2011/01/21 - 2011/01/23
145位(同エリア674件中)
ころっつさん
今年に入って、少しだけ時間がとれたので、久しぶりに宿泊付きのひとり旅に出かけることに。
ちょうど今月末で有効期限が切れるマイレージもあったので、「使わなきゃ損!」と思い、行き先を思案。
寒い時期だし、南国がいいなあ…と考え、航空会社のホームページで空席を見ていると、適当な時間帯に空席があったのが鹿児島便。ということで、鹿児島空港を拠点に、これまであまり旅したことがない宮崎県海岸部をレンタカーでまわりました。
全6回予定の第2弾の旅記です。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- レンタカー JALグループ
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志布志から日南市に入り、この日は港町・油津で宿泊。
宿泊した日南第一ホテルのすぐ近くでは、ライトアップがされていました。
12月から1月の2か月間にわたり実施されている「堀川夢ひろばイルミネーション」というイベントのようです。 -
堀川夢ひろばは、油津の市街地にある芝生が敷き詰められた小さなコミュニティ広場。その一帯にLEDによるイルミネーションが広がっています。
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広場には夢見橋と名付けられた比較的新しい木橋が架かっています。油津市街地の港湾環境整備の一貫として、地元の特産である飫肥杉を利用して造られています。
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水面にライトアップされた橋が映っています。
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ホテル近くの居酒屋で新鮮な刺身を肴に飲みます。
この日、サッカーのアジアカップの日本戦の試合がありましたが、宮崎県は民放が2局でネットしていないため、生中継を見ることができませんでした…。 -
翌朝7時にホテルを出て、油津のまちを歩きます。
油津は、古くから天然の良港として開け、江戸時代には飫肥藩の外港の役割を果たし、飫肥杉の搬出港として栄えました。明治期以降も飫肥杉の搬出に加え、マグロの遠洋漁業の一大拠点として大いに繁栄をきわめました。
油津の市街地を横切るように流れる堀川運河は、上流で切り出される飫肥杉を油津港に安全に運ぶことを目的として、江戸時代に飫肥藩主によって開削されたものです。長さ900mほどの運河の整備により、港への木材の運搬効率が飛躍的に高まりました。 -
堀川運河は、国内林業の衰退と水質の悪化により、埋立が検討されましたが、その歴史的価値を生かしたまちなみ整備につなげようとする地元民の意思により、保存されることになりました。運河には風情がある石橋が架かっています。
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堀川運河に架かる石橋は、堀川橋といい、運河で分断された油津のまちの交通の利便性を高めるため、明治時代に架けられたものです。運河を跨ぐ石組みのアーチは美しい姿で見ごたえがあり、芸術性の高さも感じられます。
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堀川橋は、文化庁の有形文化財にも登録されており、堀川運河、そして油津のまちのシンボルともなっています。
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堀川橋のすぐ近くには、堀川資料館が建っており、市の観光案内所となっています。飫肥杉を利用して建てられており、内部にはパンフレット類が揃えてあるほか、ここ油津は、映画「男はつらいよ」のロケ地ともなったことから、その関係資料も展示されています。
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堀川橋の西側には、吾平津(あいらつ)神社の朱色の鳥居が建っています。吾平津神社は、元明天皇の時代に創建されたという由緒ある神社で、神武天皇の妃である吾平津姫を祀っており、油津の地名の由来ともなっています。
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鳥居をくぐり、石段を登っていくと、しっかりしたコンクリート造りの本殿があります。
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本殿がある場所から、堀川橋の方面を見下ろします。奉納の幟旗の向こうからようやく朝日が顔を出してきました。
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油津のまちなみを歩きます。
日南市はもともと飫肥と油津というふたつの町が核となり、合併してできた都市です。古くからの城下町の飫肥に対し、東洋一のマグロ漁の港町として栄華をきわめ、歓楽街を形成していたのが油津です。
堀川橋から東側には狭い路地沿いには、大正期以降の家並が残っており、写真右手の旧河野家住宅をはじめ、国指定の登録文化財の建造物がいくつか点在しています。 -
国道沿いにある杉村金物店は、油津のまちなみのシンボル的な建物。
銅板を外壁に貼った昭和初期に建てられた金具や漁具を扱う店舗と住宅を兼ねた重厚な風情を持つ建物で、国指定の登録有形文化財となっています。 -
二階部分の銅板の外壁に入った屋号。二階と三階部分は、住居となっています。
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杉村金物店から路地に入っていくと、油津赤レンガ館があり、元々は大正時代に倉庫として建てられたものです。この建物も国の登録有形文化財となっていますが、かつて競売にかけられた際に、地元有志がまちの宝として残すため、自己資金を出し合って建物を買い取り、市に寄贈したそうです。
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赤レンガ館は、地元でイベント会場として利用されています。
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まちの中には、前日に退任したばかりの東国原宮崎県知事の看板が立っていました。その横には港町に多く生息している猫がのっそりと歩いていました。
