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今年に入って、少しだけ時間がとれたので、久しぶりに宿泊付きのひとり旅に出かけることに。<br />ちょうど今月末で有効期限が切れるマイレージもあったので、「使わなきゃ損!」と思い、行き先を思案。<br />寒い時期だし、南国がいいなあ…と考え、航空会社のホームページで空席を見ていると、適当な時間帯に空席があったのが鹿児島便。ということで、鹿児島空港を拠点に、これまであまり旅したことがない宮崎県海岸部をレンタカーでまわりました。<br />全6回予定の第3弾の旅記です。

鹿児島空港→宮崎周遊・2011冬(その3/6)★日南市~南九州の小京都城下町・飫肥

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2011/01/21 - 2011/01/23

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ころっつ

ころっつさん

今年に入って、少しだけ時間がとれたので、久しぶりに宿泊付きのひとり旅に出かけることに。
ちょうど今月末で有効期限が切れるマイレージもあったので、「使わなきゃ損!」と思い、行き先を思案。
寒い時期だし、南国がいいなあ…と考え、航空会社のホームページで空席を見ていると、適当な時間帯に空席があったのが鹿児島便。ということで、鹿児島空港を拠点に、これまであまり旅したことがない宮崎県海岸部をレンタカーでまわりました。
全6回予定の第3弾の旅記です。

同行者
一人旅
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
レンタカー JALグループ
  • 早朝に同じ日南市にある港町の油津をまわり、続いては城下町の飫肥へ。<br />飫肥は、もともと伊豆を本拠地としていた伊東氏が鎌倉時代にこの地の地頭として赴任し、その後戦国大名となり、明治維新まで支配した土地です。<br />江戸時代に5万1千石の飫肥藩の城下町として繁栄した情緒あるまちなみを残しており、九州の小京都と呼ばれています。

    早朝に同じ日南市にある港町の油津をまわり、続いては城下町の飫肥へ。
    飫肥は、もともと伊豆を本拠地としていた伊東氏が鎌倉時代にこの地の地頭として赴任し、その後戦国大名となり、明治維新まで支配した土地です。
    江戸時代に5万1千石の飫肥藩の城下町として繁栄した情緒あるまちなみを残しており、九州の小京都と呼ばれています。

  • 観光駐車場にレンタカーを駐車し、飫肥の6つの見どころに入場できる町あるき券(600円)を購入。まずは駐車場近くにある小村記念館に入りました。

    観光駐車場にレンタカーを駐車し、飫肥の6つの見どころに入場できる町あるき券(600円)を購入。まずは駐車場近くにある小村記念館に入りました。

  • 小村記念館は、飫肥藩出身で、日露戦争の講和条約であるポーツマス条約を締結した外務大臣小村寿太郎の遺徳を顕彰して建てられた施設です。内部には講和条約締結時の様子を再現したパネルコーナーもあります。<br />

    小村記念館は、飫肥藩出身で、日露戦争の講和条約であるポーツマス条約を締結した外務大臣小村寿太郎の遺徳を顕彰して建てられた施設です。内部には講和条約締結時の様子を再現したパネルコーナーもあります。

  • 続いて入場したのが、小村記念館の向かいにある豫章館。<br />飫肥藩主で知藩事となった伊東氏が明治維新後に居住する屋敷として建てたものです。主屋の南側には、南国風のたたずまいを見せる枯山水庭園が広がっています。

    続いて入場したのが、小村記念館の向かいにある豫章館。
    飫肥藩主で知藩事となった伊東氏が明治維新後に居住する屋敷として建てたものです。主屋の南側には、南国風のたたずまいを見せる枯山水庭園が広がっています。

  • 邸宅の西側にある離れ。豫章館は飫肥城大手門直下の少し高い位置に立っているので、眺めが良い場所にあります。

    邸宅の西側にある離れ。豫章館は飫肥城大手門直下の少し高い位置に立っているので、眺めが良い場所にあります。

  • 主屋の北側の小さな庭園には、鯉が泳ぐ池があります。

    主屋の北側の小さな庭園には、鯉が泳ぐ池があります。

  • 飫肥城の大手門です。明治維新後に城内の建物は破却されましたが、その後観光資源として市民から寄附を募り、復元されたものです。樹齢100年の地元特産の飫肥杉を使って復元された重厚な櫓門です。<br />

    飫肥城の大手門です。明治維新後に城内の建物は破却されましたが、その後観光資源として市民から寄附を募り、復元されたものです。樹齢100年の地元特産の飫肥杉を使って復元された重厚な櫓門です。

