2012/11/16 - 2012/11/23
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イスファハンにあるチェヘル・ソトゥーン宮殿の壁画紹介です。チェヘル・ソトゥーン宮殿は、アッバース二世によって建てられ、迎賓館として使用されました。四十柱宮殿とも呼ばれます。壁画は、17世紀の著名な細密画師、レザー・アッバースィによって描かれたものです。ペルシャ細密画(ミニアチュール)は、壁画や写本の挿絵として発達してきました。13世紀後半のモンゴル支配下のイル・ハン朝の頃から始まり、ティムール朝を経て16世紀のサファヴィー朝期に全盛期を迎えました。イル・ハン国を建てたモンゴル人が、中国絵画の技法をイスラム世界に伝えたとされます。(ウィキペディア)
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16世紀のペルシャ帝国とオスマン帝国との戦いの壁画です。既に銃を持っていたトルコ側の勝利となりました。この絵は、ペルシャが、この敗戦を忘れないために描かれたようです。1514年8月23日、アナトリア高原東部のチャルディラーンで行われたオスマン帝国と新興のサファヴィー朝ペルシャとの戦いは、『チャルディラーンの戦い』と呼ばれます。(同上)
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少しだけズームアップした、『チャルディラーンの戦い』の壁画です。1514年に起きたこの戦争に負けたサファヴィー朝ペルシャ帝国は、アナトリアから撤退しました。アナトリア半島は、現在のトルコ共和国のアジア部分です。(同上)
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更にズームアップした、『チャルディラーンの戦い』の壁画の光景です。ペルシャ帝国のサファヴィー朝軍4万に対して、オスマン帝国軍は6万から20万の大軍を擁し、軍の質も高かったとされます。(同上)
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騎馬隊と鉄砲隊の戦いということから、日本の『長篠の戦い』に例えられます。『長篠の戦い』は、戦国時代の天正3年5月21日(1575年6月29日)、三河国長篠城(現愛知県新城市長篠)をめぐり、3万8千人の織田信長・徳川家康連合軍と、1万5千人の武田勝頼の軍勢が戦った合戦です。武田軍凋落のきっかけとなりました。(同上)
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ペルシャとインドとが戦ったコールナル(Karnal)戦争の壁画です。ペルシャ側の勝利でした。象の姿も見えます。ペルシャは、インドからピンクのダイアモンドを戦利品として持ち帰りました。1756年に起きた戦争です。(同上)
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ペルシャとインドとが戦ったコールナル戦争の絵の部分拡大です。右側から攻める、象の姿が見えるのが、インド軍です。(同上)
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ペルシャとインドとが戦ったコールナル戦争の絵の部分拡大です。象の姿が見えるのが、インド軍です。(同上)
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同じく、ペルシャとインドとが戦ったコールナル戦争の絵の部分拡大です。上の図より、少し左側部分です。(同上)
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ほぼ中央に見える騎馬像は、1510年のウズベク族との戦いで奮戦するイスマーイール一世(1487~1524年)です。16世紀初頭にイランで成立したイスラム教シーア派の国家、サファヴィー朝の建国者です。在位は1501~1524年です。(同上)
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同じ戦闘場面のピックアップ井光景です。白馬の人が、イスマーイール一世です。イスマーイール一世の治世の時代から、現在のイラン・イスラム共和国と周辺地域にシーア派の信仰が根付き始めました。(同上)
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1510年のウズベク族との戦いで、白馬に乗って奮戦するイスマーイール一世像のズームアップ光景です。戦っている相手は、ウズベク族シャイバーニー朝軍を率いるシャイバーニー・ハーンです。メルヴ近郊の戦いを象徴した絵のようです。(同上)
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同じ戦闘場面のピックアップ井光景です。白馬の人が、イスマーイール一世です。イスマーイール一世の治世の時代から、現在のイラン・イスラム共和国と周辺地域にシーア派の信仰が根付き始めました。(同上)
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この絵は、アッパース二世がアシュタルハーン朝のナーデル・モハンマド・ハーンをもてなす場面のようです。1658年頃の絵です。アッパース二世(1632~1666年)は、サファヴィー朝の第7代シャー(在位:1642~1666年)です。33歳で亡くなりましたが、深酒が原因だったようです。(同上)
