2009/09/28 - 2009/09/28
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frau.himmelさん
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無我夢中で始めたこの4トラベルの旅日記も、いつの間にかこの回で10冊目に入りました。
こんな私の駄文でも読んでくださる方がいらっしゃるのだと思うと身が引き締まる思いです。
それにしても文章を書くのって難しいですね。
他の方の旅行記を拝見させていただいていると、どうして私にはこんなに軽妙洒脱な文章が書けないのだろうって劣等感に苛まれます。
少し文章を書く環境から遠ざかっていたってことはありますが、私自身に文才がないのですから仕方がありませんね。
でもこの旅日記を書こうと思ったキッカケ「老化防止」という観点にたって、これからも楽しみながら投稿していきたいと思っています。
さて、今日の夕刻はいよいよドイツに入ります。
ドイツまでの車中滞在時間は6時間強、でも私は車窓から眺める風景が大好きですから少しも苦になりません。
詳しい地図と時刻表を携えて車中からの写真をとりまくっています。
しかも今回はオーストリアの風光明媚なチロルの風景、とても楽しみです。
インスブルックも少し観光いたします。
◇◆◇◆
ところで運賃ですが、私達にはフォアタイルスカードとMinimaxカードの組み合わせという凄い切り札があります。
今回のグラーツからドイツ国境までの一人当たり運賃は20.5ユーロでした。
実際の金額はは53ユーロか54ユーロというところでしょう。
7割引とまではいかなくても6割はゆうに割引になっています。
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
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親切なガストホーフのオーナー夫妻に別れを告げ、タクシーでグラーツ駅に来ました。
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7:38分ザルツブルク行きに乗り、途中10:48分ビショフスホーフェンで乗り換えてインスブルックまで行きます。
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このLeoben駅で少し停車時間があります。
隣のホームからイタリアのベネツィア行きが先に発車します。
ヨーロッパでは普通に外国行きの列車が、しかもこのようなさほど大きな駅ではない場所から出発するというのが驚きです。
日本のような島国に住んでいると考えられないことです。 -
こんなステキな町も通ります。
あと20分もしたらビショッフスホーフェンですからザルツカンマーグートの外れのほうかもしれません。 -
10:48分、定刻にビショッフスホーフェンで乗り換えて私達はインスブルックの方向に走っています。
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オーストリアチロルの風景の中を列車は通過していきます。
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こういうのどかな牧場も…。
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突然視界に立派なお城かホテル?が現れました。
何と言うところなのかネットで調べましたが解かりませんでした。 -
ツェル・アム・ゼー。
ザルツブルクとインスブルックの中間に位置するこの町はツェル湖に接するリゾート地、だそうです。 -
これがツェル湖。
こんなところでホントにのんびりしたいですね。 -
ザールフェルデン駅。
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この近くにグロースグロックナーがあるはずなんですけど…、地図を見て判断していますが…。
この辺りがオーストリアアルプスの中心でしょうね。 -
列車の中はガラガラでした。
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車窓から。
学校帰りの子供達でしょうか。
あのグリーンのシャツの子なんだかとてもポーズが決まっています。 -
キッツビュール駅。
スキー場として有名な町でかの有名なトニーザイラーの出身地だそうです。 -
