kummingさんへのコメント一覧(8ページ)全538件
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1番乗り
はい。1番乗り!
次は15枚以下にしてください♪Re: 1番乗り
はい、次は30文字以上で述べよ! なんちゃってww
1番乗りの価値も、場所により大きく変動(ももさまんちで1番は希少価値、ここでは誰でもやれる笑笑)、その意味も全然ちゃう!(ももさまに1番乗りしてもらう、と、私が1番乗りする、を比較検討せよ)。
先日、医療博物館編で多大なるご健闘を強いてしまい、何も言えない立場にて、来て頂いただけで猛感謝m(._.)m
が、しかーし、トルコ旅、まだまだ写真多いブログが複数残っております(;o;)
ブログの冒頭で「正しいアプローチ方法」、最初◯枚見たら帰ってね、途中スクロール→動画だけ見てね!、などのアドバイスに従えば、時短効果、労力軽減できるはず。
またのお越しを(正しいアプローチで)、お待ち申し上げておりまする♪2024年12月16日09時16分 返信する -
懐かしのBursa
トルコ旅、楽しませていただいてます。
私はいつ行ったんだろう?と調べてみたら2015年のことでした。
もう随分昔のこととなりました。
それでもBursaは思い出深い街です。
Kummingさんが最初に坂道を上がって行かれて、文化財、保護指定っぽい、
と書かれている建物、赤茶の外壁の建物は以前はホテルでした。
KITAP EVIと右側に書かれていましたから間違いないと思います。
今はレストランに変わったんでしょうか。
素敵なホテルだったので再訪できるのなら泊まりたいと思ってました。
Kummingさんが訪ねられたオスマン ガシさんとか、これから見学される
カラギョスなどには少しも関心がなかったんですが、お人によって
惹かれるものが様々なことが良くわかりますね。
あるものを充分みてきた、楽しんだ、と思っても、きっとほんの一部分しか
わかっていないんでしょうね。
私はBursaではセマーを見ることを楽しみに行きました。
ぐるぐる回転しながら踊ることで、祈りをささげる教団本部で毎夜
そのセマーを見学できるんです。
そこへ見学に行った折に、お一人の男性にご親切にしていただき
イエシル・トゥルべが素晴らしいから翌日行ってみるよう言われました。
そこのタイルの修復に携わった方のようでした。
翌日そこへ行ってみたら、彼が待っていて、案内までしてくれました。
そこからは、よくある、自分のお店への案内となりました。
もう余分なものは買わない、と決めてましたから。
そんな思い出もあるBursaでした。
いまでもあのエメラルドグリーンの素晴らしいタイルの色は記憶に
残っています。Re: 懐かしのBursa
mistralさん、おかげで色んな謎(私個人の?)が解けました!
mistralさんのトルコ旅ブログを拝見した当時、たぶん塩野七生氏の3部作~地中海世界シリーズを読んでほやほやの時期と重なり、ブログを興味深く拝見し、私も行きたいな~、と強烈な憧れ、願望を抱いていたようです。
ブルサ編だけ未訪問だった(-。-;ので、先ほど伺いました。セマー、次回はぜひ行きたいです。セマーに関しては知らなかったわけではないのですが、ブルサ行きたい!動機には入っていなかった、とゆうww 有名ですよね。鯨さんのブログも見てみよう♪
mistral さんのブログの冒頭、「点が線となってやがて面となって広がり、そこに時間という軸が加わることによって…」
これ、私もいつも思ってることがそのまま書かれていて、嬉しかったです。私の場合、先に時間軸、歴史があって、そこに散らばった点と点の幾つかが繋がって線となり、線が増えて面になり、最初の時間軸と重ねてやっと4次元の世界、として認識される感じ?要は、地理的、地政学的知識が歴史的事実を後追いする、みたいな順番ww
とにかく、行きたかった時期(コロナ禍でトルコ行きフライトキャンセルした事も)→5~7年経過後の初トルコ、なぜトルコだったのか?なまま、現地入りし、夜毎翌日の予定を立て(-。-; みたいな日々でした。
カーリエ博物館も、なぜ行きたいのか?忘れていましたが、mistral さんのブログの影響だった!と、今にして分かりました。メフメト2世が入城したエデイルネ門、写真を探してみたら、私も行ってました(笑) 入口でおじちゃんたちに捕まって急遽写真撮影大会、で、何を見たかも分かっていなかった、とゆー、お話。
今回、博物館系は極力絞って、街歩き♪したので、次はぜひ、軍事博物館、モザイク博物館、そしてセマー、のため渡土耳古、とゆう動機ができました。
私がオーダーした謎のスープは、もしかして「チョルハネススープ」だったのかも?
