2008/04/26 - 2008/04/26
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jijidarumaさん
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【奇妙な名前のドイツのお菓子:Bienenstichビーネンシュティッヒ(蜂の一刺し)、Schenkelシェンケル(太いもも)、Arme Ritterアルメ・リッター(貧乏騎士)って何!】
ドイツの旅ではしばしば、知らずに奇妙な名前のドイツのお菓子に遭遇していたことがある。
<奇妙な名前のドイツのお菓子:蜂の一刺し、太いもも、貧乏騎士って何!>
中でも「蜂の一刺し」と検索すれば、最初に出てくるのは、かつて田中角栄総理の榎本筆頭秘書官の奥方三恵子さんが、ロッキード贈収賄裁判にからみ、しゃべったと云われて話題になった。つまり、「榎本三恵子・蜂の一刺し」である。
年輩の方はよくご存じだが、さて今はどうなのか?
だが、本編の話は表題のように、お菓子の「Bienenstich蜂の一刺し」である。
ドイツ語を分けるとBienenビーネン(蜂)とStichシュティッヒ(刺す)ことなのだが、このケーキの形状を見ても、ドイツ語の言葉の表現が同じ意味とは思えない。
写真は2008.04.26.ベルヒテスガーデン・王様の湖畔の Brotzeit Stüberlブロートツァイト・シュテューバル(お昼のお食事処)で食べた「Bienenstich蜂の一刺し」
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
Bienenstichビーネンシュティッヒ(蜂の一刺し)という奇妙な名前のケーキを食べたのは何時だったか?
【ドイツ バイエルン州;バイエルン王国の周遊】
:アルペン街道・キーム湖・ドナウ、イザール、イン川を巡る
期間:2008年4月17日(木)~5月1日(木)15日間
確か、2008年の春4月26日、南ドイツのBerchtesgadenベルヒテスガーデン、Königsseeケーニヒス湖(王様の湖)という湖畔にあった軽食屋で食べたことが浮かんできた。
写真は2008.04.26.王様の湖Brotzeit Stüberlブロートツァイト・シュテューバル(お昼のお食事処)”にてケーニヒス湖 滝・河川・湖
-
イチオシ
<夕食:Königsseeケーニヒス湖湖畔の” Brotzeit Stüberlブロートツァイト・シュテューバル(お昼のお食事処)”にて>
17:25~45 Euro 9.9
私は“Gulaschsuppeグーラッシュズッペ”(パプリカ風味の肉入りシチュー)とビール0.2L。
家内は紅茶とBienestichビーネシュティッヒ(蜂の一刺し:スライスアーモンドをのせ、蜂蜜で固めたケーキ)の軽食で済ました。
ここは村のパン屋さんがセルフサービスの軽食・喫茶の店をやっている。
味はいずれも、とても美味しかった。
・・・・・
写真は2008.04.26.ベルヒテスガーデン・王様の湖畔の Brotzeit Stüberlブロートツァイト・シュテューバル(お昼のお食事処)で -
そしてもう一つは、2016年の秋、デュッセルドルフから赤髭王(バルバロッサ)のビューディンゲンの森に向かう途中で、近年良く知られるようになった灰色屋根・白壁の木組みの家が並ぶFreudenbergフロイデンベルク(Siegerlandジーガーラント)の町(人口1.8万人)に立寄った。
訪れてみると、山あいのモノトーンの灰色屋根・白壁の木組みの家は整いすぎた感じの家並みで、古さを感じない。
写真は2016.10.15.木組みの家が並ぶFreudenbergフロイデンベルクの秋の景観観光案内所(フロイデンベルク) 散歩・街歩き
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【ドイツの秋:ライン・モーゼル・アール・ミュンスターラントの旅】
:ライン・モーゼル・アール・ミュンスターラントの4つの地域を中心に巡る。
2016年10月14日(金)~10月28日(金)15日間
<昼食:スーパーHIT116店にあるパン屋・Cafe Heyyeカフェ・ヘイエで>
10:30~11:05 Euro6.65(857円)
10月.15日、少し早い昼食だが、短い睡眠に加え、今日は朝食無しで出発したから、丁度良い時間に街中の一角に見つけたスーパーでした。
写真はスーパーHIT116店にあるパン屋と隣接されたCafe Heyyeカフェ・ヘイエで -
イチオシ
コーヒー、ケーキの蜂の一刺し(家内がお皿にのせている)とリンゴ入りの*Berliner Pfannkuchenベルリーナー・プファンクーヘン(ジャム入りの揚げパン)、どちらも私たちの好物だから、半分に分けて食べた。
写真はコーヒー、右にケーキ・蜂の一刺し、左にリンゴ入りのベルリーナー・プファンクーヘン -
いずれも、ドイツのカフェやパン屋さんの定番メニューである。
どちらも小さなカフェで、そこのメニューにあった。こんな小さな店にあるというのは、いわば、国民的に人気のあるケーキなのだろう。
ウーン、ドイツ人って!実に面白いなと、その時は思ったものだ。
翻って、日本のケーキに奇妙な名前のものがあるのだろうか?