  • 大手門をくぐり城内に入っていくと、土塀も復元されています。<br />飫肥城は、飫肥のまちを湾曲して流れる酒谷川を天然の外堀のように用いて城郭が造られてた平山城です。

    大手門をくぐり城内に入っていくと、土塀も復元されています。
    飫肥城は、飫肥のまちを湾曲して流れる酒谷川を天然の外堀のように用いて城郭が造られてた平山城です。

  • 城跡の階段を昇っていくと、本丸下の西側にあたる場所に松尾の丸があります。松尾の丸も復元された建物で、江戸時代の藩主の御殿を再現したものです。

    城跡の階段を昇っていくと、本丸下の西側にあたる場所に松尾の丸があります。松尾の丸も復元された建物で、江戸時代の藩主の御殿を再現したものです。

  • 松尾の丸は、町あるき券で内部を見学をすることができます。多くの部屋がありますが、ここは藩主が政務をおこなった御座の間です。

    松尾の丸は、町あるき券で内部を見学をすることができます。多くの部屋がありますが、ここは藩主が政務をおこなった御座の間です。

  • 飫肥は戦国時代に伊東氏と九州の雄・島津氏との激しい争いの場となったところ。後の支配者となる伊東氏は島津氏に一時敗れ、日向を追われましたが、豊臣秀吉の九州征伐に従い、戦功によって旧領の飫肥を回復し、大名となりました。<br />武家屋敷や商家を残す城下町のまちなみは、行政が観光資源として積極的に活用していくこととし、こうした動きを受け、九州ではじめての重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けました。

    飫肥は戦国時代に伊東氏と九州の雄・島津氏との激しい争いの場となったところ。後の支配者となる伊東氏は島津氏に一時敗れ、日向を追われましたが、豊臣秀吉の九州征伐に従い、戦功によって旧領の飫肥を回復し、大名となりました。
    武家屋敷や商家を残す城下町のまちなみは、行政が観光資源として積極的に活用していくこととし、こうした動きを受け、九州ではじめての重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けました。

  • 飫肥藩は、山間の領地で耕地が少なかったことから、造船用の材木として適している飫肥杉を特産品として植林、搬出し、外貨の獲得を行っていました。飫肥城下の武家屋敷通りには、藩政時代の面影を残す石塀の武家屋敷が残っています。

    飫肥藩は、山間の領地で耕地が少なかったことから、造船用の材木として適している飫肥杉を特産品として植林、搬出し、外貨の獲得を行っていました。飫肥城下の武家屋敷通りには、藩政時代の面影を残す石塀の武家屋敷が残っています。

  • 通称武家屋敷通りは、もともと横馬場通りと呼ばれていたようで、電柱も撤去され、まちなみ景観の保全が図られています。地理的に近い位置にあるためか、島津藩の外城、麓集落と同じような景観です。

    通称武家屋敷通りは、もともと横馬場通りと呼ばれていたようで、電柱も撤去され、まちなみ景観の保全が図られています。地理的に近い位置にあるためか、島津藩の外城、麓集落と同じような景観です。

  • 武家屋敷通り沿いには小村寿太郎の生家も復元されています。<br />飫肥に訪れたのは2回目なのですが、以前(10年ほど前)に来た時よりも、ずいぶん修景が進んでいるように感じました。

    武家屋敷通り沿いには小村寿太郎の生家も復元されています。
    飫肥に訪れたのは2回目なのですが、以前(10年ほど前)に来た時よりも、ずいぶん修景が進んでいるように感じました。

  • 立派な門構えの高級武士の邸宅・斎藤家が建っています。<br />また、近くには豪商の邸宅を利用した郷土料理の食事処もあります。以前来た時に食事をしましたが、味はごくごく普通だったと記憶しています。

    立派な門構えの高級武士の邸宅・斎藤家が建っています。
    また、近くには豪商の邸宅を利用した郷土料理の食事処もあります。以前来た時に食事をしましたが、味はごくごく普通だったと記憶しています。

  • 飫肥城から見て横馬場の一番奥の角にあたるところに旧伊東伝左衛門家屋敷跡があります。藩主の血筋を引く上級武士の邸宅で、19世紀のはじめに建築されたものです。<br /><br />

