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イスファハンに到着した日の夜に、ライトアップされた夜景を見学したイマーム広場の、昼間での紹介です。世界文化遺産に登録されています。アリカプ宮殿や、王族の礼拝堂とされた華麗なシェイクトロフォーラー・モスクに入場して見学しました。(ウィキペディア)

2012秋、イラン旅行記(40/56):11月21日(6):イスファハン(9):イマーム広場、アリカプ宮殿、王族の礼拝所

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2012/11/16 - 2012/11/23

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旅行記グループ 2012秋、イラン旅行記(下巻)

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旅人のくまさん

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イスファハンに到着した日の夜に、ライトアップされた夜景を見学したイマーム広場の、昼間での紹介です。世界文化遺産に登録されています。アリカプ宮殿や、王族の礼拝堂とされた華麗なシェイクトロフォーラー・モスクに入場して見学しました。(ウィキペディア)

  • イマーム広場の西に位置する、アリカプ宮殿の紹介です。『アリ・カプ』は、『壮大な門』を意味します。少し見難い写真ですが、イマーム広場の縮小模型です。南北に長い長方形で、この写真でに北は、左側になります。アリカプ宮殿は、この模型の手前の長辺の右寄りに位置しています。右側に張り出した部分が、イマーム・モスクです。(同上)

    イマーム広場の西に位置する、アリカプ宮殿の紹介です。『アリ・カプ』は、『壮大な門』を意味します。少し見難い写真ですが、イマーム広場の縮小模型です。南北に長い長方形で、この写真でに北は、左側になります。アリカプ宮殿は、この模型の手前の長辺の右寄りに位置しています。右側に張り出した部分が、イマーム・モスクです。(同上)

  • アリカプ宮殿の1階部分の室内光景です。イマーム広場の四辺には、南辺中央に大寺院の『イマーム・モスク』のイーワーン状の門が位置し、時計回りに、西辺にはアリカプ宮殿の『王宮の門』、北辺にはバザールの門の『ダールワーザ・イ・カイセリーヤ』が、そして東辺には、小寺院の『シェイフ・ロトフォッラー・モスク』が位置します。(同上)

    アリカプ宮殿の1階部分の室内光景です。イマーム広場の四辺には、南辺中央に大寺院の『イマーム・モスク』のイーワーン状の門が位置し、時計回りに、西辺にはアリカプ宮殿の『王宮の門』、北辺にはバザールの門の『ダールワーザ・イ・カイセリーヤ』が、そして東辺には、小寺院の『シェイフ・ロトフォッラー・モスク』が位置します。(同上)

  • このアリカプ宮殿の1~2階は、サファヴィー朝の第5代シャー(在位:1588~1629年)』の『アッバース1世(1571~1629年)』の時代に造られた、イランで最初の高層建築とされます。『アーリー・カープ―』の日本語表記もされます。(同上)

    このアリカプ宮殿の1~2階は、サファヴィー朝の第5代シャー(在位:1588~1629年)』の『アッバース1世(1571~1629年)』の時代に造られた、イランで最初の高層建築とされます。『アーリー・カープ―』の日本語表記もされます。(同上)

  • ムカルナス風の彫刻が施された主柱の光景です。雨漏りが生じているのでしょうか、天井装飾には、少し汚れた部分があるように見受けました。一階と二階が、吹き抜け構造になっているのが影響しているかも知れません。(同上)

    ムカルナス風の彫刻が施された主柱の光景です。雨漏りが生じているのでしょうか、天井装飾には、少し汚れた部分があるように見受けました。一階と二階が、吹き抜け構造になっているのが影響しているかも知れません。(同上)

  • このアリカプ宮殿の室内装飾です。控えめの青色を基調として、落ち着いた雰囲気に仕上げられていました。アラベスク文様も、具象的な表現を取り入れた、厳しさよりも優しい感じの絵柄になっていました。(同上)

    このアリカプ宮殿の室内装飾です。控えめの青色を基調として、落ち着いた雰囲気に仕上げられていました。アラベスク文様も、具象的な表現を取り入れた、厳しさよりも優しい感じの絵柄になっていました。(同上)

  • アリカプ宮殿の上階から眺めた、イマーム広場を取り囲む二層の建物の屋上光景です。左手奥に見える『イマーム・モスク』は、イマーム広場を取り囲む二層の建物の外に位置しています。最初に紹介した模型の通りです。(同上)

