2025/10/26 - 2025/10/26
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高市早苗総理大臣が就任し、ワークライフバランスを捨てると言ったものですから、早速日曜日に仕事が命じられてしまいました。しかものんびりしたい17:30から仕事とは、尋常ではありません。
それならば、仕事の前に寄り道して楽しむことにしましょう。
熊谷市街地の中央を流れる星川には「水と緑と彫刻のプロムナード」があります。7つの広場に6つの彫像が設置されています。
最近は屋外に展示されている彫像等に苦情を言う住民がいるようで、言われた自治体の中には芸術作品であっても躊躇なく撤去してしまうようで、困った風潮だと思っています。
あると思うな「屋外彫像と現金」の時代なのでしょうか。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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夕方からの仕事にも関わらず、午前中に川越駅を出発します。
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熊谷駅の北口から少し歩くと、昭和50年(1975年)から熊谷市が景観整備を進めてきた「水と緑と彫刻のプロムナード」があります。
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南東から北西方向へ、星川通りを歩くとふれあい広場(熊谷市筑波三丁目)に彫像が見えてきました。
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ふれあい。菊池一雄作。
昭和60年(1985年)4月5日設置。
高さ1m30cmのブロンズ製です。 -
着衣の少女が両手を後髪に当て、軽やかに足を宙に浮かせた姿です。くったくのない静かで明るい安らぎが感じられます。
少女の存在と自然との調和を感じさせる作品です。 -
菊池一雄は京都府生まれの彫刻家。
大正15年(1926年)に上京し、第一高等学校で藤川勇造から彫刻を学び、卒業後は二科会の彫刻科に所属し、塑像制作を行いました。
昭和7年(1932年)、東京帝国大学文学部に入学。卒業後の昭和11年(1936年)フランスに留学。帰国後は昭和27年(1952年)から昭和51年(1976年)まで東京芸術大学や京都市立芸術大学で教鞭を執りました。 -
星川広場(熊谷市筑波二丁目)に来ました。
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花園の歌。圓鍔(えんつば)勝三作。
昭和58年(1983年)4月5日設置。
高さ2m25cm、ブロンズ製。 -
この像は、広島県尾道市にある「ふれあいの里(温泉宿泊施設)」に設置された原型による作品です。
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圓鍔勝三は、広島県生まれの彫刻家です。
昭和3年(1928年)に上京し、日本美術学校彫刻科(現東京藝術大学)へ入学、在学中の昭和5年(1930年)の第11回帝展に「星陽」を出品して初入選しました。 -
日本美術学校を卒業後は彫刻家の澤田政廣に師事し、戦後、昭和21年(1946年)秋の第2回日展で木彫「砂浜」特選受賞。
昭和22年(1947年)多摩美術学校(現多摩美術大学)の助教授、3年後には教授に就任しました。 -
女性の頭に鳥が止まっています。
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昭和51年(1976年)勲三等瑞宝章受章、昭和63年(1988年)文化勲章を受章。
熊谷市役所1階ロビーには、圓鍔勝三作の木製彫像「かたらい(昭和44年)」が設置されています。 -
ギターを弾く女性像。
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こちらは裏側になります。
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曲線美にあふれる三人の女性が歌い奏でる様は、明るくのびやかな歌声が聞こえてくるようです。
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星川は荒川左岸幹線用水路で、熊谷市街地北西部の北大通り中央を流れる大里用水から分流し、暗渠を経て、星溪園前で地上に現れて星川と呼ばれます。忍川の源流部に相当します。
同じ地域を流れる利根川水系の星川とは別の川です。 -
川岸のモザイク画。
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親水広場のハナミズキ。
この木は、明治42年に尾崎行雄東京市長がワシントンへ桜の木を送つたお礼にタフト大統領(27代)夫妻から送られてきたハナミズキの種から育てたものです。
大正4年5月、日本へはじめて渡ってきたハナミズキは全部で40本ですが、原木を確認できるものは4本しか残っていません。 -
星川の鯉。
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緑の広場(熊谷市星川二丁目)。
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やすらぎ。千野(ちの)茂作。
昭和57年(1982年)3月27日設置。
高さ1m18cm、ブロンズ製。 -
この像は、昭和56年(1981年)の国展出品作で、石膏で造られていたものをブロンズ製に改めたものです。
穏やかで気品が溢れ、慎ましく静かな装いの中に美しさが印象付けられます。 -
千野 茂は新潟県生まれの彫刻家。
昭和14年(1939年)に上京し、日本美術院研究所に入所した後、棟方志功や辻 晋堂らと親交を持ちました。
昭和30年(1955年)、東京芸術大学教授、昭和61年(1986年)には同大学名誉教授となりました。 -
星川には、ライトアップ用の電球が設置されています。
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延命身代地蔵尊。
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延命身代地蔵尊。
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うちわ祭りのモザイク画。
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市役所通りとの交差点です。
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熊谷市のマンホール蓋。
荒川清流をイメージするとともにさくら祭や花火大会をデザインしています。
中央の魚は、ナマズのように見えますが、熊谷市の元荒川源流域のみで生息している「ムサシトミヨ」です。平成3年に埼玉県が県の天然記念物および「県の魚」に指定しています。 -
祭りの仮設小屋でしょうか。
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星川農園。
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太陽の広場(熊谷市星川一丁目)。
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レダ。桜井祐一作。
