が終わったばかりのショパン博物館へ行くことに。だって街中ではこんな感じでショパン推しされてるんだもん…。行かなきゃって気になる。 -
ショパン博物館も街の中心部にあり、トラムに乗って向かうことができます。街歩きぶらぶらしつつ、開館少し前を目指して歩く。
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この辺りの旧市街地は裏通りが楽しい。すごいバルコニーを見つけたよ!
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そして博物館近くにはショパン音楽学校が。壁にはショパンの楽譜が刻まれていて楽しい〜♪
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ショパン博物館に到着。チケット売り場は違う建物にあるので注意。「
朝一、予約は不要でした by ぱんスキュさんショパン博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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10時の開館と同時にチケット売り場がオープン。15分ほど前から並びましたが、列の前にいたのは5組くらいでした。5分ほど待ってチケット購入。前評判よりすんなり入れて良かったです。クレジット使用可。
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こちらがICカード型チケット。展示部分のICにかざすと、音楽が流れ始めるという楽しい仕組みです♪
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内部展示。年代順にショパンの暮らした土地や作った曲が展示されています。もちろん曲を聴くこともできる。これは大変ありがたい。
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ショパンの肖像画が残されています。若かりし頃から晩年まで。なんかお茶目なポーズのもあって面白い。
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音を立体的に体感できるホール。残念ながら調整中でしたが、どんな感じなのかきになります。
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ショパンのポーランド
ポーランドで生まれにも関わらず、20歳でポーランド出てから故郷に戻ることは叶わなかったショパン。望郷の念を胸に抱きつつ、異国で作曲家としてのキャリアを積んでいった。 -
ジョルジュ・サンドとの手紙も残されていました。2人は9年間同棲しており、不可分な関係だったんだなと。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89
http://www10.plala.or.jp/frederic3/chopin_life/chopin_life_3.html -
パリ、ウィーン、ライプツィヒ、ドレスデン…各地を行脚したショパンの足取りと業績が一目瞭然の良展示。
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そして1849年10月、パリ…
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ショパンはもういない… デスマスクの展示です。
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地下は調べ物コーナーや映像などがあり、マルチメディアな博物館になっています。
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それからキッズコーナーの充実度がイイ!子供が遊べるショパンゲームなどなどがあり、退屈せずにショパンに触れられるようになっている。
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子供たちが描いたショパンの絵や曲のイメージ画。こういうのを公式博物館に飾るというのが良いよね。
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これまた優れた展示の数々。ショパンにはあまり興味がなかったのですがすっかりやられてしまいました。
展示を見終わった後、すぐ近くのビルにあるグッズ売り場によって譜面入れと3.11復興祈念コンピCDをつい購入してしまいました。。。 -
今のワルシャワ、そしてポーランドという国に対するポーランド人の想い…。2つのミュージアムは切り口は違えど、その根底にある郷土愛のようなものを感じ取ることができました。何度も国土を引き裂かれてきたからこそ、ポーランドという存在に対する感情は並々ならないんだなあ…と思わせてくれたワルシャワ滞在になりました。
続いて次の旅行記では、ワルシャワ市内にあるユダヤ人の史跡を巡って来た時の記録を。
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この旅行記へのコメント (4)
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- つばささん 2015/03/23 20:07:52
- オーディオガイド!
- ぱんスキュさん
ご無沙汰しています。
蜂起博物館私も行ったのですが、オーディオガイドあったんですね!英語とポーランド語に苦労して、なかなか難しかった記憶があります。
次行く時は探してみます。ポーランド本当に良い国ですね。
- ぱんスキュさん からの返信 2015/03/23 22:57:23
- RE: オーディオガイド!
- つばささま
お久しぶりです〜。
すでに訪れていらっしゃったとは流石ですね!
オーディオガイドは、チケット売り場ではなく入口からすぐの物販売場にありました。まさかの日本語対応にびっくりしたのと、しかもその内容が、よくありがちな英語→和訳の不自然な日本語ではなく、完璧な日本語訳だったので再度びっくりしました。
重い博物館なのでなかなか難しい面もありますが、次回行かれる時には是非借りてみてください。本当、理解度が劇的に変わります!
ぱんスキュ
-
- ホワちゃんさん 2015/03/17 22:37:23
- ショパン♪
- パンスキュさん
ショパン博物館、予約なしでいけましたか?
私は、予約しないと入れないことがある?とのことで、日本で事前予約して行ったのですが。。。^^;
ショパンの「革命」は涙なしには聞けません(>_<)
高校まで続けていたピアノを再開しようと誓い、まだ再開してないですが、ポーランドはまた行きたいです!(笑)
今年はショパンコンクールの年なのですよね〜。
本当に素敵な街♪
ホワちゃん
- ぱんスキュさん からの返信 2015/03/22 16:47:23
- RE: ショパン♪
- ホワちゃんさま
ショパン博物館、わたしも予約制だと聞いていたので、朝一を狙っていきましたが列に少し並ぶだけで行けました。
平日だったのもあるかもしれません。
各旅行会社とも今年はポーランドツアーに力を入れてるようで、ショパン人気が伺えますねー。
わたしもすっかり好きになって帰国しました。
ぱんスキュ
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