長くなりましたm(._.)m カキコありがとうございました♪2024年12月11日14時24分 返信するRE: Re: 懐かしのBursa
kummingさん
こんばんは。
> mistralさんのトルコ旅ブログを拝見した当時、たぶん塩野七生氏の3部作~地中海世界シリーズを読んでほやほやの時期と重なり、ブログを興味深く拝見し、私も行きたいな~、と強烈な憧れ、願望を抱いていたようです。
お互いに旅の動機には、塩野さんの小説の影響がかなりありますね。
私もイスタンブールに行ったら、マルタでは、ベネツィアでは、と小説の舞台が常に頭の中にあります。なので、同じ嗜好をお持ちの方だったら、どうしてここにいるのか、がよくわかるのではないでしょうか。
> ブルサ編だけ未訪問だった(-。-;ので、先ほど伺いました。セマー、次回はぜひ行きたいです。セマーに関しては知らなかったわけではないのですが、ブルサ行きたい!動機には入っていなかった、とゆうww 有名ですよね。鯨さんのブログも見てみよう♪
そうだったんですね。
セマーは、塩野さんのワールドには出てなかったですものね。
鯨の味噌汁さんの旅行記、おすすめです。
お楽しみいただけたでしょうか?
> mistral さんのブログの冒頭、「点が線となってやがて面となって広がり、そこに時間という軸が加わることによって…」
> これ、私もいつも思ってることがそのまま書かれていて、嬉しかったです。私の場合、先に時間軸、歴史があって、そこに散らばった点と点の幾つかが繋がって線となり、線が増えて面になり、最初の時間軸と重ねてやっと4次元の世界、として認識される感じ?要は、地理的、地政学的知識が歴史的事実を後追いする、みたいな順番ww
順番はkummingさんと同じかもしれません。
歴史の時間軸はすでにさまざまな形で自分のなかに埋め込まれているもの。
その軸に、あちこちに散らばっていた点、点からアクセスしていく、、、
> とにかく、行きたかった時期(コロナ禍でトルコ行きフライトキャンセルした事も)→5~7年経過後の初トルコ、なぜトルコだったのか?なまま、現地入りし、夜毎翌日の予定を立て(-。-; みたいな日々でした。
とりあえずトルコに向かった、んでしょうか。
翌日の予定を立てながら、よく毎日を精力的に歩かれましたね。
私たちは、なんとか仲良くなって利益を得たい、といった目的で近寄ってくる人もいて、
もちろん善良な方にも出会いましたが、そんな輩への対応にエネルギーを使ったりして
トルコ旅は大変でした。それも今では楽しい思い出ですけれど。
> カーリエ博物館も、なぜ行きたいのか?忘れていましたが、mistral さんのブログの影響だった!と、今にして分かりました。メフメト2世が入城したエデイルネ門、写真を探してみたら、私も行ってました(笑) 入口でおじちゃんたちに捕まって急遽写真撮影大会、で、何を見たかも分かっていなかった、とゆー、お話。
なんだか楽しそう。
カーリエ博物館は、私の旅行記をご覧になっての影響?
