2011/12/03 - 2011/12/06
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旅人のくまさんさん
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日本が生んだ大天才、空海所縁の青龍寺の紹介です。1982年からの発掘調査の結果を踏まえて、青龍寺址に建てられたお寺です。日本からの再建支援があったとされます。
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境内にあった、『景区提示』のタイトルの案内標識です。その下に記されている青龍池が、眼前の池、詩碑廊がこれから見学する場所です。矢印はありませんでした。
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お寺の女性ガイドさんは、日本語が達者な方でした。その説明をお聞きしながらの『詩碑廊』の見学です。最初の詩碑は、青龍寺の沿革を漢文で記した『青龍寺簡介』です。左上から、『青龍寺位於唐長安城内新昌坊今西安市南郊』で始まる位置の説明で始まり、最後の行は『青龍寺遺址修建了空海紀念碑空海及恵果紀念堂及青龍寺庭園供人●仰』で締め括られていました。
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『青龍寺簡介』の中間部分のアップです。アップした部分から少しはみ出ますが、『公元八零四年空海随遣唐使抵長安求法入』や『弘法大阿舎利位遂将密教伝入日本創立仏教』の空海に関する記述がありました。
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『青龍寺簡介』のすぐ横にあったのが、空海の肖像画と紹介文です。青龍寺で学んだ日本からの僧は多いはずですが、空海は別格で扱われていました。空海の足跡は、杭州や福建省のお寺でも目にしました。
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空海の紹介文のアップです。短いですから、全文を紹介します。『空海(公元774年ー835年)・日本讃岐多渡郡(今香川県善通寺)人・日本国真言宗的創始人・公元八零四年入唐求学・抵長安拝恵果為師・受法処サ青龍寺・後帰国創東密・興教育・修水利・為日中文化交流之先駆』。日中文化交流の先駆者として締め括られていました。
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次は、空海の密教の師、恵果阿舎利の像と紹介文です。『恵果・唐代仏教密宗高僧』で始まり、『中日文化交流的先駆』で締め括ってありました。空海の紹介文では『日中友好』、恵果の紹介文では『中日友好』と、表現にも気配りがあります。
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岩の上で後ろ手を組み、山を眺める人の姿が描かれた詩碑像です。隷書体で記された40文字が詩文です。『陌上新離別 蒼茫四郊晦』で始まる詩です。
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詩碑廊の途中から眺めた、青龍池の最後の写真です。青龍寺簡介では、この青龍寺庭園も再建されたものであることが記されていました。
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詩の末尾に唐・王昌齢の名前があります。王昌齢(698〜755年頃)は、盛唐時代の詩人で、李白と並び称された七言絶句の名手です。七言絶句ではなく、『林中空寂舎 階下終南山』』で始まり、『誰知大隠者 兄弟自追攀』で締め括られています。庭の椅子に座った人と、雀が二羽描かれています。
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末尾に『唐・郎士元・冬夕寄青龍寺源公詩』の添え書きがあります。郎士元(727〜780年?)は、唐代の詩人です。青龍寺の庭を散策する人が描かれています。詩は『斂縷入寒竹(?) 安禅過漏聲』で始まり、締め括りは『乗月上方行』の句です。
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詩碑廊を撮影する間に、庭の撮影もしました。これから見学する方向の詩碑廊です。詩碑廊の前にも通路が造られていました。
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同じく、詩碑廊の見学の途中で撮影した庭の光景です。最初の清龍寺簡介の撮影から、ここまでで1分が経過しただけです。まだ清龍寺に庭が見えています。
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隷書体で記された28文字の詩文です。『十畝青苔繞昼廊 幾株紅●過清霜 高情還以看●● 閑対南山歩夕日』の七言絶句の漢詩です。文字化けする字が幾つかありました。枯れ葉が舞う中を散歩する老人の図です。末尾に『羊士諤』と『王超居』の名前がありましたが、二人とも唐の時代の詩人のようです。
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文字も絵も擦れていた詩碑です。末尾の『青龍寺早夏・唐白居易詩』だけははっきりと読み取れました。60文字の長文字の漢詩、五言古詩です。何とか読みとれる末尾の2節は、『青山寸歩地 自問以如何』でした。調べた結果は、810年頃に詠まれた『青龍寺早夏』でした。冒頭は、『塵滅経小雨 地高倚長坡』で始まっていました。
