2025/12/05 - 2025/12/05
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関ヶ原の戦いの翌年、慶長5年(1600年)に徳川家康公は、仙台藩との関係強化のための策として伊達政宗公に対し、現在の久喜市周辺を鷹狩りをするための「久喜鷹場」を与えました。現在の加須市から春日部市に至る広範な地域でした。
伊達政宗公は久喜鷹場にたびたび立ち寄ったことが記録されています。
明治時代になると、上野~高崎間の鉄道を開通した日本鉄道が、明治18年(1885年)7月16日に第二支線(後の東北本線)を建設し、大宮~宇都宮間を開通しました。
第二支線は、新設された大宮駅から分岐して、蓮田、久喜、栗橋、古河、小山、宇都宮に停車場(駅)を開設しました。久喜は、農産物の集積地として栄えており、地元有志の陳情により駅が設置されました。
開業日の一番列車には伊藤博文らが乗り込んでいましたが、提燈祭りの期間中だった久喜では山車が繰り出し、お囃子が響く中で一番列車を出迎えたそうです。
当初は利根川を渡る橋を建設できず、栗橋から船で利根川を渡っていました。翌明治19年6月に橋が完成し、1日2本の直通列車が運行されました。
明治32年(1899年)、東武鉄道が久喜駅に乗り入れました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
久喜駅西口にあるマンホール蓋。
久喜市の木である「いちょう」を散りばめ、中央に提灯祭りの提灯をデザインしています。
来久ちゃんは、7月18日(提燈祭りの日)生まれです。 -
こちらが久喜市の普通のマンホール蓋。
全面に「いちょう」をデザインしています。 -
久喜駅西口のロータリーと駅前の様子。
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駅前広場のモニュメント。
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平成2年11月に実施された久喜駅再開発事業により設置された「風の見える街」。
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風に吹かれている3人の女性の像。
地元の彫刻家・斎藤 馨(かおる)さんの作品です。 -
駅前に停まっていたCNGバス。
久喜市では天然ガスを燃料とする市内巡回バスが走っています。後継車が作られていないので、次はどうするのでしょうか。 -
久喜駅(西口)。
歩道橋は工事中です。
東北新幹線の開業前、新幹線の駅を誘致していましたが、地元商店会などの反対により計画は頓挫しました。
その後、周辺にショッピングモールがいくつも進出、商店会が寂れてしまうと「新幹線を停めれば良かった」の声が虚しく聞こえてきました。 -
駅前通りの通称は、提灯祭り通り。
正式には埼玉県道146号六万部(ろくまんぶ)久喜停車場線といいます。
欅並木もだいぶ散っていますね。
地名の「六万部」は、かつて経本六万部を納めた法華塚があったことに由来するようです。 -
冬の西日を受ける愛宕神社。
よろしければ以前に訪問したときの旅行記もご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/11783234 -
桜の季節はとてもきれいです。
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愛宕茶屋。
愛宕神社の正面にある和菓子屋さん。
農林水産省が埼玉県の郷土料理に認定している和菓子「塩あんびん」の名店です。
「塩あんびん」は江戸時代中期に生まれたもので、当時砂糖は大変貴重だったことから、砂糖の代わりに塩を使って味付けしたあんを餅で包んだお菓子です。
この地には、お祝いの日には手作りの「塩あんびん」を食べる習慣がありました。 -
新一(しんいち)の山車小屋。
久喜中央1丁目と4丁目の山車人形は、日本武尊(やまとたけるのみこと)です。 -
鷹匠橋。
中落堀川に架かる小さな橋ですが、「久喜鷹場」に由来する歴史的な名前です。
上流側には五領橋、下流には愛宕橋があります。 -
三高第一ビル(左)と三高第二ビル(右)。
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三高ビル(第二ビル)は、三高商事が昭和49年(1974年)6月に開業した複合ビル。
この中に公益財団法人高澤三次郎国際奨学財団(高沢財団)が入っているのですが、この財団は日本の大学院や大学に留学するアジア諸国の学生に対して無償の奨学金を提供しています。これまでに約千名を支援してきました。
私の知人(韓国人)にこの話をした、学生時代に奨学金を受給していたということでした。日本人には知られていないけれど、アジアでは有名らしいです。 -
イトーヨーカドー久喜店。
昭和49年5月に三高第一ビルのキーテナントとして開業しました。その後増床し、店舗面積12,980m2。 -
久喜中央コミュニティセンター(久喜市中央公民館から改称)。鉄筋コンクリート造 4階建て、延床面積は2,112.16m2。
久喜駅西口を出て、西へまっすぐ歩くと7~8分です。
かつて旧久喜町役場があった場所で、近くには御陣山と呼ばれる遺跡があります。
200人収容の大集会室はじめ、会議室多数。利用料金がとても安いので人気です。 -
久喜中央コミュニティセンターの前庭にある彫像「ふれあい」。
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「ふれあい」齋藤馨氏制作の母娘像。
平成3年4月、久喜市中央公民館の初代公館長・野原國松氏が寄贈しました。 -
御陣山遺跡(ごじんやまいせき)。
貞享元年(1684年)に武蔵国埼玉郡・多摩郡・下総国印旛郡をはじめとする領地替えが行なわれ、久喜に陣屋を置いたことから1万2000石の久喜藩が立藩されました。 -
御陣山遺跡付近からは縄文時代の住居跡をはじめ、石器・土器、歴史時代の堀や井戸・池、古銭・板石塔婆などが見つかっています。
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その裏には御陣山児童遊園(2,500m2)が広がっています。