この女の子も可愛い。
こっちの子供達はみんな色気があります。 -
なにげない田舎町の駅前風景です。
この先はどうなっているのだろう、などと思いを馳せながら知らない土地を眺めているのも好きです。 -
またまたチロルの風景がつづきます。
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Woergl Hbf。
ここから北に少し行くとドイツ国境です。
国境をこえるとローゼンハイムがあり、その先に今回私達が6日間滞在する町プリーンがあります。
プリーンには明日到着です。 -
突然ノスタルジックなSLが出現しました。
SLファンが写真を撮っています。
世界各国どこのSLファンもみな同じですね。 -
イエンバッハという駅です。
ここからアッヘンゼーまでの7キロの距離をこの蒸気機関車でアッヘンゼーバーンが走っているそうです。 -
列車はインスブルックに到着しました。
私達は荷物を駅のコインロッカーに預け、タクシーで旧市街まで来ました。
黄金の小屋根です。 -
マクシミリアム1世がチロル公国を継承した後、この建物を完成させ、バルコニーから祭りなどを見学した。
2657枚の金の瓦が使用され、当時のチロルの富と繁栄の象徴となった。 -
説明プレート。
↑のようなことが書いてあるのではと…。 -
黄金の小屋根の周りにはカラフルな建物が並んでいます。それぞれに歴史がある建物なのでしょうね。
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ワインハウス・ハップ。
とても印象に残る色使いの壁絵です。
ここはホテル&レストランです。 -
黄金の小屋根の斜め向かい角にあるヘルブリンクハウス。
ロココ様式の飾り漆喰が施されている、豪華で目が覚めるような建物です。 -
黄金の小屋根から振返って通りのほうを見ます。
この辺りが一番賑やかで、いろんなお店やカフェがあります。 -
ホテル・ゴールデナーアドラー。
この壁絵も素晴らしいです。
だまし絵風の窓枠とテラスの模様が…。 -
ヘルツォーク・フリードリッヒ・シュトラーセの案内板。
この辺りがインスブルックの銀座通り。
奥のほうに見える青い丸屋根は王宮です。 -
ほら、こんなに大勢の人・人・人の波。
今日は日曜日ではなく月曜日なのに…。
インスブルックは人気の観光地です。 -
市の塔。
市庁舎に併設して作られた塔で、この展望台に登ると周囲を山々に囲まれたインスブルックの素晴らしいパノラマが楽しめるそうです。
でも148段の階段を登らなきゃいけないので膝に自信のない私はパス。 -
王宮です。
1460年ジークムント大公によって建てられたが、その後マリアテレジアによってバロック様式に改築された。 -
このピンクの鮮やかな塔はシュピタール教会の塔です。
-
そろそろ駅の方に向かいます。
この通りはマリアテレジア通りです。
遠くにはオーストリアアルプスが見えます。 -
黄金の小屋根の方をもう一度振返りました。
2つの塔は奥が市の塔、手前がシュピタール教会の塔です。 -
アンナ記念柱。
バイエルン軍を撃退した記念として建てられた碑だそうです。 -
残念ながらここも工事中で機材などが雑多においてあり写真撮影はウーン…です。
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マリアテレジア通りにも素晴らしい建物がたくさんあります。
この壁の彩色もきれいです。 -
この建物も素晴らしい!と思って調べました。
やはりね、旧州庁舎でした。 -
インスブルックの街中を走る路面電車。
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凱旋門。
マリアテレジアが息子レオポルト2世の婚礼のために建てさせた。
だが祝典の最中に夫のフランツ1世がなくなったため、南側は「生と幸福」、北側は「死と悲しみ」のモチーフが描かれているそうだ。 -
こちらは北側ですから「死と悲しみ」。
だからマリアテレジアと、左側にはフランツ1世のモチーフでした。 -
意外に観光が早く終わって予定より1時間早い電車に飛び乗りました。
これが失敗のモト、それで大変な思いをします。 -
ゼーフェルト・イン・チロル。
ここも感じのよさそうな町ですね。 -
ドイツアルプスの壮大な山とチロルののどかな風景、ステキだなー。
この辺りまでのんびりと構えていました。 -
ところがこの電車はオーストリア国境の駅Scharnitzまでしか行かない電車でした。
ここで私達は降ろされました。 -