昭和57年(1982年)3月27日設置。
高さ1m10cm、ブロンズ製。 -
昭和54年(1979年)、第10回中原悌二郎賞を受賞した桜井祐一の代表作です。
ギリシャ神話に登場する大地の女神レダを名にした作品で、緩やかな動きとまろやかな女性美を象徴的に捉え、生命力に溢れる健康美をイメージしています。 -
桜井祐一は山形県生まれの彫刻家。
昭和7年(1932年)、平櫛田 中から彫刻を学び、翌昭和8年(1933年)には日本美術会主催の展示会で初受賞しました。
戦中から戦後にかけて数多くの賞を受賞。長野県野外彫刻賞、中原悌二郎賞、高村光太郎展優秀賞などを受賞しています。 -
若者広場(熊谷市星川一丁目)。
大きな柳が目印です。 -
新風。富永直樹作。
昭和59年(1984年)3月設置。
高さ2m5cmのブロンズ製。 -
昭和46年(1971年)の日展で日本芸術院賞を受賞した富永直樹の代表作です。
若者のかざす布は新風をはらみ、右足を一歩踏み出した力強い姿。若々しく生気あふれる作品です。 -
富永直樹は長崎県生まれの彫刻家・工業デザイナー。本名は富永良雄。
東京美術学校(現・東京藝術大学)で、北村西望に師事し、彫刻科塑像部を首席で卒業しました。
在学中の昭和11年(1936年)の文展(日展の前身)で初入選。昭和25年(1950年)から昭和27年(1952年)まで3年連続で日展特選を受賞しました。
昭和59年(1984年)に勲三等瑞宝章を受章、平成元年(1989年)に文化勲章を受章しています。
工業デザイナーとして三洋電機に在籍中、家電製品をデザインし、日本におけるインダストリアルデザインの祖とされています。 -
星川行こうよプロジェクト。
星川の上にウッドデッキを設置し、テーブルやチェアが置かれている寛ぎスペースです。 -
星形あるいは桜の花びら形のモニュメント。
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いこいの広場(熊谷市星川一丁目)。
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戦災者慰霊の女神。北村西望作。
昭和50年(1975年)8月16日設置。
本体の高さ1m80cm、高純度アルミニウム製。
昭和20年8月15日0時23分から1時39分にかけてアメリカ軍の93機のB-29爆撃機が熊谷市街地を空爆しました。
市街地は壊滅、民間人死者は234~266人とされます。
この像は、昭和50年(1975年)の戦災30周年にあたり市民などの浄財により建てられました。 -
高純度アルミニウムで造られた静かな銀色は慈愛に満ち、戦災の悲しみと、二度と繰り返してはならない祈りが込められています。
熊谷駅北口前にある熊谷次郎直実像も北村西望の製作で昭和49年に設置されました。 -
北村西望は長崎県生まれの彫刻家です。
明治40年(1907年)に京都市立美術工芸学校彫刻科(現京都市立銅駝美術工芸高等学校)を首席卒業しました。
同年東京美術学校彫刻科(現東京藝術大学)に進学し、翌年の第2回文展に初入選。
卒業後は、同学校教授、芸術院会員、日本塑像会名誉会長、日展会長などの要職を歴任しました。
昭和33年(1958年)に文化勲章受章。
代表作は長崎平和祈念像ほか多数。成田国際空港にも「天女の像」があります。 -
圓照寺(えんしょうじ)山門は閉まっています。
熊谷空襲では、圓照寺の諸堂も全焼しました。 -
山門の扁額は、寶輪閣。
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山門前の金剛力士像(吽形)。
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金剛力士像(阿形)。
柵の木柱が太過ぎて残念です。 -
山門の右側の入り口から境内に入ります。
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入り口には狛犬(阿形)がいます。
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狛犬(吽形)。
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手水舎。
閉まっている山門の正面に手水舎があります。 -
手水の龍。
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大黒天と恵比寿天。
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鳥居と七福神の乗った宝船。
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十二支守本尊八体佛。
生まれ歳(干支)によって守り本尊が
決まっています。合掌して念じましょう。 -
秘仏俱哩迦羅龍王。
不動明王の化身にして、八大龍王中の大龍王です。一心に念ずれば龍王は願主の使者となり、諸願を達すると云われます。降魔・除病・勝負開運に霊験ありとされます。 -
成田山稲荷大明神。
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マニ車。
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圓照寺は今より一千五十余年前、第六十四代円融天皇の御代、天禄元年庚午之歳(970年)に僧覚榮法師により創建された熊谷市最古の天台宗寺院です。
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石段の左右に地蔵尊がいます。
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石段の左右に地蔵尊がいます。
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熊野山 千形院 圓照寺。
昭和46年8月1日、鉄筋コンクリート造り二階建て室町風の本堂を建立し、御本尊は、正面に阿弥陀如来像、左右に不動明王像と聖徳皇太子像を安置しています。
熊谷空襲で全焼以来、26年目に本堂が完成しました。 -
扁額は圓照寺。
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金網で保護された内側に不動明王像が見えました。
当寺に祀られている不動明王像は、「熊谷成田山」や「くまがやお不動様」の名で親しまれています。訪問した前日の28日はお不動様の縁日でした。 -
水かけ不動明王。
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お授け地蔵大菩薩と六地蔵尊。
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如意輪観音像。
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釈迦牟尼如来像。
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祇園橋。
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星川通りの説明板がありました。
ここまでお読みいただきましてありがとうございました。
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