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のださんのクチコミ(85ページ)全2,489件

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  • 「長州第一の俊才」 by 吉田松陰

    投稿日 2013年06月14日

    久坂玄瑞誕生地

    総合評価:3.5

    萩循環まぁーるバス 西回りコース(晋作くん)でも、「久坂玄端誕生地前」というバス停があるほどです。
    バスはよくこんなところを走るな、って感じの狭い道路です。

    高杉晋作と共に松下村塾の双璧と称されました。
    松陰は自分の妹・文を嫁がせるほど、久坂玄端には期待していたようですね。

    旅行時期
    2012年05月

  • 時代を見通す卓見の持ち主

    投稿日 2013年06月14日

    村田清風別宅跡

    総合評価:3.5

    村田清風は、天保の改革でその手腕を発揮し、藩政改革を行い、明治維新に長州藩が活躍する財政的基盤を築いた人物です。
    藩政にたずさわった約25年間を、この地で過ごしたと言われています。
    現在は長屋門だけが残り、母屋跡に顕彰碑が建っています。

    旅行時期
    2012年05月

  • 当時の武家屋敷や暮らしぶりが伝わってくる造り

    投稿日 2013年06月14日

    坪井九右衛門旧宅

    総合評価:3.5

    村田清風や周布政之助等の「正義派」に対して、坪井九右衛門は「俗論派」と呼ばれます。
    天保の改革で活躍するも、俗論派のリーダーとして反対派に捕らえられ、野山獄で非業の死を遂げた人物です。

    藩政時代の地割を色濃く残す平安古の中でも、特に当時の様子を現在まで伝えています。

    旅行時期
    2012年05月

  • 「かんきつ公園」が隣接

    投稿日 2013年06月14日

    田中義一別邸

    総合評価:3.5

    明治期には、夏みかん栽培を奨励した小幡高政がここに居住し、建物の主要骨格が形成されました。
    大正期には田中義一の所有となり、母屋などの増改築が行われて現在の建物となりました。
    邸内には肖像画をはじめ大将服など、義一ゆかりの物が展示され一般公開されています。

    旅行時期
    2012年05月

  • 道を鍵の手に曲げた城下町特有の街路

    投稿日 2013年06月14日

    平安古の鍵曲

    総合評価:3.5

    鍵曲(かいまがり)とは、城下に進入した敵を迷わせ、追い詰めるための工夫の一つとして、左右を高い土塀で囲み、道を鍵の手に曲げて迷路のようにした鍵手形道路です。
    この地区の鍵曲は、かんきつ公園に隣接しており、土塀から夏みかんがのぞく萩ならではの美しい風景を楽しむことができます。

    旅行時期
    2012年05月

  • 明治政府の中心人物

    投稿日 2013年06月14日

    山縣有朋誕生地

    総合評価:3.5

    誕生地には現在、「元帥公爵山縣有朋誕生地」と刻まれた石碑が建てられています。
    この辺はごちゃごちゃしていて、車で回るのは観光客には大変でしょうね。
    私は自転車で回りました。

    吉田松陰の松下村塾に学び、高杉晋作率いる奇兵隊に入隊。
    長州藩の中心人物の一人として活躍し、維新後は明治政府の軍備面に精力を注ぎました。

    旅行時期
    2012年05月

  • 3回も内閣総理大臣を務めた

    投稿日 2013年06月14日

    桂太郎旧宅

    総合評価:3.5

    藍場川に沿って建っている桂太郎旧宅。
    桂太郎は萩城下平安古に生まれ、3歳の時に川島に移り住みました。
    藩校である明倫館で勉強し、戊辰戦争では奥羽地方鎮撫総督の参謀となりました。

    この旧宅は、1909(明治42)年に新築したもので、主屋は派手さを抑え、規模も比較的小さなもので、藍場川沿いの生活を穏やかに楽しむために造られています。

    旅行時期
    2012年05月

  • 藍場川の流れを利用した家造り

    投稿日 2013年06月14日

    旧湯川家屋敷

    総合評価:3.5

    藍場川沿いにある藩政時代の武家屋敷で、川沿いに長屋門があり、屋敷の中には橋を渡って入ります。
    主屋には玄関、座敷と茶室などがあり、特に茶室回りの意匠が優れています。
    また、川の水を屋敷内に引き入れて流水式の池泉庭園を造り、池から出た水を家の中に作られたハトバや風呂場で家庭用水として使った後、再び川に戻しています。

    旅行時期
    2012年05月

  • 鯉が印象的

    投稿日 2013年06月14日

    藍場川

    総合評価:3.5

    明和年間(1764~71)、藩営の藍玉座が設営されたことから、藍場川と呼ばれるようになりました。
    農業用水路の他、庭の池や日常生活にも利用され、川舟も通されました。
    この川に現在鯉が放流され、周辺の風情は素晴らしいです。

    旅行時期
    2012年05月

  • 石碑だけがひっそりと

    投稿日 2013年06月14日

    長井雅楽旧宅跡

    総合評価:3.5

    長井雅楽は開国論者であり、1861(文久元)年、に公武一体航海遠略策を藩主に建白し、これが藩論となされました。
    吉田松陰も一目置く人物でしたが、思想的には攘夷派の松陰とは対立していたみたいですね。
    やがて久坂玄瑞らの攘夷論が勢力を増すと、失脚し、理不尽な切腹を申し付けられます。
    まだ時代が長井雅楽に追いついていなかったのでしょう。

