kazekozoさんのクチコミ(9ページ)全6,871件
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投稿日 2020年04月15日
総合評価:3.0
亀の池の上に架かっている石橋に組まれた石の舞台。
かなりの広さがある。
六時堂の大伽藍の前庭のような印象。
毎年4月22日に聖徳太子を偲んで行われる聖霊会舞楽大法要では、古来よりの作法にのっとり、ここで舞楽が舞われる。
さぞ見栄えがすることだろう。
柵が仕切られているので、舞台の上には立てない。- 旅行時期
- 2019年11月
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投稿日 2020年04月15日
総合評価:3.0
宝物館の左手にある小ぢんまりしたお不動さま。
四天王寺の不動明王がここ。
小さな水かけ不動尊が祀られ、水かけ願掛けで苔むして緑色になった台座に鎮座している。
近畿畿三六番不動尊霊場の第一番札所。
近くには亀井堂、亀遊弁天と亀の字のそろい踏み。- 旅行時期
- 2019年11月
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投稿日 2020年04月15日
総合評価:3.0
宝物館の東側に池がある。
赤いのぼりがたくさんはためいていて、ここだけはなんとなく賑やかだ。
池の中央に島があり、弁天さまを祀るお堂がある。
この姿が、池に遊ぶ亀の甲に似ていることから名付けられた。
堂に祀られ弁天さまは八臂。
弓・宝珠などを持ち、一切衆生を救くう智恵を表しているという。- 旅行時期
- 2019年11月
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投稿日 2020年04月15日
総合評価:4.0
宝物館の隣にある朱色塗りの小さな建物。
壁はなく、吹き曝しだ。
中をのぞくとたくさんの牛の絵馬が奉納されている。
建物の説明書きによると、推古元年(593年)に、四天王寺が建立される時、建築資材である石や材木を運搬した牛が、伽藍が完成すると、石となったと伝えられている。
それで、堂内には牛(ご)王(おう)尊(そん)の巨石が安置されてきたそうだ。
後になり、牛は草を食むことから、「子供の顔にできるくさをとってくれる」との信仰を生んだという。
ここの牛の絵馬は、合格祈願ではなく、病平癒への願いが込められている。- 旅行時期
- 2019年11月
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投稿日 2020年04月15日
総合評価:3.0
四天王寺の東側からの正門。
歴史ある古刹だと、東西南北に大門があるが、四天王寺は南と東にだけ大門がある。
極楽門や中門があるが、寺域が広がりすぎて配置が狂ったのかもしれない。
この門にも金剛力士像が据えられ、寺域を仏敵から守護している。
ただ、ここから出入りする人は意外に少ない。- 旅行時期
- 2019年11月
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投稿日 2020年04月15日
総合評価:3.0
東大門の出口の手前に白色の石柱で囲まれた一坪ほどの大きさの墓所のような一角がある。
その中に座布団ほどの大きさの石が鎮座している。
ここで伊勢参りの人たちは身を清めて道中の安全、無事を祈って旅立った。
境内には、熊野詣への同様な石など全部で四つある。
東西南北、それぞれの旅路の安全を祈ったのだろう。- 旅行時期
- 2019年11月
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投稿日 2020年04月15日
総合評価:3.0
番匠堂の近くに青い垂れ幕で覆われた小さな新しいお堂があった。
中には石のお地蔵さまのような菩薩が両手を合わせて、石の土台に鎮座している。
普賢菩薩は知恵や命をつかさどる。
瞑想している顔はとてもやさしかった。- 旅行時期
- 2019年11月
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投稿日 2020年04月15日
総合評価:3.0
中心伽藍の北側、太子殿の北側にある白壁の建物。
建物の大きさも大きくはないし、宝物殿といっても、酒蔵のようなたたずまい。
パンフレットによれば、1400年の歴史を彩る奈良、平安期の国宝3点が収蔵されていて、興味をそそるが、閉館時間が1600と早く、時間切れだった。- 旅行時期
- 2019年11月
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投稿日 2020年04月15日
総合評価:3.0
番匠とは、古代から中世にかけて木造建築に腕を振るった大工や棟梁のこと。
この建物は、回廊の東重門の東、猫の門の向かい側にある立派な堂だ。
聖徳太子は仏教を広めるにあたり、寺の建築に必要な数多の名工を朝鮮半島から招いた。四天王寺も、法隆寺も彼ら抜きには日の目を見なかったはず。
曲尺を手に持った曲尺太子が祀られ、毎月22日に公開。
ビフォー・アフターの匠もお参りしているのかね。- 旅行時期
- 2019年11月
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投稿日 2020年04月15日
総合評価:2.0
聖徳太子を祀る太子殿の門の一つ。
木の柵で厳重に囲われていて中には入れない。
門の手前に「猫の門」と記された石柱がある。
どこに猫がいるのか、遠目ではよく分からない。
