2019/06/11 - 2019/06/18
34位(同エリア506件中)
ポポポさん
この旅行記スケジュールを元に
午後は西域との境にある漢代の関所があった陽関を訪れました。
訪れた場所には城壁と館がありましたがこれは近代に建てられたテーマパークで、城内には陽関博物館がありました。
博物館と言ってもほとんどが複製品で見るべき価値の物はないと言うガイドさんはここを素通り。
カートに乗って陽関に着くとそこには漢代の烽火台が1基あるのみ。さらに陽関の場所はそこでは無くてはるか遠くにあるとのこと。立ち入り禁止区域で現在では行けなくなった場所を遠望するのみでした。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
6月13日、旅行3日目の午後の観光です。
莫高窟デジタルセンターまで戻ってツアーバスに乗り換え。敦煌市内のレストランで昼食。
こにの店は敦煌で名のあるレストランらしい。中国の至る所で目にした「熱烈歓迎」がこの店にも・・。 -
店内の客室の様子。部屋の大少はあるが各部屋は概ねこのような感じだった。
但し我々は大所帯だったので大部屋でワイワイガヤガヤ。 -
前菜はこれ。1年前の話なのではっきり覚えていないが、パイ包風の肉まんだったような気がする。
-
バラの花のように飾った肉料理。肉の周囲にある二つ折りのパイ生地に包んで頂く。
-
次に出て来たのは鶏の唐揚げ。皿に盛ってあるのではなく、鳥かごのような物に刺してでてきました。この唐揚げ、衣は無く素揚げだった。
これは美味しかった。 -
鶏の唐揚げはまだ誰も手を付けていなかったので、アップにしてもう1枚。
-
次は麵料理。麵に掛けてあるのは何だったかな。2年も前の事なのでもう忘れてしまった
この店の料理は美味しい印象しか残っていないので、この麵料理も美味しかったに違いない。 -
中華料理なのでテーブルに次ぎ次ぎと料理が運ばれてくる。
写真は南瓜の料理だと思う。テーブルにの上には沢山の料理があるのにわざわざこの写真を写したのは何かしら理由があったはずだが、今となってはこの理由も思い出せない。
ただこの店も昨夜の店と同じように野菜料理が格別に美味しかった。シャキシャキした歯ごたえと野菜らしい瑞々しさを失わないように調理された料理は本当に美味しい。
日本の中華料理の店でもこれほど美味しい野菜料理を出す店は少ないと思う。
不思議なことに今回の旅行で食事をしたレストランではどの店も野菜料理が美味しかった。
そういう意味では今回の旅行で一番記憶に残ったのは野菜料理が美味しかったことかもしれない。 -
昼食を終えて敦煌市を出発。一路漢代の国境に設けられた陽関に向かった。
敦煌を出るとそこからは一面の砂漠地帯だ。
砂漠と言ってもサハラ砂漠のような砂の砂漠ではない。ゴロゴロとした小石の原が延々と続くのだ。そしてその地は一木一草生えていない不毛の地だった。
その砂漠に人工的に造られた石の壁が現れた。これはいわば現代の長城だろうか?
