2025/05/11 - 2025/05/11
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杉戸は古くから開けていた場所で、南は吉川から北は栗橋までが杉戸とされていたようです。その頃は、現在よりもやや北側の上杉戸辺りが中心部でした。
江戸時代の元和2年(1616年)に日光街道5番目の宿として杉戸宿が設置されました。
天保14年(1843年)には、杉戸宿の長さ16町55間、道幅7間、家数365軒、人数1663人、本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠屋46軒(大4軒、中7軒、小35軒)と記録されています。十返舎一九や歌川広重、渡辺崋山といった人たちも、この杉戸宿に宿泊しています。
また、文化7年(1810年)には12軒の飯盛旅籠と24名の飯盛女が確認されてます。彼女らは近隣在郷の民と越後国の出身者が多かったようです。
明治32年(1899年)8月27日に東武鉄道伊勢崎線が開通し、杉戸駅が開業しました。
駅名は杉戸ですが、所在地は埼玉県南埼玉郡百間村(もんまむら)でした。昭和30年(1955年)7月20日、百間村と須賀村が合併して宮代町となりましたが、駅名に変更はありませんでした。昭和56年(1981年)3月28日の東武動物公園開園を前に、同16日に駅名を東武動物公園駅に改称し、橋上駅となりました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
旧名杉戸駅で下車して改札口を出ると、コンビニの前に昨年生まれたホワイトタイガーのPRがありました。
東武動物公園の最寄り駅なので、特急電車も停まります。 -
西口へ向かうと、駅中に飲食店があります。その奥にはコインロッカーもありました。
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西口への連絡通路には動物イラスト。
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東武動物公園駅のイラスト。
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東武動物公園のイラストもあります。
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東武動物公園駅(旧名杉戸駅)の「じゃない方」と言われる東口の駅前広場です。
昔はここから茨城県方面のバスが出ていて、それなりに賑わっていましたが、...ここは杉戸町ではなく、宮代町です。
駅の脇には唯一の飲食店ドトールコーヒーがあります。 -
駅前通りには飲食店やコンビニはありません。
この駅前の道は、杉戸駅が開業した翌年にできた「停車場通り」です。
戦前は通りに桜が植えられ、桜のトンネルとして名所となりましたが、戦時中に伐採されました。 -
宮代町と杉戸町の境となっている大落古利根川に架かる古川橋から上流方向。
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欄干には、流灯まつりがデザインされています。
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大落古利根川の下流方向。
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杉戸町へ入っても殺風景な景色です。
杉戸の地名は、杉林が多かったこたから杉の渡と呼ばれ、それが転訛して杉門、そして杉戸となったそうです。 -
大落古利根川に沿って南へ進みます。
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しばらく歩くと、昭和の初めに粕壁に暮らしていた加藤楸邨の俳句がありました。
麦を踏む
父子嘆きを
異にせり
一つ前の宿場である粕壁に住み、旧制粕壁中学校の教師であった加藤楸邨の第一句集「寒雷」に収められた五句の中の一つです。
加藤は自転車で家庭訪向を行い、昭和10年前後の苦しい農家の暮らしと生徒の様子を俳句に詠んでいます。
次の句もあります。
麦を踏む
子の悲しみを
父は知らず -
流灯ふれあい館。
杉戸町観光案内所を兼ねているようですが、当日は地元の女性が流灯作りの準備をしていました。
流灯まつりは、昭和初期に行われていましたが、しばらく途絶えていました。
平成2年に「古利根川流灯まつり」として復活、現在は250基もの灯籠が繫留される大きなイベントになっています。
灯籠は畳一枚ほどの大きさで、釘を使わずに組み込み細工の枠に絵を描いたユポ紙を貼り付けます。 -
ふれあい館の正面には、川に張り出した場所がありました。ここから灯籠を浮かべるそうです。
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竣工記念碑。
古利根川流灯まつりの復活について記録されています。 -
竣工記念碑には流灯まつりの写真がありました。
川の蛇行にあわせて約1kmの区間に灯籠が連なり、その様は心を震わすほど幻想的だそうです。 -
清地橋が見えてきました。
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飲食店の大きな看板がありました。
天保4年(1833年)創業、杉戸のうなぎや割烹の和泉屋さん。水曜日定休。昼食には早すぎる時刻でした。 -
しばらく南へ進むと杉戸町役場です。
この場所はかつての清地村(せいぢむら)で、旧日光街道を歩いて来ると、この辺から見どころが出てきます。 -
