2026/01/29 - 2026/01/29
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旅行ブロガー電車丸(嶋拓)さん
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長崎市は長崎県の南部に位置しており、和華蘭の文化が息づく国際色ゆたかな異国情緒漂う都市です。人口約42万人となっています。西・南・東側は海に面しており、長崎港内の平坦な地域には商業・業務機能が集積しているので長崎港を中心としたすり鉢状の地形に形成された斜面市街地と重なりあって独特の都市景観が生み出しています。主要産業 は 造船・造機製造業、食品加工・飲食業、観光関連産業となっています。また、長崎市は世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」と「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産がある都市です。
一般的にはカステラ、ちゃんぽん、皿うどんが有名ですが、実は魚も絶品です。漁獲量は全国2位、魚種の豊富さ全国1位と言われるほど魚に恵まれたまちとなっています。刺身だけではなく、煮ても焼いても美味しく頂けます。また、魚屋さんやスーパーで購入するだけでなく、自分で釣って捌いて食べるという選択も可能です。
長崎の地名の由来は諸説ありますが、13世紀頃にこの地を治めていた豪族「長崎氏」に由来する説と現在の県庁付近から港へ突き出していた「長い岬」という地形に由来する説の2つが有力です 。地名定着の背景には鎌倉時代に「永埼」とも表記され、この長い岬に領主が館を構えていたことにあります。
今回は出島、グラバー邸、新地中華街などの観光スポットなどを訪問し、中華街グルメ、カステラ、ちゃんぽんなどのグルメを満喫出来て佐世保以来の長崎を楽しめました。次は大村市か雲仙市に行きたいです。
最後になりますが、私の旅行記を見て長崎市に行きたいと思ったきっかけ及び長崎市に旅行に行くときの参考となれば幸いです。長崎市の旅行が皆様にとって忘れられない思い出になります事を心よりお祈り申し上げます。
参考資料
・長崎市
・ながさきぷれす
・ながさき旅ネット
・GOOD LUCK TRIP
・毎日新聞
・四国インターネット
・刀剣ワールド
・発見!長崎の歩き方
・JAFナビ
・カタギ食品株式会社
・和菓子の季節
・森林総合研究所
・九州旅倶楽部
・JA全農ながさき
・JALPLAZA
・おみや
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長崎市に到着!佐世保以来の長崎!
長崎駅 (長崎県) 駅
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最初は長崎県庁展望テラスを訪問しました。
長崎県庁展望テラスは平成30年に新しく建設された県庁舎の8階にあり、長崎港や市街地を一望できます。バリアフリー対応の屋上デッキで景色を楽しめます。
めちゃくちゃ迫力満点でした! -
朝飯を食べた後は出島を訪問しました。
出島は徳川幕府の命令によって築造された人工の島であり、約200年もの間日本で唯一西欧に開かれた窓として日本の近代化に大きな役割を果たました。1636年に完成しました。出島は明治期に役割を終え、周囲は埋め立てられ海に浮かぶ扇形の原形は姿を消しました。ですが、1951年に長崎市が出島の復元整備を開始して16棟の建物や景観が当時の姿を取り戻しました。
古い街並みと現代風の街並みが融合しており、異国情緒が漂っています。鎖国政策のひとつでキリスト教の布教を禁止するため、ポルトガル人を管理する目的で江戸時代に造られました。江戸時代の文化を体験・見学・学習できるスポットも豊富で、日本の歴史を学びたい人にお勧めです!出島を一部紹介します!出島 名所・史跡
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まずはシーボルト里帰り植物。
シーボルト里帰り植物はシーボルトがジャカルタを経由してオランダに持ち帰った植物を再び日本に持ち帰り出島に植えた植物を示しています。
シーボルトは長崎・出島のオランダ商館医として西洋医学や博物学を伝えた医師・博物学者であり、江戸時代後期にドイツから来日しました。日本人医師たちに西洋の先進的な医学や自然科学を指導しました。 日本の動植物、鉱物、工芸品などを収集し、ヨーロッパにおける日本研究の基礎を築いた。日本とヨーロッパの学術・文化交流の出発点として高く評価されています。出島 名所・史跡
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次はミニ出島。
ミニ出島は昭和51年に長崎市が15分の1の模型に再現しまし、シーボルトのお抱え絵師として知られる川原慶賀が1820年ごろ描いたとされる「長崎出島の図」を参考にしています。シーボルト由来の植物園のそばにあります。
長い間、雨風にさらされながらにも関わらず、今の形を保ち続けられていられるのは毎年長崎工業高校・建築科の皆さんが卒業制作として修繕してくださっているためであります。めちゃくちゃ繊細で面白い模型でした!出島 名所・史跡
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3番目は組頭部屋 • 銅蔵。
組頭部屋 • 銅蔵は主な輸出物であった銅の管理を通じて日本と世界が繋がっていた歴史を伝える役割を担っており、幕府の監視役である乙名を補佐する組頭が詰めた部屋と輸出品の銅を保管・計量した蔵が一体となっている建物であります。2000年の第I期事業で復元されました。
日本の重要輸出品であった銅の検査・保管状況を再現されています。館内の展示をいくつか紹介します。出島 名所・史跡
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最初の展示はは棹銅入箱。
棹銅入箱は輸出貿易の歴史を物語る重要なアイテムであり、江戸時代に日本から海外(主にオランダや清)へ輸出された銅製品「棹銅(さおどう)」を収納・運搬するために使用された専用の木箱のことであります。 1箱に約200本の棹銅が詰める事が出来て、合計の重さは約百斤(約60kg)でした。
箱には「長崎 御用棹銅百斤入」「住友吉次郎吹納」などの墨書(文字)が記されているものが多く、いつ、誰が、どこで精錬したかを表しています。江戸時代の鎖国の間はオランダとの貿易額の約80%を銅が占めていた時期もあり、この箱に詰められた銅は「ジャパンコッパー」として世界で好評を博しました。出島 名所・史跡
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次の展示は鮫皮。
