古城街道周辺旅行記(ブログ) 一覧に戻る
Romantische Strasseロマンチック街道、Schwaebische Alb Strasseシュヴェービッシュ・アルプ街道、Burgenstrasse古城街道の旅<br /><br />期間 :2012年05月15日(火)〜05月29日(火)15日間の旅<br /><br />5月27日(日);曇り時々晴れ間、25℃、139km ・Pfingstsonntag聖霊降臨祭<br /><br /><br />先に≪Burg Schadeckシャーデック城(ツバメの巣の異名を持つ城)に残る伝説≫<br />http://4travel.jp/travelogue/10985751<br />及び、≪伝説:ディルスベルクの薔薇Die Rose vom Dilsberg≫<br />http://4travel.jp/travelogue/10986881<br />について書いた。<br /><br />そして、このディルスベルク城址では夏の夜にローゼ姫(ロザムント姫)を偲んで、姫の悲しい物語が野外劇で演じられている。<br /><br />写真は?ディルスベルクの薔薇”の野外劇の主役たち;ローゼ姫と騎士ヴォルフ2008年

≪「ディルスベルクの薔薇」の祝祭劇:Festpiel ・Die Rose von Dilsberg≫

17いいね!

2012/05/15 - 2012/05/29

34位(同エリア102件中)

旅行記グループ ドイツの伝説・民話その2

0

20

jijidaruma

jijidarumaさん

Romantische Strasseロマンチック街道、Schwaebische Alb Strasseシュヴェービッシュ・アルプ街道、Burgenstrasse古城街道の旅

期間 :2012年05月15日(火)〜05月29日(火)15日間の旅

5月27日(日);曇り時々晴れ間、25℃、139km ・Pfingstsonntag聖霊降臨祭


先に≪Burg Schadeckシャーデック城(ツバメの巣の異名を持つ城)に残る伝説≫
http://4travel.jp/travelogue/10985751
及び、≪伝説:ディルスベルクの薔薇Die Rose vom Dilsberg≫
http://4travel.jp/travelogue/10986881
について書いた。

そして、このディルスベルク城址では夏の夜にローゼ姫(ロザムント姫)を偲んで、姫の悲しい物語が野外劇で演じられている。

写真は?ディルスベルクの薔薇”の野外劇の主役たち;ローゼ姫と騎士ヴォルフ2008年

旅行の満足度
4.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
30万円 - 50万円
交通手段
レンタカー
航空会社
ルフトハンザドイツ航空 ANA
旅行の手配内容
個別手配

PR

  • ≪Festpiel : Die Rose von Dilsberg「ディルスベルクの薔薇」の祝祭劇≫<br /><br />この城に云い伝えられてきたDie Rose vom Dilsbergディルスベルクの薔薇の伝説をテーマにして、詩人・俳優であったBruno Hermann Hottenroth (1874〜1933年)ブルーノ・ヘルマン・ホッテンロートが、音楽と踊りに彩られた舞台劇脚本を書いた。<br /><br />写真はRose of Dilsberg;ローゼ姫ポスター・2008年

    ≪Festpiel : Die Rose von Dilsberg「ディルスベルクの薔薇」の祝祭劇≫

    この城に云い伝えられてきたDie Rose vom Dilsbergディルスベルクの薔薇の伝説をテーマにして、詩人・俳優であったBruno Hermann Hottenroth (1874〜1933年)ブルーノ・ヘルマン・ホッテンロートが、音楽と踊りに彩られた舞台劇脚本を書いた。

    写真はRose of Dilsberg;ローゼ姫ポスター・2008年

  • ≪「ディルスベルクの薔薇」の祝祭劇≫<br /><br />時は;12世紀初めの聖ヨハネの祭りの日(夏至)。<br /><br />場所は;夏の夜のディルスベルク城内。<br /><br />舞台場面は;ディルスベルク城主Graf von Lauffenラウフェン伯が愛娘のRoseローゼ姫(Rosamundロザムント姫)の結婚式の準備をしている。<br /><br />粗筋は;<br /><br />ローゼ姫が10歳の時、隣国の王子Ulrich von Steinachウルリッヒ・フォン・シュタイナハの幼い婚約者になっていました。隣国同士の反目と抗争に終止符を打つ為、二人の父たちが其々の息子と娘に政略的な婚姻を図ったものでした。<br /><br />所が、ウルリッヒ王子が十字軍に従軍し、シュタイナハを長く離れた間に、ローゼ姫は人々に“美しきバラ”と呼ばれるほどに美しく成長し、何時しかWolf von Hirschhornヒルシュホルンの王子ヴォルフと恋仲になっていたのです。<br /><br /><br />写真は恋仲のローゼ姫とヒルシュホルンの騎士ヴォルフ