はて、どうも浮かばない。
尚、*ベルリーナー・プファンクーヘンは次回の投稿にまわした。
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Bienenstichビーネンシュティヒは、ドイツのデザートであり、その名前はドイツ語で「蜂の一刺し」を意味する。
キャラメリゼ(フランス語の「carameliser(キャラメリゼ)」・・・砂糖を加熱して溶かし、褐色に変化させる調理法)されたアーモンドがトッピングされた甘いイースト生地を焼き上げた菓子で、バニラカスタード、バタークリーム、生クリームなどが中身に注入されている。
参考写真:Bienenstich蜂の一刺し -
要するに、上面にぎっしりとコーティングされたアーモンドの香ばしさと、中にたっぷり詰まったバタークリームなどの濃厚な味わいが、人々の好みに合ったのであろう。
上部のサクサクとした食感とクリームのしっとりとした口当たりのバランスが、コーヒーや紅茶によくマッチする。
だから、ドイツでも人気の高いケーキと云われている。
参考写真:「ドイツのケーキ、パン菓子のレシピ本」231頁右の写真が蜂の一刺しのレシピ -
蜂の一刺し」の由来を調べてみると、
ラインの両岸で敵対関係にあった二つの町、AndernachアンダーナッハとLinz am Rheinリンツ・アム・ラインの町の伝説に出会った。
二つの町はドイツ好きで、各地を周った私も全く訪れていない。
ともあれ、伝説好きには、実に嬉しい展開だが、その結果は少々長く、翻訳に手がかかった。伝説の原本にすこし追記して纏めてみた。
*Andernachアンダーナッハは、ドイツ南西部のラインラント・プファルツ州、マイエン・コブレンツ郡に位置し、ライン川の左岸にある。
コブレンツの北約21kmに位置し、古代から人が居住していたと考えられている。紀元前1世紀にはローマの要塞が築かれ、交易の拠点として重要な役割を果たした。人口3万人。
*Linz am Rheinリンツ・アム・ラインの町はラインの右岸にあり、ボンの南東25km、コブレンツの北33kmにある人口6千人の町だ。アンダーナッハと同様に、ケルト時代から城壁に囲まれた城砦があったと云う。この町にもラインの門がある。
1987年、Linz an der Donauドナウ川のリンツと姉妹都市となっているが、ドナウの方が世に知られているようだ。
参考写真:ラインを挟んで敵対関係にあったAndernachアンダーナッハとLinz am Rheinリンツ・アム・ラインの町のMap -
アンダーナッハの観光名所:
アンダーナッハの最大の名物は、2009年に再オープンしたGeysir Andernachゲイシール・アンダーナッハ(間欠泉)である。
この間欠泉は約100分ごとに60mの高さまで水を噴き上げ、世界一の高さを誇っている。
アンダーナッハには美しい教会や歴史的建物も多く残っており、観光客にとって魅力的なスポットとなっている。
参考写真:Geysir Andernachゲイシール・アンダーナッハ(間欠泉) -
参考写真:新旧キリスト教徒の戦い、三十年戦争後半の1646年、Merianメリアン作のAndernachアンダーナッハ
-
【「蜂の一刺し」の由来】
その名前の由来が分からなかったので調べてみると、諸説が出て来た。
当然のように、蜂や蜂蜜にまつわるエピソードが存在する。
第一に菓子を発明したパン職人がケーキを作っている際、その甘い香りに誘われた蜂に刺された事を由来とする・・・これは普通で面白みのない話だが・・・。
参考写真:Andernachアンダーナッハ1900年 -
第二に1474年、ライン川沿いの町*Andernachアンダーナッハで2人のパン職人見習いが、市城壁のミツバチの巣から蜂蜜を採って食べていた時、対岸のLinz am Rheinリンツ・アム・ラインの町が繰り出した軍勢の襲来を発見し、蜂の巣を敵軍に投げつけて、撃退したと云う功績を称えて、考案されたものだと云われている。
(蜂の巣を投げて敵軍を撃退した伝説はネッカー川に沿った古城街道で似た話が残っている)
他にも、単純に蜂蜜が入っているから、フランス菓子「Florentineフロランタン・・・サクッとしたサブレ生地の上に、キャラメルでコーティングしたスライスアーモンドをのせて焼き上げた、フランスを代表する焼き菓子」が、蜂の巣に見えるからという由来もある、
また、「オーブンに入れて焼いている時、キャラメリゼしたアーモンドがフツフツと泡立って、蜂が刺しているように見えるからだ。
あるいは、表面に敷きつめたスライスアーモンドが蜂の巣に群がる蜂のように見えるからとも」・・・名前の由来は様々あるようだ。
ともあれ第二の「Die Bäckerjungensageパン屋の若者の伝説」、つまりAndernachアンダーナッハの2人のパン職人見習いの話が当時の歴史的出来事として面白い。