鮫皮は主にオランダ東インド会社や中国人商人によって生み出され、オランダ貿易の重要な輸入品の一つでした。特に刀剣の柄や鞘の装飾用として、貴重な高級品として取引が行われていました。
出島内には銅蔵という建物があり、2階に輸入用の鮫皮が保管されていました。刀剣の柄に巻くことで補強や滑り止めになるという実用的な利点もある反面、希少価値の高い装飾品として評価されていました。この事から出島を経由して国内にもたらされ、日本の武士文化や工芸に深く関わる重要な交易品でありました。出島 名所・史跡
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4番目は筆者蘭人部屋。
筆者蘭人部屋は和洋折衷の不思議な雰囲気の建物であり、1階は木造の日本風の家屋、2階の手すりがブルーで洋風な雰囲気が漂っています。筆者とは帳簿を整理する経理のような仕事などをしている人のことを示しています。現在は復元され、当時のオランダ人の生活や貿易、蘭学を紹介する資料館の役割を担っています。
主に貿易の帳簿管理を行う「書記(ブーグハウデル)」の主席事務員が居住・業務をしていた場所であります。館内の展示をいくつか紹介します。出島 名所・史跡
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最初の展示はオランダ船フリースランド模型。
オランダ船フリースランドは1672年のソールベイの海戦にてデ・ロイテル提督の指揮下、英仏連合軍と戦った歴史的な戦列艦として知られており、1663年に建造された80門の主砲を持ったオランダ海軍の2級戦列艦であります。17世紀のオランダは世界でも最高水準の造船技術を誇っていました。
オランダ東インド会社に所属し、長崎の出島に来航したことがあります。出島 名所・史跡
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次の展示は参勤交代。
参勤交代は鎌倉時代の大番役と呼ばれる制度が原型となっており、徳川将軍家に対する軍役奉仕を目的とした制度であります。諸大名は1年交代で、江戸と領地それぞれに在住することが義務化されています。文化の発展や交通の発達など多くの利点があった反面、諸藩は大きな財政難に陥り、結果として江戸幕府崩壊の一因につながったと言われています。
将軍に対して服従の態度を表すために、大名が1年おきに江戸の屋敷に住まわされました。自動車や電車のなかったこの時代、全国各地の大名が江戸へ向かうのはかなり大変でした。出島 名所・史跡
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5番目は乙名詰所。
乙名詰所は長崎奉行所と連携してオランダ人の監視や貿易の監視と出島の運営を行う日本人役人の詰所としての役割を担っており、江戸時代の長崎・出島において、日本側の貿易事務や管理を担当した出島乙名が拠点とした建物であります。出島乙名とは:出島を建設した「出島町人(25人の商人)」から選ばれた地役人の長(町年寄)の下僚となっています。
夜は島に滞在できない倉庫番役人、夜警の番人、オランダ船と出島とを行き来する小船を見張る番人などが日中ここに滞在していました。館内の展示を紹介します。出島 名所・史跡
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乙名詰所の展示。出島が貿易や文化交流を通じて世界と日本各地とつながっていた様子をわかりやすく紹介しています。
出島 名所・史跡
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6番目はカピタン部屋。
カピタン部屋は入口正面に左右両側から登ることができる屋根付きの“三角階段”と呼ばれる階段がシンボルとなっており、出島を代表する一番大きな建築物となっています。カピタンとはポルトガル語で商館長を示しています。商館長であるカピタンの住居であると同時にオランダ商館の事務所で、出島に訪れた幕府の役人や長崎奉行、出島乙名、オランダ通詞などへの接待所としての役割を担っていました。
寛政の出島大火”と呼ばれる大火に見舞われて、当時のカピタン部屋を含む出島の大半は焼失しました。日本側と商館長の意見が合わず再建まで10年もの年月を要しました。1階では出島の歴史や生活に関する展示、2階では商館長の生活の様子を復元展示しています。出島 名所・史跡
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看板に商館長の居住空間再現と書いてあったので、2階に行きました。
日本の役人や大名などが出島を訪れた際の接待の場所として使用されており、リッチな食堂や宴会場などが置かれ公邸としての役割を担っていました。宴会場やビリヤード台などが置かれていました。部屋を2つ紹介します!
まずは15畳の部屋。商館の事務室として使われていたと考えられ、正面にあるのは幕府に献上するオルゴール付き時計であります。出島 名所・史跡
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次は大広間。
大広間は最も広い35畳となっており、クリスマスを祝ったとされる「阿蘭陀冬至」の祝宴風景を再現しています。日本の役人との応接や、クリスマス「阿蘭陀冬至」の祝宴に利用されていました。
当時にタイムスリップした感覚になれました!出島 名所・史跡
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最後は三番蔵。
三番蔵は主に輸入した砂糖を収めた以外に様々な個人商売用の脇荷(わけに)の収納にも使用されており、「アニェリール蔵」と呼ばれた蔵であります。アニェリールとはピンク色のカーネーションを指しています。海岸に面するため傷みが激しく、特に蔵の外壁はしばしば修理された記録があります。
館内を紹介します。出島 名所・史跡
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三番蔵の館内。わかりやすく展示されています。
出島 名所・史跡
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出島から長崎新地中華街に行くために新地橋を渡りました。
新地橋は赤い欄干が特徴的な銅座川の橋であり、長崎新地中華街の北門(玄武門)前に架かっています。中華街の入り口として観光客のフォトスポットや待ち合わせ場所、ランタンフェスティバル会場として人気があります橋の四隅には四神のプレートが飾られています。
この橋から新地中華街の北門を眺めると、異国情緒が漂っています。新地橋 名所・史跡
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長崎新地中華街に到着!