他の方もたくさん旅行記に書かれていますしね。
とにかく皆さんから多大な影響を受けられていたんですね。
エディルネ門は普通の観光だったら行かないでしょうね。
> 今回、博物館系は極力絞って、街歩き♪したので、次はぜひ、軍事博物館、モザイク博物館、そしてセマー、のため渡土耳古、とゆう動機ができました。
渡土耳古、ですね。
実現しますように。
mistral2024年12月11日22時44分 返信するRE: RE: Re: 懐かしのBursa
おはようございます♪
再度のカキコ、ありがとうございます。
mistralさんが滞在されたホテル、あそこだったんですね!?ブログによると、とても素敵なホテルですね。
階段があって、↑何があるのかな、と登ってみたけど、ちょっとワケありな建物しか見当たらず、でしたが、お泊りになったホテルは不動産関係の標識があって、営業しているか不明、隣のカフェはまだ営業してそうな標識、看板でした。
> お互いに旅の動機には、塩野さんの小説の影響がかなりありますね。
はい、私の場合特に顕著(笑)コロナ禍明けの北伊旅、ローマ帝国皇帝絡み、シチリア旅、南伊旅FDll廻る旅、など特に!イスラム圏、地中海世界へと視野を広げてくれたのも塩野七生氏てすし。
> 鯨の味噌汁さんの旅行記、おすすめです。
> お楽しみいただけたでしょうか?
鯨さんのブログは読ませる力がスゴい!面白くて、久々ブログサーフィン、してしまいました♪写真少なく、簡潔だけどシャレオツなコメントに、グイグイ惹き込まれます、真似したいけど、絶対できなそう(;O;)
> > mistral さんのブログの冒頭、「点が線となってやがて面となって広がり、そこに時間という軸が加わることによって…」
> 順番はkummingさんと同じかもしれません。
> 歴史の時間軸はすでにさまざまな形で自分のなかに埋め込まれているもの。
> その軸に、あちこちに散らばっていた点、点からアクセスしていく、、、
ほんとに、点、線、面、時間、とゆー言葉をはじめ、いつかブログに書きたいと思っていた事がそのまま、mistralさんに表現されていて、びっくりしました、同時にとても嬉しかったです。
> とりあえずトルコに向かった、んでしょうか。
> 翌日の予定を立てながら、よく毎日を精力的に歩かれましたね。
夏の暑さで、旅程つめる気力わかず、そのまま当日を迎えてしまい、その無計画さがかえって良かったような処もありました。今になって気付く事も(笑)
> 私たちは、なんとか仲良くなって利益を得たい、といった目的で近寄ってくる人もいて、
> もちろん善良な方にも出会いましたが、そんな輩への対応にエネルギーを使ったりして
確かに、近寄ってくる人には色んな思惑あったり、ただ親切なだけだったり。
> カーリエ博物館は、私の旅行記をご覧になっての影響?。
そうです、たくさん良い影響頂いて、ありがたや♪
> 渡土耳古、ですね。
> 実現しますように。
ぜひとも♪
2024年12月12日08時33分 返信する -
ビビって損した?
先日は190枚にビビってタイトルだけ見て逃げ帰りましたが、恐る恐る足を踏み入れると、確かに興味しーんしーんでした。
今でこそ治療薬でコントロールできない心房細動には、内科的にはカテーテルを用いて高周波を使ったアブレーション(焼灼)が一般的ですし、肝臓がんではラジオ波焼灼も選択肢の一つです。焼灼の始まりはこんなところにあったのですね。でもこの時代のはまるで牛の焼き印ですね。
蛇毒をターゲットにした抗血清療法。蛇種によっては噛まれると血が止まらなくなりますが、これは立派な抗血液凝固薬。でも蛇商人が連れてきて指を噛ませた蛇には、牙がなかったに違いない。そして、いやいや椎骨脱臼の治療はちょっと無理があるのでは!? 絶対に悪化させてると思います。
>周囲の環境に害を及ぼす恐れのある精神病患者は… これが近年統合失調症で大きな社会問題ともなるアジテーション(扇動)ですが、ご家族が一番大変です。隔離しなくても新薬でかなりコントロールできるようになりました。
>春になると体液が動き始め、おできや腫れ、喉の痛みが頻繁に起こる。 自律神経失調症だったりいわゆる寒暖差疲労ですねぇ。この頃にもしっかり認識されている。
>食べ物と飲み物は、体液のバランスを保つ最も重要な要素と考えられた。>満腹になる前に食卓を離れることが推奨された。>治療としての運動。 いずれもまったくの大賛成です。生活習慣についてはそっくりそのまま現代に通じますね。
医療機器の種類が豊富で充実してること。緊急時なら現代でも使えそうなものが多々ある感じです。>歯痛はその日か翌日には治まる。→絶対にウソ。>膿瘍が成長するのを待ってから膿瘍を開いて外科的に切除された。→良性ならともかく、手遅れ?
