2025/10/26 - 2025/10/26
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FUKUJIROさん
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この旅行記のスケジュール
2025/10/26
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星川シンボルロードにある「いこいの広場」でスローモビリティを見る
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徒歩での移動
歩いてイオン熊谷店へ移動
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ケンタッキーフライドチキンで昼食
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徒歩での移動
歩いて上熊谷駅へ移動
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深谷で仕事
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この旅行記スケジュールを元に
片倉シルク記念館は、片倉工業株式会社の最後の製糸工場であった熊谷工場の蘭倉庫を利用し、実際に工場で使われていた製糸機械や生糸ができるまでの過程、工場内での生活等を紹介している施設です。平成19年には経済産業省の「近代化産業遺産」に認定されています。
片倉工業の創業は、明治6年(1873年)に長野県諏訪郡川岸村(現岡谷市)において片倉市助が長男の兼太郎(初代)とともに創業した座繰(ざぐり)製糸に始まります。その後、一族が一致団結して祖業である製糸業を盛り立て、片倉組を経て片倉製糸紡績となりました。
今日で言うM&Aを繰り返しながら、会社の規模を拡大し、最終的に日本国内の製糸工場の7割以上を傘下に収めることになりました。
また、事業を拡大する過程で官営富岡製糸場を取得して片倉工業富岡工場としました。その後、同工場を閉業したものの「売らない、貸さない、壊さない」の方針を堅持したことにより、世界遺産登録を目指す機運が高まりました。平成17年(2005年)に富岡市に同工場を寄贈し、平成26年(2014年)6月25日に世界文化遺産に登録されました。
FUKUJIROは富岡製糸場を2回訪問していますが、写真データが散逸してしまい、改めて訪問したいと思いました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
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星川シンボルロード(遊歩道)のもっとも上流にある「いこいの広場」に、かわいい自動車が駐まっていました。
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正面を見ると、グリーンスローモビリティの社会実験とあります。
今年(2025年)9月27日から訪問当日(10月26日)まで社会実験が行われていました。
この実験は、時速20km未満で公道を走る電動車を活用したもので、無料で乗れたようです。 -
バス型のモビリティですが、今回の実験ではカート型の車両も使われたようです。
以前、石見銀山を旅行したときは、とても助かったものでした。
よろしければ、その旅行記もご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/11836522 -
対面座席で6人乗れるはずですが、5人乗り。テーブルもあります。
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後方からの室内。
このモビリティは星川シンボルロードの往復コース限定なので、FUKUJIROは歩いて移動することにしました。 -
いこいの広場から7~8分歩いて、イオン熊谷店の建物に着きました。
前方の角を曲がると、目指す片倉シルク記念館があるはずです。 -
片倉シルク記念館が見えました。
まだお昼ご飯を食べていなかったので、イオンに入りました。 -
フードコートにはマクドナルド、サイゼリヤ、蕎麦屋、ケンタッキーフライドチキンの4店がありましたが、空いていたケンタッキーの和風チキンバーガーにしました。
普段ファストフードはほとんど食べないので、新鮮な感覚で美味しくいただきました。 -
腹ごしらえが済んだので、片倉シルク記念館を見学します。
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入口の説明板。
開館時間は10時から17時まで(入館は16時30分まで)。
休館日は月曜および火曜(年末年始、夏季お盆期間、その他臨時休業有)。
入館料は無料。
熊谷市本石二丁目135番地(イオン熊谷店敷地内)。
最寄り駅は、秩父鉄道の上熊谷駅で、徒歩7分です。 -
お庭らしき場所もありますが、たぶんイオンが再開発したときに作られたものでしょう。
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かつての熊谷工場の2棟だけが残されました。
右の建物がメインの展示場です。 -
正面の案内。
左手が常設展示となっていますが、右手にも部屋があります。 -
社訓が掲示されています。
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右手はホールになっていますが、展示がありました。
正面には「蚕祖神」の篆書と「蚕祖神之由来」の掛軸があります。
ものすごく簡略にまとめると、大昔北天竺国の中に奮中国があり金色姫が誕生しました。
しかし、継母に捨てられて艱難辛苦の日々を過ごし、やがて神の思し召しにより小舟に乗せられます。
とうとう常陸の国豊浦の港に漂着し、平穏に暮らしたものの病に罹り遂に亡くなりました。
やがて姫の骨肉は小虫になってしまいましたが、その小虫に桑の葉を与えると成長し、蚕になったということのようです。
金色姫が蚕祖神の由来で、現在、金色養蚕大明神として、東京浅草妙音寺に神碑が祀られているそうです。 -
初代 片倉兼太郎(嘉永3年(1850年)~大正6年(1917年))。