日光の東照宮の「眠り猫」のような彫刻がどこかにあるのだろう。
聖徳太子は猫好きだったのか、な。- 旅行時期
- 2019年11月
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投稿日 2020年04月15日
総合評価:3.0
聖徳太子をお祀りしているお堂(天王寺のご廟)。
太子殿と呼ばれることも多く、太子信仰の中心となっている。
門も風格がある。
ふだんは非公開だが、前殿には十六歳像、太子二歳像、四天王が、奥殿には太子四十九歳像が祀られている。
これらは、1月22日のみの公開で、観光客としては悔しいね。- 旅行時期
- 2019年11月
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投稿日 2020年04月14日
総合評価:3.0
境内にある文人画家を記念する石碑や碑文の一つ。
塊堂は四天王寺の石の鳥居の前にある石碑に「日本佛法最初の四天王寺」と書いた書家。
碑文はくすんでいて、よく判読できなかった。
四天王寺境内に碑があるのは当然だ。- 旅行時期
- 2019年11月
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投稿日 2020年04月14日
総合評価:3.0
寺域の南東角に画家や文人の句碑、石碑が幾つも並んでいる。
文化教養度の低い身としては、いずれも知らない人ばかり。
筆塚とあるから、書家かと思っていたが、説明を読むと日本画家だって。
最初の大阪名誉市民だそう。
碑はまっすぐ立っていて、絵筆なのか書筆なのかわからないね。- 旅行時期
- 2019年11月
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投稿日 2020年04月14日
総合評価:3.0
日本画家生田花朝(1889~1978)は、大阪市出身の女性日本画家。
大和絵のほか万葉集をはじめ国学にも造詣が深かった。
彼女の句碑が境内南東角にあった。
句碑は台形。
彼女の句が刻まれているが、肝心の句はメモを取りそこなった。- 旅行時期
- 2019年11月
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投稿日 2020年04月14日
総合評価:3.0
聖徳太子創建の寺にしては、比較的新しい建物が多い四天王寺の中で、ひときわ古色蒼然、古びた雰囲気があるのがこの門。
南大門の東にある木造の山門。
山門をくぐると、太子井戸屋形、太子殿があった。
古刹らしい格式ある山門。
緑青の屋根も素晴らしい。- 旅行時期
- 2019年11月
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投稿日 2020年04月14日
総合評価:3.0
四天王寺にはいくつもの井戸がある。
南東にあるこれもその一つ。
聖徳太子の名が使われているのだから、由緒があるのだろうが、詳しいことは分からない。
ポンプでくみ上げる懐かしい井戸。
手水場として参拝客の汚れを落とすのに使われている。- 旅行時期
- 2019年11月
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投稿日 2020年04月14日
総合評価:3.0
南大門から中に入り右手へ。
南休憩所の先、回廊の南東角に二階建て、六角形のお堂がある。
これが南鐘楼。
正式名称は、鯨鐘楼。
鯨の由来は分からない。
境内には北鐘楼などいくつかの鐘がある。
鐘の音色にはそれぞれ違いと役割がある。
ここの鐘楼からの響きは極楽浄土に通じる。- 旅行時期
- 2019年11月
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投稿日 2020年04月14日
総合評価:3.0
中門は中心伽藍の南端、南大門の北にある。
ここから先は回廊で遮られ、西重門で拝観料300円を払わないと入れない。
門の脇の間に守護神である金剛力士 (仁王像)をまつっていることから仁王門。
東に朱色の那羅延金剛力士、西に青色の密迹金剛力士がにらみを利かせる。
色の対比が鮮やか。- 旅行時期
- 2019年11月
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投稿日 2020年04月14日
総合評価:3.0
四天王寺の中枢伽藍はこの門から一直線に北へと延びる。
この門の先が、仁王門。
五重塔、金堂、講堂、石舞台、六時堂へと続く。
四天王寺の正門だが、寺の規模に比べ、質素、地味だ。
推古元年創建とされる。
いまの南大門は昭和60年に再建されたもの。
門の内側には熊野権現礼拝石がある。
ここから熊野を遥拝し、熊野へ向かった。- 旅行時期
- 2019年11月
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
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投稿日 2020年04月14日
総合評価:3.0
何やら薄汚い苔むしたような古石が、真新しい石柱に囲まれて鎮座していた。
石囲いの前にあった案内書を読んで、大切にされている理由が分かった。
昔々、熊野詣に出かける人がここで熊野詣の無事を祈った由。
ということは、こんな重い石を運んだ人がいた。
四天王寺四石の一つ、聖なる石だ。
2020年10月、熊野古道を歩く予定だ。
ご利益があるといいな。
南大門と回廊の入口の一つ仁王門の間にある。- 旅行時期
- 2019年04月




