長崎新地中華街はJR長崎駅から路面電車にゆられて10分足らずで到着する事が出来て、横浜・神戸と並ぶ日本三大中華街のひとつとなっています。江戸時代中期に中国からの貿易品の倉庫を建てるために、海を埋め立てて誕生しました。東西、南北あわせて約250mの十字路に中華料理店をはじめ、中国菓子や中国雑貨など約40店舗が立ち並んでいます。
鎖国解消後の唐人屋敷廃止に伴ない中国人がこの地に移り住んだ事で中華街となりました。長崎名物ちゃんぽん皿うどんなど独特の長崎中華を楽しめます。私が寄ったお店やグルメを一部紹介します!長崎新地中華街 名所・史跡
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まずは旅パンダ。食べたメニューを紹介します。
長崎新地中華街 名所・史跡
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最初のグルメは角煮まんじゅう。
角煮まんじゅうは長崎の郷土料理「卓袱料理」の東坡を手軽に食べられるよう岩崎本舗の初代が考案した名物料理であり、トロトロに煮込んだ豚の角煮をふわふわの生地に挟んだ逸品でありました。お土産や食べ歩きグルメとして高い人気を集めています。
長崎の観光地や空港、オンラインショップで購入する事が出来ます。佐世保市以来食べてみると美味しかったです!長崎新地中華街 名所・史跡
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次のグルメはごまだんご。
ごまだんごはもちもちの食感にごまの香ばしさが美味しい食べ物であり、あんこを生地で包みごまをまぶして揚げた中国の伝統料理であります。芝麻球(チーマーカオ)とも呼ばれています。中国だけ安いなく、日本の中華料理屋さんのメニューにも必ずあるといえるほどの鉄板メニューとなっています。
作り方は餡を生地に包み、一緒に白ゴマ及び黒ゴマをまぶした上で、低めの温度で10分程度かけてじっくり揚げていきます。温かいうちに食べることがベストですが、時間が経過して冷めても美味しく頂けます。熱々で美味しかったです!長崎新地中華街 名所・史跡
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次は蘭華を訪問しました。
蘭華は長崎土産や楽しいグッズが盛り沢山のお店であり、売店も併設されており、ソフトクリームや長崎名物を食べ歩く事ができます。中華街へお越しの際はいかがでしょうか。
お土産を紹介します!蘭華 専門店
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最初のお土産は長崎胡麻団子。
大量に陳列されています!試食もあり、何度でも食べたくなります!蘭華 専門店
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次のお土産はちゃんぽんサラダうどん詰め合わせ。
長崎の名物料理を一度に楽しめるのでお勧めです!蘭華 専門店
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最後は長崎びわシフォンケーキ。
長崎びわシフォンケーキはほんのり香るびわの香りが爽やかな一品であり、長崎県びわを使用した甘酸っぱいジャムを ふわふわのケーキでサンドしたシフォンケーキとなっています。長崎の定番土産、旅行や修学旅行のギフトとして親しまれています。
イラストから購買意欲が湧いてきます!一口サイズや小ぶりなミニサイズが多く、個包装されているタイプが主流となっています。蘭華 専門店
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最後は長崎焼小龍包専門店 チャイデリカを訪問しました。
長崎焼小龍包専門店 チャイデリカは雲仙産のブランド豚「紅葉豚」やこだわりの具材を独自のモチモチとした皮で包み、カリッと焼き上げた「長崎焼小籠包」の専門店ですあります。長崎焼小龍包専門店 チャイデリカ グルメ・レストラン
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メニューは魯肉飯にしたかったのですが、売り切れだったので焼売の盛り合わせにしました。
長崎焼小龍包専門店 チャイデリカ グルメ・レストラン
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孔子廟中国歴代博物館に行くために長崎電気軌道を使いました。
長崎電気軌道は1915年に運行を始めた長崎市内を走る路面電車であり、運行系統は1号・3号・4号・5号系統があります。市内中心部から住宅地・港湾エリアまで幅広く結んいるので日常の移動手段としてだけでなく、市街地観光においても欠かせない交通網の役割を担っています。
1945(昭和20)年にの原子爆弾の投下により壊滅的な被害を受けましたが、戦後に入って市街地が北部へと拡大するのに伴って少しずつ延長を繰り返しました。1968(昭和43)年の思案橋~正覚寺下間の延長によって、現在の路線網になりました。長崎電気軌道/長崎の路面電車 乗り物
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メディカルセンター停車場から乗車。
メディカルセンター停留場 駅
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孔子廟中国歴代博物館に到着!
