2024/06/15 - 2024/06/16
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この旅行記のスケジュール
2024/06/15
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丸亀駅西口広場
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浜町商店街〜通町商店街
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香川県第2の都市、丸亀市の中心部には標高66mの亀山があり、そこには現存天守12城の一つ、丸亀城が保存されています。日本一とも言われる石垣が多く残されていて、石垣の名城と呼ばれています。
丸亀城には外国人観光客が少し、日本人観光客は多数来ていました。
1日目
羽田空港から松山空港へ。バスで道後温泉へ移動、市内で仕事をしてから道後温泉を観光。道後温泉泊。
2日目
朝、仕事。松山城に登城。その後に仕事。松山泊。
3日目
宇和島へ移動し、宇和島城に登城。
下灘で夕陽を見る。松山泊。
4日目
松山市内を観光、丸亀へ移動し、宿泊。
5日目
丸亀城に登城。讃岐うどん発祥の地を見て、塩江温泉に泊まる。
6日目
法然寺に参拝してから、平賀源内の街を歩く。夜は仕事。高松泊。
7日目
雨上がりの高松空港から大雨の羽田空港へ、帰宅。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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丸亀駅にやってきました。
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駅前には不思議なモニュメントがありました。
建設途中のビルの骨組みかとも思いましたが、どうも違うようです。
平成19年(2007年)年12月にできました。 -
駅前には謎の石のモニュメントもありました。上から見ると渦巻き状になっています。
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そして右手に目をやると、怪しげな建物がありました。
調べたところ、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)です。
丸亀市出身の芸術家・猪熊弦一郎氏の個人美術館ということです。駅前広場と一緒に整備されたようです。
美術館の営業は10時~18時で、すでに閉館していました。なお、月曜日は定休です。 -
謎の渦巻き。壁画は「創造の広場」。
現代美術は無理だなあ。 -
丸亀駅(南口)。
明治22年 (1889年)5月、讃岐鉄道の駅として、丸亀から琴平まで開通しました。讃岐鉄道は、伊予鉄道に次いで四国で2番目の鉄道でした。
現在の駅舎は、瀬戸大橋線開業前の電化によるルート変更時に新築した高架駅です。昭和62年開業。
それまでは、南口広場の位置に昭和18年3月築の駅舎が建っていました。 -
駅前から東方向には浜町商店街のアーケードがあります。
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先に進むと、片側はシャッター通り、反対側は建物が取り壊されていました。
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直角に交差している通町商店街に入ります。
丸亀市のメインストリートと言われていますが、人がいません。 -
土曜日の19時前ですが、シャッターが閉まり、人が全然歩いていません。本当にメインストリートでしょうか。
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通町商店街は静まりかえっていました。
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本町埠頭と刻まれたマンホール蓋がありました。
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へんろみちの道標。
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スーパーホテル 丸亀駅前が見えました。
19時ですが、まだ明るいです。 -
丸亀市のマンホール蓋。
全国シェアが8割以上という団扇をどーんと真ん中に置いてます。団扇のデザインは丸亀城の石垣。 -
スーパーホテル 丸亀駅前に泊まります。
駅前という名称ですが、駅からは400mほど離れていて、もっと駅近くにもビジネスホテルがありました。 -
スーパーホテルって、こういうコンセプトでした?
