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絵葉書等で紹介するイランです。絵葉書で紹介するアブヤネ村で暮らす人々と、イスラム共和国・中央銀行の国立宝石博物館が監修した冊子による、所蔵する貴重で希少な宝物の紹介です。お子さんもフレンドリーで、街中での写真撮影にも応じてくれました、(ウィキペディア)

2012秋、イラン旅行記(56/56:補遺5):11月23日:絵葉書等での紹介(2/2):アブヤネ村、国立宝石博物館

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2012/11/16 - 2012/11/23

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旅行記グループ 2012秋、イラン旅行記(下巻)

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

絵葉書等で紹介するイランです。絵葉書で紹介するアブヤネ村で暮らす人々と、イスラム共和国・中央銀行の国立宝石博物館が監修した冊子による、所蔵する貴重で希少な宝物の紹介です。お子さんもフレンドリーで、街中での写真撮影にも応じてくれました、(ウィキペディア)

  • アブヤネ村の街並みと街路樹光景です。アブヤネ村の歴史は、2000年以上とも2500年以上とも言われます。イラン有数の観光都市から車で1時間半ほどで訪れることができる距離にありながら、他の地域とは全く異なった独自の文化や言語を持った貴重な地域です。(同上)

    アブヤネ村の街並みと街路樹光景です。アブヤネ村の歴史は、2000年以上とも2500年以上とも言われます。イラン有数の観光都市から車で1時間半ほどで訪れることができる距離にありながら、他の地域とは全く異なった独自の文化や言語を持った貴重な地域です。(同上)

  • 今回の旅行時期と同じ、黄葉の時期のアブヤネ村です。現在のイランは、イスラーム教を国教としていますが、ゾロアスター教徒が伝統を伝えた村の一つとされます。(同上)

    今回の旅行時期と同じ、黄葉の時期のアブヤネ村です。現在のイランは、イスラーム教を国教としていますが、ゾロアスター教徒が伝統を伝えた村の一つとされます。(同上)

  • 村の娘さん達の光景です。女性の場合は、若い人も、お年寄りの人もバラの模様のスカーフを身に着けています。推測ですが、古い宗教の伝統を守るためのささやかな抵抗なのかも知れません。(同上)

    村の娘さん達の光景です。女性の場合は、若い人も、お年寄りの人もバラの模様のスカーフを身に着けています。推測ですが、古い宗教の伝統を守るためのささやかな抵抗なのかも知れません。(同上)

  • 石と、日干し煉瓦でつくられたアブヤネ村の街路光景です。山の斜面に沿うように赤い土壁の家が建ち並び、鉄分が含まれた土壌により村全体が赤く染められたように見えるこの村は、『赤い村』とも呼ばれています。(同上)

    石と、日干し煉瓦でつくられたアブヤネ村の街路光景です。山の斜面に沿うように赤い土壁の家が建ち並び、鉄分が含まれた土壌により村全体が赤く染められたように見えるこの村は、『赤い村』とも呼ばれています。(同上)

  • お揃いのように見えて、微妙に文様が異なっているスカーフを身に着けた、村のベテラン女性の方々です。交通が発達した現在は、テヘランからも日帰り旅行が出来る村ですが、かつては山の中腹に隠れ住んだ歴史を持ちます。(同上)

    お揃いのように見えて、微妙に文様が異なっているスカーフを身に着けた、村のベテラン女性の方々です。交通が発達した現在は、テヘランからも日帰り旅行が出来る村ですが、かつては山の中腹に隠れ住んだ歴史を持ちます。(同上)

  • 買い物かごを頭に載せて運ぶ女性の方の後ろ姿です。白地に赤いバラ模様が映えていました。ゾロアスター教の神聖な服の色は白色、伝統寺院の祭壇で燃やし続けられる火の色は赤色です。連想せずにはいられません。(同上)

    買い物かごを頭に載せて運ぶ女性の方の後ろ姿です。白地に赤いバラ模様が映えていました。ゾロアスター教の神聖な服の色は白色、伝統寺院の祭壇で燃やし続けられる火の色は赤色です。連想せずにはいられません。(同上)