孔子廟中国歴代博物館は壮麗な伝統美を随所に凝らした日本で唯一の本格的中国様式の霊廟であり、1893年に清朝政府と在日華僑が建てた日本唯一の本格的な中国様式の孔子廟に中国各地の貴重な文物を展示する博物館が併設された複合施設であります。北京故宮博物院などの国宝級の文物や72賢人像を見学して中国文化と歴史を体験できます。
営業時間は9:30~18:00(最終受付は17:30まで)、休日
は年中無休※但し、博物館の展示入替やその他特別休館の場合ありとなっています。館内を紹介します。孔子廟 中国歴代博物館 美術館・博物館
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まずはすい星門。
すい星門は聖なる場所への入り口として敬意を払うための門であり、日本の鳥居の原型とも言われる石造りの格子戸風の門であります。近くには樹齢100年を超えるシナサワグルミが配置されています。
シナサワグルミは中国北部を原産とするクルミの仲間であり、明治時代の初期に日本に渡来しました。生長が早いので公園や街路で早期に緑陰を作るのに役立っています。木は庭木または街路樹としても植栽されています。孔子廟 中国歴代博物館 美術館・博物館
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次は長崎孔子廟儀門。
長崎孔子廟儀門は本廟の正面玄関であり、聖廟の入口は3ケ所以上の奇数で中央を神と皇帝だけが通るとされていて通常は閉ざされている門であります。開いている時は皇帝気分で中央の通路を歩いて楽しめます。
黄色は皇帝の色を表していて廟全体に広がる朱色は魔除けと慶びを示しています。迫力がありました!孔子廟 中国歴代博物館 美術館・博物館
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3番目はずらりと並んでいる大理石の72賢人像。
孔子の高弟72人をモデルにしており、1982年に中国政府の協力で製作されました。1体約1.5~1.8トンであり、一人ひとりが異なる表情や衣服を身に纏い、孔子廟の両廡に並んでいます。使用されている大理石は全て台湾省花蓮産となっています。
それぞれ史実に基づいて北京美術工場で彫刻したものとなっています。台座には前面に賢人の名、後面に彫刻した制作者の名が記されています。圧巻されます!孔子廟 中国歴代博物館 美術館・博物館
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最後は博物館を見学!館内は写真撮影禁止なので中の様子を伝える事は出来ませんが、孔子の事について深く学べました。
孔子廟 中国歴代博物館 美術館・博物館
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その後はちゃんぽんミュージアムを訪問しました。
ちゃんぽんミュージアムは明治32(1899)年に福建省出身の初代陳平順がちゃんぽんを発案したいきさつや当時使っていた食器類などを展示しており、ちゃんぽん発祥の店「中華料理四海樓」に併設のミュージアムであります。営業時間は11:30~19:30(閉館)、休業日は不定休(12月30日~翌1月2日休)となっています。
食べる前に行くとより美味しくなるかもしれません。
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ちゃんぽんミュージアムの展示内容の1920年代の出前用の器《蓋付ちゃんぽん丼》。
当時の出前容器はスープが冷めないようにまた出前の際に溢れないように必ず蓋がセットになっており、現代のものよりもやや深めで重厚な陶器が使用されていました。錦牡丹など、中華料理らしい鮮やかな絵付けが施されたものや、シンプルな駒筋のものがデザインされました。 -
お昼の時間になったので四海樓を訪問しました。
四海樓は1899(明治32)年に中華料理店として長崎の唐人屋敷跡である広馬場町で創業し、現在も長崎最古の中華料理店として続いています。1973(昭和48)年に松が枝町に移転しました。
グラバー園や大浦天主堂などの観光地にも近い「大浦天主堂」駅から徒歩1分のところに位置しています。店内はお昼前にも関わらず、多くのお客様で賑わいを見せていました。四海樓 グルメ・レストラン
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自分は窓側の席にしました。長崎港を一望出来ます!
四海樓 グルメ・レストラン
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メニューからちゃんぽんにしました。
ちゃんぽんは全国的に有名な長崎名物の麺料理であり、豚骨や鶏ガラベースのスープで、太麺と豚肉、野菜、シーフードなど多くの具材を煮込んでいます。はじまりは1899(明治32)年に中華料理店『四海樓』の店主・陳平順氏が中国人留学生に安くて栄養があるものを食べさせようと鍋で野菜や肉の切れ端などを炒め物にに中華麺を入れて濃いめのスープで煮こんだボリュームたっぷりの料理を作った事だと言われています。
ちゃんぽんという名称は諸説ありますが、一説には中国語の簡単なご飯という意味の「喰飯(シャンポン)」がなまったものが由来という説とポルトガル語の混ぜる・混合するという意味の「ちゃんぽん」がなまったものが由来という説があります。具材には豚肉・魚介類・たっぷりの野菜が入っていて栄養バランスも抜群です!野菜と海鮮の出汁が効いていて美味しかったです!四海樓 グルメ・レストラン
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デザートに杏仁豆腐にしました。
杏仁豆腐は中国発祥のデザートであり、杏仁(きょうにん、あんずの種の中の核)の香りと風味を加えたミルクに、砂糖を加えて寒天やゼラチンで冷やし固めて作る四海樓 グルメ・レストラン
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その後は軍艦島デジタルミュージアムを訪問しました。
軍艦島デジタルミュージアムは明治日本の産業革命遺産として2015年に世界遺産に登録された軍艦島の当時世界一の人口密度だった島の活気あふれる様子や上陸ツアーでは見ることができない立入禁止区域などを、最新のデジタル技術で再現しているミュージアムです。4Kパネル5面体の立体シアターや最新のVRなどで体感できます。
営業時間は9:00~18:00(最終入館17:30)、定休日は年中無休となっています。地上から海底に造られた採炭現場までの道のりをデジタル映像で再現した「採炭現場への道」や全長約30mのスクリーンに映し出される軍艦島の歴史「軍艦島シンフォニー」のほか、最盛期には約5200人もの人々が暮らした軍艦島の当時の住居一室を再現した「65号棟の暮らし」など8つのコンテンツから構成されています。軍艦島デジタルミュージアムの館内をいくつか紹介します。軍艦島デジタルミュージアム 美術館・博物館
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最初の展示は軍艦島3D散歩。
軍艦島3D散歩はマウスやコントローラーを用いて、3Dモデル化された軍艦島の島内を自由に歩き回れるインタラクティブなバーチャル体験コンテンツであります。現実の観光で見られない立入禁止エリアの内部や廃墟化した当時のアパートの様子を細部まで観察できます。
実際に島へ行かなくても、詳細に再現された廃墟の雰囲気や、当時の面影をじっくりと見ることができます。探検した気分で楽しめました!軍艦島デジタルミュージアム 美術館・博物館