清地2丁目交差点の角にある民家ですが、1階の屋根に魔除けの鍾馗様がいます。
粕壁宿でも見ましたが、同じ文化圏だったようです。 -
鍾馗様はひげ面の大男と決まっていますが、こちらの鍾馗様は15~20cmほどです。
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交差点を渡った先は、長~い壁の豊嶋屋関口式右衛門の屋敷です。
一族は桶狭間の戦いの後に「清い地」である清地村鷲巣に移り住んだということです。
家系史によると、一族の中には今川義元の養女となり、徳川家康の正室となった築山御前がいるそうです。
ここは本家から分かれた分家です。 -
現在は関口酒造合名会社。
創業は文政5年(1822年)ですが、それよりも古い江戸時代中期ごろからすでに「豊嶋屋」という屋号で商いをしていました。
東日本大震災で蔵が甚大な被害を受け、高額な修復費用に再建を断念し、当座は千葉県の蔵元に醸造委託していました。
一昨年(2023年)に廃業。
戦後、日本酒の「酒造免許」は新規発行が一度も行われていないので、蔵元は減少し続けています。 -
屋根瓦には屋号の印があります。
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現在は閉店しています。
酒蔵の営業権を、少し北側にある伏見屋さんに譲渡しました。 -
旧日光街道の少し東側にある来迎院です。
石柱門を入ります。 -
すぎと七福神の恵比寿様です。
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十三仏像。平成13年12月建立。
十三仏には、亡き人の初七日から三十三回忌までに、それぞれのご誓願とお徳を持っている仏さまが配置されています。
仏様の功徳により、供養する精霊を極楽にお導き下さるよう、忌日忌日のお守り本尊としているのが十三仏です。 -
鐘楼。
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梵鐘。
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小さいながらも庭があります。
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不動明王像。
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聖観世音菩薩像。
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真言宗豊山派の花光山 来迎院 柦願寺の本堂です。
藤原泰衡の弟である錦戸三郎の家臣だった田村秀時は、文治5年(1189年)の奥州合戦において、主君の命により奥州藤原氏の守護仏とされた不動明王を持ち出し、陸奥国田村郡三春に隠れていました。
奥州藤原氏が滅ぼされた後、秀時は当地に移住し袒願坊幻夢と名乗り、建久3年(1192年)この不動明王像を本尊とする寺「柦願寺」を創建しました。
後に戦乱で寺は焼失、天正5年(1577年)、宥休によって中興され、来迎院と称しました。 -
本堂前の鐘を2回鳴らしてお参りします。
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扁額は花光山。
眼病に御利益のあるお寺だそうです。 -
六地蔵尊。
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旧日光街道にある伏見屋さん。
伏見屋久五郎が創業した商家で現在は19代目となっています。
お店が閉まっていたので、店舗の看板を写しました。
敷地には150年以上経つと考えられる蔵があり、現在も使われています。許可を得て蔵を見学することもできるそうです。 -
関口酒造から営業権を獲得した日本酒の看板です。現在は、埼玉県酒造組合の会長職に就いている埼玉県小川町にある帝松の松岡醸造にて委託醸造しています。
杉戸宿 清地村 純米
杉戸宿 本醸造酒
すぎと七福神 -
旧日光街道を北へ歩きます。
道幅は5間(9.1m)。 -
復元した高札場(こうさつば)。
杉戸宿開宿400年の記念に杉戸町と町観光協会が共同で高札場を製作・復元しました。
実際に高札場が置かれていた場所は、ここから約500mほど北でした。
日本工業大学特任教授の波多野氏(当時)が監修し、平成28年(2016年)に完成しました。 -
高札。
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復元した高札に交じって、観光案内もあります。
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気温25度ですが、日差しが強くて暑い日でした。
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杉戸町のマンホール蓋。
全面に町の花「菊」をデザインしています。 -
近津神社(ちかつじんじゃ)。
清地村の鎮守として信仰されてきました。
平成13年(2001年)に火災により焼失しましたが、平成19年(2007年)に再建され、鎭守の杜も整備されました。 -
参道と石灯籠。
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御神木。
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花塚。嘉永6年(1853年)建立。
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大きな忠魂碑。
