2014/08/16 - 2014/08/17
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ぱんスキュさん
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2014年8月8日~24日
バルト諸国+ポーランド、WW2関連のダークツーリズム・旧ソ連とナチスの痕跡を巡る旅(13)
ヘルシンキin→タリン→リガ→シャウレイ→ヴィリニュス→カウナス→クライペダ→ニダ→【カリーニングラード】→グダンスク→ワルシャワ→クラクフout
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2014年8月16日
あああああ、ついにこの日がやってきた。この旅の最大のハイライト・陸路でのカリーニングラード抜け。そう、バルトに行くのであればどうしても外せなかった、幻のバルト4国目。
★
かつてこの都市は【ケーニヒスベルグ】というドイツ騎士団の由緒ある、それはそれは美しいレンガ造りの中世城塞都市でした。
それがWW2でソ連の手に落ちると、美しかったケーニヒスベルクの街は破壊しつくされ、その上に全く新しいソ連の地方都市を創造するという所業に出たことは、前回の旅行記でお伝えしました。
■
ソ連領になったこの地は閉鎖都市として外部との接触を断つ。そして街のシンボルであった、街と同じく赤レンガ造りの荘厳優美な【王の城】は、修復可能な状態にも関わらず爆破された…。
そこへ代わりに【ソビエトの家】という表紙写真のコンクリート近代建築を建設し、ドイツからソ連邦へとこの街の支配者の交代を誇示し…ようとするも、城の地下は墓地で地盤が緩く、建物に亀裂が入り頓挫(泣)。
未使用のまま不気味な廃墟になって現在に至る、とかいうケーニヒスベルクの呪いとしか言えない顛末に至っているのでした。ああ。
★
高校の歴史の資料集でこの街の存在と成り立ちを知り、それ以来ずっと心から離れず、追い続けてきたカリーニングラード。『…将来はバルトの4国目になり得るかもしれない』と昔どこかで書かれた文章を目にして以来、わたしにとってバルトは3国ではなくカリグラを含めた4国だったんです、今回の旅で現状を知るまでは。
★
この街を自分の目で実際に見てみると…今のカリグラにバルトの4国目に成り得ると思しき要素は、残念ながらありませんでした。…歴史の残骸が微かに残った、醜い空気の悪いロシアの地方都市。中世からの古都の面影は全くない。
僅かに残されたケーニヒスブルク時代の名跡を辿るも、それは現在の街の様子とは完全に切り離され、朧げで遠い過去の記憶でしか無かったのだった…。
そして街の中心部でもある、再建された大聖堂付近の公園で目にした『平和の祭典』。…これはもう最高の皮肉、そして戻らない時への贖罪なんだ。
■
ああ…さらばケーニッヒスブルク!もう戻らないプロイセンの古都、そして幻に終わったバルト4国の夢…
この先に訪れたポーランド・グダンスクやマルボルグは、同じドイツ騎士団由来の赤レンガの街でWW2で破壊されながら、戦後に再建され美しい姿であったのを目の当たりにして、さらに喪われたものの大きさを感じたのであった…。
中心部に再建された、旧プロイセン時代を模した街並みの奇妙な薄っぺらさ。排ガスによる空気の悪さ。自国民のものではない歴史を復興させようとする人々の複雑な思い。様々なことを胸に刻んでこの街を後にしたのでした…
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 2.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
クルシュー砂州にある、リトアニアとロシアとの国境を抜け、いよいよカリーニングラードへ。平和な戸建住宅がポツポツと並ぶ郊外を経て、カリーニングラード市中心部へ。
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市内に突入すると、風景が一変。車がびゅんびゅん走ってて、大きな道路に圧倒される、と同時に共産主義的な無個性かつ灰色の街並みを見て、なんとも言えない気分に襲われる。古都の面影は皆無である…。ああ。
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バスが走ること約3時間、カリーニングラードのバスターミナルに到着。リトアニアとの時差が-1時間あるため、到着は午前10時過ぎくらいでした。
カリーニングラード南駅 駅
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朝から何も食べてない…ってことでウロウロしてると、バスターミナル内に食べ物屋発見。プロヴ、ピロシキ、シャヴェルマ、マントゥetc...なんとなく中央アジアちっくな売店である。
『マントゥ、アディン!(肉まん1つ)』と威勢よく注文する。店の親父がこちらを怪訝な目でみるが、東洋人が珍しかったからだと思われる。 -
