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世界文化遺産の西安の兵馬俑坑の1号坑に続いて3号坑の紹介です。発見順に名前が付いていますが、2号坑の前に、順路となる3号坑から見学しました。3号坑には発掘作業当時の写真などが飾ってありました。

2011暮、中国旅行記21(4/28):西安、兵馬俑坑、3号坑、兵馬俑坑、3号坑

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2011/12/03 - 2011/12/06

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旅行記グループ 2012暮、中国旅行記21

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旅人のくまさん

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世界文化遺産の西安の兵馬俑坑の1号坑に続いて3号坑の紹介です。発見順に名前が付いていますが、2号坑の前に、順路となる3号坑から見学しました。3号坑には発掘作業当時の写真などが飾ってありました。

  • 1号坑の見学を終えて、一旦外に出ました。通路脇の植え込みの光景です。ほんの僅かですが、黄色い花の咲残りがありました。

    1号坑の見学を終えて、一旦外に出ました。通路脇の植え込みの光景です。ほんの僅かですが、黄色い花の咲残りがありました。

  • 1号坑の発見の後、1976年に2号坑と3号坑が発見されました。2号坑は軍隊の司令部的な役割の兵馬俑、3号坑は、1号坑と同じ実戦部隊の兵馬俑とされます。発掘直後の写真です。赤や白などの鮮やかな彩色が残っていました。

    1号坑の発見の後、1976年に2号坑と3号坑が発見されました。2号坑は軍隊の司令部的な役割の兵馬俑、3号坑は、1号坑と同じ実戦部隊の兵馬俑とされます。発掘直後の写真です。赤や白などの鮮やかな彩色が残っていました。

  • 顔などの上部だけが発掘された状態での撮影記録です。これだけの記録が残っていれば、今の技術ではCGを使って、動き回る色鮮やかな軍隊の再現も可能に違いがありません。しかし、オリジナルの発掘品がそのまま保存できるかどうかは別問題です。

    顔などの上部だけが発掘された状態での撮影記録です。これだけの記録が残っていれば、今の技術ではCGを使って、動き回る色鮮やかな軍隊の再現も可能に違いがありません。しかし、オリジナルの発掘品がそのまま保存できるかどうかは別問題です。

  • 精巧にできた頭部ですから、リアリティがある横顔の写真です。この写真も、完全に発掘し、取り上げる前での撮影です。

    精巧にできた頭部ですから、リアリティがある横顔の写真です。この写真も、完全に発掘し、取り上げる前での撮影です。

  • 照明の光が邪魔して、上手く撮れなかった頭部写真です。つくづく写実性を重視した兵馬俑であることを時間させられます。

    照明の光が邪魔して、上手く撮れなかった頭部写真です。つくづく写実性を重視した兵馬俑であることを時間させられます。

  • こちらは、取り上げられた頭部の部分です。傷んではいますが、顔に彩色が残っています。二千年以上前に造られた写実性が高いとされる頭部です。立派な作品と呼んでもよさそうです。

    こちらは、取り上げられた頭部の部分です。傷んではいますが、顔に彩色が残っています。二千年以上前に造られた写実性が高いとされる頭部です。立派な作品と呼んでもよさそうです。

  • 兵馬俑が堅く焼き締められていることは、これらの頭部でも分かります。土地を取り去っただけで、修復の手は施されていないと思われますが、髷を含めて、大きな損傷は見当たりません。

    兵馬俑が堅く焼き締められていることは、これらの頭部でも分かります。土地を取り去っただけで、修復の手は施されていないと思われますが、髷を含めて、大きな損傷は見当たりません。