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富士塚があります。
萬延元年(1860年)に築造されました。高さは1.2m。 -
頂上には浅間大神を祀っています。
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御神木の大銀杏に護られて社殿があります。
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見返り狛犬(阿形)。
後方からの侵入者を睨みつけるように振り返っています。それでも不審火を防げませんでした。 -
見返り狛犬(阿吽形)。
幕末の元治元年(1864年)9月に奉納。
石工は、石塚文吉と石塚又吉。
火災の被害を逃れました。 -
社殿。
創建は不評ながら、貞享元年(1684年)には本殿を造営しています。下野国の近津神社から分霊されたとの説もあります。
御祭神は、武甕槌命(たけみかづちのみこと)、経津主命(ふつぬしのみこと)、岐ノ命(くなとのみこと)。
明治26年に天神社、41年に厳島神社、雷電神社、大正元年に稲荷神社ニ社を合祀しました。 -
末社の三峯神社。
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旧日光街道の南側に東福寺(とうふくじ)の参道があります。
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この参道は、かつての杉戸宿と清地村の境となっています。
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東福寺の山門。
明治12年から施行された町村制で町役場がに置かれたこともありました。 -
香取山 東福寺。
伝承では、もとは杉戸西域の上杉戸(中世の中心地域)にあったとされています。元和元年(1615年)、現在地に移ったといわれています。
ただし、元和9年(1623年)に僧栄慎が草創したとの説もあります。
1814(文化11)年僧祐教の系譜が相続したといわれてもいます。
御本尊は不動明王、両祖大師と五大明王、阿弥陀如来が祀られています。 -
六地蔵尊。
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旧日光街道の北側に神明神社の参道があります。
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神明神社(しんめいじんじゃ)。
杉戸宿新町の鎮守で、「神明様」として親しまれています。 -
毎年7月の八坂祭りは「天王様」と呼ばれ、夏まつりで賑わいます。
御祭神は、天照大御神の別称である大日霎貴命(おおひるめのむちのみこと)です。 -
篠原材木店。旅籠屋 釘屋(はたごや くぎや)跡。
十返舎一九が書いた奥羽一覧道中膝栗毛の中に釘屋と主の嘉右衛門が登場します。
料理は江戸の名店にも引けを取らないほど豪華と評しているなど、実際に釘屋に宿泊したと考えられています。 -
明治天皇御小休所阯の碑。
三井住友信託銀行前にあります。
明治9年(1876年)、明治天皇が東北巡幸に際し、ここで5分間の小休憩をとられたそうです。それにしてもタイトなスケジュールで驚きました。
碑の題字は西郷従徳です。西郷隆盛の弟・西郷従道の次男として生まれ、父の薨去により、明治35年(1902年)8月9日、西郷家を継ぎ侯爵となりました。
西郷従道は大変懐の広い人物とされますが、内務大臣在職中に起こった大津事件に際しては犯人の津田三蔵の死刑を強硬に主張し、大審院長の児島惟謙(こじま これかた)を恫喝するなど大変な圧力をかけたと伝わります。その圧力に屈することなく、大審院長として司法権の独立を守り抜き、「護法の神様」と高く評価された児島惟謙像が宇和島城の麓に建っています
https://4travel.jp/travelogue/11909998 -
問屋場(といやば)跡。
問屋場の跡地には、県の第六区区務所や渡勝商店、三井住友信託銀行など、重要な施設や店が入れ替り置かれていました。 -
問屋場の裏には伊奈稲荷神社が鎮座します。
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伊奈稲荷神社(いないなりじんじゃ)。
かつては「問屋場稲荷」とも呼ばれ、当時の花柳界の人たちから深く信仰されていました。 -
正一位伊奈稲荷大明神の扁額。
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社殿。
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社殿の鰐口には、下町で働く20名の女人衆世話人の名が刻書されています。
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次の予定があるため、東武動物公園駅へ移動中に、観光案内板を見ました。
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停車場通りを進み、古川橋を渡ると宮代町へ入ります。古川橋は長さ約40m、幅員約8mです。歩道を広げるための工事中です。
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東武動物公園駅(旧名杉戸駅)に戻りました。杉戸町の散策は別日に続けましょう。
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