2011/12/03 - 2011/12/06
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玄宗皇帝と楊貴妃のロマンの地とされる、華清池紹介の続きです。玄宗皇帝(685〜762年)は、唐の第6代皇帝で、在位は((712〜756年)でした。玄宗皇帝が寵愛した楊貴妃(719〜756年)は、安史の乱の原因となったことから、『傾国の美女』とも呼ばれます。古代中国四大美人の一人です。楊貴妃以外の三人は、西施、王昭君と貂蝉です。なぜか、貂蝉(ちょうせん)だけは架空の人物とされます。
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華清宮の構内の光景です。工事中の壁に貼られた、何枚もの大型ポスターがありました。この地が舞台の『長恨歌』の歌舞ショーの宣伝のようでした。
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壁の裏側には、工事中の木組みが少しだけ覗いていました。新しい建物が建てられているようです。『長恨歌』の歌舞ショーの宣伝ポスターが続いていました。
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『中国首都大型実景歴史舞劇・長恨歌』の説明書があった看板の内、1枚のアップ光景です。主役の楊貴妃の踊りの場面のようです。
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華清池の名物となっている白い楊貴妃像です。史実かどうかは分かりませんが、現地ガイドさんは、楊貴妃の身長は167センチ、体重64キロと紹介されていました。豊満で、音楽等の才能に恵まれた女性であったことは事実のようです。
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楊貴妃のアップ光景です。2年ほど前の時の旅行では、人だかりで撮影するのも大変でした。旅行シーズンを過ぎた今日は、周りは閑散としていました。
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少し遠い写真で分かり難いですが、ロープウェイの光景です。楊貴妃は、16歳の時、官名としての『美人』に選ばれて宮殿に入りました。その時は、玄宗皇帝の子である寿王の妃でした。
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華清宮の庭内の光景です。美人で聡明な楊貴妃は、玄宗皇帝の目にとまり、やがて寵愛を一身に集めました。745年には、皇后に次ぐ高位の『貴妃』となり、玄宗皇帝の政治が疎かになる原因となりました。
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遠くから眺めた、華清池の名物となっている白い楊貴妃像です。白楽天の『長恨歌』を始め、楊貴妃の伝説は、日本にも古くから伝わり、音楽や文学の題材となりました。
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『華清御湯』の赤い文字が刻まれた大きな岩です。『王蒙題』らしい落款がありました。『王蒙』の名前で有名ないのは元時代の画家です。今年の春北京のオークションで『稚川移居図』4億250万元で落札されたことがニュースになりました。現代では作家の王蒙氏が有名です。ノーベル文学賞候補としてノミネートされていますから、この方の揮毫かも知れません。
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灰色の石に、ダイナミックな白い線が入った奇石の光景です。太い線だけでなく、毛細血管のような細い線が無数にありました。
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発掘された湯殿が見学できる建物の側面光景です。楊貴妃が好んだ食べ物の一つにレイシ(茘枝)があったことは、今日でも広く知られています。馬で蜀州から長安に運んだとようです。600キロも離れている蜀集から、三日間でレイシを運べとの命令もあったようです。
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発掘された湯殿を覆う建物の内部光景です。現在のレベルからはかなり低い位置に湯殿がありました。中二階のような位置から、発掘された湯船を眺めます。
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楊貴妃が使ったとされる『海棠湯』です。発掘作業により見つかりました。白楽天の長恨歌の冒頭に近い一節です。『春寒賜浴華清池、温泉水滑洗凝脂』:春まだ寒いころ、華清池の温泉を賜った。温泉の水は滑らかに白い肌を洗う。と詠まれました。
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こちらは、玄宗皇帝が使ったとされる『蓮華湯』です。白大理石で造られた湯槽には、今もお湯が湛えられていました。こちらも現在の地盤からは低い位置にあり、発掘されたものです。
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先ほど見学してきた、発掘された湯殿を覆う建物の全景です。
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湯気を上げていた源泉の光景です。現地ガイドさんによれば、湯温は43度Cとのことでした。お風呂の適温です。澄んだお湯の色です。
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龍の頭をした、吹き出し口のアップ光景です。龍は現在の日本でもそうですが、神社の清めの水を始め、『水』に極めて親密な関係があります。中国では皇帝のシンボルとして扱われ、水中か地中に棲むとされます。『その啼き声によって雷雲や嵐を呼び、また竜巻となって天空に昇り自在に飛翔する』とされ、その起源は自然現象としての竜巻が強く印象付けられます。
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2年ほど前の旅行の時にも撮影した建物です。蔦が這った石垣の上に建った、東屋風の小さな造りですが、反り返った屋根は印象に残りました。
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『温泉古源・1号出水口』の石碑があった源泉です。気温が下がったこともあったでしょうが、湧き出たお湯から湯気が上がっていました。
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湯気が上がる『温泉古源・1号出水口』のアップ光景です。鉄分も含まれているのでしょうか、敷き詰められた石が少し茶色っぽくなっていました。
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『温泉古源・1号出水口』の背面と上部のアップ光景です。アーチ形の石造りの中に源泉がありました。2年ほど前の光景と変わっていませんでした。
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華清池では、玄宗皇帝と楊貴妃と楊貴妃が使ったとされる、蓮華湯と海棠湯が有名ですが、それに先立つ唐の第2代の太宗皇帝が使ったとされる星辰湯も発掘されました。644年に作られたとされる太宗皇帝専用風呂の星辰湯です。2年程前の見学の時には、このお湯殿の高度な土木技術を説明して戴きました。
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『温泉古源・1号出水口』がある建物光景です。アーチ形の入口は、常時オープンにされています。締め切る必要が無いことと、万が一のガスの滞留を防止するためでしょうか。
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同じく、太宗皇帝専用風呂の星辰湯が発掘された建物光景です。3千年前からの温泉地であることから、秦の始皇帝もこの地で温泉を利用したと伝わります。
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太宗皇帝専用風呂の星辰湯が発掘された建物光景の紹介が続きます。太宗皇帝(在位:629〜649年)は、唐王朝の基礎を固める善政を行い、中国史上最高の名君の一人と称えられます。
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壁に展示された小さな絵画の数々です。風景画や人物画です。水彩画風の柔かいタッチの絵です。個別に撮影するほどの絵ではなかったようです。
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発掘された大小の敷石が、そのまま展示されたコーナー部分です。低い階段のような箇所も見えています。
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壁にあった拓本らしい書の幾つかのピックアップです。達筆過ぎて読めない文字です。『開不賛●満未瀞』のようにも読めますが、半分くらいは違っているかも知れません。篆書体(てんしょたい)の解読は骨が折れます。
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郭末若の落款があった漢詩です。郭末若(1892〜1978年)氏は、中国の文学者、歴史学者で政治家です。日本の九州大学の医学部で学びました。中華人民共和国成立後、政務院副総理、中国科学院院長や中日友好協会名誉会長などを歴任しました。現在は、文化大革命時の対応で評価が分かれています。『華清池水色青』で始まる自作らしい漢詩です。若い頃、夜の短波放送でよく耳にした名前です。
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この草書体の文字も、達筆過ぎて殆んど読めません。七言絶句の漢詩のようです。『揚柳宮前忍池春 東光驚動操春人 暁来漱火●山多 洸印枝●緑上塵』のようにも読めますが、これも半分くらいは違っているでしょう。
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