    石碑は比較的広い道路(県道64号線?)に面していますが、実に寂しさを感じさせられます。

    旅行時期
    2012年05月

  • 松本川のそば

    投稿日 2013年06月14日

    品川弥二郎旧宅跡

    総合評価:3.5

    中心街から東へ向かい、何と言う橋なのか知らないけど、橋を渡ってすぐに右に曲がるとあります。

    品川弥二郎は、15歳のときに松下村塾に入門し、当初から大変期待されていたようです。
    つねに幕末の第一線で活躍しました。
    明治維新後は政府高官としてヨーロッパ諸国に滞在、内務少輔、農商務大輔、ドイツ公使などを歴任。
    海運業の発展を計り、生糸の輸出を奨励しました。
    また、信用組合法を制定して庶民の金融機関を確立し、特に農村振興に関する諸制度も創建するなど「殖産興業の神」と称せられました。

    旅行時期
    2012年05月

  • 中級武士の家門

    投稿日 2013年06月14日

    小川家長屋門

    総合評価:3.0

    小川家は、もと町奉行の一人で500石を領した中級武士の家です。
    この長屋門は同家の表門で、木造平屋建入母屋造桟瓦葺、桁行27.39m、梁間6.0mのかなり長い建物です。
    門構えはほぼ中央付近に幅2間の通路があり、正面から1.5m入った所に冠木を架け、入口は袖壁付きの観音開きになっています。

    旅行時期
    2012年05月

  • 24歳の時に松下村塾へ入門

    投稿日 2013年06月14日

    前原一誠旧宅

    総合評価:3.5

    尊皇攘夷運動に参加した前原一誠は、後に萩の乱を起こしたが、鎮圧され悲運の最期を遂げました。

    旧宅は当時のままで、現在も住居として使われているので見学は外観のみです。
    地図を見ながら慎重に行きましょう。

    墓は近くの弘法寺にあります。

    旅行時期
    2012年05月

  • 展示は充実

    投稿日 2013年06月14日

    萩博物館

    総合評価:4.0

    萩の歴史を学ぶにはもってこいの施設です。
    特に映像が楽しめ、学芸員の方の解説もわかりやすいところは素晴らしいです。
    ただ、一部を除いて撮影は禁止です。

    館の東(バスロータリー)側には、田中義一の銅像があります。

    旅行時期
    2012年04月

  • 萩市内を一望

    投稿日 2013年06月14日

    吉田松陰誕生地

    総合評価:4.0

    墓所の近くにあり、ここからの萩市内の眺めはなかなか良いものです。

    吉田松陰先生誕生之地碑が建っていますが、山県有朋の揮毫です。

    また、井戸も残っていて、「松陰先生産湯の井」の石碑もありますが、なんと田中義一の揮毫だそうです。
    先に言ってくれよ。
    ほとんど読めないからスルーしちゃったじゃないか。

    旅行時期
    2012年04月

  • 一族や門弟の墓が並ぶ

    投稿日 2013年06月14日

    吉田松陰誕生地

    総合評価:4.0

    墓は花崗岩の自然石で、表に「松陰二十一回猛士墓」、裏に「姓吉田氏、称寅次郎、安政六年己未十月二十七日於江戸歿、享年三十歳」と刻まれています。
    松陰刑死後、遺髪を埋めて百ヶ日忌に建てられました。

    また、この墓所には、杉百合之助、吉田大助、玉木文之進、久坂玄瑞など一族の墓のほか、高杉晋作などの墓が立ち並んでいます。

    旅行時期
    2012年04月

  • 長府毛利邸の前

    投稿日 2013年06月14日

    総社跡 下関

    総合評価:3.0

    長府毛利邸から東へ約200mの地帯は現在も惣社町と呼ばれていますが、これは総社と同意語であり、国府時代に総社があった名残です。

    大化の改新により律令制度が全国に施行された時、中央から任地に赴いた国司は管内の官社を巡拝することが一つの義務でありました。
    しかし平安中期以降になると祭祀やしきたりが怠りがちとなり、管内の神社を便宜的に集めて一社を建てて総社とし、管内官社の巡拝に代えるようになりました。
    今日、国府のおかれた町に総社の跡を見るのはそのためです。
    長門国府があった長府でも、国衛にほど近いこの位置に長門国の総社が建立されていました。

    旅行時期
    2012年04月

  • 国分寺跡のすぐそば

    投稿日 2013年06月14日

    吉岡家長屋 下関

    総合評価:3.0

    建築方法から文化・文政(1804~29)年代と推定されています。
    建物の規模からも長屋としての用途が十分考えられ、位置も地割の上から重要路の角地にあり、大壁を厚く堅固にした造りから城下町特有の防衛的性格がうかがわれます。

    旅行時期
    2012年04月

  • 関門トンネルについて学ぼう

    投稿日 2013年06月14日

    関門プラザ 下関

    総合評価:4.0

    関門トンネル人道入口に併設されている資料館です。
    関門トンネルや関門トンネル人道、関門橋について詳細に解説しています。

    関門トンネル人道は国道2号の一部で、日本道路公団が管理を行っています。
    また、地上から人道までのエレベーター部分についても一般国道(国道2号)として扱われているそうです。

    旅行時期
    2012年04月

  • 今も現役(?)

    投稿日 2013年06月14日

    ひょうたん井戸 下関

    総合評価:3.0

    下関開港を進める高杉晋作が、それに反対する攘夷派の刺客から身を隠すため、この井戸の中に一日かくれていたと伝えられています。

    伊崎町の路地裏ですので、注意深く探しましょう。
    また、個人の敷地内のようですので、その辺も気をつけて。

    旅行時期
    2012年04月

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