2014/05/09 - 2014/05/23
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≪ドイツの春:北方二州を巡る旅に出る≫
ドイツの春:北方二州・シュレースヴィヒ・ホルシュタイン州&メクレンブルク・フォアポンメルン州を中心に巡る旅
期間:2014年05月09日~23日 15日間)
≪伝説:シュヴェリーン城の守護精霊・小人のペーター≫
Die Sage vom Petermaennchen, dem Schutzgeist des Schweriner Schlosses.
Schwerinシュヴェリーンは湖水地帯の広がるメクレンブルク・フォアポンメルン州の州都である。
この町が誇るSchloss Schwerinシュヴェリーン城には“小人のペーター・Petermaennchenペーターメンヒェン”という守護精霊(守り神)が住んでいると云う。
島上に築かれた美しいシュヴェリーン城やその庭園はSchlossgeister城の精霊たちのパラダイスになっているのだ。
写真は木彫りの小人のペーター像
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空 ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
≪伝説:シュヴェリーン城の守護精霊・小人のペーターPetermaennchen≫
小人のペーターは中世の騎士の格好をして、城内の鍵やランタンや短剣をもって、夜中城内を見廻りするのだそうです。
善良な者には幸運をもたらし、泥棒や侵入者にはお仕置きや、いたずらをすると云われ、城の番人としてシュヴェリーンの人々に愛されている。
長い歴史の中では幾度もの城主の交替劇があったが、この善良な小人はいかなる時代も忠実に城の番をし、城主を守ってきた。
中世の騎士のいでたちだがどことなく愛嬌のある小人のペーター、めったに姿は見せないそうだが、“特別な機会”にだけはきっと現れるとか。
さて、シュヴェリーン城にはこの地方で最も有名な伝説的人物“小人のペーター(Petermaennchenペーターメンヒェン)”が今も住んでいると云う。
写真は「7つの湖の町」、美しい古都の湖上に佇む華麗なシュヴェリーン城を“湖上の宝石”と称している。 -
実はその伝説的人物“小人のペーター”の17世紀の頃と思われる絵がSaeulenzimmer円柱の並ぶホールにある戸棚の扉の一つに描かれている。
絵の中の小人のペーターは三十年戦争(1618〜1648年)の頃のように、折り返しのある長靴(ブーツ)を履き、ひだのある襟飾りを付け、大きな羽飾りの付いた帽子を被り、当時の服装をしているのが分かる。
これ以降、例えば19世紀に作られた小人のペーターの銅版画は扉の絵を参考にしているのだ。
写真はシュヴェリーン城・宮廷のファザードにあると云う小人のペーター像 -
1018年に、西スラヴ民族が支配していたメクレンブルクにザクセン族が侵攻し、スラヴ人の砦(“Zuarinツアーリン”・現在のシュヴェリーン城が立っている所に砦があった。)を攻め落とし、ザクセン人の支配が始まった。
1066年、スラヴ人の反乱が起こり、Heiliger Gottschalk聖ゴットシャルク(Obodritenfuerstオボドリト侯爵・司教・・キリスト教徒の聖職者)はスラヴ人にエルベ川畔のLenzenレンツェンで刺殺されている。
写真は小人のペーター像 -
スラヴ人の反乱の時、小人のペーターは勇敢な、若いスラヴの兵士たちをシュヴェリーン 城の地下通路に導き入れたと云う。
城内への部屋のフェンス・ドアはしっかり施錠されていたのだが、小人のペーターは彼の魔法の鍵で易々と開けてしまいました。
そして城内に侵入した若い兵士は年老いたキリスト教徒の聖職者を刺し殺してしまったのです。
若い兵士が聖職者の血に汚れた剣をぬぐい清めた途端、なんと小人のペーターは忽然と消えてしまった。
写真は小人のペーター・シュヴェリーンからのご挨拶 -
城の精霊・小人のペーターはかつての“スラヴの王子(もしくは王)”、あるいは“スラヴの神”であったのだと思われている。
小人のペーターの助力のお陰で、戦いの勝利の後、若いスラヴの兵士は3個の金の延べ棒を褒美として授けられたと云う。
XXX
この伝説では小人のペーターは“スラヴの人たち(貧しい境遇、恵まれない魂)への救い”として存在し、この場に出現したのだと思われ、今もなお其の存在が信じられている背景になっているように思われる。
(文・Hartmut Schmiedハルトムート・シュミード:
メクレンブルク・フォアポンメルン州・2001年)
XXX
写真はシュヴェリーン城 -
スラヴとザクセンの争い:
1018年にスラヴ人の砦“Zuarinツアーリン”が落城し、その砦を破壊した後、1160年にザクセン公Heinrich der Loeweハインリヒ獅子王が同じ場所に要塞を築城した。
1164年、Obodritenfuerst Pribislawプリビスラフ・オボドリト侯爵(スラヴ人の部族国家オボドリト族の首長の家系に生まれ、1160年にザクセンとの戦いで戦死したNiklotニクロトの息子)は最後の反乱を起こしたが、ハインリヒ獅子王のザクセン軍に敗れた。
1167年にはザクセン公の忠実な臣下となった。
その子孫はシュヴェリーン城を代々居城とした。
1170年に帝国諸侯(フュルスト)、1348年にはさらに公爵に叙された。
1358年、シュヴェリーン伯はそれらを継承する城を居城とした。
シュヴェリーン城の現在の外観は16、17 世紀に改築されたものである。
(2014年3月10日:訳・編集加筆)
写真はHeiliger Gottschalk聖ゴットシャルク(オボドリト侯爵・司教・・・キリスト教徒の聖職者) -
写真はシュヴェリーン城の庭園
-
