2022/11/27 - 2022/11/27
1135位(同エリア2390件中)
ケーさん
日本100名城巡り
☆49城目☆鹿児島城(No.97)
鹿児島県の100名城は、鹿児島城の1城です。
九州地方の100名城(スタンプ済には◯)
85 福岡城(福岡県福岡市)◯
86 大野城(福岡県大野城市)◯
87 名護屋城(佐賀県唐津市)
88 吉野ヶ里(佐賀県神埼郡)
89 佐賀城(佐賀県佐賀市)
90 平戸城(長崎県平戸市)
91 島原城(長崎県島原市)
92 熊本城(熊本県熊本市)◯
93 人吉城(熊本県人吉市)◯
94 大分府内城(大分県大分市)
95 岡城(大分県竹田市)
96 飫肥城(宮崎県日南市)
97 鹿児島城(鹿児島県鹿児島市)◯
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11月27日(日)
28日の午前中に熊本駅で用事があるため、熊本で前泊して、ついでに鹿児島県の100名城に行くことにしました。(熊本県の100名城は既に訪城済)
この日の行程
【JR新幹線みずほ605号 鹿児島中央行】
新大阪08:55発→鹿児島中央12:41着
【鹿児島シティビュー(市内循環観光バス)】
鹿児島中央駅前13:00発→薩摩義士碑前13:14着
→徒歩3分→黎明館
【鹿児島シティビュー】
薩摩義士碑前13:59発→鹿児島中央駅前14:50着
【JR新幹線つばめ328号 福岡行】
鹿児島中央15:25発→熊本16:23着
【熊本市電A系統 健軍町行】
熊本駅前16:37発→ 熊本城・市役所前16:58着N700系 みずほ 乗り物
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新大阪駅で買った駅弁。うにとウニと雲丹味くらべ弁当。
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ウニ好きにはたまりません。
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カゴシマシティビュー時刻表
カゴシマシティビュー 乗り物
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本丸北面にある【北御門跡】
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桝形などはなく石垣土橋を登った正面が黎明館です。
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100名城スタンプを押しに【鹿児島県歴史・美術センター黎明館(れいめいかん)】へ。
有料観覧エリアへの入場は入館券が必要ですが、100名城スタンプはロビー受付周辺に設置されているため無料で押すことが出来ます。
今回時間がないので無料エリアだけ見ました。鹿児島県歴史 美術センター黎明館 美術館・博物館
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【鹿児島県歴史・美術センター黎明館総合案内】
黎明館は、鹿児島の考古、歴史、民俗、美術・工芸の研究や展示を行う総合博物館です。鹿児島城本丸(居館)跡にあり、特に幕末維新の実物資料が充実しています。 -
こちらは【CHIN JUKAN POTTERY(チンジュカンポタリー)喫茶室】に併設しているお土産ショップです。素敵な焼き物の器も並んでいます。こちらも入館券を買わずに利用出来ます。
黎明館に来た目的の一つでもある【灰ドーム】をゲット出来ました♪チンジュカンポタリー グルメ・レストラン
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【御楼門建設に用いられた伝統的技術】
土壁、鯱、鬼瓦、屋根と瓦などの展示物 -
【御楼門(ごろうもん)建設に用いられた伝統的技術】
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天璋院篤姫像
大河ドラマの「篤姫」大好きでした。
天璋院篤姫(てんしょういんあつひめ)は13代将軍・徳川家定の正室。
薩摩藩の一門の娘に生まれた篤姫は、17歳で薩摩藩第11代藩主島津斉彬(しまづなりあきら)の養女となり薩摩を離れ、1856年、20歳で第13代将軍徳川家定に嫁ぎ、正室(御台所)となる。
篤姫が22歳の時に夫家定が病死。その後は「天璋院」と名のり大奥を仕切った。1868年(32歳の時)戊辰戦争が勃発。徳川家の存続や江戸城無血開城などに尽力した。天璋院篤姫像 名所・史跡
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黎明館(本丸跡)の南側に広がる庭園
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御角櫓跡
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【御角櫓跡(おすみやぐらあと)】
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庭園跡