  • 赤い日干し煉瓦を積み上げ、その上に赤い土で装飾がされた建物の光景です。標高が2000メートルを超える厳しい山岳地帯の中腹にある村です。冬には厳しい寒さがやって来ます。(同上)

    赤い日干し煉瓦を積み上げ、その上に赤い土で装飾がされた建物の光景です。標高が2000メートルを超える厳しい山岳地帯の中腹にある村です。冬には厳しい寒さがやって来ます。(同上)

  • イーワーン風の入口を持った建物です。村の教会でしょうか。アブヤーネ村はイランの中部都市カーシャーンから南東におよそ70キロの場所に位置する村です。この村の家々は温かな太陽の光の恩恵を受けようと、揃って東向きに建てられています。それがまた、この村の景観をさらに美しく見せています。(同上)

    イーワーン風の入口を持った建物です。村の教会でしょうか。アブヤーネ村はイランの中部都市カーシャーンから南東におよそ70キロの場所に位置する村です。この村の家々は温かな太陽の光の恩恵を受けようと、揃って東向きに建てられています。それがまた、この村の景観をさらに美しく見せています。(同上)

  • 手を繋いで仲良くお話をする、姉妹らしい二人の光景です。バラ模様のスカーフがよく似合っていました。村全体に穏やかな空気を感じました。(同上)

    イチオシ

    手を繋いで仲良くお話をする、姉妹らしい二人の光景です。バラ模様のスカーフがよく似合っていました。村全体に穏やかな空気を感じました。(同上)

  • 小さいながらも、家の手伝いをしているように見えた可愛いお子さんです。そのままで、子供服のモデルさんにぴったりです。自然に見える笑顔は、既にプロ顔負けです。(同上)

    イチオシ

    小さいながらも、家の手伝いをしているように見えた可愛いお子さんです。そのままで、子供服のモデルさんにぴったりです。自然に見える笑顔は、既にプロ顔負けです。(同上)

  • アブヤネ村の厳しい冬の光景です。雪かきをしなければ、通路も歩くのが困難になりそうです。冬は手袋をして、履物はブーツのようです。(同上)

    アブヤネ村の厳しい冬の光景です。雪かきをしなければ、通路も歩くのが困難になりそうです。冬は手袋をして、履物はブーツのようです。(同上)

  • 青空をバックにした、アブヤネ村の女性たちと、その周りの光景です。左手に日干し煉瓦の建物、背後に樹木の光景です。(同上)

    青空をバックにした、アブヤネ村の女性たちと、その周りの光景です。左手に日干し煉瓦の建物、背後に樹木の光景です。(同上)

  • この村のシンボルともなっている女性たちの華やかさです。土壁に映える鮮やかなバラ柄のスカーフで髪や体のラインを隠した美しい女性たちが、イランの他の地域とは明らかに異なった独自の文化を感じさせてくれます。ロバに乗った姿も絵になります。(同上)

    この村のシンボルともなっている女性たちの華やかさです。土壁に映える鮮やかなバラ柄のスカーフで髪や体のラインを隠した美しい女性たちが、イランの他の地域とは明らかに異なった独自の文化を感じさせてくれます。ロバに乗った姿も絵になります。(同上)

  • 木々の間から見えているのは、かつての住居跡のようです。周りの景色から判断して、アブヤネ村の麓になるようです。新緑の季節の絵葉書写真のようでした。(同上)

    木々の間から見えているのは、かつての住居跡のようです。周りの景色から判断して、アブヤネ村の麓になるようです。新緑の季節の絵葉書写真のようでした。(同上)

  • 14枚でセットになっていた、アブヤネ村紹介の絵葉書のケースです。中央下部にある正方形の写真が、東側から眺めたアブヤネ村の光景です。同じように窓が東を向いていました。(同上)

    14枚でセットになっていた、アブヤネ村紹介の絵葉書のケースです。中央下部にある正方形の写真が、東側から眺めたアブヤネ村の光景です。同じように窓が東を向いていました。(同上)