    ≪「ディルスベルクの薔薇」の祝祭劇≫

    時は;12世紀初めの聖ヨハネの祭りの日(夏至)。

    場所は;夏の夜のディルスベルク城内。

    舞台場面は;ディルスベルク城主Graf von Lauffenラウフェン伯が愛娘のRoseローゼ姫(Rosamundロザムント姫)の結婚式の準備をしている。

    粗筋は;

    ローゼ姫が10歳の時、隣国の王子Ulrich von Steinachウルリッヒ・フォン・シュタイナハの幼い婚約者になっていました。隣国同士の反目と抗争に終止符を打つ為、二人の父たちが其々の息子と娘に政略的な婚姻を図ったものでした。

    所が、ウルリッヒ王子が十字軍に従軍し、シュタイナハを長く離れた間に、ローゼ姫は人々に“美しきバラ”と呼ばれるほどに美しく成長し、何時しかWolf von Hirschhornヒルシュホルンの王子ヴォルフと恋仲になっていたのです。


    写真は恋仲のローゼ姫とヒルシュホルンの騎士ヴォルフ

  • そしてこの日、ローゼ姫と王子ヴォルフの結婚式が準備されたのでした。<br /><br />ラウフェン伯は目出度い結婚式の招待状を隣国のPleikart von Steinachシュタイナハ城主プライカルトにも出したのでした。<br /><br />ラウフェン伯の部下の主だったものは、隣国の城主が悪賢く、乱暴な男だから、何をするかわからないので、招待状を出す事はお止めになるようにと、ラウフェン伯を諌めたのでしたが・・・。<br /><br />写真はディルスベルクの薔薇の野外劇のシーン・2008年6月

    そしてこの日、ローゼ姫と王子ヴォルフの結婚式が準備されたのでした。

    ラウフェン伯は目出度い結婚式の招待状を隣国のPleikart von Steinachシュタイナハ城主プライカルトにも出したのでした。

    ラウフェン伯の部下の主だったものは、隣国の城主が悪賢く、乱暴な男だから、何をするかわからないので、招待状を出す事はお止めになるようにと、ラウフェン伯を諌めたのでしたが・・・。

    写真はディルスベルクの薔薇の野外劇のシーン・2008年6月

  • しかし、ラウフェン伯は結婚のお祝いのムードが高まる中で、そうした無粋とも言える部下たちの警告に注意を払う事はしなかったのです。<br /><br />そうしてやってきた隣国の城主Pleikartプライカルトをラウフェン伯は快く歓迎したのです。<br /><br />プライカルトは狐のようにズル賢く、いつも人々が泣き叫び、悲しむ様子を笑って楽しむような性格の男でした。<br />彼はこの機会に隣国のラウフェン伯を旨く丸めこんで、“もし、息子ウルリッヒが十字軍(死の国)から生還したならば、かつて婚約者同士だった息子とローゼ姫が結婚できる。”と、ラウフェン伯に約束させたのでした。<br /><br />ラウフェン伯は十字軍の厳しい現状を知っていたので、この話を単なる思い付き、冗談と思っていたが、実は言葉通りに、たいへんひどい事になってしまった。<br /><br />写真はディルスベルクの薔薇の野外劇のシーン

    しかし、ラウフェン伯は結婚のお祝いのムードが高まる中で、そうした無粋とも言える部下たちの警告に注意を払う事はしなかったのです。

    そうしてやってきた隣国の城主Pleikartプライカルトをラウフェン伯は快く歓迎したのです。

    プライカルトは狐のようにズル賢く、いつも人々が泣き叫び、悲しむ様子を笑って楽しむような性格の男でした。
    彼はこの機会に隣国のラウフェン伯を旨く丸めこんで、“もし、息子ウルリッヒが十字軍(死の国)から生還したならば、かつて婚約者同士だった息子とローゼ姫が結婚できる。”と、ラウフェン伯に約束させたのでした。

