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中国の少数民族の一つ、回族の方が多く住む通りの紹介です。中国最大のムスリム(イスラム教徒)民族集団であり、その人口は約1千万人です。中国に住むムスリム人口の約半数を占めます。回族のルーツは、対外交易が盛んだった唐から元の時代に、陸路中央アジアや海路インド洋を経由して渡って来た、アラブ系やペルシア系の外来ムスリムの方とされます。2年ほど前のシルクロードの旅行では、西安より西の地域は色濃いイスラムの世界でした。

2011暮、中国旅行記21(12/28):西安、少し怪しい美術博物館、回族の通り

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2011/12/03 - 2011/12/06

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旅行記グループ 2012暮、中国旅行記21

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旅人のくまさん

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中国の少数民族の一つ、回族の方が多く住む通りの紹介です。中国最大のムスリム(イスラム教徒)民族集団であり、その人口は約1千万人です。中国に住むムスリム人口の約半数を占めます。回族のルーツは、対外交易が盛んだった唐から元の時代に、陸路中央アジアや海路インド洋を経由して渡って来た、アラブ系やペルシア系の外来ムスリムの方とされます。2年ほど前のシルクロードの旅行では、西安より西の地域は色濃いイスラムの世界でした。

  • 中国の少数民族の一つ、回族の方が多く住む通りの紹介です。中国最大のムスリム(イスラム教徒)民族集団であり、その人口は約1千万人です。中国に住むムスリム人口の約半数を占めます。回族のルーツは、対外交易が盛んだった唐から元の時代に、陸路中央アジアや海路インド洋を経由して渡って来た、アラブ系やペルシア系の外来ムスリムの方とされます。2年ほど前のシルクロードの旅行では、西安より西の地域は色濃いイスラムの世界でした。

    中国の少数民族の一つ、回族の方が多く住む通りの紹介です。中国最大のムスリム(イスラム教徒)民族集団であり、その人口は約1千万人です。中国に住むムスリム人口の約半数を占めます。回族のルーツは、対外交易が盛んだった唐から元の時代に、陸路中央アジアや海路インド洋を経由して渡って来た、アラブ系やペルシア系の外来ムスリムの方とされます。2年ほど前のシルクロードの旅行では、西安より西の地域は色濃いイスラムの世界でした。

  • この日、最初に訪れたのは『美術博物館』でした。2年ほど前、シルクロードの見学の帰りに立寄りましたが、タイトルに『少し怪しい』としたのは、最初に、本物の絵画を見せて、次にマガイ物と思われる品を売りつける商法のためです。本物であれば、日本円で数百万か1千万円以上はする『玉製品』、焼物等を数十万程度以下で売り捌いていました。焼物は安価な新製品で、『玉製品』類は、ガラス製品か、練物製品と見て、まず間違いありません。油断させるための絵画ですが、絵画に責任はありませんので、作品名と作者を紹介しておきます。       『<br />鶏得児時閑』<br />王金峰(1940年生)<br />2002年作

    この日、最初に訪れたのは『美術博物館』でした。2年ほど前、シルクロードの見学の帰りに立寄りましたが、タイトルに『少し怪しい』としたのは、最初に、本物の絵画を見せて、次にマガイ物と思われる品を売りつける商法のためです。本物であれば、日本円で数百万か1千万円以上はする『玉製品』、焼物等を数十万程度以下で売り捌いていました。焼物は安価な新製品で、『玉製品』類は、ガラス製品か、練物製品と見て、まず間違いありません。油断させるための絵画ですが、絵画に責任はありませんので、作品名と作者を紹介しておきます。       『
    鶏得児時閑』
    王金峰(1940年生)
    2002年作

