2012/05/15 - 2012/05/29
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jijidarumaさん
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Romantische Strasseロマンチック街道、Schwaebische Alb Strasseシュヴェービッシュ・アルプ街道、Burgenstrasse古城街道の旅
期間 :2012年05月15日(火)〜05月29日(火)15日間の旅
5月21日(月); 曇りのち晴、26℃、215km (ここまで850km;計画では824km)
6時起床。8時~8時30分朝食。ハールブルク城を8時45分に出発。−>L? 17km Wemding -Amerbachヴェムディング・アメルバッハのマリアの泉巡礼教会に到着・見学 9:25〜9:45
写真は泉巡礼教会の聖母マリア像(聖母子像)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- レンタカー
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空 ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
古城ホテル ハールブルク城を8時45分に出発。今日は予定を変更して、最初に北東に走り、ホテルの小母さんが薦めてくれた“聖母マリア様の教会”を訪ねる事にした。
教会は農村地帯にあり、Wemdingヴェムディングと言う人口5700人の小さな町にあると薦めてくれた。9時にNormaノルマのスーパーに着く、水が無くなりつつあったので、水6本(Euro2.64)をとりあえず購入した。
教会の住所も、正確な教会の名前もうろ覚えのままに来たので、NAVIも使えず、買物に来ていた老夫婦に“聖母マリア様が涙を流したという教会”の場所を聞いてみた。
“涙を流した”と云うのは私の考えすぎだったようで、要領を得ない会話になった。何やら説明をしてくれたが、その内、“私共もそっちの方に帰るから、車の後ろについてきたら良い。”と言ってくれた。
ありがたい申し出で、2kmほどついて行くと、窓から奥さんが右手を出して、あそこよ!あそこよ!と、場所を示す。
その手の先に教会が見えた。お礼の警笛を鳴らして、教会の立つ高台に向かった。
写真は立派なWallfahrtskirche巡礼教会 -
ヴェムディングの町の北部地区Amerbachアメルバッハの高台にあるのは立派なWallfahrtskirche巡礼教会だった。
草原と森に囲まれたマリアの泉巡礼教会に入ると、中はミサの最中でした。
終わるまで、端の席に座って待っていました。司祭の挨拶が終わると20名ほどの参加者は三々五々に帰っていきます。
聖母マリア様が涙を流したという謂れは無かったが、美しい教会である。
内陣には大きな聖壇が重々しくあり、そこには聖母マリアの昇天図が描かれているように見えます。手前中央に美しい聖母像のロココ様式の聖壇が見られ、それはまた、“泉の聖壇”とも呼ばれている。
写真はミサの最中 -
祭壇の背面下にある黄金色した貝から、聖水が流れ落ちて、参会者もその聖水を口に含んでいた。信者たちは洗礼の際に、あるいは眼病を直す為に聖水で目に濡らすと云います。一滴でも十分、最大の奇蹟は信仰になる。“・・と。
写真は貝から、聖水が流れ落ちて -
写真のこの方は聖水を飲んでいます。
-
天井のフラスコ画も素晴しいもので、幾つかのテーマに書かれたもので、“聖母マリアの泉”、“聖母マリア像“、”太陽をまとった女性“、“神秘的なローズ”、“主の箱舟”、“聖母マリアの戴冠”など、高い天井を美しく飾っていた。(それぞれの写真は後に続きます。)
ホテルの小母さんの話に偶々、耳を傾けて、この機会を得た。人の話はよく聞くものだ。
http://www.maria-bruennlein.de/index.php
写真は聖母子像の元になった、ローマからヴェムディングに持ち帰ったGnadenbild聖母像(肖像画)。 -
ロマンチック街道の名城ハールブルク城から17km程の高台に“聖母マリア様の教会”は立っている。Wemdingヴェムディングの町の北部地区Amerbachアメルバッハにあったのは立派なWallfahrtskirche巡礼教会だった。その教会設立の謂れが伝わっている。
≪Die Sage:Gnadenbild伝説:聖母像(肖像画)が動いた≫
(Die Wallfahrtskirche Maria Bruennleinマリアの泉巡礼教会設立の謂れ)