  • 同じく、正面から撮影された頭部です。40番の番号が付されていましたが、これは胴体部と合わせるための符合でしょう。

    同じく、正面から撮影された頭部です。40番の番号が付されていましたが、これは胴体部と合わせるための符合でしょう。

  • こちらは横顔の写真です。写真がぼやけてしまいました。この頭部も発掘されて間が無いようです。彩色が残っていました。

    こちらは横顔の写真です。写真がぼやけてしまいました。この頭部も発掘されて間が無いようです。彩色が残っていました。

  • 胴体部分の膨らみが、実物の像とは逆のカーブです。兵馬俑から色彩が写し取られたのでしょうか。他には見られなかった写真です。

    胴体部分の膨らみが、実物の像とは逆のカーブです。兵馬俑から色彩が写し取られたのでしょうか。他には見られなかった写真です。

  • うつ伏せに転がった鎧を着た上半身部分です。鎧には、赤や青の彩色が、くっきりと残っています。発掘当初の撮影ですから、今は、完全に色が消え去っているのでしょう。

    うつ伏せに転がった鎧を着た上半身部分です。鎧には、赤や青の彩色が、くっきりと残っています。発掘当初の撮影ですから、今は、完全に色が消え去っているのでしょう。

  • 発掘されたばかりの脚部の写真です。ここからは、カラーペインティッド ハンズ アンド シューズと題された写真コーナーでの撮影です。

    発掘されたばかりの脚部の写真です。ここからは、カラーペインティッド ハンズ アンド シューズと題された写真コーナーでの撮影です。

  • 発掘されたばかりの頭部を除いた全身像です。上半身には赤色が、下半身には青色が残されています。具足等の色彩も確認できる写真のようです。

    発掘されたばかりの頭部を除いた全身像です。上半身には赤色が、下半身には青色が残されています。具足等の色彩も確認できる写真のようです。

  • 胴から下の写真です。裾の長い衣服にも緑っぽい彩色が残っていました。これも発掘調査直後のものでしょう。2、3日で彩色は消え去ったようです。

    胴から下の写真です。裾の長い衣服にも緑っぽい彩色が残っていました。これも発掘調査直後のものでしょう。2、3日で彩色は消え去ったようです。

  • 発掘作業途中で撮影された腕と手の部分です。武器を握り締めていた右手のように見えます。左利きの人は左手に武器を持っていたのでしょうか、あるいは軍隊ですから、右手に武器を持つように矯正されたのでしょうか。

    発掘作業途中で撮影された腕と手の部分です。武器を握り締めていた右手のように見えます。左利きの人は左手に武器を持っていたのでしょうか、あるいは軍隊ですから、右手に武器を持つように矯正されたのでしょうか。

  • 長くスラリとした指をしています。親指は見えませんが、左手のようです。厚手の袖先は、鎧の一部としての防護機能でしょうか。

    長くスラリとした指をしています。親指は見えませんが、左手のようです。厚手の袖先は、鎧の一部としての防護機能でしょうか。

  • ここからは、発掘途中の3号坑での現物の兵馬俑の撮影です。バラバラの状態で発掘された兵馬俑の光景です。発掘も大変ですが、その後の修復作業は、もっと大変のようです。

    ここからは、発掘途中の3号坑での現物の兵馬俑の撮影です。バラバラの状態で発掘された兵馬俑の光景です。発掘も大変ですが、その後の修復作業は、もっと大変のようです。

  • 日本での展示会でたまたま確認された、堅く焼き締められた兵馬俑です。簡単なことでは、割れないはずです。このように粉々になった原因は、地震説などが挙げられています。二千年以上の間には、何が起きても不思議ではありません。

    日本での展示会でたまたま確認された、堅く焼き締められた兵馬俑です。簡単なことでは、割れないはずです。このように粉々になった原因は、地震説などが挙げられています。二千年以上の間には、何が起きても不思議ではありません。

  • 同じく、発掘作業がほぼ終わり、後は修復作業を待つ兵馬俑の光景です。床は、石板か、焼き固められた素焼きの陶板で葺かれています。

    同じく、発掘作業がほぼ終わり、後は修復作業を待つ兵馬俑の光景です。床は、石板か、焼き固められた素焼きの陶板で葺かれています。

  • 頭部が無い兵士俑と、上手く合体出来た兵士俑です。確かなことは確認できませんでしたが、文化大革命時に頭部が失われたとのネット情報もありました。可能性としては高いかもしれません。3号坑の見学はこれでおしまいです。

    頭部が無い兵士俑と、上手く合体出来た兵士俑です。確かなことは確認できませんでしたが、文化大革命時に頭部が失われたとのネット情報もありました。可能性としては高いかもしれません。3号坑の見学はこれでおしまいです。

  • 3号坑の見学を終わって、30分ほどお土産店に立ち寄ることになりました。少し長過ぎましたので、途中、お店を出て、付近で撮影をしていました。この樹は、お土産店の玄関横にありました。