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次の展示は軍艦島のアパートの暮らし。
軍艦島のアパートの暮らしでは1950年代後半頃を再現し当時の軍艦島の生活がつめこまれています。最盛期は様々な間取りをした30棟以上のアパートが林立していました。
炭鉱マンとその家族が暮らす、鉄筋コンクリート造の超高密度な集合住宅であり、6畳+4畳半+台所の2Kが基本となっています。屋上や広めの廊下で住民同士が交流する、現代のマンションの先駆けとも言える暮らしでもありました。軍艦島デジタルミュージアム 美術館・博物館
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3番目の展示は軍艦島30号棟の模型。
こちらの模型は「1/30の模型」やパネルで、築100年を越えた30号棟を詳しく紹介しています。炭鉱労働者の社宅として建設され、1916年(大正5年)に建設された日本初の鉄筋コンクリート造(RC造)高層アパートです。現在は老朽化が進行しており、特に西側を中心に崩落が激しい状態となっています。
30号棟の設計者がイギリス商人であるトーマス・グラバーが住んだ「グラバー邸」の主人と交流があったため、通称「グラバーハウス」と呼ばれていました。当初は4階建てだったが増築された事で地上7階建ての大きなアパートになりました。軍艦島デジタルミュージアム 美術館・博物館
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4番目の展示は夕顔丸1/30スケール。
夕顔丸1/30スケールは75年の長きに渡って高島・端島の島民、長崎市民から愛された貨客船「夕顔丸」を再現した模型です。夕顔丸は1887年2月21日に三菱長崎造船所で鉄船の第一号船として建造され、島の人々に愛されました。1931年には長崎港―高島―端島間の就航を始めました。
昭和37年の航路廃止になるまで、一日3回往復していました。めっちゃ良い刺激になりました!軍艦島デジタルミュージアム 美術館・博物館
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最後の展示は端島神社。
端島神社は軍艦島の高台に建っており、端島炭鉱の坑内安全を願う島の守り神の役割を担っていました。島民に親しまれた神社を、ミュージアムに再現しました。
現在は一般の立ち入りは禁止されており、建物の風化とともに社殿は壊れてコンクリート製の小さな祠が残されています。島を見守る歴史的な場所として知られています。軍艦島デジタルミュージアム 美術館・博物館
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その後は隣にあるcafe Xに行きました。
cafe Xは軍艦島デジタルミュージアム1階受付横に3年前にオープンし、長崎名物のカステラを使ったスイーツを各種販売しています。cafe Xの「X」は軍艦島の67号棟にあるエックス階段をモチーフに、羽根を広げた姿の蝶をXのロゴマークに取り入れました。
カステラはミュージアムと同じ建物内にカステラ工場を持つカステラの老舗、長崎堂さんの工場直渡しカステラを使用しています。軍艦島デジタルミュージアム 美術館・博物館
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様々なアイスがあって美味しそう!
軍艦島デジタルミュージアム 美術館・博物館
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カステラとアイスの愛称は抜群です!
軍艦島デジタルミュージアム 美術館・博物館
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その後は長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館を訪問しました。
長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館は長崎市内に残る洋館の中で最大級の大きさを誇っており、1904年に建設された国指定重要文化財に指定されました「旧香港上海銀行長崎支店」を活用した博物館であります。明治から昭和初期に活躍した建築界の異才である下田菊太郎が設計した中で唯一国内に現存する作品ともなっています。
正面は装飾が豊かで側面はシンプルな造りとなっています。1階は銀行として使われていた当時の様子を伝える展示と休憩等気軽に利用できる多目的ホール、2・3階に長崎近代交流史と孫文・梅屋庄吉ミュージアムから構成されています。館内を紹介します。長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館 名所・史跡
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まずは1階。
1階では銀行の営業スペースであり、休憩等気軽に利用できます。中央のスペースは音楽会や講演会などで使う事が出来ます。
売店も併設されており、お土産や書籍を買うことが出来ます。長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館 名所・史跡
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次は2階。
2階は孫文と梅屋庄吉の盟約と長崎華僑の歴史を物語る空間となっています。タイムスリップ感覚で楽しめます。長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館 名所・史跡
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その後はナガサキピースミュージアムを訪問しました。
ナガサキピースミュージアムは平和な地球”を実現するために長崎から世界へ発信する玄関口の役割を担っており、長崎出身の歌手さだまさしが「長崎に平和発信ミュージアムをつくろう」と呼びかけて全国から寄付された募金により設立されたミュージアムであります。主な目的は人権、差別、環境、文化など、私達の身近で起きている問題を考え、平和情報の発信と平和ネットワークの構築であります。
敷地内にはデザイナー福田繁雄のモニュメント《宙(そら)へ》が設置されています。開館時間は9:30~17:30、休館日は月曜(祝祭日の場合は翌日)、年末年始(12/26~1/1)となっています。ナガサキピースミュージアム 美術館・博物館
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世界の紛争地域マップや平和・戦争についての文献、世界の子供たちの写真などを常時展示しています。平和について考えさせられます。
ナガサキピースミュージアム 美術館・博物館
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その後は聖コルベ館を訪問しました。
聖コルベ館は大浦天主堂へ登る坂道の途中の右側の路地にあり、マキシミリアノ・マリア・コルベ神父(1894年~1944年)たちが1930年(昭和5年)に日本に上陸してまもなく借りた洋館があった場所であります。
当時の洋館は火災によって焼失してしまいましたが、現在の記念館は暖炉(長崎市の南山手伝統的建造群に指定)を中心として建てられたものとなっています。 -
聖コルベ館の館内。煙突が象徴的です!
