2024/10/12 - 2024/10/13
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kummingさん
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2024/10/12
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Emunoi
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トプカプ宮殿が予想を上回る面白さ♪
↓
アヤソフィアは期待値を大幅に↓
2番目に行ったから?人が多かったから?(-。-;
話は変わって↓
このあと行くEdirneでのこと、世界を股にかける旅の達人、日本人男性とお会いした時の会話
なんか、トルコって英語普及率、めちゃ低くない?
そうそう~
大して海外旅行経験ないわたくしがいうのもおこがましいのは重々承知の上で
トルコって義務教育に英語ないやろ?
て思うくらい、一般人、そこ、道歩いてる人、そこに居てる人、に聞いても
英語分からへんで~
と言って、逃げられるケースが多発(*_*;
なので、どーしても聞きたい!のに、通じる人をつかまえるまでの過程で、何人もに逃げられるので
だんだんめんど~、になり、バス停探す手間ひまかけるのを避ける事になり→上り下り多い坂道をひたすら歩く、とゆー、苦渋の選択を強いられた。
苦行の始り
トルコって、我こそはイスラム圏の盟主(イランもサウジもそう思うとるけど)という自負、無条件に欧米諸国に追従しない、むやみにキリスト教世界、欧米の世界観、価値観に迎合しない、とゆーような、プライド、あるよね。
だから、別に英語分からんでも、堂々としてるし、勝手にやってくる外国人がトルコ語分からん方がおかしくね!?
的な対応、分からないでもない。
そういう、自国民としての自負、プライド、スペインやおフランスでも感じた事ある(←数少ない経験ですが)、英語聞き取れてるのに、仏語で答える、とかね。
そんな事もあったけど、お金絡むと世知辛いトルコ、一般人は親切、優しい、いいひと多かったよ♪
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
さて、ここで一つ問題が!←またかいっ
これはチケット購入の並び、です
「朝チケット購入しちゃったわたし」はココ、ではない、入場の列に並んだ、までは良かった、
が、
そーいえば、さっき大判スカーフ、なくしたよね?
モスク入場に必要な、髪を隠すためのスカーフ(-。-; -
並びの近くにいたスタッフに
「スカーフ、忘れてんねんT_T」泣きつくと
「これでええんやで~」
と、私の頭にダウンベストのフードを被せてくれた♪
中々のフレキシビリティー、トルコ人の好感度あーっぷ↑ -
数奇な運命を辿ったアヤソフィア
その歴史上の変遷をちょい復習←忘れちゃった私のために
ローマ皇帝コンスタンテイヌス1世により東ローマ帝国の首都となったコンスタンテイノープルに、アヤソフィアの前身キリスト教聖堂が360年に完成。天災、戦乱による幾度もの焼失、破壊を経537年ユステイニアヌス1世により再建、現在までほぼその姿を残す。
1453年オスマン帝国の征服王メフメト2世によりコンスタンテイノープル陥落、アヤソフィアはキリスト教聖堂からイスラム教ジャーミイ(モスク)へ変わる。
オスマン帝国時代、帝国内で最も格式のあるモスクとなったアヤソフィア、20世紀前半トルコ共和国が誕生後、モスクから博物館へと変わり、宗教に縛られない道へ。
それが現在、有料モスクに!?!
トルコのテレビに毎日出てるが、エルドレアン、何考えとるん(*_*) -
晴れてフード被って入場♪
なにしろ、トルコで初モスク -
シナン、とゆう小説
出だしで確か、初めてアヤソフィアを訪れたシナンが
そのあまりの壮大さ優美さ雄大さに圧倒されるんですが、
その時、後のスレイマン大帝とは知らずに、まだ青年期のスレイマンに偶然出会うシーン
ヤラれました
こういう、小説の頭で、がつん! とくること、ありますよね?
メフメト2世も私にとってそういう1人で、「コンスタンテイノープルの陥落」 の中ででメフメトが
「あの街をください」みたいなこと言うんだけど、ここでもヤラれまして、以来、盲目的にメフメトふぁん♪
↑本の題名、大事なセリフが思い出せず?? とゆー悲しい現実T_T
どなたかお分かりの方、おられましたら、ぜひ教えて下さい!