マントゥ、ウマー!確かにロシア圏に入ったなあと実感した。その他シュワルマなどもあり。マントゥは1つ35ルーブル=約100円。ロシアにしては物価はまあまあ安めで助かる。
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ロンプラの地図を見ながら、それでも思いっきり迷いながら駅から北と思しき方向へ歩き出す。
標識を見ると『マクドナルド 2.5km』とかいう表示が出てて、脱力…。マクドって標識で知らせるもんでもないよな…未だにソ連を引きずってるかのような感覚。 -
とりあえず真っ直ぐ北上を続けるとあった【Владимир Ильич Ленин】=レーニン広場なる場所。劇場が建っていました。
-
そして傍らにはレーニン像が!ソ連の亡霊が、一瞬姿を現したように思えた。時は21世紀も10年以上経ってるのだが、この町はまだソ連を重苦しく引きずっているかのようだ。
ちなみに後から知りましたが、駅すぐそばにはカリーニン広場なるものがあり、この街の名前の由来となったミハエル・カリーニンの像があったみたい。見逃したのが超悔しい! -
あまりに道が分からなくて、立て看板の地図の前で佇んでると2人のおばぁちゃんが声をかけてくれた…が、ロシア語でさっぱり分からん(涙)
とりあえず『グジェ、カリーニングラード・オテリ?』と、街の中心にあるカリーニングラードホテルの場所を聞くと、『トラム、Туда!』(トラムであっち!)というのを聞き取る…ありがとう!去り行くお二方。 -
トラムに乗って2駅ほどすると、カリーニングラード・ホテルの真ん前の停留所にたどり着く。やったー!このホテルの中に観光案内所があると聞いて突撃するも、案内所のにーさんは英語が頼りなく、また街の地図も品切れとのこと…。えーっ。もう1つの案内所への行き方を教えてくれたが、マルシュの番号が違うっぽい(泣)。
諦めてまずはホテルに向かうことにする。今トラムで来た南北を走る通りがレーニン通りで右に見える道路はモスコブスキー通り。これを真っ直ぐ東へ進む。カリーニングラード ホテル ホテル
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後で自分の宿泊ホテルで貰ったカリーニングラードの地図。観光はこの地図の番号に沿って行きました。以下に出てくる主な観光スポットは()内の数字で表します。
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カリーニングラードホテルの下を東西に横ぎるモスコヴスキー通り。この街1番の幹線道路で、交通上超重要な道。
右には川が流れる公園があり、その向こうには大聖堂が見える。
そして左には、あの【ソビエトの家】(1)が…。かつてのケーニヒスクベルク城の跡地に建てられた、いわくつきの街のシンボル。現存しない、かつてのケーニヒスベルクの象徴だった城 by ぱんスキュさん王の城 城・宮殿
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(1)
近寄って撮った【ソビエトの家】。ケーニヒスブルグの象徴であった【王の城】を破壊した後に建てられた、巨大近代建築…のはずが、元々城の地下は墓地で地盤が緩く、途中で建物に亀裂が入り今は廃墟になってる…。
立入禁止だと聞いていたが、foursquareのコメントを見ると、200ルーブルで中に入ったと写真撮ってる人がいた。
https://ja.foursquare.com/v/дом-советов/4edf478430f87f1286e95c2b潰えたソビエトの野望の残骸 by ぱんスキュさんソビエトの家 史跡・遺跡
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右手側のプレゴリャ川(独:プレーゲル川)沿いの公園に入る。ここは緑が気持ち良く、カリグラでも空気が綺麗な場所だった。
プレゴリャ川
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%B4%E3%83%AA%E3%83%A3%E5%B7%9Dカリーニングラード市内中央を流れる大きな川 by ぱんスキュさんプレゴリヤ川 滝・河川・湖
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公園からプレゴリャ川の向こう岸に見える【ケーニッヒスベルク大聖堂】。オリジナルはもちろん破壊されており、これは2005年にドイツマネーによって復元されたもの。カントの墓もあるがオリジナル。
この島、プロイセン時代には【クナイフホフ】と言われ、ケーニヒスベルクの精神的中心地であったそう。かつては島を囲んで7つの橋が架かっており、この辺りにも鍛治屋橋という名の橋がかかっていたらしい。
そしてそれにちなんだ【ケーニヒスベルクの橋渡り】という知的な問いも生まれた、東プロイセンの学術都市でもあったのだ。