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サファヴィー朝の第5代シャー(在位:1588~1629年)のアッバース一世(1571~1629年)が、アシュタルハーン朝のヴァリ・モハンマド・ハーンをもてなす場面のようです。(同上)
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サファヴィー朝のアッバース一世(右)と、アシュタルハーン朝のヴァリ・モハンマド・ハーン(左)のズームアップ光景です。(同上)
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この絵は、タフマースブ一世がムガール朝の王子フマーユーンをもてなす場面のようです。タフマースブ一世(1514~1576年)は、サファヴィー朝の第2代シャーです。幾多の困難を切り抜け、サファヴィー朝の基盤を固めました。この絵は、王宮のオリジナルの1枚と紹介されていました。1550年頃の場面のようです。(同上)
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同じく、タフマースブ一世がムガール朝の王子フマーユーンをもてなす場面です。(同上)
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サファヴィー朝のタフマースブ一世(右)と、ムガール朝の王子フマーユーン(左)のズームアップ光景です。衣服、帽子、髪と顎鬚のメーキャップ、宝石やダンスを描いた場面も貴重な絵のようです。(同上)
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宴席で楽器を演奏する人達のズームアップ光景です。様々な楽器が描かれています。(同上)
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ここからは、花見の宴の紹介です。アジア的な色彩が濃く、場面によっては、江戸時代の花見?と見紛うものもありました。三人の人物が描かれた画です。右が王様らしい男性、左の二人は、右が弦楽器を演奏する男性、左が次のお酒を運んできた女性のようです。飲み過ぎで、早死にもやむを得ない王様の様に見えます。(同上)
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物語として描かれている絵のようですが、そのストリーは分かりません。それぞれの絵の人物も違っているようですから、絵の印象だけを紹介します。左側の女性らしい青服の人が、赤服の人物を宴席に迎えているような場面です。ふくよかな赤服の人は男性のようです。その中間にお酒が入ったような瓶が見えます。(同上)
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イスラムの国ですが、ワインを酌み交わしている絵のようです。アジアの国の花見を連想させます。雰囲気的にもオリエント文化を連想させます。(同上)
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日本で例えれば、桜の下の宴席の光景です。左の人物は、手に鳥を抱いているようです。この絵は、左が男性、右が女性のようにも見えます。(同上)
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一人手酌で飲む人の絵です。この絵の人物は若く見える男性のようですが、飲み過ぎでしょうか、お腹は中年のように膨らんでいます。(同上)
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豪華な衣装を身に纏い寝そべった男性の脇にはお酒らしい瓶が置かれていました。王か王子のようです。(同上)
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宴会の絵は、総じて、男性か女性の区別がつきにくいものがほとんどでした。この絵も一番左が男性のようですが、自信はありません。男性の顔も、女性のような優しい顔ばかりです。(同上)
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男性二人に女性一人か、あるいは女性二人に男性一人か判断が付かない絵でした。その理由は左端の人です。やはり酒宴のようです。(同上)
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右が座椅子のようなものに身を横たえた男性、左がお酒を進める女性の絵のようです。推測ですが、奥には、既に飲み干したお酒が見えているようです。歴代君主が、お酒が原因で若死にしたことが分かるような絵です。(同上)
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薄暗い場所に掲示してあった絵ですから、はっきりしない色合いの写真となりました。右が男性、左が女性像のようです。故意らしい傷が多数ありました。(同上)
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この絵は、左が男性、右がお酌をする女性であることが判別できました。三枚組の絵の中央でした。(同上)
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