ころっつさんへのコメント一覧(25ページ)全424件
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ゆっくり訪ねてみたい
ころっつさん
続けてお邪魔します。
飫肥、良い街並みですね。
流石に、小京都と言われるだけありますね。
歴史のある飫肥、ゆっくり訪ねてみたくなりました。
morino296RE: ゆっくり訪ねてみたい
morino296さん、いつもご訪問ありがとうございます。
「運玉」の項とまとめて返事書かせていただきますね。
宮崎には2度目の旅になるのですが、私も前回は台風が接近していたときで、激しく揺れながら宮崎空港に到着した後、ほぼ到着便は欠航となるようなときでした。
青島や鵜戸神宮も凄い風で、とりあえず行っただけ…というだけでした。でも今回はダメでしたが運玉は、その時には見事2個、亀石に入れることができましたよ。そして確かに言われるように、運玉のリサイクル商法は感心です。
台風が襲来する夏よりも、冬の気候が安定した時期に南九州は旅するのがいいかもしれませんね。2011年02月12日22時06分 返信する -
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はじめまして
『福井観光☆永平寺参拝とヘルシーお豆腐料理』旅行記にご訪問&投票ありがとうございました。
ころっつさんは一人旅を楽しんでいるんですね。素敵です。
私も過去に海外一人旅を夢見ていたことがありましたが、英語がまったく×だし臆病者なので断念した経験があります(涙)
私の旅行記はあまり参考にはならないと思いますがころっつさんの旅行記は参考にさせてもらいますね。では。2011年02月11日12時17分返信するRE: はじめまして
なちょさん、ご訪問、そして書き込みありがとうございます。
永平寺はもう15年以上前の学生時代に行ったきりです。当時はそれほど歴史や旅にも興味なく、しかも団体一行で行ったので、ゆっくり見てません。もう一度行ってみて、ゆっくり見て回りたいなあ…と思っています。
ひとり旅は、私も国内ばかりで海外は現地集合はありますが、まだデビューしていません。いつか行きたいなあと思っています。
なちょさんも国内のひとり旅だったら挑戦してみてはいかがですか?
でも小さい子どもさんがいるようでは難しいかもしれませんね。
>私の旅行記はあまり参考にはならないと思いますがころっつさんの旅行記は参考にさせてもらいますね。
いえいえ実際に永平寺、そして豆腐料理屋も参考にさせていただきましたよ。
今後ともよろしくお願いします!
2011年02月12日21時56分 返信する -
福知山
ころっつさん、こんばんは。
私は十年ほど前に初めて福知山を訪れた時、一般道を走行していてそれまでの長閑な風景が突然立派な市街地に変わったのに驚いた記憶があります。
福知山と言えば明智光秀ゆかりの地ですね。
最近では日本海にカニを食べに行く途中に、福知山のイオンには何度か立ち寄ったことがあります。
今度福知山へ行った時には福知山城やイオンの近くにある「らーめんいっこく」に行って見たいと思います。
熊野古道 -
飫肥
ころっつさま、こんばんは。
飫肥の旅行記を拝見させて頂きました。
小生が初めて飫肥の町を訪問したのは今から36年前の昭和50年(1975年)5月の高校の修学旅行でした。
この年の3月に新幹線が岡山から博多まで開通したばかりでしたが、当時は新横浜に ひかり号が停車せず、最速列車で東京から博多まで6時間もかかる状態でした。
さて、飫肥ですが、小生、日露戦争当時の外務大臣 小村寿太郎に興味があり、少ない時間を気にしつつ飫肥の町を歩きながら、ポーツマス条約締結でロシア代表ウィッテ相手に交渉の苦労などに思いをはせたものでした。
大学に入学後、初めての舞台鑑賞で「ポーツマスの旗」で先般亡くなられた小林圭樹氏が演ずる小村寿太郎と山本権兵衛海軍大臣を演じた竜崎勝氏の真に迫る演技に涙したものでした。
あれから時代は経てしまいましたが、あの飫肥の街中の止まった様な雰囲気は今でも変わらない所が好ましいです。
横浜臨海公園RE: 飫肥
横浜臨海公園さま、こんばんは。ご訪問、そして書き込みをいただき、ありがとうございます。
修学旅行で、飫肥を訪れられたのですか?