  • 『好山依屋図』 <br />張振学(1939年生)<br />2002年作<br />

    『好山依屋図』 
    張振学(1939年生)
    2002年作

  • 『月季花弁』<br />苗墨(1940年生)<br />1996年作<br />

    『月季花弁』
    苗墨(1940年生)
    1996年作

  • (プレート撮影漏れ)<br />若い女性と牛の図です。<br />

    (プレート撮影漏れ)
    若い女性と牛の図です。

  • 『墨色田園 No.1』<br />夢平安(1945年生)<br />2005年作<br />

    『墨色田園 No.1』
    夢平安(1945年生)
    2005年作

  • 『万樹成一緑』<br />越振川(1944年生)<br />2001年作<br />

    『万樹成一緑』
    越振川(1944年生)
    2001年作

  • 『鉄壁県(?)古寺』<br />苗重安(1938年生)<br />1998年作<br />

    『鉄壁県(?)古寺』
    苗重安(1938年生)
    1998年作

  • 『幽靜居図』<br />崔振寛(1935年生)<br />2003年作<br />

    『幽靜居図』
    崔振寛(1935年生)
    2003年作

  • 『白梅図』<br />江文湛(1940年生)<br />2008年作<br />

    『白梅図』
    江文湛(1940年生)
    2008年作

  • 『高原牧歌』<br />蔡嘉励(1947年生)<br />2003年作<br />

    『高原牧歌』
    蔡嘉励(1947年生)
    2003年作

  • 『唐代舞』<br />陳光鍵(1936年生)<br />2001年作<br />

    『唐代舞』
    陳光鍵(1936年生)
    2001年作

  • 『黄土地的老人』<br />劉文西(1923年生?)<br />2002年作<br />

    『黄土地的老人』
    劉文西(1923年生?)
    2002年作

  • 『山有色無中』<br />陳国勇(1948年生)<br />2002年作<br />

    『山有色無中』
    陳国勇(1948年生)
    2002年作

  • (プレート写真不鮮明)<br />糸巻きの女性と、赤ちゃんの図です。<br />

    (プレート写真不鮮明)
    糸巻きの女性と、赤ちゃんの図です。

  • 『高原的女児』<br />石景昭(1938年生)<br />2010年作<br />

    『高原的女児』
    石景昭(1938年生)
    2010年作

  • 『鉄門関』<br />楊禄魁(1942年生)、字一渓<br />2010年作<br />

    『鉄門関』
    楊禄魁(1942年生)、字一渓
    2010年作

  • 美術博物館の中央のドーム屋根の光景です。推測も入りますが、この博物館は、建物を借りているだけで、少しの絵画展示により、公的機関と勘違いさせ、詐欺的な手法でマガイ物を販売しているとしか思えません。丸投げ旅行の欠陥でしょう。マガイものらしい販売品の撮影は、堅く禁止されました。狭い部屋に監禁に近い状態で、ツアーの方のかなりの人数の方が購入されていました。

    美術博物館の中央のドーム屋根の光景です。推測も入りますが、この博物館は、建物を借りているだけで、少しの絵画展示により、公的機関と勘違いさせ、詐欺的な手法でマガイ物を販売しているとしか思えません。丸投げ旅行の欠陥でしょう。マガイものらしい販売品の撮影は、堅く禁止されました。狭い部屋に監禁に近い状態で、ツアーの方のかなりの人数の方が購入されていました。

  • 怪しい『美術博物館』の見学、と言うより、時間の大部分は、狭い部屋での押し売りの後、次に向かったのは『回族の通り』です。回族はイスラム教の信者が多く、現地ガイドさんは、漢族とは余り接触が無いと説明されていました。中国各地に1000万人近くが住んでいるようです。通りの端にあった中華門の光景です。

    怪しい『美術博物館』の見学、と言うより、時間の大部分は、狭い部屋での押し売りの後、次に向かったのは『回族の通り』です。回族はイスラム教の信者が多く、現地ガイドさんは、漢族とは余り接触が無いと説明されていました。中国各地に1000万人近くが住んでいるようです。通りの端にあった中華門の光景です。