  • ここからは、『国立宝石博物館』のタイトルがあった日本語版の冊子からの紹介です。イランイスラム共和国の中央銀行の編集でした。(同上)<br /><br />『金製のエナメル細工の水差し』(花鳥絵、女性肖像)<br />(19世紀中葉)<br /><br />イランにおけるエナメル細工品の傑作の一つと紹介されていました。

    ここからは、『国立宝石博物館』のタイトルがあった日本語版の冊子からの紹介です。イランイスラム共和国の中央銀行の編集でした。(同上)

    『金製のエナメル細工の水差し』(花鳥絵、女性肖像)
    (19世紀中葉)

    イランにおけるエナメル細工品の傑作の一つと紹介されていました。

  • 『金製燭台』<br />(1800年)<br /><br />装飾に使われている宝石は、尖晶石、ダイヤモンド、エメラルド、ルビー、真珠などです。かつては、ゴレスタン宮殿での儀式の際、玉座の傍に置かれました。(同上)

    『金製燭台』
    (1800年)

    装飾に使われている宝石は、尖晶石、ダイヤモンド、エメラルド、ルビー、真珠などです。かつては、ゴレスタン宮殿での儀式の際、玉座の傍に置かれました。(同上)

  • 『水パイプ』<br />(19世紀後半)<br />散りばめられているのはトルコ石とルビーです。<br /><br />『金杯(4個)』<br />水パイプに調和するようトルコ石で装飾されています。(同上)

    『水パイプ』
    (19世紀後半)
    散りばめられているのはトルコ石とルビーです。

    『金杯(4個)』
    水パイプに調和するようトルコ石で装飾されています。(同上)

  • 『ルビー・カップ』<br />インド製<br />(17世紀)<br /><br />「最も繊細な細工のルビーカップ』と紹介されていました。(同上)

    『ルビー・カップ』
    インド製
    (17世紀)

    「最も繊細な細工のルビーカップ』と紹介されていました。(同上)

  • 『アッバース・ミルザの帽子』<br />イラン製<br />(19世紀初頭)<br /><br />赤いビロード部分には真珠と金が、先端にはエメラルドとダイヤモンドが装飾に使われています。皇太子のアッバース・ミルザが公式の場に用いました。(同上)

    『アッバース・ミルザの帽子』
    イラン製
    (19世紀初頭)

    赤いビロード部分には真珠と金が、先端にはエメラルドとダイヤモンドが装飾に使われています。皇太子のアッバース・ミルザが公式の場に用いました。(同上)

  • 『真珠のブローチ』<br />(制作地、年代は不明)<br /><br />大きな真珠が飾られた3個のブローチです。アヒルは黒真珠、白鳥は白真珠が飾られています。(同上)

    『真珠のブローチ』
    (制作地、年代は不明)

    大きな真珠が飾られた3個のブローチです。アヒルは黒真珠、白鳥は白真珠が飾られています。(同上)

  • 『エメラルド小冠』<br />(1957年)<br />ファラ・パーレヴィー王妃が使用した小冠<br /><br />1938年、モハマッド・レザー・パーレビーの結婚式の際、王家が用いる宝石の制作が決定し、造られた品の一つです。この小冠は、7個の大きなエメラルドと、294個のダイヤモンドが使用されています。(同上)

    『エメラルド小冠』
    (1957年)
    ファラ・パーレヴィー王妃が使用した小冠

    1938年、モハマッド・レザー・パーレビーの結婚式の際、王家が用いる宝石の制作が決定し、造られた品の一つです。この小冠は、7個の大きなエメラルドと、294個のダイヤモンドが使用されています。(同上)

  • 『エメラルド製かぎ煙草入れ』<br />(1732年の寄贈品)<br />インド(寄贈者:モハッマド・シャー)<br /><br />92個のエメラルドで精巧に造られた、かぎ煙草入れです。(同上)

    『エメラルド製かぎ煙草入れ』
    (1732年の寄贈品)
    インド(寄贈者:モハッマド・シャー)

    92個のエメラルドで精巧に造られた、かぎ煙草入れです。(同上)