はぁ~疲れた。部屋のテラスで、コーヒーと極甘スイーツを頂きまする。正しい判断を覆す試み♪
わー、ももさまの土曜の夜の憩いのひとときを、ムダに消費させてしまい、まことに心苦しゅう、反省しきりでございますm(._.)m
190枚に畏れおののき見なかったことに! 正しい判断を覆してしまったわけですが、さすがももさま、書いただけ意味分からん⁈当の本人を差し置いての、専門的鋭い考察、あっぱれでござい^ ^
つきましては、「テラスでコーヒー&極上スイーツ」だけでは疲労回復には不足かと懸念され、「三井アウトレットパーク木更津より車で3分、東京湾アクアライン連絡道木更津金田IC下りてすぐ、3代目沖食堂」にて、ラーメン、半やきめし、ええいっ、思い切ってピースおにぎりに辛子高菜付けての大盤振る舞い♪ (奥さま同伴なら半やきめし→やきめし、にグレードup可)
ツケでお召し上がりくださいまし⁈
まっことお疲れさまどした^o^2024年12月07日22時34分 返信する -
いつか見たようなお店
私が知っているイスラム圏は50年前のモロッコだけです。50年前のモロッコと現在のトルコを比べるのは不公平ですが、この旅行記の写真で見るトルコは、そのモロッコよりはるかに西欧的、フランスや、イタリア、スペインに近いみたい。
私の昔のトルコ人の友人は、トルコはヨーロッパだと言い張っていました。ボスポラス海峡から東がアジアというのは気にいらないみたいでした。
狭い路地や小さな食料品店などは、パリ下町の店とおなじような感じ。
写真のような八百屋さんは、私たちが住んでいた郊外の街にもありました。
こういう小さな小売店は、アラブ系のおじさんがやっていることが多かったので、なんとなくモロやんのお店と呼んでいました。
日曜もやっていて便利でした。親切だったし。
うちの息子が小さかったころ、かわいがってくれて、買い物に行くとおまけであめ玉などくれました。
おそらくモロッコ人のおじさんだったと思いますが、別に聞いたわけではないので、もしかするとトルコ出身だったかもしれません。
フランスは意外にトルコ人が多く住んでいるのです。
Re: いつか見たようなお店
しにあさん、こんばんは♪ 久しぶりに掲示板が賑やかになってきて、嬉しいです^ ^
おフランスは、十数年前に娘と行った時以来ご無沙汰ですが、その当時もイスラム系の方々はずいぶん増えたな(←そのまた数十年前渡仏当時との比較)とゆう印象でした。
商店街がどうだったかまで記憶にありませんが、アラブ系は西欧社会に溶け込んでいるのでしょうね。あの時、おフランスの何処かで迫り来るイスラム勢力を打ち負かして(進撃を食い止めた)いなかったら、今頃赤地に白の三日月マークの旗が、パリの街中に翻っていたやもしれません⁈ という話(←塩野七生さん説)も有名ですし。
所々にオスマン帝国時代の建物を散見しますが、あとは至ってフツー、というかヨーロッパ的かどうかは感じなかったけど。とにかく、設定した目的地、より、途中の街歩き、その佇まいに心惹かれたトルコでした。
あと、モスクや霊廟のターコイズブルー、大好きでした♪
この後、しつこくそーゆー写真upの予定につき、枚数の多さ(°_°)に呆れるしにあさんが目に浮かびます(笑)2024年12月07日22時58分 返信する -
遅ればせながら
ブルー・モスクで走り回ってるちびっ子ギャングちゃん。地元のちびっ子ですかね?観光客がそれをやるのは如何なものかな?ですが、ムスリムだったらそれで良いのですよ。