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歩き疲れたので、ひと休み。
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メニューからびわのソフトクリーム。
びわは甘くてジューシーな味わいがあり、⻑崎の代表的な瑞々しいフルーツであります。海からの風に包まれ、降りそそぐ太陽の恵みをその果実にたっぷりと詰め込まれています。名前は実や葉の形が楽器の琵琶に似ていることからつけられました。
長崎県はびわの生産量が日本一となっており、江戸時代からびわ栽培の長い歴史があります。日本の最先端に位置し、海に囲まれ、温暖な気候がびわの栽培に適しています。また、入荷があったら食べてみたいです! -
焼売も美味しかった!
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その後は祈りの丘絵本美術館を訪問しました。
祈りの丘絵本美術館は国宝・大浦天主堂やグラバー園が並ぶ長崎市南山手にあり、1999年に開館しました。19世紀の長崎の洋風建築をイメージしたレンガ造り風の建物となっています。長崎市南山手の丘は、明治維新の頃(19世紀)、日本で唯一、西欧との交流が行われたところであります。
開館時間:は10:00~17:30(入館は17:00まで)、休館日は月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始となっています。館内をいくつか紹介します。祈りの丘絵本美術館 美術館・博物館
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まずは1階。
1階はこどもの本の店・童話館のフロアーとなっていおり、絵本・こどもの本がおよそ4,000点、10,000冊用意されています。長崎で唯一の児童書専門の書店となっています。
オルゴールの音楽が流れる、クラシックな雰囲気が漂っています。
中には私が幼い頃に読んでいた本もあったので、思い出が蘇りました。子供連れにお勧めです。祈りの丘絵本美術館 美術館・博物館
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次は2階と3階。
2階と3階は美術館のフロアとなっており、所蔵している国内外の絵本の原画や童話館ゆかりの画家による常設展や企画展を開催しています。中村忠二氏と伴敏子氏、東平哲弥氏の作品や、大道あや氏の大作を常設展示が行われています。
フロアの一角には、およそ500冊の選びぬかれた絵本のコーナーが設置されています。祈りの丘絵本美術館 美術館・博物館
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その後は大浦天主堂を訪問しました。
大浦天主堂は正面は殉教の地である西坂に向けて建てられており、幕末の開国にともなって造成された長崎居留地に在留外国人のために建設された中世ヨーロッパ建築を代表するゴシック調の教会です。1875年と1879年の増改築によって、平面形式と外観デザインも変容して外壁も木造からレンガ造に変更されました。
世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産のひとつであり、国内現存最古の教会として有名です。1933年に国宝となりましたが、原爆による損傷の修復が行われて1953年に再度国宝に指定されました。館内は写真撮影禁止のため写真で様子を伝える事は出来ませんが、神聖な雰囲気が漂っています。大浦天主堂 寺・神社・教会
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隣にある大浦天主堂キリシタン博物館を訪問しました。
大浦天主堂キリシタン博物館は国指定重要文化財「旧羅典神学校」と長崎県指定有形文化財「旧長崎大司教館」の2つの施設から構成されている博物館であり、大浦天主堂敷地内にあります。教会建築の名手として名高いド・ロ神父によって設計されました。
各施設の各フロアではテーマごとに資料の展示や映像などを用いて、日本のキリシタン史やキリスト教などを紹介しています。大浦天主堂キリシタン博物館 美術館・博物館
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その後はグラバー園を訪問しました。
グラバー園は異国情緒あふれる長崎屈指の人気観光スポットであり、長崎港の大パノラマを見下ろす南山手の丘に位置しています。長崎市のランドマークである稲佐山を背景に長崎港を一望できる絶好のロケーションが魅力です。国指定重要文化財の旧グラバー住宅・旧リンガー住宅・旧オルト住宅を主に市内に点在していた6つの明治期の洋館を移築し復元しています。
グラバー園の園内は長崎特有の坂の多い地形となっているので動く歩道やエスカレーターを設置しており、回遊道路をめぐらしています。それによりさまざまな年代の人々に親しまれており、年間を通して多くの観光客で賑わいを見せています。グラバー園の園内を紹介します。グラバー園 名所・史跡
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グラバー園の動く歩道から見た長崎市の街並み。絶景でした!
