2011/12/03 - 2011/12/06
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地下宮殿の言い伝えがあるものの、未だ全貌が分かっていない秦の始皇帝陵と、唐の時代の玄宗皇帝と楊貴妃のロマンスの場所、華清池の紹介です。秦の始皇帝陵の地下宮殿は、司馬遷が著した『史記』によれば、『陵墓の中に地下宮殿があり、天井には天文図が描かれ、水銀の川が流れる』と記されています。『史記』には現在見ることが出来る兵馬俑のことも記され、近年、陵からは水銀が発見されたことから、未だ謎の地下宮殿も現実のものとして姿を現す日が来るかもしれません。また、唐の時代の玄宗皇帝と楊貴妃のことは、白楽天の長編詩、『長恨歌』で知られます。玄宗皇帝が使った湯舟、楊貴妃が使ったとされる湯舟もマジカに見ることが出来ます。こちらは、約1200年前のことです。
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『秦始皇陵』に到着しました。兵馬俑との距離は1.5キロ程です。この陵を守るために、兵馬俑が造られました。この看板には、『秦始皇帝陵博物館尋覧図』のタイトルがあった観光案内図です。
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『秦始皇帝陵博物館』の看板が掲げられた博物館です。入場して見学したことはありません。新しく出来た博物館でしょうか、ネット情報でも、まだ詳しいことが分かりません。
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2年少し前の2009年6月に見学した時は、前方に見える始皇陵の頂上に登って見学することが出来ました。今日は日曜日ですが、入場しての見学は出来ませんでした。
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『秦始皇陵』の前に出来たお土産や軽食を売る露店街です。こちらも2年少し前には目にすることが無かった光景です。俄かに出来た門前市です。
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同じく、露店街の光景です。安価なプラスティックのお土産や、焼物、兵馬俑の小さなレプリカなどです。別の場所では、焼き芋屋さんが数店、いい匂いをさせていましたが、昼食前でした。
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『秦始皇陵』の方面から車がやってきました。その時だけ門が開かれ、直ぐに閉まってしまいました。『秦始皇陵』に登っての見学は、2年ほど前の旅行記をご覧ください。
*中国旅行記17秦始皇帝陵) -
『秦始皇陵』の頂上に登らなければ、見るところは殆んどありません。現地にやって来たと言うだけの見学で終わりました。入口付近の石畳の通路の光景です。
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屋台の露店に次いで、本格的な商店街の建設が始まっていました。その工事現場の光景です。これまでの経験で判断すれば、1年以内には、全く変わった光景になっていることでしょう。
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こちらの建物も、新しく造られている観光施設のようです。お土産などの商店だけではなく、宿泊施設やレストランも造られているような規模の工事でした。
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『秦始皇陵』の見学は簡単に終えて、次は玄宗皇帝と楊貴妃のロマンの地、華清池の見学です。その入口に到着しました。この日の昼食は地元料理、紹介は省略しました。ただ今の時刻は、現地時間で1時過ぎです。
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気が付いた狛犬は、ほとんど撮影しています。華清池の狛犬は、真正面に上を向いて威風堂々の姿です。体育会系の体付きです。
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国家レベルの『全国第二批重点保存単位・西安事変舊址・五軒庁』の文字が刻まれた石碑です。1936年12月12日に起きた『西安事変』は、張学良・楊虎城らによる蒋介石拉致監禁事件です。この事件によって、その後の共同抗日と国共合作が成立したとされます。
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『華清池簡介』のタイトルが付いた華清池の紹介文です。『華清池は華清宮とも呼ばれ、唐の時代、玄宗皇帝と楊貴妃の愛情物語の古事に因む名勝』等と紹介されているようです。
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華清池の観光案内図です。標高1256メートルの驪山(りざん)が描かれている、上の方が南側です。その麓には数多くの建物があります。
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背景は、標高1256メートルの驪山(りざん)です。その麓で温泉が湧くことで、3千年前の西周時代からの温泉地とされます。玄宗皇帝は747年、この温泉地に宮殿式建築の豪奢な湯殿を建て、『華清宮』と名付けました。