・・・・・
参考写真:Andernach_Rheintorラインの門・・・Konrad-Adenauer-Allee-Rheinstraße -
この「Die Bäckerjungensageパン屋の若者の伝説」は、
アンダーナッハに残る3つの歴史的な出来事に由来する伝説だそうで、19世紀半ば以降、いくつかの詩の形で、その後、散文や演劇としても知られるようになった。
この話の内容は民間伝承からではなく、文学的背景を持っている。
ボン出身のドイツ文学教授Karl Simrockカール・ジムロックは、1869年版の『Rheinsagenラインの伝説』で、この物語を発表した。
すでに1855年、アンダーナッハのWilhelm Reuterヴィルヘルム・ロイターは同じ題材のGedichtゲディヒト(詩・歌)を発表していた。
アンダーナッハの物語は、リンツの人々は、Rheinzollライン川の通行税のアンダーナッハへの再設置(通行税の徴収権)に反対し、夜襲で報復しようとしていたが、二人の警戒中(夜警役)のパン屋の少年たち(他の町民たちは眠っていた)により阻止された。少年たちは丁度、破城槌(はじょうつい)で破壊しようと身構えた攻城者たちに、城壁にあった蜂の巣を投げつけたのだ。
これにはリンツの攻城軍も蜂にさんざん刺され、這う這うの体(ほうほうのてい)で逃げ去ったと云う。
参考写真:Andernach_Rheintorラインの門の若いパン屋職人2人の石像(ライン門の Tuffsteinfiguren凝灰岩(ぎょうかいがん)の像)・・・実際は13世紀後期ロマネスク様式の二人の戦士像だそうだが。 -
こちらの話はさらに興味深い。
それはコブレンツのFriedrich Wilhelm Carovéフリードリヒ・ヴィルヘルム・カローヴェが、1816年に他の物語とともにグリム童話で知られたグリム兄弟に送った伝説の「異説」を読むとわかる。
彼の見解では、アンダーナッハのRheintorライン門に造形された石像たちは町のBierbrauerビール醸造者で、三十年戦争におけるSchwedenkriegスウェーデン戦争の際、攻めてきたスウェーデン軍に熱湯を浴びせることで、アンダーナッハの町を救ったとされている。
尚、スウェーデン軍は1633年にもアンダーナッハを再び占領しようとした。
参考写真:マルクト広場に立つ、伝説のBäckerjungenbrunnen若いパン屋職人2人の石像と噴水・・・市城壁から敵兵を眺める二人と、蜂蜜の籠、パン(プレッツェル)、ライン川と船をこぐ人達が彫られているのを見ることができる。 -
この「ビール醸造者版」のアンダーナッハ救出伝説は、後に定着した「パン屋の少年版」とは違って、理論的にはこうした出来事が実際にあったと思われる可能性に基づいている。ただ、ライン門の二つの石像が、パン屋の少年でもビール醸造者でもなく、いかなる攻撃にも関わったことがないとも云える事だが・・・。
しかし、1816年にアンダーナッハでライン川通行税の徴収人であったカロヴェが、前述の異説をどこから得たのかは、誰にもわかっていない。
当時、パン屋の少年の伝説はまだ生まれていなかった。
参考写真:Bienenstich蜂の一刺し -
ライン門の Tuffsteinfiguren凝灰岩(ぎょうかいがん)の像は、誰の目にも明らかなように、13世紀後期ロマネスク様式の二人の戦士像である。
戦士像は町の象徴的な守護者としての役割を果たしており、門が建てられた時、またはその直後に設置されたものだろう。
これらの伝説は、アンダーナッハの歴史と文化を理解するためには重要な要素なのだが、「蜂の一刺し」の由来の決定版とはならないようだ。
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参考写真:Bienenstich蜂の一刺し(スーパーの冷凍品) -
参考写真:Linz am Rheinリンツ・アム・ラインの町はラインの右岸にあり、アンダーナッハのRheintorライン門と同様の名のラインの門が立っている。
-
こちらも奇妙な名前の菓子の部類になる。
<Schenkelシェンケル(太いもも)>
お肉料理のように思われる、ドイツ語のSchenkelシェンケル(太いもも)といお菓子はドイツ語圏の方言で、以下のように言うらしい。
例えば、仏・アルザス方言でSchenkeleシェンケレまたはSchenkela シェンケラと言い、スイス方言ではSchänkeli 、Schenkeliシェンケリ、Schenggeli、 Schänggeliシェンゲリ、シェンゲリである。
ドイツ語圏のスイスや仏・アルザスで、クリスマスやファスナハト(謝肉祭)の時期に食べられている、kleines walzenförmiges süßes Fettgebäck小さな円筒形の甘い揚げ菓子である。