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続いて日南海岸で屈指の知名度を誇る観光地・鵜戸神宮に向かいました。
鵜戸神宮は、日南市の北部にあり、国道から駐車場までは入っていく道は、所々車の離合も困難な個所もある狭い道を通っていきます。 -
青空が広がる好天の上、知名度が高い場所ということもあり、多くの人々が参拝に訪れています。神宮入口となる門を過ぎるとすぐに、大きな楼門が建っています。
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鵜戸神宮は、日向灘を望む抜群のロケーションに建っており、南国を感じさせる植物が境内には多く育っています。
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楼門の楼閣部分には、今年の干支である兎の絵が描かれた大きな絵馬が掛けられています。
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鵜戸神宮が創建された年代は不詳ですが、本殿がある岩窟は日本神話に出てくる豊玉姫が出産するために産屋が建てられたと伝わるのがこの場所で、その後社殿が創建されたそうです。
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本殿へと続く千鳥橋。
鵜戸神宮は、その由緒から縁結びや子授けなどの信仰を集めてきました。そのため、かつて宮崎が新婚旅行のコースとしてにぎわった頃、鵜戸神宮への参拝も旅行コースの定番の観光スポットでした。 -
参道の途中で、福注連縄というものがありました。
玉橋より先は、古来は清浄の地とされており、ここで足を洗い、身を清めてから参拝したそうです。この福注連縄は、その由緒に従い、身を清めるものとして、初穂料を納め、納め所まで持っていくもののようです。 -
日向灘を見下ろす断崖の上の参道をたどっていき、海蝕海岸を見下ろす場所に本殿が鎮座している場所があります。
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石段を下っていくと、左手の海蝕洞の中に本殿があります。
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断崖の海蝕洞は300坪ほどの広さがあり、その中に鮮やかな朱塗りの本殿が建っています。本殿は宮崎県指定の有形文化財となっています。
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本殿の参拝巡路は時計回りとなっており、海蝕洞の裏側にも行くことができます。
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本殿の裏手には、ここに祀られている豊玉姫が御子の育児のため、両乳房をくっつけたと伝える御乳岩があります。今も岩の先からは、玉のような雫を滴らせて、安産や育児を願う人々の信仰を集める場所となっています。
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本殿を参拝してまわってくると運玉が売っている場所があります。
運玉は、境内の下の断崖にある岩の窪みに投げ入れるもので、5個ワンセット、100円で売っています。 -
運玉は、「運」という字が刻印された小さな丸型の粘土の素焼きです。かつては小銭が投げられていたようですが、戦後しばらくして地元の小学生の作る運玉が投げられるようになったそうです。
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磯場にあるのが、豊玉姫が出産のために乗って来たといわれる霊石の亀石があります。この亀石の岩肌に窪みがあり、この中に上手く運玉を投げいれることができると願いがかなうといわれています。男性は左手、女性は右手で投げ入れるのですが…私は入れることはできませんでした。見事入った…と思っても、跳ねて飛び出すこともあります。
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運玉をあしらった石のオブジェも造られています。ちなみに参拝客が亀石の窪みに投げ入った運玉は回収され、一願成就の御守りとして販売されています。なかなか商売上手…。
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境内のすぐ下は日向灘に面する磯場となっており、切り立った形状の岩が荒波に洗われ、そそり立っています。鵜戸神宮は、険しい岩場が続き、海蝕洞が口開く神秘ある場所に鎮座していることがわかります。
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この旅行記へのコメント (3)
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- morino296さん 2011/02/12 10:17:31
- 運玉
- ころっつさん
こんにちは。
鹿児島、宮崎、良い旅をされましたね。
数年前の秋に、宮崎・鹿児島2泊3日のツアーで出掛けましたが、
生憎、台風が直撃、宮崎市内のホテルに缶詰め状態となり、
鵜戸神社まで行く予定がカットされてしまいました。
鵜戸神宮は、豊玉姫の産屋がに社殿が創建されたのですね。
大昔は、お産は大変なことだったようで、海辺に産屋を建て、
隔離状態だったようですね。
亀石への運玉投げは難しそうですね。
あの窪みに、運玉を入れるのは奇跡的な感じですが、
入った運玉を御守りとして売るのも、これまた凄いですね。
morino296
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- 吉備津彦さん 2011/02/01 23:40:30
- 南洋系の神様でしょうか?
- 朱色が良いですね。
- ころっつさん からの返信 2011/02/05 19:56:57
- RE: 南洋系の神様でしょうか?
- 吉備津彦さん、こんばんは。
返事遅くなりました。
鵜戸神宮の祭神は、南方系ではなく、日本神話の天照大神から続く、彦火火出見尊とが、海神の娘である豊玉姫命と結ばれ、出産のために設けられた産殿が設けられたのが、この海蝕窟であったそうです。
このような険しい地にずいぶん昔から社殿が設けられていたとは驚きです。
私が行った時には、日本人のほか韓国人も多く参拝していました。
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