    アリカプ宮殿の上階から眺めた、イマーム広場を取り囲む二層の建物の屋上光景です。左手奥に見える『イマーム・モスク』は、イマーム広場を取り囲む二層の建物の外に位置しています。最初に紹介した模型の通りです。(同上)

  • アリカプ宮殿の上階から眺めた、『イマーム・モスク』方面の光景です。イマーム広場の長方形の短辺になる南側に位置しています。左端に見えているイーワーンとミナレットは、昨晩見学した場所です。(同上)

    イチオシ

    アリカプ宮殿の上階から眺めた、『イマーム・モスク』方面の光景です。イマーム広場の長方形の短辺になる南側に位置しています。左端に見えているイーワーンとミナレットは、昨晩見学した場所です。(同上)

  • イスラーム教の時代の建物ですが、アリカプ宮殿の壁に女性像が飾ってありました。スンニ派は、人物像などの具象的な表現を禁止しているようですが、シーア派の場合は、ムハンマド(モハメット)の肖像は禁止しているものの、人物画や草木などの具象的な表現は禁止されていないようです。(同上)

    イスラーム教の時代の建物ですが、アリカプ宮殿の壁に女性像が飾ってありました。スンニ派は、人物像などの具象的な表現を禁止しているようですが、シーア派の場合は、ムハンマド(モハメット)の肖像は禁止しているものの、人物画や草木などの具象的な表現は禁止されていないようです。(同上)

  • アリカプ宮殿の壁に飾られていた女性像ヲもう1枚紹介します。イマーム広場は、サファヴィー朝のシャー・アッバース1世が、1598年に首都をイスファハンへ移した時から整備が始まり、1617年頃までに現在見られるような姿が完成したようです。この壁画も建設当初からの姿を留めているようです。(同上)

    イチオシ

    アリカプ宮殿の壁に飾られていた女性像ヲもう1枚紹介します。イマーム広場は、サファヴィー朝のシャー・アッバース1世が、1598年に首都をイスファハンへ移した時から整備が始まり、1617年頃までに現在見られるような姿が完成したようです。この壁画も建設当初からの姿を留めているようです。(同上)

  • 大きな窓の上に、三つの小窓が並んだ室内光景です。ガラスが使われていましたが、ステンドグラスではありませんでした。外光を採り入れるのが主な目的の窓のようです。(同上)

    大きな窓の上に、三つの小窓が並んだ室内光景です。ガラスが使われていましたが、ステンドグラスではありませんでした。外光を採り入れるのが主な目的の窓のようです。(同上)

  • 真下から見上げた、18本の柱で屋根が支えられているアリカプ宮殿の建物光景です。1階から2階まで、吹き抜けになった天井部分の光景です。推測ですが、冬場の寒さより、夏場の暑さを重視したホールの基本設計のようにも感じました。(同上)

    真下から見上げた、18本の柱で屋根が支えられているアリカプ宮殿の建物光景です。1階から2階まで、吹き抜けになった天井部分の光景です。推測ですが、冬場の寒さより、夏場の暑さを重視したホールの基本設計のようにも感じました。(同上)

  • 壁に穿たれた無数の穴の光景です。この光景で、真っ先に思い出したのが、ムガル帝国時代のインドに残った数々の遺跡とその装飾です。『ムガル帝国(1526~1858年)』は、北インド、17世紀末から18世紀初頭にはインド南端部を除くインド亜大陸を支配し、19世紀後半まで存続したトルコ系イスラム王朝です。(同上)

    壁に穿たれた無数の穴の光景です。この光景で、真っ先に思い出したのが、ムガル帝国時代のインドに残った数々の遺跡とその装飾です。『ムガル帝国(1526~1858年)』は、北インド、17世紀末から18世紀初頭にはインド南端部を除くインド亜大陸を支配し、19世紀後半まで存続したトルコ系イスラム王朝です。(同上)

  • 南アジアのムガル帝国時代の世界遺産は、アーグラ城塞、ファテープル・シークリー、赤い城、フマーユーン廟、ラホール城、タージマハルなどがあります。これらは、『インドのイスラム教徒の芸術の宝石』と称されています。私も実見して、その素晴らしさに感激しました。ところで、大きなホールの天井や壁に穿たれた穴は、不要な音を吸収し、音響効果の改善に効果があるようです。(同上)