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【庭園跡(ていえんあと)】
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【麒麟(きりん)の間跡(まあと)と能舞台跡(のうぶたいあと)】
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【七高生久遠の像】
かつてここを校地とした旧制七高に由来するもの -
【御楼門と排水溝の整備】
鹿児島(鶴丸)城内には、雨水を機能的に排出するため、多数の石造りの排水溝を巡らせていました。
ここでは平成 28(2016)年度の発掘調査によって、石垣に沿うような形で排水溝が確認されました。石垣の裏には通水の機能がある裏込石(うらごめいし)が充填(じゅうてん)され、石垣と石列の間の表面には漆喰(しっくい)を塗り水漏れを防ぐ工夫がなされていました。石列の一段下には石組みの排水溝が通っています。発掘調査の結果、江戸時代の排水溝は複数回にわたる付け替えなどの維持管理が行われたことや、近代以降、排水溝に土管が据え付けた跡などが確認され、長い間利用され続けていたことが分かりました。
これらは当時の城内を知る上で重要な遺構であるため、保護するために埋め戻し、排水機能の回復を図るため、埋め戻した排水溝の上にレプリカの排水溝を設置しました。 -
本丸跡から見た御楼門と排水溝
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本丸跡から見た御楼門桝形
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御楼門枡形部分から本丸内へ伸びる食違い虎口
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本格的な甲冑姿の方は、ボランティア団体「薩摩甲冑隊」のメンバーです。お願いして写真を撮らせていただきました。
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史跡鶴丸城跡の石碑
鶴丸城跡 (鹿児島城跡) 名所・史跡
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【鹿児島(鶴丸)城跡総合案内】
鹿児島(鶴丸)城は山から平野にかけて城を築く「平山城」でした。藩主の居所(居館)は城山を背にして建てられ、居所を中心に海側に向かって城下町が築かれました。
築城された頃(慶長6年:1601年)、この城の軍事機能の中核は城山にあり、行政機能の中核は居所に置かれました。また、藩の政治を行う役所の一部は居所以外にも置かれていました。
鹿児島(鶴丸)城の本丸は、廃番置県後の明治5(1872)年に、鎮西探題(ちんぜいちんだい)の分営となり、翌6(1873)年12月、失火によって焼夫しました。鹿児島(鶴丸)城の変貌と殿舎の荒廃を嘆いた元薩摩藩士 成尾常矩(なるおつねのり)は、城周辺の見取図(「成尾常矩城下絵図」)と本丸間取図(「成尾常矩指図(なるおつねのりさしず)」)を作成しました。 -
【鹿児島(鶴丸)城の歴史】
鹿児島城は、慶長6(1601)年頃、のちに初代薩摩藩主となる島津家久(しまづいえひさ)(第18代当主)が建設に着手した城で、鶴丸城の名で親しまれています。築城当初は、背後の山城(やまじろ)((城山(しろやま))に本丸、二之丸を置き、麓には屋形(やかた)を置いて藩主の居所としていました。また、平城(ひらじろ)の三方は堀に囲まれていました。これは、島津氏が鎌倉時代からの守護として、山城と屋形で構成される城館(じょうかん)という武家の伝統や格式を重んじて築城したものです。江戸時代の後半になると、本丸、二之丸は麓の居所を指すようになります。
明治初期に記された成尾常矩指図(なるおつねのりさしず)によると、本丸には大小100以上の部屋があったとされています。そのなかには能舞台もあり、平成 26(2014)年度の発掘調査では、その一部が見つかりました。また、平成 29(2017)年度の発掘調査では、庭園の一部と思われる配石などが見つかっています。 -
復元された御楼門
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【鹿児島(鶴丸)城御楼門(ごろうもん)の復元】
御楼門の復元は、県民有志団体等による取組を経て、鹿児島経済同友会をはじめとする県内経済5団体を中心とした「鶴丸城御楼門復元実行委員会」と鹿児島県とで「鶴丸城御楼門建設協議会」を設立し、鹿児島市の協力を得て、明治維新150周年記念事業の一環として官民一体となって進められました。
147年ぶりに史実に忠実に復元した御楼門は、日本最大級ともいわれる青銅製の鯱を大屋根に載せ、高さ・幅ともに約20メートルもある日本最大の城門であり、鹿児島の新しいシンボルとなるものです。 -
御楼門と内堀にかかる石橋
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【御楼門(ごろうもん)と石橋(いしばし)】