写真はハインリヒ獅子公(町の“創始者”とされている)の像
-
写真はシュヴェリーン城の東独切手
-
2014年05月17日(土)
≪Schwerlinシュヴェリーン訪問≫
http://www.schwerin.de/
2005年4月24日にこの町を初めて訪れた。リューベックに泊り、ヴィスマール・ロストックそして、シュヴェリーンの三都市を巡る小旅行をしたのである。
それだけに時間に追われて、十分に見たわけでもなく、今年の旅ではヴィスマールと共に、行程に入れた。
シュヴェリーンは湖水地帯の広がるメクレンブルク・フォアポンメルン州の州都である。
“Stadt der sieben Seen7つの湖の町”と称される古都シュヴェリーンは「北のフィレンツェ」、「大聖堂の街」、「居城都市」と様々な異名で呼ばれている。
絵葉書で見ると、シュヴェリーン湖に浮かぶ町のようだ。人口は95千人とドイツで最も小さな州都になる 。
かつてこの地はスラヴの居留地があったと考えられ、その後ザクセン人に征服された。
1160年にハインリヒ獅子公(町の“創始者”とされている)から都市の自治権を与えられ、まもなく司教座がおかれた。
中世から近代にかけて、メクレンブルク公領、メクレンブルク・シュヴェリーン公領の都であった。第二次大戦後、東独領になったが工業化が進められ、産業文化の中心となった。
北西55kmにリューベック、北30kmにヴィスマール、北東70kmにロストックがある。
写真はシュヴェリーン城の正面 -
≪Schloss Schwerlinシュヴェリーン城≫
D-19055 Schwerin 、Alter Garten3
http://www.museum-schwerin.de/orte/schloss-schwerin/
「7つの湖の町」と称される、この美しい古都は湖上に佇む華麗なシュヴェリーン城を“湖上の宝石”と自慢としている。北ドイツ屈指の名城として知られ,「北のノイシュヴァンシュタイン城」とも呼ばれている。
ドーナツ状の中央部に中庭がある。現在は州議会として使用されており、一部が博物館として公開されている。
写真は島内から町の方向を見て -
<シュヴェリーン城の歴史>
973年に記録に現れたスラーヴェンブルクの城主は島の上という防衛上有利な場所を選択した。
現在のシュヴェリーン城の建設は1500年頃に始まり、1843〜57年にメクレンブルク大公*Friedrich Franz ?フリードリヒ・フランツ2世の指揮により改装され今の姿になった。
フランス・ロワール地方のシャンボール城を手本としたとされ、華麗な装飾の塔をもつ城である。無数の塔や丸屋根、翼棟を備えるロマンチックなメルヘン宮殿は橋のこちらから見る正面には何本もの塔が林立して見えて、シャンボール城に良く似ている。
*Haus Mecklenburgメクレンブルク家はドイツ北東部、メクレンブルク地方の統治者の家系で、スラヴ人の部族国家オボドリト族の首長の家系に起源を持ち、オボドリト家(Obodriten)とも呼ばれる。一族の男子はメクレンブルク公爵の称号を有し、1815年以後は家長がメクレンブルク大公を称した。
写真はバロック庭園 -
城外の橋を渡った所にも大きなSchlossgartenバロック庭園がある。
写真は広大なバロック庭園 -
<城内博物館>
城の内部は653の部屋があり、其々の部屋は象嵌細工の床や豊かな彫刻、金箔貼り、化粧漆喰天井などで飾られた、豪奢な造りになっている。尤も素晴しいのは「謁見の間」で、カラーラ大理石の柱と金メッキが施された鋳鉄製扉を備えている。
城主であったメクレンブルグ大公フリードリッヒ・フランツ2世の玉座や大公妃の部屋、会食の間、花の間、華やかな系図ギャラリー、ガーデンサロン風に造られ、湖を展望できる円形塔部屋、図書室、喫煙室、ビリヤードルーム、 “マイセン磁器”など素晴らしい陶磁器のコレクション、銃のコレクションも展示されている。
Schloss‐Cafe城内カフェあり。
写真はシュヴェリーン湖を望む高台から真っ青の湖面を走る遊覧船を望む。 -
<庭園>
城の中庭を通り、Schwerinerseeシュヴェリーン湖を望む高台に上がる。
真っ青の湖面を走る風がやや強く、髪がなびく。向こう側の岸辺にはマストの帆を降ろしたヨットや遊覧船が見える。
花と湖を眺めながらオランジェリーカフェで過ごすのも、かつての王侯貴族の暮らしを体験しているかのような優雅な気分にさせる。
写真はシュヴェリーン城内・中央奥にオランジェリーカフェ、手前に中庭 -
写真は城の湖畔に建てられた大きな額縁の中に入り、偶々、この城でお会いした奥さま方のグループ(8人程居られた)の方に撮って頂いたもの。
ひょっとして、グループの中にも4Travelのメンバーが居られるかもしれないと思い、その時の写真を掲示し、写真を撮って頂いた事のお礼と共に、当日はその日の宿泊先の古城ホテルに急いでいた事もあり、皆さんとは短い会話に終わった事の失礼をここでお詫び申し上げます。
撮って頂いた写真を見ると、快晴に恵まれて、私共にとってたいへん気分の良い写真になっています。
以前はこのようなものはなかったと記憶しているのですが、絶好の背景を活かしたアイデアーが光っています。
さて、小人のペーターさんの像を是非、見つけたいものと、うろうろして見たが、見つけられなかった。
観光船の船長さん、様々な市民の方々にも、写真を提示して聞いて見たが、名前を知っていたが、誰一人、小人のペーターの像の在りかを知る人がいなかったのには、私共も驚いた。
日本人がそんな伝説話を知っている事に向こうも驚いていたようだったが・・・(苦笑)。
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旅行記グループ ドイツの伝説・民話その2
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