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のださんのクチコミ(83ページ)全2,489件

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  • 高さ1.8mの石塁の上に建つ堅固な単層の建物

    投稿日 2013年06月21日

    旧益田家物見矢倉

    総合評価:3.5

    武器を収納する倉を矢倉といい、天井が高く見張り台も兼ねたものは物見矢倉と呼ばれていました。
    ここは、永代家老益田家の長屋の一部です。
    旧三の丸北の総門に近く、総門からの人の出入りを見張る「隠密対策」としての機能がありました。

    旅行時期
    2012年05月

  • 城の防備のために設けられた、萩城三の丸と城下とを隔てる堀

    投稿日 2013年06月21日

    萩城外堀

    総合評価:3.0

    かつて萩城は本丸、二の丸、三の丸によって形成され、城の防備のためそれぞれに内堀、中堀、外堀という堀が設けられていました。
    外堀の完成は1622(元和8)年で、当時の掘幅は20間(約40m)あったそうです。
    しかし、徐々に狭くなり、現在のように整備される前は4~7mだったとのことです。

    旅行時期
    2012年05月

  • 珍しい丁髷姿

    投稿日 2013年06月21日

    高杉晋作立志像

    総合評価:3.5

    高杉晋作誕生地の近くにある「晋作広場」に、高杉晋作立志像が建っています。
    平成22年10月31日に除幕式が行われたそうですので、まだ新しいですね、
    銅像は、晋作が明倫館や松下村塾に通っていた20歳頃の姿を表現しています。
    丁髷とは恐れ入った。

    旅行時期
    2012年05月

  • やはり人気は絶大

    投稿日 2013年06月21日

    高杉晋作誕生地

    総合評価:4.0

    高杉晋作は、萩藩大組士・高杉小忠太の長男として1839(天保10)年に生まれました。
    敷地内には、初湯の井戸や句碑、晋作や正妻の雅子さんの写真、その他数々の史料が展示されています。
    入ってみると見学者も多く、やはり萩では人気が高いんだなあと思わせてくれます。

    旅行時期
    2012年05月

  • ここで後の総理大臣が生まれた

    投稿日 2013年06月21日

    田中義一誕生地

    総合評価:3.5

    現在は白いなまこ壁が美しい菊屋横町に石碑が建てられています。
    藩士・田中信祐の三男としてここに生まれました。
    説明板では「文久3年(1863)」の生まれとあり、萩市の観光の公式サイトなどもそれをなぞっていますが、田中義一は1864(元治元)年の生まれなのではないでしょうか?
    まあどちらでもそんなに影響ないか。

    旅行時期
    2012年05月

  • 旧久保田家住宅の向かい側

    投稿日 2013年06月21日

    菊屋家住宅

    総合評価:3.0

    藩の御用商人を務めていた豪商・菊屋家。
    屋敷は江戸初期の建築、現存する商家としては最古の部類に属し、400年の歴史があります。
    菊屋家は、大内氏時代には武士でしたが、毛利輝元の萩城築城の際には有力町人として萩に入り、町づくりに力を尽くしました。

    主屋をはじめ5棟が国指定重要文化財に指定されています。
    幕府巡見使の宿として本陣にあてられた当時の様子を復元し、一般公開されています。

    旅行時期
    2012年05月

  • 幕末の息吹を感じよう

    投稿日 2013年06月21日

    萩城下町

    総合評価:3.5

    町筋は碁盤目状に画され、武家屋敷や町屋が軒を連ねていました。
    今も町筋がそのまま残り、往時の面影をとどめています。
    表通りの呉服町筋は御成道で、この通りに面しては萩藩御用達の豪商菊屋家、幕末の商家久保田家などの家々が残っています。
    表通りから南に向かっての何本かの小路に、高杉晋作誕生地、木戸孝允旧宅、青木周弼旧宅やなまこ壁の土蔵、門、土塀などが並んでいます。

    数々の偉人がここから輩出されたのですね。

    旅行時期
    2012年05月

  • 菊屋家住宅の向かい側

    投稿日 2013年06月21日

    旧久保田家住宅

    総合評価:3.0

    旧久保田家住宅は、旧御成道(おなりみち 参勤交代の際、大名行列が往来したメインストリート)沿いに位置し、幕末から明治時代前期にかけて建築された町家です。
    意匠・構造・技術に優れ、酒造業で繁栄した往時の状況もよく伝えており、萩城城下町を構成するきわめて重要な建物です。

    旅行時期
    2012年05月

  • 維新のリーダーの生家

    投稿日 2013年06月21日

    木戸孝允旧宅

    総合評価:3.5

    木戸孝允は、1833(天保4)年、萩藩医・和田昌景の長男としてこの家に生まれました。
    だから最初は「和田小五郎」という名前ですね。
    8歳で向かいの桂家に養子として入ったので、旧名の「桂小五郎」が有名です。
    ただ、またこの家に戻ってきて、結局20歳ごろまでここで過ごしたそうです。

    旅行時期
    2012年05月

  • しばらく公開休止になります

    投稿日 2013年06月21日

    青木周弼旧宅

    総合評価:3.5

    13代藩主・毛利敬親の侍医を務めた青木周弼が生まれ育った家です。
    青木研蔵はその弟、周蔵は研蔵の養子で、周弼と研蔵から一字ずつとって名乗りました。
    ここから優れた医者が巣立っていったのですね。

    平成25年6月30日から平成28年3月まで、保存修理を行うため公開休止になる予定だそうです。

    旅行時期
    2012年05月

  • 日本最古のピアノ

    投稿日 2013年06月19日

    熊谷美術館

    総合評価:3.0

    熊谷家は問屋と金融、仲買、製塩を業とし、萩藩御用達として栄えた豪商で、熊谷五右衛門が1768(明和5)年(1768)に新築したものといわれる「熊谷家住宅」は、国の重要文化財に指定されています。
    当家の土蔵3棟を改造した美術館には、熊谷家代々の当主が収集した美術品が展示されています。
    特に、長崎において親交のあったドイツ人医師シーボルトから贈られた日本最古のイギリス製ピアノが有名です。

    そのピアノだけが目当てで来てみたのに、休みだと!

