2011/12/03 - 2011/12/06
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華清池見学に続いて、空海所縁の青龍寺を見学しました。私が空海に興味を持ったのは、司馬遼太郎さんの著書、『空海の風景』を読んだ時からです。昭和50年が初版の本です。単行本、文庫本とも上下巻が手元にありますが、文庫本の方には、上巻を読了した1991年2月12日、下巻には2月20日の鉛筆書きが残っていました。その後も興味を持った人物、空海です。恐らく日本が生んだ最高の天才、それに相応しい行動と実績を残した人です。この考えは長い間変わりません。個人的には、世界の三大天才を、モーツアルト、アインシュタインと空海と決めて、周りの人にも語ってきました。
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郭末若氏の落款が入った石碑です。達筆過ぎる草書ですから、文字の拾い読みは出来るものの、全文の解読は諦めることにしました。
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唐時代の第二代の太宗皇帝が使ったとされる、『星辰湯』の紹介です。1982年に唐代の華清宮の遺跡が発見され、その中にあった遺跡の一つです。西安市内から北東へ30キロの郊外にあります。
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『星辰湯』の見学を終えて、帰り際での撮影です。星辰湯は、18.2×5メートル、プールのような大きさでした。建物の間から眺めた華清宮の光景です。
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源泉の一つです。蓮の花をかたどった彫刻の間から湧き出していました。自由にお湯に触れることが出来ましたが、お風呂に適温の温度でした。
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隷書体(れいしょたい)で刻まれた石碑です。本文は28文字ですから、七言絶句の漢詩のようです。『驪山烽火娯褒● 池水華清浴太真 自古帝王游楽地 而今(?)煕壌属人民』と記された現代詩のようです。 大意は、『かつて帝王が遊興した華清池は、今は人民の物』と言ったところでしょうか。
(注1)●は女偏に以の『じ:姉』。
(注2)太真は、楊貴妃の一時の呼び名です。 -
この石碑も本文は28字ですから、七言絶句の漢詩のようです。かなりの癖字ですから、読み難い文字が幾つかあります。『零栞翻紅満昼霜』で始まり、『一曲淋鈴涙数行』で終わっています。読み誤りが何文字かはあるでしょう。
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達筆な草書が刻まれた石碑です。本文は28文字ですから、これも七言絶句の漢詩のようです。『揚柳宮前忍(急?)池春』で始まり、『洸却(印?)枝(枚?)●緑上塵』で締め括られています。星辰湯の室内に拓本が展示してありました。
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自由闊達な草書です。落款の箇所に『沈』らしい文字が見えます。陝西省の生まれで、北京大学長も務められた書家の沈尹黙(1883〜1971年)氏の書でしょうか。
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原詩は『李隆基』氏であることが冒頭に記されています。『李隆基』は、玄宗皇帝の本名です。『桂(?)殿興山連 蘭湯湧自然』五言で始まるようです。玄宗皇帝の治世は、前半は善政を敷き、後半は楊貴妃に溺れ政治が疎かになり、失意の中で生涯を終えました。
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これで、玄宗皇帝と楊貴妃のロマンの地、華清池の紹介はおしまいです。最後に石碑があった場所を振り返っての1枚です。今回期待していた碑林は見学する時間が無いようでしたから、その代わりの僅かな隙間の時間での撮影でした。
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濃い青色の地に描かれた金色の文字は、『楽游原』の3文字です。正門に掲げられていた扁額です。確かめてはいませんが、青龍寺を含む長安城址に付けられた呼び方かもしれません。
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次の見学地、空海所縁の青龍寺に到着しました。その山門に当たる建物の入口から眺めた境内の光景です。大きな岩が正面に見えました。
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正門に向かって右側にあった楼閣です。相似形の建物ですから、左右が入れ替わったかも知れませんが、楼閣の左手に見える屋根が目印です。
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正門に向かって左側にあった楼閣です。正門を潜った後で、青龍寺に入るには、別の門がありました。青龍寺は西安市南郊の鉄炉廟村に位置し、唐朝の都の時代、長安城の左街の新昌坊に当たる場所とされます。