↑教え頂き、訂正しました -
現在、1階は信者さんのみで、我ら観光客は上から眺めるだけ
-
昔は下から見上げていた?
-
元は聖堂(教会)なんで、正面がメッカの方向じゃなくて、ミフラーブの位置、ビミョーにズレているらしい
-
エルドレアンが有料化!しかも強気の価格設定(°_°)
トルコ人は絶対来ないよね
このときは気がつかなかったけど、左手奥の白くて長い三角形の布に注目!
後ほど正体がわかります♪ -
このQRコード読み込んで、ダウンロードしたんで、後でゆっくりみよ~
と、楽しみにしていたら、
どれも同じ?だった件
どゆこと?
そーと知ってたら、ここで開いて聴いとけば良かったやん -
柱に注目
-
アヤソフィアの最大の柱は長さ約20m、太さは半径1.5m、重いものは70tで、ほとんどがモノリス(一枚岩)からつくられている
-
建物は大小107本の柱で支えられ、40本の長い柱が下層階、67本の短い柱が上層階(ギャラリー、今入場できる階)にある
-
奥行き75m、幅70mの広大な空間
シナンはどうしてもこのアヤソフィア(のドーム)超えのモスク建設を成し遂げたくて、
やっとEdirneのSelimiye Camii でその夢を実現したんだね -
天井ドームは、558年に地震で一度崩壊したのを563年に再建
建材にロードス島産軽石を使用、メインスペースの採光と軽量化のため、40もの窓が
と、今知った -
天井ドームの4隅に、6枚のツボを持つ天使「六翼の天使」、のモザイク画
-
唯一、顔、がある天使、とな
「セラフィム(熾天使))」、または「ケルビム(智天使」を描いたといわれる
2009年の改修時に「蓋」が取り外され、顔が見えるように…
なったのは1つだけ -
残りの3つは顔見えず
天使の顔はオスマン帝国時代に星の形をした金属製の蓋で覆われた
天使のモザイクはアヤソフィア建設当時6世紀に描かれた可能性が高い、とか -
皇后のロッジア
ここからかつて皇后と女官が一階で行われる儀式を眺めていた
↑
人が写らないように撮ってます
あとで消しゴムマジック使う、って手もあった! -
ぐるっと廻って、似たような写真ばかりww
-
モスク時代の漆喰を剥がした跡が痛々しい
メフメトは、アヤソフィアを壊すに忍びず、でも、中のキリスト教モザイク画をそのまま放置しておくわけにもいかず、漆喰で覆い隠すという、苦渋の?決断
後、漆喰の下のモザイク画が再発見され、今に至る、らしい
コルドバのメスキータも、グラナダのアルハンブラ宮殿も、キリスト教世界の王が「壊すには惜しい!」もったいないの精神発揮してくれてイスラム建築が生き延びた。ここは逆のパターンね。 -
この2階あたりに飾ってある黒地に金文字の円盤が気になる
調べたところ←珍しい
1847年頃のモスク改修時に取り付けられたらしい
8つの円盤に記されているのは、はアラビア語で唯一の神「アッラー」の名をはじめに、預言者「ムハンマド」とその孫たち、4人のカリフの名前だそう -
聖母子と皇帝家族」
左から
皇帝ヨハネス2世コムネノス、聖母子、皇后エイレーネー -
イチオシ
キリストと女帝ゾエ夫妻
わたくしココで2番目に観たかった♪
ゾエが何回も再婚した→その度に皇帝の顔書き替え→顔の向きが変?
だったり、色々物議を醸したらしい
この時代、ビザンツ帝国では、どんなに身分が低かろうが、「美しい」基準を満たしさえすれば、皇后への道が開かれていた実際、ゾエは踊り子だったとか
11世紀、実質的に東ローマ帝国を支配していた女帝「ゾエ」
と
左は東ローマ帝国皇帝でゾエの夫「コンスタンテイノス9世モノマコス」
3度結婚するたびに書き替えられた夫の顔ww -
なんか、みなさん並んでいらっしゃるけど、何か?
と思って並んでみたら、コレだった!
