2011/12/03 - 2011/12/06
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阿倍仲麻呂所縁の興慶宮公園と南の城門の紹介です。阿倍仲麻呂(698?770年)は、奈良時代の遣唐留学生です。中国で科挙に合格し、高官に登りましたが、日本への帰国を果たせず、73歳の時中国で没しました。百人1首に選ばれた和歌『天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも』の作者としても有名です。(ウィキペディア、るるぶ・中国)
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阿倍仲麻呂所縁の興慶宮公園の紹介です。その入口光景です。阿部仲麻呂が遣唐使に選ばれたのは、16歳の時です。711年、遣唐留学生となって唐に留学し、姓名を中国式に『朝衡(ちょうこう)』と改めました。『晁衡』とも記されますが、『晁』は『朝』の古字とされます。
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興景宮の扁額です。超難関の科挙の試験に合格し、玄宗皇帝に抜擢されて、宮中の図書を司る役所の長官となって唐朝に仕えました。同時代の著名な詩人で友人でもあった王維の漢詩では、『秘書晁監』と呼んでいます。これは仲麻呂の官職が秘書監であったためです。
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入口横の狛犬の光景です。マジックインキで落書きがされ、箒が立て掛けられています。少しばかり気がかりな光景です。
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門の左右の脇に描かれていた、武者人形のような絵です。三国志時代の英雄の像のようです。中国後漢末期の武将で、劉備に仕えた関羽雲長(?〜219年)でしょうか。
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ここからは、入場してからの撮影です。ヒマラヤシーダーの大木が、のびのびと枝を伸ばしていました。石畳の道に石灯篭の列がありました。
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カラフルな小形の自動車が整列していました。公園内の見学に使われる電気自動車でしょうか。走っている車の姿はありませんでした。
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出入口の門があった建物光景です。1箇所だけ門が開いていましたが、それ以外の箇所も人数に応じて開門出来る構造でした。銅葺屋根にシビが乗った建物でした。
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興慶宮公園の案内看板です。看板の右側に記された地図は、白い線がくっきりと見えましたが、金文字らしい説明文は、全く見えない状態でした。素地の石の材質に対する色の選定を誤ったようです。
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ヒマラヤシーダーの大木が並木になった公園内の光景です。雨上がりで地面は濡れています。この光景も風情があるものです。さすがに人は疎らです。
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雨に濡れた散策路を歩いて、阿倍仲麻呂の石碑がある場所に向かいました。2年ほど前のシルクロードの旅の時にも見学しました。
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散策中の、ツアーでご一緒した皆さん達です。他の団体ツアー客の姿はありませんでした。もう少しで石碑の場所に到着します。
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『阿倍仲麻呂紀念碑』の正面からの光景です。『紀念』は、日本では『記念』の表記ですが、中国、台湾では『紀念』の表記です。この使い分けは、日本において『記念』を使い始めた昭和30年頃のようですが、その理由は判然としません。極めて大雑把な結論は、『記念』に対して『紀念』が古く感じられるとの理由のようです。この説明が正しいとすれば、言葉が生きているケースの文字表記の例かもしれません。
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斜め前から眺めた『阿倍仲麻呂紀念碑』の石碑です。『記念』と『紀念』の話しをもう少し続けます。最初にこの問題に不思議な思いを抱いたのは、小学校の高学年、日本書紀と古事記の『記紀』の使い分け問題ではないでしょうか。記紀の使い分けが『なぜ?』の質問より、古事『記』と日本書『紀』と書き分けることの大切さだけを教わったような気がします。
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阿倍仲麻呂の親友であった李白が、日本に帰る仲麻呂を送る時に詠んだ漢詩です。『日本晁卿辞帝都 征帆一片遶遭壷 明月不帰沈碧海 白雲愁色満蒼悟』の七言絶句です。晁卿と明月は仲麻呂を指します。この詩を詠んだ時点で、仲麻呂の一行は遭難したと伝わっていたのでしょうか。
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百人一首にある阿倍仲麻呂の和歌、『天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも』の漢訳詩です。『翹頸望東天 神馳奈良辺 三笠山頂上 想又皓月円』の五言絶句です。一説に拠れば、漢詩の方が先に詠まれたとされます。
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公園内の褐葉の光景です。褐葉する主な樹種は、ブナ科(ブナ、ミズナラ、カシワ)、ニレ科(ケヤキ)、トチノキ科(トチノキ)やズズカケノキ科(スズカケノキ)です。
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同じく、公園の中の褐葉の光景です。カーブを描いた散策路の先には、ぼんやりと高層ビルの姿が見えました。
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公園内の花壇の光景です。花は咲いていませんが、青々とした緑の光景がありました。鳴き声を紹介することが出来ませんが、野鳥の天国のようでした。
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くすんだ色になった常緑樹の背後に立つ、褐葉の大木の光景です。褐葉する樹木は、通称、ドングリなど木の実が付く樹種が多いようですから、野鳥や小動物にとっての餌は豊富なようです。
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興慶宮公園の見学を終えて、入口に戻ってきました。この場所は、既に門の外です。入場の時には、左側の関羽の像を紹介しましたが、右側にも別の英雄の絵がありました。勇猛さで人気の張飛翼徳(?〜221年)の像でしょうか。
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阿倍仲麻呂所縁の興慶宮公園の見学を終えて、明代城壁の南の城門に移動しました。そのアーチ門の光景です。2年ほど前の旅行の時には、西の城門を見学しました。
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同じく、斜め前から眺めた南の城門の光景です。城門の上には余り高くない、細長い建物が乗っていました。中国で城壁が完全に残っているのは、西安の明代城壁だけとされます。韓国の水原華城の城壁は世界遺産に指定されていますから、この城壁も世界遺産クラスかも知れません。
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南の城門を潜る時の光景です。堅固な守りだったのでしょう、アーチ形のトンネルは相当の幅があります。ここにも赤い提灯がありましたが、夜だけ灯されるのでしょうか、真っ暗でした
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南の城門を潜る前に、後方を振り返っての撮影です。赤い提灯が吊り下げられた、一直線の街路光景です。相変わらず、スモッグのような霧は晴れません。
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城門を潜った、城壁の中の光景です。前に見学した西の城門と同じように、二重の壁になった袋小路になっていました。敵をおびき寄せて、囲いの中で殲滅させる仕組みです。この看板のタイトルは、『唐長安城簡介』です。現在の城壁の外を含めた盛時の長安の都の城塞の紹介です。
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記念撮影のためのセットです。人形の顔の部分がくり抜いてあります。はその背後には、壷や皿のほか、3本の幟の飾りもセットしてあります。幟に書かれた文字は皮影、布芸等です。
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こちらも記念撮影セットでしょうか、巨大な扇子などが壁の前にセットしてありました。二頭の龍の姿もありました。中央の丸い飾りには、『秦韻』らしい文字がありました。
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潜って来たアーチ門の光景です。中国で城壁が繋がって完全に残っているのは、西安だけとされます。韓国には水原華城が世界遺産に指定されていますから、この城壁も世界遺産クラスかも知れません。
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アーチ門の上に記された文字です。『永寧(えいねい)門』の3文字が記されていました。因みに、現在の城壁の北側には『安遠(あんえん)門』、東側には『長楽(ちょうらく)門』、西側には『安定(あんてい)門』があります。
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大太鼓も三つ並べて飾ってありました。本物の太鼓ではなく、本来は皮を張る部分に文字が記された造り物です。中央が南門の説明文でした。本来の名前は、『安上門』と記されていました。
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