http://homepage2.nifty.com/iruken/suugaku/ke.htmドイツ資本で再建された博物館兼ホール by ぱんスキュさんケーニヒスベルク大聖堂 寺院・教会
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向こう岸に渡るには、少し歩いたとこにある橋を渡る必要があった。ホテルの方向とも一致してたので、てくてく歩く。
この橋は通称【木の橋】と呼ばれている。 -
【木の橋】を渡り切った、大聖堂前の川沿い広場では日曜市のようなものが開かれていた。後でゆっくり見よう。
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大聖堂の東側の川べり一帯は【Рыбная деревня】="Fish Village"と呼ばれる、旧プロイセン時代の街並みを模した一角があった。
…確かに建物は綺麗でそれらしく作ってあるのだが、薄っぺらく、テーマパークのように空虚なハリボテに見える…ちなみにロンプラでは『ディズニーランドちっくな』との表現で書かれてますw確かにその通り!
https://ru.wikipedia.org/wiki/Рыбная_деревняケーニヒスベルク風の建物が並ぶカリーニングラードの再開発地帯 by ぱんスキュさんFishing Village 散歩・街歩き
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この一角にあるのが予約したホテル【HELIOPARK KAISERHOF】。やはりディズニーランドチックな、ややメルヘン風味入った建物である。スパが無料でついてきた。全体的なレビューはクチコミを参照。
カイザーホフ ホテル ホテル
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チェックインは14時からのため、周辺を散策。旧プロイセン時代を模したと思われる建物。中は飲食店やお土産物屋。周囲にはやはり旧プロイセン時代を模した街並みが並ぶ…が、正直どれも本物の持つ重みがない。
写真は"SKIPPER HOTEL"、この並びにもう一軒あるホテルとレストランです。 -
【Мост Юбилейный】=【Jubilee Bridge】=ジュビリー橋
以前は1905年に建立された【Kaiserbrücke】=皇帝の橋がありましたが、WW2末期の1945年に破壊。2005年にドイツのシュレーダー首相がカリグラを訪れた年、この町の750周年記念を祝って架けられたとのこと。おめでたい橋なので、ウェディングの記念撮影スポットになっているそうな。
http://www.tripadvisor.com.au/Attraction_Review-g298500-d7123123-Reviews-Yubileyniy_Bridge-Kaliningrad_Kaliningrad_Oblast_Northwestern_District.html
橋の手すりには鍵がいっぱいかかっている。これはヨーロッパで流行っている、恋人たちが永遠の愛を誓うおまじない。ここカリグラでも健在! -
確かにいくつもの若者たちの結婚式と思われる光景を見た。式場はホテルらしい。この一帯はカリグラのプチブル層に人気がある場所らしく、ニューリッチなロシア人がたくさんいたなー。
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セグウェイ乗ってる若者も!ここでも流行ってるなー。
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ジュビリー橋から大聖堂方面の眺め。大聖堂の前に並ぶ高層マンションとフィッシュビレッジの建物。この光景やサイトを見ると、大々的な開発がなされているエリアだということがわかる。
http://www.pfcompany.ru/en/ -
橋を渡ったところにある【фест кафе】=ファーストカフェ。
カリグラではオシャレカフェだとの認識みたいだが、ちょいバブル入った豪華なファミレスみたいな感じでうーむ…。カリーニングラード再開発地帯にあるラグジュアリー風カフェ by ぱんスキュさんファーストカフェ カフェ
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大聖堂前の広場に戻り、日曜市の露店を見る。
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マトショーシカの看板。こういうのは可愛い★
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動物たちのかわいいデコレーションのパン?ケーキのような食べ物が並ぶ。
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露店にはケーニヒスベルグゆかりの品々も!これは琥珀をあしらったマグネット。100ルーブル、もちろん購入!