グラバー園 名所・史跡
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まずは旧長崎地方裁判所長官舎。
旧長崎地方裁判所長官舎は長崎の西欧化を反映した官庁建築であり、長崎控訴裁判所(現在の高等裁判所)の官舎として長崎市上町に建設されました。1979年(昭和54年)、グラバー園に明治時代の西欧化を反映した貴重な官庁建築のひとつとして洋風の意匠がある部分が移築されました。
令和4年12月から保存修理のため工事が行われました。美しい外観のほか、内観についても新たに展示がリニューアルしました。レトロ衣裳館(旧レトロ写真館)を併設しており、明治を思わせる衣装をレンタルしてレトロな調度品に囲まれた室内で撮影をお楽しむのもお勧めです。グラバー園 名所・史跡
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次は旧ウォーカー住宅。
旧ウォーカー住宅は張り出し窓からは日光が入り心地よい雰囲気を醸し出しており、1915年(大正4)に主人であるロバート・ウォーカー二世が明治中期に建てられたと考えられる建物であります。昔は大浦天主堂横の祈念坂沿いにありました。
1974年にグラバー園に寄贈され移築されました。グラバー園 名所・史跡
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3番目は祈りの泉。
祈りの泉はグラバー住宅近くに位置しており、1974年に移築された壁泉であります。キリシタン迫害の歴史的背景を物語る象徴的な場所となっています。
ながれ落ちる滝が苦悩を清めることを象徴しており、園内の歴史的雰囲気と調和した静かなスポットとなっています。グラバー園 名所・史跡
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4番目は旧リンガー住宅。
旧リンガー住宅は明治から昭和にかけてイギリス人のフレデリック・リンガーとその家族が親子三代で暮らしており、木造に外壁を石造として天草の砂岩を使用し、ベランダの床にはウラジオストクから運んだ御影石を敷いている構造となっています。
玄関ホール南側の食堂と北側の応接室の全面をベイウィンドとしているので、長崎港を眺めることができます。建物は1868年頃に建築されたと思われています。グラバー園 名所・史跡
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展示されている蒔絵コーヒーカップセット。
蒔絵は8世紀頃から日本の漆器に見られるようになり、、塗りたての柔らかい漆器に金粉などの金属粉を塗り、文様を表現する技法を示しています。屏風や仏壇などの大型の装飾品から、髪飾りや筆箱などの家庭用品まで多種多様となっています。
明治時代に日本人従業員が蒔絵のコーヒーカップセットを贈り物として贈ったというエピソードもあります。明治時代のレトロな雰囲気と長崎らしい異国情緒を感じさせてくれます!グラバー園 名所・史跡
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最後は旧グラバー住宅。
旧グラバー住宅は木造菱格子の天井を持つ広いベランダが特徴となっており、スコットランド出身の商人トーマス・グラバーが、親子二代に渡り暮らした建物です。日本においては現存する最古の木造洋風建築となっています。日本瓦や土壁(漆喰)を用いています。
L字型バンガロー、扇型の屋根に瓦葺、レンガの煙突、コロニアル風大型窓などの特徴があります。窓越しに庭を隔てて港が一望できるのがポイントです。貿易、炭鉱、造幣、三菱の顧問、キリンビールの舞台となりました。旧グラバー住宅 名所・史跡
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グラバー邸の館内。異国情緒が漂っています。
旧グラバー住宅 名所・史跡
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隣の長崎伝統芸能館を訪問しました。
長崎伝統芸能館はグラバー園の近くにあり、2004年に長崎くんちの際に使われる山車や工芸品を展示する場所として建てられました。 博物館には祭りのビデオがある展示物や小さなギフトショップも併設されています。
長崎くんちは諏訪神社で各地域の代表者が発表を行った後に市内各所に立ち寄って演目を披露して、毎年10月7日から10月9日まで開催されています。はじまりは1634年に地元の女性2人が能楽を奉納したのが始まりと言われています。館内を紹介します。長崎伝統芸能館 美術館・博物館
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まずは傘鉾。
傘鉾は日本の伝統的な祭礼用具であり、大きな傘の上に鉾・なぎなた・造花(出し)を飾ります。神の依り代として邪気を吸い込み、厄払いをする役割を担っています。長崎くんち: 100キロを超える傘鉾を1人で回すパフォーマンスが特徴です。
長崎の傘鉾は一人の人間が担ぎ演技できる最大の大きさ(重量で130~150kg)にまでなりました。傘鉾には飾と呼ばれる傘の上部に置かれる飾り物、輪と呼ばれる傘のまわりに取付けられる円状の物、垂れと呼ばれる傘の周囲から下げられる物に分類されます。長崎伝統芸能館 美術館・博物館
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最後は白龍。
白龍は白く輝く龍の奉納物であり、青龍とともにくんちの勇壮な雰囲気を伝える役割を担っています。迫力満点でした!長崎伝統芸能館 美術館・博物館
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長崎駅からバスを使って平和公園に行きました。
平和公園は悲惨な戦争を二度と繰り返さないという誓いと世界恒久平和への願いを込めてつくられ、原爆落下中心地公園北側の小高い丘にあります。原爆犠牲者の冥福と恒久平和を願う祈りの空間の役割を担っています。毎年8月9日の原爆の日を「ながさき平和の日」と定めています。
昭和26年(1951)建設が開始され、昭和30年(1955)開園しました。平和公園周辺は歴史的に重要な場所となっており、徒歩で原爆落下中心地から平和祈念像や資料館と巡るルートがお勧めです。平和公園のお勧めスポットを紹介します。平和公園 公園・植物園
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まずは平和の泉。
平和の泉は世界恒久平和と核兵器廃絶の願いが込めて浄財を募り建設され、1969年(昭和44年)に完成した円形の泉であります。平和公園の一角である平和祈念像の前方に位置しています。被爆して水を求めてさまよった少女の手記を刻んだ石碑が正面に設置されています。
毎年8月9日に行われる平和祈念式典では、この泉をはじめとした長崎市内の水源から集められた水が犠牲者に捧げられます。平和の鳩や鶴の羽根をイメージした噴水が舞っています。平和公園 公園・植物園
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次は平和祈念像。
平和祈念像は長崎市民の平和への願いを象徴し、神の愛と仏の慈悲を象徴しています。長崎出身の彫刻家によって製作されました。天を指した右手は“原爆の脅威”を、水平に伸ばした左手は“平和”を、軽く閉じた瞼は“原爆犠牲者の冥福を祈る”という想いを込められています。
像の高さは約9.7メートル、重さ約30トンの青銅製となっています。平成11年度に大規模な修復工事が行われました。大変迫力がありました!平和公園 公園・植物園