    ラウフェン伯は十字軍の厳しい現状を知っていたので、この話を単なる思い付き、冗談と思っていたが、実は言葉通りに、たいへんひどい事になってしまった。

    写真はディルスベルクの薔薇の野外劇のシーン

  • 二人の結婚式の行列が教会に向かった時、招待客にまぎれて潜んでいた王子ウルリッヒがその姿を現し、自ら名乗りを上げ、十字軍(死の国)から生還した事を告げたのだ。<br />そして、“花嫁ローゼ姫を我が手に戻せ!”と、王子ヴォルフに大声で要求したのです。<br /><br />与えてしまった約束という罠に嵌ったラウフェン伯はローゼ姫と姫が愛した王子ヴォルフの結婚を認めない旨を満場の参列者に述べざるを得ないことになったのです。<br /><br /><br />写真はディルスベルクの薔薇の野外劇のシーン・2008年6月

    二人の結婚式の行列が教会に向かった時、招待客にまぎれて潜んでいた王子ウルリッヒがその姿を現し、自ら名乗りを上げ、十字軍(死の国)から生還した事を告げたのだ。
    そして、“花嫁ローゼ姫を我が手に戻せ!”と、王子ヴォルフに大声で要求したのです。

    与えてしまった約束という罠に嵌ったラウフェン伯はローゼ姫と姫が愛した王子ヴォルフの結婚を認めない旨を満場の参列者に述べざるを得ないことになったのです。


    写真はディルスベルクの薔薇の野外劇のシーン・2008年6月

  • この結果、王子ヴォルフは王子ウルリッヒに決闘を申し入れ、二人の王子はローゼ姫を争い、剣を持って戦うことになったのです。<br /><br />写真は二人の騎士ヴォルフとウルリッヒの決闘

    この結果、王子ヴォルフは王子ウルリッヒに決闘を申し入れ、二人の王子はローゼ姫を争い、剣を持って戦うことになったのです。

    写真は二人の騎士ヴォルフとウルリッヒの決闘

  • 決闘の女神は王子ヴォルフに微笑むことなく、ヴォルフは王子ウルリッヒの剣に傷つき、倒れ、ローゼ姫の目の前でついに死んでしまいました。<br /><br />愛する王子ヴォルフの死を目の当たりにして、悲しみと絶望に打ちひしがれてしまったローゼ姫は、城壁から身を投げてしまったのです。<br /><br /><br />写真は騎士ヴォルフの死と絶望するローゼ姫

    決闘の女神は王子ヴォルフに微笑むことなく、ヴォルフは王子ウルリッヒの剣に傷つき、倒れ、ローゼ姫の目の前でついに死んでしまいました。

    愛する王子ヴォルフの死を目の当たりにして、悲しみと絶望に打ちひしがれてしまったローゼ姫は、城壁から身を投げてしまったのです。


    写真は騎士ヴォルフの死と絶望するローゼ姫

  • 1910年に初演された「ディルスベルクの薔薇」は大好評を博し、米国でも成功をおさめたが、ホッテンロートの財政難もあって、1911年には早くも続演は中止となってしまった。<br /><br />写真はディルスベルク城址と町の俯瞰

    1910年に初演された「ディルスベルクの薔薇」は大好評を博し、米国でも成功をおさめたが、ホッテンロートの財政難もあって、1911年には早くも続演は中止となってしまった。

    写真はディルスベルク城址と町の俯瞰

  • 唯、「ディルスベルクの薔薇」は完全に忘れられたわけではなく、1939年、舞台監督の Hermann Rothヘルマン・ロートが、この劇を再演しようと試みたのである。<br />再演には一つ問題があった。「ディルスベルクの薔薇」の楽譜が見つからなかったのだ。<br /><br />幸いなことに、ディルスベルクの住民である老人たちが、この曲を良く覚えていて、この問題は解決できた。再演にあたっては彼らが舞台に立ち、見事に成功させたと云う。<br /><br />1951年に「ディルスベルクの薔薇」が舞台で演じられた時から、この舞台劇はディルスベルクの町の伝統であり、歴史となり、町の文化の重要な部分になった。<br /><br />写真はディルスベルク城を見上げて

    唯、「ディルスベルクの薔薇」は完全に忘れられたわけではなく、1939年、舞台監督の Hermann Rothヘルマン・ロートが、この劇を再演しようと試みたのである。
    再演には一つ問題があった。「ディルスベルクの薔薇」の楽譜が見つからなかったのだ。