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フロントの張り紙。夜食のサービスがありました。
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客室。
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大きなテレビ。
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お部屋にあったタオル入れの袋もキリン推しでした。亀しゃないのね。
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大浴場はありません。ほとんどのスーパーホテルには大浴場があるのですが、元は異なるチェーンホテルだったのかな。
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北方向の眺望です。丸亀港が見えます。
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本島(ほんじま)。
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丸亀駅と駅前の鉄骨も見えました。
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駅前に丸亀製麺はなかったのですが、ホテルで讃岐うどんのサービスがありました。
糖質制限中ですが、嬉しくて、やっぱり食べちゃいました。 -
今日も朝からカレーです。特製のオリーブ豚カレーを美味しくいただきました。
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荷物をホテルに預かってもらい、通町商店街を南へ歩きます。朝の8時過ぎですか、閑散としています。
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アーケードを抜けると亀山と丸亀城が見えました。
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工事現場の壁に描かれたお殿様も讃岐うどんを食べています。
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丸亀市民ひろば。
丸亀お城まつりではステージが設営されたりして賑わう場所です。
普段は落ち着いた静かな公園です。 -
道標・鳩(GUIDE-POST・PIGEON)。
柳原義達氏の作品、1981年3月設置。 -
かくれんぼ。
丸亀市生まれの大西康彦氏の作品、1981年。 -
丸亀歩兵第十二連隊跡地の碑。
西南戦争から太平洋戦争まで従軍しました。ここでの訓練では丸亀城の石垣を登ることもあったそうです。 -
その後ろには、丸亀歩兵第十二連隊略記碑と丸亀歩兵第百十二連隊跡地の碑。
百十二連隊は、昭和15年(1940年)に編成されました。 -
大空に夢を。
愛媛県八幡浜市生まれの軍人・発明家の二宮忠八が発明したカラス型飛行器の模型が展示されています。
英国王立航空協会は、二宮忠八を「ライト兄弟よりも先に飛行機の原理を発見した人物」と評価しています。 -
「カラス型飛行器」は、空を飛ぶ烏が羽ばたいていないことに着目して作成した日本初のゴム動力の模型飛行器で、明治24年(1891年)4月丸亀において飛行に成功しました。
しかしながら、日本陸軍ではこのアイディアを一蹴したため実用化されず、ライト兄弟に手柄を渡してしまいました。
展示作品は、神野良介氏の作品で、全長・翼幅2m、高さ3.6mの鉄製、機首は二宮忠八の故郷・八幡浜へ向けられています。平成20年(2008年)8月22日に設置。 -
石碑。
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歌碑。他にも幾つかありました。
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日だまり。
大西康彦氏の作品。1983年。
丸亀市観光協会35周年記念と丸亀ライオンズクラブ25周年記念に設置されました。
かなり大胆不敵なポーズです。
最近、各地で裸像が撤去される事案があるようですが、これは仕方ないかもと思わされました。 -
丸亀市民ひろばから丸亀城を見ました。
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史跡丸亀城跡の石碑。
昭和25年(1950年)の文化財保護法により、大手二の門、一の門、そして天守の三ヶ所が国の重要文化財に指定されました。 -
大手二の門。
内堀を渡ると立派な門が迎えてくれます。
一の門と同時に建てられた、高麗門形式の門です。 -
大手一の門との間が枡形になっており、狭間があります。
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狭間から覗く内堀。
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この枡形の石垣には、幸運のハート岩があります。触れると良縁があると言われています。ハートに見えるか見えないかは、その人次第で、昔から「鰯の頭も信心から」と言います。
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大手一の門。
寛文10年(1670年)頃に建築された櫓門で、藩士が太鼓を打ち、刻を知らせていたことから太鼓門とも呼ばれています。
平成18年6月10日の「時の記念日」から、大手一の門で九つ刻(正午)を知らせるため、太鼓を9回叩く時太鼓が復活しました。 -
丸亀城内観光案内所。
丸亀城の楽しみ方やグルメの案内などの他、丸亀城グッズなどのお土産を扱っています。 -
丸亀城のキャラクター。
右のお殿様かと思ったキャラクターは、とり奉行でした。 -
丸亀城のキャラクターをあしらった顔はめパネル。
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天守までは徒歩10分の案内がありました。大手門から天守のある本丸へと向かう坂道は「見返り坂」と呼ばれます。
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帰厚の碑。
丸亀城址払い下げに尽力した片岡政吉と代金と維持費を工面した式村茂を顕彰する石碑です。その結果、大正15年に亀山公園が払い下げられました。 -
三の丸北側の高石垣、高さ22m。
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算木積みの土台から徐々に反り上がり、頂はほぼ垂直になっています。独特の姿は「扇の勾配」と呼ばれています。
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高浜虚子の句碑。
昭和24年秋、丸亀城から讃岐平野越しに讃岐富士(飯野山)を眺めて詠んだ歌です。
稲むしろあり 飯の山あり 今昔 -
丸亀城には石段はありません。石畳や舗装路の坂道となっています。初めは緩やかな坂道も、この辺りから勾配がきつくなりました。
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この石垣を作ったのは、石工名人の羽坂重三郎と言われています。