寺院や神社、教会は御神体、仏様、イエス様がいらっしゃいますから聖性がある場所なのでいつ如何なる時も厳かにしていなければならないですが、イスラームはマッカにしかアッラーはいらっしゃらないので、モスクには聖性がありません。だから礼拝の時を抜かせばモスクは信徒にとって安息の場になります。だから昼寝しようと世間話もオッケーです。大騒ぎしたり、汚したりしなければ、母親にとっては公園替わりです。お帰りなさいまし~♪
さっくんさん、帰国第一報?嬉しいかぎりでございます♪
ふむふむ、なるほど~、と、さっくんさんに比べる(←のもおこがましい)と、足の小指、いえ、は◯く△にも劣る、わたくしのイスラム愛、知ってる事、なので、聞くことが全て血となり肉となる^ ^
今回の旅もその延長上だったのでしょうね、ユーラシア大陸、中東、アフリカを股に繰り広げる「イスラム愛絵巻」byさっくん^o^ ブログ楽しみにしております♪
最近、Pouella Apuliae さんに拙宅(私んち)におこし頂き、「オスマン帝国外伝」ネタでひそかに盛り上がっていますww
また、色々お尋ねしたき事抱えて、さっくんさんお宅訪問させてもらいますね(←Q&Aで聞けよ!って話m(._.)m)
カキコありがとうございます♪2024年12月07日19時58分 返信する -
近くて遠い!?『鴨葱物語Part2』
いやいや『かもPart2』を楽しみにしていたのに
直前で回避されたのですか。ちょっぴりさびすぃ!?
簡単には騙されないのですね。
オラも最近ハンガリー人を名乗るおそらくエゲレス人と
WhatsAppで会話してて、あ?こいつ詐欺師だなと思い
急遽 葱を鉄砲に変えたことがありました。
Bursa ここではやはりイスケンデル・ケバブを
お召し上がりなされたのでせうか。
やや高いもののめちゃ美味しいですよね。
ついつい食べたくなってしまう... これもまた
鴨葱物語だったのかもしれません。
翌日はセマーの道場へも行かれましたか?
トルコ広しといえど無料でセマーが見られるのは
Bursaだけかと思い行きましたが、いやはやすごい!
フラメンコ以上に陶酔している感じがしました。
10月で-5℃ってですか!
この度は、秋篠宮ご夫妻の先遣隊お疲れ様でした。Re: 近くて遠い!?『鴨葱物語Part2』
ももさま~♪ 嬉し楽しい土曜日の昼下がり、拙宅をご訪問&カキコ、ありがたきしやわせ、嬉しゅうございます^o^
モロッコはInsta、トルコはWhatsApp交換が流行り? なのか、この後もう2件(1件はばあば自慢のネタとして、この後UP予定ww、もう1件は私からアタック、アプローチ、イケ可愛ポルトガル女子)交換しました。
私世代のなんちゃって英語力は、読む→書く→聴く→話す、の順なので、WhatsAppは重宝します。イタリアで鍛えられて、主張したり、文句言ったり、気が済むまで延々とやる、根気、しつこさだけは身についたみたい(笑)もちろん、お友だちもどき、になれた気分も♪
イスケンデル・ケバブは食べました、通りすがりの安いお店で、最終日かな?お肉の下にパンがぎっしり(*_*)
セマー、未体験、ポルトガルのファドも、スペインのフラメンコもイタリアのオペラも、同様ww 音楽好きなのに、夜で歩かず。そのかわり、カラギョス博物館で生カラギョス劇観ました♪
番宣ですが、1個前のエデイルネ医学博物館、ももさま興味もたれるんぢゃないか?と、あまりの写真数におススメするのは気がひけますが(-。-; 小児科と耳鼻科の友だちは面白かったそうです⁈ (正しい見方→文字through 写真スクロール)