どうやら回顧主義が進んでいるんだろうけど、ここに住んでいたのは元々ドイツ人だしなあ…彼らの直接の先祖ではないのだ。
※ちなみに現在のカリグラの人口構成ですが、ロシア人が70%以上、ドイツ人は1%以下らしい… -
そして今回のカリグラ旅で一番気になったのがコレ!ソーサーや角皿に描かれた、往年のケーニヒスベルグの美しい街並みが素晴らしかった一品。
しかし購入しようと近くのATMにお金を下ろしに行っている間に、この露店は店じまいしていたのでした…(泣)。この出来事は、二度と掴むことのできないケーニヒスベルグの象徴として、わたしの中にいつまでも残り続けることとなりました。。。 -
大聖堂島=【クナイフホフ】では運よくフェスティバルがやっていた!これは行くしかない!ってことで50ルーブルでチケットを買って中へ。
このクナイフホフ一帯へと続く橋が【Honey Bridge】=蜂蜜橋
19世紀に今の形になったと言われているこの橋は、近くに住んでいた蜂蜜屋が架けたとも言われている。7本かかっていた橋の数少ないオリジナル。
http://www.visit-kaliningrad.ru/en/attractions/431/6726/有名な『ケーニヒスベルクの橋』の1本。大聖堂に通じるただ一つの橋 by ぱんスキュさん蜂蜜橋 建造物
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そこでの催しもの【Территория мила】=Festival of Peace、つまり【平和の祭典】。
https://www.newkaliningrad.ru/afisha/festival/3714344-iii-mezhdunarodnyy-festival-territoriya-mira.html
今年で3回目の実施だそう。しかしなんと皮肉な名前!しかし逆を返せば、複雑な歴史をもつこの街だからこそ、やる意味があるのかもしれないとも思う。 -
中には様々なブースが並んでいました。ロシアの諸民族と周辺各国のブース、食べ物のブース、遊び場などなど。
動画での様子
https://www.youtube.com/watch?v=kTkWss6zKe8 -
中央にはステージがあり、色々な催し物がなされていた。昨日は日本の『あすが組』という和太鼓のチームが出演してたんだって。そのときのレポートがこちら。
http://japanese.ruvr.ru/2014_08_25/276399917/?slide-1
http://kanjichaimashita.blogspot.jp/2014/08/aska-in-kalininglad-territory-of-world.html?m=1 -
かわいい看板も出ていたよ!その指す先には食べ物ブースや琥珀の売り場があった。
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各国のブースを紹介。全部で6ヶ国が出店してたそう。
まずはЛитва=お隣リトアニアのブースは手芸や服などを販売。そばにはラトビアのブースもあった。 -
同じく隣国のПольша=ポーランド。職人の技が光る工芸品など。
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職人さんの実演販売。籐を器用に編み込み籠を作っていました。
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出来上がった籠たち。大小あって、みんな素敵だったなー!
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さて、この当時クリミア問題で関係最悪だったУкраина=ウクライナ。ブースはとりあえず開いていました。が、ステージに出場予定のウクライナチームは、本国の許可が下りず出演中止となったらしい…ああ。
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美しい刺繍。ザ・東欧って感じでとても温かい作品たちでした。
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刺繍のお洋服。残念ながらサイズが合わなさそうで見送りましたが、買って帰りたかったなー!売り子さんの衣装も可愛い。
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Беларусь=ベラルーシ。素朴で温かみのある陶器を販売していました。
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そして本国ロシアのブース。ちょっと野暮った目の置物とか民芸品がありました。
これで6ヶ国か。でも旧ケーニッヒスベルクの主権国のドイツは出展していなかったのが、なかなか根が深いところだ… -
あとはケーニヒスベルク時代の歴史を偲ぶような制作品のワークショップのブース。これを開いているのも、多分ロシア人なんだろうな。どんな心情なんだろうか…複雑だ。
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顔にペイントをして貰ってた子供。お祭り気分真っ盛り!