壁の向こうに何があるのかバスの車窓からは分からなかった。 -
この日の午後はやや曇り空だったため、砂漠の奥の景色は全く見えない。
曇り空と不毛の砂漠といった代り映えのない景色が延々と続いた。 -
砂漠には電信柱が立っているだけ。周囲は延々と続く砂漠地帯だ。
天候が良くても青空と砂漠しか見えないのだろう。 -
しばらくすると見えてきたのが石垣の土手のようなもの。
土手の上には電信柱が等間隔で立っている。これは西安と新疆ウイグル自治区を結ぶ中国新幹線の線路だった。 -
新幹線の線路のアップ。
-
敦煌から1時間かけて陽関に到着。
陽関は古代の関所があっただけで写真のような建物は無かった。
この建物は近年造られたテーマパークで、中には博物館があるそうだ。陽関 建造物
-
陽関景区と書かれた看板がある門から中に入ると城壁と門が見えてきた。
この中に博物館があるそうだ。博物館までは結構な距離があった。陽関 建造物
-
この城壁の中にあるのが陽関博物館。
主に武器が展示してあるそうだが、ガイドの陳さんの話では展示品は皆複製品なので見る価値はないそうだ。
城門の左右には攻城兵器が展示されてあった。 -
城壁前に展示されてあった攻城兵器だが、投石器は玩具のように小さい。多分実物の1/5程度の縮尺だろう。
中国の攻城戦ではしばしば登場する雲梯や井蘭、衝車などはない。多分製作するのが面倒だからだろう。 -
城門を潜って中に入ると「張騫」の像があった。
張騫は前漢の武帝の時代の人で政治家、外交家。匈奴を挟撃するため武帝の命で大月氏に派遣されたが、途中で匈奴に囚われ10数年を匈奴で過ごした。その間張騫を懐柔しようとする匈奴の企みで妻を与えられ子までなしたが脱出して大月氏に到着。
同盟は成功しなかったがその地に1年ほど滞在して帰国の途中に再び匈奴に囚われた。この時は匈奴の内乱に乗じて再び脱出し帰国。その後イリ地方の烏孫にも派遣された。2度の旅行で西域の事情が明らかとなり、漢の西域経営や東西交通の発展に大きく貢献した人物だ。 -
こちらは敷地内にあった「王維」の像。
唐代を代表する詩人で高級官僚でもある。絵画でもその才を評価され「南画の祖」と仰がれた。
彼の詩の代表作の一つが「元二の安西に使いするを送る」という詩。「西の方 陽関を出づれば故人無からん」という結句を思い浮かべる方も多いと思う。
詩の全文は次のとおり。
「渭城の朝雨軽塵を浥す 客舎青青柳色新にす 君に勧む更に尽くせ一杯の酒 西の方陽関を出づれば故人無からん」
訳は「送別の地この渭城で朝雨が降り、通りの道埃を洗ってくれた。 旅籠の周囲に植えられた柳は朝の雨に洗われて青々と生き返ったようだ。 さあ君よもう一杯杯を傾けてくれ。 西の果て陽関を出てしまえばもう知る人もいなくなるのだから」。
西域に向かう友人を見送る詩です。清々しい情景と名残惜しさを伝える心情が溢れたこの詩は、中国では昔から送別の宴で朗詠されている。
特に何もない不毛のこの地に来てこの詩を聞くと胸がジーンときますな。
-
博物館があるのはこの建物。我々は中の展示物は見学せずに中を通り過ぎただけだった。
展示物はパネル展示が主だったように記憶している。 -
博物館の敷地から見えたのは漢代の烽火台。
-
博物館から陽関まではカートに乗って行異った。
写真はカートから見たテーマパークと博物館の全景。 -
カートが到着したのは烽火台の麓まで。ここからは展望台まで徒歩で進んだ。
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陽関の展望台から見渡した荒涼とした景色。
周囲は砂漠の他は何もないのだ。陽関とはなんと殺伐としたところなのかと思いに耽っているとガイドの陳さんから説明が始まった。
「皆さん、ここは陽関と言われていますが実は陽関ではありません。陽関と言われる古代の関所はここからはるか先の祁連山脈の麓にあるんです。でもそこには今は行けません。これから先は現在立ち入り禁止になっているんです。」とのこと。
当日は生憎の天気だったので祁連山脈はみれなかったが、この地平線の先にあったのかなと勝手な想像をしていた。 -
陳さんは、展望台の下に道が表示されていてこの延長線上に陽関はあると言う。
さらに陳さんの説明が続く。
「以前はそこまで(陽関)まで行けていたのですがある日行けなくなりました。政府から突然立ち入り禁止が命じられたのです。理由はこうでした。
ここから陽関までは道が通っていて陽関の周囲には村もあって農民が暮らしていました。その農民が通る道すがら周囲を掘り起こすとあちこちから土器の破片や壺などが出て来たそうです。そのため農民は勝手にそれらを掘り起こしは町で売りさばいていたそうです。そのことが知事の耳に伝わり、驚いた知事は中央政府にご注進。その後中央から文化教育なんちゃらの役人や研究員が来て調査したところ、古代の貴重な遺物が埋まっていることが分かり、盗掘を防ぐために住民の進入を禁じました。もちろん陽関の周辺や一帯に居住しているすべての住民は強制的に移転を命じられたので、陽関の周辺やここから陽関までの広域には今一人の住民もいないそうです。」