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その後は長崎原爆資料館に行きました。
長崎原爆資料館は「長崎を最後の被爆地に」原爆の脅威と平和の尊さを伝えて恒久平和を世界に発信する役割を担っており、被爆の惨状をはじめ原爆が投下されるに至った経過や核兵器開発の歴史などを紹介している資料館であります。被爆から現在までの長崎の復興の様子をストーリー性のある展示となっています。
長崎市の原爆被爆50周年記念事業を契機に1996年4月に現在の長崎原爆資料館に建替えられました。館内を紹介します!開館時間は8:30-17:30(入館は17:00まで)、5-8月は18:30まで(入館は18:00まで)、8月7日-9日は20:00まで(入館は19:30まで)、休館日は年末(12/29-31)となっています。長崎原爆資料館 美術館・博物館
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まずはスロープ。
長崎原爆資料館 美術館・博物館
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次は浦上天主堂の惨状。
浦上天主堂の惨状は被爆した浦上天主堂の側壁(再現造型)をはじめ、浦上天主堂で被爆した天使像やロザリオなどの被災資料を展示している場所です。双塔の高さは26メートルで東洋一の壮大さを誇っていた天主堂でありましたが、原子爆弾の投下によって鐘楼ドームは吹き飛ばされ、わずかに側壁を残しただけで無惨に崩れ落ちました。
浦上地区の信徒約12,000人のうち、約8,500人が亡くなったといわれています。展示を見て胸が痛くなりました。長崎原爆資料館 美術館・博物館
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3番目は被爆した長崎の街。
被爆した長崎の街は天井からのモニターを用いて模型上に火球・熱線・爆風・火災・放射線の面的な広がりをわかりやすく表示しており、長崎市街の地形模型を展示しいます。模型の周りにある5台のモニターでは、被害の状況を、写真や映像で説明しています。
原子爆弾(原爆)は1945年8月6日に広島に、9日に長崎に投下されました。年末までに広島でおよそ14万人、長崎でおよそ7万人が亡くなりました。平和について改めて考えさせられました。長崎原爆資料館 美術館・博物館
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4番目は原爆投下への道。
第2次世界大戦が始まる前の年に1938年に巨大な原子力エネルギーを獲得する方法が、ドイツで発見されました。しかし、不幸なことにこの強大なエネルギーは人を大量に殺すための兵器、すなわち原爆として実用化されてました。
ドイツの原爆開発の動きを知ったアメリカは莫大な資金と多くの科学者を使って原爆開発を進めました。ドイツの敗色が濃くなる中で原爆投下の目標は日本に定められました。1945年8月6日広島に、8月9日には長崎に原爆が投下されました。アインシュタインやオッペンハイマーなど人物が映っていました。長崎原爆資料館 美術館・博物館
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最後は原爆ドームの模型。
原爆ドームは時代を超えて核兵器の廃絶と世界の恒久平和の大切さを訴え続ける人類共通の平和記念碑の役割を担っており、第2次世界大戦末期に人類史上初めて使用された核兵器によって被爆した建物であります。
もとの建物はチェコ人の建築家ヤン・レツルの設計によって完成した大正4年(1915年)広島県物産陳列館でありました。建物はれんが造りの3階建てで正面中央部分は5階建ての階段室、その上に楕円形のドームが載せられていました。ユネスコ第20回世界遺産委員会メリダ会議で、平成8年(1996年)12月に核兵器の惨禍を伝える建築物として世界文化遺産に登録されました。長崎原爆資料館 美術館・博物館
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長崎旅行の最後は長崎街道かもめ市場に行きました。
長崎街道かもめ市場は長崎市内最大級のお土産ゾーンと地酒と料理が楽しめる駅中の本格横丁「かもめ横丁」から構成され、地元でも大人気のご当地レストランなど全56店舗が軒を連ねています。西九州新幹線開業記念の限定グッズも販売しております。
土産用のちゃんぽんや中華菓子、陶器、昔から市民からも親しまれている銘菓とかもめ市場のオープンを記念した新商品が盛りだくさんです!館内を一部紹介します!長崎街道かもめ市場 お土産屋・直売所・特産品
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まずは長崎カステラサンド。
長崎カステラサンドはやわらかな甘さとクッキーのザクザク食感と香ばしさが特徴であり、長崎カステラをイメージしたサンドクッキーであります。ひと口食べるとほんのり甘いカステラの風味が口いっぱいに広がります。
パッケージが可愛いです!長崎街道かもめ市場 お土産屋・直売所・特産品
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次は皿うどんチョコレート。
皿うどんチョコレートはパリパリの皿うどん麺が甘さ控えめのチョコレートとマッチしており、長崎の皿うどんメーカー「みろくや」が製造された新感覚の長崎スイーツであります。上質なチョコレートでみろくや自慢のパリパリ揚麺とライスパフをコーティングしています。
ミルクチョコレートベースとホワイトチョコレートベースの2種類の味があります。長崎お土産として人気の商品となっています。長崎街道かもめ市場 お土産屋・直売所・特産品
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最後は茂木びわゼリー。
茂木びわゼリーはプルンとした食感とつるんとしたのどごしが特徴となっており、長崎県産びわをまるごと優しくゼリーで包み込んだ贅沢なデザートであります。肉厚でしっかり主張するびわ本来の爽やかな風味を楽しめます。ひとつひとつ丁寧に種をとり、口あたりなめらかなゼリーになっています。
丁寧に手作業で中の渋皮を取り除いてます。優良食品経営全国コンクール 農林水産省食料品流通局長賞、第22回全国菓子博覧会名誉総裁賞、第26回全国菓子博覧会橘花栄光章を受賞した経歴があります。長崎街道かもめ市場 お土産屋・直売所・特産品
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夜飯が近いという事もあり、長崎中華点心 チャイデリカ 長崎駅店に寄りました。
弁当もあるので時間が無い時にお勧めです!長崎街道かもめ市場 お土産屋・直売所・特産品
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めちゃくちゃ迫力あります!
長崎街道かもめ市場 お土産屋・直売所・特産品
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帰りはバスを使って帰りました。
県営バス長崎ターミナル 乗り物
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長崎旅行最高でした!次は雲仙市か諫早市に行ってみたいです!
県営バス長崎ターミナル 乗り物
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