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そして続いてはロシアの諸民族のブースを巡る。どこも民族衣装がとても素敵。今まで見たことないものばかりで見とれてしまう…。
どこの族なのかプレートをつけてる方もいましたが、キリル文字が読み切れず全然分からず仕舞いでした… -
本当に手の込んだ装飾の飾り物!小さめの置物を一つお土産に買いました。500ルーブル(1500円)也。
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色とりどりが目にも楽しい鳥笛。だいたい100ルーブル(300円)くらいだったかな。売り子のおばあちゃん暇そうw
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出展の合間に和気あいあいと話し込む人達。生き生きした表情が印象的だったなー!
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ある一角では、民族特有の遊びが披露されていました。二列に並ぶ子供たちと、音楽を奏でる人々がいた。
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音楽に合わせて向かい合った二列が近寄っては離れていく。その間をぬって子供が駆け抜けてゆく。列に挟まったらアウト。次第に音楽が早くなっていき、難易度が上がってゆくー!
動画はこちら。
https://www.youtube.com/watch?v=IJzyYEdOC30 -
楽隊。この赤地に黄色い太陽が描かれた族旗?がどこのものか分からなかったなー。知り合いのロシア人はカザフあたりじゃない?と言っていたが、HP見るとオランダかもしれなかったり。真相は謎だけどかなり気になります!ご存知の方は一方を。
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彫刻作品が並んでいた一帯。門をくぐると…
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どどーん!謎彫刻がそこかしこにw 現在進行形で彫ってるものもあり、アーティストの展示会場でもあったようです。
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子供の遊び場コーナー。タタール人っぽい民族による、弓矢の的当てコーナー。楽しそうだな。
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鉄棒とハシゴのコーナー。曲芸でもするのかなーと思いましたが、わたしが見ているときにはやっていませんでした。
だいたい見尽くしたので、会場を後にすぐそばの大聖堂へ。 -
(2)
【ケーニヒスベルク大聖堂】
近年ドイツからの財政支援によって再建されましたが、中は宗教施設ではなく博物館とオルガンコンサートの場となっています。
14時のオルガンコンサートは250ルーブル。博物館見学は150ルーブルで、写真撮影は別途料金がかかります。ドイツ資本で再建された博物館兼ホール by ぱんスキュさんケーニヒスベルク大聖堂 寺院・教会
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内部には昔のこの街のジオラマや、ケーニッヒスベルク時代の歴史的資料など。これを見ると、ケーニヒスベルクという街がいかに豊かで美しかったのかが分かる。今では断絶された遠い過去…。
一番上の階はケーニッヒスベルクゆかりの哲学者・カントに関する展示コーナーです。 -
最上階の奥にあったカントのデスマスク…
求学の一生をケーニヒスベルクで過ごしたという彼。今のカリグラの姿を見たら…生前にこの街の運命が分かっていたとしたら…何と言うのだろう。 -
外にはカントのお墓がありました。ここはオリジナルらしいです。ドイツ人と思しき観光客が訪れていました。向かいにはプロイセンの王の像がありました。
ケーニヒスベルクゆかりの哲人、イマヌエル・カントの墓 by ぱんスキュさんカントの墓 建造物
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…と、そんなこんなのうちにいきなりスコールが!やはりこの街もバルト沿岸部の気候だ。慌ててホテルに帰ってチェックイン。ホテル前にはずぶ濡れの新婦が…あらら。
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色々複雑すぎる気分になりつつ、雨が上がったタイミングでホテルを出て観光開始。まずは歩いていけるところ、地下壕博物館へと向かう。
途中の道には露店がチラホラと。これはリンゴ売り。 -
こんな大きめの都市なのに露店いるんだなあー。ここはお花のお店。無機質な灰色の都市に、明るい色彩が光っていて嬉しかった。
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旧ソ連圏名物・生クヴァス売りも健在!小さめのコップ一杯で50ルーブル(150円)。これはいい。
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(3)
歩くこと10分ちょっと、【BANKER MUSEUM】=地下壕博物館に到着。ここの入口が分かりにくい!道沿いの茶色い門をくぐった先の公園内にあります。ケーニヒスベルク陥落の際にドイツ軍が立てこもった地下壕の博物館 by ぱんスキュさん地下壕博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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地下壕博物館の入口。ナチス=ドイツ軍が最後までここに立てこもって戦いましたが、1945年に陥落しました。
ケーニヒスベルク陥落の際にドイツ軍が立てこもった地下壕の博物館 by ぱんスキュさん地下壕博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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この後、城壁部分に移動しようと思いマルシュに乗りましたが、思っていた方とは逆の方向へ…(汗)これは北駅周辺の勝利広場だと思われます。すぐそばには『ロシアの母像』がありました。。。謎像マニアとしては嬉しい!