    幸いなことに、ディルスベルクの住民である老人たちが、この曲を良く覚えていて、この問題は解決できた。再演にあたっては彼らが舞台に立ち、見事に成功させたと云う。

    1951年に「ディルスベルクの薔薇」が舞台で演じられた時から、この舞台劇はディルスベルクの町の伝統であり、歴史となり、町の文化の重要な部分になった。

    写真はディルスベルク城を見上げて

  • 写真はディルスベルク城の城門

    写真はディルスベルク城の城門

  • 写真はディルスベルク城の野外劇場

    写真はディルスベルク城の野外劇場

  • 写真はディルスベルク城の塔

    写真はディルスベルク城の塔

  • 写真はディルスベルク城:現在の城址

    写真はディルスベルク城:現在の城址

  • XXX<br /><br />ディルスベルク城にはもう一つ伝えられる話がある。<br /><br />≪Die Sage :Die Bienen von Dilsberg 伝説・ディルスベルク城の蜂≫<br /><br />或る時、城主のディルスベルク伯が狩猟に出ていた時、隣国の敵兵がディルスベルク城を攻め落とそうとやってきました。<br /><br />城にはわずかな農夫たちがいるだけで、敵兵に抗う力もありませんでしたが、或る農夫が妙案を考えたのです。<br /><br />その農夫は蜂の巣を持ち出して来て、城壁の後ろに蜂の巣を隠しておきました。<br />敵兵が城壁に十分近づき、よじ登ろうとした時、農夫たちは蜂の巣を揺さぶり、敵兵に投げつけたのです。驚いた蜂は一気に巣から飛び出て、敵兵に襲いかかりました。<br /><br />蜂の一斉攻撃に慌てふためいた敵兵は一目散に逃げ帰ったそうだ。<br /><br />城壁に沿って小さな養蜂園があり、これを見ると今もなお、この伝説が思いだされるのだ。<br /><br />写真はディルスベルク城:現在の城址・城壁は“マントの壁”と称された。

    XXX

    ディルスベルク城にはもう一つ伝えられる話がある。

    ≪Die Sage :Die Bienen von Dilsberg 伝説・ディルスベルク城の蜂≫

    或る時、城主のディルスベルク伯が狩猟に出ていた時、隣国の敵兵がディルスベルク城を攻め落とそうとやってきました。

    城にはわずかな農夫たちがいるだけで、敵兵に抗う力もありませんでしたが、或る農夫が妙案を考えたのです。

    その農夫は蜂の巣を持ち出して来て、城壁の後ろに蜂の巣を隠しておきました。
    敵兵が城壁に十分近づき、よじ登ろうとした時、農夫たちは蜂の巣を揺さぶり、敵兵に投げつけたのです。驚いた蜂は一気に巣から飛び出て、敵兵に襲いかかりました。

    蜂の一斉攻撃に慌てふためいた敵兵は一目散に逃げ帰ったそうだ。

    城壁に沿って小さな養蜂園があり、これを見ると今もなお、この伝説が思いだされるのだ。

    写真はディルスベルク城:現在の城址・城壁は“マントの壁”と称された。

  • 写真は「ディルスベルクの薔薇」・1911年

    写真は「ディルスベルクの薔薇」・1911年

  • XXX<br />この野外劇の曲は以下のようなものです。<br /><br />Frances Grace Borowsky - cello <br />Emmanuel Borowsky - violin <br />Elizabeth Borowsky ? piano<br />Written in July 2008, Elizabeth, Emmanuel, and Frances&#39; &quot;Postcards from Dilsberg&quot; is a collection of five musical postcards portraying the town, history, people, and legends of Dilsberg, Germany.<br /><br />Postcard 1: Morning in Dilsberg <br />(The Neckar River Winds Around Dilsberg. The Birds Sing. The Sun Shines).<br />https://www.youtube.com/watch?v=XRcpOgaAgqY<br /><br />Postcard 2: Ready for Battle<br />https://www.youtube.com/watch?v=P4JGiTUJBmc<br /><br />Postcard 3: The Legendary Sleeping Chamber<br />https://www.youtube.com/watch?v=L0kftVinZlM<br /><br />Postcard 4: Rose of Dilsberg<br />https://www.youtube.com/watch?v=YzLJTG0FDbg<br /><br />Postcard 5: Triumphal March Celebrating Dilsberg&#39;s 800th Anniversary<br />https://www.youtube.com/watch?v=EQJ26RQhUJ4<br /><br />XXX<br /><br />写真は「ディルスベルクの薔薇」・1939年

    XXX
    この野外劇の曲は以下のようなものです。

    Frances Grace Borowsky - cello
    Emmanuel Borowsky - violin
    Elizabeth Borowsky ? piano
    Written in July 2008, Elizabeth, Emmanuel, and Frances' "Postcards from Dilsberg" is a collection of five musical postcards portraying the town, history, people, and legends of Dilsberg, Germany.