    旅行時期
    2012年05月

  • 「自らの手で守ろう」とする気持ちが大事

    投稿日 2013年06月19日

    菊ケ浜土塁(女台場)

    総合評価:3.5

    下関戦争で大損害を被ったことをきっかけに、萩の住民の間にも「自らの手で城下を守ろう」とする機運が高まり、外国船からの襲撃に備えるため日本海に面した菊ヶ浜に土塁が築かれました。
    武士たちの留守をあずかる老若男女たちは、身分や貧富を問わず奉仕作業し、この時ばかりはめったに外に出ることのなかった武士の妻や奥女中までが参加したことから「女台場」と呼ばれています。

    旅行時期
    2012年05月

  • いろいろな角度から楽しもう

    投稿日 2013年06月19日

    指月山

    総合評価:3.5

    山頂に萩城詰丸石垣や矢倉跡などが残っている標高143mの山で、その森林は城内林として保護されてきました。
    樹齢は600年を超えると推定される巨樹も多く、また温暖帯照葉樹林として日本でもまれにみる成熟した森林であることから国の天然記念物に指定されています。

    私は菊ヶ浜沿いの道路を走っているときに眺めてみましたが、なかなか良いものです。

    旅行時期
    2012年05月

  • 「萩往還」の萩側の起点

    投稿日 2013年06月19日

    唐樋札場跡(萩往還)

    総合評価:3.5

    明倫小学校から北東方向、ってところかな。
    「札場跡」という名の交差点まであるのに、いまいち知名度は高くありません。

    唐樋札場跡は藩政時代、萩往還や赤間関海道、石州街道の起点となった場所です。
    多くの人が集まることから、幕府や藩の掟、決まりごとなどを書いた高札を掲げる高札場が置かれていました。
    その高札場が復元されています。

    旅行時期
    2012年05月

  • 他国からの修行者も受け入れた

    投稿日 2013年06月19日

    旧萩藩校明倫館

    総合評価:3.0

    旧明倫館の剣術場と槍術場を移転して拡張したものです。
    木造一重入母屋造り桟瓦葺きで平屋建て、桁行37.8m、梁間10.8mの南北に長い建物です。
    藩士の練武のほか、他国からの修行者の試合場ともなり、坂本龍馬もここで試合をしたと言われています。

    旅行時期
    2012年05月

  • 孔子を祀る聖廟の前門

    投稿日 2013年06月19日

    旧萩藩校明倫館

    総合評価:3.0

    形式は木造瓦棒銅板葺き、左右に唐破風を備えた平唐門で、桁行2.5m、梁間1.45m、両袖に連子格子の塀をつけています。
    出入口は一間一戸、扉は上部に連子を入れた桟唐戸で両開きです。

    新明倫館が再建された1849(嘉永2)年に建築されました。
    本願寺萩別院に移されて客殿門となっていましたが、1982(昭和57)年3月、明倫館の旧地である明倫小学校敷地内に移されました。

    旅行時期
    2012年05月

  • 松下村塾最年少門下生

    投稿日 2013年06月18日

    山田顕義誕生地/顕義園

    総合評価:3.5

    東光寺からちょっと奥まったところに歩いていけば、案内が出ています。
    1979(昭和54)年、山田顕義が創設した日本大学が、建学90周年を記念し、誕生地に「顕義園」を設けました。
    高さ1.1mの台座に建つ高さ2.4mの「山田顕義先生之像」が印象的です。

    数々の軍功を上げ、日本の近代化にも貢献した人物ですが、知名度が高くないのはなぜでしょうか。

    旅行時期
    2012年04月

  • 吉田松陰門下四天王の一人

    投稿日 2013年06月18日

    吉田稔麿誕生地

    総合評価:3.5

    松下村塾から徒歩約3分の場所にあり、現在は石碑のみ残されています。
    私も伊藤博文の別邸やらに歩いていっているときに、偶然発見しましたが、情報がないと気づきもしないかもしれません。
    「稔丸」とありますが、当時はどちらも使っていたようです。

    旅行時期
    2012年04月

  • 国事を語り合った

    投稿日 2013年06月18日

    松陰神社

    総合評価:3.0

    松陰神社敷地内、境内入口左奥の隅にあり、明治百年記念の1968(昭和43)年に建立された石碑です。
    中央に大きく「薩長土連合密議之處」、向かって右から「薩州・田上藤七、長州・久坂玄瑞、土州・坂本龍馬」、左側に「文久二年一月、鈴木勘蔵宿之宿」と刻まれています。
    岸信介の揮毫ってんだから恐れ入ります。

    旅行時期
    2012年04月

  • 道の駅・萩往還に隣接

    投稿日 2013年06月18日

    松陰記念館

    総合評価:4.0

    萩への入口に、道の駅・萩往還がありますが、そこに入館無料の松陰記念館があります。
    萩と言えば吉田松陰です。
    その松陰の生涯・思想を余すことなく展示しており、しかも無料で見学できるとあれば入る以外にないでしょう。

    旅行時期
    2012年04月

のださん

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