カリーニングラード北駅周辺にあるロシアの母像 by ぱんスキュさんロシアの母像 モニュメント・記念碑
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北駅のすぐそばにある、救世主キリスト大聖堂。白亜のロシア大聖教系の教会です。
勝利広場 広場・公園
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なんとか宿の近くに戻ってこられた…ここフィッシュビレッジに面した大通り:オクチャプリスカヤ通りの停留所"Рыбная деревня"(=Fishing village)。ここからトラム3・5番に乗って北へ、ロスガルデン門を目指します。
ケーニヒスベルク風の建物が並ぶカリーニングラードの再開発地帯 by ぱんスキュさんFishing Village 散歩・街歩き
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建設中の一角を越えて、トラムは北へと進む。4つ目の駅で降ります。
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(4)
まずは最も北にある【Rossgarten Gate】=ロスガルテン門へ。
城塞都市ケーニヒスベルグに入るためには、決められた門を通る必要がありました。ここはそのうちの1つ。現在はレストランになっています。
すぐそばにはトラムおよびマルシュの大き目な停留所があり、交通アクセスは良い。ケーニヒスベルク北東部にあった門 by ぱんスキュさんロスガーター門 建造物
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ロスガーター門の隣にある【The Dohna Tower】=ドーナ塔。ここも城壁の一部で防衛施設だったところで、【上の池】に面しています。
ここは現在は【琥珀博物館】になっています。中には琥珀の素晴らしい展示物や琥珀のアクセサリーなどのお土産物もありました。
http://www.ambermuseum.ru/en/ドーナ塔跡にある琥珀をあしらった展示品の数々 by ぱんスキュさん琥珀博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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(5)
マルシュ37番の東方面行きに乗ると、リトフスキー・ヴァル通りという半円形の通りを進みます。ここが城壁に沿ってぐるっと回っている通りです。
http://vokzal39.ru/municipal-transportation/autobus/240-autobus-37.html
マルシュを降り、まずは北から・・・
【Grolman Bastion】=グロルマン稜堡
昔の城壁の一部で、守備を担っていた一角の砦です。クロンプリンツ兵舎の向かい側にある城壁沿いの砦。番犬に注意! by ぱんスキュさんグロルマン稜堡 建造物
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現在は市場や会社が入っているようです。
※要注意!ここには写真のドーベルマンっぽい番犬がいて、遺跡に近寄ると襲いかかってきます(涙)!かなりしつこいですが、道路の対岸にいる限りは渡ってこないので、散策はほどほどにしましょう。 -
グロブマンの対面にあるのはクロンプロンツ兵舎。ここは現在はバーやギャラリーとして使われているらしいです。
クロンプリンツ兵舎 建造物
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クロンプロンツ兵舎の案内板。グロブマン稜堡や他の主要な城址にもこのような情報板があり、カリグラにもようやく観光という概念が芽生え始めてるのかなと思う。
-
ここから南へと道沿いに進むと【王の門】方面へ。途中、城壁があった場所の辺りに塹壕がいくつも見られました。
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残っている城壁の一部。今ではなんと中古車売り場の一部になっているみたい(涙)。
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(6)
【King's gate】=王の門
数ある門の中でも最も重要な門。近年修復されました。
中の展示はケーニッヒスベルクの歴史が年代順に掲示されており、この街のかつての様子がよくわかります。再建された、旧ケーニヒスベルク時代の主要な門 by ぱんスキュさん王の門 建造物