    飫肥城から見て横馬場の一番奥の角にあたるところに旧伊東伝左衛門家屋敷跡があります。藩主の血筋を引く上級武士の邸宅で、19世紀のはじめに建築されたものです。

  • 旧伊東伝左衛門家は無料公開されており、小さいながら南国をイメージする植物が植えられた枯山水の庭園もあります。

    旧伊東伝左衛門家は無料公開されており、小さいながら南国をイメージする植物が植えられた枯山水の庭園もあります。

  • 横馬場から北にあがっていくと、飫肥藩の学問所であった藩校・振徳堂が残っています。江戸時代の終わりに藩主によって設立されたもので、小村寿太郎もここで学問を修めました。

    横馬場から北にあがっていくと、飫肥藩の学問所であった藩校・振徳堂が残っています。江戸時代の終わりに藩主によって設立されたもので、小村寿太郎もここで学問を修めました。

  • 長屋門を入ると、広い敷地内には学問所の主屋が建っています。

    長屋門を入ると、広い敷地内には学問所の主屋が建っています。

  • 武家屋敷通りから南下してきた県道の角には地区の公民館があります。洋風の木造建物は大正時代に建築されたもので、もともとは鹿児島銀行の飫肥支店として使われていた建物だそうです。

    武家屋敷通りから南下してきた県道の角には地区の公民館があります。洋風の木造建物は大正時代に建築されたもので、もともとは鹿児島銀行の飫肥支店として使われていた建物だそうです。

  • さらに下っていくと、大正時代末期に建てられた洋館・旧飯田病院があります。木造2階建てで、現在は空き家で、特に活用されている様子はないようですが、建物の前面にうろこ状の天然スレートが張られた装飾があり、宮崎県内でも珍しいものだそうです。

    さらに下っていくと、大正時代末期に建てられた洋館・旧飯田病院があります。木造2階建てで、現在は空き家で、特に活用されている様子はないようですが、建物の前面にうろこ状の天然スレートが張られた装飾があり、宮崎県内でも珍しいものだそうです。

  • 城からかなり下った後町通りを歩いて行くと、鯉が泳ぐ水路があります。

    城からかなり下った後町通りを歩いて行くと、鯉が泳ぐ水路があります。

  • 飫肥の伝建地区はかなり広い範囲なので、ゆっくり見て回ると半日近くはかかると思います。ここは登っていくと、飫肥城の大手門に通じる大手門通りの風景です。

    飫肥の伝建地区はかなり広い範囲なので、ゆっくり見て回ると半日近くはかかると思います。ここは登っていくと、飫肥城の大手門に通じる大手門通りの風景です。

  • 大手門通りにある小鹿倉家は、飫肥藩の藩医を務めた家で、高い石垣をめぐらしてある豪壮な武家屋敷の形式です。飫肥藩士の邸宅を知る上で貴重なものであるといわれています。

    大手門通りにある小鹿倉家は、飫肥藩の藩医を務めた家で、高い石垣をめぐらしてある豪壮な武家屋敷の形式です。飫肥藩士の邸宅を知る上で貴重なものであるといわれています。

  • 小鹿倉家の向かい側には、明治時代末期に建てられた商人屋敷の旧山本猪平家があります。ここは町あるき券で入ることができる施設で、建築当時の様子がほぼそのまま残っています。

    小鹿倉家の向かい側には、明治時代末期に建てられた商人屋敷の旧山本猪平家があります。ここは町あるき券で入ることができる施設で、建築当時の様子がほぼそのまま残っています。

  • 屋敷の中には雛人形が飾られています。

    屋敷の中には雛人形が飾られています。

  • 屋敷の中から前庭に植えてある紅く染まった木の葉が見えます。

    屋敷の中から前庭に植えてある紅く染まった木の葉が見えます。

  • 大手町通りから国道となっている本町商人通りに出てきました。<br />ここにはかつて飫肥の歴史を伝える古い町屋のまちなみがありましたが、通りが国道に指定され、昭和50年代の道路拡幅により撤去されてしまいました。整備後もかつてのまちなみを思い起こさせる整備がされていますが、建物は新しい感じなので、歴史的情緒はほとんど感じられません。<br />元々国道はバイパスで迂回する計画でしたが、商業の衰退を心配する地元の反対により、本町通を拡幅することになったそうです。<br /><br />

    大手町通りから国道となっている本町商人通りに出てきました。
    ここにはかつて飫肥の歴史を伝える古い町屋のまちなみがありましたが、通りが国道に指定され、昭和50年代の道路拡幅により撤去されてしまいました。整備後もかつてのまちなみを思い起こさせる整備がされていますが、建物は新しい感じなので、歴史的情緒はほとんど感じられません。
    元々国道はバイパスで迂回する計画でしたが、商業の衰退を心配する地元の反対により、本町通を拡幅することになったそうです。