ドイツ語圏もアルザスやスイス方言も含むと、上記のように多い。
確かにドイツ語の辞書ではSchenkelシェンケルはスネを意味し、Unter若しくはOberをつけてUnterschenkel下肢、Oberschenkel上肢を意味する言葉となっている。また、Schenkelbeinで大腿骨(だいたいこつ)である。
本編のSchenkelシェンケルは写真で見ると、なるほど円筒形した、ガッチリした「太いもも」が連想され、細長いスネではない。
また、Schenkeligはドイツ語(合成語で)で太もも、太い印象があるようだ。
参考写真:サツマイモの様な菓子パンはSchenkelシェンケル(太いもも) -
スイスとアルザス地方で食べられる、小さな円筒形の甘い揚げ菓子の事を、 Kaspar von Stielerカスパール・フォン・シュティーラー(1632年~ 1707年:ドイツの抒情詩人・劇作家・小説家・学者・言語学者であり、特に彼自身が編纂した辞書で知られ、当時の語彙を代表するものとされる)は「アルザス地方の小さな細長いパン」という表現をしているのだが・・・。
Schenkeliシェンケリ(太いもも)の別名には以下のような面白い名前もある。
スイス・Juraジュラ州の「山羊の足 (pieds de chèvre)」
フランスの「貴婦人の太もも (cuisses de dames)」
参考写真:Schenkeliシェンケリ(太いもも)はFasnachtsgebäckファスナハト(謝肉祭)のお菓子 -
奇妙な名前の菓子、「Schenkelシェンケリ(太いもも)」とは、実に面白い名前である。
ついでに脚がらみで言えば、スイス方言(ベルン地方)に「Meitschibei(マイチバイ)」という馬蹄形をしたお菓子がある。若い女性の脚にも見える。
最上のイースト生地に、香り豊かなヘーゼルナッツとシナモンを入れた伝統的な菓子だ。
「マイチバイ」はドイツ語では「Mädchenbeineメッチェンバイン」、 つまり、「乙女の脚」だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参考写真:馬蹄形をしたお菓子、乙女の脚Meitschibeiマイチバイ・・・ süsse Mädchenbeine zum Dessert -
本編のもう一つの奇妙な名前の料理は「貧乏騎士」という。
<Arme Ritterアルメ・リッター(貧乏騎士)>
Arme Ritterアルメ・リッター(貧乏騎士)は、French toastフレンチトースト(仏語はpain perdu)のドイツ語の呼称である。
「貧乏騎士」という呼称は、古くなったパンを無駄にしないための料理であったことに由来するそうだ。
形状と名前は勿論一致しない。古くなったパンを無駄にしないと云う精神から派生した表現のようで、別に貧乏という事に直結するわけではないのだが。
(名称の由来)
アルメ・リッターはドイツ語で「貧しい騎士」を意味し、古くなり、硬くなったパンを卵黄と卵白を分け、卵黄、牛乳、砂糖を混ぜたカスタード液にパンを浸す。軽く泡立てた卵白をまぶし、パン粉をつけてバターで焼き、砂糖とシナモンをまぶす。
卵液に浸して焼くことで、貧しい騎士でも食べられるように工夫された料理だったため、「貧しい騎士」の名前が付けられたと云われている。
French toastフレンチトーストは国によって様々な呼び名がある。
ドイツ:Arme Ritterアルメ・リッター
スウェーデン:Fattiga riddareファッティガ・リッダレ
フィンランド:Köyhät ritaritクーハト・リタリット
これらの呼び名はすべて「貧乏騎士」と同じ意味を持っていると云う。
参考写真:Arme Ritterアルメ・リッター(貧乏騎士) -
ついでに言えば、アルメ・リッター=フレンチトーストに似た料理がオーストリアとバイエルン州にあり、「Pafeseパフェーゼ」または「Pofeseポフェーゼ」と呼ばれている。これはイタリア語の「zuppa alla pavezeズッパ・アッラ・パヴェーゼ(パヴィーア風スープ)」に由来するのだと云う。
貧乏騎士に対し、Reiche Ritterライヒェ・リッター(金持ち騎士)もある。
ちょっと上等なプルーンジャムを挟んだフレンチトーストは「金持ち騎士」と呼ばれている。
参考写真:(右)Arme Ritterアルメ・リッター(貧乏騎士)と(左)Reiche Ritterライヒェ・リッター(金持ち騎士)
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(2026年02月13日Wiki・HP参考、訳・編集追記)
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