    南アジアのムガル帝国時代の世界遺産は、アーグラ城塞、ファテープル・シークリー、赤い城、フマーユーン廟、ラホール城、タージマハルなどがあります。これらは、『インドのイスラム教徒の芸術の宝石』と称されています。私も実見して、その素晴らしさに感激しました。ところで、大きなホールの天井や壁に穿たれた穴は、不要な音を吸収し、音響効果の改善に効果があるようです。(同上)

  • 一階の壁面の切り抜き模様と、吹き抜けになった二階の光景です。ムガル帝国について触れましたので、もう少し補足します。ムガル帝国の創始者の『バーブル(1483~1530年)』は中央アジア出身で、『ティムール朝(1370~1507年)』の王族ウマル・シャイフを父とし、母方の先祖のモグーリスタン・ハン国の君主ユーヌスは、チンギス・カンの次男チャガタイの後裔になります。ティムール朝の建国者の『ティムール(1336~1405年)』とティムール朝に対しては、ソ連時代には概して否定的な評価が下されていましたが、ソ連崩壊後のウズベキスタン共和国では、国の英雄として名誉回復しています。(同上)

    一階の壁面の切り抜き模様と、吹き抜けになった二階の光景です。ムガル帝国について触れましたので、もう少し補足します。ムガル帝国の創始者の『バーブル(1483~1530年)』は中央アジア出身で、『ティムール朝(1370~1507年)』の王族ウマル・シャイフを父とし、母方の先祖のモグーリスタン・ハン国の君主ユーヌスは、チンギス・カンの次男チャガタイの後裔になります。ティムール朝の建国者の『ティムール(1336~1405年)』とティムール朝に対しては、ソ連時代には概して否定的な評価が下されていましたが、ソ連崩壊後のウズベキスタン共和国では、国の英雄として名誉回復しています。(同上)

  • 楽器の形をしたものが多いと言われる、壁面の切り抜き模様のズームアップ光景です。ティムール朝の創始者のティムールは、中世アジアを代表する軍事的天才と評価され、中央アジアから西アジアにかけて、かつてのモンゴル帝国の半分に匹敵する帝国を建設しました。ムガル帝国の創始者のバーブルは、モンゴルと呼ばれることを嫌悪し、ティムールの子孫であることを強調したとされます。(同上)

    楽器の形をしたものが多いと言われる、壁面の切り抜き模様のズームアップ光景です。ティムール朝の創始者のティムールは、中世アジアを代表する軍事的天才と評価され、中央アジアから西アジアにかけて、かつてのモンゴル帝国の半分に匹敵する帝国を建設しました。ムガル帝国の創始者のバーブルは、モンゴルと呼ばれることを嫌悪し、ティムールの子孫であることを強調したとされます。(同上)

  • 壁面に施された、切り抜き模様のズームアップ光景です。色彩は抑えてありますが、随分と大胆な構図に見えました。平面ではなく、立体的で、多層的な構造になっていました。この建物を設計した人の意気込みが、現代にも伝わってくるようです。ムガル帝国と、その創始者のバーブルの紹介の締め括りです。バーブルは文学と書物を好み、征服先の土地に所蔵されている書籍を接収しました。また、自然に対しても強い好奇心を持ち、動植物に対する詳細な記述を書き残しました。ワインを好んで飲んだようです。(同上)

    壁面に施された、切り抜き模様のズームアップ光景です。色彩は抑えてありますが、随分と大胆な構図に見えました。平面ではなく、立体的で、多層的な構造になっていました。この建物を設計した人の意気込みが、現代にも伝わってくるようです。ムガル帝国と、その創始者のバーブルの紹介の締め括りです。バーブルは文学と書物を好み、征服先の土地に所蔵されている書籍を接収しました。また、自然に対しても強い好奇心を持ち、動植物に対する詳細な記述を書き残しました。ワインを好んで飲んだようです。(同上)

  • 複雑に線が交錯した天井飾のズームアップ光景です。青色を基調として、白っぽい縁取り、そして随所に花柄模様らしいものが配されていました。全体が花柄模様とみることもできそうです。(同上)

    複雑に線が交錯した天井飾のズームアップ光景です。青色を基調として、白っぽい縁取り、そして随所に花柄模様らしいものが配されていました。全体が花柄模様とみることもできそうです。(同上)

  • 様々な意匠が凝らされたアリカプ宮殿一階の室内光景ですが、この辺りは色彩を抑えた地味な造りに見えました。ただし、地味なように見えて、壁面や半円風の天井などには、細かな文様がありました。勝手な推測ですが、目、鼻、口が揃った壁面の造りには、建設に携わった人の遊び心を感じました。(同上)