  • そんな本町通りで唯一といっていい町屋は移築復元されている商家資料館です。江戸時代の明和年間に飫肥杉の山林地主が建てたものです。

    そんな本町通りで唯一といっていい町屋は移築復元されている商家資料館です。江戸時代の明和年間に飫肥杉の山林地主が建てたものです。

  • 木造2階建ての漆喰白壁の土蔵造りとなっており、畳の間にあがって内部を見学することができます。

    木造2階建ての漆喰白壁の土蔵造りとなっており、畳の間にあがって内部を見学することができます。

  • 商家資料館の1階には飫肥城大手門のオブジェも置かれています。

    商家資料館の1階には飫肥城大手門のオブジェも置かれています。

  • 樹齢200年以上の地元特産の飫肥杉を使って建てた豪華な建物です。<br />もう少しゆっくり飫肥のまちを見てみたかったのですが、2時間ばかりの滞在で、飫肥を後にしました。

    樹齢200年以上の地元特産の飫肥杉を使って建てた豪華な建物です。
    もう少しゆっくり飫肥のまちを見てみたかったのですが、2時間ばかりの滞在で、飫肥を後にしました。

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この旅行記へのコメント (9)

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  • やさしい寅さん 2011/03/27 21:46:18
    はじめまして!
    ころっつさん 初めまして! やさしい寅です
    ブログ訪問ありがとうございます

    宮崎・飫肥のブログを拝見しました
    城下町の雰囲気が漂う写真ですね

    私も昨年飫肥を訪問しましたが、高速道路で事故が発生し2時間ほど時間を取られ飫肥城址を廻るだけでした

    これからは、ブログを時々訪問させていただきます

    ころっつ

    ころっつさん からの返信 2011/03/29 23:11:58
    RE: はじめまして!
    やさしい寅さん、こんばんは。
    旅記へのご訪問&書き込みをいただきありがとうございます。

    飫肥は数年前にも一度行ったのですが、今回は港町の油津とともに、ゆっくり歩いてみようと思い、訪問しました。
    半日でも時間が足りない魅力深い街だと思いました。

    せっかくの訪問でしたのに事故で時間がとられて残念でしたね。
    飫肥では古くから町並み保存による観光客誘致に取り組まれていたようなので、多くの訪問ポイントがあるまちでしたよ。機会があればぜひ再訪してみてください。

    こちらこそ、よろしくお願いします!
  • morino296さん 2011/02/12 10:25:09
    ゆっくり訪ねてみたい
    ころっつさん

    続けてお邪魔します。

    飫肥、良い街並みですね。
    流石に、小京都と言われるだけありますね。

    歴史のある飫肥、ゆっくり訪ねてみたくなりました。

    morino296

    ころっつ

    ころっつさん からの返信 2011/02/12 22:06:44
    RE: ゆっくり訪ねてみたい
    morino296さん、いつもご訪問ありがとうございます。
    「運玉」の項とまとめて返事書かせていただきますね。

    宮崎には2度目の旅になるのですが、私も前回は台風が接近していたときで、激しく揺れながら宮崎空港に到着した後、ほぼ到着便は欠航となるようなときでした。
    青島や鵜戸神宮も凄い風で、とりあえず行っただけ…というだけでした。でも今回はダメでしたが運玉は、その時には見事2個、亀石に入れることができましたよ。そして確かに言われるように、運玉のリサイクル商法は感心です。

    台風が襲来する夏よりも、冬の気候が安定した時期に南九州は旅するのがいいかもしれませんね。
  • 横浜臨海公園さん 2011/02/06 23:09:38
    飫肥
    ころっつさま、こんばんは。


    飫肥の旅行記を拝見させて頂きました。

    小生が初めて飫肥の町を訪問したのは今から36年前の昭和50年(1975年)5月の高校の修学旅行でした。
    この年の3月に新幹線が岡山から博多まで開通したばかりでしたが、当時は新横浜に ひかり号が停車せず、最速列車で東京から博多まで6時間もかかる状態でした。
    さて、飫肥ですが、小生、日露戦争当時の外務大臣 小村寿太郎に興味があり、少ない時間を気にしつつ飫肥の町を歩きながら、ポーツマス条約締結でロシア代表ウィッテ相手に交渉の苦労などに思いをはせたものでした。
    大学に入学後、初めての舞台鑑賞で「ポーツマスの旗」で先般亡くなられた小林圭樹氏が演ずる小村寿太郎と山本権兵衛海軍大臣を演じた竜崎勝氏の真に迫る演技に涙したものでした。
    あれから時代は経てしまいましたが、あの飫肥の街中の止まった様な雰囲気は今でも変わらない所が好ましいです。



