Berg Heilさんへのコメント一覧(9ページ)全232件
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パリ
お久しぶりでございますm(__)m
首を持った彫像。。。
掲示板を読んで勉強になりました。
ところで、エッフェル塔の撮影ポイント。
これは塔の東側ですか?
結構、塔が大きく写っているので近そうだと思うんですけど。。。
私が行ったのは、西側で夜。
機会があればココも行ってみたいです。RE: パリ
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> ところで、エッフェル塔の撮影ポイント。
> これは塔の東側ですか?
> 結構、塔が大きく写っているので近そうだと思うんですけど。。。
> 私が行ったのは、西側で夜。
> 機会があればココも行ってみたいです。
申し訳ありません。なにせ30年以上前のことでもあり、初めてのヨーロッパ、バスでお仕着せのアチコチ観光。したがって地図も磁石も持たず全く方角が分かりません。手元にパリの地図でもあれば良いのですが調べようも無く記憶もなく、お答え不能な事をお許しを!!
本屋でパリのガイドブックでも覗いて分かりましたらお知らせします。2009年02月25日14時41分 返信する -
REUTTE, TYROL, AUSTRIA
BERG HEIL-SAN,
1989, 1993, 1997と3回、約1週間づつ、仕事でREUTTEに行きました。
赤ちゃんの靴を探して買ってきたのですが、その姪も今年成人式です。
当時の写真は整理してないし、どこに行ったか不明で、街並みを、
とても懐かしく拝見させていただきました。
ありがとうございます。
今年の5月末に、12年ぶりで訪問する予定です。
これからも宜しくお願い致します。RE: REUTTE, TYROL, AUSTRIA
お便り有難うございます。
こんな田舎街、雨の散策でしたが、これこそ本当の旅情を味わえます。
どんなお仕事でこんな田舎街へお出かけになられたのでしょうか?
皆様の様々な目で見られた旅日記、どれもこれも参考になり、一度訪ねた都市でもかなり見落としがあることを痛感しています。
1936年生まれですが、健脚健在なうちに、更には耄碌しないうちに、まだまだ旅に出かけたいものです。
今後ともよろしく!! Berg Heil2009年01月10日10時11分 返信するRE: REUTTE, TYROL, AUSTRIA
お便り有難うございます。
こんな田舎街、雨の散策でしたが、これこそ本当の旅情を味わえます。
どんなお仕事でこんな田舎街へお出かけになられたのでしょうか?
皆様の様々な目で見られた旅日記、どれもこれも参考になり、一度訪ねた都市でもかなり見落としがあることを痛感しています。
1936年生まれですが、健脚健在なうちに、更には耄碌しないうちに、まだまだ旅に出かけたいものです。
今後ともよろしく!! Berg Heil
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BERG HEIL-SAN、
確かに、Reutteは田舎街ですが、世界的な企業があります。PLANSEEという湖が近くにあり、その名を会社名としています。高融点粉末材料、特殊な高融点材料、超硬工具などのメーカー(http://www.plansee-group.com) です。その会社が主催して、オリンピックと同様に4年毎に、先端材料やそれらの技術関連の国際会議(PLANSEE SEMINAR)を開いています。これに参加することは、自分の専門に近い技術者、研究者などと親しく付き合い、情報交換や交流を図るいい機会となっています。
写真はネガからではなく、printしたものを取り込んでアルバムを作製しておられるのでしょうか? 小生も写真は撮ったのですが、整理もせず、部屋替えや引越しで、散失してしまって、どうにも取り返しがつきません。したがって、BERG HEIL-SANの写真は貴重で、大変懐かしく感じました。
小生は1945年生まれで、大先輩のBERG HEIL-SANに比べて、まだまだ青臭い若輩ですが、どうかよろしくお付き合い下さい。