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白壁のコーナー部分の光景です。奇石と庭木が配置されていました。ただし、奇石の方は自然石ではなく、石を繋ぎ合せた痕がありました。
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白壁をバックに、垂れ下がった蔓草の光景です。冬の時期ですが、緑の葉が残っていました。白壁の上には屋根瓦が乗った立派な造りでした。
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詩碑廊の光景です。屋根がありますから、雨の日に訪問しても見学できます。幸いこの日は曇天ながら、雨の心配はありませんでした。
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末尾に『夏日過清龍寺●●禅師・裴廸詩』の文字がありました。唐時代の詩人『裴廸』は、同時代の著名な詩人、『王維』の友人です。絵は、傍らに刀を置いて坐禅する青龍寺の僧の姿のようです。漢詩の方は『安禅一室内 左右竹亭幽』で始まる五言古詩です。
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詩の末尾に『晩秋興友人游青龍寺』と題が記されていました。作者は唐時代の詩人、『龍得仁』です。全文は、『高視終南秀 西風度閣涼 一生同隙影 幾処好山光 暮鳥投●木,寒鐘送夕陽 因居話心地 川冥宿僧房』です。劉得仁は長く長安に住した晩唐の詩人です。たびたび科挙に応じましたが、及第できずに終ったとされます。
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末尾に『唐・張祐』の作者と、『青龍寺詩』の題があります。七言絶句です。全文は、『二十年●滄海間 一游京国也応閑 人人盡至求名霜(?) 一人尚青龍寺山看』です。
(注)●は、沈と同じ意味の漢字のようです。 -
唐時代の詩人、皇甫冉(こうほぜん:714〜767年)の8節の五言古詩です。題は長く、『清明日青龍寺上方賦得多字』です。『上方偏可適 季月况堪過』で始まり、『春秋如客何』で終わっています。
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唐代の詩人、朱慶余の五言の詩、『青龍寺詩』です。全文は、『寺好因崗勢 登臨値夕日 青山當仏閣 紅葉満僧廊 竹色連平地 蠢聲在上方 寂隣東面静 為近楚(?)城●』です。
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公園のような光景と、手入れが行き届いた境内でした。歩く道は石畳でしたから、雨の日で遭っても、通路がぬかるむことはありません。
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先程見学してきた詩碑廊が見える光景です。詩碑廊の見学はこれでお終いではなく、もう少し続いていました。
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末尾に『題青龍寺縦工房』のタイトルと、『唐無可詩』の作者が記された詩碑です。大木の間から建物の姿が見える構図の絵です。
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別れの図が描かれた詩碑の図です。旅姿の人は空海のようです。青龍寺で共に学んだ人が惜別している図でしょうか。背後には、空海が乗船するらしい遣唐使の船が描かれています。図中にも、右側の漢詩と同じ、『一生壱別離再見 非夢思中数数尋』の文字がありました。
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詩碑廊の漢詩の方のアップです。隷書体で記された七言絶句です。『同法同門喜遇深 空随白霧忽帰庶岑 一生壱別離再見 非夢思中数数尋』と記されているようです。末尾には空海を送る青龍寺の阿舎利の詩と記されています。
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見学しながら写真を撮った詩碑廊を振り返っての撮影です。皆さん方に遅れないよう、忙しかったですが、一通り撮影できたようです。
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恵果空海紀念堂の落成礼賛に読まれた漢詩です。バックに梅の花が描かれていました。575で3回繰り返される形式です。『秋色●長安 一時海会集群賢 千載両邦歓 棟宇仮(?)中唐 青龍謄起赤霞光 天際接(?)金剛 遺像仰英姿 恍見当年●法事 甘露護孫枝』らしい文字です。少し擦れ多文字で、細かい部分は読み取れませんでした。
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桜の枝越しに眺めた楼閣の光景です。『雲峰閣』の名前で呼ばれています。この楼閣も、青龍寺址に再建された建物の一部です。城郭のような外観に見えます。
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