    様々な意匠が凝らされたアリカプ宮殿一階の室内光景ですが、この辺りは色彩を抑えた地味な造りに見えました。ただし、地味なように見えて、壁面や半円風の天井などには、細かな文様がありました。勝手な推測ですが、目、鼻、口が揃った壁面の造りには、建設に携わった人の遊び心を感じました。(同上)

  • 広場の中央にある泉水で水浴びをしていた鳥さんの光景です。『ニシコクマルガラス(西黒丸鴉)』のようです。極東に分布する『コクマルガラス(黒丸烏)』の近縁種です。北アフリカからヨーロッパのほぼ全域、イラン、北西インドおよびシベリアなどに広範囲に分布しています。この後紹介するローレンツによれば、階級社会を持ち、食料などを分け合う習性もあるようです。(同上)

    広場の中央にある泉水で水浴びをしていた鳥さんの光景です。『ニシコクマルガラス(西黒丸鴉)』のようです。極東に分布する『コクマルガラス(黒丸烏)』の近縁種です。北アフリカからヨーロッパのほぼ全域、イラン、北西インドおよびシベリアなどに広範囲に分布しています。この後紹介するローレンツによれば、階級社会を持ち、食料などを分け合う習性もあるようです。(同上)

  • 同じく、『ニシコクマルガラス(西黒丸鴉)』さんの水浴び光景です。カラス属では最小の種の一つとされ、社交的な鳥で、番いか大きな群れで行動します。手元にオーストリア生れで、ノーベル賞(医学・生理学)を受賞した『コンラート・ローレンツ(1903~1989年)』の『動物行動学入門・ソロモンの指輪』がありましたから、コクマルガラスの行動・習性について楽しく読むことができました。(同上)

    同じく、『ニシコクマルガラス(西黒丸鴉)』さんの水浴び光景です。カラス属では最小の種の一つとされ、社交的な鳥で、番いか大きな群れで行動します。手元にオーストリア生れで、ノーベル賞(医学・生理学)を受賞した『コンラート・ローレンツ(1903~1989年)』の『動物行動学入門・ソロモンの指輪』がありましたから、コクマルガラスの行動・習性について楽しく読むことができました。(同上)

  • ペルシャ式庭園の泉水越しに眺めた、『イマーム・モスク』の方面の光景です。泉水に、イーワーン、ミナレットにドームも映り込んでいました。先程の『ソロモンの指輪』には、『ニシコクマルガラス』を『コクマルガラス』と訳してありましたが、『コクマルガラス』としてそのまま紹介します。はじめは雛から育てたローレンツと、研究を通じたコクマルガラスとの交流は暖かいものがありました。(同上)

    ペルシャ式庭園の泉水越しに眺めた、『イマーム・モスク』の方面の光景です。泉水に、イーワーン、ミナレットにドームも映り込んでいました。先程の『ソロモンの指輪』には、『ニシコクマルガラス』を『コクマルガラス』と訳してありましたが、『コクマルガラス』としてそのまま紹介します。はじめは雛から育てたローレンツと、研究を通じたコクマルガラスとの交流は暖かいものがありました。(同上)

  • 『シェイフ・ロトフォッラー・モスク』のイーワーンのムカルナスの光景です。几帳面に見える鍾乳石の表現に見えました。中心部分には、さらに細かな文様が造り込まれていました。(同上)

    『シェイフ・ロトフォッラー・モスク』のイーワーンのムカルナスの光景です。几帳面に見える鍾乳石の表現に見えました。中心部分には、さらに細かな文様が造り込まれていました。(同上)

  • ペルシャ式庭園の庭園と、広場を取り囲む2階建ての建物の光景です。右端の方に泉水の姿も見えています。今回の旅行では、世界遺産に登録された、いくつかのペルシャ式庭園を見学しましたが、この庭園はリストアップされていませんでした。『イマーム広場』として、一括して世界遺産に登録されているためのようでした。(同上)

    ペルシャ式庭園の庭園と、広場を取り囲む2階建ての建物の光景です。右端の方に泉水の姿も見えています。今回の旅行では、世界遺産に登録された、いくつかのペルシャ式庭園を見学しましたが、この庭園はリストアップされていませんでした。『イマーム広場』として、一括して世界遺産に登録されているためのようでした。(同上)