色々目的地定めてはいますが、結局、その途中の歩いてる過程が1番楽しくて、街並み、人との絡み、など写真は増える一方で(;o;)
秋篠宮ご夫婦来土耳古、先んじての皇室の密偵、バレたか⁈2024年12月07日13時44分 返信する -
聖地巡礼ですね
ここでもお邪魔します。
ムスタファ皇子はあのドラマではとても好かれたキャラだったようで、ファンのお参りがしばらく続いたそうです。
私はバヤジット皇子君も好きでした(脳筋でしたけど)。お墓はシヴァス近郊らしいのでいつか行ってみたいです。トルコ東部はまだ行ったことないのです。
それにしても健脚でいらっしゃるので驚きです。イスタンブールもブルサも坂が多くて足が疲れました。
では続編お待ちします!Re: 聖地巡礼ですね
PauellaApuliaeさん、再再々のお運び、ありがとうございます♪ ←なんか、前回のカキコで強制しちゃった気もしていますが(-。-;
聖地巡礼、とゆーほど気張ってたわけじゃないんですが、ココだけそんな雰囲気になってますね(トルコ旅ブログの中で)
いつも、思うんですが、色んな事
にお詳しい! FDllの時も、私はあと、イエージとナポリ大学抑えれば、ほぼ巡礼終わり? とかって思ってたら、他にもいっぱいあるらしい(°_°)と、PauellaApuliaeさんに教えて頂き、知りました。
バヤジット皇子、そうですね、私も嫌いじゃない(セリムはNG!)、跡目争い、壮絶すぎて、後継者以外全員殺されてたんですよね?あの「鳥籠」?でしたっけ、どの時代だかに後継者になれなかった皇子たちを生涯閉じ込めて、生殺ししてた話(;o;)
ブルサ、公共交通機関の使い方分からないままで、歩き倒し、夜毎脚が攣ってました(笑)ジュマルクズクに行かなかったのが心残りです。
再再々カキコ嬉しかったです♪2024年12月06日17時24分 返信するRe: 聖地巡礼ですね
拝復、同じ好みの方がおられるのがとてもうれしいので、つい書いてしまいます。
鳥籠は後継者以外を殺さないため考えられた手段だそうですが、これもほぼ幽閉みたいなものなので残酷ですよね。
オスマン帝国外伝の続編にあたる「陰の女帝キョセム」の中でいくつかの例が出てきました。このドラマも2シーズンで長丁場でしたが、つい見てしまいました。ムラト4世役の俳優さんが良かったです。2024年12月06日21時50分 返信するオスマン帝国外伝、何シーズン?
オスマン帝国外伝って、1シーズンだけでも80話?とかゆー、長丁場ですよね。しかも、それが何シーズンあるんだか(*_*)
どうやら私が見たのは、シーズン4みたい、と、たった今調べて分かりました(笑)
その続編が「影の女帝キョセム」というシリーズなんですね。もしかして、キョセムって、ヒュッレムを上回る強者ですか?今、どこかのサブスクで見れるのかも?ですが、見始めたら沼落ちしそうで、こわい(-。-; ので、年末は探すの控えておこう!
「オスマン帝国外伝」のドラマ、もともとは、進展が遅くて、セットやコスチュームも安っぽい⁈ と、あまり入り込めなかったんですが、一度ハマったが最後、ずるずるのめり込んだ、という顛末。
本気で聖地巡礼しようとしたら、訪れる範囲はトルコ全土に及ぶかも?
また色々教えてくださいね♪ (沼りそうになる手前、寸止め程度で!)2024年12月06日23時02分 返信する -
めちゃくちゃ面白かったです!