その頃の修学旅行は、なかなか味のある場所を選んで行かれるのですね。
そういえば、新幹線はのぞみが登場してから、格段に早く、そして味気なくなった気がしますね。
小村寿太郎は確かポーツマス条約を締結した後、賠償金がとれない条約を結んだとして帰国後、国賊扱いされたようですね。でも飫肥ではふるさと出身の偉大な外交官、外務大臣として非常に尊敬されている人物のようでした。
飫肥は城下町のまちなみを観光資源として生かす取り組みに早くから着手しれ、日南市も文化財都市宣言をするなど行政が先進的な政策を展開したようです。でもそんな古くからの取組が落ち着いてきた今の姿、今風の洗練された観光地でない雰囲気を持っているところが気に入りました。2011年02月07日23時40分 返信する拝復
ころっつさま、こんばんは。
早速メッセージを賜りまして誠に有難うございました。
> 小村寿太郎は確かポーツマス条約を締結した後、賠償金がとれない条約を結んだとして帰国後、国賊扱いされたようですね。
→仰せの通り、小村が不在中の自宅に壮士がやってきて糞尿を撒いたり、帰国直後に集団が暴徒化して日比谷騒擾と呼ばれた事態に発展し、治安維持の為に戒厳令が初めて発令されます。
横浜から列車で新橋に到着後、列車から衰弱し切った小村を陸海軍大臣が両脇を抱え出て来て馬車まで石が飛び刃物を持った者が飛び出して暗殺されてもおかしくない有様で、当時の政治家は何かあれば一蓮托生とばかり生命の危機すら跳ね返すだけの気概を持ってました。
その時の舞台で山本海軍大臣を演じていたのが宇崎勝氏でフジテレビアナウンサーだった高島彩さんの父親です。
彼女を見ると父そっくりの顔をしているので、昔舞台を観た時の事が思い出されます。
> 飫肥は城下町のまちなみを観光資源として生かす取り組みに早くから着手しれ、日南市も文化財都市宣言をするなど行政が先進的な政策を展開したようです。でもそんな古くからの取組が落ち着いてきた今の姿、今風の洗練された観光地でない雰囲気を持っているところが気に入りました。
→本当に飫肥は観光化されていない静かな佇まいが好印象です。
横浜臨海公園2011年02月08日04時06分 返信する -
油津と飫肥
ころっつさん、こんばんは。その3におじゃましてます。
日南市を形成している油津と飫肥。前者は港町、後者は城下町ではありますが、飫肥杉繋がりもあり両者発展していったんでしょうね。
昔むか〜し、両者が合併して、然るべき地名がなかったし、両者とも譲りたくなかったんで、日向の南ということで日南市になったんですよね。
なんかそんな地理の授業で習った記憶がおぼろげながらあります。
日南海岸は日南市でなかったのは、数年前知りましたが…
日向の伊東氏で信長の野望ですぐ島津氏に滅ぼされたなあと思い出した私(^m^)
知らなかったらすいません。
ぺでぃまるRE: 油津と飫肥
ぺでぃまるさん、こんばんは。ご訪問ありがとうございます!
ご指摘のとおり、日南市は港町として繁栄した油津と城下町として発展した飫肥のふたつのまちを核としてしています。
もともと観光地としては、飫肥が有名だったのですが、油津でもまちなみを活用した地元によるまちづくりが進んでいると知ったので、今回セットで訪れてみました。
日南市の名称も、油津と飫肥が互いに市の名前にと譲らず、最終的に落ち着いた名称ですね。平成の大合併でも自治体の名称で結構もめていたので、自治体の体を表す名称っていうのは、非常に大事なんですね
信長の野望はゲームですよね?
したことはありませんが、そうしたアイテムを通じて歴史や地理を知っていくのも旅先の知識となり、役立ちますよね。桃太郎電鉄とか…もそうしたソフトかな…?2011年02月06日00時52分 返信する -
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楽しそうな一人旅
ころっつさん、こんばんは。
一人旅、できないから羨ましいです。思いつきで行きたいなあ。
都井岬や志布志、微妙な場所でなかなか行けないですよね。ソテツとかあるんで冬でも少しあったかそうですね。
6つ旅行記あるんですね。楽しみに待ってます。
ぺでぃまるRE: 楽しそうな一人旅
ぺでぃまるさん、こんばんは。
久しぶりの宿泊付きのひとり旅、とても楽しかったです。
今回は、大阪で用事があったので、それを終えてそのまま出発して、いく前からワクワクでした。
ぺでぃまるさんは、子どもが小さいようなので、まだひとり旅ができないんですね。残念…。
志布志は道路地図で見たときに、平山氏庭園とかという表示を見たのですが、それが気になって立ち寄ってみました。都井岬も着いた日の夕方に行く予定だったのですが、思った以上に時間がかかってしまったので、次の日にまわしました。
旅行記6つの予定ですが、作成は遅々として進まず、全部できるにはかなり遅くなりそうです。
2011年01月31日21時40分 返信する -
ホントだ〜♪似てますね(*^。^*)
ころっつさん、こんにちは〜♪
先日は訪問ありがとうございました(^^)
扶余の優待旅行の話があり、“扶余って??”とちょっと興味を持っていたところです。
日程が合わないので今回は参加出来ないのですが、なかなか素敵な所なんですね〜
高台から見下ろす扶余の町の景色も見事!
それにしても…
このわんちゃん、お父さん犬にそっくり〜♪
…見に行きたくなってきた(笑)
ちゃむたRE: ホントだ〜♪似てますね(*^。^*)
ちゃむたさん、こんにちは。ご訪問&書き込みありがとうございます。
優待旅行で扶余ですか?なかなか扶余にとは珍しい優待ですね〜。
扶余は百済王朝終焉の場所で、扶蘇山城からの眺めもよく、舟下りもできる素敵な場所ですよ。私が行った時は、ソウルなんかとは違い、日本人はほとんどいませんでしたよ。
そしてあの白い犬は、少し退屈そうな表情をして、百済王朝の人々の魂を鎮めるために建てられたお寺で守り神のようにじっとたたずんでいましたよ。
日本で携帯電話の宣伝に…なんていったら、怒られるかもしれませんね
ソウルからも日帰りができる場所ですので、扶余にぜひ一度行ってみてください。2011年01月15日13時44分 返信する