moritof
> BERG HEIL-SAN,
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> 1989, 1993, 1997と3回、約1週間づつ、仕事でREUTTEに行きました。
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> 赤ちゃんの靴を探して買ってきたのですが、その姪も今年成人式です。
> 当時の写真は整理してないし、どこに行ったか不明で、街並みを、
> とても懐かしく拝見させていただきました。
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> ありがとうございます。
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> 今年の5月末に、12年ぶりで訪問する予定です。
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> これからも宜しくお願い致します。2009年01月10日13時54分 返信するRE: RE: REUTTE, TYROL, AUSTRIA
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写真はネガからではなく、printしたものを取り込んでアルバムを作製しておられるのでしょうか? 小生も写真は撮ったのですが、整理もせず、部屋替えや引越しで、散失してしまって、どうにも取り返しがつきません
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写真の整理について
旅から帰ると記憶がはっきりしているうちに、直ちに集めてきた紙屑をも含め、写真を訪問都市別に書類封筒に入れ区分、その中から選択してアルバム作りをはじめます。それから「4tra」への投稿は、プリントした写真を「フォトショップ」でパソコンに取り込み使用しています。
アルバムはナカバヤシ製で統一、一回の旅で3〜5冊になりますのですでに50冊以上になりました。かっては家具卸の小さな会社(1994年廃業)を経営していましたので、昔の下請けの木工職人さんに専用のアルバム用書棚を作ってもらい、そこに並べてあります。しかし当地の家具木工業界もここ10年で壊滅状態、したがって職人さんも老齢化して廃業してしまいました。
まだまだ旅は懐と相談して出かけたいと思っています。半世紀前は大学山岳部で勉強はおろそかにして、山ばかり歩き回っていましたので今もって歩く事は苦にならないのは幸せです。 今後ともよろしく!!
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2009年01月11日10時13分 返信する -
ヒルデスハイム
こんにちは。Hidesheimの旅行記にお邪魔致します。
今年もドイツに行けることになり、旅行記拝見しています。今週出発しますが、今回はこのヒルデスハイムにも行ってくる予定です。
ガイドブックにあまり載っていなくて、町歩き用のよい地図がなかなか見つかりません。駅から市街は遠くないとのことなので、半日ぐらいで一回りできるかな?と思っています。
私もBerg Hielさんのように、ドームの薔薇の葉をお土産にしたいです(笑)。RE: ヒルデスハイム
お便り有難うございます。
市街観光地図、市庁舎前のマルク広場にある観光案内所で手に入ります。
私は予め観光案内所に手紙を出して、市街地図と観光パンフレットを送ってもらい、予習をして出かけることにしています。
ドームの「千年長寿のバラ」 きわめて素朴な、原種のような野生的なバラですがロマンを感じさせます。ドームの「売り」の一つです。この街 半日徒歩で充分、小さくまとまっています。 駅から最初に正面の賑やかな商店街を直進、しばらくして左折すればマルクト広場、インフォメイション(市庁舎に向かって右側のテンペルハウスの一階)で地図とパンフレットをゲットして、、次にドーム、それからこれも世界遺産であるミヒャエル教会のコースが良いと思います。
晩秋の素敵な旅を、Gute Reise !!!