信濃国諏訪郡三沢村(現在の岡谷市川岸)の豪農であった片倉家の長男として生まれました。その生家は現在も残されています。
明治5年(1872年)に明治政府が群馬に富岡製糸場を開業しましたが、その翌年、23歳のとき、父の市助とともに10人繰りの座繰製糸を開始しました。
その後、洋式器械製糸工場を開設するなど事業を拡大し、明治28年(1895年)に片倉組を設立し片倉財閥の基礎を築きました。 -
二代 片倉兼太郎(文久3年(1863年)~昭和9年(1934年))。
初代片倉兼太郎の末弟(片倉市助の4男)として生まれ、兼太郎の養嗣子となり一族の中心として家業の発展に尽くしました。
初代の逝去にともない二代を襲名、市助の弟・権助の娘と結婚し、各地の製糸会社を積極的に吸収合弁して規模を拡大し、世界へも目を向けて製糸の輸出を本格化させており、シルクエンペラーと呼ばれていました。
世界進出により多くの外資を稼ぐなど日本の近代化に貢献しました。 -
三代 片倉兼太郎(明治17年(1884年)~昭和22年(1947年))。
二代兼太郎の長男として生まれ、若くして片倉組の経営に参画し、片倉財閥の多角化を進めるなど事業を発展させます。
昭和14年(1939年)には官営富岡製糸場を合併しました。
社会貢献という片倉家の思いを経営に根づかせ、後年の世界遺産登録へとつながりました。 -
今井五介(安政6年(1859年)~昭和21年(1946年))。
片倉市助の三男として生まれ、今井家の養子となりました。
明治42年(1909年)、松本商業会議所初代会頭、松本電灯(現在の中部電力)社長に就任、大正3年(1914年)には信濃鉄道(現在の大糸線)社長就任、また経営難の松本戌戊学校を支援し、松本商業学校(現在の松商学園高等学校)へ発展させました。
大正7年(1918年)に貴族院議員。
大正9年(1920年)に片倉製糸紡績の設立にあたって副社長に就任、昭和8年(1933年)に社長となりました。
この他、一代交配種の普及、御法川式多条線糸機の研究援助及び実用化、蚕糸科学の振興など、製糸技術の向上を推進しました。 -
工場前での記念写真があります。
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それでは常設展示を見ましょう。
右の方が、事業創設者の片倉市助。
左は初代の片倉兼太郎。 -
熊谷工場の模型が展示されています。
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右手前の2棟を残して全て撤去されました。
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別方向からの熊谷工場(模型)です。
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養蚕の説明パネルから、カイコ蛾の交尾。
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カイコ蛾の産卵。交尾した雌蛾は、400~500粒を産卵します。通常、卵は翌年まで休眠越冬します。
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繭の中の蛹。カイコは、繭の中で脱皮して蛹になります。左側の雌のほうが雄より大きい。下にあるのが脱皮した幼虫の皮です。
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製糸の工程、最初は選繭(せんけん)作業です。
品質のよい生糸を作るために、製糸に適さない不良繭を取り除きます。
繭の音読みは「けん」なんですね。 -
煮繭(しゃけん)。
繭は糸と糸が互いに接着し合っているため、繭を煮ることでほぐしやすくします。 -
煮繭の配電盤。
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今でも使える標語がありました。
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天井の様子も見えます。
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繭クラフトの展示。
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繭で作られた花びら。
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索緒・繰糸(さくちょ・そうし)。
素緒は稲のミゴで作られたミゴボウキで繭の表面をこすることで、繭から糸口を引き出すことです。 -
繰糸。
繭から引き出した繭糸を何本か合わせて目的の太さ、長さの1本の生糸にする作業が繰糸です。 -
生糸の太さと繭の粒数の関係表。
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展示は2階へ続きます。
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2階の展示室。
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揚返し(あげかえし)。
生糸本来の状態に戻しながら一定の重量、長さ、幅になるように大枠に巻き直す。糸の最初と最後がわかるように結び、綴(糸の輪)にする。 -
括造り(かつづくり)。
荷造りや運搬に便利で生糸が損傷しにくい形状、一定の容量に圧縮し、エ場ごとに定められた商標を綛(かせ)の中心に置き、束ねてまとめます。 -
2階展示場の一番奥にミニシアターがありました。
創業から熊谷工場の閉鎖までを約15分で紹介しています。
最初にこのビデオを見てから展示物を見学すると理解しやすいと思います。
この旅行記をお読みの方は、まずは2階に上がってください。 -
メモリアルギャラリー
昭和15年(皇紀二千六百年)頃の熊谷工場。 -
その当時の出荷の様子。
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大東亜戦争が始まると、軍需工場になりました。
熊谷工場で生産した生糸は落下傘の材料となりました。 -
昭和20年8月15日に熊谷市街地は米軍の空襲により壊滅的な被害を受けました。
熊谷工場は奇跡的に軽微な被害で済みました。 -
昭和35年頃の熊谷工場。
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平成4年頃の熊谷工場。