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正面に見えていた大きな岩のアップ光景です。現地ガイドさんは、『象石』の呼び方があると説明されていました。左側が顔です。マンモス象のようにも見えます。
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裏側から眺めた『象石』の光景です。こちら側からは、『象』のイメージは湧きません。思ったよりは、厚さが無い岩でした。
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『象岩』越しに眺めた正門の光景です。正門に向かって右側の楼閣が見えています。右側の楼閣には、1階当たりに右手の屋根が見えていたのが、先程の楼閣の左右の判断材料でした。
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移築されて来たような石碑の光景です。『陝西省第一批重点文物保存単位・青龍寺遺址』の文字がありました。陝西省人民委員会名による1956年の日付がありました。日本で例えれば、県指定の重要文化財クラスでしょうか。
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青龍寺の白い塀の光景です。塀際から幅広く生垣がありました。青龍寺の名前は、日本も多くあります。日本密教の起源となる、空海が学んだこの青龍寺の名前に因むのが多いようです。それ以外には、白虎、青龍等で知られる四神に因むものなどがあるようです。
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ここが、青龍寺址に建てられた現在の青龍寺の本当の正門になります。平安初期に唐に渡り、密教経典を伝えた8人の僧を『入唐八家』と呼びますが、その内の6名が、この青龍寺で学んでいます。その僧は最澄、空海、常暁、円行、円仁、慧運、円珍と宗叡の8名です。
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正門の前にあった石碑です。こちらの碑文のタイトルは、『全国第四批重点文物保存単位・随大興・唐長安城遺址・青龍寺遺址』の文字です。先に紹介した石碑よりも新しい、国家レベルの中華人民共和国国務院名の1996年の日付です。隋と唐時代の城址としての指定も加わっています。
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ここからは、青龍寺の境内に入場しての見学となります。門を潜って、振り返っての撮影です。屋根の上には、左右の端にシビの姿が見えます。シビの形は日本にも渡り、奈良の東大寺などの屋根を飾っています。
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入口から真っ直ぐ進むと、目の前に現れる池の光景です。池の周りを石組が取り囲み、大きな柳が枝を撓らせていました。
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別のカメラでアップした、柱に巻き付く龍の彫り物があった石塔の光景です。まだ新しく、青龍寺に因んで造られたもののようです。
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お庭と池の光景が続きます。遣唐使の一行に加わった空海の乗った船は、途中で嵐に遭い大きく航路を逸れて、804年8月10日に福州長渓県赤岸鎮に漂着しました。海賊の嫌疑が晴れるまで、この地で約50日間待機させられました。この時、遣唐大使に代わり、空海が福州の長官へ嘆願書を代筆しました。その漢文が素晴らしく、同年11月3日に長安入りを許され、12月23日に長安に到達しました。この場面も、司馬さんの『空海の風景』で劇的に綴られていました。
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池と庭園の紹介が続きます。この後、左手に見える建物に沿い、お寺の現地ガイドさんの説明に従って見学しました。お寺の現地ガイドさんは、日本の四国のお寺との繋がりでボランティアで行われているようでした。1200年経って取り持つ空海さんの御蔭です。
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柳の落ち葉が一面の浮かんだ池の光景です。池の周りの石組を見ますと、古さを感じさせます。発掘調査を元に再建された池のようにも見えます。
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見学路に沿って歩きながら、後ろを振り返って撮影した池の光景です。この写真の池の奥に、先程紹介した龍の石塔が見えています。
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青龍寺の境内から眺めた甍が並ぶ光景です。その中間に生垣がありましたが、青龍寺の建物ではないようでした。屋根の形や、ベンガラ色の壁面から、同じようにお寺のようにも見えます。
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これで池と庭の紹介はおしまいです。池面を覆う柳の落葉です。池を取り囲んだり、中に建つ岩は、半分くらいのところで色が変わっています。発掘された時の痕でしょうか。
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