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天王院の大銀杏。
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見事に黄葉しています。
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本一(ほんいち)の山車小屋。
本町2丁目・4丁目・5丁目・6丁目の山車人形は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)です。 -
天王院の山門。
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不許葷酒入山門の碑。
臭いものを食べたり、酒を呑んだらしている人は通ってはいけません。 -
本堂。
大永3年(1523年)に妙鑑が開山しました。本山は山梨県に所在する曹洞宗の妙龜山廣嚴院(山梨県笛吹市一宮町金沢)です。子育て呑龍とも称されます。 -
六地蔵尊。
手前の動物はリスかな。 -
板碑。
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呑龍堂。
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子育て呑龍様をお祀りしています。
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八雲神社です。
天王院の境内に所在する神社で、旧久喜町の総鎮守でした。
江戸時代には牛頭天王を祀る「天王宮」でしたが、明治の神仏分離令により明治6年(1873年)3月に八雲神社と改称しました。 -
八雲神社の祭礼は、久喜の夏祭りとして古くから行われており、「天王様」あるいは「提灯祭り」または「けんか祭」とも呼ばれ、毎年7月12日と18日に行われています。
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八雲神社と牛頭天王の関係についての説明書が張り出されています。
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松尾神社。
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松尾神社の御祭神は、大山咋命(おおやまくいのみこと)です。酒造の守り神として全国に広まりました。
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関東一ともいわれる久喜の「提燈」山車。
昼は人形l山車、夜には提灯山車に姿を変えて練り回します。 -
提灯の光源には今でも蝋燭を使用しています。
この山車をものすごい勢いで引き回す様子は一見の価値があります。 -
もう少し西へ進むと、この辺りには、かつて千勝神社が建っていましたが、道路建設に伴い移転を余儀無くされました。
現在は、450mほど北西へ遷座しています。
右の古木は御嶽神社の境内で、千勝神社と隣接していたそうです。 -
久喜市保存樹木の樫。
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御嶽神社(おんたけじんじゃ)。
市内には同名の神社が複数ありますが、ここは久喜市本町1丁目1200。
標柱には、「御嶽教 寿幹教会 御嶽神社」と彫られています。
石鳥居は昭和60年建立。 -
御嶽神社
明治20年(1887年)創建。昭和59年に再建された拝殿です。
狛犬は昭和63年11月に奉納。 -
御嶽大神の扁額。
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玉垣内にはたくさんの神様が祀られています。
左奥には賢心霊神、手前は吉瑞霊神、右端は森吉霊神、中央奥には道履霊神です。
左の木の陰に椿心霊神と英心霊神が祀られています。 -
村社・千勝神社。
室町時代を開いた足利尊氏は関東を治めるため、鎌倉に関東公方を設置しました。
しかし、六代目関東公方足利公方成氏は、幕府と対立し、康正元年(1455年)に下総国古河を御座所とし、古河公方と呼ばれました。
二代目古河公方足利政氏が勧請しと伝わります。 -
移転記念碑。
かつて千勝神社は、県道の拡幅工事のため境内の大半が削られることとなり、平成11年5月に現在地に移りました。 -
手水舎。
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千勝神社の拝殿。
福島県東白川郡に鎮座する奥州一宮の都都古別神社(旧称近津宮)を本宮としており、近津神社と同根とされます。
明治42年、愛宕神社、天神社、八幡神社、稲荷社、熊野神社、三島神社を合祀しました。
御祭神は、天手力男命(あまのたぢからおのみこと)です。 -
扁額は、千勝大明神です。
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石碑群。
続いて甘棠院へ行ってみましょう。 -
甘棠院の山門。
足利政氏館跡及び墓が大正14年3月三31日に埼玉県指定史跡となりました。 -
足利政氏公墓園館跡の碑。
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石畳の石にも紋章が刻まれています。
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これは仏足石でしょうか。
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永安山 甘棠院(えいあんざん かんとういん)は、臨済宗円覚寺派の寺院です。
永正16年(1519年)、久喜に隠退した2代古河公方・足利政氏が開基、子の貞巖が開山しました。歴代の徳川将軍から朱印地100石を賜る格式を誇っていました。 -
甘棠院はもともと足利政氏の館であったことから、寺院の西側から北側には空堀が残っています。
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甘棠院の中門。