モスク化して隠されたキリスト教のモザイク画 -
ズーム撮
聖母子 9世紀頃
本来モザイク画は天井に描かれていて、後陣アーチあたりに見えてる三角形の白い布
現在モスク→布で覆われている、という状況 -
イチオシ
そして
コレこそ、わたくしがココで1番見たかった(涙)
ヴェネツィア共和国のドウシェ、総督
のお墓
これさえみれば満足♪ -
Enricus Dandolo
そのわりには探してもみつけられず、スタッフさんに聞いてわかったとゆー
そしてなぜ、ダンドロさんが好きだったっけ? とゆう悲しき記憶喪失(;o;) -
祈り、嘆願(デイーシス)
審判の日に「キリストに罪の赦しを願い懇願スルタン洗礼者ヨハネと聖母マリア
ローマ・カトリックから東方正教会への復帰を果たした1261年頃に描かれた。9世紀頃のモザイク画と比べると、明らかに立体感ある!
損傷激しいので?右下に「ほんとはこうだった」あるべき姿、が添付されています -
修復しすぎず鄙びた感♪
-
今日は丸々「定番廻りの日」なので
Sultanahmet Camii スルタンアフメットジャーミイ
通称ブルーモスク、へ
途中、Sultanahmet Turbesi スルタンアフメット1世廟、らしき門を通過
閉まってたみたい -
アヤソフィア、大聖堂の建物は360年に建立され、何度かの焼失を繰り返し、532年の「ニカの反乱」で崩壊した後、「ユステイニアヌス1世」により現在の姿に再建。1万人の労働者で僅か5年10ヵ月という短期間で完成させたという
15世紀、オスマン帝国のメフメト2世による東ローマ帝国攻略、コンスタンテイノープルの陥落に伴い、オスマン帝国の支配下に入るとともに聖堂(教会)はジャーミイ(モスク)に変えられてしまう。
この時期に、イスラム教の礼拝の時刻を知らせる「ミナレット(尖塔)」の最初の一本(木製)が建てられたが今は残っていない。
現在4本あるミナレットのうち、赤いもの(写真右)は素材にレンガを使用、メフメト2世の息子「バヤズイド2世」の統治時代に建てられた。
残り3本のうち2本目は同じく「バヤズイド2世」の時代、残りの2本はその孫「セリム2世」の時代に建てられた。 -
ブルーモスク
ミナレット一本修復中? -
At Meydani アトウ・メイダヌ
ヒッポドローム
ローマ大競技場跡に建つ、テオドシウス1世のオベリスク
と
切石積みのオベリスク?
後でゆっくり見にこよう -
ミナレットと並べてみた↑ ばあばなぞの行動
-
-
靴を脱ぎフードを被って
-
おー
-
なかなか厳かな雰囲気
-
一般の信者さんに混じって入っています。
靴をぬぎ、直に地面 (正しくは絨毯) に座ってみる
と
この高さ、視点からモスクを体感できる感じがして
心落ち着く -
観光客汚染されていない
-
ですがその下↓ では
このような光景が繰り広げられておりました
わーい♪
走り回る子ども -
はて、なぜにブルーモスク?
-
♪
-
聖なるコーラン
-
-
やはり正面から入っていなかったw w
いつものパターン -
テオドシウス1世のオベリスク
-
台座の文字と彫刻
テオドシウスのオベリスク
西暦390年に建立、と書いてある -
四面に違う文字
読めんけど -
-
Eminönü 海沿いに歩いてみたら
-
お魚、釣れてますか~
-
-
ブルサ行きフェリー乗り場
(一時はコレでブルサInも考えたけど、Ist →Edirne→Istに戻らなきゃ? で却下)
と
そのうち行ってみたい
Kadikoy(アジア側)行きフェリー乗り場 -
ボスポラスクルーズ船乗り場
ここから乗るん?