  • 『パーレヴィー王冠』<br />(20世紀)<br /><br />歴代の戴冠式では『キィアニ王冠』を使いましたが、使うことを好まなかった『レザーー・ハーン・パ―レヴィー(在位1925~1941年)』が造らせ、その子で最後のシャーの『モハマッド・レザー・パ―レヴィー(在位:1941~1979年)』も使用しました。(同上)

    『パーレヴィー王冠』
    (20世紀)

    歴代の戴冠式では『キィアニ王冠』を使いましたが、使うことを好まなかった『レザーー・ハーン・パ―レヴィー(在位1925~1941年)』が造らせ、その子で最後のシャーの『モハマッド・レザー・パ―レヴィー(在位:1941~1979年)』も使用しました。(同上)

  • 『ダリヤー・イェ・ヌール』<br /><br />世界最大のピンク・ダイヤモンドです。『ダリヤー・イェ・ヌール』の呼び名は、『光の海』を意味します。182カラットのピンク・ダイヤモンドの周りには、4個のルビーと、457個のダイヤモンドが飾られています。(同上)

    イチオシ

    『ダリヤー・イェ・ヌール』

    世界最大のピンク・ダイヤモンドです。『ダリヤー・イェ・ヌール』の呼び名は、『光の海』を意味します。182カラットのピンク・ダイヤモンドの周りには、4個のルビーと、457個のダイヤモンドが飾られています。(同上)

  • 『ナーデルの帽子飾り』<br />(18世紀)<br />イラン製<br /><br />ダイヤモンドとエメラルドで装飾されたナーデルの781カラットの帽子飾りです。『レザーー・ハーン・パ―レヴィー』は、時々、この帽子飾りを用いたようです。(同上)

    『ナーデルの帽子飾り』
    (18世紀)
    イラン製

    ダイヤモンドとエメラルドで装飾されたナーデルの781カラットの帽子飾りです。『レザーー・ハーン・パ―レヴィー』は、時々、この帽子飾りを用いたようです。(同上)

  • 『ファラー王冠』<br />(1967年)<br />イラン製<br /><br />ファラー・パ―レヴィ―王妃が用いた王冠です。宝石博物館の選び抜かれた宝石を用いて製作されました。(同上)

    『ファラー王冠』
    (1967年)
    イラン製

    ファラー・パ―レヴィ―王妃が用いた王冠です。宝石博物館の選び抜かれた宝石を用いて製作されました。(同上)

  • 『キィアニ王冠』<br />(1797年)<br />イラン製<br /><br />ファテ・アリー・シャー(在位:1797~1834年)の王冠です。その後、ガジャール朝の王たちによって用いられました。ダイヤモンド、エメラルド、ルビー、真珠が散りばめられています。(同上)

    『キィアニ王冠』
    (1797年)
    イラン製

    ファテ・アリー・シャー(在位:1797~1834年)の王冠です。その後、ガジャール朝の王たちによって用いられました。ダイヤモンド、エメラルド、ルビー、真珠が散りばめられています。(同上)

  • 『宝石地球儀』<br />(1869年)<br /><br />この地球儀に用いられた金は34キロ、宝石類の総数は51,360個、宝石類の総重量は3,656グラムとされます。ナーセルディン・シャー(在位:1848~1896年)の命により制作されました。(同上)

    『宝石地球儀』
    (1869年)

    この地球儀に用いられた金は34キロ、宝石類の総数は51,360個、宝石類の総重量は3,656グラムとされます。ナーセルディン・シャー(在位:1848~1896年)の命により制作されました。(同上)

  • 『孔雀の玉座』<br />(18世紀末~19世紀初頭)<br /><br />ファテ・アリー・シャー(在位:1797~1834年)の治世下で制作され、1981年までゴレスタン宮殿に保存、その後に国立宝石博物館に移管。(同上)

    『孔雀の玉座』
    (18世紀末~19世紀初頭)

    ファテ・アリー・シャー(在位:1797~1834年)の治世下で制作され、1981年までゴレスタン宮殿に保存、その後に国立宝石博物館に移管。(同上)

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