再再度お邪魔します。
この博物館知らなかったのでとてもとても有り難いです。オスマン医学が想像以上にレベル高かったことがわかりました。当時のヨーロッパより上だと思います。
バヤジット2世なんて名前しか知らないスルタンでしたが、実は偉い人だったんですねー。では次のブルサ、お待ちします。イスケンデルケバブ食べられました?穴があったら隠れたい(-。-;
PuellaApuliaeさん、ようこそいらっしゃいまし~♪
こんな人さまの迷惑顧みず、無謀なブログupしてしまい、身の置き所もない今の心境ですが、オスマン医学について、少しでも知見広めるお役に立てたのでしたら、これにまさるお褒めの言葉?はございません^ ^
「暗黒の中世」この言い方も今ではあやしい(実際には暗黒だったわけではない、らしい)みたいですが、いずれにせよ、キリスト教が幅を利かせて、教義に合わない(気に入らん!)芸術、文学、科学、医学も含め、全ての学問、文化を禁止、制限していた時代、一方でそんな窮屈な世界から自由に研究できるイスラム圏へと数多の学者、文化人が移ってきて、イスラム世界の支配下で保護され、かつてのローマ・ギリシア文明が花を咲かせ、さらに更新された、って、そうゆう時代ですよね。
そんな時代にシチリアでルネサンスの先駆けとなったFDllの宮廷文化、確かサレルノの医学校もFDllが絡んでますよね?(創設した?)こういうイスラム医学や薬学に啓発されたのかしらん、とか思うと、ますますこの博物館見て廻りながら、ウキウキ♪
ヴァヤジド2世、なんとメフメトさまの息子でした^o^
オスマン帝国の歴代スルタンの名前、業績、代表的な人だけでも覚えたいのに、覚えられず(-。-; さっきgoogleったら、すごい語呂合わせの暗記法が載ってました(笑) オスマン帝国以前からのイスラム圏の王朝名も、絶対覚えらないわたくしですが、次はブルサ♪ ムスタファ皇子、出てきますよ~
イスケンデルも2日目?にいただきました。
再再再度、お待ちしております♪2024年12月02日19時58分 返信する -
パレルモだあ!
表紙の絵はパレルモかと思いました。
キリスト様、パランティーノ、マルトラーナやモンレアーレ聖堂にいらっしゃいました。なるほどこちらがビザンツ様式の本場なのですね。この上に乗っかったのがアラブ・ノルマンということか。
パラアンティーノ内陣祭壇背後のキリスト像なんて、そっくりです。
向かって右にちょっと眼を寄せる横目までそっくり。
でかいことはアヤソフィアのほうがおおきい。
ところどころのアラビア文字がなければ、まるでパレルモです。
オスマントルコは、ギリシャ正教にかなり寛容だった証拠ですね。
フランスで、トルコ人の友人がいましたが、「おれは悪いイスラム、したがって酒を飲む」とか言っておおっぴらに飲んでいました。
顔の輪郭はモンゴロイド系の横長、目鼻立ちはアラブ系でした。
トルコ人という人種はいないはず。
文化も人間もごちゃまぜ。
イスタンブールにゃんは白黒のハチワレが多いような。我が家の2匹の片割れがこの子にそっくりです。
あいつのルーツはトルコか。
ケバブが出てきません。逆三角形に貼り付けたお肉を遠火で焼く立体焼き肉みたいなやつ。あれはトルコではないのですかね。
パリではあれからそぎ落とした肉をバゲットに挟んで食べていました。元の肉がなんだか分からないので、やすくて、貧乏学生の救貧食でした。Re: パレルモだあ!
しにあさん、カキコありがとうございます!