    3号坑の見学を終わって、30分ほどお土産店に立ち寄ることになりました。少し長過ぎましたので、途中、お店を出て、付近で撮影をしていました。この樹は、お土産店の玄関横にありました。

  • お土産店の入口横になった樹のアップです。小鳥にとっては御馳走に見える木の実が食べ頃になっていました。まだ木の名前は調べていません。

    お土産店の入口横になった樹のアップです。小鳥にとっては御馳走に見える木の実が食べ頃になっていました。まだ木の名前は調べていません。

  • お店の中は撮影禁止ではありませんでしたから、主な展示品を撮影しておきました。殆んどの品が、兵馬俑坑の出土品を参考にして造られたお土産品のようでした。兵馬俑の写真をバックにした、馬車の頭部像です。

    お店の中は撮影禁止ではありませんでしたから、主な展示品を撮影しておきました。殆んどの品が、兵馬俑坑の出土品を参考にして造られたお土産品のようでした。兵馬俑の写真をバックにした、馬車の頭部像です。

  • 堂々とした姿の像です。どうやら秦の始皇帝、ご本人の像のようです。司馬遷が著した史記には、『鼻が高く、目は切れ長で、声は豺狼(ヤマイヌ)の如く、恩愛の情に欠け、虎狼のように残忍な心の持ち主』と記載されています。

    堂々とした姿の像です。どうやら秦の始皇帝、ご本人の像のようです。司馬遷が著した史記には、『鼻が高く、目は切れ長で、声は豺狼(ヤマイヌ)の如く、恩愛の情に欠け、虎狼のように残忍な心の持ち主』と記載されています。

  • 銅馬車館では、暗くてうまく撮影できないことを経験していますので、銅馬車のレプリカをこちらで撮影し、本物はじっくりと目に焼き付けることとしました。4頭の馬車の前半身です。

    銅馬車館では、暗くてうまく撮影できないことを経験していますので、銅馬車のレプリカをこちらで撮影し、本物はじっくりと目に焼き付けることとしました。4頭の馬車の前半身です。

  • 兵馬俑の銅馬車は、1980年に秦始皇陵の西側から出土しました。銅馬車は2種類あります。現地ガイドさんは、一台は始皇帝が乗るもの、もう一台は始皇帝の魂が乗るものと説明されていました。こちらは魂が乗る馬車です。

    イチオシ

    兵馬俑の銅馬車は、1980年に秦始皇陵の西側から出土しました。銅馬車は2種類あります。現地ガイドさんは、一台は始皇帝が乗るもの、もう一台は始皇帝の魂が乗るものと説明されていました。こちらは魂が乗る馬車です。

  • 銅馬車が発掘された時には、細かくバラバラ状態で、その修復は大変だったようです。なにしろ、部品数が3400個余りとされます。紀元前の技術レベルの高さに驚かされます。

    銅馬車が発掘された時には、細かくバラバラ状態で、その修復は大変だったようです。なにしろ、部品数が3400個余りとされます。紀元前の技術レベルの高さに驚かされます。

  • 本物の兵馬俑にも負けないよう、ずらりと整列したミニチュアの兵士俑です。大きさも、値段に応じて、大小様々でした。

    本物の兵馬俑にも負けないよう、ずらりと整列したミニチュアの兵士俑です。大きさも、値段に応じて、大小様々でした。

  • 入口に向かって、左脇にあった兵士のレプリカ像です。隙間なく落書きがありました。お店に無断の落書きではなく、落書きを奨励したような数の多さでした。これで、本物への落書きが無くなれば、役割を果たしたことになります。落書きを誘発する逆効果も、少し心配です。

    入口に向かって、左脇にあった兵士のレプリカ像です。隙間なく落書きがありました。お店に無断の落書きではなく、落書きを奨励したような数の多さでした。これで、本物への落書きが無くなれば、役割を果たしたことになります。落書きを誘発する逆効果も、少し心配です。

  • これは、お土産店の外から撮影したお土産店の光景です。中央は、コミカルな動きの人形が描かれたお土産品です。ばらまき用のお土産にはいいかもしれません。

    これは、お土産店の外から撮影したお土産店の光景です。中央は、コミカルな動きの人形が描かれたお土産品です。ばらまき用のお土産にはいいかもしれません。

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