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永安山の扁額。
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甘棠院の境内。
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この先に本堂がありますが、これより先は立ち入りできません。
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甘棠院の本堂です。
国の重要文化財や重要美術品、埼玉県指定文化財など中世以来の貴重な文化財が残されていました。現在は埼玉県立歴史と民俗の博物館に収蔵されています。
よろしければ、埼玉県立歴史と民俗の博物館を訪問したときの旅行記をご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/11783273 -
鐘楼。
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梵鐘
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干支と方位が記されています。
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光明寺に来ました。
門の手前に大松があります。 -
六地蔵損。
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光明寺の山門。
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瑠璃山 光明寺の寺標。
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折原水光先生敬重の碑。
花をのみ待つらむ人に山里の
雪間の草の春を見せばや
藤原家陸
と刻まれています。昭和61年6月10日建立。 -
久喜学校開業の碑。昭和38年建立。
明治6年(1837年)1月、光明寺本堂に久喜学校(小学校)が設立されました。
明治25年(1892年)に久喜町立久喜尋常小学校と改称され、大正2年(1913年)に現在の久喜小学校所在地に移転しました。 -
十三佛。
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光明寺の本堂。
建長4年(1252年)に賢信が中興し、天正8年(1580年)に光明寺が正式に開山しました。
瑠璃山 薬王院 光明寺は新義真言宗豊山派の寺院で、埼玉県幸手市に所在する正福寺の末になります。御本尊は不動明王です。 -
瑠璃山の扁額。
よろしければ本山の正福寺に参拝したときの旅行記もご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/12014468 -
修行大師像。
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こちらは不明です。
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庫裏。
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中島撫山の墓。
久喜市指定有形文化財です。
中島撫山は、文政12年江戸亀戸に生まれました。
明治2年、久喜町本町に移住し、明治六年に、私塾「幸魂教舎」を設立し、その後約40年間に渡り北埼玉郡や南埼玉郡を中心に関東の各県に広く門人が集い、その数は千数百人と伝えられます。明治44年、83歳で久喜に没しました。
撫山の孫には作家の中島敦がいます。 -
光明寺の薬師堂です。
かつてこの地に流行していた疫病を鎮めるため、僧行基は一番の高台に薬師如来を安置し、疫病退散を祈願しました。
今から約1350年前の白鳳10年(681年あるいは670年とされる)と伝わっています。
行基は、唐の時代の三蔵法師の孫弟子とされ、インド由来の仏教の修行法が光明寺に伝えられました。
その中心となるのが薬師如来を祀った金堂である薬師堂です。 -
向背。
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瑠璃山の扁額。
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堂内には薬師堂の扁額が見えます。
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内陣の様子。
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光明寺の駐車場には観音菩薩像がありました。
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駅前に戻り周囲を歩きましたが、古い家屋などは残っていませんでした。
寒梅酒造は文政4年(1821年)に創業された酒蔵ですが、お店が新しくなっていました。
純米吟醸「久喜」は、久喜の水と米のみを使用したこだわりの逸品です。 -
川魚割烹うなぎ福本。
大正末期に川魚料理店として創業しており、100年の歴史があります。
今は鰻が中心ですが、なまず・どじょう・鮎・岩魚・すっぽん等のメニューもあります。 -
鰻重(白焼き)。
福本さんは味が濃いめでとても美味しいのですが、塩分を抑えるために白焼きをお願いしてわさび醤油でいただきました。 -
久喜駅前にEVバスが停車していました。今や製造されていないCNGバスの代わりはこちらのようです。
-
久喜駅の東口で見つけたマンホール蓋。
古利根川流域下水道の蓋で、鯉の仲間である白鰱(ハクレン)と鴨がデザインされています。白鰱は特に利根川や霞ヶ浦周辺で自然繁殖している帰化動物とされます。
当初の目的であった東武鉄道の開業7駅探訪はこれにて完了です。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。
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