翌日、私は橋の横の呼び込みに釣られてしまったが… -
Emunoi →Sirkeci てくてく
お腹空いてて、甘いもの屋さんに目が~
と
イスタンブールにゃん♪ -
昨夜と同じく
Balkan Lokantasi Sirkeci
ナスの詰め物チーズかけ?とピラフ
気にいると何度でも繰り返すタイプ
なにしろホテル→歩3~5分♪ -
今宵はeat in なんで、こーゆー香辛料が自由にに使える^o^
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この旅行記へのコメント (10)
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- さっくんさん 2024/12/07 18:21:01
- 遅ればせながら
- ブルー・モスクで走り回ってるちびっ子ギャングちゃん。地元のちびっ子ですかね?観光客がそれをやるのは如何なものかな?ですが、ムスリムだったらそれで良いのですよ。
寺院や神社、教会は御神体、仏様、イエス様がいらっしゃいますから聖性がある場所なのでいつ如何なる時も厳かにしていなければならないですが、イスラームはマッカにしかアッラーはいらっしゃらないので、モスクには聖性がありません。だから礼拝の時を抜かせばモスクは信徒にとって安息の場になります。だから昼寝しようと世間話もオッケーです。大騒ぎしたり、汚したりしなければ、母親にとっては公園替わりです。
- kummingさん からの返信 2024/12/07 19:58:50
- お帰りなさいまし~♪
- さっくんさん、帰国第一報?嬉しいかぎりでございます♪
ふむふむ、なるほど~、と、さっくんさんに比べる(←のもおこがましい)と、足の小指、いえ、は◯く△にも劣る、わたくしのイスラム愛、知ってる事、なので、聞くことが全て血となり肉となる^ ^
今回の旅もその延長上だったのでしょうね、ユーラシア大陸、中東、アフリカを股に繰り広げる「イスラム愛絵巻」byさっくん^o^ ブログ楽しみにしております♪
最近、Pouella Apuliae さんに拙宅(私んち)におこし頂き、「オスマン帝国外伝」ネタでひそかに盛り上がっていますww
また、色々お尋ねしたき事抱えて、さっくんさんお宅訪問させてもらいますね(←Q&Aで聞けよ!って話m(._.)m)
カキコありがとうございます♪
-
- しにあの旅人さん 2024/11/30 15:23:50
- パレルモだあ!
- 表紙の絵はパレルモかと思いました。
キリスト様、パランティーノ、マルトラーナやモンレアーレ聖堂にいらっしゃいました。なるほどこちらがビザンツ様式の本場なのですね。この上に乗っかったのがアラブ・ノルマンということか。
パラアンティーノ内陣祭壇背後のキリスト像なんて、そっくりです。
向かって右にちょっと眼を寄せる横目までそっくり。
でかいことはアヤソフィアのほうがおおきい。
ところどころのアラビア文字がなければ、まるでパレルモです。
オスマントルコは、ギリシャ正教にかなり寛容だった証拠ですね。
フランスで、トルコ人の友人がいましたが、「おれは悪いイスラム、したがって酒を飲む」とか言っておおっぴらに飲んでいました。
顔の輪郭はモンゴロイド系の横長、目鼻立ちはアラブ系でした。
トルコ人という人種はいないはず。
文化も人間もごちゃまぜ。
イスタンブールにゃんは白黒のハチワレが多いような。我が家の2匹の片割れがこの子にそっくりです。
あいつのルーツはトルコか。
ケバブが出てきません。逆三角形に貼り付けたお肉を遠火で焼く立体焼き肉みたいなやつ。あれはトルコではないのですかね。
パリではあれからそぎ落とした肉をバゲットに挟んで食べていました。元の肉がなんだか分からないので、やすくて、貧乏学生の救貧食でした。
- kummingさん からの返信 2024/12/01 18:05:17
- Re: パレルモだあ!
- しにあさん、カキコありがとうございます!