    Postcard 1: Morning in Dilsberg
    (The Neckar River Winds Around Dilsberg. The Birds Sing. The Sun Shines).
    https://www.youtube.com/watch?v=XRcpOgaAgqY

    Postcard 2: Ready for Battle
    https://www.youtube.com/watch?v=P4JGiTUJBmc

    Postcard 3: The Legendary Sleeping Chamber
    https://www.youtube.com/watch?v=L0kftVinZlM

    Postcard 4: Rose of Dilsberg
    https://www.youtube.com/watch?v=YzLJTG0FDbg

    Postcard 5: Triumphal March Celebrating Dilsberg's 800th Anniversary
    https://www.youtube.com/watch?v=EQJ26RQhUJ4

    XXX

    写真は「ディルスベルクの薔薇」・1939年

  • 写真はDie Rose von Dilsberg 1951年

    写真はDie Rose von Dilsberg 1951年

  • ≪Burgfeste Dilsbergディルスベルク要塞≫<br /><br />12世紀後半、Graf von Lauffenラウフェン伯により、ネッカー川の蛇行を見下ろす、標高333mという高さに冠をかぶせたような城塞都市が建設された。13世紀にGraf von Dilsbergディルスベルク伯爵の領地となり、以来その名が町名になった。<br />14世紀以降はプファルツ選帝侯領に組み込まれている。<br /><br />三十年戦争では、ティリー将軍が率いる旧教派は1621年の秋にネッカーシュタイナッハを占領すると、1622年4月に対岸のディルスベルク城の包囲戦を行った。この戦いにも持ちこたえた城塞都市であったが、17世紀後半、プファルツ継承戦争、18世紀後半のフランス革命などで仏軍の侵攻を受け、ディルスベルク要塞は軍事的な機能を失った。<br /><br />現在、城址は見学することができる。小山の頂に築かれた城塞都市には唯一の入口である城門があり、そこから続く防御壁はマントを広げたような形になっており、“マントの壁”と呼ばれている。<br /><br />中庭に深さ46mの井戸があり、その底にネッカー川近くまで80m程の坑道が造られている。非常時には城主が井戸からネッカー川に逃げ、船で脱出することができたとか・・・。<br /><br />写真は城門坑道

    ≪Burgfeste Dilsbergディルスベルク要塞≫

    12世紀後半、Graf von Lauffenラウフェン伯により、ネッカー川の蛇行を見下ろす、標高333mという高さに冠をかぶせたような城塞都市が建設された。13世紀にGraf von Dilsbergディルスベルク伯爵の領地となり、以来その名が町名になった。
    14世紀以降はプファルツ選帝侯領に組み込まれている。

    三十年戦争では、ティリー将軍が率いる旧教派は1621年の秋にネッカーシュタイナッハを占領すると、1622年4月に対岸のディルスベルク城の包囲戦を行った。この戦いにも持ちこたえた城塞都市であったが、17世紀後半、プファルツ継承戦争、18世紀後半のフランス革命などで仏軍の侵攻を受け、ディルスベルク要塞は軍事的な機能を失った。

    現在、城址は見学することができる。小山の頂に築かれた城塞都市には唯一の入口である城門があり、そこから続く防御壁はマントを広げたような形になっており、“マントの壁”と呼ばれている。

    中庭に深さ46mの井戸があり、その底にネッカー川近くまで80m程の坑道が造られている。非常時には城主が井戸からネッカー川に逃げ、船で脱出することができたとか・・・。

    写真は城門坑道

  • 写真は中庭にある深さ46mの井戸

    写真は中庭にある深さ46mの井戸

  • 尚、「ディルスベルクの薔薇」は近年では2008年6月・7月に演じられたが、2012年に発表されている演目は“オズの魔法使い”である。従って、毎年、同じ演目ではないようだ。<br /><br />写真は“オズの魔法使い”のポスター<br /><br />(2012年8月18日;訳・編集)<br /><br />

    尚、「ディルスベルクの薔薇」は近年では2008年6月・7月に演じられたが、2012年に発表されている演目は“オズの魔法使い”である。従って、毎年、同じ演目ではないようだ。

    写真は“オズの魔法使い”のポスター

    (2012年8月18日;訳・編集)

この旅行記のタグ

17いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

旅行記グループ

ドイツの伝説・民話その2

マイルに交換できるフォートラベルポイントがたまります。
フォートラベルポイントって?

ドイツで使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
ドイツ最安 50円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

ドイツの料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

PAGE TOP

ピックアップ特集