1時間待たないとミッテンヴァルト行きの電車は来ないそうです(泣)。
私達が乗ってきたこの電車はこれからインスブルックに引き返すんですって。
結局最初の予定通りになってしまったのね。 -
小さな町で周りは何もありません。
観光するところもないし、駅の中にあったこのカフェでコーヒーとケーキで待つことになりました。
ドイツ国境まであと5キロです。
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この旅行記へのコメント (4)
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- 哈桑湖さん 2011/01/30 21:42:33
- 一番美しい街は、インスブルックかも知れませんね。
- ご返信有難うございます。ウクライナの首都キエフは、とても美しい街と聞いていました。実際、自分の目で見て美しいと思いました。次に、西ウクライナ中心の町リヴォフに行ったら、あまりの美しさに、キエフの印象が、吹っ飛びました。西ウクライナは、ハプスブルク家の支配だったので、町はオーストリアとよく似ています。第二次大戦終了まで、リヴォフの町は、ポーランド人が多く住む町でした。
西ウクライナは、支配層がポーランド人で、ウクライナ人は、大半が農奴でした。ポーランド貴族は、ユダヤ人に自分の荘園を管理させていました。それゆえ、西ウクライナでは、反ユダヤ感情が強かったのです。
1939年9月にドイツとソ連が、ポーランドに攻め込み、西ウクライナは、ソ連領になります。ソ連の秘密警察(ゲーペーウー)は、西ウクライナの民族主義者を、片っ端から捕らえ殺害しました。私の写真にある、カミャネツ・ポデリスキー城が、監獄として使われ、ここでゲーペーウーに殺害されました。
1941年にドイツ軍は、西ウクライナにやって来ます。監獄や古いお城から、ゲーペーウーによって殺害されたウクライナ人の死体が、運び出されます。西ウクライナの中には、ナチスに協力する者も、沢山でてきます。
ゲーペーウーのウクライナ人狩りに、ユダヤ人が協力したと信じられ、ウクライナ人たちは、ナチスのユダヤ人狩りに協力します。
西ウクライナでは、ポーランド人に長い間、虐げられてきたので、ポーランド人に対しても、反感を持っていました。
1944年、ワルシャワ反乱が発生したのですが、ナチスのヒムラーは、西ウクライナ人の反ポーランド感情を利用しようとして、ナチスに協力するウクライナ人を、送りこみました。ウクライナの兵隊たちは、ワルシャワ市民に対して、暴虐の限りを尽くし、反乱はますます激烈を極めました。「鷲の指輪」というポーランド映画では、ポーランドの女性を、かっさらっていくウクライナ兵が、描かれています。
第二次大戦終了後、ポーランドは独立しますが、国境が西へ移動します。西ウクライナはソ連領となり、ドイツから取上げた地域が、ポーランド領となります。
このときに、ソ連とポーランドの共産党政府との間で、民族の交換が決められます。西ウクライナに住むポーランド人は、新生ポーランド領へ移動させられます。一方、ポーランドに住むウクライナ人は、ソ連領に戻されることになります。ポーランドに住むウクライナ人たちは、スターリン支配下のソ連行きに抵抗します。
このとき、ポーランドの官憲に対して、ウクライナ人たちは、テロでのぞみ、多くの流血をみました。
ポーランドの共産党政府は、ソ連へ強制移住できなかったウクライナ人を、ウクライナから離れた、ドイツから奪った東部地域に移住させました。
西ウクライナは、ただの一度も、帝政ロシアに組み込まれなかったのに、ソ連領となりました。
こういった歴史的背景から、西ウクライナでは、今でも反ポーランド、反ロシア感情が強いです。
ただ、オレンジ革命で、反ロシアのユーシチェンコが大統領になって、ポーランドとの和解に取り組もうとして、サッカーのヨーロッパ大会のウクライナ・ポーランドの共催が、決められました。
ところで、現在ロシアには、もう言論の自由は、ありません。テロを警戒して入国手続きに時間がかかります。町のは、警官がところどころに立っています。日本人は、危険とは思われませんが、悪徳警官に呼び止められ、賄賂を要求されます。
ウクライナ入国は、日本人は、ビザがいりません。入国の審査も早いです。町には、警官も少ないです。大統領の悪口も言えます。言論の自由もあり、テロも戦争もないというのは、こんなに素晴らしいことかと思いました。
実際、ロシアからウクライナに行かれた方は、口をそろえて、明るい気分になるといいます。