2008年11月10日07時48分 返信する -
ウルムの散歩道
私は、散歩道から見える景色ばかりを見ていたためか、
探してみたけれど散歩道と景色を一緒に写した写真がありませんでした。
Berg Heil さんのお写真を見て
「なるほど、この散歩道をえらく気に入った人の目線はコレだ」と思いました。RE: ウルムの散歩道
お便りありがとうございます。
アインシュタインのところでは、年甲斐もなく夫婦でアカンベーをして写真を撮りました。散歩道、こんな場所が独逸にはここかしこにあってうらやましい限りです。
大聖堂の内部があいにく工事中で厳かな雰囲気を味わえなかったのが残念でした。
「Ulm 」の発音、ミュンヘンの駅で切符を買うときには一発で通じたのですが、ホーフブロイハウスで隣の席の独逸人に誘われ、一緒に飲んだ時、こちらのウルムの発音がすぐに通じず、2,3回言い直したのが印象的です。どうもRとLの発音が日本人にはなかなか区別が付かないのはいたしかたないことかもしれません。2008年11月03日07時50分 返信する -
貴重な写真ですね
Berg Heilさん 初めまして、
昔の台湾、興味深く見させていただきました。
実はこの頃、ホテルに勤めていましたが、ツーリスト担当のフロントの先輩に、キャンセルの安いツアーが取れるから、タイペイに行かないかと誘われましたが、行ったことのない海外、お金も休みもなんとかなったのに、断ってしまいました。
あの時台湾へ行っていれば、人生観がもっと変わっていたのではと、自分の決断力のなさ、今ま生きてきた中で、大げさですが一番後悔の残る出来事でした。
あの時行っていれば、こんな風景を見ることが出来たのかと、貴重な旅行記、ありがとうございました。RE: 貴重な写真ですね
私の拙い、昔の旅日記がお目にとまり光栄です。1972年頃の台湾は蒋介石政権、まだまだ発展段階でしたが治安は悪くありませんでした。この頃ようやく海外旅行が一般化されたのではないでしょうか? 私もこれが始めての海外旅行、飛行機に乗るにのもなんだかステイタスを感じた時代です。
もちろん個人旅行をする人は一部の人を除いて、未だ少なかった時代でした。
この時代、1972〜76年にかけて3回海外へ出かけましたが、以後 商売も忙しくなり、加えて子供達も金のかかる年頃になって、海外は95年に廃業してから出かけるようになりました。それもほとんどが独逸、愚妻や娘達、更には妹達や悪友達に「独逸ばかりでなく、他の国へ行ったらどうだ???」とあきれられている独逸オタクの不良老年です。(旅は墺太利を含めて独逸へ11回、独逸の訪問地は約130ヶ所です)2008年11月03日08時07分 返信する -
うどん1000円( ̄(∵□∵) ̄;)
当時の物価を考えると開いた口が塞がりませんね。
そしてエルメス7500円とは。。。
ところでジョニクロって何ですか?RE: うどん1000円( ̄(∵□∵) ̄;)
> 当時の物価を考えると開いた口が塞がりませんね。
> そしてエルメス7500円とは。。。
> ところでジョニクロって何ですか?
ジョニクロとは ウイスキー・ジョニーウオウカーの黒ラベル 赤ラベルはジョニ赤。 その頃日本ではジョニクロ1万円、香港ではたしか1600円
タバコ1カートンとジョニクロかオールドパー3本 或いは ブランデーのナポレオンの陶器のボトル(これは2万円以上していました)が土産の定番、自慢で買ってきました。
パリの凱旋門近くの妖しげなバーのカウンターの止まり木で一人で飲んだウイスキーのオンザロックが1500円(夜中の2時ころタクシーを拾ってホテルへ帰りましたが治安の悪さは感じませんでした)。それにこっちも若かったから。 仲間と出かけたフーケでのフランス料理のフルコースが確か7000円 この時のフィレ・ステーキとシャーベットがとても美味かった記憶があります。ユーロもこのところ急激な下落、大歓迎!! ヨーシ 来年は旅に出るぞ!!!!2008年10月29日06時40分 返信する -
はじめまして
Berg Heilさん
昨夜は足跡だけ残して失礼しました。近々明日香へ行こうかと思い彷徨っておりましたが、珍しい写真に驚き1票!となった次第です。
ドイツもかなりお詳しいようですね。30年前に西、その後東ドイツにも行きましたので懐かしく拝見しました。
また寄せていただきます。
すーぽんRE: はじめまして
拙い昔の旅日記お目に留まり、更には一票入れて頂き有難うございます。
当時の明日香の里は全くの田舎、道路の舗装もまだまだだったと思います。今ではこんな風景はすっかり変貌して、古代史フアンで賑わっている事と思います。
小生は独逸にはまった不良老年、あと3年で後期高齢者、それを過ぎれば末期高齢者になるのも時間の問題、健脚衰えざるうちに歩き回るつもりです。独逸の訪問した街や城は約130ヶ所、今年は野暮用多く、更には手元不如意なこともあり、旅には出ませんでしたが明年はカミサンをエスコートしながら、プラハ3泊 ブダペシュト3泊 ウイーン4泊(3回目)の旅を計画中、現地の観光局からパンフレットを取り寄せて予習するのも楽しみの一つです。
旅日記の投稿はタネ切れでしばらくお休みです。
又、あなた様の旅日記を覗かせていただきます。2008年10月04日10時59分 返信する -
再訪したいですぅ☆
Berg Heilさんへ♪
お邪魔しますぅ☆
ヒルデスハイム!!