パレルモ、確かに似たようなキリスト教系モザイク画、ございましたね。向こうのほうが綺羅びやかだったような気がします。パレルモはイスラム教がキリスト教徒をわりと優遇していたし、イスラム教徒を重用すること多かったみたいだし、一時期は共存共栄してたんですよね。
イスタンブールではたぶん、そこまで仲良くはなかったのでは?だって、征服されちゃったキリスト教側としては、憤懣やり方なし、当時のコンスタンティノープル陥落が西欧社会に与えた衝撃たるや!!でも、イスラム教が支配してた時代でも、ヴェネツィアやジェノバの商人たち専用地区、残してて、通商、貿易は盛んだったんですもんね。
いつも思うんですが、やっぱり排他性でカトリックにまさるものはないのでは!?イスラム教は征服しても、人頭税とか徴収するけど、他の面てはわりと寛大な扱いだったり、キリスト教側は弾圧の仕方が半端ない!同じキリスト教徒、身内同士の争いも多い、魔女狩りなんてその最たる例。間違ってたらごめんなさい、けど、そーゆー風に思い込んでいます(笑)
あ、話が何処に向かっているのか?(*_*;
トルコ人とゆー人種はいませんね。アラブ、クルド、アナトリア、色んな人種が混ぜこぜがトルコ人。
しにあさんちに居着いてしまったにゃん♪ちもトルコ産にゃんかも?
ケバブはイタリアではよく食べてました(笑)トルコ飯、私には合ってたみたい。で、また行きたい♪2024年12月01日18時05分 返信する -
エディルネ
kummingさん おはようございます。
エディルネなんて初めて聞きました。女性一人旅なのに知らない街を歩いてみたい、と言う冒険心には感服します。
ちょうどネットのポットキャストでケマル アタチュルクのことを聞き終わったところです。オスマントルコからトルコ共和国に生まれ変わるときの、建国の父の功績を学びました。これを聴いてからトルコに行くべきでした。
トルコはすべてが楽しく面白く、食べ物の種類も多く、おいしい。行くならまずトルコと言うほどですね。
モスクのことが書いてありましたが、写真ではよく解らなかったのですが、つまり
改修中で写真の幕をはってあって、張りぼてだったのですか?入場料はどうだったのですか?張りぼて分は割引だったとか?
トルコは親日の国ですね、エルトゥールル号遭難事件のことで未だに恩に着て、日本に感謝しているということですね。日本人は何人の人が知っているか疑問です。
行きたい国は?と言われたら、トルコと、いえ、エジプトと答えるでしょう(笑)。
私はトルコの土産にコーランの本を買いました。読めませんが、雰囲気だけでも味わいたいと思いました。kummingさんの情報をもとにコーランの意味をかみしめます(笑)。
pedaruRe: エディルネ
師匠、こんばんは、カキコありがとうございます♪
アタクチュル、建国の父って事で、名前だけは存じあげておりますが、なにしろ近代史には疎くってm(._.)m 私のばやい、オスマン帝国以前→オスマン帝国時代、に照準があっているみたいです。
だいぶ前になりますが、師匠のトルコ旅ブログを拝見した時、知らない国をバスで自在に旅していらした師匠に羨望のまなこ♪ その頃から憧れていたトルコをバスで!旅する、 まさかこんな日が来ようとは? 私の今日あるのも師匠の温かいご声援⁈とお導きあればこそ、でございます^ ^
いつもなんですが、ある所に興味もって、行きたいな~、と1番思っている時→実際に訪れるのは、5、7年後になるので、その頃は興味の対象が変わっていたり、なぜそこに憧れていたのか? けっこう忘れてしまっていたり(-。-; なので、毎度頭と心を逆戻りさせて、その頃の思い、熱意を思い出すのに時間がかかる、という怪現象(笑)
思い出してみると、地中海世界やキリスト教圏とイスラム教圏の興亡、興味は尽きない感じです。
セリミエ・ジャーミイは、トルコで一見たかったモスクでした。修復中らしい、と薄々知ってはいたものの、「そこに入れないのにエデイルネ来る人はいないやろ!」と、自分を騙しつつ参りましたが、やはり修復中で、中はハリボテ状態でしたT_Tモスクはフツー、無料で、アヤソフィアだけが例外的にぼったくり料金取られます(エルドレアンが決めた改悪政策)
エルトウール号遭難事件は、無知な私でも知っていますが、今の若い子たちにまで語り伝えないと!な、話ですね。
トルコ旅シリーズ、まだまだ続きます(-。-; また遊びにいらしてくださいね^o^2024年11月28日18時46分 返信する