キエフのガイドさんは、チェチェン戦争について「ロシアは間違っています。勿論、ロシア人も気づいてはいます。でもロシアには、言論の自由がないのです」と、ばっさりでした。
ウクライナの伸び伸びとした空気に触れると、ロシアから遠のいてしまいます。
なお、日本人とウクライナ人のお互いバツ1の熟年同士のお見合いが盛んです。キエフでもリヴォフでも、少し恥じらいだ感じで、デートしている日本人男性とウクライナ女性を、目にしました。ウクライナより、日本の方が、一人当たりの国民総所得は、ずっと上(日本の半分が韓国。韓国の半分がポーランド。ポーランドの7分の1がウクライナ)ですが、ウクライナ女性は、高嶺の花で、私には、無理です。
ガイドさんから、「お見合いのツアーを企画もしています。ただ結婚を前提とした、真面目なお付き合いですよ」と、クギを刺されました。
このインスブルックの写真を見て、リヴォフより美しいのではと、思いました。
なぜなら、背景がアルプス山脈だからです。素晴らしいお写真ですね。町はリヴォフと似ています。両方とも、ハプスブルク帝国だったからでしょう。
あと、ブレンナー峠(ドイツ側の呼び方)を、超えると南チロルですが、ここは第一次世界大戦終了前までは、オーストリア領でした。イタリアが、ドイツとの同盟を裏切り、連合国側にたったため、この地はイタリア領になりました。
- frau.himmelさん からの返信 2011/02/02 15:38:53
- RE: 一番美しい街は、インスブルックかも知れませんね。
- 浦潮斯徳さま またまた興味深いお話ありがとうございます。
返信が遅くなり申し訳ありません。
浦潮斯徳さまが時間をかけて、私のためにコメント下さったもの、私なりに勉強してお返事しないと申し訳ないと思い少し調べておりました。
結局難しすぎて、あんまり理解できなかった…(スミマセン・汗)
ウクライナの首都はキエフでしたね。前回間違っておりました。
リヴォフは西ウクライナなんですか。
ロシア、ポーランド、ドイツそれにオーストリア・ハプスブルク家といろいろ入り組んでいて本当に分かりにくい相関図ですが、それだけウクライナの人々は歴史に翻弄され続けてきたのですね。
にも関わらず、とても美しい街なのだとか…、いつか行ってみたいです。
それにしても、日本人男性とウクライナ女性とのお見合いのお話、とても面白かったです。
日本とウクライナの国民総所得がそんなに差があると、日本人の男性はさぞやモテモテなのでは…。
それで、お見合いが成立すると、日本に連れて帰るのですか?
インスブルックは、ハプスブルクの影響が強く残るきれいな街です。
残念ながら、少しの時間しか滞在しませんでしたので、博物館などには行かなかったんですが、次回はもう少し歴史など勉強して来ようと思います。
-
- パンジーさん 2010/03/19 22:17:54
- 旅行記の続きを楽しみにしています♪
- frau.himmelさん、はじめまして。
ご訪問ありがとうございました。
旅行記を一気に読ませていただきました。
文章がお上手ですね〜
ぐいぐい引き込まれてしまいました。
オーストリアの列車の中で日本の知人に声をかけられるなんて!そんな嬉しい偶然ってあるのですね。
デュルンスタインのクロスターケラー、私も行きました。
ブドウ畑が目の前で素敵なところでしたね。
ぶらぶら歩いていて偶然見つけたお店で、あまり素敵なので入ったのですが
ガイドさんも推奨のお店だったなんて嬉しいです。
himmmelさんの旅行は一ヶ月も続くのですね!
うらやましい〜
この後まだまだ旅行記が続くと思うと嬉しいです。
とても楽しみにしています。
パンジー
- frau.himmelさん からの返信 2010/03/20 16:48:27
- RE: 旅行記の続きを楽しみにしています♪
- パンジーさん はじめまして!
コメント第1号有難うございます。
そうなんです、突然電車の中で声をかけられて、夫の方が状況が把握できずぼーっとしておりました。
この方もお飲みになる方で同好の士が増えたと喜んでおりました。
クロスターケラー、ホントにステキなところでしたね。
BSで紹介していた「アルテス・プレスハウス」とどちらにしようかと悩んだのですが、こちらで正解でした。
すごく安かったし…(笑)
これからドイツに入ります。まだまだ長丁場ですので最後まで続きますかどうか…。
でも頑張りますので良かったら読んでくださいね。
私もパンジーさんの旅日記を、そうだそうだ!ってうなずきながら読んでいます。 frau.hinmmel
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