  • 雨に濡れた『回族の通り』の光景です。回族の姓名は、漢族と異なりませんが、イスラムの預言者ムハンマドの名前に因む、『馬』の姓が多いとも言われます。

    雨に濡れた『回族の通り』の光景です。回族の姓名は、漢族と異なりませんが、イスラムの預言者ムハンマドの名前に因む、『馬』の姓が多いとも言われます。

  • 回族の通り』の街並み光景です。ベンガラ色で彩色された2階建ての光景です。規格が統一された住宅のようです。

    回族の通り』の街並み光景です。ベンガラ色で彩色された2階建ての光景です。規格が統一された住宅のようです。

  • 建物のイメージが良く似た2階建ですが、こちらは、1階が商店になっていました。お店を開いた家と、シャッターが閉まったままの家もありました。

    建物のイメージが良く似た2階建ですが、こちらは、1階が商店になっていました。お店を開いた家と、シャッターが閉まったままの家もありました。

  • 通りの中央にあったブロンズのモニュメントです。家族群像らしい構図でした。地面は雨で濡れていますが、傘がいるような降り方ではありませんでした。

    通りの中央にあったブロンズのモニュメントです。家族群像らしい構図でした。地面は雨で濡れていますが、傘がいるような降り方ではありませんでした。

  • 最初に眺めた、中華門方面を振り返っての撮影です。中国における回族は、対外交易が盛んであった唐から元の時代に、中央アジアやインド洋を経由して渡ってきたアラブ系やペルシア系の外来ムスリムが起源とされます。

    最初に眺めた、中華門方面を振り返っての撮影です。中国における回族は、対外交易が盛んであった唐から元の時代に、中央アジアやインド洋を経由して渡ってきたアラブ系やペルシア系の外来ムスリムが起源とされます。

  • 『回族の通り』の店先光景です。ガラス戸に『麻醤涼皮』や『●汁涼粉』らしい文字がありました。下側の青色の部分に記された『老金屋』がお店の名前のようです。

    『回族の通り』の店先光景です。ガラス戸に『麻醤涼皮』や『●汁涼粉』らしい文字がありました。下側の青色の部分に記された『老金屋』がお店の名前のようです。

  • 大きな煎餅のような形をした食べ物です。周りに具材のようなものが揃えてありました。具材を乗せるか、挟んで食べるのでしょうか。

    大きな煎餅のような形をした食べ物です。周りに具材のようなものが揃えてありました。具材を乗せるか、挟んで食べるのでしょうか。

  • サイコロ状に切った素材を、醤油で煮込んだような食べ物です。具材は大根風でもあり、コンニャク風でもあります。トウガラシや葱も入っているようです。

    サイコロ状に切った素材を、醤油で煮込んだような食べ物です。具材は大根風でもあり、コンニャク風でもあります。トウガラシや葱も入っているようです。

  • 色から判断して、しっかりと味が付いた食べ物に見えます。赤や緑のパプリカ入っているようです。包丁が置かれた丸い生板の上にある塊は、一見、生肉ですが、良く煮込んだイモ類のようにも見えます。

    色から判断して、しっかりと味が付いた食べ物に見えます。赤や緑のパプリカ入っているようです。包丁が置かれた丸い生板の上にある塊は、一見、生肉ですが、良く煮込んだイモ類のようにも見えます。

  • 雨避けの軒先が張り出した商店街の一角です。傘をさして歩いている人も見えましたが、大多数は傘無しでの散策です。

    雨避けの軒先が張り出した商店街の一角です。傘をさして歩いている人も見えましたが、大多数は傘無しでの散策です。

  • 右から読んで、『西羊市』の文字が記されたアーケードです。『羊』も『洋』も、日本で使われている漢字と簡略体は同じ表記です。

    右から読んで、『西羊市』の文字が記されたアーケードです。『羊』も『洋』も、日本で使われている漢字と簡略体は同じ表記です。

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