鹿児島(鶴丸)城の表玄関で、城のシンボルとも言える御楼門は、残された古写真の解析や現存する礎石に残る痕跡等から、二重二階造(にじゅうにかいづくり)・木造本瓦葺きで、屋根に鯱を上げ、この鯱までの高さが約20メートル(推定)もある国内最大級の城門です。
周囲には、当時の礎石(大きいもので約1.2メートル×約1メートル)が今も残されており、その表面には柱に巻き付けられた金物の錆色(さびいろ)が観察されます。これにより主柱の太さは約90センチ×約70センチであったことが分かりました。
その前に架かる橋は当初は板橋でしたが、文化7(1810)年に薩摩藩から幕府へ願い出て、石橋に架け替えられたことが記録に残っています。欄干の擬宝珠(ぎぼし)は鹿児島城下にあった新橋・西田橋と共に唐金(からかね)(青銅、錫と銅の合金)で製造され、「慶長十七年壬子六月吉日」と刻印されていたと伝えられています。 -
南東方向から見た御楼門
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【鹿児島(鶴丸)城に見る鹿児島の石文化】
火山の多い鹿児島には、火砕流堆積物が自らの熱と圧密で溶け固まってできた溶結凝灰岩(ようけつぎょうかいがん)が広く分布しています。この溶結凝灰岩は、比較的加工がしやすいことから、古くから様々な石造物に用いられ、身近な場所に石の文化を垣間見ることが出来ます。
鹿児島(鶴丸)城の石垣にも溶結凝灰岩は用いられており、もっとも多く使われているものは、約50万年前の噴火によってできた吉野火砕流堆積物の溶結凝灰岩で、「反田土石(たんたどいし)」と呼ばれています。
鹿児島(鶴丸)城の石垣の多くは、石材を方形に加工整形して積む「切込み接ぎ(きりこみはぎ)」という方法で積まれています。石材の表面をよく観察すると、石ノミで丁寧に整形した跡を見ることができます。また、藩主や賓客のみが通ることを許された御楼門から唐御門(からごもん)にかけて、亀甲積みや金場取残積みなどの、繊細な技術を要する石垣が残されており、加工しやすい石材が容易に入手できたこの土地の特色を示すものとなっています。
さらに反田土石で造られた主な石造物には、仙巌園(せんがんえん)の反射炉跡(はんしゃろあと)や寺山炭窯跡(てらやますみがまあと)、錦江湾(ぎんこうわん)沿岸に築かれた砲台跡(台場)などがあります。 -
【算木積(さんぎづ)み】
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算木積み
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【亀甲積(きっこうづ)み】
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亀甲積み
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【金場取残積(かなばとりのこしづ)み】
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金場取残積み
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石の形や積み方、加工の仕方が違っている御楼門横の石垣。
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【西南戦争の跡】
御楼門部周辺の石垣には、無数のくぼみが見られます。このくぼみを観察すると、銃弾や砲弾の破片が食い込んでいるものがあります。周辺の発掘調査で見つかった銃弾や砲弾などから、これらの多くは、明治10(1877)年の西南戦争の際の痕跡であることが分かりました。
熊本・宮崎での戦いに敗れた西郷軍は、明治10年9月、故郷鹿児島の地に戻り、城山を中心に布陣し最後の決戦に挑みます。これに対し政府軍は約5万人の兵で包囲し、西郷軍に無数の銃・砲弾を浴びせました。
御楼門部周辺の石垣に残るこれらの弾からは、複数箇所から銃撃や砲撃が行われたことをうかがい知ることができ、この攻撃の凄まじさを今に伝えています。
また、鹿児島(鶴丸)城の御厩跡(おうまやあと)に建てられた私学校周辺(現在の鹿児島医療センター)の石垣や石塀(ここから北に約100m:右下案内図参照)にも銃弾痕が残されており、これらは、日本最後の内戦である西南戦争の歴史を伝える貴重な痕跡です。(説明板より) -
御楼門北側の【表具所多門櫓跡】の石垣
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二の丸跡と本丸跡の石垣の境目。本丸の方が先に作られていたのがわかる。
右側の本丸跡石垣の上に御角櫓が建っていた。 -
【薩摩義士碑】
薩摩義士碑 名所・史跡
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バスの中から見た美術館(二の丸跡)前に立つ巨大な西郷隆盛像。
西郷隆盛銅像 名所・史跡
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鹿児島中央駅前アミュ広場
モニターにはワールドカップのニュースが。2022年カタール・ワールドカップは11月開催でした。アミュプラザ鹿児島 ショッピングモール