  • ムカルナスの装飾があったイーワーンの光景です。その周りには、青色のカラータイルを主体とした装飾で埋め尽くされていました。イスファハンで最も美しい寺院と称される、『シェイフ・ロトフォッラー・モスク』です。王族の専用の礼拝所として造られました。(同上)

    ムカルナスの装飾があったイーワーンの光景です。その周りには、青色のカラータイルを主体とした装飾で埋め尽くされていました。イスファハンで最も美しい寺院と称される、『シェイフ・ロトフォッラー・モスク』です。王族の専用の礼拝所として造られました。(同上)

  • 『シェイフ・ロトフォッラー・モスク』の壁面装飾のズームアップ光景です。ペルシャンブルーのカラータイルが、いかんなく魅力を発揮していました。先程の写真の左手方面の光景です。(同上)

    『シェイフ・ロトフォッラー・モスク』の壁面装飾のズームアップ光景です。ペルシャンブルーのカラータイルが、いかんなく魅力を発揮していました。先程の写真の左手方面の光景です。(同上)

  • ここからは、『シェイフ・ロトフォッラー・モスク』に入城しての見学です。実に見応えがある室内装飾でした。『王族のための専用礼拝堂であった。規模こそ小さいが、壁面やドームを覆う彩色タイルのアラベスクが格別に美しく、サファヴィー朝建築の白眉といえる』と称賛されていました。(同上)

    ここからは、『シェイフ・ロトフォッラー・モスク』に入城しての見学です。実に見応えがある室内装飾でした。『王族のための専用礼拝堂であった。規模こそ小さいが、壁面やドームを覆う彩色タイルのアラベスクが格別に美しく、サファヴィー朝建築の白眉といえる』と称賛されていました。(同上)

  • 一段と見応えがある、ドーム天井の装飾です。金箔をふんだんに使った、亀甲型の仕上げです。その亀甲文様が、内側から外側に向かって次第に大きくなり、同心円状に並んでいました。(同上)

    一段と見応えがある、ドーム天井の装飾です。金箔をふんだんに使った、亀甲型の仕上げです。その亀甲文様が、内側から外側に向かって次第に大きくなり、同心円状に並んでいました。(同上)

  • 同じく、ドーム屋根の下の室内光景です。正面に見える壁面の造りは、メッカ方向を向いた礼拝場所の『ミフラブ』になるようです。ミフラブは、モスクのキブラ壁に設置された窪み状の設備を指します。キブラ壁とは、カアバの方向を示す礼拝堂内部正面の壁のことです。カアバは、メッカのマスジド・ハラームの中心部にある建造物で、イスラーム教における最高の聖地とみなされている聖殿です。カアバ神殿とも呼ばれます。(同上)

    同じく、ドーム屋根の下の室内光景です。正面に見える壁面の造りは、メッカ方向を向いた礼拝場所の『ミフラブ』になるようです。ミフラブは、モスクのキブラ壁に設置された窪み状の設備を指します。キブラ壁とは、カアバの方向を示す礼拝堂内部正面の壁のことです。カアバは、メッカのマスジド・ハラームの中心部にある建造物で、イスラーム教における最高の聖地とみなされている聖殿です。カアバ神殿とも呼ばれます。(同上)

  • ドーム屋根の下の天井と壁面上部の光景です。これ以上の装飾は施せないほどに様々な装飾で埋め尽くされていましたが、全体としては、整然とした堂内光景となっていました。アーチ型の窪みの周りに施された緑色がかった縁取りも、全体を統一する上でのポイントになっていました。(同上)

    イチオシ

    ドーム屋根の下の天井と壁面上部の光景です。これ以上の装飾は施せないほどに様々な装飾で埋め尽くされていましたが、全体としては、整然とした堂内光景となっていました。アーチ型の窪みの周りに施された緑色がかった縁取りも、全体を統一する上でのポイントになっていました。(同上)

  • 壁面の上部近くに設けられていたアーチ型の窪みのズームアップ光景です。奥行きがある部分に明るい照明がされていました。景観向上以外の目的があるのでしょうが、詳しいことは分かりません。この光景でも、アーチ型の窪みの周りに施された緑色がかった縁取りが、照明により効果を発揮していました。(同上)

    壁面の上部近くに設けられていたアーチ型の窪みのズームアップ光景です。奥行きがある部分に明るい照明がされていました。景観向上以外の目的があるのでしょうが、詳しいことは分かりません。この光景でも、アーチ型の窪みの周りに施された緑色がかった縁取りが、照明により効果を発揮していました。(同上)

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