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こんな美しい門の対面には…ソビエト時代に作られたと思しき廃墟のような醜いボロマンション。なんと対照的な…
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接写してみた。荒み具合が痛々しい…人が住んでいるのかも怪しいレベル。
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さらに道を南下。
道路の反対側には、かろうじて戦火を逃れたとみられる一角が…この赤レンガ造りの街並みが未だ残っていたら、どんなに美しかったことでしょう。ああ、溜息しか出ない… -
今まで歩いてきたリトフスキー・ヴァル通りと、東西に走るモスクワスキー大通りの交差点にある【Sackheim Gate】=ザックハイム門(7)。入場は不可なので眺めるだけです。
ケーニヒスベルクの城壁の東部分にあったチェックポイント by ぱんスキュさんザックハイム門 建造物
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グルメ情報。この門の前にはパン屋がモスクワ通りを挟んで2軒あり、どちらも美味でした★
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ガラス越しに指を差して買うシステム。おばちゃんに『オーチンフクースナ!(とても美味しいよ!)』と言われましたが、そこそこ美味しかったです。
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もう一軒のパン屋。実はこっちの方が美味しかった:)
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パン屋内部。写真のケース内のパンではなく今日のオススメ的に別ケースにあった物を買いました。ウマー。
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ザックハイム門のそばでトラムを待っていると、突然ロシア人のおじちゃんグループに話しかけられる。
ロシア語でよく分からなかったのですが、わたしの手にしていた観光地図を指差し、『ここは元々ドイツの土地だったんだ』とかなんとか言い始めた。なんだか語気が荒くなってきて、ちょっと怖かったので、『ヤズナーユ、ダスヴィダーニヤ(わかりました、さようなら)』とだけ言って、ちょうど来た西行きトラムに速攻乗りこんだ。ふぅー…
と、ひと息つくとまたもやスコールが。バルトの天気は本当に変わりやすい!モスクワ通りを西へ西へと。 -
ケーニヒスベルクの西の城門があったと思しき場所に向かいたかったのですが、まったく土地勘無い!てなわけでカンで下車。でもここどこだー?!
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今でこそ、ここがボヴェディ公園の入口だと分かりますが、リアルタイムではかなり迷ってました。ケーニヒスベルク時代の遺跡と思われる小さな建物です。
ボヴェディ公園 広場・公園
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(8)
【Астрономический бастион】
Astronomical bastion=天文稜堡(砦)
19世紀半ばに作られた砦。元々は反対側に建っていたらしい。20世紀になると、線路の開通により邪魔になり前線部分が壊されました。
http://www.visit-kaliningrad.ru/en/attractions/429/6711/
http://www.prussia39.ru/sight/index.php?sid=539ケーニヒスベルクの西側城壁にあった要塞 by ぱんスキュさん天文稜堡 建造物
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こんな由緒ある史跡なのに表示はどこにもなく、さらに落書きがそこかしこにされてて悲しくなる(涙)
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【Памятник героям Первой мировой войны】
近くにあった広場?公園と、そこにあったモニュメント。なにかなーと近寄ってみる。
これ、現地では分からなかったのですが、帰国後に知り合いのロシア人に見てもらい判明。『第1次世界大戦の英雄像』だそうです。
…!?