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『梨園遺址博物館』の額があった建物です。京劇の仮面のような大きな顔が、要所に描かれていました。入場はしなかった建物です。
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庭内を巡る観光用の乗り物のようです。環境に配慮した電気自動車のようです。ベンガラ色や黄色など、かつての中国皇帝を連想させるような色です。
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中国の庭園では大切にされる奇石です。多くの穴が開いた太湖石が有名ですが、その他にも見応えがある奇石があります。かなりの大きさのこの岩も、中々の景色です。
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こちらにも奇石が配置されていました。壁のコーナー部分、バックは竹の植え込みです。白い太湖石らしい奇石がよく映える場所でした。太湖石の特徴は石灰岩質で、長年月に水で開けられた多くの穴です。
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華清宮の中にある池の光景です。近年、大改修工事が行われたようです。照明設備も完備されています。
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池のアップ光景です。2年ほど前の緑歯6月でしたから、赤や白色の睡蓮が咲き、金魚や鯉が泳いでいました。この日は、水中に沈められた水蓮の鉢が見えました。
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標高1256メートルの驪山(りざん)の裾の光景です。2年ほど前の見学の時、ロープウェイが行き来する下の崖の光景が印象に残りました。かつて、大地震で崩れた崖ではないかと直感したためです。温泉地であることも連想させる原因でした。
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『旅客中心』の看板があった建物です。この建物も入場はしませんでしたが、お客様サービスセンターと言ったところでしょう。自販機などがあるかも知れません。
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二階建の風情のある建物光景です。この建物の入口付近にあった壁画に目が行きました。建物の撮影の址近寄って、この壁画を撮影しました。
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かつての華清宮の庭園光景です。千年以上を経過していますから、当時の姿とは全く別の景色かも知れません。変わらないのは背後の驪山くらいでしょうか。
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移動途中、少し脇道に逸れての撮影です。入口付近にあった壁画の撮影です。新しい絵のようですが、楊貴妃に違いないと思っての撮影です。『雲想衣装花想客』で始まる七言絶句が添えられていました。李白の漢詩のようです。
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現在の華清宮の温泉の紹介です。湯元が四ヶ所あり、一時間の湧出量は112トンとされます。温泉は摂氏43度、石灰、炭酸マンガン、硫酸ナトリウムなどの九種類の有機物質が含まれています。リューマチ、関節炎、肩こりや皮膚病に効能があるとされる温泉です。正面の建物は、玄宗皇帝と楊貴妃が泊まった建物の名前が付けられた、『飛霜殿』です。
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白居易(772〜846年)は、中唐の詩人で、字は楽天です。号は酔吟先生です。その長編詩、『長恨歌』の全文が、大きな文字で展示してありました。その詩の始めは、『漢皇重色思傾國、御宇多年求不得』:漢の皇帝は美女を得たいと望んでいた。しかし長年の治世の間に求めても得ることができなかった。『楊家有女初長成、養在深閨人未識』:楊家の娘はようやく一人前になるころである。深窓の令嬢として大切に育てられ、周囲には知られていなかった』で始まります。七言古詩の120句の冒頭部分です。
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『長恨歌』の中間辺りです。中間部分は、楊貴妃を手に入れたことで政治が乱れ、『安史の乱』』により都を逃れ、やむなく原因となった楊貴妃を殺してしまう場面です。中間部分の始まりは、『九重城闕煙塵生、千乘萬騎西南行』:王宮の奥にも煙と粉塵が立ち上る。車や騎兵の大軍は西南を目指していった。『翠華搖搖行復止、西出都門百餘里』:かわせみの羽で飾った天子の御旗はゆらゆらと進んでは止まり、都の西門を出て百里のあたりまで来た。と続きます。
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『長恨歌』の締め括り部分です。『在天願作比翼鳥、在地願爲連理枝』:天にあっては願わくは比翼の鳥となり、地にあっては願わくは連理の枝となりましょう。『 天長地久有時盡、此恨綿綿無?期』:天地は悠久と雖もいつかは尽きることもある。でもこの悲しみは綿々と続いて絶える時はこないだろう』と、都に戻ることは出来たものの、楊貴妃を失った玄宗皇帝の嘆きを綴ります。
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