パレルモ、確かに似たようなキリスト教系モザイク画、ございましたね。向こうのほうが綺羅びやかだったような気がします。パレルモはイスラム教がキリスト教徒をわりと優遇していたし、イスラム教徒を重用すること多かったみたいだし、一時期は共存共栄してたんですよね。
イスタンブールではたぶん、そこまで仲良くはなかったのでは?だって、征服されちゃったキリスト教側としては、憤懣やり方なし、当時のコンスタンティノープル陥落が西欧社会に与えた衝撃たるや!!でも、イスラム教が支配してた時代でも、ヴェネツィアやジェノバの商人たち専用地区、残してて、通商、貿易は盛んだったんですもんね。
いつも思うんですが、やっぱり排他性でカトリックにまさるものはないのでは!?イスラム教は征服しても、人頭税とか徴収するけど、他の面てはわりと寛大な扱いだったり、キリスト教側は弾圧の仕方が半端ない!同じキリスト教徒、身内同士の争いも多い、魔女狩りなんてその最たる例。間違ってたらごめんなさい、けど、そーゆー風に思い込んでいます(笑)
あ、話が何処に向かっているのか?(*_*;
トルコ人とゆー人種はいませんね。アラブ、クルド、アナトリア、色んな人種が混ぜこぜがトルコ人。
しにあさんちに居着いてしまったにゃん♪ちもトルコ産にゃんかも?
ケバブはイタリアではよく食べてました(笑)トルコ飯、私には合ってたみたい。で、また行きたい♪
-
- mistralさん 2024/11/16 22:37:15
- 海戦3部作
- kummingさん
こんばんは。
あの「コンスタンティノープルの陥落」タイトル名をkummingさんが
お忘れとは思えず、でもコメントを残そうかと思いましたら
ちゃんと書かれていました。
「 」この空白はもしかしたらワナ?おとり?だった。
私の最初のトルコ旅はツアーでした。
その時の日本語がバリバリ堪能なガイドさん、この本のことは当然
ご存知で、あれは陥落ではなくて「奪還」とするべきですね、と主張。
確かにトルコ側から見たら奪還という言葉が当たっているのかも、
と思いました。
彼には持参していた文庫本をプレゼントしてお別れ。
メフメト2世のカリスマ性には私も惹かれました。
陥落後、旧市街に入城していった時の、あの門をわざわざ見に行ったほどだから。
ダンドロ総督のお墓も見つけられたんですね。
一番見たかったポイントが彼のお墓、、、
やはり海の3部作のどれかに登場されていましたね。
もしかしたらレパントの海戦?
続きの旅も楽しみにお待ちしてます。
mistral
- kummingさん からの返信 2024/11/17 00:05:54
- Re: 海戦3部作
- mistralさん、お久でございます♪
ご訪問&カキコ、とっても嬉しゅうござい^o^
今でも覚えています、mistralさんのヴログでアヤソフィアのモザイク画を初めて見た時のこと。あと、歴史的背景もよくご存知で、印象に残っています。
本を読んで知ったことで、そこへ行きたくなる事も多いんですが、4trのみなさまのブログの影響で行ってみたくなることもあります。
mistralさんやpedaru 師匠、他にも色んな方の影響受けての今の私。これからもよろしくお願いいたします♪
3部作ですが、ずいぶん昔に読んだので、かなり記憶があやしい(-。-; メフメトに「やられる」きっかけになったセリフも正確に思い出せず、本の題名も⁈ 何日かパラパラめくり読みして探したのに、見つけられずに無念の「 」となりにけり。公開質問にさっそく回答頂き、そのページも見つかり、ホッと安堵(笑)
記憶力もあやしい上に、記憶の上塗り保存で、以前の記憶が消えてゆく~(;o;)年々、日に日に、刻々と、身体頭脳の劣化が甚だしく感じられる昨今、いつまで1人旅できるのかしらん(-。-;
続編だらだら続く予定にて、適度にお付き合いくださいね♪
-
- PuellaApuliaeさん 2024/11/14 21:20:38
- メフメトじゃなくてスレイマンですよー
- こんにちは!イスタンブル大好き者です。3回行ったのですが、また行きたいです。
「シナン」の中で主人公と出会っている王子はスレイマンです。その数十年後、スルタンとなった彼のために何十ものモスクを建てることになります。あの小説、ヒュッレムもイブラヒムも出てきましたよね。
「あの町を下さい」の方は、塩野ばーちゃんの本「コンスタンチノープルの征服」です。
それはそうと、色々な情報ではアヤソフィアの2階モザイクが見られなくなったとかいう話だったのですが、今もちゃんと見られるのですね。よかったー。しかし値段がぼったくりなのが気に食わないですが。あちこちの教会をモスクに変えてしまって、ほんとにエルドアン大迷惑です。
- kummingさん からの返信 2024/11/15 19:34:09
- Re: メフメトじゃなくてスレイマンですよー
- Puella Apuliae さん、ファクトチェック、ありがとうございます♪
お名前が難しいので、今回勝手に略してPuApuさん、と呼ばせていただきますm(._.)m
イタリア在住が長くて、イタリアにお詳しい、メタマニアックなイタリア旅、が私のPuApuさんの印象なので、イスタンブールがお好き♪ とは なんと嬉しい誤算でしょう!