WW1はここはまだケーニヒスベルクだったはず!訳してくれたロシア人も混乱してました。。。
調べてみるとこの数ヶ月前の2014年5月、WW1勃発100周年記念につきロシア軍事歴史協会によって建てられたそうです。
…その当時に自国領でなかった土地にこんな物作る神経は悪趣味だと思います。だからオロシャは…
https://ru.wikipedia.org/wiki/Памятник_героям_Первой_мировой_войны_%28Калининград%29 -
日が落ちて暗くなってきたので観光終了ー。あー、遺跡や博物館などの見どころを半分も見終わっないのだけどな。この街の全てを知るには一泊二日では時間不足だ。
やってきたマルシュに乗って、ホテルのあるフィッシングヴィレッジへと帰る。ケーニヒスベルク風の建物が並ぶカリーニングラードの再開発地帯 by ぱんスキュさんFishing Village 散歩・街歩き
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夕飯や生活用品の買い出しへ、近くのスーパー"ヴィクトリヤ"を散策。大きめの総合スーパーで、カリーニングラード市内で数店舗見かけました。
カリーニングラード市内に数店舗ある大型スーパー by ぱんスキュさんヴィクトリヤ スーパー・コンビニ
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…ここのワインコーナーで仰天。数ヶ月前にロシアに編入されたばかりのクリミア地方のワインがロシア産として売られていた…!なんというか、こう…クリミアのロシア化もどこかカリグラの編入にも似た覇権主義のようなロシアを見た気がして、複雑な気分になる。ああクリミアよ、お前もか。
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日が暮れて、ホテルの窓の外を見る。ジュビリー橋がライトアップされ、ここだけ見るととても優雅なヨーロッパの都市に見える。
しかしこのフィッシングヴィレッジを出れば、灰色で醜い無機質な建物が並んでいるのだ…。そのコントラストにどんより重い気分になる。カイザーホフ ホテル ホテル
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ホテルからの眺め。プレゴリャ川沿いを大聖堂方面に臨む。
再建された大聖堂は再開発で建てられた高層建築物に遮られ、さらに奥に見えるは【ソビエトの家】。このバブルとも言える光景をほとんどのロシア人は歓迎するのかもしれない、しかし…。
★
ああ、どんなに失われた時を取り戻そうとしても、やはりこの街はカリーニングラード。ケーニヒスベルクに戻ることは決してないのだ…そしてまた、自分の中でのバルトの4国目の希望もまた夢物語であったのだと…。
プロイセン時代のテーマパークのような光景を噛み締めつつ、深い徒労の中で眠りについたのでした。カリーニングラード市内中央を流れる大きな川 by ぱんスキュさんプレゴリヤ川 滝・河川・湖
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★おまけ
カリーニングラードで買ったお土産。
ポストカード、ケーニヒスベルクの文字が入った琥珀入りマグネット、そして少数民族の置物。本当はお皿も欲しかったなー。ああ。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ホワちゃんさん 2015/03/01 15:38:25
- う〜ん。。。
- ぱんスキュさん
こんにちは!
お土産の置物の素材は何でしょうか?
私好みで気になりますー。
クヴァス、分からなくてググってみました^^;
少しアルコールが入っているのですね。
気になるー。
最後のクリミアのワイン。。。
一昨年のワインの試飲会にときに、ウクライナの美人のお姉様がクリミアのワインをお薦めしていましたよ。
絶句です。
というか、早っ(-_-;)
ホワちゃん
- ぱんスキュさん からの返信 2015/03/01 17:38:18
- RE: う〜ん。。。
- ホワちゃんさま
いつもありがとうございます★
この置物は、木にペイントをしたものですね。
どこの民族なのかは分かりませんが、とても綺麗ですよね!
クヴァスですが、わたしは旧ソ連圏に行くと必ず飲んでいます。
オススメは樽からの直売で、リトアニアのクヴァスがとても美味しかったです。
ニダでもヴィリニュスでも。あとグルジアのも美味でした。
下戸な私はいつもクヴァスなんです…。
クリミアワインですが、本当に早いですよね!
エチケットはウクライナ表示のもあるのに、堂々とロシアワイン表記…
同時期にウラジオストックに行った知人がワイン売り場に行ったのですが、やはりクリミアワインがロシアのものとして売られていたそうです…-_-;
カリグラで売られているというのが、哀しさに一層拍車をかけました…。
ぱんスキュ
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