丸亀城の伝説では、見事な出来栄えに満足した殿様に対して、重三郎は「鉄の棒があれば石垣を登れる」と言い、本当に石垣を登ってしまいました。それを見た殿様は、重三郎が敵と通じることを恐れ、井戸に落として殺してしまったそうです。 -
見晴り櫓跡は好眺望でした。
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市街地の真ん中に青ノ山。
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お城の案内図。
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三の丸跡。
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南東方向に飯野山が見えます。
讃岐富士と呼ばれる山は幾つかありますが、丸亀市と坂出市の境にある飯野山は標高421.9m。もっとも有名な讃岐富士。 -
勤王碑と延寿閣別邸。
延寿閣別邸は、丸亀藩主京極家の別邸「延寿館」の一部を移築した建物です。
ふるさと納税で丸亀市に422万円を寄付すると、ここに一泊二食の城泊ができます。 -
勤王碑。
幕未から明治初めに活躍した郷土の勤王志士土肥実光(大作)と村岡宗四郎が大正8年に贈位されたのを記念し、勅王志士遣烈列表彰会が大正12年に建立しました。 -
二の丸跡の石垣。
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二の丸跡の石垣。
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三の丸にあり、遠目には東屋のように見える小さな小屋です。
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井戸の覆屋でした。囲いは東西南北とも約3.5m、井戸の直径は約2.5mです、
山崎時代の絵図には深さは31間(約56m)と記されており、城外への抜け穴伝説もあります。 -
三の丸井戸跡。
石垣と同じ花崗岩を使って築かれています。 -
井戸を覗いたところ、囲いの屋根が写っていました。見たところ、深さもそれほどではないようです。
羽坂重三郎が落とされたのはこの井戸だったという説もあるようです。 -
二ノ丸跡。
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本丸の石垣。
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麓から約30分かけて丸亀城の本丸に来ました。
丸亀城の天守については、築造時期や城主に諸説があります。
丸亀市のHPでは「丸亀市の中心市街地の始まりは、慶長2年(1597年)、生駒親正(いこまちかまさ)・一正(かずまさ)による亀山への築城に始まります。」となっています。 -
丸亀市のHPでは「慶長20年(1615年)、大坂夏の陣により豊臣氏が滅び、徳川氏の天下となります。徳川幕府は武家諸法度を制定し規制を行います。元和元年(1615年)の一国一城令により生駒氏は、高松城を残し、丸亀城を廃城しました。」と記しています。
このとき、生駒正俊は要所要所を樹木で覆い隠し、立ち入りを厳しく制限して城を破却から守ったと伝わっています。 -
万治元年(1658年)、山崎氏が3代で無嗣断絶し改易となり、京極高和が6万石で入封しました。京極家は明治維新まで続きました。
万治3年(1660年)、唐破風と千鳥破風で飾る三層三階の天守を完成しました。 -
天守の高さは15m、現存天守の中で最も小さい規模で、別名は蓬莱城(ほうらいじょう)とも言います。
天守の観覧時間は、9時~午後4時30分(入城は午後4時まで)、年中無休。観覧料は大人400円。 -
唐破風の鬼瓦は、京極家の家紋である「平四つ目結紋」です。
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天守内部には通し柱を設けず、各階層ごとにたくさんの柱を建てています。
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2階へ上る階段。
丸亀城は天守が小さいこともあり、展示物は一切ありません。数か所に説明板があるだけでした。 -
2階の床に近いところには大砲狭間が設けられていました。
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天守最上階へ上る階段。
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最上階もとても狭いです。
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天守からの眺望です。
北方向には丸亀港、瀬戸内海。本島や広島が見えています。 -
東方向にはこんもりと茂る青ノ山。標高わずか224mです。
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南方向は市街地の遠方に香川県と徳島県の境界に位置する讃岐山脈が見えています。
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下山しましょう。
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見返り坂を下りています。
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大手門を出ずにそのまま西進すると、旧藩主居館の表門だった玄関先御門があります。
江戸時代初期に建てられた薬医門形式です。 -
その先に、丸亀市立資料館があります。
昭和47年に開館した歴史・民俗資料館で、藩主京極家の資料を中心に展示しています。 -
入口のロビーでは変り兜などを展示していました。
京極家の家紋「平四つ目結紋」が付いた鐙。 -
鶴の丸陣笠。
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丸に四つ目結菱紋が付いた陣笠。
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変わり兜、鬼面形。
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日輪三日月の付いた変わり兜、鉄地三十二間筋兜。
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瓢箪の前立てが付いた鉄地桃形兜。
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下部との解説図。
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お堀を西側に渡ると丸亀市立城西小学校があります。
その一角に「井上通女」像がありました。
高本勝四郎氏の作品。1991年3月建立。
井上通女は、江戸時代中期の歌人、丸亀藩士の家に生まれ、7~8歳の頃には源氏物語を諳んじていたといいます。長じて三冊の日記を著して、高い評価を得ました。 -
強い日差しの中、丸亀駅まで歩きました。
駅前には、警察犬きな子像があります。
実在するラブラドール・リトリーバーの「きな子」が警察犬を目指して訓練を受ける姿は映画になり、話題となりました。朝方訪問した丸亀市民ひろばもロケ地となっていました。
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