やはり素敵な街ですよね!!
Berg Heilさんの旅行記見ていたら、
来年も絶対再訪したいです!!
はやくGWにならないかなぁ〜♪
RE: 再訪したいですぅ☆
> とにかく今年はいつまでも暑いですね!
ヒルデスハイム、こじんまりした でもそれなりの歴史的重みを持った良い街だと思います。戦災にあったにもかかわらずよくぞ復興してくれたものと思います。いつも独逸の町を訪問するたびに昔どうりに復興する独逸人の心意気に感心します。 紙と木の文化、伊勢神宮に代表する「新しく立替え」の文化との違いかも知れません。その良し悪しは別ですが。
それにしても ヒルデスハイム、コーブルクなど「歩き方」になぜ乗せないのかなといつも不思議に思っています。でもそっとしておきたい街もあっても良いのかも?
今年の訪独はもろもろの都合で諦め、来年はチューリンゲン地方とオーバーフランケン地方を歩くか、或いは未だ見訪問のプラハ ブダペシュトをカミサンと歩くか、計画だけは立てて楽しんでいます。
従って旅行記の投稿はしばらくお休みです。
「独逸常連卓」のフラウ・ウタ フラウ・クムスタのレディー方にはお目にかかっていますが、フラウ・トンチャンにも一度お目にかかり、お話を伺いたいものです。2008年09月13日07時32分 返信する -
お久しぶりです。
Berg Heilさま
ご無沙汰しております。
あたまがよくないせいかもしれませんが
返信にかなりの時間を要してしまったことお許しください。
あの石碑が言っているのは、
「誰が言ったのかということに固執しないで、
その概念が本当に正しいことなのか、間違った概念なのか、
ということに各人が過去の経験から判断しましょう。」
ということかとおもいました。
人生経験がある人のほうが間違える確率は
統計的に考えたら低くなっていると思いますので、
若輩者は過去の明らかな間違いは繰り返さないよう
経験者から学ばねばならないと痛感しています。
Kreisberg2008年08月30日15時47分返信する -
はじめまして
素敵なお写真ですね!30年以上も前のパリのお写真など、なかなか拝見する機会がないので、とても楽しく旅行記を読ませていただきました。
ノートルダムの首を持った方ですが、彼はフランスの守護聖人で、聖ドニと呼ばれる方です。彼はモンマルトルで斬首されたあとも、自分の首を持って北へ歩き、倒れて絶命した場所に現在のサン・ドニ大聖堂が建てられたという、ちょっと怖い伝説があるそうです。
(サン・ドニ大聖堂には歴代のフランスの王達のお墓がある場所です。)
参考になったら幸いです。RE: はじめまして
お便り有難うございます。又、分からなかった首無し聖人の由来、御教示感謝します。Frau よんよん の話を聞いてすぐに思い出したのが、ステージは全く違いますが落語の「首提灯」 かって三遊亭円生が得意として、よく高座にかけていました。おそらく円生の高座はご存知ないと思いますが、CDやテープで聞いても感じは出ません。首を切られた男が、自分の首を提灯代わりに持って夜道の人ごみの中を「ヘイ ごめんよ ヘイ ごめんよ!!」といって走っていく様の面白さを記憶しています。
巴里の「郵便博物館」のリポート拝見、実は子供の頃から切手を集めていますので興味深く拝見。 ニュルンベルク、ベルリン、フランクフルトの「郵便博物館」は訪問しています。ハンブルクにもあるのですがここは未訪問。ブダペシュトには大きな゜郵便博物館むがあるそうですので、次回ハンガリーへ行く機会がありましたら是非訪ねたいものです。
仏蘭西の再訪は未定ですが、今一度ゆっくり行きたいと思っています。何せ独逸ばかり毎年行っているものですので。今後ともよろしく。2008年07月30日07時33分 返信する