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在りし日の大煙突。33mの高さでした。
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ミニシアターを見たら、この写真は平成6年に熊谷工場が閉鎖された際の記念写真だとわかりました。
その後、諸先輩方の尽力により、片倉シルク記念館が残されることになったそうです。 -
片倉組の半被。
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石原製糸所の旗。
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片倉工業は全国に工場を展開しており、それぞれに個性的な商標が使われていました。
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創業の地に近い長野県松本製糸所の商標です。
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群馬県富岡製糸所の商標です。
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埼玉県石原製糸所(後の熊谷工場)の商標です。
某国の人はこういうデザインを嫌いなんだろうな。 -
埼玉県にはもう一つ、大宮製糸所がありました。さいたま新都心駅近くのコクーンシティからさいたま市立南中学校辺りまでの広大な敷地を有していました。
敷地内に作られた片倉学園が、戦後にできた埼玉県立大宮高等学校の前身です。
FUKUJIROが入学した頃は工場の一部が残されていて、入学式の翌日に工場見学が行われたことを覚えています。
当時はチンプンカンプンな話でしたが、今となっては、もっと真剣に聞いておけば良かったと思います。 -
別棟、蜂の巣倉庫に入ってみましょう。
通常は、袋詰めにされた繭は重ねて貯蔵されますが、この繭倉庫には、倉庫内部に蜂の巣状のたて穴が105個あり、繭がバラの状態で貯蔵できます。 -
現存する唯一の貴重な繭倉庫「蜂の巣倉庫」。
貯蔵空間が床に接していないため害虫の被害もまぬがれやすく、温度・湿度においても安定性が増し、繭の状態を良好に保つことができました。 -
実物大の模型が展示されています。
天井のたて穴から繭を袋詰めしています。 -
繭の蔵出し作業の様子
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括となった生糸を、1括ごとにビニールの括袋にいれ、段ボールの輸送ケース1箱に6括分を納め出荷する様子。
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養蚕の籠。
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片倉シルク記念館の最寄駅は秩父鉄道の上熊谷駅です。徒歩7~8分で着きました。
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初めて来た上熊谷駅。
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上熊谷駅の改札。
秩父鉄道はsuicaを利用できます。 -
構内踏切の先に上熊谷駅のホームがあります。時間には余裕を持って行動しましょう。
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さて、だいぶ寄り道が長くなりましたが、今夜の仕事場は埼玉グランドホテル深谷です。お天気が悪いので、もう真っ暗です。
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道路の向かい側には、埼玉グランドホテル深谷の埼玉結婚式場・ウエディングがあります。ライトアップされたチャペルは素敵です。
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ホテル内のふっかちゃんはハロウィン仕様でした。
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仕事を終えて、夜の電車は寝過ごしてしまうのが怖いので、ホテルに向かいます。
消火栓のマンホール蓋。 -
深谷駅から徒歩5分ほどのABホテル深谷に泊まりました。東向きの部屋でした。
正面の建物は、みんな大好き「ガリガリくんアイス」の赤城乳業本社です。 -
ABホテル深谷の朝食です。
品数は少ないですが、サラダも朝カレーもいただいて満足です。 -
ABホテル深谷の外観。
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熊谷駅から秩父鉄道に乗り換えて、今日の仕事に行きます。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ブービーさん 2025/11/16 18:11:46
- 初めまして♪
- この度は私の旅行記へのご訪問、たくさんのいいね♪フォローまでいただきありがとうございました。
旅行記の文面ではふざけてばかりですが、実際には真面目な還暦オーバーの大阪のおばちゃんです(^^)
FUKUJIROさんは、家族旅行や一人旅をたくさん楽しまれていますね。うちは夫が旅嫌いなので最近1人旅を始めまして、なかなか楽しくてハマりそうです。
それでは今後とも、よろしくお願いいたします(^^)/
- FUKUJIROさん からの返信 2025/11/16 19:52:03
- Re: 初めまして♪
- ブービーさん、こんにちは。
ご訪問いただきましてありがとうございます。
そうですね、私は一人旅が好きですね。ときにはツアーに参加したり、会社の偉い人のお供をしたりもしてますが、気ままに予定を変えられる一人旅は魅力的です。
未だサラリーマンですので、出張しては気ままにフラフラするのも大好きです。
昔は関西出張も多かったのですが、梅田の地下街でよく道を尋ねられたものです。
最近はご無沙汰しているので、久しぶりに行きたくなりました。
これからもよろしくお願いします。
FUKUJIRO拝
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