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お城で精一杯でご当地グルメを食べ損ねることが多いんですが、今回は新幹線改札内にあるご当地グルメ【ざぼんラーメン】を食べられました。
ざぼんラーメン 鹿児島中央駅店 グルメ・レストラン
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ざぼんラーメン(ネギ抜き)と餃子セット。
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すごくおいしかったです。
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【つばめ328号 博多行き】
鹿児島中央15時25分発→ 熊本16時23分着九州新幹線 800系 つばめ 乗り物
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【熊本市電A系統 健軍町行】
熊本駅前16:37発→ 熊本城・市役所前16:58着
ここからホテルまでは徒歩6分ですが、お店が閉まるといけないので先に城彩苑へ向かいます。熊本市電 KCT 乗り物
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【長塀(ながべい)】
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長塀
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【馬具櫓(ばぐやぐら)】
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馬具櫓
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【行幸橋(みゆきばし)】
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坪井川と遠くに行幸橋
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加藤清正公像
加藤清正公像 名所・史跡
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桜の馬場 城彩苑
桜の馬場 城彩苑 名所・史跡
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城彩苑入口
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お土産屋さん【雅(みやび)】に到着。
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お目当てのくまモンスノードームがありました♫
しかもセール中でめっちゃお得にゲット♫ -
宿は【アンドコンフィホテル熊本城ビュー】
アンドコンフィホテル熊本城ビュー 宿・ホテル
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部屋着がかわいいです。
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熊本城ビューという名前通り、ホテルの屋上から熊本城が見えます。
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2021年3月に完全復旧された大小天守がライトアップされて美しいです。
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11月28日(月)
【九州産交バス】
市役所前10:30発→ 熊本駅前10:43着
→熊本駅まで徒歩8分 -
熊本駅のおてもやん像
【JR新幹線さくら552号】
熊本12:03発→新大阪15:28着(3時間25分)11駅おてもやん像 名所・史跡
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帰りの新幹線さくら車内。
縁あって保護猫兄妹をはるばる引き取りに来たのが今回の用事でした。キャリーバッグの中の子猫2匹は熊本から新大阪まで大人しく良い子にしてくれていました。今では大事な家族の一員です(=^^=)九州新幹線 800系 さくら 乗り物
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今回ゲットした灰ドーム♫
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今回ゲットしたくまモンスノードーム♫
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100名城スタンプは黎明館に設置されています。
スタンプのデザインは、鶴丸城跡碑と本丸跡北東にある鬼門除けの隅欠です。
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