    横浜臨海公園

    ころっつ

    ころっつさん からの返信 2011/02/07 23:40:53
    RE: 飫肥
    横浜臨海公園さま、こんばんは。ご訪問、そして書き込みをいただき、ありがとうございます。

    修学旅行で、飫肥を訪れられたのですか?
    その頃の修学旅行は、なかなか味のある場所を選んで行かれるのですね。
    そういえば、新幹線はのぞみが登場してから、格段に早く、そして味気なくなった気がしますね。

    小村寿太郎は確かポーツマス条約を締結した後、賠償金がとれない条約を結んだとして帰国後、国賊扱いされたようですね。でも飫肥ではふるさと出身の偉大な外交官、外務大臣として非常に尊敬されている人物のようでした。

    飫肥は城下町のまちなみを観光資源として生かす取り組みに早くから着手しれ、日南市も文化財都市宣言をするなど行政が先進的な政策を展開したようです。でもそんな古くからの取組が落ち着いてきた今の姿、今風の洗練された観光地でない雰囲気を持っているところが気に入りました。

    横浜臨海公園

    横浜臨海公園さん からの返信 2011/02/08 04:06:03
    拝復
    ころっつさま、こんばんは。


    早速メッセージを賜りまして誠に有難うございました。

    > 小村寿太郎は確かポーツマス条約を締結した後、賠償金がとれない条約を結んだとして帰国後、国賊扱いされたようですね。
    →仰せの通り、小村が不在中の自宅に壮士がやってきて糞尿を撒いたり、帰国直後に集団が暴徒化して日比谷騒擾と呼ばれた事態に発展し、治安維持の為に戒厳令が初めて発令されます。
    横浜から列車で新橋に到着後、列車から衰弱し切った小村を陸海軍大臣が両脇を抱え出て来て馬車まで石が飛び刃物を持った者が飛び出して暗殺されてもおかしくない有様で、当時の政治家は何かあれば一蓮托生とばかり生命の危機すら跳ね返すだけの気概を持ってました。
    その時の舞台で山本海軍大臣を演じていたのが宇崎勝氏でフジテレビアナウンサーだった高島彩さんの父親です。
    彼女を見ると父そっくりの顔をしているので、昔舞台を観た時の事が思い出されます。

    > 飫肥は城下町のまちなみを観光資源として生かす取り組みに早くから着手しれ、日南市も文化財都市宣言をするなど行政が先進的な政策を展開したようです。でもそんな古くからの取組が落ち着いてきた今の姿、今風の洗練された観光地でない雰囲気を持っているところが気に入りました。
    →本当に飫肥は観光化されていない静かな佇まいが好印象です。



    横浜臨海公園
  • ぺでぃまるさん 2011/02/05 19:30:03
    油津と飫肥
    ころっつさん、こんばんは。その3におじゃましてます。

    日南市を形成している油津と飫肥。前者は港町、後者は城下町ではありますが、飫肥杉繋がりもあり両者発展していったんでしょうね。
    昔むか〜し、両者が合併して、然るべき地名がなかったし、両者とも譲りたくなかったんで、日向の南ということで日南市になったんですよね。
    なんかそんな地理の授業で習った記憶がおぼろげながらあります。
    日南海岸は日南市でなかったのは、数年前知りましたが…

    日向の伊東氏で信長の野望ですぐ島津氏に滅ぼされたなあと思い出した私(^m^)
    知らなかったらすいません。

     ぺでぃまる

    ころっつ

    ころっつさん からの返信 2011/02/06 00:52:43
    RE: 油津と飫肥
    ぺでぃまるさん、こんばんは。ご訪問ありがとうございます!

    ご指摘のとおり、日南市は港町として繁栄した油津と城下町として発展した飫肥のふたつのまちを核としてしています。
    もともと観光地としては、飫肥が有名だったのですが、油津でもまちなみを活用した地元によるまちづくりが進んでいると知ったので、今回セットで訪れてみました。
    日南市の名称も、油津と飫肥が互いに市の名前にと譲らず、最終的に落ち着いた名称ですね。平成の大合併でも自治体の名称で結構もめていたので、自治体の体を表す名称っていうのは、非常に大事なんですね

    信長の野望はゲームですよね?
    したことはありませんが、そうしたアイテムを通じて歴史や地理を知っていくのも旅先の知識となり、役立ちますよね。桃太郎電鉄とか…もそうしたソフトかな…?

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