そおいえば、某◯っくんさんのブログで、これまたマニアックなイスラム圏のカキコをみたような?私はついていけないけど、お二人のやりとりには興味津々、こそっと盗み読み⁈しています。
言われて気づく、確かにメフメトとシナンでは時代がちがうし、メフメトは幼少期にコンスタンテイノープルにいたワケない、ですね(-。-; シナンはスレイマンに重用されて、モスク建設に邁進したのでした。手元に本がなくて(自分で買えよ!)図書館にリクエストして、昨日貸し出しメールが来たところ(笑)も一回、読めるかな?
後で、ブログも更新しないと、です。
で、もう一つの案件ですが、連日「コンスタンテイノープルの陥落」をぱらぱらめくりとばし読み、しているのに、あの場面がみつけられず、確認できずに「??」のまま、ブログUPしたのでした。さっき、件の場面、見つけまして、62ページ「………あの街をください。」(新潮社の単行本)
アヤソフィアの天井のモザイク画は、白い布の隙間からやっと覗ける、感じ。他ギャラリーのモザイク画は見れました。博物館には何が展示されているんでしょう?アヤソフィアだけでも高すぎて、とてもじゃないが手が出ず(-。-;
これからも、いい加減な情報満載⁈なので、ファクトチェック、他にも色々、教えてくださいね、カキコ、めちゃ嬉しかったです^ ^
-
- ももであさん 2024/11/14 20:39:27
- 一気呵成に
- とりあえず一気呵成に1番ポチを確保して... ゆっくりと書込み
懸賞問題の答えは、
「メフメト二世: トルコの征服王」
「一気呵成にこの都市を攻略せん たとえわれらが死すとも、その主となるまで退くまい」ですかねぇ...!? 当たらずとも遠からず?
あの、あのローマをぶっ潰してオスマン帝国を築くのだから、オスマンの織田信長はやっぱりすごい人ですよね。
オベリスクには、kumming3世を称える内容が刻まれています。その戦功、神々への
奉納が描写されており、アメン神への敬意を示す文言も。
Balkan Lokantasi Sirkeciは人気満タンですね。どれも美味しそうで、ホント毎日でも通いたくなりそう。
- kummingさん からの返信 2024/11/15 19:08:33
- Re: 一気呵成に
- ももさま、まじで1番のりでいらっしゃる!
先ほど、ぽち、頂いた方リストをチェックして確認しまして、びっくりポン(*_*)
それにもまして、なんと、3連続出動の皆勤賞♪ おめでとうござりまする。つきましては、ご当地B級グルメの雄、「ひろせ食堂」のちゃんどん(肉なしチャンポン)をご馳走しよう!かと思いましたが、もっか販売休止(ちゃんどんは手間がかかる、と店長談話)、にて、もう一つのおすすめ「沖食堂」のラーメン、はどうか?とも考えましたが、なにしろ時間と交通費がかかるため、ご負担おかけするのも心苦しく(;o;)
そんなわけではございますが、なんと現在関東地区に沖食堂姉妹店(兄弟店かも?)が進出しているって、ご存知ですか?ちゃんと沖食堂本店で修行をつまれ、暖簾分けされた認定店♪ 娘が何度か行って、ノートに記帳?したらしいです。
もしお越しの際は、わたくしのツケ、にて召し上がれ~、って、ツケが効くのか知らんけど(-。-;
まだまだ、続編多数につき、テキトーに手抜き、サボりつつ、たまには遊びにいらしてね♪
P.S.
懸賞問題の当選者は、↑Puella Apuliea さんに決定ww
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
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