そのまま聞けばああそうですかと聞き流すような話だが、何かキナ臭い匂いがしなくもない。この措置が取られたのは東トルキスタンが人民解放軍の侵攻を受けて新疆ウイグル自治区に変わって以降のことらしいので、あることと符合しないことも無いのだ。
このことは新疆ウイグル自治区の旅行記で触れたいので、今回はこのまま陽関の旅行記を続けたい。 -
漢代の烽火台。西域に異変があれば直ちに烽火が挙げられ短時間のうちに都長安に異変を知らせるというもの。
現在残る物は長年の風砂にさらされ随分形が風化しているらしいが、烽火台は兵士が常時4人で守っていた。勤務時間は24時間交代だったそうだ。 -
陽関跡地を示す石碑。本来の陽関はこの石碑の遥か後ろにある。
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石碑をアップにしてみた。
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展望台と茫々たる砂漠。
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そしてその先には祁連山脈が見えるはずだが、残念ながら当日は見えず。
茶色の土と荒涼とした大地が続くのみ。 -
柵から向こうの砂漠地帯は立ち入り禁止区域。いったいこの先に何があるのだろうか。
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立ち入り禁止区域内にあるこの石碑、何と書かれているのか気になってズームにしてみたが字が読めなかった。
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立ち入り禁止区域の先には延々と荒涼とした砂漠が広がっている。
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ポツンと立つ烽火台。
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陽関のあった場所を見渡す見晴らし台。
観光客が立ち入ることができるのはここまで。厳密に言うと見晴らし台の下まで行くことができるが、行っても何もないためわざわざ下におりる観光客は誰もいない。 -
陽関があった場所の右方面の景色。こちらも砂漠があるだけだった。
周囲を見渡しても砂漠以外何もない。だだっ広い景色が横たわっているだけだ。何もないのだがこの広さはどう表現したらいいのだろうか。
悠久の昔から変わりの無い景色が延々と続いてきたのだろう。烽火台は4人の兵士が守っていたそうだが、もし1人で守っていたなら孤独と恐怖で気が狂うかもしれない。
そんな思いを起こさせるような場所だった。 -
再び烽火台の下まで戻って来た。
陽関とはどんなところだろうかと思っていたが、想像すらできないような寂しい所だった。 -
陽関の展望台の遠景を写してカート乗り場に戻ることにした。
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烽火台に沿ってもと来た道をカート乗り場まで戻った。
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カートから見た風景。前方に見えるのはテーマパークと陽関博物館だ。
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テーマパークの入り口には城門があったが、裏は物見櫓がある砦のような造りだった。
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物見櫓がなかなかいい。このテーマパークは映画撮影などに使われるのだろうか?
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漢代長城に向かう途中で小さな村を通り過ぎた。この村はオアシスの村だ。道路に平行して水路が走っている。水路の側の畑には沢山のブドウ畑があった。
木の根元に塗ってあるのは石灰で、虫よけとして塗られている。東南アジアでよく見かける風景だがこの地域でも行われていた。 -
周囲は砂漠なのにこの村だけ緑に溢れている。
この村ではオアシスの恵みを受けて、昔からブドウ栽培が盛んだそうだ。 -
豊富な水をたたえるこの村の主要産業は農業で、主な生産物はブドウだ。
ブドウはそのままでも食されるが、主に干しブドウとして売られているそうだ。 -
干しブドウ用のブドウは低木で育てている。果樹としてのブドウともワイン用のブドウとも品種が違うとのこと。
-
干しブドウ用の乾燥室。取れたブドウをこの部屋に入れて乾燥させ、干しブドウを作るのだ。
これで陽関の旅行記は終わりです。次は漢代長城と玉門間をお送りする予定です。
掲載までしばらくお待ちください。
今回も訪問いただきありがとうございました。
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