Die Wallfahrtskirche Maria Bruennleinマリアの泉巡礼教会の謂れは1680年に遡る。Wemdingヴェムディングの靴屋の若者Franz Forell フランツ・フォレルが、聖壇(ローマの何処の教会のものか不明だが)の上にあったGnadenbild聖母像(肖像画)をローマからヴェムディングに持ち帰った事に始まる。
ヴェムディングの町は当時、シュヴァーベンとフランケンの国境地帯のプロテスタントが支配する一帯の中で、カトリックの小さな飛び地であったと云う。そうした環境下でフォレルは持ち帰った、左手に高くイエスを抱える聖母像を大事にしていた。
或る時、フォレルは重度の頭痛に苦しんでいたプロテスタントの騎士を、その頭上に聖母像をかざす事で助けた事がある。この事で聖母像への地域の人々の信頼は増した。
写真は奥に大聖壇と手前に“泉の聖壇” -
1692年の或る晩、フォレルの義兄弟で、司祭であったReinhard Koehlerラインハルト・ケーラーが臨終の席からの帰途、泉の傍を通りかかると、突然目の前に目に見えぬ壁が立ちはだかった。
怖れ慄いた司祭は忘れていて、ほったらかしにしていた聖母像の為に礼拝堂を建てると誓った。そうすると不思議な事に壁は消え、道は元に戻ったと云う。
そして、誓い通りに、聖母像の為にごく少数の人が入れる礼拝堂が建てられた。
写真は奥に大聖壇と手前に“泉の聖壇 -
1735年6月25日、フォレルの孫娘・15歳のMaria Regina Forellマリア・レジーナ・フォレルは聖母像を花で飾っていた。
すると聖母像が動いた。マリアはこれに気付いて、その事をヴェムディングの町に知らせた。
町の教会の指導者たちはこの事に懐疑的であったが、これを伝え聞いた多くの人々はこれを信じた。
そこで直ちに新しい教会建設が望まれた。そして、その噂を聞いた信仰深い人たちは巡礼者となって、各地から大きな波のようになって押し寄せたと云う。
この後、現在に見るロココ様式の立派なマリアの泉巡礼教会が完成する。
写真は天井のフラスコ画・“聖母マリアの泉” -
マリアの泉巡礼教会は画家のJohann Baptist Zimmermannヨハン・バプチスト・ツィンマーマンと建築家Dominikus Zimmermannドミニクス・ツィンマーマン兄弟によって、1748年から1752年に設計・建造され、1781年に献堂された。
それは兄弟が完成した有名なWieskircheヴィースの巡礼教会と同時期の頃(1745〜1754年)でした。
巡礼教会は1999〜2003年にかけて改装されて、今も美しい景観を保っていた。
(2012年8月27日;訳・編集)
写真は天井のフラスコ画・”太陽をまとった女性“ -
*参考に;
①因みに世に知られた南ドイツのWieskircheヴィースの巡礼教会も同時期の1745年から1754年にかけてヨハン・バプティストとドミニクス・ツィンマーマン兄弟によって建てられ、堂内の天井画、装飾はバイエルン・ロココの最高傑作と謳われている。
ここでは農婦が“鞭打たれたキリスト像が涙を流した!”という奇蹟を目撃した事から始まった。この地の巡礼は毎年200,000人も訪れると云う。
写真は天井のフラスコ画・“聖母マリア像“ -
②聖なる泉と言えば、「ルルドの泉」がある。
Lourdesルルドはフランスとスペインの国境になっているピレネー山脈の麓の人口15000人ほどの小さな町ですが、1858年2月11日、村の14歳の少女ベルナデッタ・スビルーが郊外のマッサビエルの洞窟の傍で薪拾いをしている時、“聖母マリアが出現した”のを見たと云われている。
“ルルドの泉”もマッサビエルの洞窟から聖母マリアの言葉通りに湧き出したと云われ、泉には治癒効果があると信じられている。
今は聖母の出現した場所にルルド大聖堂が立ち、カトリック教徒の巡礼地ともなっている。
XXX
写真は天井のフレスコ画・“主の箱舟” -
写真は天井のフレスコ画・“聖母マリアの戴冠”
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写真は天井のフレスコ画・“神秘的なローズ”
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写真はマリアの泉巡礼教会・民族衣装の行列
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写真はバイエルン・ロココの最高傑作、南ドイツのWieskircheヴィースの巡礼教会内部
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